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2025年10月13日月曜日

マーラー祝祭オーケストラ第25回定期演奏会を聴いて(2025年10月11日 ミューザ川崎シンフォニーホール)

 マーラー祝祭オーケストラ第25回定期演奏会

2025年10月11日 ミューザ川崎シンフォニーホール

ベルク 初期の7つの歌
マーラー 第9交響曲

井上喜惟(指揮)
日野祐希(ソプラノ)
マーラー祝祭オーケストラ

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井上喜惟さんとマーラー祝祭オーケストラによる第25回定期演奏会に立ち会うべく、雨が降りしきる中、午前中、所用あって訪問した先から直接ミューザ川崎を訪れました。以下、演奏に接した感想を書き留めて置きたく思います。演奏に圧倒されてしまえばどんな言葉も無力に感じられてしまうもので、今の私はまさにそれを痛感している状態なのですが、その一方で、このような経験をしたからには、それを証言することは立ち会った者の義務の如きものとも感じられ、如何に拙いものであったとしてもその義務を最低限果たすべく、一先ずは感じたままを記すことにします。

今回のプログラムは最初に日野祐希さんのソプラノ歌唱でのベルクの初期の7つの歌が置かれ、休憩を挟んでマーラーの第9交響曲という構成でした。普段ベルクの作品をほとんど聴かない私にとっては初めて接する作品ということもあり、その演奏の素晴らしさは充分に感じ取れたものの、その演奏が備えていた価値に相応しい仕方で受け止めることができずに、忸怩たる思いに囚われざるを得ませんでした。それ故、適切に演奏を語ることが私にはできず、言いうるのはごく皮相な印象にしかならないことから、これまでも多くのそのような作品の演奏についてそうしてきたように、客席におられた他の有識の方々にお任せすることにして、ここでは専ら休憩後のマーラーの第9交響曲に限定して感想を記すことにします。

今回の演奏会の印象を一言で言えば、「圧倒的」という言葉に尽きるでしょう。マーラーの作品には数えきれない程接してきていますし、私の場合には様々な制約もあって実演に接する機会は限られるものの、それでも作品によっては複数の実演に接しているものもあり、今回の第9交響曲の場合もそうですが、その中には(前身のジャパン・グスタフマーラー・オーケストラの時代も含め)同じ指揮者・オーケストラで複数の実演に接することができている作品もあります。

実際、前回私が接した第23回の定期演奏会では、今回の第9交響曲同様10年程の歳月を隔てて第10交響曲のクック版の再演に接し、とみに最近井上喜惟さんとマーラー祝祭オーケストラの演奏の解釈の徹底と演奏の集中力・燃焼度が増し、接する度に圧倒されるようになってきていることをそこでも再認したのでしたが、今回の演奏は、その解釈、リアライズともにこれまでのそのような蓄積を経た、頂点に位置づけられるような素晴らしいものだったと思います。

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特に今回強く感じたのは、他に比較すべき対象が思い当たらない、井上喜惟さんの全くユニークな解釈が画期的な達成に至り、この上ない説得力を以て実現されたことです。私が初めてその実演に接して以来、常にはっきりと感じ取れ、また遡っては録音等でも確認できる、井上喜惟さんの解釈における一貫したアプローチは、敢えて単純化を懼れずに一言で要約するならば、基本的には流れの重視というように一先ずは特徴づけうるだろうと思います。私がこの点について思い浮かべるのは、井上喜惟さんがチェリビダッケに師事していることであり、そのチェリビダッケが、現象学的な音楽的時間について述べ、それを実演において実践している点です。とは言っても、それは井上喜惟さんの演奏がチェリビダッケのそれに似ていると言う意味では全くありません。そもそもチェリビダッケはマーラーをレパートリーとしておらず、チェリビダッケにおけるその考えの中心的な実践の場であったブルックナーとマーラーとでは音楽的経過の実質が全く異なるが故に、その解釈はマーラーのあの錯綜とした総譜を徹底的に読み込むことにより、井上喜惟さんがオリジナルに一から築き上げて来たものに他なりません。

そしてマーラーの、特に交響曲作品において音楽的時間の流れを重視するというのは、伝統的な楽式の図式論に囚われず、音楽自体が生み出す時間性を重視するということに他なりません。それは寧ろアドルノがマーラー・モノグラフ(アドルノ『マーラー 音楽観相学』)で述べたカテゴリの如きものを音楽から読み取り、唯名論的に形式を編み上げていく作業に他ならず、音楽が自ら形式を生み出していく現場に接するという稀有な経験を可能にしているものなのです。

流れの重視はまた、結果的に、音楽が止まる「息継ぎ」、ヘルダーリンの「休止」(チェズーア)、パウル・ツェランの「息の転回」の箇所を浮かび上がらせることにも通じます。それは単なる休符ではなく、音楽の流れが自己創発的に編み上げる構造を浮かび上がらせるものとなるのです。

今回演奏された第9交響曲の場合であれば、例えば、第1楽章練習番号13の直前のフェルマータ、そしてその後の「影のように(Schattenhaft)」音楽が進みだす手前の2度の「息継ぎ」がそれで、それまでダイナミクスの点からも表情やニュアンスの点からも長くて複雑な経路を辿り、だが途絶えることなく連綿と続いて来た音楽の流れは、ここに至って一時中断するのですが、楽譜をそのつもりで追えばごく当たり前のことを、けれども構造的な仕方でかくも明晰に感じ取ることができ、のみならず、それがアドルノが言語的に言い当てようとしたことを実現したものであるということに思い当たったのは、恥かしながら今回が初めてでした。

練習番号13から再開し、2度の休止を経て「影のような」領域を経た音楽が、「だんだんと音調が内側から広がっていっ(Allmälich an Ton gewinnend)」た果てに決定的な複縦線で区切られて辿り着くのは、Tempo I Andanteと明記された冒頭の再現であり、ここで音楽が冒頭に回帰する、その折り返し点を告げるのが、くだんの「息継ぎ」に他ならない訳ですが、今回の演奏では、その音楽的な移ろいがごく自然な流れで、それでいてこの上ない説得力を以て実現するのを聴くことができ、圧倒的な印象が残った箇所でした。

ちなみにこの楽章の基本的構造をソナタ形式と捉える伝統的な楽式論に従った形式分析においては、上記の部分は単なる展開部の途中に過ぎません。展開部の後続部分で「崩壊」が起き、鐘を伴う葬送行進曲を経た後、ようやく347小節に至って「始めのように(Wie  von Anfang)」再現部が始まることになります。そのような理解に基づけば、この日演奏された解釈は稍々もすれば構造的な把握を欠いたものと見做され兼ねません。しかしながらエルヴィン・ラッツが夙に指摘しているように、この楽章の構造は単純な伝統的な楽式論的分類を寄せ付けないものであり、既存の形式は、それを謂わば換骨奪胎してオリジナルな形式を実現するために鋳型のようなものに過ぎないのであれば、この日の演奏ではっきりとした形で実現された流れこそが、作品自身の持つ力学に忠実なものだと考えることができるでしょう。或る意味では安直で与しやすい伝統的楽式に従った解釈を離れ、アドルノの言うところの下から上へ向かう唯名論的な性格に忠実な演奏は、言うに易く行うに難いものであり、斯く言う私自身、今回の演奏に接して漸く井上喜惟さんがチェリビダッケから汲みとったアプローチを全く独自のやり方でマーラーの音楽に適用して音楽的に実現しようとしていたものが、まさにアドルノが指摘し、私自身、追及してきたものに他ならないことを遅ればせながら明確に自覚し、驚嘆するとともに自らの不明を愧じたような次第です。

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その後の音楽はまたしても複雑で変化に富んだ経過を経て、「ここで全く遅くなって(Schon ganz langsamer)」いよいよ終結に達する訳ですが、胸が締め付けられるようなホルンによる歌が「非常に躊躇い(Sehr zögend)」がちな木管の対話で引き取られ、フルートがたゆとうように高音域で「宙に浮いた(Schwebend)」ままになると、再び音楽は停止する。再開する度に下降して音楽が着地するのは、またしても、何度目かの冒頭の回帰なのですが、楽章冒頭に持っていた先に向かって歩む(Andante)力は最早なく、最後はフルートとハープ、弦のフラジオレットで停止し、もう再開することはありません。

しばしばここは音楽は「解体」していくプロセスとして記述され、時として「死」の形象化とされることもありますが、今回の演奏では、長く、途中では苦痛に満ちたプロセスを経て、音楽的主体が再び出発点に立ち戻り、音の消え去った虚空を眺めているのに立ち会い、その眼差しを共にしているかのように感じられました。風景の中には最早主体はいないが、その風景を眺める眼差しが残っている、ここでは主体は最早ドラマの主人公ではなく、そこから身を退いて眺める存在であるという確固とした印象が残ったのでした。

勿論これらは全て楽譜に書かれていることであり、それを楽曲解説よろしく辿るだけならば、改めて私が今ここで繰り返す迄もないことでしょう。けれどもそうした音楽の流れが、今回の演奏において、この上もない自然さと自在さを以て、絶えず移ろいゆき、変化していく情動の動きを伴って流れていくのに立ち会って、まるで音楽がその場で生成するのを初めて経験するような新鮮さに満ちた体験をすることができたように感じたことを書き留めて置きたく思ったのでした。

この交響曲の第1楽章に、今回のような演奏によって接すると、所詮は音響の継起に過ぎない音楽にこんな事迄可能なのかという驚きを改めて感じ、マーラーの天才に圧倒される思いがします。特にその調性の変容のプロセスは単なる調的スキーマ内の遍歴に留まらず、調性自体が不安定になり、ほぼ無調に近づいたかと思えば安定した調的領域に回帰するというその精妙にして無限のニュアンスを孕んだプロセスは空前にして絶後のもので、西洋の音楽がその長い歴史の果てに到達した、意識の流れの音楽化の最高の達成の一つであることを再認識させられた次第です。

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第2楽章は伝統的楽式では舞曲的な性格の「中間楽章」ということになりますが、このような舞曲的な楽章でのリズム処理の冴えは、井上喜惟さんのいわば「十八番」のようなもので、身体的、生理的なドライブはこの日の演奏でも健在でした。ただしこの楽章には三部形式のような静的な性格はなく、所謂「展開するスケルツォ」としての構造を持っていますし、その内実は一筋縄ではいかない屈折を孕んでいます。始まりではくっきりと対比的な性格を持つ主部の朴訥としたレントラー、イロニカルな表情を持ち、最後には野卑にさえ近づく急速なワルツ、非常にゆったりとして夢見るような2つ目のレントラーの3つの異なるテンポが切り替わって、再開される度に表情を変えてゆく有り様が、これもまた自然な経過としてリアライズされ、交替によって前の部分が後の部分に影響を与えていく具体的な経過の実質に重きが置かれていることが手に取るように感じ取れます。

ここでも特に印象的なのは冒頭のレントラーのブロックへの何度かの突然の回帰で、それがここでは構造的な句読点を与えるのですが、ブロックが賽の目に区切られたように切り替わるのではなく、それまでに経てきた音楽的脈絡がもたらす経験によりニュアンスがその都度異なったものになる音楽の一貫した流れがごく自然に感得されるものとなっていました。

しばしばこの楽章は、第9交響曲の中では比較的「弱い」楽章として問題になることがあり、ともすれば些か冗長であるとされたり、テンポも性格も異なる3つの舞曲のブロックの順列組み合わせ的な機械的なモンタージュといったメタ音楽的名人芸として説明が為されることもあるようですが、この日の演奏はそうした方向性とは無縁であり、これもしばしばそのように解釈されがちな、第1楽章に対する「息抜き」のようなものではなく、第1楽章で展開されたドラマと同じ主体の経験であり、その生の現実の異なった側面の音楽化であると感じられました。

第3楽章は「ロンド・ブルレスケ」と題され、「とても反抗的に」という些かエキセントリックな発想表示を持つことで有名なロンド形式の楽章で、対位法的アクロバットが主体を否応なく巻き込んで押し流してゆく「世の成り行き」の容赦なさを示すものとなっていますが、この日の演奏解釈でこの楽章に関して特筆されるのは、そのユニークでありながら実は楽譜に忠実な解釈が、オーケストラの凄まじい集中力によって十全にリアライズされたことが圧倒的な効果もたらしていた事です。

井上喜惟さんのこの楽章の解釈において特に重要なのは、中間部後半とコーダのテンポ設定です。まず中間部後半のテンポ設定について言えば、多くの演奏では練習番号39あたりから突然ギアチェンジし、音価を半分に切り詰め、譜面上からは恰も倍の速度になったかのような解釈が採られることが多いようです。しかし実際には楽譜にはそのような指示はなく、この日の演奏におけるように、逆にそうした恣意的な変化を持ち込まないことによってこそ、522小節からのロンド主部回帰の箇所のTempo I subitoが意味を持つのであり、急に再び「世の成り行き」の奔流の最中に立ち戻ったかのような突然の変化がもたらされることになるのです。ちなみにこの点に関して同様な解釈が為された例としては、個人的には井上さんが師事したベルティーニの演奏が思い浮かびます。

コーダについて言えば、こちらは最後のPresto(641小節)からはっきりとギアチェンジが行われ、その後の9小節間、恰も1小節1拍、3小節で3拍子のひとまとまりが3回繰り返され、その後それが途中で3拍子には1拍足らず2拍子には1拍多い5拍子のフレーズを経て(ちなみにこうした不均等なフレーズの処理に秘められた合理性はシェーンベルクがプラハ講演で第6交響曲のアンダンテの旋律の分析を通じて示したものを思わせます)、1小節1拍の2拍子に変化して最後まで辿り着くという楽節構造の把握が卓越しており、ここでもその解釈が徹底されたリアライズにより、それまでの奔流に更に加わる突然の変化が眩暈のような効果を惹き起こし、恰も突風に巻き込まれ、翻弄されたまま末尾に至る、凄まじいドライブに聴き手は打ちのめされたかのような印象を受けることになります。だがしかし、これも井上さんの指摘する通り、マーラー自身が楽譜に書き込んだ指示(3 taktig)の忠実なリアライズなのです。

第4楽章として全曲の最後に置かれたアダージョは、作品全体の冒頭の調性であるニ長調から半音下降した変二長調を基調としており、大きくフラットに偏って赤味がかった色合いの中、調性格論的にも穏やかで退いた薄明の仄かな光に充たされた音楽であり、全体が回顧的な色合いを帯びて響きます。

この日の演奏では、ここでもまた音楽の流れは淀んで停滞することなく、終わり近くに至るまで音楽が止まることはありません。特に鮮明な記憶として残っているのは、常に同じ色合いを帯びて回帰する主部に対して、11-12小節で仄めかされ、28小節に至って本来の姿を現す、音域的に大きく乖離した二声の対位法が印象的な対比部分の変化です。ここは主部の変二長調に対して異名同音の短調である嬰ハ短調(この作品冒頭のニ長調との対照という点では、末尾に二長調で終結する第5交響曲の冒頭がこの調性であったことが思い出されます)の領域なのですが、その後再現する時にはそれまでの音楽的経験の結果として蒙る変容により、最初の提示の無表情なたどたどしさと打って変わって、既に主部から流れ込む時から俄かに温もりを帯び、ひととき「大地の歌」のフィナーレの小川の情景がフラッシュバックしたかのような印象を与えます。

その後大きく高潮した音楽がようやく歩みを止めるのはコーダに至ってからで、何度も立ち止まっては再開する音楽は、だが最後に至って再び流れを取り戻してフェードアウトしていきます。これは第1楽章の末尾と照応したものですが、この日の演奏から受けた印象は、第1楽章の末尾に似て否なる効果を生み出しているように私には感じられました。ここでも第1楽章と同じで、主体は出来事から身を退いて、それを外から眺める視線としてのみ残っているのですが、そうした主体の位置は、第4楽章では始めから一貫したものであり、第1楽章におけるように遍歴の過程を経て最後に獲得されるものではありません。そして第4楽章の音楽の経過の全体は寧ろ、近づいてくる夜明けの予感であり、寧ろ主体はこの音楽を通じて蘇生の歩みを辿り、勿論、己の行く末をはっきりと認識しつつ(有名な「子供の死の歌」の引用)、だがそのことも含め「一切をかくも新たな光の中にみる」境地へと到達するように私には感じられてならないのです。従って第4楽章末尾のersterbendは「死」を示唆するものではありません。寧ろ或る種の「超越」であり、開けであるという揺るぎない印象こそが、聴いていて私が感じ取ったものでした。

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そしてこのこともまた、この第9交響曲という作品全体についての井上喜惟さんの解釈が十全にリアライズされた結果なのかも知れません。曽雌さんによる、いつもにも増して詳細を極めたプログラムノートに記されているように、井上喜惟さんは今回、この曲の再演にあたっての楽譜の読み直しの過程で、この曲にファウスト的なものを感じ取り、この第9交響曲全体を、第8交響曲第2部でその構造上も尽くすことができなかったファウストについての語り直しと捉えておられるようなのですが、そのことは、音楽の一貫した流れを重視し、その中から自ずと形式が浮かび上がる様子を開示した今回の演奏解釈に通じるものであり、巨視的にも第一楽章を残りの三楽章が取り囲む遠心的な構造という通常受ける印象ではなく、四つの楽章が四枚続きのタブローとなり、ファウストの生の経験の異なる相を音楽化したものとして、対等な重みを持ちつつ、一貫した流れを形づくることに繋がり、それがここまで述べてきた音楽的流れについての実際の聴体験の印象とも一致するように感じられるからです。例えば第4楽章のあの有名な「子供の死の歌」の引用も、既に第8交響曲において第1部でも第2部でも繰り返し参照されていることを、その引用箇所とともに歌われる言葉(Virtute firmans perpeti / Der ewige Liebe nur Vermag’s in scheiden)も併せて思い浮かべても良いでしょう。

実は井上喜惟さんが示唆している第8交響曲第2部との繋がりについては今回の演奏会に因んでプログラムに寄稿させて頂いた小文「一切をかくも新しい光の中にみる」にも記載した通り、第4楽章のMolto Agadio subitoから7小節目(55小節)のヴィオラの下降音型が第8交響曲の第2部の練習番号170から171にかけて、かつてグレートヒェンと呼ばれた女が歌う部分の結びを強く連想させるものであり、ここがまさにファウストの蘇りが述べられる決定的な部分で、更にこの音型には "neue Tag"という言葉があてられていることが指摘できます。

拙文のタイトルはマーラー自身のワルター宛の書簡に記された言葉に由来するものですが、そのマーラーの言葉もまた、意識的なものであれ無意識的なものであれ、ファウストの蘇りとの関連を感じさせ、第8交響曲第2部の位置づけの見直しと、第9交響曲の読み直しを促すものと思っていたのですが、この日の演奏はそうした私の漠然として印象を、確たる認識にまで高めてくれるものであったと思います。

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ここまで、この日の演奏を通じて明確に感じ取れた井上喜惟さんの解釈について述べてきました。この日の演奏ではっきりとした形で実現された流れこそが、作品自身の持つ力学に忠実なものであり、それ故に全く自然に淀みなく音楽的時間が展開していくことを聴き手は経験することになるのですが、既に述べたように、或る意味では安直で与しやすい、伝統的楽式に従った解釈を離れ、アドルノの言うところの下から上へ向かう唯名論的な音楽の在り方に忠実な今回のような演奏は、言うに易く行うに難いもので、全くオリジナルな達成としてマーラーの作品の演奏解釈の画期を為すものではないかとさえ感じました。

そうした解釈も繰り返されるリハーサルによる徹底的な共同作業によってオーケストラによって共有されなければ、既に述べてきたような充分なリアライズが達成できないことは明らかなことでしょう。特に今回強く感じたのは、解釈もまたそうであるように、そのリアライズもこれまで以上に自在さを増し、音楽が自らの論理に従って発展していく力動を強く感じ取る事ができたことでした。

そしてそれは、これまでの他の作品の演奏でも感じ取れ、今回もはっきりと感じ取ることができた、マーラー祝祭オーケストラの個性とでも言うべき独特の手応えのある響きについても同様に言えることだと思います。私見では、演奏が録音を通じて拡散され、共有されることが普通になってから以降、このような響きは録音向きではないものとして寧ろ排除されてきたもののように感じられてなりません。私の乏しい聴経験の範囲で、強いて似たような印象を持つものを挙げるとするならば、世代を遥かに遡って、丁度アドルノと前後する世代の、一例のみ挙げるならば、例えばホーレンシュタインの演奏に聴きとれるようなものに通じるものを感じます。

それは音色についても言えて、とりわけマーラーおいて頻発する、特に金管においてミュートした楽器を強奏することの効果も、近年の多くの演奏でそうであるような、角が取れて鮮明でありつつ美的な調和を損なわない音色のパラメータの一つとしてではなく、寧ろ、美的な面からは醜さも厭わない、邦楽で言うところの「さわり」を持った、強い表出力と緊張感を備えたものであり、音楽の実質に適ったものに思えます。これは打楽器の騒音的な音響についても同様の事が言えて、特に今回は鐘(舞台上ではなく、舞台裏で鳴らされたようです)についてそのような印象を受けました。

そのことはパートのバランスについても同様で、これもマーラー祝祭オーケストラの常でマーラー自身が想定していた両翼配置が採用されているのですが、今回はそのことにより特に第2ヴァイオリンの重要性が際立っていたように思います。そもそもこの第9交響曲の第1楽章冒頭で旋律を弾きだすのは第2ヴァイオリンなのです。それ以降も左右のヴァイオリンパートの掛け合いの効果も鮮やかで、マーラー自身が意図した空間性についても申し分のないものだったと感じます。

更に特筆すべきは中・低声部の充実であり、例えばヴィオラならば第1楽章展開部の129小節からなど重要な旋律がしばしば割り当てられていますし、チェロとコントラバスには、余りに有名な第1楽章コーダにおけるフルート、ホルンとの協奏的なアクロバティックなパッセージがあります。また協奏的ということで言えば、頻出するソロ、パートソロも重要で、特にホルン、木管、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロにはここぞいう部分でのソロの旋律が割当てられていますが、それらの悉くが集中力と大きな表現意欲を伴って十全に実現されていることに感銘を受けました。

もう一点、楽器のバランスに関連して今回特に強く印象に残ったこととして特記しておきたいのが、この第9交響曲のスコアに特徴的な線の錯綜のリアライズに関してです。この作品のスコアを開いて見たことのある方は良くご存じのように、この作品における対位法的な線の重畳とその絡み合いの複雑さは例外的で、或る種極限的なものと言って良く、しかもそれは、例えば後年のミクロフォニーのようなマスとしての効果ではなく、あくまでも線がびっしり絡みあって蠢く様子が聴き取れるように書かれています。その重層と複雑さは臨界的な領域にあって、人間の認知機構の制約を超えるもので、ここでは各声部は同時に聴き取れはするけれども全てを対等にという訳にはもはや行かず、全てを受け止めきれないという認知的な飽和状態の如きものが生じることになります。認知実験等の結果によれば、ゲシュタルト的な図として同時にパラレルに把握できるのは3声部くらいが限界であるとのことで、通常の演奏ではメインのラインのようなものを設定して聞きやすくしてしまうことが多いですし、特に録音で聴く場合には結果的にそのような聴取になるのが普通ですが、実際には楽譜ではそういう指定はなく、今回のような素晴らしい音響を持ったホールでの楽譜に忠実な徹底的なリアライズに接することによって初めて、マーラーが意図していたことが十全に了解できたように感じました。

それが特に顕著に感じられたのは、例えば第1楽章展開部前半の「激しい怒りを込めて(Mit Wut)」奏される音楽が崩壊した後、211小節からの「苦悩に満ちた(Leidenschaftlich)」箇所であり、デネットの多元草稿モデルのように(但し、デネットのような情報処理モデルでは抜け落ちてしまう強く複雑な情動を常に伴うものであるということは幾ら強調しても足らないのですが)、人間の心はもともとポリフォニックなものであって、それを意識が辛うじて統制しているかのように感じられるに過ぎず、時としてそれは破綻するということさえ感じる取ることができ、常には「情熱的な」といった訳され方をするLeidenschaftlichという言葉のニュアンスを十全に感じ取れたように思いました。

その他個別に印象に残った所を逐次挙げて行けば際限なく、それだけで紙数が尽きてしまうことからそれは割愛させて頂き、最後に全般的な印象を記してこの感想を終えたく思います。

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これは繰り返しになりますが、楽譜の徹底的な読み直しによって井上喜惟さんが把握し、音楽自体が持つ時間性の流れに逆らうことなくその自発性に従って構築したものは、通常この第9交響曲の解釈として宛がわれる伝統的な楽式論をベースにし、せいぜいがそこからの逸脱を測るような解釈とは無縁ですし、多く伝記的事実との単純な重ね合わせに由来する標題音楽的、図像学的解釈とも異なっており、それらを拒絶するものでした。それは第8交響曲第2部のファウストの蘇りの語り直しとして、マーラー自身が「一切を新しい光の中にみる」と述べたような心性の蘇生の歩みの音楽化ではなかったかと思えます。しかもそれは、交響曲という伝統的な形式に依拠した単なる主観的心情の告白ではありません。この作品の手前において認識態度の変更があり、この作品は、これもまたアドルノが的確に指摘しているように、ゲーテ=ジンメル的な晩年の音楽なのであり、主観的なあり方がそのまま形式となるというジンメルの「老齢芸術」の理念の最上の実現の一つであるということが、この日の演奏を通じて確認できたように思います。そしてそれはそのまま、シェーンベルクのプラハ講演の言葉にある、作曲家をメガホン替わりにして語る存在の示唆にも通じ、この作品の「客観性」と彼が呼んだものにも通じているのではないでしょうか。

