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2026年10月12日月曜日

データ分析ショートノート:構造は持続し、力学だけが極端化する

 本稿は、マーラーのB系列(全11作品、各作品の全楽章を連結したもの)を対象に、PC集合DFTと拡張指標から得られた知見を速報としてまとめるものである。既掲載の旧9指標によるA・B・C三系列比較(「マーラー交響曲の調性力学」)とは重ならない範囲、すなわちDFTと三和音性・原点構造の対比が固有に示す発見に絞る。

なお、本稿の背景となる方法論については「五度圏ピッチクラスセット重心の方向性指標拡張——方法論編レポートI」および「ピッチクラスセットの離散フーリエ変換に基づく調的組織の軌道力学分析——方法論編レポートII」を、個別の指標の定義については「五度圏ピッチクラスセット重心の方向性指標拡張——方法論編レポートI」の付録を参照されたい。


0.旧9指標分析が示していたこと、そして本稿がB系列だけを扱う理由

本稿はDFTと拡張指標に焦点を絞るが、旧9指標分析が何を示していたかを簡潔に確認しておく。「マーラー交響曲の調性力学」が示した最大の発見は、C系列(11主要楽章)のPCA空間に現れるL字型の軌跡である。

旧9指標によるC系列(11主要楽章)の主成分分析結果


あわせて、B系列(全11作品を連結)のPC1は作曲順とのSpearman相関が|ρ|=.936ときわめて強く、Sym1〜4/Sym5〜《大地の歌》/Sym9・10という3つの帯域に明瞭に分かれる(この3帯域はPC1軸だけで見た粗い区分であり、中期がさらにPC2軸でSym5・7とSym6・8・《大地の歌》の2つの質的サブタイプに分かれることは「マーラーの調性力学」3.2節に譲る)。C系列はこれより緩い相関(ρ=.727)、A系列(全50楽章個別)はさらに緩い相関(ρ=.550)を示す。なお、A系列について各曲ごとの重心を求めた場合はB系列に近い結果が得られることも確認されている(この点の詳細な検証は本稿の範囲外とする)。

本稿が主にB系列を扱うのは、「構造は持続し、力学だけが極端化する」という本稿の主張が、まさにB系列のPC1が示す3帯域構造と同じ年代的傾向を、別の指標群から独立に確認するものだからである。ただし、DFT・三和音性/原点構造の対比が、より細かい粒度(C系列)でも成立するかは、それ自体別途確認する価値がある。次節でこれに簡潔に触れる。

C系列でも、同じ型の対比が(より鋭く)現れる

C系列(Hauptsatzのみ、n=11)でDominant_Modeを見ると、f5優勢は11曲中9曲にとどまる。残る2曲、第5番第2楽章と第7番第1楽章はf3優勢であり、これは「PCセットDFT応用編レポート」が既に指摘した「超長調(Adornoの概念)」仮説と整合する、既知の局所的例外である。B系列(作品全体を連結)では、この2曲を含む全作品がf5優勢に復帰することは既に確認済みであり、この局所的な例外が、作品全体の水準に積算されると解消されることをあらためて示している。

C系列DFTプロファイル
図0. C系列(Hauptsatzのみ、11曲)のf1〜f6振幅プロファイル。影を付けた2曲(第5番第2楽章・第7番第1楽章)のみf3がf5を上回る。

三和音性と原点構造の対比も、C系列ではむしろB系列より明瞭に現れる。Exact_Triadic_Ratioは作曲順との相関がρ=−0.827(p=0.002)と強い単調減少を示す一方、Origin_PCSet_Ratioは同じ相関がρ=0.073(p=0.832、有意差なし)にとどまる。すなわち、「三和音性は明確に低下するが、原点構造は同じ軌跡を描かない」という本稿の中心的知見(4節)は、B系列だけでなくC系列でも——むしろ統計的にはより鋭い形で——確認できる。


1.三つの層――持続するものと、変化するが互いに一致しないもの

ここで報告する発見は、独立した3つの候補として個別に提示するより、「持続するもの」をまず示し、その下に「変化するが互いに一致しない複数の力学」を並べるという、単一の構造として読む方が実情に合う。以下、この順に3つの図を示す。


2.持続する層――f5はB系列11作品すべてで最大振幅のモードである

まず確認すべきは、何が変化しないかである。

f1〜f6振幅プロファイル
図0. C系列(Hauptsatzのみ、11曲)のf1〜f6振幅プロファイル。影を付けた2曲(第5番第2楽章・第7番第1楽章)のみf3がf5を上回る。

f5(青)が、11作品すべてで、他の5モードをはっきりと上回ることが一目で分かる。次点のf4(橙)との差は、どの作品でも概ね0.03〜0.1の幅で一貫して維持されており、Dominant_Modeが単なる僅差の優劣交代ではなく、安定した優位であることが視覚的に確認できる。f5振幅そのものは0.447(第10番)から0.535(第4番)の範囲で上下するが、他のモードがf5を上回ることは一度もない。

