お知らせ

アマチュア・オーケストラ演奏頻度を2025年の公演の集計を追加して更新しました。(2025.12.25)

2026年4月6日月曜日

[お知らせ] マーラー祝祭オーケストラ(音楽監督・井上喜惟)第26回定期演奏会(2026年4月11日)

  マーラー祝祭オーケストラ(音楽監督・井上喜惟)第26回定期演奏会が2026年4月11日にミューザ川崎 シンフォニーホールにて開催されます(12:45開場、13:30開演)。以下のマーラー祝祭オーケストラの公式ページもご覧ください。

Mahler Festival Orchestra Offcial Site (https://www.mahlerfestivalorchestra.com/)

プログラムは、リトアニアの作曲家・画家であるチュルリョーニスの交響詩「森の中で」、バルトークのヴァイオリン協奏曲第2番に加え、アントニー・ボーモンによる新校訂版を使用したツェムリンスキ―の大管弦楽のための幻想曲「人魚姫」より構成されるという極めて意欲的な企画です。




(2026.1.2公開)

続・他の作曲家との比較——ポスト・マーラーへの延長線(データ分析概要紹介・速報版(3))(2026.4.6 更新)

 

マーラーが指し示した方向

前稿では、後期ロマン派から20世紀初頭にかけての交響曲を対象に、五度圏上の重心の動き方をMIDIデータから数値化し、主成分分析(PCA)によって「調性の地図」を描いた。そこではマーラーの12作品が時代順に横軸(PC1)を右から左へと辿っていくこと——つまり調性の求心力が年を追うごとに薄れてゆく傾向が見られた。

では、その方向の先には何があるのか。マーラーが到達した地点からさらに前へ進んだ作曲家たちは、この「地図」のどこに位置するのか。本稿はその問いを主題とする。

分析対象の再設定

前稿ではブルックナー、シベリウス、ブラームス、ショスタコーヴィチを比較対象として取り上げ、古典派(ハイドン、モーツァルト)を参照点とした。ブルックナー・シベリウス・ブラームスは「マーラーを取り巻く同時代的座標」として機能していたが、本稿の問い——「マーラーの先」——にとっては直接の対象ではない。今回はこれらを除き、代わりにアラン・ペッテション(第6~16交響曲の全11作品)とアルフレート・シュニトケ(交響曲第5番=合奏協奏曲第4番の第1楽章)の交響曲を加えた。ショスタコーヴィチ(第9,10交響曲の第1楽章)は前稿では参考として位置づけていたが、本稿ではより正面から取り上げる。

参照点についても変更した。前稿では「調性音楽の典型」として古典派2作品を置いたが、本稿ではマーラーとほぼ同時代の作品——フランク(交響曲ニ短調、1889)とスクリャービン(交響曲第3番「神聖な詩」、1904)——の第1楽章を参照点とした。これにより、マーラーを古典派との距離で測るのではなく、同時代の後期ロマン派の語法の中に置き直すことができる。

全28作品(楽章)が今回の分析対象である。

作品選定について——MIDIデータという制約

ペッテションとシュニトケを選んだ理由は、マーラーの後継者という観点からの音楽史的な必然だけではない。正直に言えば、近現代の交響曲的作品のMIDIデータはいまだ非常に限られており、今回取り上げた作品は「分析に使えるMIDIデータが存在した」という条件によって強く絞り込まれている。フランクやスクリャービンについても同様の事情がある。

これは単なる技術的な制限にとどまらない。前回取り上げた古典派・ロマン派の作品の場合は、一部を除いて複数のMIDIファイルの中から信頼性の高いものを選択・検証するという工程が可能だったが、今回の多くの作品では比較対象となる別のファイルがそもそも存在しない。MIDIファイルの作成の仕方に由来する誤差や偏りが、より直接的に分析結果に影響している可能性がある。本稿の結果はそうした制限のもとで読まれる必要がある。

今回の「地図」

以下の散布図が今回の分析結果である。

図1:28作品の主成分分析結果(第1、第2主成分によるbiplot)・作曲家別重心つき

図2:28作品の主成分分析結果(第1、第2主成分によるbiplot)・作品ラベルつき

前稿と同様、2つの軸の基本的な意味合いは保存されている。横軸(PC1)は「調性の求心力」の軸——一方の端に調性の凝集した状態、もう一方の端に調性空間の希薄化した状態が対応する。縦軸(PC2)は調性焦点の安定性に関わる補助的な軸である。分析対象を大きく入れ替えたにもかかわらず、2つの軸が捉える構造の意味合いが変わらなかったことは、この指標体系の安定性を示すものといえる。