そして改めて、ある面では音響の継起に過ぎない音楽においてこのような精神的なものに到達することができたマーラーの天才には只々圧倒される他ないように感じます。勿論、このようなあり方が音楽の唯一の在り方である訳では決してありませんが、それでも尚、シュトックハウゼンが指摘した通り、「人間」というものが解体し断片化する手前で、二分心崩壊以降の意識の歴史の蓄積の末に到達された「意識の時代」の最高の達成の一つであり、その後はもうこのような形での達成は不可能になったのだという認識を新たにしました。マーラーはどんなに偉大な芸術作品とて「抜け殻」に過ぎないと述べたことがありますが、その言葉もまた、この音楽にファウスト的なものを読み取ろうとする井上喜惟さんの見方と響き合うものがあります。作品が「抜け殻」であるというのは「たゆまぬ努力によって生れ出た彼の姿は、不滅のものだ」という考え方と対のものとして理解されるべきだからです。

そのような解釈の投影という面もあるのかも知れませんが、今回の演奏は自分がそこに価値を見出した何かを音響としてリアライズしようという指揮者・音楽監督の井上喜惟さんの確固たる意志をいつになく強く感じさせるもので、オーケストラはそれに対して、驚異的な集中力と共感を以て十全なリアライズを成し遂げたものと感じられました。演奏が終わった後の、得難い何者かが達成され、成就されたというはっきりとした感じがかけがえのないものに感じられ、そうした場に聴き手の1人として立ち会うことができた幸運を噛み締めずにはいませんでした。更に加えて、改めて最近の演奏の充実を振り返り、その上でそれらの蓄積が可能にした一層の自在さをもって達成された今回のような演奏を目の当たりにした時、ふとした偶然によるきっかけから、微力ながらかれこれ10年以上に亙ってお手伝いさせて頂くことができている幸運についても感謝したい気持ちになりました。

到底言葉で尽くすことは叶わぬにせよ、結局のところ言葉で伝えるしかない最高度の感謝を井上喜惟さんとマーラー祝祭オーケストラの皆さん、また今回のコンサートの企画に携わられた皆さんにお伝えして、この拙い感想の結びとさせて頂きたく思います。(2025.10.13初稿, 11.16加筆・修正)


2025年1月22日水曜日

マーラーをコンサートホールで聴くことの難しさ(2025.1.22 再公開)

マーラーの音楽がコンサートホールでの演奏・聴取を前提として書かれているのは言うまでもないことのように見える。けれどもその自明さは、 その音楽が作曲されてから100年が経過した極東の地においてもコンサートホールが存在し、オーケストラが存在し、演奏会が催され続けている という社会的、制度的な連続性に拠っているはずである。マーラーよりも100年前の音楽が受容された社会的・制度的な前提が最早存在せず、 だからこそ時代考証を経た「復元」が意味を持つことを考えれば、もう100年経過した未来でも自明であり続けるかどうかは予断を許さないと 考えるべきなのだろう。

一方で、マーラーが生きた時代を知る人は最早おらず、マーラーの音楽がそこから生まれ、そこで鳴り響いた環境からは遠く隔たってしまっている こともまた否定し難いように思える。勿論、地理的な隔絶というのもある。マーラーに関して言えば、アメリカやロシアのようにマーラー自身が訪れて 自作を演奏することはなかったけれど、マーラーその人を知っており、1923年にはベルリンでマーラー・ツィクルスを企画した指揮者クラウス・ プリングスハイムが戦前にマーラーの交響曲の幾つかを日本初演していったという経緯は確かにあるものの、文化的な隔たりを無視することは できないだろう。マーラーのマージナリティ、あるいは些か皮相になるが例えば「大地の歌」が唐詩の翻案に基づいていたりといった側面は確かに マーラーの音楽を日本人が受容することを容易にしているかも知れないが、その代わりにマーラーの音楽が当時、彼の地において持った インパクトを測るのには際立って意識的な作業が必要になる。唐詩の場合は厄介で、日本人にとってそれは伝統的に身近なものであったとはいえ、 結局それは外国の風景だし、やはり翻訳して受容してきたには違いなく、結局は別の位置に立って眺めているに過ぎないのである。ボヘミア生まれの ユダヤ人マーラーと「子供の魔法の角笛」の距離感を実感するのも難しいけれど、彼と「中国の笛」との距離感を測るのはある意味では更に 厄介かも知れないのだ。

勿論そんなことはわかりきったことだし、それを言い出せば同時代の人間だってマーラーの位置に立つことは原理的には不可能だということになる。 今日の日本でゲーテやニーチェを引いてマーラーの世界観なるものを説明しようとするのは、マーラーの立ち位置と今日の間にある隔絶に対して あまりにナイーヴに思えてならないし、一方でマーラー時代のウィーンについての知識があるに越したことはないだろうけれど、その知識が今日、 日本でマーラーを受容することに対しては何の担保ともなりえないことに無頓着な解説は、そうした脈絡もなく、ある日突然、マーラーの音楽を聴いて 魅せられた子供が聴き取った筈のもの、時代の違い、地理的・文化的隔絶を乗り越えて届いた「声」を言い当てることに対しては無力である。 だが個別的なもの、具体的なもの、単に主観的で一回性の経験そのものを問題にしたいわけではない。もしそうなら、ある時空の座標の1点で 起きたイヴェント、例えば頼りない音質のラジカセから響いた音響が、ヒト科の個体の脳内の神経回路網をどう刺激し、変形したかが記述できれば 少なくとも原理的には事足りることになる筈である。

こう書けば極端に響くが、もう一方の普遍性の側の危うさは音楽の場合には明らかで、 幾ら背伸びをしたところでそれは「人間」を超えることはない。シュトックハウゼンはド・ラ・グランジュのマーラー伝の書評で、「もしある別の星に 住む高等生物が地球人の性質をごく短期日のうちに調査しようと思うなら、マーラーの音楽を素通りするわけにはいかないだろう。」(酒田健一訳、 以下同じ)と述べているが、この発言は幾つかの点で示唆的である。一つには生物の「高等」さの尺度が「地球人」におかれていていること。無いものねだりとは 言いながら、例えばスタニスワフ・レムが描き出したようにそもそも地球上の生物とは全く異なる物理化学的・生物学的基盤の上に「知性」(正確には 「知的」に見えるもの)が備わっていることだって大いにありうるわけだ。そうであってみれば、そもそも「音楽」というのが件の高等生物にとっては全く理解しがたい もの、何のために存在するものであるかすら分からない音響だということも考えられるし、人間と同じ周波数帯の聴覚を備えていることを期待すべきでは ないかも知れない。彼が考えていることがあまりに「人間」的なものを自明なものと前提した、随分とムシの良い人間中心主義なのは明らかなのだが、 彼の「音楽」が暗黙の裡に前提としているものはそれだけではない。シュトックハウゼンの発言の意図が別にあることは承知で言えば、もちろん「地球人」を ヨーロッパのある時期の、しかもかなり特殊な音楽、たった一人の人間が書いた音楽で代表させることの無謀さは明らかで、そこに西欧の文化帝国主義の 無邪気は顕れを見出して呆れる人がいても不思議はない。勿論シュトックハウゼンは、一方では「人間」が時代とともに変容するものであることに対する 認識はあって、「その音楽は、人類が人間を個々の部分に分解し、しかもそれらをおそろしく奇怪な変種へと再合成しはじめようとするまえの、 古い、全的な、《一個体》としての人間による最後の音楽である。」と述べてはいるが、寧ろジュリアン・ジェインズが構想したような時間軸での 意識の歴史のようなパースペクティブこそ相応しい文脈にも関わらず、こちらは今度はあまりに狭い文脈の議論に飛躍してしまっている。恐らくこの発言で 想定されているのは、彼の周辺の「現代音楽」から眺めた展望に過ぎない。結局、マーラーの音楽は、歴史的・文化的に極めて限定された「人間」 (その中には勿論、シュトックハウゼンも含まれるわけだ)のためのものに過ぎないということが露呈されているようだ。

かくして異文化理解のようなレベルで議論している分には成立するかに見える普遍性も、一歩外に踏み出せば色褪せてしまう。 別の星に住む高等生物を持ち出すまでもなく、人工知能研究以後におけるロボットを考えてもいいし、その認知能力が明らかになりつつある別の生物、 例えばオウムやインコ、あるいはイルカやクジラを考えても構わない。マーラーの音楽からは随分遠くに来てしまったように見えるかも知れないが、 それは一般にマーラーの音楽を語る文脈の側が自分の都合の良い視界狭窄に陥っているからであって、シュトックハウゼンの発言は勿論、詩的な比喩か修辞のように、 あるいは芸術家の誇大妄想として受け流すのではなく、逆にその不十分さを補って、もっと先に推し進めていくことによって限界を認識することに よってこそマーラーの音楽の今日的な射程は見えてくるのではないか。個別の経験を超えるものとは言っても、天空のどこかにあるイデアを想定する 必要はない(論理的な極限概念としてホワイトヘッド的な「永遠的客体」を考えるのは構わないが)。そもそも一体、マーラーの「音楽」なるものはどこにあるのか。 それはコンサートホールの中に響き渡る音響のうちにしかないのか。CD等の媒体に収めされた音響が「音楽」の痕跡に過ぎないのだとしたら、 あるコンサートホールにある日響いた音響もまた、「音楽」の不完全な写し絵に過ぎないのではないか。あるいはまた、聴く「私」抜きには「音楽」が 成立しえないのであれば、コンサートホールでの演奏は「音楽」そのものではなく、寧ろ、それが聴く私の中に起こす反応の過程を含めた全体を 「音楽」と呼ぶべきなのではないか。だがそうだとしたら、更にホールで聴く「私」の人数だけ起きる異なった反応の過程のすべてを音楽と呼ぶのが より適切なのだろうか。一方で、楽譜を手にして頭の中で鳴らすそれは音楽とはいえないのだろうか。マーラーは「大地の歌」や第9交響曲の 初演を聴かずに没したが、それではマーラーは自分の「音楽」を知っておらず、今日の日本でコンサートホールで演奏されるそれらを聴く人間の 方がマーラーよりも「音楽」により近いというべきなのだろうか。個別の経験のどのような断面に現れる構造を「マーラーの音楽」と呼ぶべきなのだろう。

何を大袈裟な、所詮は趣味や娯楽の話、音楽がある文化の中のものであることはわかりきったことだし、CDを聴いたり、コンサートに通ったり、あるいは 自分で演奏したりするのに、そんな話は関係がない、というのが一般的なマーラー受容における「良識ある」反応ということになるのだろう。 些か異なる文脈だが、フランツ・ヨーゼフ皇帝がマーラーのウィーン宮廷歌劇場での改革について「所詮は娯楽ではないか」といった発言をしている。 この発言で問題になったコンサートホールやオペラハウスでのマナーも流動的なもので、今日ではどちらかと言えば上記の発言にも関わらず 皇帝が支持したマーラーのやり方に近いものがスタンダードとなっているわけだが、いずれにしてもそうした諸々の決まり事の中でマーラーの音楽は、 だが基本的には趣味・娯楽として聴かれているのだろう。もともとがミュンヘンの博覧会の会場で初演された第8交響曲は、だからコンサートホールのこけら 落としや何かを記念したイヴェントにうってつけの曲目で、もともとコンサート・ピースでしかない第2交響曲は宗教音楽ではありえず、 だからそれがユーゲントシュティル的な装飾に過ぎないというハンス・マイヤーの嫌疑は、受け止め方によっては寧ろ相手を過大評価したないものねだりである という廉で不当な批判と見做されても不思議はないのかも知れない。では一体、コンサートホールで演奏される第2交響曲や第8交響曲に対して、 どのように向き合えばいいのだろう。第2交響曲や第8交響曲の扱いに困って、なかったことにする態度というのも、現実にそれをコンサートホールで聴く という状況を考えれば理解できなくはない。だが私見では、それはコンサートホールでの演奏会というフォーマット、今日の日本におけるそれが 第2交響曲や第8交響曲が備えている或る種の志向を容れる媒体としては不適切だということであって、第2交響曲や第8交響曲そのものが 賞味期限切れなのだとは考えたくないのである。それでは他の曲ならコンサートホールに相応しいかといえば、私には到底そうは思えない。私にとっては マーラーの音楽はどの作品も、それが紛れもなくコンサートホールで演奏されるように作曲されているにも関わらず、コンサートホールで聴くことが 非常に困難なものになってしまっているのだ。

一体どこにその困難さがあるのだろうと色々と条件を列挙したり、代替案を考えてみたりしてみれば、おおよそ以下のようになる。今日、マーラーの 音楽を聴くための代替手段としてもっともありふれているのは、(1)CDなどの媒体に録音されたものを聴くことだろう。それ以外にも(2)楽譜を読むこと、 (3)ピアノ連弾などに編曲された形態を演奏することも考えられるし、(4)記憶にたよって頭の中で鳴らすことや、(5)自分が奏者としてあるバートを担当する、 あるいは(6)指揮をするというやり方で、演奏者として聴くというのも可能性としてはあるだろうが。コンサートホールで聴くのも、例えば(7)聴き手が自分一人の 場合も可能性としてなら考えられるだろう。もう一つ、純粋な可能性としてなら考えられるのが、(8)マーラーが今日の日本に生きていて彼と一緒に聞く場合もある。 マーラーは指揮者だったから、(9)自作自演を聴くというのもありえるだろう。ここで重要なのは、自分が100年前のウィーンに住んでいるという可能性の 方は考えないことである。ただし、ヴァリアントとして(10)今日、かつてマーラーが生きていた、例えばウィーンでコンサートを聴くのはどうかというのは含めても 良いかも知れない。100年前に自分を置くのは原理的に不可能だが、空間の移動は可能性としてはありえる。マーラーが今日の日本に生きている というのは原理的に不可能に見えるが、これはマーラーが日本人で同時代の作曲家であるとすればいいのだ。要するに、そのような音楽が今日の日本で 書かれて、同時代の音楽として聴く可能性で、人間の方もマーラーみたいな誰かが、マーラーのような音楽を書いたと思えばよい。

(1)(2)(3)(4)は実際にそうしているか、それに近い受容を実際にしているから問題ないのははっきりしている。(5)(6)は経験がないので何ともいえないが、 恐らくこの場合には全く違った展望になるだろうと思われる。(7)(10)はいずれも恐らくだめだろうと思う。(10)は日本で聴くのとは全く異なる経験であろうとは 思うけれど、所詮は自分の檻からは逃れられない。最後の他者として自分が残ってしまって持て余すことになると思う。(7)の方は、指揮者・演奏者の 他者性・複数性が気になってしまってだめだろうと思う。(8)(9)はもともと突飛な想定なので想像に限度があるが、恐らくは困難だと思う。言い換えれば、 今日の日本でマーラーのような気質と問題意識を持った人間が作品を書けば、全く異なった素材を用いた、全く異なった音楽にならざるを得ないのではないかと 思えるということだ。マーラーの音楽は、結局のところ過去の異郷の音楽でしかない。今、ここでの作品としては最早不可能なものなのだと思う。

どうしてこういうことになるのか。一つ考えられるが、私がマーラーを受容してきたのがそもそもコンサートでの実演の聴取を通してではなく、レコードやCD、 あるいは放送といった媒体を介してであったということがあるだろう。ただしクルト・ブラウコップフのような音楽社会学者の主張とは些か異なって、 そうすることによって、マーラーの音楽が自分の「内側」で響くようになってしまった、というのが大きく寄与していると思う。楽譜を読んだり、キーボードで 弾いたりという享受の仕方は、クルト・ブラウコップフの議論では寧ろ、LPレコード以前のかつての受容の方法として対立するのだが、ここではそうではなくて、 寧ろレコードやCDでの聴取の側に属してコンサートホールでの聴取と対立し、公共性に対して私性を強化する機能をしているのである。私がレコードや CDの蒐集に熱心でなく、聴き比べのようなものに関心がないのも、それが第一義的には「内側」で響く音楽を確認する機能を担っているからなのだろう。 従って、どんな演奏でもいいわけではなく、嗜好のようなものは存在する一方で、音質や臨場感にはあまり頓着しないのだろう。一方でいわゆる決定盤主義に ならないのは、個別の演奏にある様々な制約が、「内側」の響きと一致しないためだろう。もしそうだとすると(5)や(6)、特に(6)については、その能力と機会が あったと仮定すれば恐らく取り組んだであろうが、それでも或る種の究極の演奏といった考え方には馴染めない。結局のところ「内側」の響き自体が動いていく ものだということと、実演では様々な現実的な条件への対応が必要で、だから演奏は毎回異なって当然だし、そうであるべきだと考えているからだ。

「内側」の響きといい、私性といい、取りようによっては非常に傲慢で独善的な聴き方をしているのではないかという批判は当然あるべきで、自分の聴き方の 価値について擁護しようとは思わない。あくまでも事実として、私はマーラーをそのように聴いてきたし、今でもそうだということに過ぎない。マーラーはこのように 聴かなくてはならないなどということはなくて、言いうるのは、マーラーはこのように聴かれる場合があり得るという例示に限られる。寧ろ、様々な制約で、 かくも不幸な聴き方しかできなくなった症例として掲げるべきなのかも知れない。何しろ、マーラーの音楽は、結局のところコンサートホールのための音楽なのだから、 非本来的といえば、非本来的な聴取であることは否定しようがないのだから。

あえて言えば、マーラーの音楽に内在するメタ音楽的な契機、既存の枠組みを 相対化し、いわば「括弧」入れして「上演する」やり方、更にはパロディーやイロニーを可能にする自分自身に対する距離の存在、自己参照性、複数の声の 共存、複数のレベルの併置、要するにマーラーの音楽を「意識の音楽」たらしめている特性を考えれば、今やそれをコンサートで単純に聴くのではなく、 コンサートホールでの演奏の記録を聴くこと、コンサートホールでの演奏という状況の「括弧入れ」を行うための媒体として「録楽」を考えること、いわば メタシアターとして「録楽」による聴取を考えることはマーラーの場合には、その音楽の実質に適っているという主張は可能ではなかろうか。マーラーにあっては 既存の様式は「幽霊」としてしか存在しえない。そこには意図されたアナクロニスムが存在するのだ。であってみれば、マーラーの音楽そのものを今度は 「幽霊」として受容すること、もはや不可能なものとして、過ぎ去ったものとして聴くことはあながち不当なこととは言えまい。

アドルノがカフカの「審判」の末尾を引用して述べるように、マーラーの音楽が誰も聞いてくれないのに大声で語られる末期の言葉なのだとしたら? ヨーゼフ・Kのような経験を自己のものとするような人間にとってまさに己を代弁するような音楽、「極めて反抗的に」と指示された音楽は真理が 幻としてしか経験されえないものであることを身をもって示すのだ。マンデリシュタムが、あるいはマンデリシュタムを引用したツェランが詩について 述べたのと同じように、マーラーの音楽もまた、必ずしも希望に満ちてはいなくても、いつかどこか、心の岸辺に打ち寄せると信じ、流される投壜通信ではなかろうか。 航海者が遭難の危機に臨み壜に封じて海原に投じた、己れ名と運命を記した手紙。誰も聞いてくれないのに大声で語られる末期の言葉は、 だが、彼が去ったのちに、どこかの砂浜に打ち上げられ、砂に埋もれた壜に偶然気づいた人に拾い上げられて読まれることはないのだろうか。 マンデリシュタムはやはり「対話者について」において、そうした手紙を読むことが自分の権利であると言っている。壜を見つけたものこそが手紙の名宛人なのだと。 だとしたら、楽譜がそうであるように、演奏を記録した銀色の円盤もまた、そうした投壜通信たるマーラーの音楽にこそ相応しい媒体ではなかろうか。

結局のところ、100年も前の異国の音楽を、それに相応しく聴くことが私にはとうとうできそうにない。それならいっそのこと聴くのをやめてしまえばよさそうなもので、 実際、一時期そのようにしようと試み、数年間マーラーを聴かないで過したこともあった。だが、今、ここで、限られた能力しかない自分に残された時間で何を するかを考えたとき、今、ここで創造される音楽を除いてしまえば、自分の「内側」で響いているマーラーの音楽以外に聴き続けるものはない。そう、自分の「内側」で 響いているそれは、寧ろ端的に自分の一部というべきで、外から聴こえてくる音楽、外で他者が鳴らす音楽とは異なるものなのである。もっとも、その境界は連続的で あって、もともとは外で響いていた筈だし、今でもそれは、いわば自分の中の他者、異物としての他性を喪ってはいないし、寧ろ、その他性ゆえに、「私」という システムの中で機能しているのだと考えているのだが。それは丁度、今、ここで創造される音楽が、私自身が作曲するのではない以上、問題意識の共有と、 世界の捉え方、感じ方、認識の様態に対する共感はあっても、はっきりとした他性を備えた、他者からの呼び掛けであるのと呼応しているのだろう。

もしそうだとしたら、もう一度私がコンサートホールでマーラーの音楽を聴く契機は、マーラー自身が最早「幽霊」でしかない以上、演奏者に対するコミットメントに しかないのかも知れない。娯楽として、趣味として、お客さんとして音楽を聴くのではなく、仮に自分は演奏しなくても、演奏者の隣で音楽に接することによって、 私の隣に、今、ここにいる他者である演奏者の奏でる響きと私の「内側」の響きとの間に相互作用が生じる以外に「内側」の響きを公共性の場にもたらすことは困難であるように 思われる。そしてそれもまた、今、ここで創造される音楽が、私の隣に、今、ここにいる他者である作曲者と私との間の相互作用(ただし、一般には能力の多寡に 応じて収支はバランスを大きく欠いている。常に与えられるものの方が、返すことができるものよりも遥かに大きいのだが)によって、場を形づくることができるのに 対応しているのだろう。そうでなければ「幽霊」たるマーラーには、解読を強いる謎が鏤められた暗号文字で綴られた投壜通信である「楽譜」や、その場にいない他者の 痕跡である「録楽」こそが相応しいように私には感じられてならない。そしてそこに読み出すのは痕跡そのものではなく、痕跡が指し示す何か、歴史的・地理的・文化的 隔たりを超えて、解読すべき何かなのだ。そしてそれこそがマーラーが作品を書かずにはいられなかった(伝達したかった、ではない)何かであるに違いない。 いつもこうした状況が成立するわけではないけれど、ことマーラーの場合にはそうなのだと思う。それがマーラーの音楽の持つ力の源泉なのだ。

(2010.1.11初稿, 1.14加筆, 2025.1.22 改題の上、再公開)

2024年3月10日日曜日

自己組織化システムとしてのマーラーの交響曲についてのメモ (2024.3.10更新)

マーラーの「交響曲」は小説的であり、ポリフォニックである。オペラとの対比では一見して交響曲は主観的な叙述であり、 モノローグ的であるという誤解が生じがちである。だが、オペラは文学的形式としては劇の類比物であり、寧ろモノローグ的 なのだ。そもそも「歌曲」からして、マーラーのそれは主観的な語りではありえない。

例えば以下のような文章で探り当てられようとしているのは、まさに寧ろ交響曲の方が、オペラのような一見 ハイブリッドでマルチメディア的なジャンルよりも多声的であることについてに他ならない。
黒田「(...)面白いオペラをつくる人間というのは単純な人間なんではないかとかねてから思っているんです。 そのなかで錯綜としたものというのはないような気がするんです。ワーグナーでさえ例外ではないでしょう。(...) マーラーのようなかたちで複雑なものが入り混じっている人にとっては、どうもオペラはうまくいかないんじゃないか。」
粟津「(...)ワーグナーの場合は劇に対する統一的な感覚があって、それがあればこそあの人のもってる俗っぽさも 崇高さも単純さも複雑さも、いろいろな役割を当てがわれて、みんな歌いはじめたということです。 ところがマーラーになると、そういう劇感覚がなくなっちゃってるんだな。いろんな要素が勝手気ままに彼の中で生きはじめる。 そして、彼はそれに耐えるしかない。(...)」 (粟津則雄、黒田恭一「対談 マーラーの世界、マーラーの現在」, in 「音楽の手帖 マーラー」青土社, 1980)
音楽史、文化史的な崩壊や解体の過程を想定するかのような視点はおいて、 マーラーの交響曲の(バフチン的な意味での)ポリフォニー的な性格を言い当てようとしていると考えれば、上記の やりとりは納得できる。オペラよりも交響曲の方が複雑でありうるのだ。
 
