お詫びとお断り

2020年春以降、2024年3月現在、新型コロナウィルス感染症等の各種感染症の流行下での遠隔介護のため、マーラー祝祭オーケストラ第22回定期演奏会への訪問を例外として、公演への訪問を控えさせて頂いています。長期間に亘りご迷惑をおかけしていることにお詫びするとともに、何卒ご了承の程、宜しくお願い申し上げます。

2023年11月20日月曜日

マーラー作品のMIDI化状況について(2023.11.20更新)

既に別のところでも何度か記していることであるが、専門の研究者ならぬマーラー愛好家にとって、近年のインターネット環境におけるコンテンツの充実は目覚しいものがある。権利が切れた出版譜が`PDF化されて自由に閲覧可能になったり、歴史的録音がmp3のフォーマットで無償で入手できるようになったかと思えば、いよいよ自筆譜についても、その一部については既にスキャンされた画像が公開されるようになってきており、同様にpdf等のフォーマットで入手できるようになってきている歴史的研究文献ともども、これまではアクセスが困難であった情報に容易にアクセスできるようになってきている。

ところで、そうしたトレンドと並行して、マーラーの作品をMIDIのフォーマットで入力して、MIDI音源で再生できるようにしようという試みが為されてきている。アコースティックなオーケストラがコンサートホールで演奏することを想定したマーラーの音楽を電子的に再生するという姿勢の是非について議論はあるかも知れないが、広く別の媒体での演奏というようにとってみても、それまではせいぜいが、ピアノ・リダクション(2手、4手連弾、2台ピアノなど、これまた色々な形態の編曲がされてきているが)や室内楽編曲が行われたくらい、しかもレコード、CDといった録音・再生技術やテレビ・ラジオといった放送技術の発達前で実演以外だとピアノや室内楽で自ら弾くしか作品に接する手段がなかった時代でこそ需要があったが、その後は寧ろそうした編曲版は半ば忘れられた存在となり、逆に近年になって、受容の多様化の現われとして、通常のオーケストラ版では飽き足らなくなった層向けに室内楽版やピアノ・リダクション版のCDの録音・販売がされるようになったり、あるいはピアノ編曲版がいわゆる「オリジナル」に比べて価値的に一段下に置かれるといった価値基準からは自由な立場から、ピアノ・リダクション版のツィクルスが行われるようになってきた(一つだけ実例を挙げれば、残念ながら私は聴く機会を得ないままだが、大井浩明さんが近年継続的に取り組まれている)ような状況だが、受容の多様化の一貫として、しかもマーラーの時代には全く存在しなかった新たな受容のあり方として、MIDIファイルへの入力の試みというのは大変に興味深いものがある。

私見では、MIDIデータというのは、楽譜の情報を変換したデータ、しかもそれを自由に分析、編集、加工することが可能な汎用のフォーマットとして非常に大きな価値があると思われる。マーラー自身もその伝統のうちにある西欧の音楽の伝統が築き上げてきた記譜法のシステムは、人間が読み取るためにはそれなりに合理的なものだが、その情報を加工したり、編集したり分析しようとしても簡単にはできないからだ。

寧ろ今後、コンピュータによる大量のデータの処理がますます一般的になるとともに、MIDIのデータの価値はますます増大していくのではないかと思われる。もしかしたら狭義のDTMの範囲を超えて、今後はMIDIデータが、様々な音楽情報処理の基盤としての意味を持ってくるようなこともあるのではなかろうか。(実は、私自身、今回MIDIファイルを調べてみようと思い立った理由というのが、マーラーの作品のある側面をコンピュータにより分析してみたかったからに他ならない。それならMIDIファイルを使うと良いというアドバイスを頂いて調べてみると、ことマーラーに限って言えば、正直に言ってここまで充実しているとは想像していなかった程に状況が進んでいることを確認して、大いに不明を恥じることになったような次第である。)

