2021年11月27日土曜日

MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品(その8:他の作曲家との比較の再分析 1.再分析の方針と結果の要約)

1.再分析の方針

 これまでMIDIファイルを入力とした和音(コード)の出現頻度に基づマーラーの交響曲作品の分析の一環として、他の作曲家の作品との比較をMIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品(その5:全拍対象・比較対照作品追加・傾向分析)において実施した。そこではマーラーの交響曲作品と合計33人の作曲家(アイヴズ、シベリウス、ブラームス、ブルックナー、ショスタコーヴィチ、モーツァルト、シューマン、スクリャービン、スメタナ、フランク、ハイドン、シュニトケ、ヴェーベルン、バルトーク、ベートーヴェン、ベルリオーズ、ドヴォルザーク、エルガー、メンデルスゾーン、ワーグナー、ラフマニノフ、シューベルト、チャイコフスキー、ペッテション、ストラヴィンスキー、ヴィエルヌ、シュトラウス、シェーンベルク、ラヴェル、マニャール、グルック、ホルスト、ヤナーチェク)の交響曲ないし交響的な作品のMIDIファイルに含まれる基本的な和音25種類(単音、完全五度、長二度、短三度、長三度、短二度、増四度、短三和音、長三和音、属七和音、属九和音、付加六、イタリアの増六、減三和音、増三和音、長七和音、トリスタン和音、フランスの増六 、減三+減七、減三+短七、増三+長七、短三+長七)の出現頻度のデータに基づく分類を行った。ここでは前回の分析で生じた問題点を踏まえ、他の作曲家との比較において実施した分析方針の見直しの内容と、その方針に基づいて実施した分析の結果を報告する。

1.1.対照群となる他の作曲家の作品の設定

 前回の分析では、利用できるMIDIファイルの制約もあり、他の作曲家の作品の選択が恣意的となり、特にサンプル数の少ない作曲家については、一、二の特定の作品との比較を行っているに過ぎない場合が多かった。そこで今回は、作曲家間での比較となるように、本ブログの姉妹ブログである「山崎与次兵衛アーカイブ」 で取り上げている作曲家のうち、MIDIファイルがある程度まとまって入手可能な作曲家を対象とすることにした。取り上げた作曲家は以下の12人である。更に今回は、器楽曲のみならず、声楽曲も含めることにした。以下の括弧内の数字は、それぞれ分析に用いたファイル数, 和音数の合計を表す。なお和音はMIDIファイルにおける各拍毎の和音を抽出、転回や解離による違いを区別しない点は従来通りである。

  • ペルゴレージ(ファイル数:28, のべ拍数:8019)         
  • グルック(ファイル数:19, のべ拍数:4791)
  • ハイドン(ファイル数:110, のべ拍数:123061) 
  • モーツァルト(ファイル数:957, のべ拍数:636619) 
  • シューマン(ファイル数:102, のべ拍数:133234) 
  • ブラームス(ファイル数:132, のべ拍数:188627) 
  • ブルックナー(ファイル数:70, のべ拍数:61947) 
  • フランク(ファイル数:62, のべ拍数:59554) 
  • シベリウス(ファイル数:17, のべ拍数:17769) 
  • スクリャービン(ファイル数:62, のべ拍数:18640) 
  • ラヴェル(ファイル数:55, のべ拍数:39135) 
  • ショスタコーヴィチ(ファイル数:71, のべ拍数:39229)

  なおモーツァルトについては、本ブログの姉妹ブログである山崎与次兵衛アーカイブの記事ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)で言及したモーツァルトの作品のサブセット15曲(レクイエムK.626、アヴェ・ヴェルム・コルプスK.618、 クラリネット協奏曲K.622、ピアノ協奏曲第27番K.595、交響曲第39番K.543、第38番K.504、ピアノ協奏曲第20番K.466、第21番K.467、第23番K.488、第24番K.491、 弦楽四重奏曲K.465「不協和音」、クラリネット五重奏曲K.581、 交響曲第41番K.551、第40番K.550、アダージョK.540)を比較対象に加えることにした。