ただし、今回の図では前稿と比べて軸の正負が入れ替わっていることに注意してほしい。前稿では古典派が横軸の左端(調性的凝集の強い側)に位置していたが、今回の図では右端の正方向が凝集の強い側に対応し、左端の負方向が調性的希薄化の進んだ側となっている。これはPCAが軸の向きを任意に決めるという統計的な性質によるもので、分析の内容や解釈に本質的な変化はない。

図全体の幾何学的な構造についても、個別の作品を読む前に確認しておきたい。マーラー群(図1の橙)とペッテション群(図1の緑)はそれぞれ楕円状に分布するが、その長軸の向きは約77度の角度差を持つ——ほぼ直交している。マーラーの楕円はおよそ右上から左下の方向(PC1とPC2が同方向に変動する軸)に長く伸び、ペッテションの楕円は左上から右下の方向(PC1とPC2が逆方向に変動する軸)に長く伸びる。両楕円の軸比はそれぞれ約3.1と近似しており、形状的にはほぼ同じ「細長さ」を持つ2つの楕円が、向きを直交させて配置されているという対称的な構造が浮かび上がる。

この直交という事実は、マーラーとペッテションにおいてPC1とPC2の変動が互いに異なる連動関係を示すことを意味する。マーラーでは調性の凝集度(PC1)と焦点の安定性(PC2)がある程度同じ方向に動く——調性的凝集の強い時期はPC2も正方向(焦点が安定)にあり、凝集が薄れるにつれてPC2も負方向に移行する傾向がある。ペッテションではこの連動が反転しており、PC1が最も負(調性的希薄化の極値)に達するSym10・11はPC2が正方向(上方)に位置し、PC1が相対的に正方向にあるSym6〜8はPC2が負方向にある。すなわちペッテションにおいては、調性的凝集の崩壊がむしろPC2の安定化——ある種の焦点の固定——を伴う様態として現れているという、マーラーとは逆の構造を示している。

さらに注目すべきは、ペッテションの楕円の長軸を両方向に延長したとき、その先端付近にシュニトケ(左上方向)とショスタコーヴィチ(右下方向)が位置するという事実である。これについては後述する。

マーラーとペッテション——継承と拡張

図を見てまず目を引くのは、マーラーの12点(図1の橙)とペッテションの11点(図1の緑)の分布の「つながり」である。

両楕円は中央域で重なり合っている。マーラーの晩年作品——第9・10交響曲——に最も近い位置にあるのはペッテション第7・8・9交響曲のいずれかであり(第9との距離は0.33、第10との距離は0.52)、両者のあいだに明確な境界線はなく、マーラーの最後の地点からそのままペッテションが続いているように地図は見える。

しかし連続と同時に、断絶もある。ペッテション第6〜8交響曲はPC1がほぼゼロ付近(マーラー中期〜後期の水準)にあるが、第9交響曲を経て、第10・11交響曲でPC1は急激に負方向へ落ち込む(−3.32、−3.60)。これはマーラーの最低水準(第10交響曲の−0.97)をはるかに超えており、調性的凝集の実質的な崩壊に対応する数値的転換点である。第12交響曲以降はやや右方向に回帰し、極限的な水準を保ちながらも第10・11の最低値からは離れる。単純な「さらなる先鋭化」ではなく、一種の安定した極限状態への落ち着きとでも呼ぶべき推移がある。

フランクとスクリャービン——収束する節点

図の中央域に、フランクとスクリャービンの2点が、マーラー第6交響曲およびペッテション第7・8交響曲と密集して位置している。フランクと最近傍のペッテション第7との距離はわずか0.14、スクリャービンとフランクの距離は0.38である。

様式的にはまったく異なる出自を持つ作曲家たちが、「調性の動き方」という観点からは同一の小領域に収束する。後期ロマン派の語法が到達した一種の「共通の場所」がPCA空間上に存在しており、そこに複数の系譜が交わる節点として現れている。この節点はちょうど両楕円が重なり合う領域の中心付近にあたり、参照点として置いたフランクとスクリャービンがその位置を可視化する役割を果たした。

