[最近の更新]
- MIDIファイルを入力とした分析補遺:五度圏上での和音重心の軌道の相関積分の計算結果(拍毎・楽章毎)(2024.11.21)
- MIDIファイルを入力とした分析:五度圏上での和音重心の軌道の相関積分の計算結果(2024.11.8 暫定版公開、11.10,11,21更新)
- MIDIファイルを入力とした分析補遺:ピアノロールデータの公開(2024.9.18公開, 19,20更新)
- 備忘:マーラーの作品を分析するとはどういうことか? (2024.8.28更新)
- MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度に基づくリターンマップ (2024.8.5公開)
- MIDIファイルを入力とした分析:五度圏上での和音重心の原点からの距離の遷移のリターンマップ(2024.7.14 公開、2024.7.15 改訂版公開)
なお、このアーカイブはもともとはブログではなく、通常のWebサイトとして作成・公開していました。その後利用していたプロバイダー(iij4u)のサービス終了に伴い、2014年7月にGoogleのBlogger上に引っ越したものです。旧サイトについてはその後、無料サービス上に山崎与次兵衛アーカイブとして引っ越し、その時点の状態を文字通りアーカイブしてあります。
グスタフ・マーラー Gustav Mahler (1860-1911)(2014年7月ブログ移行時の最終状態)
なお、Internet Archive の Wayback Machine には、当初のWebサイトのログが保存されています。(検索結果を確認すると、2006年6月19日から2009年4月21日まで、13バージョンが保存されています。)そのうち、最初のバージョン(2006年6月19日更新時点のもの)と最後のバージョン(2009年4月21日更新時点のもの)はそれぞれ以下で確認することができます。
グスタフ・マーラー Gustav Mahler (1860-1911)(2006年6月19日更新時点)
グスタフ・マーラー Gustav Mahler (1860-1911)(2009年4月21日更新時点)
なお公開記事には、もともとWeb公開以前より紙に書き溜めたものが多数含まれていますので、記事の執筆時点は必ずしもWeb公開以降に限られるわけではありません。またWayback Machineで確認できる最も古いものは、上記の通り2006年6月19日更新時点のものですが、最初にマーラーに関するWebページを作成したのが更に何時まで遡るかについては、記録に残していないため、既に正確な日時まではわからなくなってしまっています。やはりWayback Machineのログで確認できる限り、Webページ自体は、遅くとも2002年5月27日時点では存在が確認されている一方、最初はマーラーに関する言及はありませんでした。その後、遅くとも2002年12月11日時点で、バルビローリの演奏記録についての記事の中で、バルビローリによるマーラーの交響曲の演奏記録へのコメントとして、現在のブログの記事にも含まれる内容が公開されていることが確認できますので、公開された記事としては、バルビローリのマーラーについてのコメントが確認できる最も古いもので、更にその2002年12月時点のバージョンが確認できる最も古いコンテンツということになります。その後、上記の2006年6月迄の期間にマーラーについての独立のWebページを立ち上げたことになりますが、その開設時期は、個別の記事の更新日付により確認できる限りでは2005年5月であると思われます。参考文献・参考録音の情報を除くと、公開を前提に執筆した最初の記事は「アドルノのマーラー論における第4交響曲への言及について」になります。 (2024.1.1追記)
[サイトマップ]
(*)は複数のカテゴリーに属しているため、重複掲載している記事です。
(†)は、noteにて公開をした記事です。
- このアーカイブについて
- 資料:マーラーの作品と生涯についての基本情報
- 主要作品 (交響曲・カンタータ・連作歌曲, 歌曲, 管弦楽編成表, 楽章構成表)
- 歌詞(1)概観
- 歌詞(2)テキスト:マーラーが音楽をつけた詩をまとめました。
- 歌詞(3)原典:マーラーが音楽をつけた歌詞の原典を比較のためにまとめました。
- 年表(生涯/初演・自作演奏/作品):マーラーの生涯の主な出来事に加え、作曲の経過、初演・自作演奏の経過をまとめました。
- 楽譜・文献:所蔵している楽譜・文献に関する情報
- 所蔵文献 (2024.3.31 更新)
- 所蔵文献画像
- 所蔵文献画像(1) Stefan, Paul (hrsg), Gustav Mahler. Ein Bild seiner Persönlichkeit in Widmungen, Piper, 1910
- 所蔵文献画像(2) Mahler, Alma Maria (hrsg.), Gustav Mahler : Briefe 1879--1911, Paul Zsolnay, 7-11 Tausend, 1925
- 所蔵文献画像(3) Killian, Johan (hrsg.), Erinnerungen an Gustav Mahler von Natalie Bauer-Lechner, E. P. Tal & Co. verlag, 1923
- 所蔵文献画像(4) Mahler, Alma, Gustav Mahler, Erinnerungen und Briefe, Allert de Lange, 1940, Zweite Auflage 1949
- 所蔵文献画像(5) Stephan, Paul, Gustav Mahlers Erbe, Hans von Weber Verlag, 1908
- 所蔵文献画像(6) Specht, Richard, Gustav Mahler, Schuster & Loeffler, 1-4 Auflage Mit 90 Bildern, 1913
- 所蔵文献画像(7) Bekker, Paul, Gustav Mahlers Sinfonien, Schuster & Loeffler, 1-3 Tausend, 1921
- 所蔵文献画像(8) 音楽雑誌「フィルハーモニー」第12巻第3号 グスタフ・マーラー特集号, 新交響楽団, 1938
- 所蔵文献画像(9) 音楽雑誌「フィルハーモニー」第15巻第1号 大地の歌, 新交響楽団, 1941
- 所蔵楽譜(2024.7.6更新)
- 大地の歌管弦楽版の自筆譜に関する備忘