これは重要な事実である。後期マーラー(第9・10番)について、調的な「崩壊」や「無調化」をしばしば語るが、少なくともPC集合の周期的組織という水準では、五度圏的構造そのものは作品全体を通じて一貫して保持されている。したがって、後期マーラーに生じる変化を論じる際には、「何が崩壊したのか」ではなく、「持続する構造のうえで、何が変化したのか」という問いの立て方が必要になる。


3.変化する層①――時間的運用の極端化

f5構造が持続する一方で、重心がどれだけ・どれだけ急激に動くか(Avg_Step)、そして瞬間ごとの和声的複雑さがどれだけ揺れ動くか(Texture_Volatility)は、後期作品に向けて明確に増大する。

時間的運用の推移
図2. Avg_StepとTexture_Volatilityの作品別推移。

Avg_Stepは第1番の32.9から、第9番61.99、第10番52.25と、作品を追うごとに全体として上昇する(第8番から《大地の歌》にかけて一時的な低下を挟むが、後期2曲でコーパス中最高水準に達する)。Texture_Volatilityも同様に、第1番1.109から第10番1.356まで、全体として上昇する軌跡をたどり、特に第10番でB系列中最高値を記録する。

すなわち、f5という構造を保持したまま、その構造を時間の中でどう運用するかという層において、後期マーラーは最も極端な状態に至る。これは、旧9指標分析が示してきた「後期化=運動性・変動性の増大」という知見を、PC集合の周期構造という全く別の経路から見ても、構造の交替ではなく運用の変化として記述できることを意味する。


4.変化する層②――三和音性は低下するが、原点構造は同じ軌跡を描かない

もう一つの層は、PC集合そのものの組織化に関わる。

三和音性と原点構造の推移
図3. Exact_Triadic_RatioとOrigin_PCSet_Ratioの作品別推移。

Exact_Triadic_Ratio(三和音への集中度、緑)は、第1番0.368から第10番0.248まで、局所的な上下(第2・3・7番でやや高い山を作る)を伴いながらも、全体としては明確な低下傾向を示す。

しかし、同じPC集合構造に関わるもう一つの指標であるOrigin_PCSet_Ratio(原点、すなわち対称的PC集合への着地率、橙)は、この低下と同じ軌跡を描かない。値は0.020(第2番)から0.047(第5番)の間で上下し、第5番で一つの山を作った後、第9番で再び0.036まで戻るなど、Exact_Triadic_Ratioのような単調な低下傾向を持たない。

この非対応は、単なるノイズとして片付けるべきではない。三和音への集中(Exact_Triadic_Ratio)と、対称的PC集合への着地(Origin_PCSet_Ratio)は、どちらも「PC集合がどれだけ機能和声的な骨格から離れているか」に関わる指標のように見えて、実際には別々の軸として動く。後期マーラーにおいて三和音的骨格が弱まることと、増三和音・減七和音のような対称集合が増えることは、同じ現象の表と裏ではなく、独立に生じうる2つの変化である。


5.一つの構造としての読み方

以上の3つの図を重ねて読むと、次のような像が得られる。

マーラーの後期化とは、f5という周期的構造そのものの交替(崩壊)ではない。持続するこの構造の上で、(a)時間的運用(移動量・テクスチュア変動)が極端化し、同時に(b)三和音的骨格が弱まるという変化が進行する。ただし(b)は、対称的PC集合の出現率という、一見同じ軸に見える別の指標とは、必ずしも歩調を合わせない。

3つの図がそれぞれ独立した主張なのではなく、「何が一定で、何が動くのか」「動くものの中でも、どれとどれが同じ理由で動き、どれは違う理由で動くのか」という、単一の問いへの回答として積み重なっている点が、この3図セットの要点である。


6.小結

  1. f5はB系列11作品すべてで、他の5モードを明確に上回る最大振幅のモードであり、後期作品でも一貫して持続する。 後期マーラーの変化を論じる際の前提は、構造の崩壊ではなく構造の持続である。

  2. 持続する構造の上で、時間的運用(Avg_Step、Texture_Volatility)は後期に向けて明確に増大する。 これはf5の持続と矛盾しない、別の層での変化である。

  3. 三和音性(Exact_Triadic_Ratio)は全体として低下するが、原点構造(Origin_PCSet_Ratio)は同じ軌跡を描かない。 両者は見かけ上近い現象を指すようでいて、独立に動く指標である。


(2026.10.12)

構造は持続し、力学だけが極端化する ――新しい分析から見えてきたマーラーの時間性

 マーラーの音楽について語るとき、「晩年に向かうにつれて調性が崩れていく」「初期と後期では音の世界が大きく変わる」といった印象はよく語られる。以前の分析では、こうした印象を五度圏上の「重心」の動きから調べた。その結果、マーラーの作品は年代とともに、調的な中心に強く引き留められる状態から、より大きく、速く動く状態へと移っていくことが見えてきた。ただし、その変化は単純な一直線ではなかった。中期に向かって音の空間が大きく広がった後、第8番や《大地の歌》では一度それまでとは異なる領域へ移り、第9番・第10番で再び大きな運動性が現れる。では、こうした変化は、マーラーの音楽の「構造そのもの」が崩れていくことを意味するのだろうか。