少し先でシュトラウスの恐らくは「ナクソス島のアリアドネ」を念頭に劇中劇への言及があるが、劇中劇よりも 交響曲の内部の多声性、己の内なる他者の声に耳を澄まし、それが「私に語ること」を音楽として定着させることの方がはるかに錯綜とした構造を必要とする。それは伝統的な形式論をはみ出てしまい、まさにアドルノの言うところの 唯名論的な、その都度の形式の鍛造が必要となるのだ。これもまた上記対談の中の「膨大な私オペラ」という規定や 「劇中劇の登場人物はひたすら自分のヘソを見つめつづけている」という指摘は、 それが複数の登場人物の対話によって繰り広げられる劇ではなく、 個人の自閉したモノローグであるという意味合いであればはっきりと間違いであるが、劇的統一の中に仕組まれた 対話とは別の次元にマーラーの音楽のポリフォニー性があるという事態を示唆しているという点では、全くの的外れという わけでもない。ひたすら自分のヘソを見つめつづけているのは作者自身であって、しかも彼は「物が私に語ること」を 聴き取り、それと対話をしようとしているというふうに考えることもできるだろう。

それというのも、アドルノが言うように、素材(マテリアル)としての他者の声が、「主観の自由な措定ではなく、本来の形ではない形の中で主観の支配要求に対抗して自己主張を行う」(アドルノ『マーラー 音楽観相学』,  龍村あや子訳, 法政大学出版局, 第5章「ヴァリアンテ―形式」, p.118)からなのだ。ここでのアドルノのヴァリアンテの理論は、 そのままバフチンの小説の理論に移行できるかのようだ。バフチン的な意味でのポリフォニー、対話が実現するジャンルとしての小説を念頭においてマーラーの交響曲に与えたアドルノの規定、小説-交響曲において可能となる時間性の効果が、複雑さをもたらすのだ。 それゆえ、そこには予めあてがわれた形式が保証する図式的な時間の賽の目に区切られた外的な枠組みではない、 力動的な時間の生成があるのだ。二度と同じ流れに乗ることはできないゆえに単純な反復は、それ自体が メタな意味を担う場合(第10交響曲のプルガトリオ楽章がもしかしたらそうであったかも知れないし、伝統的な提示部 反復に従う第6交響曲の第1楽章もそうだろう)を除けば、再現は単なる同じ事の反復ではなく、寧ろ、予告されたものが ようやく本当に実現するといった印象を与える。主題の提示は、とうとう第9交響曲の冒頭では本当にそうなるのだが、 初期の作品においてすら、未来完了的な位置づけを占めている。例えば第1交響曲の序奏から既にそうではないか。

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上に引用した対談でのワーグナーとの対比ということでいけば、興味深いのはアドルノが、一方ではマーラー論でもその前奏曲の 転調のプロセスを引き合いに出し、他方では「パルジファルの総譜によせて」で今度はマーラーの固有名を呼び出しているといった 仕方で関係を示唆している「パルジファル」との相関である。直接にはアドルノが「パルジファル」との関連を示唆するのは 第3交響曲の第5楽章を除けば、もっぱら第9交響曲なのだが、マーラーの交響曲中、一般にオペラ的であるように 見えるのは、一見したところは寧ろ、第8交響曲の第2部だろう。アドルノのマーラー論において第8交響曲を論じた部分で参照されるのは 第1部に因んだ「マイスタージンガー」であるとはいえ(邦訳p.148)、第8交響曲における「ファウスト」劇の導入は舞台こそないが、 演奏会形式のオペラのように歌手や合唱には配役がある。その崇高さへの志向や祝祭的とでもいえるような内容からしても、 寧ろ第8交響曲こそがワーグナーの「舞台神聖祝典劇」のマーラーの交響曲における等価物であるのではないかと思えるのだが、 にも関わらず、舞台で演じられてしまう「パルジファル」には聴き取ることができない音調が第8交響曲の第2部には確かにあって、 もしかしたらそれは、逆説的にも、コンサートホールでよりも自宅のPCで夜遅くに音楽(三輪眞弘さんによれば「録楽」というのが 正確なのだが)を聴くときにこそ接近可能であるようなものなのかも知れないのだ。そしてそれは、夏の作曲家マーラーがある日、 作曲小屋での孤独の中で聴き取った何か、マーラーが作品として定着させようとした何かそのものであるに違いない。

マーラーの音楽で「ファウスト」第2部を聴くとき、寧ろこれが戯曲というジャンルに属していることの方が、あたかも不可能事を 捻じ伏せようとするかのような力業に感じられてならないのである。この劇を舞台で、その内実に相応しく上演することが可能なのかと 問わずにはいられない。少なくともマーラーが見出した時間性は、人間が語り演じる舞台という現実の制約に全く相応しくない もので、それは交響曲という形式によってのみ定着することが可能なものであったに違いない。実際、夙にルドルフ・シュテファンに よって指摘されている(「『ファウスト』最終場面の作曲をめぐって―「詩」対「音楽」」)とおり、 マーラーは科白に音楽をつけるという点では原典に忠実であることはなく、それは一見して予め存在するゲーテのテキストに 「合わせて」付曲されたかに見えるであろうこの第8交響曲第2部ですら例外ではないのだ。そしてそのことは、 その音楽の形式を規定する原理は別にあるということを告げている。

既成のオペラというジャンルではなく「舞台神聖祝典劇」を名乗り、他のオペラ 作品と同じ場での上演を嫌った挙句、バイロイト祝祭劇場での独占上演さえ企図された「パルジファル」が、しかしそれでも 現実の舞台での上演に向け、この上もない円熟した技量によって見事に統一されているのに対し、マーラー版の「ファウスト」は (マーラー自身が拒絶した「千人の交響曲」というキャッチコピーで売り込まれ、かつてマーラーが経験したことのない大成功を 納め、丁度「解禁」後の「パルジファル」がそうであったように、作曲者の没後しばらくは、膨大な準備の手間にも関わらず、 寧ろ他の曲を上回るかの如き頻度で上演されたにも関わらず、)現実に場を持つこと拒絶しているかのようなのである。 かつての「ハルモニア・ムンディ」たる惑星の運行が奏でる音が人間には聴き取れないとされたのに呼応するように、こちらもまた、 人間の持つ生物学的な制約からは自由であるべきではないのかという、冷静に考えればナンセンスな考えさえ振り切ることは困難である。 それはこの音楽はそれ自体が、人間が人間のままでは起こりえないこと、経験することのない瞬間から到来したものであるかの ような音調を備えていることと対応しているのであり、その音楽の持つ時間論的なスキーマ、まさに交響曲というジャンルにおいて しか可能でないようなそれにその原因を求めるべきなのだ。

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オペラとの類比ということでいけば、「大地の歌」は歌曲集といいながら、構造はオペラ的であり、特に第6楽章は レシタティーヴォとアリアが交替する。第2交響曲や第3交響曲は声楽が導入されているということだけでなく、 器楽パートにおいても、レシタティーヴォ的、アリア的な要素をそこかしこに見つけることができるだろう。

だが、ここにもマーラー的な「交響曲」に相応しい分裂があり、天使と格闘する第2交響曲第4楽章のヤコブや 悔恨の涙を流す第3交響曲第5楽章のペテロが女声で歌われるのと対応して、「大地の歌」では男声と女声の交替か 男声の2つの声(テノールとバリトン)という選択肢が一方でありながら、同じ一人のテノールが歌うよう指定されている 筈の第1楽章と第3楽章では、まるで2つの質の異なる声が求められているかのようだ(カラヤンが実際に、2人の歌手に 歌わせたという例があるようだ)し、第6楽章の歌では対話する2人の男の声を、まるで謡曲や義太夫のように、 一人の女声の歌手が歌わなくてはならない。一部は2つの詩をつなぎ合わせたという事情に由来する2人の声の交錯は 微妙であり、角笛歌曲集の幾つかように、明確な歌い分けがあるわけでもないから、声色を使い分けることを忌避するとはいえ、 いわゆる音遣いによって性別や年齢を描き分けることへの関心を捨てきれない義太夫よりも、 そうした写実性を拒絶する能の謡の方が一層近いだろうか。いずれにしても統一原理が働く「単純な」オペラより、 節約された手法の中でポリフォニーを実現する能の方が一層マーラーのポリフォニーに近い。 楽器同士の、あるいは器楽と声楽のヘテロフォニーにしても同様である。初期の作品であるカンタータ「嘆きの歌」もまた、 マーラー自身が扱いかねて、後には上演の便宜もあって切り詰めてしまった語りの層の多層性があり、 一見するとオペラとの類比が最も容易であるかに見えて、その語りの多層性を損なわずに舞台での上演を考えることは 不可能であるという点において、既に小説的、(マーラー的な意味での)交響曲的な作品なのである。

第8交響曲と「大地の歌」ということであれば、ミッチェル(モノグラフの第3巻である"Gustav Mahler, Songs and Symphonies of Life and Death")を 参照すべきかも知れないが、いずれにせよ、 第8交響曲、大地の歌、第9交響曲という後期の3作がすべて「交響曲」であるという点に、 マーラーの「交響曲」のジャンル論的な位置づけを試みるにあたっての鍵が潜んでいる。 初期においては、「嘆きの歌」、二部からなる交響詩(「巨人」)、「さすらう若者の歌」であり、 2,3,4という歌つきの連作、5,6,7という歌なしの連作の間には「子供の死の歌」がある、といった構図を思い描くこともできるだろう。 いずれにしても、カンタータ、多楽章形式の交響詩、連作歌曲であったものが、後期においてはすべて交響曲となるのだ。 その間には最初は声楽付きの、次いで器楽のみよる2つの交響曲ツィクルスの経験が介在しているのだが。

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マーラーの交響曲の多声的構造の中でレヴィストロース的なブリコラージュと他者の声のポリフォニーの関係を論じることも可能だろうし、 バフチン的なインターテクスチュアリティとの関係を問うこともできるだろう。 マーラーの音楽の「ポプリ」的な側面、様々なジャンルが多層的に織り込まれること、マーラーの言う(ゲーテの「ファウスト」第1部 の地霊の台詞に由来する)「神の衣を織る」という言葉や、第3交響曲に因んで述べたとされる「世界を構築すること」とは まさにこうしたポリフォニーを創りあげることであったというように捉えても良いのではなかろうか。そして「世界を構築すること」が、 世界の様々な物が語るのを聴くことであること、つまりモノローグではなく、対話的な仕方で為されていることに留意すべき ではなかろうか。更にそれはシュトックハウゼンがかつて示唆したように、かつての「人間」の解体と期を一にしているのだ、 という社会学的な視点もそれなりの妥当性があるのだろう。だがそれは、マーラーの音楽は境界線の向こう側からの最後の声 であるということではない。寧ろ逆に、アドルノが指摘したマーラーの交響曲における形式の唯名論的な性質は、 生物組織の複雑性をもった自己組織化サイバネティクスにおける絶えざるプログラムの作り直しに比するべきなのではないか。 マーラーの小説的な交響曲の成立を可能ならしめる系の条件は、寧ろ以下のような、アンリ・アトランの述べるそれ、 いかにして物質が自己組織化の場になりうるかについての理解を踏まえて記述可能なようなものではなかろうか。
(...), mais où nous pouvons nous reconnaître parce qu'elles peuvent nous parler. Au lieu d'un homme qui se prend pour l'origine absolue du discours et de l'action sur les choes, mais un réalité coupé d'elles et conduit inévitablement à un univers schizophrénique, ce sont des choses qui parlent et agissent en nous, à travers nous comme à travers d'autres systèmes bien que de façons différente et peut-être plus perfectionnée. Grâce à cela, si nous nous laissons pas étouffer par elles,  c'est-à-dire si notre vouloir - faculté inconsciente d'auto-organisation sous l'effet des choses de l'environnement - arrive à s'inscrire suffisamment en mémoire, de telle sorte que nous en ayons un degré suffisant de conscience, et si celle-ci en retour peut interagir avec les processus auto-organisateurs sans toutefois qu'il y ait conflit entre ces deux formes d'interaction, alors, lorsque nous regardons autor de nous, nous pouvons nous sentir chez nous, parce que les choses nous parlent aussi. Après tout, si l'on peut nous démontrer comme des machines et remplacer des organes comme des pièces, est-ce que cela ne veut pas dire aussi que nous pouvons voir dans les machines, c'est-à-dire dans le monde qui nous entoure, quelque chose où nous pouvons nous retrouver, et avec qui nous pouvons, à la limite, dialoguer? Quand nous découvrons une structure dans les choses, n'est-ce pas retrouver, de façon renouvelée et épurée, un language que les choses peuvent nous parler? 
「(...)しかしそこにおいては、たしかに、物が我々に語るから我々は自分を再確認できる。自分を物に対する 言説や行動の絶対的根源と考え、実際は物から切り離され、分裂症的世界におちいることが避けられない人間のかわりに、 我々のなかで我々をとおして語り(多分もっと完全な異なった方法による他のシステムをとおして語るように)、行動するのは物である。そのおかげで、我々は物によって窒息させられなければ、いいかえれば我々の願望―周囲の物の影響下の無意識的自己組織化能力 ―は十分に記憶にとどめられ、十分に意識され、そして意識が今度は自己組織化プロセスと相互作用し、しかし二つの相互作用形態の あいだで争いを起こさないならば、我々の周囲を見まわすとき、物が我々に語りかけるので、我々は自分の家にいるように感ずる。 それは、結局、もし機械のように分解して器官を交換することができるならば、機械のなかに(いいかえれば我々をとりまく世界のなかに)、 我々と同じものを見出し、究極的にそれと対話できる、ということを意味するのではないだろうか。我々が物のなかにひとつの構造を見出すという ことは、物が我々に語りかける言語を、新しい純粋な方法で我々が見出すことであろう。」 (アンリ・アトラン「自己組織化システムにおける意識と欲望」, in 「結晶と煙のあいだ 生物体の組織化について」(阪上脩訳, 法政大学出版局, 1992), p.161)

ここでアトランが、奇しくもマーラーが思いついた標題を思わせるように、「物が我々に語りかける」、あるいはシェーンベルクがプラハ講演で第9交響曲について述べた表現を思わせるように、「我々の中で我々を通して語る」という言い方をしているのは、単なる修辞上の偶然だろうか?否、決してそうではないだろう。そうではないどころか、上記のアトランの言葉は、マーラーの音楽をロマン主義的な「人間」についての見方の下で理解しようとすることが如何に不適切であるか、寧ろ、シュトックハウゼンの言う「かつての「人間」の解体」以後の新たな枠組み、サイバネティクス以降の認識の下で理解すべきであることを告げているように思われる。(なおここで、ハイデガーが、サイバネティクスが形而上学の終焉である、と述べていたことを、その言葉を軸に議論が展開され、その議論の帰趨を含めて、知る限り、近年の思考の中においてここでの論点と最も密接な関りを持つと思われる『再帰性と偶然性』を著したユク・ホイの名とともに思い起こしておくことは、後日の検討のためのメルクマールとして必須のことに感じられる。)

もう一言付け加えるならば、20世紀後半の半世紀にわたるサイバネティクス登場以降の潮流を踏まえつつも、「機械」と「生物」(「人間」含む)を対立的に位置付け、「機械」をフェルスターの言うノントリヴィアル・マシン迄のレベルに押し込めてしまい、更には昨今の人工知能のブレイクスルーを支える技術的・理論的な背景には統計的・確率的な発想が存在するというのに、人工知能もそちらに分類されるらしい「機械」を決定的な動作をするものと決めつけ、確率的過程を恣意的に「生物」の側のみに認めることまでして機械の複雑さと生物の自律性を根本的に異質なものとして対立させ、(なぜ不可能なのかを語ることなく)その対立が乗り越え不可能なものであるかのように語るような発想は(最近の「情報学」なる学問領域に属する主張に、「ネオ・サイバネティクス」を自称し、「人間非機械論」を唱導する、そうしたものが存在することを教えて頂いたのだが、それらが再帰性、オートポイエーシス、構成主義を重視するという基本的な立場の水準では異論なく賛成できるにしても、その帰結としての上述の枠組みには全く同意できないし)、結局のところアトランが述べる上記のような認識とは相容れないように思われる。

つまり上記のアトランの叙述中の「機械」という言葉は、修辞上の不正確さの結果などではなく、さりとて比喩の如きものでは更になく、正確に、文字通りに受け止めるべきなのであって、寧ろ、機械が生命と同レベルのメカニズムを持ち、従って本当に自律性を獲得するということが現実になりつつある一方で、「生命」なるものも「機械」で補綴することができ、「機械」のように交換できてしまう現実が到来しつつあるという点が今日の問題なのであれば、人間を、或いはまたオートポイエティックなシステムを、本当はそれらは「機械」に過ぎないのに、それらが機械ではないのに機械だとみなす態度が問題であるかのような認識、寧ろ正しくは人間も生命もオートポイエティックなシステムもまた(マトゥラーナ/ヴァレラが自らそのように明言しているように)「機械」(但し、それまでの素朴な了解におけるそれとは異なったメカニズムを備えたそれ)として捉えるべきなのに、それを非機械と規定してしまえば現実が変わるかの如き発想は、現実に起きていることの微妙さを、単なる議論の論理の上でだけ単純化することで取り逃しているようにしか思えない。またマトゥラーナ/ヴァレラのオートポイエーシスに限定して言えば、それまで無視されてきた内部からの見方の必要性という点で重要だけれども、だからといって全てがオートポイエーシスの見方で語りつくせるわけではなく、言ってみれば説明の仕方としては限定的であり、観察者の立場にある科学的な見方と相補的であるべきにも関わらず、そこに恣意的な二分法を持ち込み、両者には解決できない対立・矛盾があって、どちらかを選ばなければならないかの如き論理を展開するのは、却って問題の在り処を見えなくしてしまう懸念がある。

私見では上記のような議論の問題の一つは、それが極めて抽象的で、具体的な「現場」におけるディティールに無頓着に見えることで、具体的な対象を分析し、モデル化を試み、構成主義的な仕方でそれを検証していく中で微妙で繊細な問題に突き当たるという経験(それは例えば情報工学や制御工学等の現場においてはごく日常的で当たり前に起きていることであろう)を欠いていることに存すると思われる。そして本稿で参照したバフチンやアドルノの所説を念頭におきつつマーラーの音楽を具体的に分析していく中で、彼らの議論を単にパラフレーズするのではなく、サイバネティクスや情報論的な語彙で語りなおすことを目指しつつ、マーラーの作品についての認識を構成主義的に練り上げていくというのは、まさにそうした具体的な問題(しかもトリヴィアルではない問題)の一つに対するアプローチたりうるというのが、本論を通じて示唆したいことなのである。(「示唆する」という言い方を敢えてするのは、私の能力ではそれを解明することなど到底覚束なく、初歩的な取り組みをしていく中で予感し、示唆するのが精一杯であるというのが偽らざる現実だからであり、この後、それを解決する資格と能力のある優秀な方々が取り組み、解明することを期待しているからである。)

マーラーの音楽を今日、聴き、演奏することの意義は、それがマーラーの没後、20世紀も後半になって提唱されたサイバネティクスや自己組織化をはじめとする複雑性の理論によってようやく正当に記述し、理解することができるような対象であり、マーラーが彼の生きた時代と文化の制約の中で捉え、交響曲という形式に定着させようとした、世界について認識、主体についての認識は、今なお、適切な語彙による解明を待っている点に存するのだ。寧ろ、まだ我々はマーラーの作品をその複雑さと豊饒さに相応しい仕方で受け止めるための準備ができていないと考えるべきであり、「マーラーの時代が来た」という、最早使い古され、色褪せたコピーとは裏腹に、未だにマーラーの音楽は将来における解明を待つ謎なのである。(2012.11.11公開, 12.9加筆修正, 2024.1.2,7加筆, 2024.3.1加筆, 3.10加筆およびアトランの引用に原文を追加)

2024年1月19日金曜日

備忘:MIDIファイルを用いた分析の振り返り:本文(暫定版 2024.1.22更新)

序文から続く)

1.先行研究について

 これまで実施・報告してきた集計・分析は、伝統的な音楽学における和声理論の立場からの無視できない乖離がある一方で、音楽情報処理の分野では、対象がマーラーの交響曲のような複雑・大規模なものである点を除けば、寧ろありふれたものと見做されるだろう。先行研究の例としては、本稿の集計・分析を進めるにあたり参考にした、Eva Ferkova et al., Chordal Evaluation in MIDI-Based Harmonic Analysis: Mozart, Schubert, and Brahms (in Tonal Theory for the Digital Age, Computing in Musicology 15 (2007-08))が挙げられる。この論文で分析対象となり比較が行われているのは、タイトルにもあるように、モーツァルト、シューベルト、ブラームスである。ということで、MIDIファイルを入力とした分析自体は集計・分析の実施を思い当たった時点で既にありふれたものであったが、 管見では、マーラーの音楽に関するまとまった分析の報告は見当たらなかった。そしてその状況は本稿を執筆している現時点でも変わらない。

2.マーラー作品のMIDI化状況について

 MIDIファイルを用いた分析を行うには、当然のこととして対象の音楽作品のMIDIファイルを用意する必要があるのだが、上記のような状況から、マーラーの作品については、そもそもまずMIDIファイルが存在しないのではないかという懸念があった。またもしMIDIファイルが存在しても、パブリックドメインでダウンロードして利用可能な状況でなければ、私のような立場で集計・分析環境を整えることは実質的に不可能となる。
 そこでまず、マーラー作品のMIDI化状況についての調査を行った。すると交響曲は「大地の歌」、第10交響曲のクックによる演奏会用補作を含めて全てMIDI化されていることがわかった。しかも、第1~9交響曲、「大地の歌」については、単一の製作者(加藤隆太郎さん)による「全集」が存在することがわかった。一方で「嘆きの歌」はなく、歌曲は、さすらう若者の歌、リュッケルト歌曲集はあるが、「子供の死の歌」、「子供の魔法の角笛」による歌曲は網羅的ではないことがわかった。
 集計・分析のために利用するという前提に立った場合のMIDIデータの信頼性の観点からは、入力のポリシーが均質であることのメリットは大きい。様々な点で同一条件でデータが作成されていることがわかっていれば、例えばマーラーの異なる作品の間での比較を安全に行うためのコストは大幅に小さくすることが可能になる。逆にMIDIファイルが利用可能であるとしても、それがどのような目的で、どのような仕方で作成されたかが異なる場合には、そうした目的・前提が異なるファイルを単純に比較することには分析の精度上問題がある場合もあるし、抽出しようとしている条件によってはそもそも利用に適さないような場合も存在する。これらについては、本稿で実施してきた分析・集計の観点から具体的にどうであったかを、別途「MIDIファイルのデータとしての信頼性」の項でまとめておきたい。
 もう一点、開始してから既に7,8年が経過している現時点において明らかになってきたこととして、Webでアクセスできるデータは時々刻々変化すること、かつ単調にリソースが増加するとは限らないことが挙げられる。それどころか寧ろ、近年はMIDIファイルそのものの公開はDTMが盛んであった時期に比べると低調であるように見受けられる。以前MIDIファイルを公開していたサイトがなくなったり(これには少し前からかなりのペースで進んでいる、インターネットプロバイダのWebサイト提供サービスの終了が大きく影響しているように思われる)、youtubeでMIDIファイルを再生した結果を聴かせる形態に切り替わる(この場合、生成結果の音響を聴くことができるが、元となったMIDIファイル自体にはアクセスできなくなってしまう)など、結果的に、MIDIファイルのダウンロードができなくなるケースが増えている印象がある。もともとマーラーを含むクラシック音楽専用のサイトを含め、MIDIファイルの共有を目的としたサイトは海外に多く(というか、知る限りでは海外のものばかりで)、日本のものは圧倒的に個人のサイトが多いのだが、その結果として、海外の共有サイトは相変わらず利用可能なのに対して、日本国内の個人のサイトにはアクセスできなくなってしまったものが多い。そして日本国内のサイトで公開されているMIDIファイルには、海外のサイトでは入手できない作品のMIDIファイルを初めてとして貴重なものが数多く含まれていたから、仮に例えば、本稿執筆の時点で分析を企図して利用できるMIDIファイルの調査を行ったとしたら、充分なデータが入手できずに同じ分析を実施することは出来なかったし、事によったら分析自体を断念した可能性すらある。そういう意味では、本ブログの分析は、タイミングに恵まれた、幸運の産物であると言うことができるように思う。
 なお本ブログで分析結果を公開するにあたっては、MIDIファイルから自分で作成したプログラムによって抽出した所謂元データ(集計の対象であり分析の入力となる、どの時点でどの音高の音が鳴り始めた/鳴り終わったという基本的なデータ)については公開の対象としているが、MIDIファイルそのものは含めていない。これはMIDIファイルの利用についてはパブリックドメインであっても、著作権は当然作者に帰属するし、MIDIファイルを再配布する権利が許諾されているかどうかまでは確認が取れないからだが、当初は取得元のWebサイトのURLを示せば済んだという事情も大きい。上述のように現時点では既にアクセスができないサイトも多く、徐々に価値ある貴重なデータにアクセスできなくなる頻度が高くなるにつけ、手元にあるデータを共有できないものかと思わなくもないが、上述のように、どの時点でどの音高の音が鳴り始めた/鳴り終わったという基本的なデータの抽出結果は公開しているので、それを活用して頂くことが可能であることを以て良しとするというのが現時点での判断である。

