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2021年12月24日金曜日

MIDIファイルを入力とした分析:データから見たマーラーの作品 和声出現頻度の分析のまとめ

和声出現頻度の分析の位置づけ

  • 音楽の構造の中でも和音の種類や変化に注目。音楽の全体を対象としていないことは前提。

  • 最初の一歩。自分が既にやったことのある方法でできる範囲で。

  • 最終的には調的な遷移の特徴を捉えたい。

  • 最初の第一歩として、簡単にできるところから…

  • 和声出現頻度:状態遷移を捨象した量だけでわかることは?


関連する話題(分析のスコープは遥かに限定的なので部分的にしか一致しないが…)


  • アドルノ他の指摘をデータから裏付けることができるか?
  • 創作時期による変化をデータ上の変化で確認できるか?
  • 発展的調性をデータから特徴づけることができるか?
  • 古典的なパラダイムからの「逸脱」がデータから読み取れるか?
  • ドミナントシステムの代替パラダイムの手がかりが具体的に得られないか?

分析内容の概要


  • 分析対象 

    • 作品間の比較:創作時期:マーラーの交響曲の区分(角笛交響曲…)

  • 他の作曲家との比較:時代区分

  • 分析単位

  • MIDIファイル毎(概ね楽章単位だが稀に作品全体や楽章の一部の場合もあり)

  • 作品単位(特徴量の平均の計算が必要:平均の仕方に選択肢あり)

  • 作品群単位(特徴量の平均の計算が必要:平均の仕方に選択肢あり)

  • 分析対象の特徴量

  • 拍毎に和音をサンプリング(小節拍頭でのサンプリングも実施)

  • 対象となる和音:単音・重音含む・全ての和音を対象としていない

  • 20種類程度の主要な和音

1:単音(mon)、3 :五度(dy:5)、5 :長二度(dy:+2)、9 :短三度(dy:-3)、17 :長三度(dy:+3)、33 :短二度(dy:-2)、65 :増四度(dy:aug4)、25 :短三和音(min3)、19 :長三和音(maj3)、77 :属七和音(dom7)、93 :属九和音(dom9)、27 :付加六(add6)、69 :イタリアの増六(aug6it)、73 :減三和音(dim3) 、273:増三和音(aug3)、51 :長七和音(maj7)、153 :トリスタン和音(tristan)、325 :フランスの増六(aug6fr)、585 :減三+減七、89 :減三+短七、275 :増三+長七、281 :短三+長七

  • 出現頻度の上位を占める和音(対象に依存)

  • 分析手法:

    • 階層クラスタ分析

    • 非階層クラスタ分析

    • 主成分分析

  • 結果の表示方法

    • 箱ひげ図

    • デンドログラム

    • 主成分平面へのプロット

    • 主成分得点・負荷量のグラフ


和声出現頻度の分析で何がわかったか?

  • 和音出現頻度という音楽学的見地からすれば粗雑な特徴量でも作品についての一定の特徴が抽出できたと考える。以下にその一部を示す。

  • 他の作曲家の作品との比較については、非階層クラスタ分析、階層クラスタ分析、主成分分析のいずれの結果においても和音の出現頻度という特徴量によってマーラーの作品を他の作曲家から独立した一つのまとまりとして分類することができた。
  • 本分析に際して事前に設定した時代区分に概ね沿った分類結果が得られたが、必ずしも完全に対応しているわけではなく、一部では揺らぎが発生している。ただし各分析間の結果での揺らぎのパターンは同一であり、矛盾は発生しておらず、分類の安定性は高いと考えられる。
  • マーラー/ロマン派/古典派の区分が明確な点は各分析の結果に共通するが、単一の成分のみだと上記の区分までは行えても、概ね世代を同じくする作曲家(ここではシベリウスとラヴェルが該当する)との区別は明瞭でなく、以下の図に示すように、縦横の軸に対応する2つの成分の組み合わせによってマーラーの他の作曲家の作品と比較した時の特徴が説明できる。(左上の緑の楕円:マーラー、中央上の青の楕円:ロマン派、右上の黄土色の楕円:古典派、下の水色の楕円:近現代) 

  • 第1の横軸の成分と第2の縦軸の成分の組み合わせでマーラーの特徴づけを試みるならば、古典派と比較した場合には横軸の第1の成分により、古典派的な機能和声によるドミナントシステムとはやや異なった調的システムの機能がより優位であり、それが付加六の優越ということに繋がっていそうである。 
  • 以下に見るように、第1の成分についてはマーラー(緑)は全てマイナスで、マーラー同様にマイナスなのは同じく左側にプロットされていたシベリウスとラヴェルであること、逆にプラス方向なのは右側にあったペルゴレージ(赤)と古典派(橙色)であり、ロマン派(青)は中央にあって、総じてプラス寄りではあるが中立的、近現代(水色)でもスクリャービンとショスタコーヴィチもロマン派同様中立的であることがわかる。 
  • 一方マーラーを特徴づけていると考えられる和音の種類を負荷によって確認すると、最も大きいのが付加六(add6)で、長七和音(maj7)、空虚五度(dy:5)が続くことがわかる。一方でペルゴレージ(赤)と古典派(橙色)を特徴づけるのは、単音(mon)は措くとして、長三和音(maj3)と長三度(dy:+3)が多く、それに続くのが短三度(dy:-3)、属七(dom7)であることがわかる。