今回、五度圏重心の動き方をさらに細かく調べ、そこにピッチクラス集合の周期的な構造を調べる分析を加えた。その結果、むしろ意外な姿が見えてきた。マーラーでは、基本的な音の構造は最後まで持続している。変化しているのは、その構造の使われ方なのである。


音楽の中に残り続ける「骨格」

今回の分析では、12の音がどのような周期的なまとまりを作っているかにも注目した。詳しい数学的な説明はここでは省くが、この分析によって、音の組み合わせに含まれるいくつかの基本的なパターンを取り出すことができる。その結果、マーラーの第1番から第10番まで、そして《大地の歌》を含む11作品では、同じ基本的なパターンが一貫して最も強く現れていた。第9番、第10番といった後期作品でも、この特徴は失われていない。

これは、後期マーラーを考えるうえで重要な結果である。もし後期マーラーが、音楽を支えていた構造そのものを次第に失っていくのであれば、こうした基本的なパターンも後期になるにつれて弱くなっていくはずである。しかし、そうはならなかった。マーラーは後期になっても、音楽の内部に一定の骨格を保ち続けている。

したがって、後期マーラーについて考えるときには、「何が崩壊したのか」だけではなく、「残っている構造の上で、何が変化したのか」という問いが必要になる。


同じ骨格の上で、音楽の動きは激しくなる

では、何が変化したのだろうか。

以前の分析では、作品が進むにつれて、五度圏上の重心が大きく動くようになり、一つの調的中心に留まり続ける性格が弱くなっていくことが示されていた。特に第9番、第10番ではその傾向が強い。

今回の分析でも、この特徴は別の角度から確認された。後期になるほど、音楽の重心は一つの場所に静かに留まるのではなく、大きな幅をもって動くようになる。また、音の組み合わせそのものが時間の中で変化する度合いも強くなっていく。第10番では、その傾向が特に極端な形で現れる。

ところが、ここには一つ重要な特徴がある。重心が大きく動くようになったからといって、音楽がどこへ向かっているのか分からなくなり、活動する領域そのものが無限に広がっているわけではない。むしろマーラーの作品には、いくつかの比較的限られた活動領域があり、その間を行き来する構造が残っている。第10番でさえ、活動する領域が消えてしまうわけではない。一定の場所に何度も現れながら、その内部で音楽が激しく動いているのである。

つまり、中心がなくなるのではない。いくつかの中心的な領域を保ちながら、その間を動く音楽になる。ここが、今回の新しい分析から見えてきた重要な点である。


「三和音が減る」ことだけでは説明できない

もう一つ興味深い変化がある。後期になるにつれて、通常の三和音にまとまる音の組み合わせは、全体として少なくなっていく。これは、「後期になるほど従来の調性的な和音から離れていく」という聴感上の印象ともよく対応している。

しかし、ここでも単純な「調性崩壊」という説明では足りない。三和音が減ったからといって、音が無秩序になるわけではないからである。五度圏上で見ると、重心が中心近くに集まりやすい、対称的な音の組み合わせも現れる。ただし、その現れ方は三和音の減少と同じ軌跡を描いてはいない。つまり、三和音から離れることと、別の対称的な音の組み合わせへ移ることは、同じ一つの現象ではない。

これは重要である。マーラーは単純に、

「三和音的な調性」→「別の和音体系」

と移行しているわけではない。

  • 「三和音への集中が弱くなること」
  • 「五度圏上の中心性が弱くなること」
  • 「対称的な音の組み合わせが現れること」

は、それぞれ関係しながらも、別々に変化している。

そのため、後期マーラーを「調性が弱くなった」という一つの尺度だけで説明することはできない。


中期に現れる、もう一つの音の構造

このことが特にはっきりするのが、第5番第2楽章と第7番第1楽章である。この二つの楽章では、作品全体に広く見られる基本的な構造とは異なる音のまとまりが、一時的に前面へ出てくる。つまり、マーラーの音楽では、作品全体を通して維持されている骨格がありながら、その内部の一部では、別の組織原理が強く現れることがある。

ここで大切なのは、この現象をそのまま「後期無調化」の始まりと見なさないことである。この二つの楽章では確かに特徴的な構造が前景化するが、第5番・第7番という作品全体を見ると、基本的な構造はなお維持されている。つまり、局所的には大きな変化が起こる。しかし、作品全体の骨格まで一挙に置き換わるわけではない。

この「局所的な変化」と「作品全体の持続」の両立は、マーラーの音楽を理解するうえで重要な特徴である。


第8番と《大地の歌》――「戻る」のではなく、別の場所を通る

以前の分析でもう一つ印象的だったのが、第8番と《大地の歌》である。作品を年代順に並べてみると、初期から中期にかけて、マーラーの音楽は大きく動く方向へ進んでいった。しかし第8番と《大地の歌》では、それまでとは異なる領域へ一度移るような動きが見られた。その後、第9番、第10番になると、再び大きな運動性が前面に出てくる。