3.和音の定義について

 データ分析に取り組むもともとの動機がマーラー作品における調的遍歴のプロセスを取り出すことにあったことから、抽出する特徴量は自ずと和音とその周辺に限定することになり、音のダイナミクスの変化、テンポの変化、音色の違いなどの所謂「セカンダリー・パラメータ」はデータ抽出の対象にしなかった。それ故、それらについてのMIDIファイルのデータの精度や信頼性については問題になることはなかった。勿論、和音の抽出といっても、分析者の視点をもった人間が、自己の関心に基づいて対象を同定し、選択し抽出するのとは異なって、プログラムによって機械的に抽出するとなると、人間だったらそもそも暗黙の裡に処理をしてしまって意識することすらないかも知れない様々な条件を考慮する必要が出てくる。単純な話、音楽作品には無音の部分、単音の部分、重音の部分も存在するわけで、そうした部分の扱いは真っ先に問題になるが、本ブログにおける分析においては、無音の部分は除外するものの、単音・重音は対象として、それらも含めて集計・分析の対象とすることにした。(なお、最初の動機に関しては、五度圏サークル上の重心を計算し、その時間軸に沿った変化を3Dグラフで視覚化した結果を、記事「MIDIファイルを入力としたマーラー作品の五度圏上での重心遷移計算について」で報告しており、本体の和声の出現頻度の分析よりも、こちらの視覚化の方がより高い評価を頂ける場合も少なくない。)

 ところで、ここで「和音」とは、音楽理論(和声学)上の「和声」でなく、所謂ピッチクラスセットのことである。実際のMIDIデータには同一ピッチクラスに属する音の集合について、解離・密集の区別や移置関係による区別が存在するので、ピッチクラスを抽出するためには、それらを捨象して同一のピッチクラスセットに分類する処理が必要となる。結果として解離・密集の区別はなくなり、移置の区別も取り除かれることになるが、ここでの移置関係の区別の除去は、音楽理論(和声学)上の主音の判定に基づく和声機能の同一性の判定とは異なることに注意が必要である。特に問題となるのは主和音に相当するピッチクラスについてで、主音の判定(調性推定)なしだと、その和音(ピッチクラス)の和声学上の機能(主和音なのか、属和音なのか)の判定が行えない(主和音も属和音も、ピッチクラスとしては同一である)。だが主音の判定は、それ自体が楽曲分析の結果であり前提ではない。また転回の区別も捨象されるが、機能和声上、転回形により異なるとされる主和音の機能差については区別ができない。(転回についてはピッチクラスの構成音の内、実際の音高が最も低いのはどの音かに基づき区別ができるので、主音判定とは異なり、こちらは対応可能でああり、実際に転回形の区別を行った集計・分析も実施した。だが、主和音以外の和音についても同様の区別をすることにどの程度意味があるものかは判断がつき兼ねるし、繰り返しになるが、ここでいう主和音というのは、あくまでも主和音の構成音からなるピッチクラスセットであって、機能和声上、主和音なのか属和音なのかの区別は行っていない点は常に念頭におくべきであろう。)

 上記の点を解決するためには、主音の判定が必要である。実際、本ブログの分析の過程においても調性推定について検討したことはあって、実際、検討結果い基づき、クラムハンスルによる「調的階層」を用いた調性推定のアルゴリズム(詳細は、Carol L. Krumhansl, Cognitive Foundations of Musical Pitch.  Oxford: Oxford University Press. 1990 の特に第2章 Quantifying tonal hierarchies and key distance および第4章 A key-finding algorithm based on tonal hierarchies 参照。)を参考にして計算を行い、その結果を公開している。(記事「MIDIファイルを入力とした分析の準備(1):調性推定と和音のラべリング」を参照。)

 但し、結果的には調性推定の結果としてそれ単独で公開しているだけで、結果を用いた和音の機能の推定(究極には機能和声に基づくラベリングがゴールということになる)はしていないし、和音の出現頻度分析への適用も未実施である。(前者はともかく、うまくいくかどうかは措いて、後者はやってみればいいのかも知れないが、現時点では実施していない。実は推定結果を具体的に個別の作品について眺めて、大雑把な仕方ではあるが楽曲分析との乖離の程度を確認する作業まではやったのだが、その結果は、方法上当然のことであるとはいえ、気になる点が多くあって、主音推定結果を用いて和音の機能を推定することは躊躇われたことを付記しておく。)

 その一方で、既述の通り、機能的に異なるものを区別するという観点から、主三和音に相当するピッチクラスセットに限定し、転回の区別を行った集計・分析の方は実施済である。(記事「付加六は旋法性の現われか?:MIDIデータを入力とした分析続報:主和音形とその転回形・属七・属九・付加六の出現頻度分析」を参照。)

 本分析を通じて身をもって感じたことの一つに、音楽理論上の機能を持つとされる「和声」という概念と、楽譜に書き留められた(その結果としてMIDIデータとして存在する)同時に鳴る(べき)音の集合としての「和音」との間に広がる大きなギャップの存在がある。所謂音響処理においては、実現された物理的な音響と、楽譜上に記譜された音高や音価、更には音色といったパラメータを持つ「音」との対応づけも見かけほど単純な問題ではなく、mp3などのフォーマットに収められた音響データをMIDIファイルに変換することもまた、別レベルの様々な困難を伴うが、ここでの問題はそこではなく、楽譜に記譜された「和音」と音楽理論上の機能を持った「和声」の関係である。既に述べた通り、楽譜に記譜されたままの同時に鳴るべき各音の音高の違いを捨象してピッチクラスの集合を抽出したとしても、例えばそれが主和音に相当する音の組み合わせであった場合に、その「和音」が鳴っている区間における調的な中心音が何か、調性は何かといった文脈の情報なしには、それが機能上主和音なのか属和音なのかを判定することはできないし、主和音であった場合には、転回の有無によって機能の差異が生じるため、ピッチクラスの集合にしてしまうのは抽象のし過ぎということになる。だがその一方で、繰り返しを厭わず言うが、文脈の情報は、まさに分析に基づく推論の結果として得られるものであって分析の前提ではないため、後で述べるような部分観測マルコフモデルベースでのベイズ推論システムのようなものを構築し、学習と推定を繰り返し行うことで調整をしていくようなアプローチを採用するならともかく、本ブログで行ったような素朴な集計・分析手法ベースで対応しようとするならば、既述のクラムハンスルの提案手法等によって別途推定した結果を用意して、それも入力として与えてピッチクラスの情報と組み合わせるといった対応が現実的なものであろう。

 こうした和声に関する一見するとパラドキシカルな状況については、音声認識における音素の位置づけとのアナロジーが成り立つように思われる。音素という概念は理論的に設定されたものであり、現実の物理的な音声との対応は必ずしも単純ではなく、その実際の音声としての実現は文脈によりかなりの変異があることは良く知られているであろう。では音素は客観的に「実在」しないのかと言えば、それが外部世界の構造として実在するかどうかという観点では実在しない一方で、現実と関わりが全くない単なる理論的抽象というわけではないだろう。具体的には音声認識システムの内部には外部からの入力を処理して分類をする仕組みが存在し、それは音素の体系に概ね対応したものである筈であり、音声認識システムの一つである人間の脳内の神経回路網にはその近似的なモデルが構築されていると考えられる。そしてそれと類比できるような状況が、和声についても成り立っているのではないかと思われる。(上で例として挙げた、部分観測マルコフモデルベースでのベイズ推論システムのようなものはその一例だろう)。それでは一見するとパラドキシカルな状況が現実には問題にならないのは何故かに関して言えば、それは音楽を享受したり、音声を認識したりする「心」のメカニズムは、フリストンの言う「能動的推論」によって特徴づけられるのであって、「現実」の「世界」は、客観的に実在する構造を認識するのではなく、主観的に制作されるという構成主義的な見方がより適切であるような造りになっているからである。(その限りで、ベイズ推論システムは相対的にはより妥当な近似ととらえることができるのではなかろうか?)この点については後述の分析の前提となるモデルについての節で改めて整理することにしたい。


4.和音の抽出方法について

 和音(ピッチクラスセット)を対象とするといっても、データ中の全ての音を対象とするわけではない。もともとの動機であるマーラー作品における調的遍歴のプロセスの抽出という目的に照らして、大まかには音楽理論(和声学)上、「意味のある」和音が出現している可能性が高い箇所のみを対象にするのが適当と考えたからである。経過音、刺繍音など、「非和声音」とされる和音を拾うのを防ぐ一方で、すべての「意味のある」和音=「和声音」を拾うのが理想的だが、実際にはそもそも「すべて」を定義することは困難であり、それは楽曲分析の結果であって前提ではない。

 そこで、上記の主旨を考慮した上で、(A)各拍頭および(B)各小節頭拍頭の2種類のパターンで和音を抽出することにした。従って集計対象となる和音の抽出の仕方は、ランダム・サンプリングではないがサンプリングが行われているには違いない。しかも機械的に上記2種類の条件で抽出した場合に、主旨にそぐわないケースが出てくることも確かである。例えば装飾音の扱いは常に問題になるし、アウフタクト、シンコペーション等により、特に各小節頭拍については音が鳴っていない場合がある。一方で、長い音価の音の場合、特に各拍の頭で拾うと、音の鳴り始めではなく音が鳴っている途中を拾うこともあるが、それ自体が問題であるというよりは、拍頭以外のところで解決が起きるのを拾い損なうことが起きるのは、和声進行を正しく拾うという観点からは問題があるだろう。特に後述するように、出現頻度の集計対象となる和音を、機能的に意味のあるものとして和声学等で取り上げられる、所謂「名前を持った」和音(煩瑣を厭わずに繰り返すならば、和音に対応するピッチクラスセット)に限定した場合、余計な和音を過剰に抽出してしまう方の弊害は問題ではなくなるが、拍頭以外のところで鳴る意味のある和音を拾い損なってしまう可能性については避けることが困難である。


5.集計対象とする和音の範囲について

 前節末尾でも触れたように、和音の出現頻度(出現確率)の集計対象を決める際には、出現するすべてのピッチクラスセットを対象とするか、機能的に意味のあるものとして和声学等で取り上げられる、所謂「名前を持った」和音に対応した、特定のピッチクラスセットに限定するかについての選択が存在する。後者の特定のピッチクラスセットの範囲の定義にあたり参照した文献は、先行研究についての節でも言及した、Eva Ferkova et al., Chordal Evaluation in MIDI-Based Harmonic Analysis: Mozart, Schubert, and Brahms (in Tonal Theory for the Digital Age, Computing inMusicology 15 (2007-08))である。

 一方で、出現するすべての和音(ピッチクラスセット)を対象とする方については、実際のMIDIデータに存在する解離・密集の区別や移置関係による区別を取り除いて同一のピッチクラスセットに分類する処理を、出現するすべての和音に対して用意する必要があり、この処理が対応していない和音は分類されず、分析の対象にもならない未分析の和音になる。どういう和音が出現するかは作品毎に異なるし、抽出対象を各拍毎にするか、各小節頭拍毎にするかによっても異なる(更に現実の問題としては、同一作品についての異なるMIDIデータ間にも差異が存在する)ため、実際にMIDIファイルを与えてプログラムを動かし、分類できない和音が出てきたら、分類処理にそのパターンを追加することになる。本ブログの集計・分析の初期の段階では、出現頻度の高い和音については分類できるようにしたものの、出現頻度の低い和音については未分類・未分析のパターンが残っていたこともあって、特定の和音、ないし出現頻度の高い和音に限定した集計・分析に限定せざるを得なかった。(この辺りの具体的な状況については、記事MIDIファイルを入力とした分析:データから見たマーラーの作品 補遺(1):未分析和音の解消を参照されたい。)その結果として途中の段階では、マーラーの作品における出現頻度が上位40種に含まれる和音を対象とするというようなやり方をしたこともあったが、現時点では、手元にあるマーラーの全ての作品の全てのMIDIデータについて、各拍に出現する和音については全て分類ができるようになっているため、全ての和音についての集計・分析が可能となっている。

 マーラー以外の作曲家の作品、特にマーラーの同時代以降の作曲家の作品にはマーラーの作品には出現しない和音がしばしば出現するため、集計・分析の対象は自ずと特定の和音に限定される。特に状態遷移パターンの集計・分析を行うにあたっては、未分析・未分類の和音が存在することの影響は大きく、意味のある集計・分析が行えない場合もあった。この最後の点については、記事「MIDIファイルを入力とした分析:未分析の和音の出現頻度―エントロピー計算結果の同時代以降の作品との比較の記事撤回について」で取り上げているが、結果としてマーラーの作品と他の作曲家の作品を比較対照するにあたって、現状の集計・分析環境では、比較対象とする作品を制限することなった。

 勿論この問題は、更に比較対象の作品に出現する和音を網羅するように分類のプログラムを拡張すれば解決するし、根本的には、どんな和音についても解離・密集の区別や移置関係による区別を取り除いて同一のピッチクラスセットに分類する汎用的なプログラムを作成すれば良いのだが、第一義的にはここでの集計・分析の対象はマーラーの作品であり、そしてマーラーに作品に限れば、既に述べた通り、手元にある全てのMIDIデータを網羅することはできており、尚且つマーラーの作品について更に集計・分析をすべき課題は山積していて、当然そちらを優先して実施することになる関係上、他の作曲家の作品には手が回らないことから、上掲記事にも記載した通り、今後、上掲記事で報告した他の作曲家の作品の未分析和音を解消すべくパターン・マッチング処理を拡張するかどうかに関して言えば、現時点では否定的である。


6.和音の状態遷移パターンの定義について

 状態遷移パターンの分析にあたって参考にしたのは、大黒達也『音楽する脳』(朝日新書, 2022)の第2章「宇宙の音楽 脳の音楽」の「脳の音楽」の部分(p.76以降)、特にpp.84~88である。状態遷移の前情報の「深さ」についても同書p.86 深い統計学習と浅い統計学習 の節に拠っている。なお和音単独での出現頻度は、深さ0の状態遷移(つまり記憶がない場合)として扱うことが可能である。
 一方、和音系列から状態遷移パターンを抽出するにあたっては、細かく見ると以下のような選択肢が考えられる。

  • 三和音以上のみに限定するか?単音・重音についても対象とするか?
  • 同じ和音の繰り返しをカウントするか、連続しているとしてカウントしないか?
  • バスの音高の変化の大きさを区別することにより移置を考慮するかしないか?
実際に聴こえる音の系列の現象面を重視するならば、できるだけ元の系列を保存するような抽出の仕方となり、単音・重音を含め、同じ和音の繰り返しもカウントすることになるだろうし、音楽のより抽象的な構造にフォーカスするならば、機能的に意味を持つ三和音以上を対象とし、各和音の持続の長さは無視して、異なる和音がどのように連結するのかといった
音楽理論上の「カデンツ」に近いものを抽出するアプローチを取ることになると思われる。更に言えば、前者では音が鳴っていない場合の扱いが問題になりえる一方で、後者では単にピッチクラスとしての和音のシーケンスのパターンではなく、移置を考慮する、更には転回の有無も考慮した上でパターンを定義することも考えられる。従来の和音単独での出現頻度の場合には、主和音に限り転回を区別して集計・分析を行っているので、状態遷移においても同様の条件で状態遷移パターンを定義することも考えられる。


7.MIDIファイルのデータとしての信頼性について

 もともとデータ分析用を目的として作成されたものではないものを、謂わば転用しているに過ぎない。あくまでもデータ分析というここでの利用目的に照らしての相対的なものであることに注意が必要。この点を踏まえた上で、大きく分けてMIDIファイルの作成され方には2種類ある。
  • MIDIシーケンサソフトを用いて作成(DTM)
  • MIDIIキーボードで人間が演奏したものの記録
 MIDIシーケンサソフトを用いて作成するのは、DTM(DeskTop Music)と呼ばれ、再生して聴いて楽しむ目的が第一義的である。そしてそれ故、楽譜に忠実であるとは限らず、拍子の情報、小節の区切りに関してばらつきが存在する。
 MIDIIキーボードで人間が演奏したものの記録は、音響の実現の再生可能な記録。楽譜の情報は基本的に含まれない(拍子・テンポの指定はない)ため、拍頭・小節頭拍の拍頭に同時になっている音をサンプリングしようとしても、どこが拍かの指定がない。

 後者については、鳴っている音から推定するアプローチはありうるものの、MIDIファイル中のデータを抽出して分析するというアプローチには適さない。前者は、作者の作成ポリシー次第であり、同一曲について複数のMIDIファイルのバージョンが存在する場合には、そのばらつきが存在する。楽譜に忠実な入力ポリシーで作成されたMIDIファイルは、データ分析に使用するのに適している一方で、そうでない場合には、拍毎、小節頭拍毎の抽出を前提にするとサンプリングの条件が異なることになり、結果として出現頻度分布、出現確率分布の形が変わってしまうことになる。

 従って、本分析の観点から利用しやすい好ましいMIDIファイルは、MIDIシーケンサソフトを使って入力されたものであり、かつ特に拍子の情報が楽譜に忠実に入力されており、小節の区切りが正しく同定できるものということになる。更に同一作者が入力したMIDIファイルは、入力ポリシーが統一されていることが期待できるので、利用しやすいタイプの入力ポリシーを持った同一の作成者の手になるMIDIファイルが存在することが望ましい。マーラーの作品に関しては、非常に幸運なことに、「大地の歌」を含む全交響曲の同一の作者(加藤隆太郎さん)によるMIDIファイル「全集」が存在したので、分析は基本的にはこの「全集」を用いて実施することになった。なおこの点に関しては、ピアノ伴奏版の歌曲についてはMIDIIキーボードで人間が演奏したものであるが故にここでの分析には向かず、逆にDTMとしてシーケンサソフトで入力する他ない管弦楽作品である交響曲や管弦楽伴奏歌曲のMIDIファイルの方が分析に適しているという稍々意外にも感じられる状況にある。マーラーの交響曲は長大である上に管弦楽編成も大規模であるが故にDTMでのMIDIファイル作成には大きな困難があり、膨大な手間がかかるものと思われることを思えば、マーラーの交響曲のMIDIファイルの状況は大変に恵まれたものであると感じざるを得ない。特にお世話になった加藤隆太郎さんを始めとする作成者の皆様には改めて大きな感謝の気持ちとともに、敬意を表したく思う。


8.分析の前提となるモデルについて

 本分析を開始してから和音の出現頻度を対象とした分析が一区切りするまでは、MIDIファイルは理想的には楽譜の替わりであり、機械可読性のある楽譜と見做していた。実際には文字通り楽譜をタグ付けにより機械可読に形式化した、musicXMLというXML形式の楽譜表記のためのオープンなファイルフォーマットも存在しており、こちらは所謂楽譜作成ソフトウェアにより作成することができるようになっている。musicXMLはその名が示す通り、楽譜の表記に対応したタグが定義されており、文字通り機械可読可能な楽譜と見做すことができるだろう。それに対してMIDIファイルは、その利用目的からしても、楽譜の代替として用いることが可能であるとしても楽譜そのものではない。特にそれが明確に表れるのは、デュナーミクやアゴーギクといった側面で、楽譜上は離散的に記号化する(ppp~fff)か、自然言語による指示(accelerando, ritardandoなど)が用いられるのに対して、MIDIファイルでは音量の増減や速度の加減として、いわば「解釈」されたものになる。発想表示や奏法の指示についても同様であり、実際にはMIDIファイルの作成には、演奏そのものではないにしても、具体的にどのように音響的に実現をするかについての「解釈」が含まれるのである。それはMIDIファイルの作成方法として、実際にMIDIキーボードで人間が演奏したものを記録するやり方があることを考えれば明らかなことであろう。楽譜上、音符で表記される音の高さ・相対的な長さは基本的には楽譜に準じた入力がされると見做していいだろうが、長さの変化について、同一の長さで入力速度を増減するのではなく、そもそも微妙に音価の異なる音符として入力することも可能であり、目的によっては全く差し支えないだろうし、拍子の情報、調性の情報はあくまでも参考情報に過ぎず、存在しなくても音響的な実現には影響しないのである。

 前節で述べたMIDIファイルのデータとしての信頼性が、ここでの目的にMIDIファイルを使用するという観点に限定されたものであることを強調したのはそのためであり、結果としてMIDIファイルの作成の仕方によって大まかに向き不向きが存在し、シーケンサソフトを用いて入れる場合で、楽譜に忠実な入力の仕方がなされた場合に限り、ここでの分析に利用できるということになったのは既述の通りである。そして楽譜の代替と見做してMIDIファイルのデータを用いる限りにおいて、そのデータは(本来は)確定的であり、作品の「あるべき姿」についての情報であることを前提に集計・分析が行われることになる。そうした見方が可能なのは、ここでの分析の対象が演奏やMIDIファイルの作成といったリアライズにおいて差異が生じうる特徴量についてではなく、和音というリアライズに依らず保存される筈の情報であるが故であって、本質的には音響的実現そのものではなくて(なぜなら調性とか拍子というのは、既に見たように、音響的実現を保存し再現可能にする方法としてのMIDIフファイルにとっては不要なものだから)、実現される音響の背後にある、或る種の「構造」を取り出そうとしているからに他ならない。

 この点に関連して、内井惣七『ライプニッツの情報物理学』には「休憩室」と性格づけられた「モナドロジーと音楽」という章がある(pp.195~204)が、ここでは音楽作品(楽譜)とその作品の演奏との関係において、モナドロジーとのアナロジーが成立していることが指摘されている。そのアナロジーに従うならば、作曲者によって設計された音楽作品の楽譜として書き留められ、それが音響的に実現されたときに、その具体的な実現による影響を受けずに「変わらない構造」とされている「状態遷移の順序と他の声部との対応関係」に相当するものが本分析の対象であるという対応関係を認めることができるだろう。勿論、現実のMIDIファイルには入力ミスが存在しうるが、それは演奏において生じうるミスよりも寧ろ、楽譜に含まれうる誤植の対応物と考えるわけである。いずれにせよ、ここで重要なのは、分析の対象となる音楽作品は確定的なものであって、その構造は楽譜として記述されているという見方を採っていることである。

 一方で、和音単独の出現頻度の分析を終えて、和音の状態遷移パターンの出現震度や遷移確率が対象となると、分析の枠組みがマルコフ過程のような確率的な過程としてモデル化されているが故に、上述のような確定的過程として捉えようとする立場と齟齬を来すことが起きるようになる。それが最も明確に現れるのはマルコフ過程としてのエントロピーを求めようとしたときで、MIDIファイルから抽出した和音の系列の状態遷移マトリクスを作成した上で、状態遷移マトリクスから定常分布を求めるという手順を踏むのだが、定常分布の存在は過程がエルゴード的であることを前提としている。だが、ここで対象となっているタイプの音楽作品の過程についてエルゴード性が成り立っているとは考えにくい。更に定常分布の計算は、その元となる状態遷移マトリクスが現実の過程の一部分をサンプリングしたものであることを前提とし、それがいずれ一定の確率分布に収束することを前提にしているのに対し、ここで状態遷移マトリクスを作成するために用いた和音の系列は、対象となっている音楽作品の全体についてのものだし、その状態遷移過程は、それが楽譜に書いてある通りの正確なものであるならば確定的である筈ではなかったか。実際にMIDIデータから抽出した状態遷移パターンをもとにエントロピーを計算しようとすると、定常分布がある特定の状態に収束してしまうことがしばしば生じたが、例えばピカルディ終止のようなものを思い浮かべれば、それが必ずしも例外的ではないことがわかる。

 それでは音楽作品の分析のモデルとして確率的な過程を用いるのが不適当なのかと言えば、そうではない。上記の議論はあくまでも本分析の枠組から見た場合に限定のものであり、MIDIファイルの作成が、楽譜を作成するよりは寧ろ楽譜の内容の実現としての演奏に近いという点を踏まえるならば、MIDIファイルのデータを分析するより一般的な枠組みとしては寧ろ適切なものである筈である。例えばトーマス・パー、ジョバンニ・ペッツーロ、カール・フリストン『能動的推論 ――心、脳、行動の自由エネルギー原理』(乾敏郎 訳, ミネルヴァ書房, 2022)の第7章 離散時間の能動的推論 では、「離散時間のカテゴリ変数のモデルに焦点を当て、知覚処理、意思決定、情報探索、学習、階層的推論などのモデルを、簡単なものから複雑なものへと一連の例を通して説明する」(同書, p.137)手始めの簡単な例として、音楽の演奏を聴くことが採り上げれられる。それは完全な部分観測マルコフ決定過程( POMDP, Partially Observable Markov Decision Process)の特殊なケース、選択や行動を無視できるPOMDPの特殊なケースとして取り上げている。