- (*)フローロスのマーラー論第3巻中の第7交響曲第1楽章331小節のシンバルについてのコメント
- 事実はどうであったのか?―楽譜の改訂経緯について調べてみて(2009.4.30)
- (†)ある写真についての備忘(2010.4.18/25)
- 調査レポート「花の章とゼッキンゲンのラッパ手を巡って―林邦之さんに―」
- (†)調査レポート(2)「ドロミテのマーラーの足跡を辿る―林邦之さんに―」
- 参考文献覚書
- 文献ガイド:マーラーを理解するための100冊
- 写真
- 東京都町田市三輪沢山荻野邸の壁画(作:原田和枝)(撮影:本ページ作成者)
- 演奏会:実演に関する記事・情報
- 実演に接した記録(2021.9.19公開, 2024.6.6更新)
- 演奏会記録(2024.6.6更新)
- マーラー祝祭オーケストラ第23回定期演奏会を聴いて(2024年5月26日 ミューザ川崎シンフォニーホール)
- マーラー祝祭オーケストラ第22回定期演奏会を聴いて(2023年12月24日 ミューザ川崎シンフォニーホール)
- 30年越しで第5交響曲の実演に接するー川口市民オーケストラ第27回サマーコンサートを聴いて
- マーラー祝祭オーケストラ特別演奏会を聴いて(2016年2月28日 ミューザ川崎シンフォニーホール)
- マーラー祝祭オーケストラ特別演奏会を聴いて(2015年8月22日 ミューザ川崎シンフォニーホール)
- ジャパン・グスタフ・マーラー・オーケストラ第11回定期演奏会を聴いて(2014.6.16)
- ジャパン・グスタフ・マーラー・オーケストラ第10回定期演奏会を聴いて(2013.7.13)
- ジャパン・グスタフ・マーラー・オーケストラ第9回定期演奏会を聴いて(2012.6.30)
- ジャパン・グスタフ・マーラー・オーケストラ第8回定期演奏会を聴いて(2010.6.20)
- プログラムノート
- 音楽の鳴り響く「場所」を求めて――第10交響曲クック版の再演に寄せて(2024.5.26 マーラー祝祭オーケストラ第23回定期演奏会によせて)
- 「歌う骨」が私に語ること―「嘆きの歌」上演によせて―(2023.12.24 マーラー祝祭オーケストラ第22回定期演奏会によせて)
- ポスト・コロナ禍における第2交響曲演奏の意義(2022.9.11 マーラー祝祭オーケストラ第20回定期演奏会によせて:最終稿)
- 第3交響曲が私に語ること(2021.5.9 マーラー祝祭オーケストラ第18回定期演奏会によせて:初期稿)
- 「大きな内的危機の兆候」としての第5交響曲 (2017.2.12 マーラー祝祭オーケストラ第14回定期演奏会によせて)
- 第8交響曲という「謎」 (2016.2.28 マーラー祝祭オーケストラ特別演奏会によせて)
- 『大地の歌』の「今」と「此処」 (2015.8.22 マーラー祝祭オーケストラ特別演奏会によせて)
- 資料
- [お知らせ] マーラー祝祭オーケストラ(音楽監督・井上喜惟)第23回定期演奏会(2024年5月26日)
- [お知らせ] マーラー祝祭オーケストラ(音楽監督・井上喜惟)第22回定期演奏会(2023年12月24日)
- マーラー祝祭オーケストラ(音楽監督・井上喜惟)第18回定期演奏会(2021年5月9日)
- マーラー祝祭オーケストラ(音楽監督・井上喜惟)第14回定期演奏会(2017年2月12日)
- マーラー祝祭オーケストラ(音楽監督・井上喜惟)特別演奏会(2015年8月22日)、カレン・ハコビヤン・ピアノリサイタル(2015年8月25日)の案内
- 考察
- 「私はこの世に忘れられ」:新型コロナ禍におけるマーラー演奏について(youtubeを対象とした2020年9月2,3,5日の調査報告:2021年4月29日更新)
- 1892年、ハンブルクで…:マーラー祝祭オーケストラの公演延期に接して(2020.4.7追記)
- 3回目の第8交響曲実演に接したマーラー愛好家の専門家への手紙より
- ジルバーマン「マーラー事典」邦訳に寄せられた柴田南雄さんの文章におけるアマチュア・オーケストラへの言及について
- データ
- 録音:所蔵しているマーラーの作品の各種媒体での録音記録についての資料・記事
- 所蔵録音・録画リスト
- 所蔵録音・録画(1) 指揮者別(2022.1.3更新:Mahler Foundationのディスコグラフィーに準拠)
- 所蔵録音・録画(2)声楽曲 (2021.8.17更新:Mahler Foundationのディスコグラフィーに準拠)
- 所蔵録音・録画(3)初期稿・断章・編曲・資料 (2021.8.15更新:Mahler Foundationのディスコグラフィーに準拠)
- 所蔵録音・録画年表(収録順, 2022.1.3更新:Mahler Foundationのディスコグラフィーに準拠 )
- 所蔵録音・録画統計(2022.1.3更新:Mahler Foundationのディスコグラフィーに準拠)
- 所蔵録音覚書(2008.3.15公開、2023.12.28最終更新)
- 概観
- 第1交響曲/交響詩「巨人」
- 第2交響曲/交響詩「葬礼」
- 第3交響曲
- 第4交響曲
- 第5交響曲
- 第6交響曲
- 第7交響曲
- 第8交響曲
- 第9交響曲
- 第10交響曲(全集版アダージョ/クシェネク版アダージョ・プルガトリオ/クック版/その他の補筆完成版)
- バルビローリのマーラーを聴く(2002.4~)
- (†)バルビローリのマーラー
- (†)第9交響曲(1964.1.10,11,14,18,ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)
- (†)第9交響曲(1960.11, トリノ・イタリア放送管弦楽団)
- (†)第9交響曲(1962.12.8, ニューヨーク・フィルハーモニック)
- (†)第7交響曲(1960,BBCノーザン交響楽団・ハレ管弦楽団)
- (†)第6交響曲(1967,ニュー・フィルハーモニア管弦楽団)
- (†)第6交響曲(1966.1.13,ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)
- (†)第6交響曲(1967.8.16, ニュー・フィルハーモニア管弦楽団)
- (†)第5交響曲(1969,ニュー・フィルハーモニア管弦楽団)
- (†)第1交響曲(1957,ハレ管弦楽団)
- (†)第1交響曲(1959.1.10, ニューヨーク・フィルハーモニック)
- (†)第2交響曲(1970.4,シュトゥットガルト放送交響楽団)