今回の分析を重ねると、この「折り返し」の意味も少し違って見えてくる。第8番や《大地の歌》で五度圏上の位置が変化しても、PC集合の基本的な構造そのものが別のものへ置き換わったわけではない。両作品とも、作品全体では基本的な構造を保っている。したがって、ここを単純な「過去への回帰」と呼ぶのは適切ではない。むしろ、それまでとは違う状態を経由しながら、後期の新しい状態へ向かっていく。と考えた方がよい。

マーラーの音楽の時間は、単純な「前進」でも「後退」でもない。過去に近い場所へ近づくことがあっても、そこにそのまま戻るわけではない。


第9番・第10番――「崩壊」ではなく、極端な運用

そして第9番、第10番で、この特徴が極端な形になる。この二作品では、五度圏上の重心が大きく動き、音の変化も激しくなる。一方で、通常の三和音に依存する度合いは弱くなる。第10番では、この組み合わせが特に強く現れる。それでも、作品全体を見れば、基本的なPC集合構造は残っている。

ここに今回の分析の最も重要な発見がある。後期マーラーでは、音楽の骨格そのものが崩壊しているのではない。むしろ、残っている骨格を、ますます激しい運動の中で使うようになっている。第10番は、その極限に近い。一見すると音楽を支えていた秩序が崩れていくように聞こえる。しかし数値的に見ると、その内部にはなお一定の構造が残っている。

だからこそ、後期マーラーを単純な「無調化」や「崩壊」として説明することには限界がある。


では「自己反省」はどこから来るのか

ここで、これまでマーラーについて考えてきた「自己反省」という問題が出てくる。まず明確にしておきたいのは、自己反省そのものが今回の数値分析によって測定されたわけではないということである。重心が大きく動くから自己反省している、あるいは第8番や《大地の歌》が以前の作品に近づくから過去を振り返っている、と直接結論することはできない。「自己反省」という考えは、これまで検討してきたAdornoによるマーラー論や、そこから発展させてきた「意識」「自己との関係」「世界との共有」という理論的な問題から生まれたものである。

しかし今回の分析は、その考えを考えるための音楽的な根拠を、以前より具体的にしてくれる。

マーラーでは、

  • 基本的な構造が残る

  • その上で音楽の運動が激しくなる

  • 活動する領域そのものは複数残る

  • 三和音性は弱くなるが、それだけで別の体系へ移るわけではない

  • 局所的には別の音の構造が前面に出る

  • ときには以前の作品に近い状態を経由する

  • それでも最後には同じ場所へ戻らない

ということが起きている。このような音楽を、「自分自身について考え続ける音楽」として読むことには意味がある。

ここでいう自己反省とは、単に過去を振り返ることではない。自分を支えているものを保ちながら、その自分自身との関係を変化させ続けることと考えることができる。

繰り返しになるが、ここでいう自己反省については、その構造がデータ分析の結果から直接浮かび上がってきたものではない。分析結果から浮かび上がって来た構造の背後にそのような構造に支えられたプロセスの存在を考えることができるというに過ぎず、現時点ではようやく単なる比喩を脱して、直感的漠然としたものではあるが類比に訴えることが辛うじて可能になったに過ぎない。従って、まだそこに到達する目処が立ったとは言えないのだが、FEP的解釈の枠組みを用意したことで、データ分析から浮かび上がって来た構造が、自己反省が可能になる主体の構造と何らかの共通性を持つことを数理的に示すことが将来的には目指されるべきであると考える。その意味において、「自己反省する主体」がマーラーの音楽に見出せるというのは、現時点では仮説の域を出るものではないことを強調しておきたい。


「崩壊」ではなく、「持続しながら変わる」

こうして旧分析と今回の新しい分析を重ねると、マーラーの音楽について、以前とは少し違った言い方ができるようになる。

旧分析が示したのは、年代とともに調的な中心への集中が弱まり、重心の運動が大きくなる一方で、音の空間の使われ方は単純には変化せず、中期から後期にかけて非単調な変化を示すということであった。今回の分析では、その背景にある構造がさらに見えてきた。基本的な骨格は、最後まで残る。その一方で、その骨格の上で音楽が動く仕方は、次第に激しくなる。そして、三和音性、中心性、対称的な音の組み合わせは、それぞれ異なる仕方で変化する。

したがってマーラーの後期化は、「秩序が崩れて無秩序になる」という単純な過程ではない。むしろ、持続する構造の上で、音楽の動き方が次第に極端になっていく。そう捉える方が、旧分析と今回の新しい分析をともに説明できる。


マーラーの音楽的主体

このことは、これまで考えてきた「交響曲的主体」という問題にもつながってくる。マーラーの音楽には、確かに強い自己意識を感じさせるところがある。しかし、その「自己」は、一つの中心に閉じこもっているわけではない。自分を支える構造を持ちながら、その構造を絶えず揺さぶり、複数の状態の間を移動し、ときには過去に近い場所を通りながら、それでも同じ場所には戻らない。その意味でマーラーの主体は、自分自身を維持しながら、自分自身との関係を変え続ける主体として捉えることができる。