 今回もファイル数および分析対象の拍毎の和音数の両方において、作曲家によりかなりのばらつきがあるが、これは基本的には現在、私の手元にあって利用可能なファイルを対象にした結果である。但し、Webで取得できるファイルの全体ということだと、特にファイル数の多いハイドンとモーツァルトはまだ未取得のものが多く、今後サンプルを増やすことが可能であり、ブラームスやシューマンについてもう若干の追加が可能である一方で、マーラー同様、他の作曲家については、調べた限りでは今回MIDIファイルを用意できた範囲がほぼ限界のようである。またブログで取り上げている作曲家のうち、近現代を中心とした上記以外の作曲家については、MIDIファイルがほとんどないか、様式的に和音の種別の分析という方法に馴染まないので今回の分析対象からは除外した。(一方で、追加となった作曲家はペルゴレージのみ。)逆にMIDIの数だけ考えれば、上記以外にも比較対象となる可能性のある作曲家は他にも数多くいるだろうが、これもまた、現時点で手元にあって、直ちに分析可能なMIDIファイルがあるという点で、上記の作曲家に限定して分析を行うことにした。ちなみに実験群であるマーラーについては全体で64ファイル、和音数89625、交響曲のみに限定すると50ファイル、和音数84567が対象となる。全体として前回の分析と比べると作曲家の数は大幅に減っているが、分析に用いたファイル数は、前回が300ファイルであったのに対して、今回はマーラーも含めて合計1749ファイル、和音数は1420250であり、かなり規模が大きくなっている。


1.2.特徴ベクトルの選択

 前回の分析では、作品ないし作品を構成する楽章単位で作成されたMIDIファイル単位で各ファイル毎の和音の出現頻度の特徴ベクトルを用いて比較を行い、それをグルーピングして検討を行ったが、今回の分析での比較にあたっては各作曲家毎に和音の出現頻度の平均値をとって各作曲家を代表する特徴ベクトルとし、作曲家間での比較を行うことにした。マーラー以外の作曲家については、時代区分に応じて以下のようなカテゴリを設定した。

  • baroque:ペルゴレージ
  • classic:グルック、ハイドン、モーツァルト
  • romantic:シューマン、ブラームス、ブルックナー、フランク
  • romantic2:シベリウス
  • modern:スクリャービン、ラヴェル、ショスタコーヴィチ

 一方でマーラーについては、分析となっているマーラー作品全体(全交響曲と一部の歌曲)、マーラーの交響曲作品全体の平均だけではなく、交響曲を創作時期に基づく5グループを設定し、それぞれの平均値のベクトルを使用することとした。従って、特徴ベクトルの作成単位は以下の通りとなる。

  • gm:マーラーの分析対象全体(交響曲+一部の歌曲)
  • gm_sym:マーラーの交響曲全体
  • gm_sym1:マーラー第1交響曲
  • gm_sym2-4:マーラー第2~4交響曲
  • gm_sym5-7:マーラー第5~7交響曲
  • gm_sym8:マーラー第8交響曲
  • gm_LE_9_10:マーラー「大地の歌」・第9,10交響曲

 採用した区分の設定にあたっての検討の詳細については、本分析と並行して実施した交響曲の分類の分析の方針を記載した記事MIDIファイルを入力とした分析:和音の出現頻度から見たマーラー作品(その7:交響曲の分類の再分析 1.再分析の方針)を参照のこと。

 分析対象とする和音の種類は以下の通りであり、減三+減七、減三+短七、増三+長七、短三+長七の四種を減らし、合計21種類とした(ただし単純な集計を行う場合には、減三+減七、減三+短七、増三+長七、短三+長七の4種類についても集計を行った)。以下、和音の名称の前の数字は和音の構成音をビット列で表現したものを10進化した値、名称の後の括弧内はラベルを表す。

1:単音(mon)、3 :五度(dy:5)、5 :長二度(dy:+2)、9 :短三度(dy:-3)、17 :長三度(dy:+3)、33 :短二度(dy:-2)、65 :増四度(dy:aug4)、25 :短三和音(min3)、19 :長三和音(maj3)、77 :属七和音(dom7)、93 :属九和音(dom9)、27 :付加六(add6)、69 :イタリアの増六(aug6it)、73 :減三和音(dim3)、 273:増三和音(aug3)、51 :長七和音(maj7)、153 :トリスタン和音(tristan)、325 :フランスの増六(aug6fr)