- (†)第2交響曲(1965,ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)
- (†)第3交響曲(1969.5.3,ハレ管弦楽団)
- (†)第3交響曲(1969.3.8,ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)
- (†)第4交響曲(1967.1,BBC交響楽団)
- (†)歌曲集(ベイカー(MS),ハレ管弦楽団/フィルハーモニア管弦楽団)
- (†)大地の歌(1952.4.2,ルイス(Tn),フェリアー(A),ハレ管弦楽団)
- バルビローリとの出会い
- バルビローリを聴くことをめぐる幾つかの視点
- バルビローリの演奏スタイルについてのコメント
- 「ジャクリーヌ・デュプレの思い出」の中のバルビローリ
- (*)(†)ヴェーベルンからみたマーラー(2002.4)
- 略歴
- メンゲルベルクの第4交響曲演奏を聴いて(2009.5.23/12.3)
- 戦前のマーラー演奏の記録を聴く(2009.5.31/9.26)
- (*)(†)マーラーと永遠性についてのメモ(2005.7/2007.12)
- (*)「リハーサルのとき私がいったすべてのことをどうぞお忘れなく!」 ーオスカー・フリートの第2交響曲の録音についての覚書
- (†)カルロ・マリア・ジュリーニのこと(2003年9月1日初稿、2007.1.11修正, 7.9改稿)
- (†)クルト・ザンデルリンクのこと(2002.4初稿, 2007.7.9改稿)
- (†)ヘルベルト・ケーゲルのこと (2003.9.20初稿,9.29, 2005.1.16,18,19,22, 9.9, 2007.7.9,19, 8.16改稿)
- 作品
- 作品覚書
- 作品覚書:概観
- 作品覚書(1)第1交響曲
- 作品覚書(2)第2交響曲
- 作品覚書(3)第3交響曲
- 作品覚書(4)第4交響曲
- 作品覚書(5)第5交響曲
- 作品覚書(6)第6交響曲
- 作品覚書(7)第7交響曲
- 作品覚書(8)第8交響曲
- 作品覚書(9)第9交響曲
- 作品覚書(10)第10交響曲
- 作品覚書(11)大地の歌
- 作品覚書(12)嘆きの歌
- 作品覚書(13)3つの歌・リートと歌第1集
- 作品覚書(14)さすらう若者の歌
- 作品覚書(15)リートと歌第2,3集
- 作品覚書(16)子供の魔法の角笛
- 作品覚書(17)子供の死の歌)
- 作品覚書(18)リュッケルトの詩による歌曲
- (*)備忘:ジャンケレヴィッチ『死』における「老化」と『大地の歌』への言及について
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (16):ここまでのまとめと補足
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (15)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (14)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (13)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (12)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (11)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (10)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (9)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (8)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (7)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (6)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (5)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (4)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (3)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業(2)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (1)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業(0)
- (*)(†)「ありえたかも知れない民謡」としてのマーラーの歌曲についての覚書
- (†)2つの嬰へ調交響曲:ハイドンの交響曲第45番とマーラーの第10交響曲について
- 『大地の歌』の「風景」について―甲斐貴也さんへ―
- 覚書「「大地の歌」における"Erde"を巡る検討のための覚書―甲斐貴也訳「大地の歌」によせて―」
- 覚書(2)「「大地の歌」第1楽章の詩の改変をめぐって―甲斐貴也訳「大地の歌」によせて(2)―」
- 「大地の歌」は交響曲ではないのか(2010.10.17)
- (†)マーラーの音楽の「風景」
- (†)アドルノのマーラー論における第4交響曲への言及について
- (†)アドルノのマーラー論における第4交響曲への言及について(2)--英訳の場合
- (†)第7交響曲の内的プログラムは破綻しているか?(2009.4.12)
- (†)ある日、第8交響曲第2部を聴いて(2008.4.26/27)
- (†)マーラーの行進曲の印象(2012.5.1)
- (†)「パルジファル」から「子午線」へと過ぎ越す「応答」(2012.12.15)
- MIDIファイルを入力としたデータ分析
- 機械学習
- Google Magenta の Polyphony RNN モデルを用いたマーラーの作品の学習実験ノート・序文
- Google Magenta の Polyphony RNN モデルを用いたマーラーの作品の学習実験ノート・本文
- データ分析
- 備忘:MIDIファイルを用いた分析の振り返り:序文
- 備忘:MIDIファイルを用いた分析の振り返り:本文(暫定版)
- 備忘:マーラーの作品を分析するとはどういうことか?