これは、数値分析そのものが「マーラーは自己反省的な主体である」と証明した、という意味ではない。数値分析が示したのは、あくまで、構造は持続しているのに、その内部の力学が変化し続けるという音楽的事実である。しかし、その事実こそが、マーラーの音楽を「自己について考える音楽」として理解するための、一つの具体的な足場になる。

そしてここに、マーラーの時間性の特徴がある。変わり続ける。しかし、完全には失われない。過去に近づく。しかし、単純には戻らない。自分を維持する。しかし、その自分自身を変化させ続ける。

今回の分析から見えてくるマーラーとは、まさにそのような音楽なのである。

(2026.10.12)

2026年9月13日日曜日

ピッチクラスセットDFTによる調性力学の実証的知見 ——応用編レポートII(2026.9.21改訂)

 1. 序論

本レポートは、方法論レポートII(PCセットDFT、段階4)で確立されたf1〜f6モード分析の枠組みを、55楽章コーパスに適用して得られた実質的知見をまとめるものである。応用編(五度圏重心分析編)がf5(五度圏)空間のみに基づく分析であったのに対し、本編はf1〜f6すべてのモードを対象とし、コーパス中のどの楽章がf5以外の空間で組織化されているかを直接検出する。

方法論IIの第7章(動機的事例:ペッテション)・第10章(今後の応用可能性)で名指しされた仮説を、実データによって検証・精緻化することを主たる目的とする。各章の冒頭で対応する仮説を明示し、検証できた仮説/精緻化を要した仮説/範囲外の新規発見(ブラームス)を区別して報告する。


2. Fourier Mode Profileによるコーパス全体の俯瞰

2.1 Dominant_Modeの分布


55楽章それぞれについて、f1〜f6のうち振幅が最大のモード(Dominant_Mode)を集計すると以下の通りである。

Dominant_Mode

楽章数

割合

f5

28

50.9%

f4

17

30.9%

f3

9

16.4%

f6

1

1.8%

f1・f2

0

0%

f5優勢は全体の約半数にとどまり、f3・f4が合わせて約半数を占める。「五度圏=西洋音楽の第一空間」という前提は統計的に裏付けられるが、それだけでは記述しきれない楽章が半数近くに及ぶことが、コーパス全体で確認できる。f1・f2優勢の楽章は存在しない。

2.2 作曲家別プロファイル

作曲家ごとにDominant_Modeの内訳と、モード集中度(Dominant_Mode_Shareの平均)、f5振幅の平均を並べると次のようになる。

作曲家

f3優勢

f4優勢

f5優勢

f6優勢

n

平均Dominant_Mode_Share

f5平均振幅

ブラームス

0

4

0

0

4

0.237

0.526

ブルックナー

1

1

6

0

8

0.229

0.568

ハイドン

1

3

4

0

8

0.229

0.577

マーラー

2

0

9

0

11

0.229

0.539

モーツァルト

0

1

3

0

4

0.240

0.576

ペッテション

5

5

1

0

11

0.209

0.400

DSCH

0

1

1

0

2

0.219

0.540

シベリウス

0

2

4

1

7

0.242

0.507

ここから2点、注目すべき全体傾向が読み取れる。

第一に、Dominant_Mode_Shareの平均は作曲家を問わずおおむね0.21〜0.24の狭いレンジに収まっている。つまり「モードが入れ替わること」自体はコーパス全体に広く分布する現象である一方、「一つのモードに極端に集中すること」はどの作曲家にも稀である。モードの交代は、劇的な断絶というよりも僅差での優劣交代として起きている。

第二に、f5平均振幅で見るとペッテションが突出して低い(0.400、他は0.51〜0.58の範囲に収まる)。ペッテションのみが、f5空間そのものの振幅低下という形でコーパスの他の作曲家から明確に区別される。

2.3 Fourier_Concentration——支配モードの強さそのものを測る

Dominant_Modeは「どのモードが最大か」を示すが、「その最大モードが他モードをどれだけ圧倒しているか」は別の情報である。この点を捉える指標がFourier_Concentrationである。55楽章コーパス全体では、平均0.0256、標準偏差0.0108、範囲0.0044〜0.0450となる。

作曲家別に見ると、ペッテション(平均0.0103)が最も低く、モーツァルト(0.0359)・ブラームス(0.0350)・ハイドン(0.0334)が高い。これはDominant_Mode_Shareの傾向(2.2節)と方向としては一致するが、両者の相関は r=0.745 であり、完全に同一の情報ではない。ペッテションのFourier_Concentrationが突出して低いという事実は、4章で述べた「f5からf3・f4への単純な移行ではなく、複数の弱い求心力が並立する」という描像を、Dominant_Mode_Shareとは独立に測定された指標からも裏付けるものである。