「楽譜に書かれている音符の系列は、隠れ(観察されない)状態であり、我々が実際に耳にする音符の系列は、(観察可能な)成果であると考えられる。演奏者がプロの音楽家であれば、隠れ状態と成果の対応は極めて近いものになるだろう。しかし、アマチュア音楽家であれば、演奏されるべき音から聞こえる音への(尤度)マッピングには、ランダム性が加わるかもしれない。また、このシナリオでは、それぞれの音が他の音に先行または後続する確率に関する事前の信念があれば、どの音が聞こえたかをより正しく推論できるかもしれない。」(トーマス・パー、ジョバンニ・ペッツーロ、カール・フリストン『能動的推論 ――心、脳、行動の自由エネルギー原理』, 乾敏郎 訳, ミネルヴァ書房, 2022,  pp.137~8)

ここで「我々が聴いている音楽がアマチュア音楽家によってどのように生成されるかに関して我々が持つ信念の記述」(同書, p.139)として定式化されるHMMモデルは以下の要素からなる。

  • 尤度:音楽家が意図した(隠れ状態である)音をどれだけ正確に演奏(成果)できるかを決める、ある状態(列)からある成果(行)が得られる確率を表す行列。
  • 遷移確率:現在の状態(列)から次の状態(行)になる確率
  • 初期状態に関する事前信念:系列の初期状態(事前確率)

そしてこの例は、以下のように位置づけられる。

「上述のHMMモデルは、一連の成果に基づく非常に簡単なカテゴリ推論の例を示している。しかし、このモデルで表現されているような(動かない)生き物は、あまり面白くない。自律的な生き物は、感覚データを受け取るだけの受動的な存在ではなく、能動的に環境を変化させ、感覚中枢と双方向のやりとりを行っている。このことは、HMMをPOMDPに変換することの重要性を物語っている。POMDPでは、環境がどのように変化しているかだけでなく、自分の選択した行為系列が環境をどのように変化させるか、そしてどの行為系列を選択すべきかを推論しなければならない。」(同書, p.141)

上記の内容を、MIDIファイルを用いた分析に適用してみたらどうなるだろうか?MIDIファイルの作成方法のうち、MIDIキーボードの演奏記録は、ほぼ上記の演奏を聴くケースそのものであり、MIDIシーケンサを用いたDTMの場合もアナロジーで捉えることが可能そうである。(或る種の演奏解釈が提示されていると考えていい。実際に「理想の」解釈を実現する意図をもって作成されている。逆にそうであるが故に、楽譜上の情報のどの部分が重視されるかに関して、ここでの分析を目的とした場合に比べて、少なからぬ乖離が発生することになる。)

 従って、実はMIIDIファイルを用いた分析は、MIDIファイルの作成過程も含めた全体を捉えた場合には、寧ろ隠れマルコフモデルで定式化する方が適切ではないだろうか。演奏で生じうるミスをあらかじめモデルに組み込み、現在の状態から次の状態を予測し、実際に観測された状態が予測と異なる場合にはそれが誤りであるかどうかを判定する、という動的なベイズ推論過程として捉えることが可能であり、人間が演奏を聴く行為のアナロジーとしてMIDIファイルを読み込んで分析を行う「機械」を考えることができる。そうした視点に立った場合、本ブログで行ってきた分析は、そうしたより一般的なモデルの一部分を取り出し、目的に応じた集計・分析がすぐに実施できるように、幾つかの仮定を置いた単純化を行い、変形したものと位置付けることができるだろう。

 そうしたより広く全体を捉えたモデルを押し広げていくと、楽譜とその実現と実現されたものの享受(聴取・分析を含む)のフェーズだけではなく、楽譜の作成のフェーズ、つまり創作のフェーズをもモデルに含めることが考えられるだろう。再び内井惣七の『ライプニッツの情報物理学』におけるライプニッツのモナドロジーと音楽のアナロジーを参照するならば、モナドの世界を設計し作り出すのは合理的な神であるのに対応して、楽譜を設計し作り出すのは作曲者であるということになる。マーラーは自らの創作を「手持ちにあらゆる手段を使って一つの世界を構築すること」と語ったが、マーラーの作品の楽譜は、まさに実現されうる世界の設計図であり、その不変の構造を書き留めたものであるということなるであろう。また、そうしたより広い全体を捉えたコンセプトとして、三輪眞弘さんの「逆シミレーション音楽」における音楽の3つの相があるが、そこでの「規則の生成」と「解釈」の部分を、ここで得られたモデルを経由して、ライプニッツのモナドロジーと対比させることは興味深い作業となるように思われる。

 そしてそうしたモデルの拡大の行き着く先は、シュトックハウゼンがアンリ・ルイ・ド・ラグランジュのマーラー伝に寄せた序文で書いている、地球外からやってきた宇宙人がマーラーの音楽を通じて「人間」を理解するために行う分析をも包括するようなそれであろう。ここでの観点からすると、シュトックハウゼンの発言は、「非人間的なもの」の地平において、マーラーの作品という「出力」から、そうした「出力」を行う能力のある「機械」が、一体どのような構造を備えていなくてはならないかを推測する、といったアプローチを示唆している点で興味深い。そこでは機械対人間(を含む非機械としての生物)の単純で粗雑な二分法は無効化されていて、寧ろ、その両方を包含するような、より一般的な「オートマトン」からなるシステムを記述しうるモデルが要請されているように見える。逆に「地球」=「大地」をその外から、宇宙の側から眺めるようなアプローチ(その先蹤は、アドルノのマーラー・モノグラフにおける「大地の歌」についてのコメントに見られる)によって「人間」を捉えようとした時に浮かび上がるのは、機械対生物という図式が両者を区別する根拠としているレベルとは異なる水準で、「人間」が単なる「生物」と区別されるためのシステム的な構造の条件についての問いではなかろうか?

 和声の出現頻度に関するデータ分析で検出できる特徴は、人間が音楽を聴いて感じられるものと結び付けるのが困難なのであれば、いっそのこと人間が感じとることができ、(多くの場合)自然言語により表現することのできるようなレベルの特徴ではなく、寧ろ機械にしか発見できないような特徴が見いだされることを期待するといった立場もあるだろう。言ってみれば、地球外からやってきた宇宙人がマーラーの音楽を分析するとした時に捉えることが可能になるような、非人間的な何らかの特徴を見出すことができないかということである。

 それが将来実現する可能性はあるとしても、更に言えば、現時点で実際に実施可能なアプローチで実現に迫るための手がかりは、研究の最先端の領域では既にある程度は獲得されているとはいえ、本ブログで報告しているレベルの分析の枠組みでそこに到達することは端的に言って不可能である。本ブログで報告している分析は、対象となるデータの規模から言っても、今日では(脚光を浴びているビッグデータの分析に対して)「スモールデータ」の分析と呼ばれるものにならざるを得ないし、既に述べたように、(未完成の作品が存在したり、今後未発見の作品ないし作品の断片が発見される可能性が残っているにしても)対象となる作品は有限でかつ閉じて確定していると見なすことができるだろうから、その限りでは確率的な扱いに馴染まないものですらある。そして実際に用いられた手法も、以下の節で確認するように、ごく初歩的で基本的なものに過ぎない。

 だがしかし、そのことはマーラーの作品の分析がここで行ったような仕方でしか行えないということを些かも意味しない。勿論、本ブログで報告している分析の具体的な実施の手続き上の細部にわたる選択については、それが妥当であり、得られた結果が意味のあるものであるように留意したつもりではあるが、そもそもMIDIデータの中から、ある条件に従って同時に鳴っているピッチクラスの集合をサンプリングするというやり方自体が、見方によっては分析主体である私、より正確には私を含むシステムの制約により(一部は能動的だが、それ以外は受動的に)選択された結果であり、それ自体、恣意的で客観的ではないという見方も可能だし、シュトックハウゼンの件の「宇宙人」が、(それ自体「人間的な」尺度でに過ぎないが)「高度な」知性を有する存在ではなく、また、その知覚・認識システムも単純なものであり、マーラーを音楽を認識しようとしたときに、そうした機能的な制約から、偶々ここで報告している分析におけるような仕方でしか外界のデータを受容できず、受容したデータを用いた情報処理を行えないというようなケースを想定することも可能であろう。つまり、私が「人間」として、あるいはかつて「人間」と呼ばれたものの残滓としてマーラーの音楽を聴くときの「私」と、MIDIデータを入力としてマーラーの音楽を分析するときの「私」は同じ「私」ではなく、同じ「機械」ではないのだ。そしてこうした発想の延長線上では、逆説的ではあるけれど、マーラーの音楽をそのMIDIデータに基づいて分析することによって「人間」を理解しようとする宇宙人=機械があるとしたら、それはここで採用されたような単純な分析を自動的に行う機械ではなく、最低でもセカンドオーダー・サイバネティクスの要件を満たすような複雑な構造を備えた機械であり、そうした構造があって初めて、その機械に固有な、非人間的な仕方でマーラーの音楽作品の特徴を取り出し、それをもって己れの他者たる「人間」を理解することができるのだとは言えないだろうか?


9.分析手法について

 マーラーの作品のMIDIファイルから抽出したデータを集計・分析しようとする際に気づかざるを得ないのは、そのデータが有限で、しかも今後新たな作品が追加されたりといったことが起きることが原理的にない、閉じた性質を持っていることである。しかも作品自体が基本的にウニカートな(唯一の)ものであるから、統計的な手法にそぐわない面も多々ある。そのような制約から、用いることのできるデータ分析の手法も限定したものにならざるを得ない。大量のデータを前提とせず、寧ろ手持ちの有限のデータから何を見出すことができるのかを探る工夫が求められているという点で、今日世上を賑わしている大量のデータを対象とした分析手法ではなく、所謂「スモールデータ解析」で用いられるタイプの手法に限定せざるを得ない。そうしたことを念頭に、ここではまず以下のような分析手法を用いて和音の出現頻度の分析を行った。
  • クラスタ分析(階層クラスタ分析/非階層クラスタ分析)
  • 主成分分析(標準化の有無)
  • 因子分析(回転の有無)
 更にMIDIファイルから抽出された和音の系列は、大黒達也『音楽する脳』において旋律を状態遷移過程と見做したのと同様に、ある時点で出現する和音を状態とする状態遷移過程と捉えることができる。状態遷移過程の捉え方としては、現在の状態から次の状態が決定されるというマルコフ過程と見做すアプローチがある。一般にはマルコフ性は、未来の挙動が現在の値だけで決定され、過去の挙動には依存しない性質のことをいうが、この定義における「現在」というのを深さを持ったもの(所謂「幅のある現在」)として捉えることにより、深さを多重度とした多重マルコフ過程として捉えることが可能になる。これは分析対象である音楽作品が実際にマルコフ性を持っているということを意味せず、仮にマルコフ性を備えていると仮定した場合を集計・分析しているに過ぎないが、マルコフ過程として捉えることにより、現在の状態→次の状態への状態遷移の頻度を集計し、状態遷移確率を計算した結果により状態遷移マトリクスを作ることが可能となり、出現するパターンの異なり数を比較するような単純な分析から始まって、状態遷移マトリクスに基づきエントロピーのような統計量を計算して個別の作品の特徴づけや作品間の比較ができるようになる。
 本ブログでの分析では、まず予備的な分析として、異なり率(対象となった系列数に対する和音パターン・状態遷移パターンの異なり数の比率)を用いた分析を行った。その後で エントロピーの計算も行ったのだが、エントロピーは系列長の影響を受ける(同じ長さの区間でエントロピーが同じであれば、長い作品の方がエントロピー大きくなる、つまり作品の規模が乱雑さ・不確実性に影響する)ため、長さは短いが「複雑な」作品というような直感にフィットした特徴量ではない。そのため、ある系列長でのエントロピーの上限・下限を計算して、その間のどのあたりに個別の作品のエントロピーが位置づけられるかを確認する作業を併せて実施した。
 一方で、状態遷移パターンを集計することにより、状態遷移過程としてみた場合の作品間の類似の度合いを計算することができるようになった。MIDIファイルからデータを抽出できるようになったごく初期に、各ファイルから抽出した和音の系列をそのまま用いて時系列データの距離を比較する手法(具体的には、DTW(Dynamic Time Warping):動的時間伸縮法)を適用したことがあったが、結果は思わしくなかったため、その後は専ら一部の和音の出現頻度や出現確率の比較を行ってきたが、未分析の和音が解消され、全ての和音を対象とした状態遷移パターンの出願頻度・出現確率が集計できてみると、状態遷移パターンの出現確率を比較することも可能となっていることに気づいた。同時にこれは、和音単独の出現頻度や出現確率についても(深さ0の状態遷移パターンと見做すことで)全ての和音を対象とした比較分析が可能となったことをも意味する。
 確率分布の比較方法としては、近年機械学習分野ではポピュラーになったカルバック・ライブラー・ダイバージェンス(KLダイバージェンス)や相互情報量を用いることができる。ただしKLダイバージェンスは、所謂「距離の公理」を満たさず非可換であること、更には、その定義から、出現パターンに関して、一方が他方を覆う関係になくてはならない。そのため、例えばマーラーの交響曲全体における和音の状態遷移パターンの出現確率と各交響曲のそれとの比較のように、交響曲全体で出現するパターンが個別の作品で出現しない、つまり確率0であることはありえるが、その逆はないというような条件においてのみ計算可能である。その結果として交響曲全体側から個別の作品を見るといった一方向の見方しかできず、また互いに相手には出現しないパターンを持つ作品間の比較が行えないなどの制限があることに留意する必要がある。


10.分析の目的について

 本ブログでの分析の目的の一つに、マーラーの作品について、具体的なデータに基づいてその特徴を語ることができるようになるということがある。自然言語による作品の特徴についての記述は、感覚的なレベルでなら、それが妥当に感じられる・感じられないの評価を行うことも可能だろうが、実証的な裏付けを得ようとすれば、具体的なデータを対象とした集計・分析を行う他ない。逆にデータを集計・分析することによって、直感的な把握では捉えることが難しい特徴が明らかになることも期待できる。とはいうものの、和音の出現頻度という単一の特徴量により語れることには限界があり、特に出現頻度は時間の次元を捨象して得られるものなので、普通に作品を聴いた印象と一致するような特徴が得られることは期待しにくい。強いて言えば、作品全体から感じられる印象、しかも和声の機能に根差した構造的なレベルに由来するものではなく、表面的なテクスチュアのレベルに由来する印象に近い特徴が浮かび上がってくることくらいであれば期待できるかも知れないといった程度であろう。
 一方で、そうした極めて限定的なスコープの分析であってなお、マーラーの作品と他の作曲家の作品を区別するための幾つかの特徴を抽出できたこと、更には、マーラーの作品について、その創作の初期から後期へと、時期的な変化に対応した特徴の変化を見出すことができたことは大きな収穫であったと考える。
 勿論それは、既にアドルノを初めに多くの論者がマーラーの創作について述べている発展的な性質、初期・中期・後期といった創作時期に応じた様式上の変化という、誰でも気づくような特徴を確認し、そうした主張の妥当性を追認しただけであって、新たな発見があった訳ではないし、人手で音楽理論に基づいて分析するのではない、いわば「機械的」なやり方でなければ発見できないような未知の特徴が発見されるのでなければ、こうした分析の価値はないのではないかという意見はあるだろう。(本ブログで報告した分析の中では、典型的には、付加六の和音に注目して、五音音階や全音音階の使用と関連すると思われる特徴がマーラーの後期作品に特にはっきりと見られることを確認した一連の分析がそうした批判の対象となるアプローチということになるのだろう。)そうした意見が妥当であり、ここでの分析の成果について、それが何らの新規性を持たないものであることを認めた上で、だが私が一言述べておきたいのは、そうであってなお、実際にMIDIデータから抽出できるデータを用いて、既に為されている指摘の「裏付け」ができたこと自体にも一定の意味があり、そうした指摘が直感的ではあっても恣意的なものではなく、客観性のより高いものであることが確認できたことに、私個人としては一定の意義を感じているということである。
 一方で、「機械的」なやり方でなければ発見できないような未知の特徴を見出すことの可能性の方は、それを否定するつもりはないにせよ、それでもなお、分析者と分析手段と分析対象を含む全体を一つのシステムとして捉えようとしたとき(例えばベイトソンにおけるサイバネティクスについての了解がそれに近いと思うのだが)、分析の動機や目的まで含めて考えると、分析者の動機や目的を離れたという意味合いでの「機械的」分析はそもそも成り立たないし、シュトックハウゼンの「宇宙人」のようなものを想定せず、相変わらず分析システムのループの中に「人間」(ないしその残滓)が含まれる以上は、完全に人間的なものから無縁の分析というのはあり得ないのではなかろうか。
 否、シュトックハウゼンの「宇宙人」すら、アントロポモルフィズムから自由であるとは言えないのではなかろうか?(或いは例えば、レムのソラリスの海のような存在の「人間」との「コンタクト」を思い起こしてみたらどうだろうか?申し分なくセカンドオーダー・サイバネティクスの定義を充足する機械=生物が、別の機械=「人間」が産み出した「作品」に関心を示し、それに対する反応として或る種の「模倣」をするとしたらどうだろうか?だがその時、ソラリスの海が示す多様性に富んだ様々な形態変化が人間にとって理解不能なものであるように、マーラーの作品の海による「分析」結果は我々の理解を超えたものになるのではなかろうか?結局のところ、何のために分析をするのか、ということが最後に残りはすまいか?なぜ創作時期に沿った特徴の変化が取り出されるのか?それはマーラーの作品そのものの特徴を浮かび上がらせるのと同程度に、分析する私の側を浮かび上がらせていはすまいか?この点について最後にもう一度触れたいと思う。
  
 上記のように、和音の出現頻度分析の目的としては、

  • 他の作曲家の作品との類別
  • 創作時期にそった特徴量の変化

  • という2つの視点でマーラーの作品にはどのような特徴があるかを探ることにしたのであるが、和音の状態遷移パターンの分析を行うにあたって参考にした大黒達也『音楽する脳』には、状態遷移パターンのエントロピーに基づいて作曲家の個性について述べた節(pp.125~127)を含む一方で、ベートーヴェンの後期の「挑戦」についての言及もあり、既に実施していた和音の出現頻度の集計・分析における2つの視点と並行している。そこで和音の状態遷移の分析についても、上記2つの視点での集計・分析を行うこととした。さらに言えば、ベートーヴェンの後期の「挑戦」の指摘は、アドルノの後期・晩年様式についての指摘(『楽興の時』所収の「ベートーヴェンの晩年様式」)と呼応している。一方で本ブログの対象であるマーラーについてもアドルノは「晩年様式」について語っており、本ブログでは、アドルノの指摘を導きの糸として、MIDIファイルを用いた分析とは別に、「老い」についての分析のための準備作業に関する一連の備忘を公開していることもあり、和音出現頻度分析では、付加六→五音音階・全音音階に絞って、具体的なデータの分析を通じて「晩年様式」の特徴を取り出すことを試みてきた。そこで当然、和音の状態遷移を対象とした分析でも、「晩年様式」の特徴を取り出すことを試みる、というのが目的の一つになった。
     そして分析の結果として、和音の出現頻度の分析だけではなく、和音の状態遷移パターンの出現頻度・確率に関連した分析においても、マーラーが「発展的な作曲家」であり、創作時期の推移につれて様式が変化していくこと、特にその後期作品の特徴づけを分析結果を通して試みることができたと考える。
     だがそれは、既に述べたように、予め「わかっていたこと」を跡付けただけに過ぎないという見方もあるだろう。そうした指摘についてはそれを受け容れることとして、では、シュトックハウゼンの「宇宙人」が、或いはレムの「ソラリスの海」が分析したとしたら、どのような結果に辿り着くだろうか?和声の出現頻度や和声の状態遷移パターンの出現確率の分布の変化が、創作時期と一定の相関を持つこと自体はデータ自体が持っている性質と言ってよいから、そうした特徴に気づくことはあるかも知れない。だがそれを「晩年様式」として捉えるだろうか?それを「晩年様式」として捉える分析主体は、まず自らも「老い」てゆく存在であり、尚且つ自ら「老い」てゆくことを知っているという限りにおいてセカンドオーダーのシステムでなくてはならない。「宇宙人」は、「ソラリスの海」は、そもそも「生物」なのだろうか?それは「老い」てゆくのだろうか?
     単に創作時期を経るにつれて作品の様式的特徴が変化するという傾向にとどまらず、その変化の方向がどちらを向いているか、「晩年様式」が備えている特徴はどんなものであるかの実質に迫ろうとしたら、分析対象の音楽作品を生産する機械も、音楽作品を享受する機械も、「老い」てゆく機械でなくてはならないし、自分が「老い」てゆく機械であることを知っている必要があるだろう。もし「老い」が「生命」にとって必然的であったとしても、全ての「生命」が自分が「老い」ていくことに対して自覚的であるわけではない。
     「生命」が或る構造を備えた機械のクラスの名称であるとしたならば、単に「生命」であるだけでは不十分であり、例えばマックス・テグマークが『Life3.0』で提起したように、「生命」のバージョンを更にレベル分けする必要があるだろう。だから「機械」と「非機械」としての「生命」を単純に対立させるだけでは不十分であって、寧ろ「生命」という「機械」のあるクラスの中で改めて「人間」(と同時に、「非人間」と)をどう位置付けるかが問われているのだ。ユク・ホイが指摘するように、今や技術的対象が有機化しつつあり、「有機的」な「機械」、生命的な機械が現実のものとなりつつあるのであれば、彼の著作の一つのタイトルが示すように「再帰性」と「偶然性」の具体的な関わり合いの様相を明らかにすることにより、かつての有機体としての「生命」「人間」に対して機械を対立させる枠組みに囚われることなく、生命の創造性を、生命の一種ではあるが単なる生命の定義では捉えられない人間の創造性(だからそれは生命の創造性に依拠しつつも、それとは区別されなくてはならない)とを検討し直す必要に迫られているのではなかろうか?それは寧ろ有機的なものが持つ或る種の「全体性」(それはだから、「生命」的なものにとっての或る種の「原罪」の如きものととらえることができるかも知れない)の批判に通じることになるであろう。
     もう一言だけ付け加えておくならば、ユク・ホイがリオタールのルーマン批判を援用しつつ、「断片化」(framgmentation)の思考を練り上げようとする方向性は、シュトックハウゼンの指摘する、かつての「人間」の解体をその前提条件としており、解体は専ら否定的に捉えられる事柄ではなく、寧ろ件の「全体性」に抵抗しつつ、だがますます有機的になる機械を排除するのではなく、己もまた有機的な機械として、多元的で対話的な関係を構築する可能性を探求するための条件として捉えるべきなのではなかろうか?要するにここで目指されているのは機械と有機体を対立させ、自分の作り出した対立の論理を乗り越え不可能なものと見做して、危機に瀕しているかに見える「人間」の復興を、バージョンアップした「人間主義」の再興を目指すものでは勿論ないが、だからといって、主体とか自己意識を悪者にして、それらのせいで無意識的な活動が抑圧されているので開放しないといけないといった類の非人間主義の主張の焼き直しでもない。
     現実に本ブログで実施してきた、そして今後実施することができるであろう分析の水準からすれば、身分不相応に大きな展望に及んでしまったが、その間に存在する大きな径庭にも関わらず、従来の音楽についての専門的知識を有するエキスパートによる楽曲分析ではなく、MIDIデータに基づいてマーラーの作品の分析を行うことは、ここで触れたような展望に通じる側面を持っており、一見すると当たり前であり、そうすることが自明であったり、そうする他に選択の余地がないような実際の分析の詳細についても、ありうべき姿に対して、それがどのように単純化をした結果なのかについて自覚的であるべきではないのかというのが、一連の分析を改めて振り返って感じたことそのものであったので、あえて割愛せずに思い浮かんだことを書き留めておくことにした次第である。(2024.1.19 暫定稿, 21,22更新)

    2023年10月29日日曜日

    [お知らせ]『配信芸術論』刊行について

     三輪眞弘:監修、岡田暁生:編『配信芸術論』がアルテスパブリッシングより、2023年10月25日に刊行されました。詳細は以下の出版社の公式ページをご覧ください。

    https://artespublishing.com/shop/books/86559-282-5/

     


     本ブログ管理者も、2019年4月~2022年3月に実施された京都大学人文科学研究所の共同研究「「システム内存在としての世界」についてのアートを媒介とする文理融合的研究」に参加させて頂いた経緯より、論考「二分心崩壊以後・シンギュラリティ以前の展望から見たライブの可能性」を寄稿させて頂いており、その中でマーラーの音楽についても触れています。更に参考文献に本ブログを含めている他、注において個別に参照している本ブログの記事として、「デイヴィッド・コープのEMI(Experiments in Musical Intelligence)によるマーラー作品の模倣についての覚え書」 および「音楽を一人きりで聴くこと:マーラーの場合」の2つがあり、本ブログの内容とも多くの接点がある内容となっていますので、ご一読頂ければ幸いです。なお三輪眞弘さんの活動については、本ブログの姉妹ブログ、『山崎与次兵衛アーカイブ:三輪眞弘』をご覧ください。(2023.10.19, 20公開, 10.26更新)

    2021年7月31日土曜日

    グスタフとアルマ、抽象概念と言われたのはどちら?:アルマの『回想と手紙』の一節より(2021.7.31更新)

     アルマの『回想と手紙』原書1949年版 p.153, Fischerから出ている回想部分のみのTaschenbuch版では、p.146, 白水社版邦訳では p.141 

    (...) Jemand sagte einmal zu mir : ≫ Alma, du hast ein Abstraktum zum Mann, keinem Menschen! ≪ Dies war die Wahrheit. Niemals aber möchte ich auch nur einem Tag aus dem damaligen Leben müssen.

