前の記事ではマーラーの交響曲12作品に絞って分析を行った。ここでは視野を広げ、ブルックナー、シベリウス、ブラームス、ショスタコーヴィチの後期作品群、および参照点としての古典派2作品(ハイドン第104番・モーツァルト第41番)を加えた全27作品で同じ主成分分析を行った結果を見ていく。
作曲家ごとに色分けした図を主に参照してほしい。各作品のラベルが付いた図は個々の作品の位置を確認する際に補助的に使うとよい。
分析の構成
対象としたのは以下の作品群である。ブルックナーは後期の第7・8・9番、シベリウスは第6番(第1,4楽章)・第7番・タピオラ、ブラームスは第1〜4番の全曲、マーラーは第1〜10番および大地の歌の全11作品(第5は第2楽章、第6のみ第1,4楽章で計12楽章)。これに古典派の代表として、ハイドン第104番とモーツァルト第41番(ジュピター)の第一楽章を加えた。古典派の2作品は、調性音楽の「典型」として分析空間の参照点となる。
横軸(PC1)と縦軸(PC2)の2軸で全体の情報量の約70%が保存されている。
古典派——空間の左端に位置する参照点
まず図の左端に目を向けると、ハイドンとモーツァルトの2点(青)が他のすべての作品群から大きく離れた位置に孤立している。五度圏上の重心移動が最も緩やかで、調性の求心力が際立って強い。この2点は「調性音楽の原点」として空間を基準付ける役割を果たしており、他の作曲家がそこからどれだけ離れているかを測る目盛りとして機能している。
各作曲家グループの配置
色分けされた図を全体として眺めると、作曲家ごとのグループが比較的まとまった領域を占めていることがわかる。これは、指標として抽出した和声の動き方の特徴が、個々の作品の差異を超えて作曲家ごとの様式的な一貫性を反映していることを示している。
ブルックナーの3作品(緑)は図の上方、縦軸の正方向に集まっている。五度圏上での重心の動きは中程度でありながら、音が広い空間に分散するという特徴がこの上方への配置を生んでいる。広大な音域を使いながら局所的には「漂う」ような動き方——ブルックナーの和声の独特の広がりが数値に現れている。
シベリウスの4作品(紫)は図の下方、縦軸の負方向に集まっている。音高の種類を広く・高密度に被覆しながら局所的な揺れにとどまる傾向が強く、ブルックナーとは縦軸上で対称的な位置関係をなしている。晩年のシベリウスの、音を凝縮させてゆく様式が指標に表れた結果と読める。
ブラームスの4作品(橙)は横軸・縦軸ともに中間域に散在し、原点付近にゆるくまとまっている。突出した極性を持たない「中間的な多様性」がブラームスの指標上の特徴であり、古典的な構造への志向と後期ロマン派的な語法の並存がこの位置を生んでいると考えられる。
ショスタコーヴィチの2作品(グレー)は図の上方右寄りに位置し、縦軸の正方向への突出が際立つ。和声の移動幅が全作品中最大値域にあり、かつ音高の被覆範囲が最も狭いという組み合わせがこの配置を生んでいる。大きな跳躍と局所的な密度の低さ——調的な「根」を持たぬまま激烈に動き回る語法が数値に反映されている。
全体の中のマーラー
マーラーの12作品(赤)は、他の作曲家グループのちょうど中央に位置するかたちで分布している。マーラー単独で分析したときには明確に見えていたℓ字型の軌跡は、全体の中に置かれると他の作曲家の領域に「埋め込まれた」状態になる。
特に縦方向(PC2)の変動が圧縮されている点が目につく。マーラー単独ではPC2の変動が比較的大きく見えていたが、全体の尺度ではブルックナー(上方)とシベリウス(下方)に挟まれる形で、縦方向の幅がかなり狭まって見える。一方、横方向(PC1)はスケールがほぼ保存されており、古典派(左端)からショスタコーヴィチ(右寄り)への横軸方向の広がりの中で、マーラーの時系列的な推移は依然として読み取れる。
この「埋め込まれた」配置は、マーラーの音楽が複数の方向への可能性を内包していることと整合する。縦軸についていえば、ブルックナーのように音空間を広く漂うわけでも、シベリウスのように音を凝縮させるわけでもなく、その中間でさまざまな様態を取り続ける。マーラーの交響曲が「折衷的」と評されることがあるとすれば、その印象の一端がこの配置に現れているとも言えるだろう。
2つの軸が示すもの
この分析から取り出された2つの軸は、和声的な運動の2つの独立した側面を切り出していると考えられる。
横軸(PC1)は「調性中心への凝集——拡散」の軸である。左端の古典派から右端のショスタコーヴィチへと、調性の求心力が段階的に薄れてゆく方向が、この軸に沿って並んでいる。縦軸(PC2)は「調性運動の慣性——攪乱」の軸である。下方のシベリウス的な持続的・高密度の運動から、上方のブルックナー・ショスタコーヴィチ的な広域分散・断続的な動きへの対比がこの軸に対応する。
この2軸の読み方は、音楽の様式論的な問いと接続してゆく余地がある。横軸を「主体の自己同一性——離心化」、縦軸を「主体の持続的推進——断続的変容」と言い換えることもできるかもしれない。数値分析の射程がどこまで及ぶかは今後の検討に委ねるとして、少なくとも聴感上の印象と大きく乖離しない形で、複数作曲家の和声的な様式を一枚の地図に収めることができたといえるだろう。
(2026.3.23 公開)


0 件のコメント:
コメントを投稿