以上の全体像を踏まえ、3〜8章では、この俯瞰から特に検討に値する作曲家・作品を個別に取り上げる。


3. ブラームス——f4優勢という新規知見

方法論IIとの対応:方法論II第10章にはブラームスへの言及はなく、本編で新たに見出された知見である。

ブラームスの交響曲第1〜4番(各第1楽章)は、全4曲においてf4がf5をわずかに上回る。

作品

f4

f5

Avg_r(f4空間)

Anisotropy_Ratio(f4空間)

第1番

0.631

0.494

0.631

0.727

第2番

0.554

0.549

0.554

0.884

第3番

0.557

0.522

0.557

0.897

第4番

0.584

0.538

0.584

0.714

差は僅少(第2番では0.554対0.549とほぼ拮抗)だが、4曲すべてが同じ方向に傾いている点は偶然とは考えにくい一貫性である。f4はIC3(短3度)に一意に対応するモードであり(9章参照)、ブラームスの和声語法における短3度関係(並行三度・六度の多用、属七・減七系和音への接近)が、f5(完全5度圏)と拮抗しうる強度でf4空間に刻まれている可能性を示唆する。ただしn=4であり、この一貫性が作曲家個人の様式的特徴なのか、初期〜中期ロマン派に一般的な傾向なのかは、コーパス拡張による検証が必要である。


4. ペッテション後期——f5からの逸脱と複数空間への分岐

方法論IIとの対応:第7章の動機的事例、および第10章「ペッテション」項目に対応する。同章では「f5での原点集積が、f4での短3度周期性を基礎とするより広い組織原理への再編を示唆する」という仮説が提示されていた。

4.1 Fourier mode profileで見るf5の後退

ペッテション11曲中、f5優勢はSym6の1曲のみであり、残る10曲はf3優勢(Sym7・8・9・10・12)とf4優勢(Sym11・13・14・15・16)にほぼ均等に分裂する。f5の絶対振幅も、コーパス中央値(0.537)を下回る作品が大半を占め、特にSym10・Sym11では0.316まで低下する。

4.2 f3・f4空間内部の軌道力学

f4優勢の5曲について、f4空間でのF4_Dominant_Phase_Ratio(3つの位相クラスのうち最頻出の占有率)を見ると、0.35〜0.50の範囲でコーパス中央値(0.404)をやや上回る程度にとどまる。F4_Attractor_Numberは全曲で3(3つの位相クラスすべてが有意に出現)であり、単一の位相への一極集中ではない。

f3優勢の5曲についても、Anisotropy_Ratioは0.51〜0.90とばらつきが大きく、統一的な組織原理を一言で要約することは難しい。

4.3 動機的事例の検証・精緻化

以上から、方法論II第7章の仮説は部分的に検証されたが、単純な「f5→f4」という一対一の移行では説明できないことが分かった。実際には、

  • f5空間の振幅低下という点では仮説通りである。

  • しかし移行先はf4だけでなくf3にもほぼ均等に分岐しており、「短3度周期性」という単一の組織原理には還元できない。

  • f4空間内部での位相集中度も中程度にとどまり、劇的な一極集中は見られない。

したがって、ペッテション後期の調性力学は「f5からf4への再編」ではなく、f5という単一の強い求心力が失われた結果、f3・f4という複数の弱い求心力が並立する状態として記述する方が実態に近い。この精緻化は、Report Iで確認された「ペッテションのExact_Triadic_Ratioが最低である(真の調的希薄化)」という知見とも整合的である——単一空間への収束ではなく、複数空間にわたる希薄化という描像である。


5. シベリウス《タピオラ》——f6空間での全音音階的組織

方法論IIとの対応:第10章「シベリウス:f5とf6の併用」に対応する。

《タピオラ》は55楽章中唯一のf6優勢楽章であり、f6=0.551に対しf5=0.376と明確な差がある。これはReport Iで報告した「《タピオラ》の原点着地が全音音階的PC-set{D♭,E♭,F,G,A,H}に集中する」という知見と、独立した経路(PCセットDFT)から直接裏付けられる結果である。

5.1 理論的裏付け:IC2とf6の一対一対応

方法論IIのウィーナー・ヒンチン対応表によれば、f6はIC2(長2度)に一意に対応するモードである。全音音階はすべての隣接音程がIC2(長2度)で構成される音階であり、IC2密度が理論上最大となる音組織である。したがって全音音階的書法を持つ楽章がf6において突出した振幅を示すことは、理論的に予測される帰結であり、《タピオラ》はこの理論的対応関係を実データで裏付ける最も明快な事例となっている。

5.2 f6空間の構造的な次元縮退——方法論上の注記

f6係数には、他のモードにはない特有の数学的性質がある。F6(X) = Σ e{−iπx}であり、これは全ての整数xについて実数値((−1)x)を取る。すなわちf6空間は理論上つねに実軸上に縮退する1次元の量であり、2次元的な「軌道」を持たない。実際、全55楽章のf6座標の虚部(Mean_y)は最大でも10⁻¹⁶のオーダーであり、数値誤差の範囲内でゼロである。