 更に平均の取り方として、基本となる各グループの全作品・全楽章における各和音の出現頻度を単純に合計した上で出現割合を求めるやり方以外に、各楽章毎に各和音の出現割合を求めて、各グループに属する作品の平均を求めるやり方の集計結果も用意した。ここでは前者を「(累計)和声出現割合」と呼ぶのに対して、後者を「平均和音出現割合」と呼んで区別することにする。前者では単純に規模の大きい、拍数の多い楽章の寄与が大きくなるのに対して、後者では楽章の規模に依らず割合の平均が求められるため、単純な和音の出現回数から見ると、小規模作品の寄与が拡大されることになる。後者は作品・楽章という単位を完結した独立したものとみて、規模によらずそれぞれの和音の出現傾向を平均化していることになる。


1.3.分析手法の選択

 マーラーの交響曲作品群内の区分5種類に加えて、マーラーのMIDIファイル全体、全交響曲の7種と他の12人の作曲家の都合19種類の特徴ベクトルに対して各ベクトルの要素数は上記の17種の和音であり、比較対象が少ないことから、因子分析は用いず、主成分分析と階層的クラスタ分析(方式としてcomplete法, average法, ward法)、非階層的クラスタ分析(k-means法)を行うことにした。また作品毎、楽章毎に規模や性格が大きく異なることから、和声の出現頻度の分布の分散が大きい傾向が窺えた。そこで各作曲家毎の各和音の出現頻度の分布を確認するために、上位20種類の和音出現順位とともに、箱ひげ図(boxplot)を用いることにした。


1.4.分析に用いたツール・ライブラリ

 分析はすべてR言語(version 4.1.0 (2021-05-18版)を用いて行った。
 分析履歴を保存した。

   A.非階層クラスタリング:kmeansを使用。
  クラスタ数は今回の分析で設定した作曲家の時代区分を考慮して6とした。
  結果のグラフ表示には、clusterライブラリのclusplotを使用。  
 B.階層クラスタリング:hclustを使用。
  complete法, average法, ward法の3種類を使用。
 C.主成分分析:prcompを使用。
  特徴ベクトルの作成にあたって規格化済であることから、scale=F。
    累積寄与率90%を目安として、第4主成分までについて負荷と主成分得点を計算。
  結果のグラフ表示には、ggbiplotライブラリのggbiplotを使用。
  負荷と主成分得点はbarplotでグラフ化。


1.5.分析結果の要約

本分析において選択した非階層クラスタ分析、階層クラスタ分析、主成分分析のいずれの結果においても和音の出現頻度という特徴量によってマーラーの作品を他の作曲家から独立した一つのまとまりとして分類することができた。

本分析に際して事前に設定した時代区分に概ね沿った分類結果が得られたが、必ずしも完全に対応しているわけではなく、一部では揺らぎが発生している。ただし各分析間の結果での揺らぎのパターンは同一であり、矛盾は発生しておらず、分類の安定性は高いと考えられる。

マーラー/ロマン派/古典派の区分が明確な点は各分析の結果に共通するが、単一の成分のみだと上記の区分までは行えても、概ね世代を同じくする作曲家(ここではシベリウスとラヴェルが該当する)との区別は明瞭でなく、主成分分析における第1主成分と第2主成分の組み合わせによってマーラーの他の作曲家の作品と比較した時の特徴が説明できる。従って、以下のような第1主成分を横軸、第2主成分を縦軸としたプロットにおける分布の偏りとしてマーラーの独自性を確認することができる。(左上の緑の楕円:マーラー、中央上の青の楕円:ロマン派、右上の黄土色の楕円:古典派、下の水色の楕円:近現代)


第1主成分と第2主成分の組み合わせでマーラーの特徴づけを試みるならば、古典派と比較した場合には古典派的な機能和声によるドミナントシステムとはやや異なった調的システムの機能がより優位であり、それが付加六の優越ということに繋がっていそうである。概ね世代を同じくする作曲家との区別については第2主成分において行え、ここでは3和音・4和音が優位なマーラーに対して、そうではない近現代の他の作曲家との区別が可能に見える。なおここで近現代において単音・重音の優位であると見られるような傾向があるのには、本分析で分析対象としている和音が、機能和声にて頻繁に用いられる和音に限定されていて、近現代で用いられるようなより複雑な和音が分析の対象となっていないことが影響している可能性がある。