    「(…)あるときだれかが私にこう言った。「アルマ、あなたは人間のかわりに抽象概念を夫に持ったみたいだね!」そのとおりだった。だが、当時の私は一日もむだにしたくない気持ちだったのだ。」

    これはアルマの『回想』の「悲しみと不安(1907年)」の章末、長女の死の経緯の回想が語られる直前に、挿入的に置かれた、マーラー宅の夕べがどんなものであったかを回想した一節の末尾の部分にあたる。長椅子に寛ぐグスタフに向けて、アルマが文学作品(同時代のデーメルの作品、ワグナーの楽劇のリブレットの典拠である『トリスタン』『パルチヴァール』といった中世叙事詩)、アルマが聴講してきたジーゲルの『アリストテレスからカントまでの天体図と宇宙観』の講義録、ジョルダーノ・ブルーノ(『灰の水曜日の宴』『勝ち誇る野獣の追放』)、ガリレオ・ガリレイ、フリードリヒ・ランゲ(『唯物論の歴史』)といった著作を読み上げたというのである。(なおブルーノの対話篇 Spaccio de la bestia trionfante の題名を『勝ち誇る野獣』と端折っているのはアルマ自身であり、訳者はそれを忠実に訳しただけ、一方ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハの叙事詩は Parzivalと綴られるのが普通のようだが、アルマはParcivalと綴っている。)そしてそうした例示の後に、上掲の他人の評言が続いているので、例によって事実関係についてはかなり気儘なアルマのことだから、本当にそういう評言が他人によってなされたのかについては定かではないが、少なくともアルマがそのような感慨を抱いたのは事実なのであろう。

    他方、マーラー家の蔵書に関しては、マーラー自身の人物像を窺い知る情報として「人物像:本棚」という記事を書いているので、詳細はそちらをご覧頂くとして、そうした情報に拠る限りでは、ここに挙げられた著作を彼らが所蔵していたということは充分にありそうだし、ここで描写されたことは実際に起きたと信じていいように思う。アルマの『回想』を読み込んだ人ならば、ここの部分を読んで直ちに、陣痛に苦しむアルマに対してグスタフがカントの『純粋理性批判』を読み聞かせたという挿話を思い起こすかも知れない。そちらでは読み手と聴き手が逆転しているし、状況も異なる(が故に、マーラーのエキセントリックな側面を強調することがアルマの意図だとしたら、それは申し分なく達成されていると見ていいだろう)が、ここでの描写と一対をなしていて、マーラーが備えていた傾向の一つを端的に物語っているように思われる。ことは読書に留まるものではなく、カペルマイスターの道楽と揶揄されながら、余暇を専ら誰に頼まれたわけでもない作品の創作のために費やし、シーズン中でさえ、寸暇を惜しんで巨大な交響曲を次々と仕上げていったことを思えば、それらを抽象概念と呼んでしまうのは、音楽が感性的なオブジェクトであることを考慮すれば些か短絡的かもしれなくても、マーラーが文化的・精神的な領域を主たる棲家とした存在であるという見立てはそれなりの妥当性を持つといって良いのではなかろうか?

    なお、この箇所について今回調べて見て気付いたことがあるので、備忘のためにここに記録しておきたい。アルマの『回想』の邦訳というのは実は2種類あって、一方は上で参照している、白水社から出版されたドイツ語原文からの翻訳なのだが、もう一種類、音楽之友社から出版された『マーラー 愛と苦悩の回想』というタイトルを持つ翻訳が存在する。その後、回想部分のみを収めた版が中公文庫から出版されたので、今日における入手のしやすさという点ではこちらの訳の方が優越しているかも知れない。石井宏によるこちらの訳書は、実は英訳からの重訳なのだが、上記引用前半に対応した箇所は以下のようになっているのだ。

     「(…)ある人は私にこういった。「アルマ、君は夫からみたら人間ではなくて知識の固まりだね」。」(『マーラー 愛と苦悩の回想』, 石井宏訳, 音楽之友社, 1971, 第8章 悲しみと恐れ―1907年 p.207。回想の部分のみを採録した中公文庫版では p.216)

    英訳からの重訳ということで、違いが英訳文に由来するものかも知れないので、元となった英訳(私が所蔵しているのは増補された1975年の版である)を私が手元に置いている版で確認すると以下の通りであった。

    Someone observed to me once: 'Alma, you have an abstraction for a husband, not a human being.'  ( Gustav Mahler, Memories and Letters, edited by Donald Mitchell, translated by Basil Creighton, University of Washington Press, 1975, 'Sorrow and Dread,  1907', p.120 ) 

    あろうことか、こちらの邦訳では読み聞かせるアルマの方が(「知識の固まり」とかなり思い切って意訳されているが、要するに)「抽象概念」にされてしまっているのだ。音声合成ソフトウェアが自動的にテキストを読み上げるのが当たり前になりつつある今日の状況に照らさずとも、アルマが果たしている役割を知識の伝達媒体というように見做すことには確かに一理あるという見方もあるだろう。翻訳としての正確さということを度外視すれば、結局のところここでアルマとグスタフの間でやり取りされているのは「知識」に他ならないのであることから、どっちもどっちだというような見方もあるのかも知れない。そうであるとしても尚、抽象概念と言われたのがグスタフとアルマのどちらなのかについて正反対の解釈となっているには違いなく、特に現在では入手のし易さから中公文庫版のみを参照するケースも少なくないと思われるから、ここに事実を指摘しておくことにしたい。その上で以下では、子供の時以来永らくそのように信憑し続けてきた、酒田健一訳の「マーラー=抽象概念」という捉え方を前提として話を進めることにしたい。

    *     *     * 

    勿論、それが回想の一部に含められているについて、価値中立的な事実の描写が目的とされている筈はなく、そこにアルマ自身の屈折した感情が蟠っているのは明らかなことであるが、この件を読んだ当時の私が子供心に感じたのは、そうしたアルマの感情の屈折よりも寧ろ、「もしそうならば自分だって同類だ」という居直りに近い感覚だったと思う。自分だって抽象概念のようなものだし、抽象概念を取り込み、吐き出す機械のようなものだという認識は、自分自身の文脈においてそれなりの強度を持ち、かつまた子供ながらに或る種の苦々しさを伴うものであった。読書をし、音楽を聴くことで「世の成行き」とは異なった別の世界が、たとえそれが仮想的な空間であるにせよ、それなりの確かさをもって存在することを知り、更にまた「世の成行き」において、子供であるからといって手加減されることなく直面することになる疎外の容赦なさを経験するに従い、これもまた子供ながらの性急さでますますそうした別の世界への傾倒を強めていく子供にとって、今の私なら僭越さの意識にたじろいで躊躇するところをお構いなく、そこに自分の同類を見出し、共感し、或る種の規範とする対象に設定したものであったろうか。

    そしてそういった感覚は40年後の今も基本的には変わらない。勿論今や彼我の能力の差は如何ともし難く、しかも子供が無心に追い求めたのには、自分には持ちえないものに対する無い物ねだりという側面さえあったことを認めるに吝かではないにしても、自分自身を抽象的な空間の中を彷徨う「変てこな機械」のように感じるという実感の方は些かも変わることなく、折々にそうした感覚を再認させられ続けているのである。

    ただし「変てこな機械」というのは1世紀後の世界に住む自分の側にのみ専ら帰属する実感であって、マーラーの時代にはコンピュータはまだなかったから、抽象概念と機械とがメタファーの空間の中で結びつくことは困難であったろうことを思えば、恐らくマーラー自身は己が「変てこな機械」であるという感覚はなかっただろうが。それでも尚、逆にそうしたイメージをマーラーに向けて投影した時、マーラーもまた「変てこな機械」であったという感覚は依然として根強いもので、容易に消し去ることはできないようである。

    では一体、端的に言って「変てこな機械」というイメージはどのような含意を持っているのか?「変てこな機械」の「機械」の方について言えば、生物としての目的性からは逸脱して、自分達の作りだしたソフトウェアに執着しているという点で或る種の逸脱、倒錯と見做され得ること、所謂マーケティングの対象となるような世間一般の関心・嗜好とかには無頓着であり、これも統計的な法則性が支配する進化論的な発想に反するとか、或る種パラノイア的にひたすら同じことに執着し続けている反復強迫的な側面のメタファーが「機械」ということのようだ。繰り返しを厭わずに言えば、ここでの「機械」のメタファーは時計とか蒸気機関ではなく、コンピュータが範例となっている。今解いている問題が、そもそもいずれ計算が停止する類のものであるかどうかを知らず、もしかしたら無限ループに入って暴走しているのかもしれないといった点を含めて。

    「変てこな」の方は、そのくせクオリアとか、感情や情緒、情態性のような非理性的・非概念的な側面、更には永遠とか超越性とか他者といったシステムの外部へのこだわりを持ち、「見る」「つかむ」より「うたう」ことに執着するというのが「機械」というイメージに相応しくないことから来ている。しかもこの機械は論理機械としては遅くて不正確だし、部品を取り換えて動作し続けるということができず、だんだんと壊れて行って、最後には動かなくなる、つまるところ「生物」としての制約・限界から逃れることができない、いわば「機械」としては出来損ないなのだというイメージが含意されているようである。

    そして「変てこな機械」という言い回しには、マックス・テグマーク風に言えば、自分のソフトウェアを書き換えることができるようになったことで、Life1.0にとっては絶対的なものと思われた障壁を乗り越えたLife2.0の姿を、Life2.0自身が創り出した機械を基準において眺めたものといった含みがある。そのような基準の偏倚が何によってもたらされたかと言えば、それは自らが産み出した機械が高度化していき、自分自身を凌駕するかも知れないという可能性が現実の問題となりつつある現在の、Life3.0誕生前夜の状況の産物とまずは言えるだろう。

    *     *     * 

    自分を「変てこな機械」と感じるというのはあくまでも主観的な感覚に過ぎないが、それではLife3.0誕生前夜の現在の状況において、自分のやっていることの中でその主観的感覚を裏付けるようなものがないのかと考えてみた時に、例えば、このブログの中で繰り返し取り上げ、その結果を報告をしている、MIDIデータを用いたマーラーの作品のデータ分析が思い浮かぶ。それはマーラーの作品を、コンサートホールでの上演に立ち会うかたちで「世界のシミュレーション」として体験するという、マーラー自身が想定した本来の形態での受容、或いは、人によってはその頽落態と規定するかも知れない、CDやDVDなどの記録メディアを媒介とした音響態としての受容とは全く異なるけれども、一般的な意味合いにおいては、それすらもマーラーの作品の受容の一形態として捉えることができるのかも知れない。特に分析結果を視覚化して、グラフで表示した結果は、それもまた全体の中のほんの一部の次元を抽出したものであるとはいえ、マーラーの作品を取り込んで、変換して、出力した結果である限りにおいて、或る特殊な感覚器を備えた生物が自分なりの仕方でマーラーの音楽を受容して自分固有の仕方で内部表象として定着させた結果と見立てることは、AIがMIDIデータや音響データを入力として学習を行って、音楽を「創作」するといったことが試みられる今日のLife3.0誕生前夜の状況の中では特段突飛なことではないように思われるのである。

    そのようなことを思ったときに想起するのは、スタニスワフ・レムが既に半世紀も前の1973年に出版した「実在しない書物」の序文集『虚数』の中の一篇「ビット文学の歴史」である。(邦訳は長谷見一雄・沼野充義・西成彦訳、国書刊行会, 1998。以下の引用は全てこの邦訳を利用させて頂いている。)レムによって与えられた設定では、増補第2版の出版が2009年というから、既に出版されてから10年以上の歳月が経過していることになるのだが、あいにく現実には、レムが半世紀前に予想した程には「ビット文学」の発展のペースは芳しくなく、シンギュラリティを超えたことを前提とした記述を含む、この書物に記載された状況は未だ実現には程遠いというのが客観的な認識だろう。だがその中の3.ビット学の基本的な諸部門 の章のB.模倣 の節の記述内容は、シンギュラリティの前段階を示唆していて興味深い。後続するシンギュラリティ以降の、コンピュータによるコンピュータのための「文学」が、寧ろレムという人間の嗜好・指向を浮かび上がらせている感じが強いのに対して、模倣における様々な事例は、今日の人工知能研究との具体的な接点、特に人工知能による知的創造に向けての様々な試みとの接点が感じられる分、一層刺激に満ちているように感じられる。例えばそこでのアイデアのベースとなる「分離抽出物N次反響体」(p.78)というアイデア。具体的な詳細は、是非、原作に直接あたって頂きたいが、それは

    「(…)視覚的には複雑な塊のように見えるだろう。幾重もの繭に包まれ、非周期的で、可変的な非同時性を持つ塊。この塊は「燃える糸」によって織り成されているいるように見えるのだが、じつはこの糸とは数十億、数百億の「意味曲線」なのである。これらの曲線が合わさることによって、意味論的連続体の切断面を構成する。本書第二巻の図版資料を開けば、読者はそこに一連の顕意味鏡写真を見出すだろう。それらの写真を並べ、比較してみると、かなり驚くべき結果が得られる。写真から見てとることができるように、オリジナル・テキストの質は、幾何学的な「意味作品」からの「美的価値」にはっきり対応しているのだ!」(同書, p.79)

    というように描写される。更にここから、ドストエフスキーの『未成年』と『カラマーゾフの兄弟』のギャップを埋める作品をコンピュータが仮構してしまうというエピソード(カフカの『城』の補作の失敗がもっともらしい理由付けとともに語られるし、更に言えば『カラマーゾフの兄弟』の続編に手を出さないのも、レムが技術的なディティールをきちんと踏まえていることが窺える)や、産業化された模倣としてのコンピュータによる自動創作がSF(が含まれるところがレムらしい)、ポルノ、スリラーなどの分野で行われた結果、作家が失業するといったエピソードが後続するのだが、それらと現実の現在における人工知能を取り巻く様々な社会的状況との対応も興味深いにしても、それよりも例えば、深層学習を行うニューラル・ネットワークに埋め込まれる構造の先に上記の「分離抽出物N次反響体」をイメージする方が一層興味深い。勿論、レムの想像力が描き出すような達成に対して現実の歩みは地を這うようなスピードで、最先端の人工知能研究でさえまだ「分離抽出物N次反響体」の獲得には程遠く、現在の機械学習に用いられるニューラル・ネットワークの能力は極めて限定され、学習する対象の表面的な特徴を捉えることに成功したに過ぎないのであるが。

    だがここでレムの『虚数』を参照したのは、レムの半世紀前の予言と現実の人工知能研究の間の大きな差異を述べるためではない。そうではなくて、寧ろ逆に、Life2.0の掉尾を飾る「人間」を起点にではなく、来るべきシンギュラリティの向こう側のLife3.0たる機械(によって強化された「超人」でも同じことだが)を起点にした発想というのが最早当たり前になってきているという点に注目したいのであって、具体的な技術的な達成の度合いよりも、Life2.0たる「人間」が産み出した「作品」に対するアプローチについていえば、今日のビッグデータ解析のようなアプローチは既に事実上、「人間」の尺度を超えたものであるように思われるということに注目したいのである。勿論、ビッグデータ分析の結果に意味を読み取り、解釈するのは最終的には人間であり、この点についての構造的な変化の兆候が具体的に起きているとは思えないし、寧ろ現在危惧すべきはそうした方向性でのカタストロフよりも、ビッグデータ分析の結果が独占され、悪用されることの方であることは間違いないのであるが。

    そうした現実の中では、例えば自分がハンドメイドで日曜大工的に行っているマーラー作品のMIDIデータに基づく分析は、来るべき人間を凌駕した異質の知性を備えた機械の営みの、技術的には極めて初歩的で、質的には極めて劣悪な、出来の悪い「模倣」のように思えて来るのであって、それが「分離抽出物N次反響体」には程遠く、素朴で表面的なものであっても、分析結果を或る種幾何学的な仕方で図示すること自体、上で述べた意味合いで「変てこな機械」の出力と捉えることの方が自然に思えて来るというのが、偽らざる私の実感なのである。(なお、レムが「ビット文学の歴史」で扱っているのが、小説や哲学的著作といった言語を媒体とした作品であるのに対して、マーラーの場合は音楽作品であるという差異には留意が必要であるけれど、ここでは話の流れ上、いずれもLife2.0が産み出した文化的な創作物であるという共通性の方に注目するに一旦は留める。だが、「ビット文学」ならぬ「ビット音楽」について考えることは、その間に横たわる本質的な差異ゆえに、シンギュラリティ(技術的特異点)がもたらす断絶に関して言えば一層興味深く、かつ本質的である筈であることへの目配せをしておきたい。)

    *     *     * 

    「変てこな機械」とは逆向きのベクトルを持つ表現として直ちに思いつくのはサル、特に類人猿を起点にしてヒトを相対化する方向性のものだろうか。だが、そもそもジュリアン・ジェインズの提唱する二分心崩壊以降、レイ・カーツワイルが予言するシンギュラリティ以前の「隠れたる神」の時代を生きる「人間」を表すには「考える葦」といった人口に膾炙した古典的表現があった。それを思いついたのが計算機を構想して製作を試み、コンピュータの歴史の起点に位置した人、パスカルであったというのは真に意味深長で、これはマックス・テグマークの定義に従うならば、Life2.0たる人間が、Life1.0たる生物に課せられた宿命への(ダマシオが『自己が心にやってくる』で述べた意味合いでの)「反逆」であることを告げている。そう思って『パンセ』の該当部分を読み返して見れば、そこに言い尽くされて最早何も付け加えることはないような気さえする。

    「人間はひとくきの葦にすぎない。自然のなかで最も弱いものである。だが、それは考える葦である。彼をおしつぶすために、宇宙全体が武装するには及ばない。蒸気や一滴の水でも彼を殺すのに十分である。だが、たとい宇宙が彼をおしつぶしても、人間は彼を殺すものより尊いだろう。なぜなら、彼は自分が死ねることと、宇宙の自分に対する優勢とを知っているからである。宇宙は何も知らない。だから、われわれの尊厳のすべては、考えることのなかにある。われわれはそこから立ち上がらなければならないのであって、われわれが満たすことのできない空間や時間からではない。」(パスカル『パンセ』, 前田陽一、由木康訳)

    そしてその後には以下のような驚くべき言葉が続く。

    「だから、よく考えることを努めよう。ここに道徳の原理がある。」(同上)

    考えることが道徳の原理であるというのは、考えるという言葉を文字通りにとっていては了解困難ではないか?それはLife2.0にとって、自分の宿命を自覚すること、「反逆」を試みることに基づくのでなければ自己固有の価値のシステムは構築できないということではないのか?

    一方もう一つの箇所は、どうだろうか?

    「考える葦。私が私の尊厳を求めなければならないのは、空間からではなく、私の考えの規整からである。私は多くの土地を所有したところで、優ることにならないだろう。空間によっては、宇宙は私をつつみ、一つの点のようにのみこむ。考えることによって、私が宇宙をつつむ。」(同上)

    やはりここでも「考える」は単に思考することのみを意味しない。私が宇宙をつつむ、とは寧ろ「世界をシミュレーションする」ことと言い替えられるのではないか?マーラー自身の言葉、「あらゆる手持ちの手段を用いて一つの世界を構築すること」が交響曲を創作することなのであれば、まさに作者たるマーラーが「宇宙をつつむ」ことになりはすまいか?

    だがパスカルの言葉は物語の半分でしかない。既に述べたように、Life2.0たる我々はその「反逆」によって、Life3.0を予感できるような地点まで来てしまった。今度はそういう自分達の「道徳の原理」を超えてしまうような存在を自ら産み出しつつある。そしてそれが正確な意味で誕生した暁には、それらは我々とは最早独立に、我々を取り残して独自の進化を始める。いやそれは我々自身の未来の姿かも知れないが、どちらにしても同じことで、その時、Life2.0としての我々は消え去ることになる。上述のようにパスカルはLife2.0たる自らを認識しただけでなくLife3.0を産み出すことになる点においても遥かなる先駆者の一人だったのだが、Life3.0を予感したわけではなかった。だから彼は己を葦に喩えこそすれ、自分が機械であるという感覚とは無縁だったのではなかろうか。

    *     *     * 

    翻ってマーラーの時代というのを改めて考えてみると、それは「生命」を物質的基盤の上で理解しようとし始めた時代である。この点で、冒頭引用した『回想』に登場する著作中で注目すべきはランゲの『唯物論の歴史』だろう。第1版が1866年、第2版が1875年の日付を持つこの著作は、19世紀後半のドイツ語圏で最も影響力があった著作の一つであり、まさに科学と信仰の対立に対して、一面では唯物論を擁護しつつ、カントの枠組みを批判的に援用することを通じて存在とは独立の価値の領域を確保することによって調停しようという試みと捉えることができよう。唯物論の歴史を取り上げることを通して、それが近代科学の発達とともに最近俄に発達したものではないことを示すことで、問題に歴史的な展望をもたらした著作であり、科学を二分心崩壊以降のエポックにおける「物語」として捉える観点にも通じる側面を備えていたとの評価も可能だろう。その点を踏まえれば、アルマによって提示された著作リストのうち、文学的な著作以外については極めて一貫性した関心の下で取り上げられていることが窺え、しかもその関心のベクトルは、本論の背景にあるそれと一致している可能性が高いと言いうるようにさえ思われる。そうした思想的潮流の中で、一方では人間の「心」の構造に関して様々な「心理学」(マーラーに関連して直ちに思い起こされるのはフェヒナーとフロイトだろうか)が生まれ、他方では人間の来歴について「進化論」(こちらは必ずしもダーウィンのそれに限定されず、様々な学説が提唱された)が生まれた時代がマーラーの生きた時代なのである。そして「心理学」と「進化論」が手を携えて「神の死」を宣告することになる。実際には科学的なものも含めて、そうした理論は、広義に捉えるならば結局のところ人間の自己についての「物語」に他ならないのだが、その「物語」がここに至って、ますますその声が聴きとり難くなっていた「隠れたる神」を消去することによって自分自身を解体し始める決定的な一歩を踏み出すことになった、その出発点がここにあるのだ。そのことに思い当たってみると、シュトックハウゼンがもう半世紀も前に、ド・ラ・グランジュのマーラー伝の最初は英語で出版された第1巻の序文で以下のように述べていることが如何に的確であったかを思い知らされる。

    「もしある別の星に 住む高等生物が地球人の性質をごく短期日のうちに調査しようと思うなら、マーラーの音楽を素通りするわけにはいかないだろう。」(酒田健一編訳『マーラー頌』所収)
    更にそこでシュトックハウゼンが、マーラーの音楽を「(…)人間が人間を個々の部分に分割し、しかもそれらをおそろしく奇怪な変種へと再合成しはじめようとするまえの、古い、全的な、《一個体としての》人間による最後の音楽である。」(同上)と規定し、「マーラーの音楽は、おのれ自体がじっさい何者であるのかもはやわからなくなっているすべての人びとにとってひとつの道標となるだろう。」(同上)という言葉で全文を締めくくっていることを付け加えておくべきだろうか。

    ここで留意すべきは、シュトックハウゼンのこのコメントがもう半世紀も前に記されていることだ。或いはまた、シュトックハウゼン自身、明確に意識していることが文章から読み取れることだが、そもそもこの文章が、上記のような「人間」の解体の時期にあって、それに抗うかのように書かれた1000頁にも及ぶ「伝記」を、つまり反省意識を備えた自伝的自己についての物語の序文として書かれたことに留意すべきだろう。なお、踵を接するようにしてブーレーズもまた、ド・ラグランジュの伝記への序文を寄せていることを指摘しておくべきだろうか。こちらは題名からして「伝記、何故?」であって、恐らくはマーラー生誕100年の時期に出版されて以来大きな影響力を持ったアドルノのマーラー論における「小説=ロマン」概としての交響曲という視点を背景に、マーラーの交響曲が想像的な拡張された伝記であるという把握から、ド・ラグランジュの現実の伝記を捉えなおすという趣向の文章であって、20世紀の音楽の前衛が2人までもが揃ってマーラーの伝記に序文を寄せているということは、改めて確認されて良いことではなかろうか。

    ド・ラグランジュの伝記の方は、その後、一旦、フランス語版の3巻3600頁に及ぶ大著として完成した後、更に英語版で増補作業が行われ、上記の第1巻からかなりの時間の隔たりの後、合計で3800頁近いボリュームを持つ2,3,4巻が20世紀末から21世紀初頭にかけ、10年近い時間をかけて順次出版された。第1巻についても改訂が企図されていたようだが、その作業を終えることなくド・ラグランジュが2017年に没した後、ようやく昨年のコロナ禍の最中に補筆・編集された第1巻改訂版-これは約800頁なので、4巻合計では4600頁ということになる―が出版されて完結を見たことになる。かくして約半世紀の歳月が、巨大でかつ絶え間なく増補・改訂され続けたマーラーの伝記の成長の過程で埋め尽くされていることになるのだ。(なお、第1巻の改訂版においても巻末にAppendiceとして、シュトックハウゼンの序文の英訳が採録されている点について、その判断への賛意とともに付言しておきたい。)

    ド・ラ・グランジュの遺稿となった英語版第1巻の改訂版
    "Gustav Mahler : The Arduous Road to Vienna (1860 - 1897)"

    *     *     * 

    だがもしそうであるならば、マーラーのことを「変てこな機械」たる自分の先駆的な同類と見做す姿勢は、100年後に自分が置かれた環境によって方向づけられた自己認識を、不当にも、まだ「全的な、一個体としての人間」であった100年前の天才に対して押し付けていることになりはすまいか?実際のところ、この嫌疑は正当なものであるに違いない。そもそもがアルマが、マーラーのことを抽象概念だと規定してみせた誰か(尤も、それが実はアルマ自身であったとしても事情が変わることはないのだが)の言葉を殊更に記したのは、既に述べたようにアルマが抱いた心理的な屈折の反映に違いないのであって、マーラー自身は本当は抽象概念などではなく、シュトックハウゼンの言う「全的な、一個体としての人間」ではなかったか?現在においてなお1世紀も前の音楽が受容されているのは、既に喪われた「全体」に対するノスタルジー故ではないのか?