このため、Avg_r(原点からの距離=全音音階性の強度)やOrigin_Ratioは意味のある指標として使えるが、Anisotropy_Ratioや角度ベースの指標はf6空間では構造的に退化する(《タピオラ》のf6空間Anisotropy_Ratioは数値上ほぼ0だが、これは「等方的である」ことを意味するのではなく、指標が2次元的な軌道を前提として設計されているために生じる非典型的な値であり、解釈上の注意を要する)。f6を用いる分析では、この次元縮退を踏まえた指標選択が必要である。


6. マーラー第7交響曲——「超長調」仮説とf3

方法論IIとの対応:第10章「マーラー:第7交響曲、アドルノの『超長調』概念」に対応する。

マーラー11曲中、f3優勢は2曲のみであり、そのうちの1曲がまさに名指しされていたマーラー第7交響曲第1楽章である(もう1曲は第5交響曲第2楽章)。


モード振幅

Avg_r

Anisotropy_Ratio

f3空間

0.534

0.534

0.847

f5空間(参考)

0.497

0.497

0.683

f3空間ではf5空間と比べてAvg_rが高く、より一点に凝集する一方、Anisotropy_Ratioも高く、局所的な分布はより等方的(特定の一方向に偏らず多方向に広がる)である。これは、マーラー第7交響曲第1楽章がf5よりもf3において、より強い放射方向の凝集と、一方向に偏らない多方向的な広がりを同時に示すことを意味する。これは、方法論IIが理論的に予告していた「超長調」的な組織------複数の調域が同時に活性化される複層的な調性が通常の五度圏(f5)とは異なる空間で、線的にではなく多方向的に現れるという仮説と整合的な結果である。ただし、f3優勢であることそのものが「超長調」であることを証明するわけではなく、これは1事例のみの一致にとどまる。統計的な検証(他のf3優勢楽章との比較、あるいはマーラーの他の「複層的」と評される楽章の追加分析)が今後必要である。


7. ブルックナー7・8・9番——f5内部にとどまる組織

方法論IIとの対応:第10章「ブルックナー」に対応する。

第7・8・9番はいずれもf5優勢であり(f5=0.587/0.529/0.572)、モードの切り替えとしては現れない。すなわち、これら3曲の間に見られる差異(Report Iで確認したブルックナーの発達的傾向、Exact_Triadic_Ratioの第8番における下方外れ値等)は、f5空間内部の力学として説明する必要があり、DFTモード間の切り替えという形では検出されない。

一方、二次的なモードの相対強度には示唆的な違いがある。


f3

f4

f5

f6

第7番

0.555

0.518

0.587

0.342

第8番

0.476

0.525

0.529(8曲中最低)

0.350

第9番

0.510

0.465

0.572

0.371(8曲中最高)

第8番はf5振幅がブルックナー全8曲中最低であり、Report Iで確認したExact_Triadic_Ratioの下方外れ値(第8番、0.301)と符合する。第9番はf6振幅が全8曲中最高であり、全音音階的・対称和音的な要素がわずかながら増加している可能性を示す。いずれも二次的だが具体的な手がかりである。なお、ブルックナーにおける「超長調」は今回の分析対象外である第9交響曲第3楽章について言われているため、その観点での検証は分析対象の拡張をもって行うことが可能である。


8. ショスタコーヴィチ——n=2における空間選択の不一致

方法論IIとの対応:第10章「ショスタコーヴィチ」に対応する。

ショスタコーヴィチはコーパス中最小のサンプル(n=2)だが、その2曲でDominant_Modeが分裂している。


f4

f5

Dominant_Mode

第9番

0.507

0.583

f5

第10番

0.536

0.497

f4

n=2のため、これが作曲家的傾向なのか、2曲の個別的な違いに過ぎないのかを判別することはできない。方法論IIの仮説を検証するにはデータが不十分であり、DSCHコーパスの拡張が前提条件となる。


9. 音程クラス分布との理論的対応関係

方法論IIで確立されたウィーナー・ヒンチン対応(音程クラス分布とフーリエモードの一対一対応)に照らすと、本編で見出した知見のいくつかは理論的に予測可能な帰結として位置づけられる。

モード

主に対応する音程クラス

本編での該当事例

f6

IC2(長2度)

《タピオラ》の全音音階(隣接音程がすべてIC2)——理論と実データの一致が最も明快(5.1節)

f4

IC3(短3度)

ペッテションの減七和音(IC3の積み重ね)との関連が示唆されるが、f4優勢は必ずしも減七和音収束と一致せず(4章)、ブラームスのf4優勢の意味は未解明(3章)

f5

IC5(完全4/5度)

Report Iの五度圏重心分析全体の理論的基盤

f3・f6(同点)

IC4(長3度)

マーラー7番のf3優勢が「複層的調性」仮説と整合(6章)

ただし本編で用いたデータは原点PC-setの頻度分布とDFTモード振幅にとどまり、各楽章の音程クラス分布そのもの(音程遷移のヒストグラム)は直接算出していない。したがって上記の対応関係は理論的に整合的な解釈にとどまり、統計的な検証(各楽章のIC分布を独立に算出し、モード振幅との相関を直接確認する)は今後の課題である。