- MIDIファイルを用いたデータ分析について(2021.12.23報告メモ, 2023.3.15改訂・補記)
- MIDIファイルを入力とした分析:データから見たマーラーの作品 これまでの作業の時系列に沿った概観
- MIDIファイルを入力とした分析:データから見たマーラーの作品 和声出現頻度の分析のまとめ
- 考察
- マーラー作品のMIDI化状況について
- マーラー作品のありうべきデータ分析についての予想:発展的調性を力学系として扱うことに向けて
- マーラー作品のありうべきデータ分析について:補遺
- マーラー作品のありうべきデータ分析について:補遺への追記
- マーラー作品のありうべきデータ分析について:調性推定を巡る対話
- MIDIファイルを入力とした調性推定についての注記:とりあえずの「まとめ」に替えて
- 分析レポート
- MIDIファイルを入力としたマーラー作品の五度圏上での重心遷移計算について
- MIDIファイルを入力とした分析の準備(2):和音の分類とパターンの可視化
- MIDIファイルを入力とした分析の準備(1):調性推定と和音のラべリング
- MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品
- MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品(その2:拡張版)
- MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品(その3:補遺)
- MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品(その4:全拍対象・比較対照作品追加・割合比較)
- MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品(その5:全拍対象・比較対照作品追加・傾向分析)
- MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品(その6:全拍対象・マーラーの作品間の比較)
- MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品(その7:交響曲分類の再分析)
- MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品(その7:交響曲分類の再分析 1.再分析の方針と結果の要約)2022.12.7修正版公開
- MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品(その7:交響曲分類の再分析 2.1.1.累計和音出現頻度)2022.12.7修正版公開
- MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品(その7:交響曲分類の再分析 2.1.2.平均和音出現頻度)2022.12.7修正版公開
- MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品(その7:交響曲分類の再分析 2.2.1.累計和音出現順位)2022.12.7修正版公開
- MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品(その7:交響曲分類の再分析 2.2.2.平均和音出現順位)2022.12.7修正版公開
- MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品(その7:交響曲分類の再分析 2.3.和音出現頻度分布)
- MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品(その7:交響曲分類の再分析 2.4.1.累計和音出現割合に基づく交響曲の分類)
- MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品(その7:交響曲分類の再分析 2.4.2 平均和音出現割合に基づく交響曲の分類)
- MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品(その8:他の作曲家との比較の再分析)
- MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品(その8:他の作曲家との比較の再分析 1再分析の方針と結果の要約)
- MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品(その8:他の作曲家との比較の再分析 2.1.和音出現頻度)
- MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品(その8:他の作曲家との比較の再分析 2.2.和音出現順位)
- MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品(その8:他の作曲家との比較の再分析 2.3.和音出現頻度分布)
- MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品(その8:他の作曲家との比較の再分析 2.4.他の作曲家との比較)
- MIDIファイルを入力とした分析:長短三和音の交替から見たマーラーの交響曲
- MIDIファイルを入力とした分析:長短三和音の交替から見たマーラーの交響曲 1.作品間の比較
- MIDIファイルを入力とした分析:長短三和音の交替から見たマーラーの交響曲 2.作品間の比較(楽章単位)