    最後の点についていえば、「世の成行き」においては、それは確かに事実なのかも知れないという兆候は其処彼処に存在するようだ。例えば今はコロナ禍で中断しているものの、かつては毎年開催されていた日本国内でのさる音楽祭の或る回の「オフィシャル・ガイドブック」として書かれた新書の中でのマーラーの受容のされ方というのは、まさにそれを証言する格好の事例と言うべきで、そうした捉え方に対する強烈な違和感を別の機会に記したことがある(「主観性の擁護について:「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2012」公式ガイドブックにおけるマーラーに対する言及を読んで」)。であるからには私個人の立場は明確であって、マーラーは、彼が生きていた時代に既に進みつつあった「人間」の解体と奇妙な再合成に対して抵抗すべく、自分の持っている手段を総動員して「世界」を構築せずにはいられなかったのだと考える。そしてそうしたことができたのがマーラーで最後であったというシュトックハウゼンの半世紀前の言葉は、既にその時点で正しかったのだし、半世紀後、マーラーの時代からは一世紀後の現在においてもまた、正しいのだが、だからといって、マーラーの中に既に実現不可能となった「全体」を見てノスタルジーに浸るというのが今日許された唯一の受容の仕方ではないというように私は主張してみたいのだ。

    現実にマーラーは、シュトックハウゼンの文章が書かれた時期以降、レコードやCDといった媒体に記録されて流通する点数も飛躍的に増大したし、オーケストラのコンサートのレパートリーの中核の位置を占めるようにもなった。日本におけるそのピークは恐らく1980年代後半から1990年代初頭の時期であって、次々とオープンするコンサートホールに花を添えるようにして、幾つものオーケストラが競うようにマーラーの全交響曲のツィクルスに取り組み、マーラーの交響曲の全集のCDが陸続として現れるといった、所謂「ブーム」が発生したのであった。要するに資本主義のシステムにおける交換価値という観点においても観客を確実に動員でき、箱物のCDが捌けるという点で、マーラーの音楽の商品としての価値は揺るぎのないものとなったかに見えるし、その価値はその後も今日に至るまで、―少なくともコロナ禍でコンサートの公演が不可能になるまでは―確固としたものであったかに見える。そして自分自身がそうした傾向の恩恵に浴した面が少なからずあることを否定することはできないだろう。

    だがしかし、「世の成行き」における経過がそのようなものであったとしても、マーラーの作品の価値はそれに尽きるものではない。そもそもがシュトックハウゼンの上記の文章が書かれてから程なくして、極東の島国の地方都市に生きている子供が、或る日FM放送から流れてくるその作品の一つに接したことをきっかけとしてマーラーの音楽に熱中した時、もしかしたら既にそうした兆候は明らかであったにも関わらず、己の周囲のそうした成行きよりもマーラーの音楽が提示するヴァーチャルな世界に没入するあまりに、そのことに無頓着であったに過ぎないとはいえ、その当時の彼の主観的選択としては、マーラーに与することは寧ろ積極的にマイノリティの側に着くこととして了解されていたという事実は揺らがない。同時にそれは、音楽史の年表にも名前が載らない(つまり音楽史上の存在意義について異論の余地ないものではない)、世紀末の爛熟・退廃のイメージとともに語られる音楽という当時においてすら綻びかかっていた紋切り型とも異なれば、その後のブームと恐らくは関係するに違いない、作品を複雑で魅惑的な音響態として享受する態度とも異なる仕方でマーラーの人と作品にコミットすることでもあったのだ。その結果として、まさに「世の成行き」におけるマーラーの「価値」が極大化した時期に、かつての子供は、自分が探し求めている「音楽」がそこにないことに絶望して、マーラーを聴くことを止め、集めた文献やら録音記録の類を一旦すべて処分してしまうことになる。子供ならではの性急さと傲慢さで、自分が時代の潮流のようなものに敏感で、無意識の裡に浸蝕された可能性など到底是認できるものではなく、時代に規定されることを認めるくらいなら、寧ろ積極的にアナクロニズムを選択しかねない子供は、自分が選択したマーラーが、よりによって流行現象になり、もともとの文脈から切り離された「私の時代が来る」というマーラーを、予言の言葉に仕立て上げ、その予言が恰も実現したかのような言説が氾濫するようになるとは予想だにしなかったし、従って、その結果としてまさか自分が一時的にであれマーラーを聴かなくなることになるとは思いもしなかった。

    一旦離れたマーラーと再び向き合うことになったのは如何にしてかの方は、ごく私的で偶然的な状況の産物であるかも知れないのでここでは割愛するが、その一方で、では一体、かつての子供であった私がマーラーに何を見出そうとしていたのかを改めて確認してみると、例えば、マーラーと出会ってから間もなく以降、繰り返し読んでほとんど内容を暗記してしまった程である2冊の本のうちの一冊(ちなみにもう一冊はこの文章の冒頭で参照したアルマの『回想と手紙』である)、マイケル・ケネディの評伝『グスタフ・マーラー その生涯と作品』(中河原理訳, 芸術現代社, 1973)の中での「神を探し求める者」(同書, p.134:「マーラーはいつも神を求めていたとはよくいわれることだが、…」)という規定、これも子供の頃に繰り返し読んだ青土社の『音楽の手帖 マーラー』に収められた、丸山桂介「隠れたる神 第九交響曲の「アダージョ」に寄せて」におけるマーラーの位置づけに最も深く共感していたように思うし、実は、その点については今なお変わらないようなのである。ケネディは、「マーラーのような哲学好みの人にとって交響曲というのは明白な手段だった」(前掲書, p.125)ということも述べているが、この言葉もまた、かつての子供、最初に述べたように、自分のことを「抽象概念」を操作する機械のようなものと感じ、冒頭に引用したアルマの回想の一節を我が事のように感じていた子供にとって、マーラーへの共感を一層増幅させるコメントであったと思う。そしてそこには、マーラーを聴くというまさにそのこと自体もひっくるめて、自分の中にある衝動が「世の成行き」においては無益なもの、交換価値に関して期待できないのは勿論、使用価値という言葉に付き纏う、有用性、効用といったニュアンスについてもまた、凡そ期待できないものに向けられているという苦々しい認識が、年端の行かぬ子供なりに伴っていたというのは冒頭述べた通りである。

    *     *     * 

    私は時折、マーラーが「交響曲」というフォーマットを選んだのは、有能な歌劇場監督として、指揮者として、どんなに芸術的に高度な達成があったとて使用価値や交換価値から逃れられず(とはいえ、その平面においてもマーラーは並外れた成功を収めるだけの能力を備えていた訳だが)、結局のところ娯楽として消費される音楽に関わらざるを得なかった彼が、自分の産み出す音楽については、それがこの世において結局のところ「無益」なもの、現実的には「役に立たない」ものであることを自覚したが故ではないかと考えることがある。いわゆる自律主義的美学からはあんなにあからさまに逸脱した、利用できるありとあらゆる手段を動員した世界シミュレーションを「交響曲」と規定することによって、自分の営みを自律的で絶対的で固有の美的価値を持つものとしてではなく、「世の成行き」の中では効用を持たない存在として位置づけたかったのではないかと。但しその一方で、マーラーは自分が(ゲーテの『ファウスト』第1部の地霊の台詞を引用しつつ)「神の衣を織っている」という自覚を持っていたようなので、現実的には「役に立たない」としても、それが全くの無価値ではないという確信はあり、なおかつその確信が喪われることはなかったように見える。

    (上でも言及したので繰り返しめくが、「私の時代がくるだろう」という言葉は、実際には非常に個別的な文脈でアルマに対して強がってグスタフが言った言葉に過ぎないので、それを「予言」の如く持て囃すのは滑稽でもあり、更に勘ぐれば、そのようなものに見せかけて交換価値を吊り上げようというマーケティングの悪意が見て取れるので、ここでの議論とは関係ない。)

    更に言えばマーラーは、自分の作品に限らず、一般に作品は「抜け殻」に過ぎないという認識をアルマ宛の書簡に記している。(1909年6月27日トーブラッハ発のアルマ宛書簡, 上掲の『回想と手紙』邦訳ではp.399)この書簡の置かれたコンテキストと、それから導かれる全体としての意図を無視して以下の文章を解釈することには慎重であるべきだろうが、それうした事情を勘案してなお、以下の言葉はマーラーが芸術作品の創作について、その結果たる作品についてどう考えていたかを伺うのには無視できないものであろう。

    「(…)われわれが後世に遺すものは、それがなんであれ、外皮、形骸にすぎない。『マイスタージンガー』、『第9交響曲』、『ファウスト』、これらはすべて脱ぎ捨てられた殻なのだ!根本的にはわれわれの肉体以上のものではない!もちろんそうした芸術的創造が不用な行為だというのではない。それは人間に成長と歓喜をもたらすために欠かすことのできないものだ。(…)」(1909年6月27日トーブラッハ発のアルマ宛書簡, 上掲の『回想と手紙』邦訳ではp.399)

    これは図式化してしまえば、その産物である作品に価値があるならば、それは創造行為のプロセスの価値の副産物であるということ、そしてその産物の方の価値を有用性、効用といった観点から捉える限り、それに使用価値があることは認めたとしても、その価値だけで芸術作品の創造行為の価値を測ることは不可能であり、不毛であるということでなかろうか?注意しなくてはならないのは、作品が外皮、形骸に過ぎないとしても、遺されたもの(=作品)が行為の価値を、いわば遡及的に決定するという構造が存在する以上、遺された作品の価値が高ければ、それを算出するプロセスが常にその結果に優って価値あるものだということの確認に過ぎないということであり、そうであってみれば、作品の創作が常に未知の領域を目がけた或る種の賭けであるという事情に些かも影響を及ぼすものではないということだろう。繰り返しを厭わず言えば、マーラーは結果よりも意図的な行為の方が大切だと言っているのではなく、結果は意図的な行為に基づいてしか生じない以上、意図的な行為なくしては作品は生まれないし、意図を上回る結果が偶然に生じるような奇跡など存在しないと言っているに過ぎない。

    作品はつまるところ個別の人間に生起した一回性の「出来事」の痕跡に過ぎず、丁度化石がそうであるように、それは出来事そのものの記録というよりは、出来事の生起のパターンの痕跡なのである。その意味においてまさに作品は「抜け殻」に過ぎないだろう。だが一回性で反復不可能な到来としての「出来事」は その痕跡であるところの「作品」なくしては、記憶され、想起され、 反復され、継承されえないのだ。「出来事」の主体の有限性を超えて、 死後の生命を獲得することはできないのである。そして活動プロセスの痕跡としての作品の定着には記号化・離散化・ デジタル化が不可避である。自己を超えて生き延びることとは、そのようにしか可能ではない。 見方を変えれば、そうすることによって生物個体としての有限性を 超えて、遺伝子の複製とは異なった水準での、個体の記憶の継承、一回性の 「出来事」の記憶の継承という「反逆」(ダマシオ『自己が心にやってくる 意識ある脳の構築』)が可能になるのだ。かくして「抜け殻」である作品が、同時に「神の衣」たりうるという、一見したところパラドクスにしか見えないことが両立可能であることが明らかとなるのである。

    我知らずして、いわば盲目的に神の衣を織るためには、自伝的自己を 伴う自己意識は必ずしも必要ない。だがある価値にコミットして、 己の出遭った価値あるものの(漸近的な)永続化をめがけ、 そうした出遭いという一回性の出来事を記憶し、出来事の一回性を超え、 自己の有限性をも超え、他者に向けて継承することを目指して、 作品としてデジタル化する意図をもって「衣を織る」ことは、 自伝的自己を伴う自己意識なしには為し得ない。無意識の活動を汲み上げ、一つの世界として構築するには、抽象的な空間における際立って意識的で知的な作業が必要とされるのである。

    今日、深層学習を用いたAIに対して大量のサンプルを与えれば、音響態としては区別がつかないものを生成することが可能であるかに見えるが、それは「抜け殻」のパターンの表面的な模倣に過ぎない。それをもって「音楽」が「創作」されたと主張するのは、「音楽」が自伝的自己を伴う自己意識の活動であるということを見落としている。かくしてシュトックハウゼンが、ド・ラグランジュの伝記の試みの最初の達成に寄せて半世紀前に記した認識が、その試みがようやく完結するに至った半世紀後の今日において最先端のテクノロジーが実現したかに見える技術的成果の内実が、実際には「人間が人間を個々の部分に分割し、しかもそれらをおそろしく奇怪な変種へと再合成しはじめた」ことの帰結の一つに過ぎないことを正確に「予言」したものであることが明らかとなるのだ。そして実のところ自伝的自己をもつ自己意識が、自らを「変てこな機械」であると感じるというのは、そうした今日の状況を、無意識の裡に反映したものなのだということになりそうである。つまるところ今日、マーラーの作品の受容に際して、マーラーのような音楽が最早不可能であるという現実を直視せずにノスタルジーに浸るのは、マーラーの「音楽」の総体を受け止めず、それを自らの寸法に合わせて切断・分解して消費しているに過ぎないのだ。寧ろ私には、例えば三輪眞弘さんの「逆シミュレーション音楽」をはじめとする活動と、そこでの「音楽」に対するラディカルな問い直しこそが、1世紀前のマーラーの、半世紀前のシュトックハウゼンの問題意識を今日の状況の中における正しい継承であるように感じられるのである。

    *     *     * 

    神と共にあったブルックナーが、自己の作品の価値の永続をどこかで確信し、死後に神様に対面した時に、自分が授かった才能を粗末にしたという廉で咎められることを怖れていたのに比べれば、神を探し求めたマーラーの確信はその姿勢自体の帰結として、それほど堅固なものではなかったにせよ、それ故それを為し能うという確信に基づいてというよりも、願わくば結果として事後的に見たらそうなっていたという仕方で、自分がコミットしている価値に対して寄与できることを願っていたように感じられるのである。そして、そうしたマーラーの立場は、彼のような天才ではなく、けれども同じく「二分心崩壊以降、シンギュラリティ以前」を生きる、自伝的自己を備えた反省する意識の様態を持つ者にとって、ともすれば落伍してしまいがちな己に対して腕を広げ、手を差し伸べてくれる存在と感じられるのではなかろうか。

    ちなみに、上述のマーラーの確信の時間的構造がデュピュイの「賢明な破局論」の時間性と同一の構造を持つことは偶然ではない。それはデュピュイが「賢明な破局論」の出発点として、『思想と動くもの』に収められた、天才的な芸術作品に関するベルクソンの分析を参照していることを思えば、寧ろ当然のことなのである。だがそのことの帰結の方は決して自明であり当然であるという訳でもないだろう。その経済的な水準での価値、効用において、進化論的な効用についての「パンケーキ」(スティーブン・ピンカー)という断定と同様の評価に基づいて、まさに今、生起している新型コロナウィルスは感染症の蔓延のような有事において「不要不急」なものとして延期すら許容されずに中止されるかに見える「芸術」こそが、その有事を惹き起こすカタストロフィーと同じ構造を持ち、従って経済学的合理性に基づくリスクに対する予防原則が無効となり、「想定外」の事態が起こるような状況へと対応するための処方箋たりうる可能性を孕んでいるというのだから。

    そしてもしそうであるとするならば、マーラーの音楽を「ノスタルジー」として受容する志向が、少なくともここで問題にしている時間性とは相容れないものであることを今一度確認しておくべきだろうか。寧ろここで「音楽」とは、ありうべきもののシミュレーションの企てなのであって、マーラーの「音楽がはつねに憧れを、この世界を越えてゆくものへの憧れを含んでいなくてはならない」という言葉は、同じ彼の「交響曲とは手持ちのありとあらゆる手段を用いて一つの世界を構築することである」が故に「交響曲は全てを包含しなくてならない」という言葉と共に了解されなくてはならないのである。そうしたマーラーの志向をシンギュラリティを目前にした今日の文脈において引き受け直すとするならば、「音楽」は可能世界のシミュレーションとして、三輪眞弘さんが主張する「人文工学」に繋がっていくことになるだろう。

    冒頭で、マーラー家の夕べの回想をきっかけにして、マーラーとの生活が恰も抽象概念と暮らしているようなものであったというアルマ自身の認識に至る『回想の手紙』の一節を参照したが、そこに読み取るべきは、日常生活における感性的な、情動的な反応の欠如に対するアルマの欲求不満のみではないだろう。かつまたアルマは(時折、そのためのネタとして、例えばシュトラウス夫妻を出汁に使う事さえ厭わないことを思えば)、マーラーとの生活を全く否定的に捉えていたわけではないだろう。この回想の中にも常に動いていると言っても良い両価感情の中から、彼女が反発を感じ、時として拒絶反応を示しつつもコミットした契機を無視することは、この回想自体の価値を単なるセレブリティのゴシップの類であるとして毀損し、否定し去ることにもなりかねない。少なくとも彼女は、同時代に同じ文化的空間に二人といない天才の「価値」を過たずに掴み取る能力を持ち、かつその能力に対する自覚もあったし、マーラーに作曲を禁じられるという出来事がなかったとしても、主として自分の気質故に既にスポイルされてしまっていた自己の才能への自覚の一方で、それが十分に意識的、反省的で自覚的な形としては、ようやく回想というモードの下で初めて可能になったかも知れないとはいえ、マーラーの人と作品の持つ価値の大きさに対して十分に自覚的であり、自分がそれに関与できたことに対する自負の念を読み取ることをしなければ、甚だしくアンフェアな読解との誹りを免れないだろう。英訳からの重訳の解釈が例え間違いであったとして、もしアルマ自身が抽象概念のようなものと周囲から言われたとしたら、そのことに対してアルマ自身もまた「それがどうした、それのどこが悪い」という感覚を持っていたことは彼女の言葉自体から十分に感じられることではなかろうかと私には思えるのである。(2021.7.13初稿公開, 14,15加筆修正, 24:レムの「ビット文学の歴史」に関する記述を増補、25:デュピュイの「賢明な破局論」および三輪眞弘さんの「人文工学」に関する記述を増補。確定稿,。31:ド・ラ・グランジュの遺稿となった英語版第1巻の改訂版、"Gustav Mahler : The Arduous Road to Vienna (1860 - 1897)"の写真を追加し、シュトックハウゼンの序文再録について追記。

    2020年7月17日金曜日

    「リハーサルのとき私がいったすべてのことをどうぞお忘れなく!」 ーオスカー・フリートの第2交響曲の録音についての覚書

    Als Oskar Fried um 1906 in Berlin Mahlers Zweite Sinfonie aufführte, war Mahler bei der Generalprobe anwesend. Er saß in Parkett. Fried hatte drei Werke auf den Programm : eine Kantate von Max Reger, Orchesterlieder von Franz Liszt und eben die Zweite Sinfonie. Da Fried sich viel zu lange bei der Reger-Kantate aufgehalten hatte, war er erst beim zweiten Satz der Mahler-Sinfonie angelangt, als die dreistündige Probe schon beendet war. Als er hörte, daß er aufhören müsse, geriet er in einen furchterlichen Zorn, packte einen ihm mit aller Kraft ins Publikum. (Er ist ein Zufall, daß niemand verletzt wurde.) Mahler blieb ganz ruhig und gelassen, nahm Fried mit in sein Hotel und besprach dort alles mit ihm.
    Am nächsten Abend ging Fried vor Anfang des Konzertes zu den Orchestermusikern und sagte zu ihnen : "Meine Herrn, es war alles falsch, was ich gemacht und probiert habe. Ich werde heute abend ganz andere Tempi nehmen, bitte gehen Sie mit mir." Nicht nur die Philharmoniker gingen mit Fried, sondern auch das Publikum. Es wurde ein ganz großer Erfolg. Wie hätten sich andere Komponisten verhalten : Sie hätten wohl gelogen und gesagt:"So habe ich mein Werk noch nie gehört." Mahlers Haltung war gerade entgegengesetzt, er sagte dir Wahlheit, nicht die Unwahrheit. Er fand es schlecht, aber er wußte, daß es mit seiner Belehrung gut werden konnte, und so wurde es auch.
    (aus : Otto Klemperer, Erinnerungen an Gustav Mahler, Atlantis Verlag, 1960, SS.15-16)

    オスカー・フリートが、1906年ベルリンでマーラーの《第2交響曲》を指揮したとき、マーラーはその総練習に立会い、前方の特別観覧席に坐っていた。フリートのプログラムは、マクス・レーガーのカンタータ、フランツ・リストのオーケストラ伴奏付歌曲、そしてマーラーの《第2交響曲》と、3つの作品からなっていた。フリートは、レーガーのカンタータに時間をかけすぎ、三時間と定められたリハーサルが終っても、まだ《第2交響曲》の第2楽章にたどりついただけであった。中止するように言われると、彼は激怒して手近の椅子を掴み、渾身の力で観客席に投げつけた(幸い怪我人は出なかったけれども)。マーラーこのとき少しも騒がず、フリートをホテルまで連れ戻し、彼と作品全体について論じあった。
     翌日の晩、コンサートに先立って、フリートはオーケストラの団員たちにこう告げた―「諸君、リハーサルで私がやったことは、全部間違っていた。今晩私はまったく別のテンポを使うことになるだろう。どうか私に従っていただきたい。」 オーケストラだけでなく、聴衆も彼の要求を充たした。つまり《第2交響曲》を大成功とみなしたのである。他の作曲家だったら、まず言葉をにごして、自分の作品がそんな風に演奏されるのは聴いたこともない、と言うところだった。マーラーの態度はその正反対で、むしろ真実を語ろうとしたのである。彼はフリートの解釈が間違っているのに気付いた。しかし自分が導いてやれば、その解釈も正しくなることを知っていた―そして実際に正しくなったのだ。
    (オットー・クレンペラー『グスタフ・マーラーの思い出』河野徹訳、『音楽の手帖』, 青土社, 1980所収, p.67より)

    *     *     *

    オスカー・フリートはマーラーとの関わりにおいては、1924年に22枚組のSPレコードとしてリリースされた第2交響曲の演奏の指揮者としてまず記憶されているのではなかろうか。この録音は、第2交響曲のそれとしてだけではなく、マーラーの交響曲の初めての全曲録音であり、かつ、マイクロフォンを用いた「電気録音」技術が登場する前夜の、所謂「アコースティック録音」と呼ばれる録音技術を用いての収録としては最後期の成果として著名なようだ。フリートはマーラーの第2交響曲だけに限らず、例えばブルックナーの第7交響曲やシュトラウスのアルプス交響曲のような、管弦楽作品としても極めて編成が大きく、演奏時間の長い作品の録音をアコースティック録音の末期にしており、その後すぐに電気録音が始まる直前の録音の記録として異彩を放っており、また貴重なものでもある。

    マーラーの作品の演奏者として、フリートはメンゲルベルクやワルター、クレンペラーと並び称される存在だが、この4人のうち、フリートとメンゲルベルクは、理由は違えど第二次世界大戦後には活動しなかった。結果として、ワルター、クレンペラーがその後、ステレオ録音が始まる時期まで演奏活動を続け、歴史的録音という枠を超えて、マーラー直伝の指揮者による演奏記録として、マーラーの録音の標準的なレバートリーの一翼を今なお占めているのと比較すると、フリートとメンゲルベルクの方は、マーラーの交響曲全曲の録音として残っているのはそれぞれ1種類ずつに過ぎず、歴史的な価値の文脈で語られることの方が多いように思われる。だが更に言えば、メンゲルベルクについてはマーラーが高く評価し、信頼していたことが良く知られ、従って当否は措くとしても、マーラー自身の演奏スタイルをその録音記録を介して想像するといったことがしばしば行われている。これも良く知られているようにワルターとクレンペラーが、その長いキャリアの中で、当然のこととして演奏様式を変化させていることや、それぞれの音楽家としての個性の違いもあってか、彼らの演奏をして、マーラー自身の演奏を彷彿とさせるものといった捉えられ方をすることがないことの裏返しとして、メンゲルベルクの演奏は、マーラー直伝の中でも、記録の乏しさを超えて第一人者の地位を占めるものと一般に了解されているように見えるのである。それに比べるとフリートの録音の置かれた立場は、あくまでも録音のテクノロジーの歴史という文脈での記録といった扱われ方が多く、その演奏解釈自体の評価の方は些か影が薄いように見える。その傍証というわけでもないが、例えばマーラーに関するムックの一つである『マーラーのすべて』(音楽之友社, 1987)所収の「指揮者・歌手たちにみるマーラー像」の中においても、ワルター、クレンペラーは当然として、メンゲルベルクの名前はあってもフリートの名前は見いだせない。