以上より、マーラーの特徴づけとしては、典型的に古典派的なドミナントシステムに対して付加六の使用を中心とした別のシステムが存在することを窺わせる一方で、古典的なシステムが機能しなくなったわけではなく、機能和声で用いられる三和音・四和音が依然として用いられている点では古典派と共通しており、近現代におけるような複雑な和音の割合が高くなっているわけではないということが言えるのではないか、という点が本分析の結果から導かれると考える。

最後に、これまでの検討結果を整理した表を掲げる。本分析においては優越した2つの成分によってマーラーの特徴が取り出せることが確認できたものの、それぞれの成分が持つ意味については、上述の仮説として提示しうるレベルには到達できなかったため、その点を今後の課題としたい。


 なお、具体的な分析結果の検討については、本ブログの後続する以下の記事を参照されたい。また、分析結果の詳細については、以下の1.6.アーカイブファイルに含まれるファイルの説明の項に記載の通り、結果をアーカイブ化したものがダウンロード可能である。
1.6.アーカイブファイルに含まれるファイルの説明

和音出現頻度分布.zipの中には以下のファイルが含まれます。

  (1)マーラー交響曲の区分表
  • gm_classification.pdf:マーラーの交響曲の区分の比較表
  (2)和音出現頻度表
  • gm_cfrq.pdf:曲(楽章)毎の和音出現頻度のグループ合計に基づく和声出現割合
  • gm_cfrq_ave.pdf:曲(楽章)毎の和音出現割合のグループ平均に基づく和音出現割合
  (3)和音出現頻度分布の箱ひげ図
  • boxplot_cfrq_gm.pdf:分析対象のマーラー作品全体のboxplot
  • boxplot_cfrq_gm_sym.pdf:マーラーの交響曲全体のboxplot
  • boxplot_cfrq_gm_sym1.pdf:第1交響曲のboxplot
  • boxplot_cfrq_gm_sym2-4.pdf:第2~4交響曲のboxplot
  • boxplot_cfrq_gm_sym5-7.pdf:第5~7交響曲のboxplot
  • boxplot_cfrq_gm_sym8.pdf:第8交響曲のboxplot
  • boxplot_cfrq_gm_LE-9-10.pdf:「大地の歌」,第9,10交響曲のboxplot

他の作曲家との比較_再分析.zipの中には以下のファイルが含まれます。

(1)入力データ
 control+gm_A_cfrq.csv:分析対象の和音(コード)の出現割合
 control+gm_A_cfrq.csv:分析対象の和音(コード)のファイル毎の平均出現割合
 control+gm_A_col_cfrqA.csv:対象作曲家の色指定
 control+gm_A_label_cfrqA.csv:対象作曲家の非階層クラスタ分析用ラベル
 control+gm_A_class_cfrqA.csv:対象作曲家の時代別分類ラベル

(2)主成分分析系
 prcomp_F.pdf:主成分分析(scale=F)結果のbiplotグラフ
 gg_prcomp_F_12.pdf:主成分分析結果(第1,第2成分)のggbiplotグラフ
 gg_prcomp_F_23.pdf:主成分分析結果(第2,第3成分)のggbiplotグラフ
 gg_prcomp_F_34.pdf:主成分分析結果(第3,第4成分)のggbiplotグラフ
 pr_score-[1-4].pdf:主成分得点のbarplotグラフ
 prcomp_PC[1-4].pdf:主成分負荷量のbarplotグラフ

(3)階層クラスタ分析系:
 kmeans6.csv:k-means法、クラスタ数=6での分類結果
 kmeans6.pdf:k-means法、クラスタ数=6での分類結果のclusplotグラフ

(4)階層クラスタ分析系:
 hclust_complete.pdf:complete法での分類結果
 hclust_average.pdf:average法での分類結果
 hclust_wardD2.pdf:ward法での分類結果
  
(5)分析履歴
 hist.txt:R言語を用いた分析履歴。各分析の数値的な結果を含む。


[ご利用にあたっての注意] 公開するデータは自由に利用頂いて構いません。あくまでも実験的な試みを公開するものであり、作成者は結果の正しさは保証しません。このデータを用いることによって発生する如何なるトラブルに対しても、作成者は責任を負いません。入力として利用させて頂いたMIDIファイルに起因する間違い、分析プログラムの不具合に起因する間違いなど、各種の間違いが含まれる可能性があることをご了承の上、ご利用ください。  

(2021.11.24 暫定版公開, 11.26仮公開, 11.27公開, 11.29分析結果の要約を追加)

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