現実には電子的なメディアの常で、MIDI規格においても機種依存性の問題があるようで、仕方ない側面もあるとはいえやはり色々と弊害があって悩ましいことのようだし、実際に分析に使おうとしてみると、例えば、「音を鳴らす」観点からいけば不要な、付帯情報に過ぎない拍子や調号の情報は、必ずしも「楽譜通り」に入力されているわけではないようで、小節数にしても、必ずしも楽譜と一致するとは限らないようだ。多くの場合には恐らくは入力の便宜上、音価を倍にしたり半分にしたりということは行われているものと思われるし、稀にはシーケンサソフトの制限で、1ファイル1000小節という制限を回避するために小節数を調整する必要が生じたりということも実際に起きていると聞く。マーラーの交響曲楽章で1000小節を超えるのは、第8交響曲第2部だけなので、最後のケースが問題なのは1つだけのはずだが、別の作成者が第3番1楽章、第5番3楽章、第6番4楽章のような大規模な楽章についてはファイルを分けているケースもあり、類似した別の制限が理由なのかも知れない。(媒体もパラメータも異なるが、LPレコードにおいて、こちらは演奏時間に制約されるのだが、例えば第3番1楽章、第8番2楽章あたりは必ず片面には収まらないことから、途中で分割されていたのをふと思い出してしまった。)

小節数の制限についてのみ言えば、分析目的からすれば、寧ろ、分割して、楽譜通りに入れることが望ましいということになるが、本来DTMで「鳴らす」為に入力しているわけで、そうであれば、楽章の途中で切れるのは如何にも興醒めであり、そうした目的の違いを考えれば分析にとっては多少の制限がつくのは仕方ない側面もある。

音高や持続のような情報だけが分析の目的であれば問題にならないが、音色の次元を考えれば、今度はチャンネル数の制限がネックとなり、第8番のような作品を「正しい」音色で入れるのには困難が伴うのは容易に想像がつく。人間の奏者の持ち替えよろしく、同一チャンネルで音色を切り替える工夫等はごく普通に行われているだろうが、特殊楽器の利用、クラリネットなどの移調楽器の場合における、管による音色の違い、更には(弦のみならず管でも)ソロ・ユニゾンの差異が音色の効果狙いである場合(アドルノの言う、第4交響曲第1楽章の「夢のオカリナ」を思い浮かべよ)、弦楽器における線(弦)の指定、ミュートに留まらない特殊奏法の指定(フラジオレット、コル・レーニョ、バルトーク・ピチカート、、、)等々に忠実に従おうとすれば、音色のパラメータの方は切りがなさそうだ。更に加えてマーラーの場合、空間的な指定、ベルアップやら起立せよといった奏者への指示もある。これらは音響の変化としてよりも、膨大な発想表示、指揮者への注などと同様、コメントのような形で入れることになるのだろうか。

しかしながら、ことマーラーに関してMDI化にあたっての最大のネックは、「声」ではなかろうか。今日であらば初音ミクのようなヴォーカロイドに歌わせることは当然、技術的には可能なのであろうが、調べた範囲では、歌詞を歌わせたMIDIファイルは一つもなく、いずれも歌詞パートをある音色をあてて鳴らしているだけに留まっている。この状況は日本だけではなく 外国語の歌詞に対する距離感が違う筈の海外においても同じなのだが、主として技術的制約故であることを思えば、当然のことかも知れない。もっとも、網羅的に調べたわけではないので、どこかでヴォーカロイドに歌わせた例がある可能性は十分にある。しかし総じて言えば、「鳴らして聴く」目的のMIDI化にしても、マーラーが優れて人間の声の、歌の作曲家であるが故に、まだ途上にあると言うべきなのかも知れない。

[追記]ヴォーカロイドによるマーラーの歌曲の歌唱の例としてニコニコ動画のものについて本ブログコメント(以下のコメント欄を参照)にてご教示頂きました。情報の提供につき御礼申し上げます。取り上げられている作品は、「大地の歌」、「子供の魔法の角笛」の中の幾つか(「原光」「天国の生活」を含む)、リュッケルト歌曲集が中心で、最初期の「思い出」はある一方で、「さすらう若者の歌」からは「朝の野辺を歩けば」のみ、「子供の死の歌」はないようです。他方で第2交響曲の「復活」の合唱や第8交響曲第1部が取り上げられています。

以上のように少し考えただけでも、いろいろと制限はありそうだが、作品情報の「機械可読」な形式として、MIDIファイルのメリットはそうした制限を上回るものがあるのは確かなことであろう。

というわけで、マーラーの作品のMIDIファイルの状況がどうなっているのかを調べてみると、それはそれで非常に興味深い状況が見て取れたので、簡単に気づいた点を記しておきたい。