ショスタコーヴィチ——別方向への辺縁

ショスタコーヴィチの2作品は、主系列(マーラー→ペッテション)とは異なる方向への辺縁として現れる。

2作品の重心はPC1 = +1.33、PC2 = −1.55である。PC1ではマーラー群の重心(+1.58)とほぼ同水準にありながら、PC2は全グループ中の最低値を示す。第9交響曲(PC1 = +2.63、PC2 = −0.67)と第10交響曲(PC1 = +0.03、PC2 = −2.43)のあいだには大きな開きがあるが、両曲ともPC2が負方向にあるという点は共通している。第10のPC2は全サンプル中の最低値であるが、方向性としては第9もすでにPC2の負方向に位置しており、第10はその延長線上の極端な現れとして読むことができる。

この傾向は前稿の分析でも確認されていた。ブルックナー・シベリウス・ブラームスという異なる比較軸の中においても、ショスタコーヴィチは「PC1の正方向かつPC2の負方向」という同じ象限に位置していた。分析対象の構成が大きく変わっても、この方向性は保たれている。これは偶然ではなく、ショスタコーヴィチの語法に内在する選択の方向性——調性的凝集度を一定程度保ちながら、調性焦点の安定性を損なう方向——の現れと捉えることができる。

先に述べた幾何学的構造と照らし合わせると、この位置はより鮮明に意味を帯びる。ペッテションの楕円の長軸を右下方向に延長した先端付近に、ショスタコーヴィチの2作品は位置している。ペッテション長軸への投影値でいえば、第9が−3.92、第10が−2.56であり、ペッテション群の同方向の端(Sym6〜8、投影値−1.5〜−2.4)を大きく超えている。ペッテションとショスタコーヴィチは重心間で大きく離れており(それぞれPC2の正方向・負方向に分布する)、様式的には対照的な作曲家と見なされることが多いが、ペッテションの楕円が向かう方向の延長線上にショスタコーヴィチが位置するという事実は、両者の間に予想外の幾何学的な対応関係があることを示している。

ペッテションが主系列の延長線上でマーラーを引き継いだとすれば、ショスタコーヴィチはその系列とは別の方向への辺縁として現れており、20世紀交響曲が一本道ではなかったことをこの地図は示している。

シュニトケ——地図の果て

図の左端、他のすべての作品から大きく孤立してシュニトケ第5交響曲が位置する(PC1 = −5.80)。次点のペッテション第11交響曲(−3.60)との距離は2.20であり、これはマーラー第1〜4交響曲の散らばりよりも大きい。

この孤立を生む原指標を確認すると、1ステップあたりの平均移動角度・使用音高クラスの密度・和声テクスチャの揮発性がいずれも全サンプル中の最大値を示し、調性凝集度は最小値水準にある。異なる時代・様式の断片が高速で衝突・融解するシュニトケの語法が、調性的語法の高速かつ高密度な変動として数値に現れている。ペッテションの極端な半音的稠密性とは量的に連続しているが、そこからさらに質的な跳躍を経た地点にある。

ここで再び幾何学的な構造に立ち返ると、シュニトケはペッテションの楕円の長軸を左上方向に延長した先端付近に位置する。ペッテション長軸への投影値は+4.48であり、ペッテション群の同方向の端(Sym10・11、投影値+2.4〜+2.7)を大きく超えている。ショスタコーヴィチが右下端に位置していたのと対称的に、シュニトケは左上端に位置する——すなわちペッテションの楕円の長軸の、ちょうど反対側の両端にこの2者が配置されているという構造が見て取れる。

マーラーからペッテションへと続く方向性の先に、この地図はシュニトケという特異点を置く。ただし前述の通り、この作品のMIDIデータについては信頼性の検証が限られており、この極端な孤立がどこまで実質的な様式の特性を反映しているかは留保が必要である。

まとめ——地図が語ること、語らないこと

今回の分析が示したことをまとめると、以下の諸点に集約される。第一に、マーラーからペッテションへの移行はPCA空間上で連続的であり、後者が前者の到達地点から出発したことを数値が支持する。第二に、フランクやスクリャービンという後期ロマン派の参照作品がペッテション初期・マーラー中期と同一の小領域に収束することは、この空間的区間が様式的に多様な出自を持つ作品の「共通点」として機能していることを示す。第三に、マーラーとペッテションの分布楕円はほぼ直交しており、時系列の変化を捨象して両群の広がり方を見ると対照的な構造が現れる。第四に、ペッテションの楕円の長軸を両方向に延長した先端付近に、シュニトケ(左上方向)とショスタコーヴィチ(右下方向)が対称的に位置するという幾何学的な事実は、この空間における20世紀交響曲の多方向性を示す興味深い構造として読み取ることができる。