- MIDIファイルを入力とした分析:長短三和音の交替から見たマーラーの交響曲 3.他の作曲家の作品との比較
- MIDIファイルを入力とした分析:データから見たマーラーの作品 補遺(1):未分析和音の解消
- MIDIファイルを入力とした分析:データから見たマーラーの作品 補遺(2):同一作品の異なるMIDIファイルの比較
- MIDIファイルを入力とした分析:データから見たマーラーの作品 補遺(3):歌曲の分析
- 付加六は旋法性の現われか?:MIDIデータを入力とした分析続報:主和音形とその転回形・属七・属九・付加六の出現頻度分析
- 2つの旋法性?:MIDIデータを入力とした分析続報(2):全音階・五音音階・全音音階を巡って
- 補遺:第8交響曲における五音音階性:MIDIデータを入力とした分析続報(3)
- MIDIファイルを入力とした分析の準備(3):状態遷移の集計手法の検討と集計結果の公開
- MIDIファイルを入力とした分析の準備(4):状態遷移の集計結果の公開(続き)
- MIDIファイルを入力とした分析の準備(5):状態遷移の集計結果の公開(補遺)
- MIDIファイルを入力とした分析の準備(6):状態遷移の集計結果の公開(補遺その2)
- 後期マーラーの「挑戦」?:MIDIファイルを入力とした分析:状態遷移パターンの多様性に注目した予備分析
- MIDIファイルを入力とした分析:状態遷移パターンの出現確率に注目した予備分析
- MIDIファイルを入力とした分析:マルコフ過程としてのエントロピー計算結果(続)各小節頭拍の場合
- MIDIファイルを入力とした分析:マルコフ過程としてのエントロピー計算結果
- MIDIファイルを入力とした分析:状態遷移のエントロピーによる分析
- MIDIファイルを入力とした分析:エントロピー計算結果の同時代以降の作品との比較について (2024.7.7 全面改訂の上再公開)
- MIDIファイルを入力とした分析:状態遷移パターンの出現確率分布の比較
- MIDIファイルを入力とした分析:状態遷移パターンの出現確率分布の比較(2) 他の作曲家の作品との比較
- MIDIファイルを入力とした分析:状態遷移パターンの出現確率分布の比較(3)マーラーの交響曲間の比較(続報)
- 資料
- MIDIファイル(2019.9.21更新)
- MIDIファイルの分析:基本データ(2021.8.22更新)
- MIDIファイルの分析:基本データに基づくクラスタリング結果(2020.1.29更新)
- MIDIファイルの分析:MIDIファイル解析結果(2021.8.22更新)
- MIDIファイルを入力とした分析:五度圏上での和音重心の原点からの距離の遷移のリターンマップ (2024.7.15 改訂版公開)
- MIDIファイルを入力とした分析補遺:ピアノロールデータの公開
- MIDIファイルを入力とした分析:五度圏上での和音重心の軌道の相関積分の計算結果
- MIDIファイルを入力とした分析補遺:五度圏上での和音重心の軌道の相関積分の計算結果(拍毎・楽章毎)
- マーラーの音楽の構造についてのメモ:マーラーの音楽全般の形式面に関する記事
- なぜそこが心を打つか?―嗜好と分析の狭間で―第5交響曲第2楽章の対比群の再現について
- (†)マーラーにおける調性についての覚書(2023.1.16更新)
- (†)歌曲の調性と声部指定について―梅丘歌曲会館の藤井さんに―
- (†)マーラーの楽曲を考える場合の3つのトピックについて
- 楽章順序について、および歌曲の調性についてのメモ―梅丘歌曲会館の藤井さんに―
- マーラーの楽曲における調性配置
- (†)マーラーの交響曲のソナタ楽章についての覚書
- (†)音の身ぶりの変形とモンタージュ(2013.4.23)
- (†)自己組織化システムとしてのマーラーの交響曲についてのメモ(2012.11.11)
- (†)マーラーにおける「対話」についての素描(2012.10.30)
- 意識の音楽:マーラーの音楽全般を「時間の感受のシミュレータ」として捉えるアプローチに関連した記事
- (*)(†)備忘:mathesis singularisとしての「マーラー学」?―アドルノのモノグラフを手掛かりにして―
- 物語論的分析をする音楽学者と音楽を聴く「子供」とAIを巡る断想(2020.1.4改訂)
- マーラーの交響曲の物語論的分析に対する疑問についてのメモ
- 続・マーラーにおける「うたう」ことについて:ある音楽学者への手紙より
- マーラーにおける「うたう」ことについて:ある音楽学者への手紙より
- 「時の逆流」および時間の「感受」のシミュレータとしての「音楽」に関するメモ
- (†)マーラーの音楽における時間性のアナクロニスム
- (†)逍遥の音楽
- (†)マーラーの音楽の「未来完了性」について(2013.5.18)
- (†)マーラーの音楽が私に語ること(2013.4.28, 5.3,12,21)
- (†)(自)意識の音楽・自我の音楽:マーラーを聴くこととはどういうことか
- (†)マーラーの音楽の不可逆性について(2012.5.2)
- (†)今更、どうしてマーラーなのか(2009.5.24)
- (†)「意識の音楽」素描(2008.9.27)
- (†)喪の作業とマーラー(2008.6.4)
- (†)マーラーの音楽の「自伝的性格」について(2008.9.13)
- (†)マーラーの音楽の時間性についてのメモ(2014.2.16)
- (†)マーラーの音楽の「非論理性」について(2008.5.18)
- (†)マーラーの音楽の特性を巡る覚書(2006.9)
- (†)近藤譲を通して見たマーラー(2006.4 / 2008.6)
- (†)マーラーと永遠性についてのメモ
- マーラーに近づくために(2006.9未定稿)