まず、マーラーの音楽はDTMの対象として、比較的ポピュラーなものと言って良さそうであるということ。作品の長大さ、編成の大きさを考えると入力の手間は大きいものと思われるが、にも関わらず、専らマーラーの作品のMIDI音源を紹介したページというのが幾つか存在する。

更に加えて、ことマーラーに関しては、寧ろ日本国内の方が入力が盛んにすら見えること。それを最も端的に物語っていると思われるのが、世界でも唯一のMIDIによるマーラー交響曲全集(「柳太朗」こと加藤隆太郎さんによる)の存在で、これを達成したのが日本人であることはおおいに喧伝されて良いことのように思われる。

以下、私が気づいた範囲でマーラーの作品のMIDIファイルがある程度まとまって公開されているサイトを紹介しておくことにする。ご覧いただけるとわかる通り、マーラーの作品の主要な部分のほとんどが既にMIDI化されており、大規模作品では「嘆きの歌」、歌曲では子供の魔法の角笛の数曲を除けば初期のピアノ伴奏歌曲を欠くくらいであって、その充実ぶりには驚かされる。他の作曲家の作品の日本における状況との比較などから、日本におけるマーラー受容のユニークな特質が浮かび上がってくるのではとさえ感じられる。

なお、より網羅的なMIDIデータの所在の情報については、別途、以下のページで画像ファイルとして参照・ダウンロードできるようにしているので、必要に応じてそちらも参照されたい。

https://gustav-mahler-yojibee.blogspot.com/p/midi.html


(A)日本国内のサイト

(1)Deracinated Flower
マーラー 交響曲全集
(旧サイト)http://www.geocities.jp/masuokun_2004/
(現サイト)http://kakuritsu.sitemix.jp/asobi/midi2/index.html

交響曲第1番~第9番と大地の歌の総てがMIDI化されている世界でも唯一のサイト。
※2020年1月現在では、ホームページ閉鎖のため閲覧不能。Wayback machineのアーカイブは残っていることを確認。第8交響曲第2部では、使用していたシーケンサの制限(最大1000小節)を回避するために、小節数の情報が楽譜に忠実ではない。その他のケースでは、一部例外はあるものの、小節の情報についてはほぼ楽譜通りのようである。一方で残念ながら曲によっては入力が不正確な部分が散見され、分析に利用するには注意が必要であることも確認している。

[2022.8.8の追記]作者よりコメントにてご連絡頂き、移転先のURLをご教示頂いたので、情報を更新しました。

[2023.7.12の追記] 移転先のURLも閲覧できなくなっているようです。


(2)The World of Tachan Orchestra
マーラーの部屋
http://midi-orchestra.xii.jp/

交響曲第5,6,7,9番全曲と第3番第1楽章、大地の歌第6楽章をMIDI化。第3交響曲第1楽章、第5交響曲第3楽章は2つのファイルに、第6交響曲第4楽章は3つのファイルに分割されている。

※2020年1月現在、第1交響曲が追加されていることを確認。なお曲によっては拍や小節の情報が楽譜と一致しないため、或る種の分析での利用にあたっては制限があることも確認している。

※2023年11月20日現在、閲覧不能。

(3)PSPのおっちゃんなブログ・・・。
ピアノ演奏MIDI集
http://www.geocities.jp/uncle_of_psp/music.html

ピアノ演奏版ということで、交響曲第1,2,5,8番を公開。
※2020年1月現在、ホームページ閉鎖のため閲覧不能。

(4)お抹茶いつかし
デジタル音楽館~パソコンが奏でるシンフォニー~
http://www004.upp.so-net.ne.jp/itsukashi/digital_symphony/index.html

交響曲第5番全曲と第2番第4楽章(原光)を公開。

※2023年7月現在、閲覧不能。新しい作品はyoutubeで公開されているようです。

(5)Andante comodo - 音の住む館 -
幻想曲(ファンタジー)
その他のMIDI
http://www5d.biglobe.ne.jp/~mabushis/fantasy_etc.html

リュッケルト歌曲集(5曲)と子供の魔法の角笛より3曲の歌曲をMIDI化している
貴重なサイト。

※2020年1月現在、『大地の歌』第3楽章が追加されていることを確認。

(B)海外のサイト

(1)GustavMahler.com
http://gustavmahler.com/

交響曲第1番(2種)、第2,3,4,5,9番および第10番(クック版)のMIDIファイルが
公開されている。色々な作者のファイルをまとめて公開しているサイトであり、
日本のサイトが個人のものであるのと対照的である。