前稿の末尾で、2つの軸を「交響曲的主体の自己同一性——離心化」「主体の持続的推進——断続的変容」と言い換える可能性に触れた。今回の地図はその問いをより先鋭な形で突き付ける。マーラーの交響曲において、主体はその同一性を少しずつ手放しながらも、なおひとつの軌跡として辿ることができた。ペッテションの第10・11交響曲が示す極値は、その軌跡がある閾値を越えた先に達したときに何が起きるかを示唆する——主体はもはや解体の途上にあるのではなく、解体を恒常的な状態として生きるものとして現れる。シュニトケにおいてはさらに別の事態が生じており、主体はあらゆる様式的記憶を断片として引き受けながら、それらのどれとも同一化できないという位置に置かれる。ショスタコーヴィチの2作品が一貫してPC2の負方向の辺縁に位置するという事実は、この問いへのまた別の回答の可能性を示唆している——主体の選択が、調性的凝集をある程度保ちながらも焦点の安定を手放す方向、すなわち中心を持ちながら絶えず揺動するという様態として現れるという可能性である。そしてペッテションの楕円の長軸が指し示す両端にシュニトケとショスタコーヴィチが対称的に位置するという幾何学的な事実は、20世紀交響曲における主体の行方が単一の方向性に収束するのではなく、ペッテションという軸の両端に向けて分岐していったという見方を、数値の上から静かに示唆している。

これらはあくまで地図を前にしての読みであり、音楽そのものへの解釈を要請するものではない。しかし数値が描いた配置を見つめていると、20世紀の交響曲という営みが「交響曲的主体はどこへ向かうか」という問いに対してそれぞれ異なる仕方で応答しようとした試みの痕跡として、静かに浮かび上がってくる。

(2026.4.2 公開, 4.6 改題の上、掲載ブログ変更)


2026年3月27日金曜日

MIDIデータに基づく五度圏重心軌道の定量分析——マーラー交響曲の様式的変遷と後期ロマン派作曲家との比較(詳報)

 本稿は公開済みの概要紹介記事(マーラー編比較編)の技術的補足として、指標の定義・PCA成分負荷・主要数値結果を詳述する。


1. 分析対象と方針

分析は二段階で構成した。第一段階はMahler交響曲11作品・12楽章を対象とした単独分析であり、第二段階はBruckner・Sibelius・Brahms・Shostakovich・古典派参照点を加えた全25作品・27楽章への拡張比較分析である。第二段階はMahlerの指標的特性が作曲家間の分散構造の中でどのように位置づけられるかを検討することを目的とし、第一段階の結果を前提として解釈する。

各作品の第一楽章(または相当する代表楽章)のMIDIデータを使用した。分析にはピッチクラス情報のみを用い、ダイナミクス・テンポ情報は含めない。

各作品から取り上げる楽章については、ソナタ楽章ないしそれに準拠した構造を持つ主要楽章(Hauptsatz)を原則として選択した。これは方法論上の消極的な制約ではなく積極的な選択である。中間楽章には性格・構造を異にする楽章(スケルツォ・緩徐楽章・行進曲など)が含まれる一方、Mahlerの場合は楽章数も作品ごとに大きく異なり、各作品の楽章構成の個別性が高い。様式変遷の縦断的把握および作曲家間の横断的比較においては、同一の構造的役割を担う楽章を揃える方が指標の比較可能性が高いと判断した。なお第5番はI楽章は実質序奏が独立した葬送行進曲であり、主要楽章はII楽章であるためII楽章を、第6番はI楽章のみならず、マーラー的なソナタ形式の典型とされるIV楽章も含め、双方を対象とした。

分析対象一覧

作曲家

対象

n

備考

Mahler

Sym. 1〜10・大地の歌

12

第5はII楽章、第6はI・IV楽章

Brahms

Sym. 1〜4(各I楽章)

4

比較分析用

Bruckner

Sym. 7〜9(各I楽章)

3

比較分析用

Sibelius

Sym. 6(I・IV楽章)・7・Tapiola

4

比較分析用

Shostakovich

Sym. 9・10(各I楽章)