- (†)カフカの「審判」について
- 人物像
- 語録:様々な資料に記録されたマーラー自身の言葉
- (†)「ばらばらになった私の内的自我の破片をざっとかき集める」:妻のアルマ宛1904年6月23日付け書簡にあるマーラーの言葉
- (†)妻のアルマ宛1904年2月1日付け書簡にある進化論に由来するマーラーの言葉
- (†)「私の一生は紙切れだった!」:アルマの「回想と手紙」にある病床でのマーラーの言葉)
- (†)アルマの「回想と手紙」にある自己の「異邦人性」についてのマーラーの言葉
- アルマの「回想と手紙」にある人間の「義務」についてのマーラーの言葉
- 妻のアルマ宛1909年6月27日の書簡にある「作品」に関するマーラーの言葉
- (†)アルマの「回想と手紙」にある自分の墓と葬儀についてのマーラーの言葉
- (†)妻のアルマ宛1909年6月27日(20日?)付書簡にある「エンテレケイア」に関するマーラーの言葉
- (†)ナターリエ・バウアー=レヒナーの回想録:第3交響曲についての言葉に含まれるヘルダーリンへの言及
- (†)ナターリエ・バウアー=レヒナーの回想録:創作プロセスについてのマーラーの言葉
- (†)ナターリエ・バウアー=レヒナーの回想録:音楽についてのマーラーの言葉
- (†)ナターリエ・バウアー=レヒナーの回想録:ベルリンにおけるマーラーの演奏会(1896年3月16日)後のマーラーの言葉
- (†)ナターリエ・バウアー=レヒナーの回想録:歌劇場での仕事についてのマーラーの言葉
- (†)ナターリエ・バウアー=レヒナーの回想録:アッター湖畔シュタインバッハ1895年夏の章に出てくる交響曲についてのマーラーの言葉
- ナターリエ・バウアー=レヒナーの回想録:音楽シーズン1901~1902年の章に出てくる歌劇「ゼッキンゲンのラッパ手」についてのマーラーの言葉
- リヒャルト・バトカ宛書簡にある作品創作に関するマーラーの言葉
- (†)1906年8月18日付ウィレム・メンゲルベルク宛書簡に出てくる第8交響曲に関するマーラーの言葉
- (†)1896年6月18日付アンナ・フォン・ミルデンブルク宛書簡に出てくる作品創作に関するマーラーの言葉
- 1907年12月7日付ウィーン宮廷歌劇場への告別の手紙
- フランソワ・ジルーのアルマ・マーラーに関する小説に出てくる、作品創作に関するマーラーの言葉
- イダ・デーメル(詩人のリヒャルト・デーメル夫人)の日記に出てくるマーラーの言葉
- (†)ブルノ・ヴァルター宛1909年12月19日付の書簡にある第1交響曲に関するマーラーの言葉
- (†)リヒャルト・ホルン宛1907年の書簡にある自然科学の法則に関するマーラーの言葉
- (†)ヴァルターの「マーラー」にあるマーラーの言葉
- (†)ブルノ・ヴァルター宛1908年7月18日トーブラッハ発の書簡にあるマーラーの言葉
- (†)ブルノ・ヴァルター宛1909年初頭ニューヨーク発の書簡にあるマーラーの言葉
- リヒャルト・バトカ宛1896年11月18日付けハンブルク発の書簡にあるマーラーの来歴についての言葉
- フリードリヒ(フリッツ)・レーア宛1894年の書簡にある読書に関するマーラーの言葉
- フリッツ・レーア宛1884年6月22日付けカッセル発の書簡にある「ゼッキンゲンのラッパ手」についての言葉
- フリッツ・レーア宛1885年1月1日付けカッセル発の書簡にある「ゼッキンゲンのラッパ手」についての言葉
- 証言:マーラーに関する様々な文献
- [お知らせ]『配信芸術論』刊行について
- (†)デイヴィッド・コープのEMI(Experiments in Musical Intelligence)によるマーラー作品の模倣についての覚え書
- グスタフとアルマ、抽象概念と言われたのはどちら?:アルマの『回想と手紙』の一節より
- 「リハーサルのとき私がいったすべてのことをどうぞお忘れなく!」 ーオスカー・フリートの第2交響曲の録音についての覚書
- アメリカの消防士のゴング?:第10交響曲についてのアドルノの言及を巡って(2020.1.28更新)
- (†)アドルノ「エピレゴメナ」(『幻想曲風に』所収)に寄せて
- 第10交響曲への言及1件(アルフ・ガブリエルソン「強烈な音楽経験による情動」)
- アドルノのウィーン講演で言及されている「ブルーノ・ワルター宛の手紙」についての私見
- 尾野正晴「松本陽子の絵画」より
- (†)石倉小三郎「グスターフ・マーラー」(1952)より
- (†)小林憲正「アストロバイオロジー 宇宙が語る<生命の起源>」より
- アドルノのモノグラフにおける「子供」について
- (†)ヴェスリング「アルマ」に登場する2名の女性について
- ヴェスリング「マーラー 新しい時代の予言者」に関する備忘2つ(フルトヴェングラーとラインスドルフ)
- (†)第8交響曲への言及1件(ジャンケレヴィッチ『終わることなきもののうちのいずこか』)
- (†)「大地の歌」への参照2件(ジャンケレヴィッチ『死』、ドゥルーズ=ガタリ『千のプラトー』)
- (†)丸山桂介「隠れたる神 第九交響曲の「アダージョ」に寄せて」より
- (†)アドルノのマーラー論末尾の引用 "Nacht ist jetzt schon bald."について
- (†)ヴァルターの「マーラー」のマーラーの頭痛についてのコメント
- (†)アルマの「回想と手紙」中のアルマの言葉
- (†)アルマの「回想と手紙」にある「大地の歌」作曲のきっかけに関するコメント
- (†)アルマの「回想と手紙」にある「大地の歌」の題名に関するコメント
- (†)アルマの「回想と手紙」にある「子供の死の歌」作曲に関するコメント
- (†)パウル・シュテファン編の生誕50周年記念論集中のブルノ・ヴァルターの寄稿より