  • 概ね世代を同じくする作曲家との区別については縦軸の成分において行え、ここでは3和音・4和音が優位なマーラーに対して、そうではない近現代の他の作曲家との区別が可能に見える。(ただし注意すべきは、上記が今回分類の対象とした和音に限定した結果であり、特に近現代の他の作曲家の作品では未分類の和音が存在する点であり、機能和声においてポピュラーな和音ではない複雑な和音を使っていることが原因である可能性があることだ。)
  •  この成分でマーラー(緑)同様にプラスの傾向を持つのは、主として古典派(黄色)であり、ロマン派(青)は傾向が内部で分裂している。逆にマーラーとは対立するマイナス方向の傾向を持つのは、ラヴェルも含めた近代のグループ(水色:ショスタコーヴィチ、スクリャービンとラヴェル)とペルゴレージ(赤)であり、シベリウス、シューマンはグルックとともに中立的であると見ることができそうである。
  • 負荷の側を見てみると、プラスの寄与が大きいのは長和音(maj3)・属七(dom7)であり古典的ドミナントシステムを示唆するが、その一方で付加六(add6)もまたここではややプラスで、その点が第1の成分との差であるとともに、全般に見た時、寧ろ単音・重音が優位か、三和音、和音が優位かという点にこの成分の大きな特徴があるように窺える。

 
  • 以上より、マーラーの特徴づけとしては、典型的に古典派的なドミナントシステムに対して付加六の使用を中心とした別のシステムが存在することを窺わせる一方で、古典的なシステムが機能しなくなったわけではなく、機能和声で用いられる三和音・四和音が依然として用いられている点では古典派と共通しており、近現代におけるような複雑な和音の割合が高くなっているわけではないということが言えるのではないか、という点が本分析の結果から導かれると考える。
  • 本分析においては優越した2つの成分によってマーラーの特徴が取り出せることが確認できたものの、それぞれの成分が持つ意味については、上述の仮説として提示しうるレベルには到達できなかったため、その点を今後の課題としたい。


  • マーラーの作品内での区分については、これまでの分析結果や諸家の分類を本に区分を設定し直したが、和声の出現頻度との関わりがないとは言えないまでもきれいな対応は得られなかった。(角笛交響曲はコヒーレントなグループを形成しているが、中期交響曲は多様性を示しており、グループを形成しているとは認めがたい。後期は中期に比べれば一定の共通性を持つが、角笛交響曲程ではない。



  • 全体としてみた場合には中期交響曲のコヒーレンスの問題は残るが、分析の一部においては時代区分に沿った分類が得られたり、時代の推移に応じた特徴の変化が読み取れる結果も得られている。



  • 上の主成分分析結果で、大まかに下側やや右寄りに比較的固まってプロットされているのが第2~第4交響曲(緑)、左下に孤立している点が第1交響曲(黄色)、左上の赤い楕円が第9、第10、「大地の歌」のグループ、右上の孤立した点が第8交響曲(紫)であり中央に広がる青色の楕円が第5~第7交響曲である。 
  • 一方、頻度の平均の仕方を変えて行った以下の主成分分析結果で確認できるのは、グループ分けとしては以下が妥当に思われるということである。


第1交響曲(右上隅)/第2,3,4交響曲(上側左寄り)/第5,7交響曲(中央やや右寄り)/第9,10交響曲(右下隅)/「大地の歌」、第6交響曲、第8交響曲(左側下寄り)
  • 上述のグループ分けは時代区分によるクラス分けと概ね一致するが、左側下寄りの「大地の歌」、第6交響曲、第8交響曲のグループはが時代区分に関しては横断的である点が最初に示した主成分分析との違いとなっている。(寧ろ、第7交響曲が例外的という見方も可能かも知れないが。)

  • 上記の主成分平面において特に縦方向の成分は、時代区分に概ね忠実であり、得点を確認すると以下のように、第5交響曲を境界として初期がプラス、後期がマイナスの傾向が明確で、一部に例外はあるがプラス・マイナスの大きさについても概ね時系列に沿ったものとなっており、マーラーの交響曲の創作時期に沿った漸進的な変化を捉えているものと言える。
  • この成分の負荷の特徴は、長・短調の三和音と付加六で正負が分かれている点であり、これを時代区分に合わせるならば、古典的な調性感が明確な作品から、調性の拡大へと向かう方向性を示す成分であるということになりそうである。