10. 総合考察——「逸脱」の先にある複数の組織原理

  1. f5優勢は半数にとどまる:コーパス全体で見ると、五度圏(f5)が唯一の組織原理ではなく、f3・f4がほぼ同等の頻度で優勢になる。

  2. モード集中度は一様に穏やか:Dominant_Mode_Shareの作曲家別平均は0.21〜0.24の狭いレンジに収まり、「モードの交代」は劇的な断絶ではなく僅差での優劣交代として起きる。

  3. ペッテションの「逸脱」は単純な移行ではない:f5からの逃避はf3・f4への分岐という形を取り、単一の新しい組織原理への収束ではなく、複数の弱い求心力の並立として記述すべきである。

  4. 理論的予測との明快な一致(《タピオラ》)と、予測を要検証にとどめる事例(ブラームス)が併存する:IC2↔f6という一対一対応は全音音階という明確な音組織で理論通りに現れる一方、f4↔IC3の対応はブラームスのケースで単純な解釈を許さない。

  5. f6空間の数学的縮退:f6係数がつねに実数値を取るという構造的事実は、全音音階検出という応用上の有用性と、角度ベース指標の非適用性という制約を同時にもたらす。

10.1 五度圏中心の消失は、PC-set組織の消失ではない

本編を通じて確認できたのは、f5(五度圏)振幅の低下が「調性の消失」を意味するとは限らない、という点である。f5が後退する場合、そこには必ずしも無秩序が残るのではなく、f3・f4・f6のいずれかが相対的に前景化する形で、別の周期的組織原理へ置き換わる場合がある。Report Iで導入したOrigin_PCSet_Ratioは、この意味では「五度圏重心法の例外処理」にとどまらず、f5では捉えられないPC-set構造を再導入するための最初の一歩であったことになる。DFTへの一般化は、この問題を段階的な例外処理としてではなく、f1〜f6全体にわたる連続的な観察対象として扱うことを可能にした。

この視点に立つと、本編で見出した作曲家ごとの違いは、単なる「和声語法の違い」以上のものとして読める。すなわち、音楽的主体が調的空間をどのように利用・維持・逸脱するかという存在様式の違いである。

  • ブルックナー:f5空間から離脱せず、その内部で構造変化する(7章)。

  • ペッテション:f5という共有された求心的空間から、複数の弱い周期空間(f3・f4)へ分岐する(4章)。

  • マーラー:f3的な複層的組織が、少なくとも1事例(第7交響曲)において一時的に前景化する(6章)。

  • シベリウス(《タピオラ》):全音音階という、他のどの作曲家にも見られない別種の周期構造(f6)へ明確に移行する(5章)。

この整理は、Report Iで確立した「局所的な調的焦点を保持しつつ全体方向性が散逸するブルックナー」「真に調的希薄化するペッテション」という対比を、DFTという別の座標系から独立に再確認するものでもある。ただし、この「存在様式」としての整理はあくまで本編の実証的知見を踏まえた解釈上の枠組みであり、さらなる哲学的・理論的検討は総合報告書に委ねる。


11. 限界と今後の課題

11.1 サンプルサイズの制約

DSCH(n=2)、ブラームス(n=4)は他の作曲家(n=7〜11)と統計的に並列に扱えない。特にブラームスのf4優勢という新知見、DSCHの空間選択の不一致は、コーパス拡張による検証が前提となる。

11.2 音程クラス分布の直接検証

9章で述べた通り、本編はDFTモード振幅と原点PC-set頻度の分析にとどまり、各楽章の音程クラス分布そのものを独立に算出していない。理論的対応関係の統計的検証は今後の課題である。

11.3 マーラーの複層的調性仮説の拡張検証

6章の知見は1事例(マーラー7番)にとどまる。マーラーの他の「複層的」と評される楽章、および他作曲家における同様の事例を追加検証する必要がある。ブルックナーについては分析対象の拡張(第9交響曲第3楽章の追加)が必要となる。

11.4 f6空間の指標体系の再設計

5.2節で示した構造的縮退を踏まえ、f6(および理論上同様の性質を持ちうる他のモード)に適した指標体系を別途設計する必要がある。

11.5 三輪作品への展開

本編の枠組み(Fourier mode profile、f1〜f6軌道分析)を三輪眞弘《虹機械》に適用した結果は、既存の三輪作品応用レポート(Report I範囲)との接続を含め、別レポートで報告する。予備的に確認したところ、《虹機械》は全6分析点(浜松版・光庵版×窓幅4/8/16)でf5優勢を示す一方、Fourier_Concentrationは0.051〜0.105と本編コーパスの最大値(0.045)をすべて上回り、f5/f4比も3.41〜4.63とコーパスの分布から明確に外れている。この結果の詳細な検討は、三輪作品専用レポートに委ねる。

(2026.9.13 公開, 9.21 3章の表中の推定値を確定値に差し替え。ブルックナーについての記述の修正。)