- (†)アドルノのマーラー論(1960)の末尾より
- (†)アドルノのマーラー論(1960)でのカフカ「審判」の引用
- (†)アドルノの「パルジファルの総譜によせて」中のマーラーへの言及
- (†)アドルノがパウル・ツェラン宛書簡で自己引用した「マーラー」における第9交響曲についての言及
- (†)アドルノのウィーン講演(1960)より
- (†)大地の歌について:ヴェーベルンが1911年にベルクに宛てた手紙より
- (†)ヴェーベルンの第8交響曲についてのことば
- (†)第9交響曲について:アルバン・ベルクが1912年に妻ヘレーネに宛てた手紙より
- (†)第9交響曲について:シェーンベルクのプラハでの講演(1912年3月25日)より
- (†)シェーンベルクのプラハでの講演(1912年3月25日)より
- (†)クルト・ブラウコプフのマーラー伝の最終章「マーラーの伝記を書くことの冒険(Das Abenteuer einer Mahler-Biographie)」より
- (†)マイケル・ケネディの「マーラー」の結尾近くの文章より
- (†)ヴァルターの「マーラー」より:その「人」についての回想
- (†)ヴァルターの「マーラー」より:その「作品」についての回想
- 吉田秀和「マーラー」(1973--74)より
- アンリ・ルイ・ド・ラ・グランジュ「マーラー」第1巻(フランス語版, 1979)序文より
- アンリ・ルイ・ド・ラ・グランジュ「マーラー」第1巻(フランス語版, 1979)第1章より
- (†)ハンス・マイヤー「音楽と文学」より
- 「嘆きの歌」に関するフランツ・リストのマーラー宛書簡
- (†)ヴァルターの「マーラー」にあるマーラーとの出会いの回想
- (†)ヴァルターの「マーラー」にあるマーラーの指揮者としての仕事ぶりについての回想
- (†)ヴァルターの「マーラー」における「エンテレケイア」についての言及
- 第4交響曲作曲の経緯:バウアー・レヒナーの1900年夏の回想
- (†)フローロスのマーラー論第3巻中の第7交響曲第1楽章331小節のシンバルについてのコメント
- 本棚:マーラーと書物との関わりについて
- 人物像:本棚
- (†)マーラーとドストエフスキー(1):「カラマーゾフの兄弟」について(2013.7.7)
- (†)マーラーとドストエフスキー(2):「白痴」について(2013.7.7)
- (†)マーラーの本棚(2010.5.29/30)
- ヴァーチャルツアー:Google Mapでマーラー所縁の地を訪れる
- 仮想の移動性をもった視線によるマーラー巡礼(2014.7.11)
- Google Street Viewによるヴァーチャル・ツアー(12):グリンツィンク墓地にあるマーラーの墓
- Google Street Viewによるヴァーチャル・ツアー(11):マーラーが生涯を終えたレーヴのサナトリウム
- Google Street Viewによるヴァーチャル・ツアー(10):アルマの実家のあったホーエ・ヴァルテ
- Google Street Viewによるヴァーチャル・ツアー(9):宮廷歌劇場監督時代にマーラーが住んでいたアウエンブルグ通りの家
- Google Street Viewによるヴァーチャル・ツアー(8):ヴェルター湖畔のマイアーニクのマーラーの別荘
- Google Street Viewによるヴァーチャルツアー(7):オルミュッツ劇場時代にマーラーが住んだ家(チェコ共和国オロモウツ)
- Google Street Viewによるヴァーチャルツアー(6):ミズリーナ湖からのDrei Zinnenの眺望
- Google Street Viewによるヴァーチャルツアー(5):マーラーが晩年に訪れたシュルダーバッハ(イタリア共和国カルボニン)
- Google Street Viewによるヴァーチャルツアー(4):マーラーが訪れたホテル・ドロミテンホーフ(ドロミテ渓谷)
- Google Street Viewによるヴァーチャルツアー(3):マーラーが晩年を過ごしたトーブラッハ(イタリア共和国ドービアッコ)
- Google Street Viewによるヴァーチャル・ツアー(2):マーラー少年時代の居住地イーグラウ(チェコ共和国イフラバ)
- Google Street Viewによるヴァーチャルツアー(1):マーラー生誕の地:カリシュト(チェコ共和国カリシチェ)
- Google mapの航空写真によるヴァーチャル・ツアー(6):マーラーの墓があるグリンツィンク墓地
- Google mapの航空写真によるヴァーチャル・ツアー(5):マーラーが生涯を終えたレーヴのサナトリウム
- Google mapの航空写真によるヴァーチャル・ツアー(4):アルマの実家のあったホーエ・ヴァルテ
- Google mapの航空写真によるヴァーチャル・ツアー(3):宮廷歌劇場監督時代にマーラーが住んでいたアウエンブルグ通りの家
- Google mapの航空写真によるヴァーチャル・ツアー(2):アッター湖畔のシュタインバッハのマーラーの作曲小屋
- Google mapの航空写真によるヴァーチャル・ツアー(1):ヴェルター湖畔のマイアーニクのマーラーの別荘
- Google Street Viewによるヴァーチャル・ツアー(番外編):東京都町田市三輪沢山荻野邸の壁画(作:原田和枝)
- 生涯についての覚書(未完のまま中断)
- 受容:主としてマーラーの音楽の受容の様相にフォーカスした記事
- 戦前のニュース映画における第2交響曲の利用について
- マーラーに関連した2つの展覧会について:マーラー愛好家の専門家への手紙より
- マーラーの聴取様式(2021.1.29更新)
- ある市井のマーラー愛好家のマーラーの専門家宛の手紙より