2

比較分析用・参考

Haydn

Sym. 104-I

1

比較分析用・古典派参照点

Mozart

Sym. 41-I

1

比較分析用・古典派参照点


2. 指標の定義

MIDIデータを小節単位で集計し、各小節頭の発音音符からピッチクラス分布を算出した。三和音以上の部分のみを対象として、Shepard(1982)に準拠した五度圏上の座標に投影し、重心位置 $\mathbf{c}(t)$ を求めた。この重心時系列から以下の9指標を算出しPCAに入力した。

Avg_r(平均重心半径):重心径 $r = \sqrt{x^2 + y^2}$ の平均値。調性的安定度(重力)

Avg_Step(平均ステップ幅):隣接データ点間の位相角の変化量(角速度 $\omega$)の平均。転調の歩幅

Step_Rate_100(100小節あたりステップ量):100小節あたりの累積移動距離(弧長)。和声的活動量

SD_r(重心半径の標準偏差):$r$ の標準偏差。重力の揺らぎ

Tonal_Focus(調的集中度):全軌跡の平均座標の原点からの距離。調性的焦点

Harmonic_Coverage(和音被覆率):(三和音以上の有効小節数) / (楽譜上の全小節数)。テクスチュアの厚み。

Spatial_Dispersion(空間分散):重心位置の時系列的な分散。五度圏上での活動領域の広さ。空間的分散度

Texture_Volatility(テクスチュア揺らぎ):各小節で使用されるPitch Class(PC)数の標準偏差テクスチャの流動性

PC_Density(ピッチクラス密度):各小節で使用されるPitch Class(PC)数の平均(三和音以上)和声の複雑さ

なおWinding_Rate_100(五度圏上の正味回転速度)およびTerz_Ratio(三度進行比率)も算出したが、PCA入力には含めず補助的指標として扱う。


3. Mahler単独分析

3.1 指標の計算結果

3.2 寄与率および成分負荷

Mahler 11作品・12楽章のみのPCAでは、PC1の寄与率54.7%・PC2が18.2%(累積72.9%)であった。


指標

PC1

PC2

Avg_Step

+1.013

+0.078

Step_Rate_100

+1.012

+0.084

PC_Density

+0.840

−0.057

SD_r

+0.582

+0.194

Texture_Volatility

+0.626

−0.800

Avg_r

−0.963

−0.118

Tonal_Focus

−0.888

−0.086

Spatial_Dispersion

−0.405

−0.421

Harmonic_Coverage

−0.094

+0.945

PC1はAvg_Step・Step_Rate_100・PC_Densityが強い正の負荷、Avg_r・Tonal_Focusが強い負の負荷を持ち、「調性的求心力の高い静的な場(負方向)——高速・高密度で駆動する動的な場(正方向)」の軸として解釈できる。

PC2はHarmonic_Coverage(+0.945)とTexture_Volatility(−0.800)が主要な負荷を担う。正方向は「音高クラスを広く被覆しながらテクスチュアの厚みが安定している」状態、負方向は「音高被覆が狭くテクスチュア揺らぎが大きい」状態に対応する。


3.3 時系列的変化



作品

作曲年

PC1

PC2

Avg_Step

Harm_Cov

Tonal_Focus

Tex_Vol

Sym. 1-I

1888

−4.446

−1.343

24.9

0.563

0.186

1.011

Sym. 2-I

1894

−0.939

−1.746

39.4

0.633

0.088

1.216

Sym. 3-I

1896

−2.023

−0.693

36.1

0.669

0.164

1.158

Sym. 4-I

1900

−1.599

+0.941

39.2

0.731

0.152

0.954

Sym. 5-II

1902

+1.028

+0.317

48.3

0.655

0.084

1.062

Sym. 6-I

1904

+0.891

+0.785

55.4

0.818

0.095

1.131

Sym. 6-IV

1904

+1.320

+1.369

53.7

0.849

0.060

1.015

Sym. 7-I

1905

+1.595

+1.623

58.4

0.834

0.059

1.001

Sym. 8-I

1906

−0.422

+1.218

48.8

0.874

0.140

0.998

大地の歌-I

1909

−1.410

+0.910

33.9

0.873

0.115

0.995

Sym. 9-I

1910

+1.343

−1.393

51.5

0.633

0.069

1.314

Sym. 10-I

1910

+4.661

−1.987

71.2

0.475

0.069

1.513

PC1は作曲年代とほぼ単調増加の傾向を示す(Sym. 1: −4.446 → Sym. 10: +4.661)。主要な寄与因子はAvg_Stepの増大(24.9→71.2)とTonal_Focusの減少(0.186→0.069)である。