(2)ClassicalArchives
http://www.classicalarchives.com/

マーラーだけでないクラシック音楽全般のMIDIファイルを公開しているサイト
マーラーは、交響曲第1番、第9番の全曲(これらは(1)と同一音源)、
第1番第3楽章、第3番第5楽章、第4番第1楽章(2種)、第4番第2楽章、
第5番第4楽章(3種)、第5番第5楽章、第6番第1楽章、第7番第1楽章、
第9番第4楽章、第10番第3,4,5楽章が公開されている。

(3)Kunst der Fuge
http://www.kunstderfuge.com/

(2)同様に、マーラーだけでないクラシック音楽全般のMIDIファイルを公開しているサイト
マーラーは、(1)と同一の音源であり、交響曲第1番(2種)、第3,4,5,9番および
第10番(クック版)が公開されている。


(4)KARAOKE
 Lieder, Arien, Ensembles, Chöre  aus dem klassischen Repertoire
http://www.impresario.ch/karaoke/

マーラーだけでないクラシック音楽の歌曲・アリア・アンサンブルや合唱曲などの
MIDIファイルを公開しているサイト
マーラーは、子供の死の歌(5曲)、さすらう若者の歌(4曲)、リュッケルト歌曲集(5曲)、子供の魔法の角笛のうち11曲の計25曲に達する。
いずれもピアノ伴奏のみ(「カラオケ」)と歌唱パート旋律つきの2種類が公開されている。
※恐らくMIDIキーボードでの演奏をMIDIファイル化したものと想定され、音が拍節とずれているために、(プログラムの工夫によりある程度の回避は可能だが)分析には適さないことを確認している。

(2016.1.3:公開)
(2020.1.18:最新の情報を追記)
(2022.8.8:Deracinated Flowerサイトの「マーラー 交響曲全集」の移動後のURLを追記)
(2023.7.12:リンク切れにつき更新。ヴォーカロイドによる歌唱の試みについて本文中に追記。)
(2023.11.20):リンク切れにつき更新。

4 件のコメント:

  1. ご指摘のボーカロイドです(ニコニコ動画)。

    https://www.nicovideo.jp/tag/VOCALOID+%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BC?sort=h&order=d

    「魚に説教するパドヴァの聖アントニウス」はボーカロイドの幼い声音と画像の取り合わせがユーモラスでいいですね(萌え絵?は馴染めません)。オケの音もなかなかだとおもいます。

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  2. コメントをありがとうございます。滅多にコメントを頂くことがなく、気付くのが遅れて、お返事が遅くなり大変申し訳ありません。
    幾つか聴いて見ましたが、こちらはこちらできちんと取り上げるべきもののように思います。
    ご教示に感謝します。

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  3. 大変ご無沙汰しております。Deracinated Flower の管理人です。
    ふと思い出して検索したらヒットしたので懐かしく感じて書き込みます。

    ジオシティの閉鎖を受けて http://kakuritsu.sitemix.jp/asobi/midi2/ に移転しています。
    今度はyoutube動画のアップを始めたのですが、そのデータは mp4での再生を前提としているため、使用したチャンネルが多すぎてmidに変換すると残念なことになるため、MIDIデータのほうは敢えて当時のままになっています。
    今聞くと笑っちゃうくらいへたくそですね。精進します。
    PS.投稿後自分の文章が気に入らなくて一度削除しました。ご了承ください。

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    1. 加藤隆太郎様、御連絡ありがとうございます。また移転先のURLのご教示ありがとうございます。頂いた情報で記事を更新させて頂きました。
      MIDIファイルを入力としたマーラーの作品についての各種の集計・分析にあたり、主として加藤様が作成されたMIDIファイルを利用させて頂いております。ご報告が遅くなったことをお詫びしつつご報告します。DTMとしての評価は色々とあるのでしょうが、分析に活用させて頂く立場からすれば、何よりもまず、楽譜の情報が正確に入力されている点が有難く、加えて一貫した方針で作成されたデータを全交響曲について利用できる点も貴重に感じられます。この場を借りて御礼申し上げます。

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