  • 上記のような分析結果から、長調・短調の対比の原理とそれとは別の原理の2つが併存・拮抗するという傾向が確認できた。

  • ここで得られたマーラーの作品創作の展開のプロセスの仮説は、第1交響曲を出発点として、一旦、角笛交響曲(第2~第4交響曲で)長・短調のコントラストの原理に基づいた後、長・短調のコントラストとは別の原理が登場して拮抗するようになった後、前者が放棄されて後者が優位に立つというものになる。だが、長・短調のコントラストの原理に替わる原理が何であるかについては、更に分析が必要であり、今後の課題としたい。




まとめと今後の課題:

  • 上記を踏まえるならば、マーラーの作品創作の展開のプロセスは、第1交響曲を出発点として、一旦、角笛交響曲(第2~第4交響曲で)長・短調のコントラストの原理に基づいた後、長・短調のコントラストとは別の原理が登場して拮抗するようになった後、前者が放棄されて後者が優位に立つというものになるだろう。

  • もともとマーラーは古典派の作品の、長調中心・ドミナント優位な原理ではなく、それとは異なる長・短調のコントラストの原理が優越している点は夙に指摘されてきたことでもあり、また聴いていても感じ取れることだが、そこから新ウィーン楽派的な無調に近接する、だが、十二音技法的のような方向性とは明確に異なる、或る、ユニークな原理が優位になっていったと考えることはさほど突飛なことではないのではなかろうか?それはマーラー独自の小説的な構造を可能にする原理であり、その後の音楽が放棄してしまった時間性を備えたものであったように思われる。

  • ところでそうした原理をより具体的な形で突き止めようとした時、今回の分析の枠組みには限界があって辿り着けない可能性がある。それは分析の対象とした和音が、実際にマーラーの作品の中で生じる全ての和音ではなく、依然として古典派的な機能和声に典型的な和音が中心となっていることに存する。一方で、本分析と並行して行った他の作曲家との比較とは異なって、特にポピュラーな20種程度の和音の頻度に限定せず、マーラーの作品における出現頻度の高い40種の和音に基づいた点では、マーラーに固有な音調を捉えうる方向性にはあったと言えるかも知れない。だかしかし、それを徹底しようとしたら、特に後期作品に出てくる和音の拾い損ないをなくし、寧ろ後期作品に出現する和音を完全に被覆するように集計を行うことが必要となるように思われる。

  • これまでの分析の記事のうち、頻度をカウントする対象とする和音の制限については、過去の記事「MIDIファイルを入力とした分析の準備作業:和音の分類とパターンの可視化」の中で説明しているが、たかだか直観的に頻度が高そうなもの130種類位が頻度計算の対象であり、バッハから古典期にかけての作品は、あくまでも選択された作品の範囲ではあるが用意したパターンでほとんど分類可能であるのに対し、マーラーの場合はラヴェルやシュトラウス程ではなにせよ、一定量の未分類の和音が残っていること、年代区分としては、後期にいくに従い未分類の和音が増加する傾向が認められることを述べている。

  • 結局、本分析においても、上記記事でコメントした通り、マーラーが全音階的とはいっても、和声の種類について言えば保守的でもなければ単純というわけでもなく、特に後期に顕著になっていくマーラー固有の特徴を表すものが何なのかを突きとめるには、対象とする和音の被覆率を上げることが、少なくとも必須の必要条件であることを再確認したことになりそうである。以下に今回の分析の被覆率を示すが、後期に行くほど未分類の和音数(延べ数で種類数ではない)が増え、分類進捗率が低くなっていることが確認できる。

  • 上記より今後の課題としてはまず、未分析の和音を集計・分析対象とすることが挙げられる。と同時に和音の転回の区別を意識することで、和音の持っている機能的側面を反映した分析が可能となる可能性があるため、最低限でも主三和音については転回形を区別した分析をすることが考えられる。


参考文献


Walter B. Hewlett, Elenanor Seldridge-Field, Edmund Conrreia, Jr.(Eds.), Tonal Theory for the Digital Age, Computing in Musicology 15 (2007-08), 2007, Center for Computer Assisted  Research in the Humanities, Stanford University

Graeme Alexander Downes, An Axial System of Tonality Applied to Progressive Tonality in the Works of Gustav Mahler and Nineteenth-Century Antecedents, 1994, University of Otago, Dunedin, New Zealand

Barford, Philip, Mahler Symphonies and Songs, (BBC Music Guides, 1970), University of Washington Press, 1971

Kennedy, Michael, Mahler (The Master Musicians), J.M.Dent, 1975

Redlich, Hans F., Bruckner and Mahler, J. M. Dent, 1955, rev. ed.,1963

Bekker, Paul, Gustav Mahlers Sinfonien, Schuster & Loeffler, 1-3 Tausend, 1921

Schreiber, Wolfgang, Gustav Mahler, Rowohlt Taschenbuch, 1971

Specht, Richard, Gustav Mahler, Schuster & Loeffler, 1-4 Auflage Mit 90 Bildern, 1913

石倉小三郎,『グスターフ・マーラー』, 音楽之友社, 1952

柴田南雄『 グスタフ・マーラー:現代音楽への道』, 岩波書店, 1984


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(2021.12.24公開, 12.28追記)

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