PC2は山型の推移を示す。初期作品(Sym. 1〜3)は負方向(Harmonic_Coverage低・Texture_Volatility高)に位置し、中期純器楽作品(Sym. 5〜7)および声楽付き作品(Sym. 8・大地の歌)がHarmonic_Coverageの増大(0.655→0.874)とTexture_Volatilityの安定(1.001〜1.131)に伴い正方向へ移行する。後期(Sym. 9・10)では再び負方向に転じ(各−1.393・−1.987)、Harmonic_Coverageの低下(0.633・0.475)とTexture_Volatilityの急増(1.314・1.513)が組み合わさる。PC1とPC2を重ね合わせると、PCA空間上での軌跡はℓ字型(初期:左下 → 中期:右上 → 後期:右下)を描く。


4. 比較分析(全25作品・27楽章)

4.1 指標の計算結果


4.2 寄与率および成分負荷

全25作品・27楽章のPCAでは、PC1の寄与率46.6%・PC2が23.1%(累積69.7%)であった。


指標

PC1

PC2

Avg_Step

+0.871

+0.362

Step_Rate_100

+0.872

+0.359

SD_r

+0.721

−0.164

Texture_Volatility

+0.702

−0.217

PC_Density

+0.648

−0.617

Avg_r

−0.829

+0.496

Tonal_Focus

−0.811

−0.240

Spatial_Dispersion

+0.227

+0.778

Harmonic_Coverage

−0.111

−0.732


PC1の負荷構造はMahler単独分析と概ね一致しており(Avg_Step・Step_Rate_100の強正負荷、Avg_r・Tonal_Focusの強負負荷)、「調性的求心力——拡散」の次元がMahler内部においても作曲家間比較においても安定して第一の変動軸として現れることを示している。

PC2の負荷構造は単独分析と大きく異なる。Mahler単独ではHarmonic_Coverage(+0.945)とTexture_Volatility(−0.800)がPC2を主導したのに対し、全体分析ではSpatial_Dispersion(+0.778)とHarmonic_Coverage(−0.732)が主要負荷となる。特にHarmonic_CoverageとSpatial_Dispersionの符号が逆転している点が注目される。以下にPC2負荷の対照を示す。

指標

Mahler単独 PC2

全体版 PC2

Harmonic_Coverage

+0.945

−0.732

Texture_Volatility

−0.800

−0.217

Spatial_Dispersion

−0.421

+0.778

PC_Density

−0.057

−0.617

Avg_r

−0.118

+0.496

Avg_Step

+0.078

+0.362

Step_Rate_100

+0.084

+0.359

Tonal_Focus

−0.086

−0.240

SD_r

+0.194

−0.164

この負荷構造の変化は、Mahler内部での第二の変動軸(音高被覆の広さとテクスチュア安定性の対比)と、作曲家間比較での第二の弁別軸(五度圏上の空間的分散様式)とが異なる音楽的次元を捉えていることを示す。前者はMahlerの様式的発展の内部的な変容パターンを、後者はBrucknerとSibeliusという対照的な様式(広域分散 vs 高密度被覆)の間でMahlerを位置づける軸として機能している。両者を同一視することなく別個に解釈することが必要である。

4.3 グループ別PCAスコアと指標平均



作曲家

n

PC1

PC2

Avg_Step

Tonal_Focus

Harm_Cov

Sp_Disp

Tex_Vol

Haydn

1

−4.053

−0.463

29.0

0.253

0.608

0.151

0.937

Mozart

1

−4.466

−0.278

31.0

0.279

0.719

0.171

0.872

Brahms

4

−0.006

−0.053

48.8

0.135

0.729

0.248

1.023

Bruckner

3

+0.147

+1.504

52.2

0.106

0.619

0.321

1.091

Mahler

12

+0.301

−0.112

46.7

0.107

0.717

0.274

1.114

Sibelius

4

+0.301

−2.126

43.1

0.194

0.750

0.197

1.259

Shostakovich

2

+1.643

+3.144

68.1

0.082

0.386

0.321

1.126

(PC1・PC2はグループ内スコア平均。指標値は生データのグループ内平均。)