- (†)マーラーの「音楽」(2011.6.11~14)
- 「私は故郷に、私の居場所に向かう」("Ich wandle nach der Heimat, meiner Stätte")(2011.7.3)
- (†)マーラーの音楽の「サウンドスケープ」(2011.5.29)
- 戦前の日本におけるマーラー受容との断絶(2010.6.27)
- (†)マーラーの「詩と真実」(2010.6.6)
- (†)マーラーを何故聴くのか(2006.9)
- (†)音楽が未来を予言する?(2013.4.23)
- (†)主観性の擁護について:「ラ・フォル・ジュルネオ・ジャポン2012」公式ガイドブックにおけるマーラーに対する言及を読んで(2012.4.30)
- 「狂気の西洋音楽史」におけるマーラーに関する言及について(2013.3.3, 5.1, 9.14)
- (†)音楽を一人きりで聴くこと(2013.4.23)
- (†)「生きるという甘美な習慣」(2011.4.29/30, 5.2/8)
- マーラーに対する懐疑(2004.12/2007.12)
- (†)古典としてのマーラー(2006.10/2007.7)
- (†)マーラーを聴くことの難しさ(2010.1.11/14)
- (†)ヴェーベルンからみたマーラー(2002.4)
- (†)「はじめに」の撤回された異稿(2005年11月版)
- 私のマーラー受容(2008.5.24)
- 「大地の歌」
- 「嘆きの歌」
- 歌曲集「さすらう若者の歌」
- 歌曲集「子供の死の歌」
- 3つの歌・リートと歌第1集
- リートと歌第2,3集・子供の魔法の角笛
- 5つのリュッケルト歌曲
- 補遺:近年のマーラー受容を支える技術的環境を巡って
- 身辺雑記(2002~2008.5.27)
- 備忘:もともとはメモ帖やカードに書き留められたアイデア
- 2008年以前
- 備忘:意識の音楽、自我の音楽
- 備忘:意識
- 備忘:時間性
- 備忘:個別性
- 備忘:交響曲
- 備忘:歌曲について
- 備忘:初期
- 備忘:後期
- 備忘:引用
- 備忘:交響曲の区分問題
- 備忘:標題について
- 備忘:テマティスム
- 備忘:客観性について
- 備忘:変形の技法
- 備忘:組曲形式
- 備忘:対位法
- 備忘:調性配置
- 備忘:イロニー・パロディ・異化
- 備忘:アドルノの「聴取の類型論」(音楽社会学序説)をめぐって
- 備忘:病跡学・社会学・教育・文学
- 備忘:聴取について
- 備忘:Grenneへの批判
- 備忘:感情・表現について
- 備忘:雑記
- マーラーへのアプローチについての断想(2008以前)
- 2008年以降
- (†)備忘:変形(ヴァリアンテ)の技法とゲーテの原植物とを巡る語録と証言について
- (*)(†)備忘:mathesis singularisとしての「マーラー学」?―アドルノのモノグラフを手掛かりにして―
- (*)備忘:ジャンケレヴィッチ『死』における「老化」と『大地の歌』への言及について
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (16):ここまでのまとめと補足
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (15)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (14)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (13)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (12)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (11)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (10)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (9)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (8)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (7)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (6)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (5)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (4)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (3)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業(2)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (1)
- (*)備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業(0)
- ヴィチェスラフ・ノヴァークからマーラーを眺める(2022.12.7オリジナル版, 2023.2.8改版公開)
- (†)マーラーを語ることの困難
- (†)芸術と人生
- マーラーの「矛盾」とマーラーへの「距離」
- マーラーのどこに惹きつけられたのか
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