Haydn・MozartはTonal_Focusが全グループ最高(0.253・0.279)かつAvg_Stepが最小(29.0・31.0)であり、PC1の極端な負方向配置の根拠となっている。

BrucknerはPC2 +1.504と全グループ最高で、Spatial_Dispersion(0.321)の高さとHarmonic_Coverage(0.619)の低さの組み合わせがPC2負荷構造と整合する。SibeliusはPC2 −2.126と最低で、Harmonic_Coverage(0.750)・PC_Density(3.794)の高さとSpatial_Dispersion(0.197)の低さが対応する。この両グループの対称的配置は全体分析のPC2が「五度圏上の空間的分散様式」を弁別する軸として機能していることの具体的な根拠となる。

ShostakovichはAvg_Step(68.1)・Step_Rate_100(6771)が全グループ最大である一方、Harmonic_Coverage(0.386)は最低値であり、高頻度の跳躍と音高被覆の狭さの共存という特異な指標プロファイルを示す。BrahmsはPC1・PC2ともに原点近傍(各−0.006・−0.053)に収束し、突出した極性を示さない。

4.4 比較分析におけるMahlerの位置づけ

比較分析においてMahler 11作品・12楽章は他の作曲家グループのほぼ中央に位置する。PC1上の年代的配置は単独分析の結果と対応して保存されており、全体尺度においても調性的求心力の漸進的減退という縦断的傾向が確認できる。

一方PC2については、Mahler単独分析で有意であったHarmonic_CoverageとTexture_Volatilityの対比(山型の推移)が、全体比較の尺度ではBruckner(上方・Spatial_Dispersion優位)とSibelius(下方・Harmonic_Coverage優位)に挟まれる形でMahlerの変動幅が相対的に圧縮されて見える。これはMahler内部での第二変動軸と作曲家間の第二弁別軸とが異なる次元を捉えていることの、スコア分布上の反映でもある。

4.5 軸の解釈

PC1(Mahler単独54.7% / 全体46.6%)は両分析を通じて「調性中心への凝集——拡散」軸として一貫して解釈できる。Mahler内部ではこの軸が作曲年代と高く対応することが確認され、調性の求心力の漸進的減退の量的裏付けとなる。全体比較ではHaydn・Mozartが負方向極、Mahler Sym. 10・Shostakovichが正方向極を占め、後期ロマン派から20世紀初頭にかけての調性崩壊の方向性を一軸上に配置する。

PC2は両分析で異なる軸を捉えている。Mahler単独分析(寄与率18.2%)ではHarmonic_Coverage(+0.945)とTexture_Volatility(−0.800)を主要負荷とし、「音高的充填度とテクスチュア安定性の対比」軸として機能する。これはMahlerの様式的発展において初期・後期の疎な音高被覆・不安定なテクスチュアと、中期および声楽付き作品の豊かな音高被覆・安定したテクスチュアとを対比する内部的な変容パターンを捉えている。全体比較分析(寄与率23.1%)ではSpatial_Dispersion(+0.778)とHarmonic_Coverage(−0.732)を主要負荷とし、Bruckner的な「広域分散様式」とSibelius的な「高密度被覆様式」を両極とする「調性運動の空間的様態」軸として機能する。

この二つのPC2を「交響曲的主体」の概念に接続するならば、前者はMahler内部における主体の「充填——空洞化」の軸、後者は作曲家間における主体の「持続的推進(Sibelius)——断続的広域変容(Bruckner)」の対比軸として読み替えることができる。ただしこれらは指標から直接導かれる記述ではなく、様式論的な補助的解釈として位置づける。


付記:方法論上の留意点

本分析の主な制約として以下を挙げる。

第一に、MIDIデータの品質依存性である。使用したMIDIファイルについては、同一作品の複数ファイルが入手可能な場合には相互比較を行い、信頼性の高いと判断されるものを選択した。ピッチクラス分析の観点からは、声楽パートと器楽パートは同一の処理で扱われるため、声楽付き楽章(Sym. 8-I・大地の歌-I)であっても方法論上の特別な問題は生じない。ただし、MIDIの書き起こし精度そのものはファイルによって異なりうるため、この点は残存する不確実性として認識しておく必要がある。

第二に、ShostakovichはN=2であり、グループとしての統計的安定性は他の作曲家と比較して低い。比較分析における同グループの配置は参考値として扱うことが適切である。


(2026.3.27 公開)