    だがそれもフリートが遺した録音が、上述のようにアコースティック録音であるが故に音質等の制限が大きく、その後の電気録音の時代の録音と同列に論じることができないことを考えれば、仕方のない部分もあるのだろう。更に言えば、第2交響曲はその編成の大きさや演奏時間の長さにも関わらず、比較的初期の時期にあっても録音に恵まれた作品であり、早くも1936年にはユージン・オーマンディが指揮したミネアポリス交響楽団による演奏の録音がリリースされている。これは電気録音による最初期のレコードということになるが、アコースティック録音と比較しての録音技術の違いによる音質の向上は著しく、このような大曲としては例外的なことにSPレコードの初期の時代、他の作品の全曲録音がまだようやく出始めたばかりの時期に、既に聴き比べができる状況にあったにも関わらず、すぐにオーマンディの演奏が専ら選択されるようになっていたという回想を、平林直哉さんが「マーラー主要作品全録音データ集」という記事に書いている(レコード芸術編『コンプリート・ディスコグラフィー・オブ・グスタフ・マーラー』(音楽之友社, 2010 所収, p.109)。ちなみに柴田南雄さんはこのオーマンディの演奏について、「もちろん当時としては唯一のレコードだったが印象に残る演奏ではなかった。」(柴田南雄『グスタフ・マーラー』, はじめに―われわれとマーラー, 岩波新書版ではp.21-2)と回想しており、ワルターの1936年の「大地の歌」、1938年の「第9交響曲」というマーラーの演奏史上の画期となった2つのレコードと並んで、当時聴くことのできたマーラーの交響曲作品の全曲録音の一つとして紹介している一方で、フリートの演奏の録音についての言及は全くない。柴田さんの言及されている時期の日本国内のSPレコードのカタログには既に記載されていなかったということだろうか?この辺りの状況は、当時の資料で確認ができるのであろうが、現時点での私は詳らかにしないし、それを調べるだけの余裕もない。識者のご教示を仰ぎたく思う。)

    *     *     *

    そうしたマーラーの交響曲の録音の黎明期に関する資料の中でも、上に引用したクレンペラーの回想は、フリートの第2交響曲の録音が、いわば「直伝」であることの証拠として、必ずと言って良い程言及されるものであるようだ。何しろクレンペラーは、―これは上記とは別の回想で語っていることであるが―、上の回想で言及されているコンサートにおいて、終楽章のオフステージのバンダの指揮を担当しており、それゆえその回想は当事者の証言といった性質を備えているからである。(ちなみに、そちらの1961年の回想は、ライナー・ヴンダーリッヒ編の『マーラー論集』(1966)所収で、邦訳は酒田健一編・訳『マーラー頌』(白水社, 1980)で読むことができる。)なお、クレンペラーはいずれの回想においても、自分がバンダの指揮を担当したコンサートを1906年のこととしているが、これは1905~6年のシーズンという意味であって、正確な日付は1905年の11月8日のことであった。従って、以下では単純な暦上の日付を優先して、1905年と書かせて頂くことを予め御了承頂きたい。

    フリートとマーラーとの交流については、それぞれマーラーについての初期の基本文献であるモノグラフの著者でもあるパウル・シュテファンとパウル・ベッカーが、いずれも短いものではあるが、フリート自身を主題としたモノグラフを上梓しており、そうした文献に遺されたフリート自身の回想からも窺うことができるし、また例えば、これもまた上記『マーラー頌』に収録されている、デチャイの回想に出て来るドロミテでのエピソードに登場する「彼(=マーラー:引用者注)がひじょうに高く買っていたあるベルリンの音楽家」というのはフリートのことらしく、ド・ラ・グランジュの浩瀚なマーラー伝でもフリートの名前は最初に彼等が出遭った1905年以降、頻繁に登場するのが確認でき、特にクレンペラーが回想する第2交響曲の演奏のみならず、中期の交響曲も積極的に取り上げていたことがわかる。(なお、パウル・シュテファンとパウル・ベッカーのモノグラフというのは、それぞれ、Paul Stefan, Oskar Fried Das Wenden eines Künstlers, Erich Reiss Verlag, 1911およびPaul Bekker, Oskar Fried Sein Weden und Schaffen, Harmonie Verlag, 1907のことであり、何れも現在はWeb上でpdf等のフォーマットで読むことができる。)

    にも関わらずフリートの影が薄いのは、一つにはアルマの回想における描写のされ方の影響があるのではなかろうか。明らかにアルマはフリートを評価しておらず、その評価が、マーラー自身も含めた夫婦共通の招かれざる客というような、フリートが登場するエピソードでの描写におけるバイアスとして、かなり露骨に表れていることが読み取れる。しかしながらアルマの主観はともかく、マーラーがフリートを高く評価していたことは、例えば上で参照したデチャイの証言などからしても間違いないだろう(あえてデチャイが匿名にした理由は判然としないが、匿名にしておいた上での形容であることを考慮すれば、デチャイがマーラーから直接そうした評価を耳にしていたか、或いは少なくともデチャイが信頼する筋からの伝聞として、つまりマーラーの周辺の人々の了解であったと考えてもよさそうに思える)。一方クレンペラーの回想は、フリートが少なくともリハーサルにおいてはマーラー自身が是としない解釈を行っていたことを証言しており、そこにフリートの能力に対する留保を読み取る向きもあるかも知れないが、クレンペラーの回想を信じる限り、フリートはマーラーの意見を受け止め、ぶっつけ本番で違った解釈での演奏を実現するだけの能力があったのは確かなことのようである。

    *     *     *

    その上で、冒頭に引用したクレンペラーの回想の後半部分のマーラーの行動に関するコメントについては、若干の文脈の補完をする必要を感じる。というのも40年前にこのクレンペラーの回想を読んだ私は、当然そうした文脈を知る由もなく、些か短絡的にマーラーの取った行動を受け止めてしまったからである。後述のように、文脈が追加されることでここでのクレンペラーのコメントが無効となるわけではないにせよ、それを知っていると知らないとでは、マーラーがどのような人物であったかについての了解について少なからぬ違いが生じると思われると私は考える。

    そしてその文脈を証言する資料はと言えば、ヘルタ・ブラウコップフ編『グスタフ・マーラー 隠されていた手紙』(Herta Blaukopf (hrsg.), Gustav Mahler : unbekannte Briefe, Paul Zsolnay, 1983)所収のフリート宛のマーラー自身の書簡であり、極めて信頼性の高いものなのだ。ルドルフ・シュテファンの解説が付されたフリート宛書簡は12通収録されている。末尾にはマーラーの没後間もなくに書かれたフリートによるマーラー追悼のオマージュ(1911年6月1日の『パン』誌第1年第15号所収)が付けられており、マーラーとフリートの間の繋がりの強さを窺わせるものになっている(邦訳は中河原理訳、音楽之友社、1988年刊)。そしてその書簡のうち最初の6通は、まさにクレンペラーの回想するコンサートに直接関わるものだし、7通目もまたその公演からしばらく後、演奏会の成功の余韻を伝える内容のものである。

    この書簡群からわかることは、ベルリンでの第2交響曲の演奏は、マーラー自身が強く望み、そのタクトを託す存在として自らフリートを選び、公演に向けてマーラー自身が強くコミットしたものであるという事実である。バウアー=レヒナーの回想を紐解けば直ちに読み取れることであるが、作曲家マーラーは、特にその若き日々において、自分の作品を公演に漕ぎ付けるためにその費用を実質的に自費で負担するなどの大きな苦労を重ねてきた。1905年といえば5月には第5交響曲の初演を自分自身の指揮で行い、そしてまさにフリート宛の4番目の書簡でマーラー自身がフリートに報告している通り、第7交響曲を完成させた時期にあたるが、この時期においてもマーラーは、自分の作品を上演するにあたって追加リハーサルのための費用を捻出してさえいることが書簡から読み取れるのである。

    そうしたことを背景としてクレンペラーの回想におけるマーラーのフリートに対する態度や行動を改めて見直してみれば、中立的な立場で自作の解釈に対して歯に衣着せずに物申す作曲家の姿ではなく、自分の作品を自分の意図通りに世の中に送り出すことに対して労力を厭わない作曲家の姿が浮かび上がって来るように私には感じられる。少なくともマーラーは、フリートの解釈が妥当でないことを認識した時においてさえ、それ故にフリートの能力に疑問を抱いたり、自分の目標の達成に向けての信頼できるパートナーとしてフリートを見ることを止めたりはしなかった。クレンペラーの「自分が導いてやれば、その解釈も正しくなることを知っていた」というのは、そのように読むべきだと思うのである。そして演奏会はクレンペラーが報告する通りの大成功であった。マーラー自身もまた演奏会当日の演奏の出来に満足していたことは演奏会後の書簡の文面からはっきりと読み取ることができる。

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    ところで、その演奏会後の書簡の末尾でマーラーは「リハーサルのとき私がいったすべてのことをどうぞお忘れなく!( Bitte, erinnern Sie sich während der Probe nur recht oft an Alles, was ich Ihnen gesagt! 」(個人的には細部において必ずしも異論なしとはしないけれど、ここでは一旦訳は中川原理さんのものを用いることにする)と記している。それではそれから20年近い歳月を隔て、マーラー自身が没した後に訪れた第2交響曲の録音の機会に際して、フリートはマーラーの助言に忠実だったのだろうか?勿論、1905年のコンサートの録音記録があって比較ができるわけではないから、事実に即してそれを判断することはできない。だがその録音からも更に100年近い歳月を隔て、SPレコードから起こしてCDに記録されたその演奏に接する、縁も所縁もない聴き手たる私が感じ取った印象に即して言えば、ここでフリートは、マーラーの助言に対して技術的な限界の範囲内で許容される限りにおいて忠実であろうとしたのではという気がするのである。

    例えば田代櫂さんのマーラー伝では、フリートとの1905年の出逢いについて触れたところで後年のこの録音について言及し、「演奏も録音もむろん貧しいが、最初期のマーラーの解釈のドキュメントとして興味深い。」(田代櫂『グスタフ・マーラー 開かれた耳、閉ざされた地平』,p.258)とコメントされているが、このうち録音の貧しさの方は、アコースティック録音の技術上の制約に起因するものとして了解できるにせよ、演奏の貧しさの方については、それが何を指しているのか判然としないように私には思われる。仮にそれが異常な編成とか楽器法の変更といったことに由来するものだとすれば、実際にはそれは寧ろアコースティック録音の技術上の条件に由来するものであり、本来的な演奏技術の欠如や演奏解釈の貧しさではない筈である。そうではなくて、それがフリートの解釈とオーケストラの技術を指しての評言なのだとしたら、私は必ずしもその見解に与しないということである。

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    ところでトーマス・マンの『魔の山』には、当時最新のテクノロジーであった蓄音機で音楽を聴く場面が、その長大な作品の末尾近く、これまた当時流行した降霊会の場面のいわば伏線のような形で挿入されている(第7章の最後から4つ目の節、高橋義孝訳では「妙音の饗宴」と訳されている箇所)が、そこで登場するレコードは、時代設定からは確実にアコースティック録音の時代と考えられるし、執筆時期からも電気録音より前であることは確実であろう(『魔の山』の出版は1925年。舞台設定は第1次世界大戦前のサナトリウムである)。そこで紹介されるレパートリーは声楽曲がほとんどで、管弦楽曲は「牧神の午後への前奏曲」くらいというのも、アコースティック録音における曲目選択の傾向に合致している。その周波数特性の音域の制約から、辛うじてそれらしく聴こえるのがまず人間の声だということで、アコースティック録音の時代のレパートリーの中心は声楽曲であったようで、管弦楽の演奏の録音に関しては、『魔の山』にも登場する「牧神の午後への前奏曲」のような小編成のものから徐々に試みられるようになるものの、大規模な作品になると、丁度『魔の山』の出版時期と重なるアコースティック録音時代も末期に近づいてから、ようやく録音が試みられるようになるのである。そして試みられるようになったとは言え、技術上の制約から、ダイナミクスの幅が取れず、バランスも人工的で、弦楽器のプルト数は限られるなど、通常のコンサートホールでの演奏とは全く異なる条件での演奏を余儀なくされたことは、収録の様子を記録した文章からも、残された録音からも窺い知ることができる。

    ことマーラーの作品に関して言えば、頻繁に用いられる各種の打楽器は、アコースティック録音が、その記録装置の機構上、特に苦手とするものだったようだ。とりわけてもアタックが強く、波形の振幅が大きい打楽器は録音装置の材質といった物理的条件からも敬遠されたようだが、フリートの第2交響曲の場合では、タムタムやシンバルはしばしば省略されるか、トライアングルやルーテ同様、本来とはやや異なった音色で代替されているように聴こえる一方で、ティンパニはダイナミクスの制限を措けば比較的はっきりと収録されており、低弦の音もしっかりと聴き取ることができて、『魔の山』でいけば、その舞台となった時期ではなく、出版の時期に重なる、アコースティック録音の中では最も技術的に進歩した最後期の録音であることを告げている。

    フリートの第2交響曲の収録自体の具体的な詳細は、戦災によって記録資料が喪われたことにより不明のようだが、一般的に知られるアコースティック録音技術に関する情報に基いて想像する限り、拾った音が雲母板を振動させ、雲母板に固定されたブリッジを経由してカッティング針に伝わった振動を増幅した上でディスクに音溝を刻むという仕組みを持ったカッティングマシーンに繋がっているホーンが壁に穴を穿っている演奏室に閉じこもり、普通のコンサートホールでの演奏とは異なったバランスやダイナミクスでの演奏を強いられるといった、特殊な環境下であることを前提にして耳を傾けてみれば、寧ろ聴き取れる演奏の質の高さに瞠目させられさえするというのが私の率直な印象である。

    一部は時代様式もあって時折大きく揺れ動くテンポや、微細なアゴーキクに機敏に対応するアンサンブル、丁寧でありながらしなやかさを備えたフレージングや細部の表現の彫琢は、音質の制限を超えてはっきりと聴き取ることができ(もっと言えば、音質やダイナミクスの制限を、そうしたディティールが相当程度補って、本来あるべき筈の限界を超えた表現の幅を感じさせさえするようにさえ私には聴こえるのだが)、この録音にかける奏者達の意気込みと、その背後に存在したであろうフリートのこの作品に対する深い思い入れを感じ取ることができると私には思われる。

    例えばポルタメントの多用はそれ自体は時代の様式のせいかも知れないが、それが表現として成立しているかどうかはまた別の問題だし、テンポの変動についても同様のことが言えて、そのいずれについても今日時折見られる、ことさら復古的なスタイルの模倣を企図した演奏とは異なって、ここではそれらは表面的な効果に留まることなく、慣れてしまえば自然にさえ感じられるし、時折見られる、現在の通常の演奏(それは概ね、楽譜に書かれていることに忠実に、逆に楽譜に書かれていないことは原則としてやらないという、それはそれで一つの演奏様式に属するといって良いだろうが)からすれば特異に感じられるアゴーギクにさえ、そこに恣意を見出すところか、逆にマーラーが「あなたのリハーサルのとき私がいったすべてのことをどうぞお忘れなく!」と語りかけた言葉に、フリートが20年近い年月の経過の後、尚も忠実であり続けた証しを読み取ることだって可能ではないかと思えるのである。

    総じて私の耳には、このフリートの第2交響曲の演奏の録音記録は、1905年の公演がマーラー自身をも満足される出来となったことを彷彿とさせる演奏、否、もっと端的に言って、時として音質の制約を超えて、感動し、圧倒されさえする、極めて優れた演奏に聴こえるのである。フリート自身がこの録音をどう評価していたかは詳らかにしないが、恐らく私の想像では、「その時に利用可能なありとあらゆる手段を総動員して、一つの世界を作り上げる」(ちなみにこれはマーラーが自らの交響曲の創作に関して述べた言葉だが)試みの成果として、それなりに納得し、満足し、既に逝って久しいマーラーからの様々な助言や助力に対する遅ればせながらの応答を果たし得た、マーラーが自分に伝えたことを、すべてではないにせよ、その場で可能な限り記録として留めることができたと感じていたのではないかという気さえするのである。

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    だがその一方で、新型コロナウィルス感染症の影響が長期化し、コンサートホールでの演奏については、無観客での演奏のオンデマンド配信の試みはあるものの、その本来の規模からすれば小編成の作品を、これまた何分の一かに絞られた聴き手の前で演奏するのがせいぜいであり、コンサートホールの性能を目一杯活用する必要のあるマーラーのような作品の実演の再開の見通しは立っていない現下の状況において、私がこの古びた演奏記録を久し振りに聴いてみて感じたことの中には、フリート自身の思いであるとか、記録された演奏のユニークな価値といった、本来論じられるべき観点とは些か異なった側面もまた含まれることを否定できない。最後にそのことを記して、この文章を終えることにしたいと思う。

    (なお、ホールの音響を設計するような精緻な耳からすれば、舞台の上の演奏者の人数もさることながら、コンサートホールの客席が埋っていない状態での音響は、目標として想定されたそれではないということになるだろう。また、実際にこれは様々に試行されて、その結果の証言も目にすることができるようだが、奏者間の距離が普段と異なるということがアンサンブルの細部に意図せずして影響することは避け難い。更にまた、コンサートの公演というのは一度きりの実演だけの問題ではなく、上で参照したマーラーの書簡にもあったようなプローベのスケジュール他、コンサートを成り立たせるために必要な、準備作業・後作業の全てが影響を受けることになることに聴き手は思いを致すべきだと考える。4月にマーラー祝祭オーケストラの公演の延期の折に記した通り、この状況が続く限り、事実上マーラーの作品の実演は不可能となり、マーラーの演奏の伝統は断絶することになりかねないのだという点について、現時点で再度、認識を新たにすべきように感じる。)

    そこでまず、もう一度フリートの演奏の録音の位置づけを確認すると、レコード自体は既に発明されていたにも関わらず、本格的な商用の録音が行われる時代を迎えることなく1911年に没したマーラー自身の演奏の痕跡は、彼が当代きっての大指揮者であったにも関わらず、自他の作品を問わず、かろじてウェルテ・ミニヨンのピアノロールに記録された自作作品のピアノ演奏のみである。そしてそれ以降の電気録音による1世紀にわたる膨大な演奏の録音とフリートの演奏の録音が異なるのは、既に述べたように、技術的にこれが電気信号を媒介としていないという点である。実際に聴いてみても、後の電気録音と比較したとき、(三輪眞弘さんの言葉をお借りすれば)同じ「録楽」とはちょっと呼び難いような独特のクセがあって、それ故に、通常の音楽の音響的な側面に関するドキュメントというよりも寧ろ「音楽の化石」とでも呼びたいような気がしてくるのを抑え難い。

    同じく電気信号を媒介としないピアノロールとはポジとネガのような関係にあるとでも言うべきだろうか。ピアノロールと違って、再生のために改めて楽器を媒介させる必要はないが、結果として音質が今そこにある楽器によってリアルに補綴されることなく、寧ろ、あたかも別の聴覚器官を備えた生物が聴き取ったであろう音をヴァーチャルに再構したものを聴いているような感覚に捉われる。

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    既に述べたようにアコースティック録音は、後のスタジオ録音と大きく異なり、通常のコンサートとは全く異なった、極めて人工的な環境でしか収録ができなかった。シュトロー・ヴァイオリンのようにそれ専用の楽器も用いられたし、繰り返しを厭わずに言えば、プルト数の調整、省略されたパート、他の楽器で代替されたパート、録音されたものを再生した結果から逆算して原音のバランスを変えるといった「逆イコライゼイション」とでも言うべき作業を行った上で、ようやくより「自然な」音質が得られるといった具合であり、その点もまた、別の聴覚器官を備えた生物向けの解釈の印象を強めているのかも知れない。シュトックハウゼンが想定した宇宙人に聴かせるマーラー作品の演奏記録の候補リストの中からは、このフリートの演奏は真っ先に除外すべきだということになるのだろが、一方でその宇宙人が、もしこの録音記録に気づいてしまったら、その時彼はどのようにこれを受けとめるのだろうかということも考えてしまう。

    その一方で、今や仮想現実とか拡張現実と呼ばれる技術が急速な進展を示している昨今、そうした技術のみならず、コンサートホールでの実演の代替としてのストリーミングにせよ、ここで取り上げた記録媒体への収録にせよ、それらはすべて電気録音の開始以降、電気信号を媒介としたものになったということに思いを致さずにはいられない。勿論、アコースティック録音の装置とて、その機構の一部には電気が用いられていたわけだが、一方で再生装置の方についても『魔の山』でハンス・カストルプが操作するように、その初期には機械仕掛けが用いられた時期もあったわけで、フリートの演奏の録音はそういう意味において電気仕掛け以前の機械仕掛けによる産物という特殊な位置を占めているということが言えそうである。

    そしてそこから更に思いを拡げると、マーラーの交響曲に関しては、電気録音の時代になってからしばらくもその長大さが制約となり、いわゆる「鑑賞」における制約が大きかったことに思い至る。フリートの録音は最初に述べたようにSPレコードで何と22枚組、オートチェンジャーのようなものがあれば別なのだろうが、4分おきくらいにレコード盤を替える必要があり、従ってマーラーの交響曲楽章のほとんどについて一楽章通して聴くことが、そもそも不可能だったのである。その意味では、CDに復刻された録音を連続再生させて聴いている私は、かつてのSPレコードの聴き手とは根本的に異なった条件で聴いていることになる。(だからこそ、録音の際にも恐らく細切れにされたテイクのことを考えれば、それらを通して聴いた時の音楽の流れの自然さと解釈の一貫性への驚きを禁じ得ないのでもあるが。)

    もう半世紀前のことになるマーラー・ルネサンスの時期において、クルト・ブラウコップフが社会学者としての視点でLPレコードの寄与の大きさを指摘したことは、私のような世代の聴き手にとっては常識に属する事柄であったのだが、その一方で、レコードによる作品の聴取が当たり前になったことで重要度が低下していったものとして、ピアノ連弾や2台ピアノ、あるいは独奏への編曲や、室内楽編成への編曲を通じてのマーラー作品へのアクセスがあるであろう。恐らくマーラーが生きていた時代には、時折ヨーロッパのどこかの街で上演される、マーラー信奉者の指揮者(その中にはフリートも含まれていたのだ)がマーラーの作品を取り上げるコンサートに、(今まさにコロナ禍の最中、それを介した感染拡大が問題視され、自粛を要請されているのと何ら違いはないのだが)当時急速な発達を見せていた鉄道網を駆使しておっつけ馳せ参ずるのでなければ、スコアを研究する以外には、そうした編曲を通じて作品に接する他手段がなかった。シェーンベルクのサークルで同時代の作品の分析や研究のために実演に接しようとしても、コストの制約からフル編成のコンサートを催すことができなかったことから、かの有名な「私的演奏協会」での演奏に用いるべく、マーラー作品のピアノ編曲、室内楽編曲が行われ、演奏されていったことは良く知られているであろう。

    興味深いのは、マーラーがオーケストラの主要レパートリーとしてすっかり定着し、年間に何種類もの新しいマーラー作品の演奏の録音がリリースされるようになった近年になって、そうした編曲への注目が再び高まっているように見えることである。良く知られたところでは、ツェムリンスキーによる第6交響曲、カゼッラによる第7交響曲のピアノ用編曲やエルヴィン・シュタインによる第4交響曲の室内楽編曲、或いはシェーンベルクが企図して未完のままとなった「大地の歌」の室内楽編曲が補筆されて演奏されるようになったかと思えば、新しい編曲が行われ、それが録音されてリリースされるといったことも一般的になってきた。日本国内では少し前になるが、大井浩明さんがマーラーの交響曲のピアノ編曲版の演奏のツィクルスを開催されており、注目を集めたことは記憶に新しい。

    ちなみに第2交響曲についてはワルターの2台ピアノ編曲が有名で、演奏の録音も存在している。その一方、最初に引用したクレンペラーも第2交響曲のピアノ編曲を行ったことを回想の別のところで本人が記しているが、管見ではクレンペラーの編曲というのは目にしたことがなく、当然、その演奏に接したこともない。(今後、発掘されて、演奏されたりすることがあるのだろうか?)他方、小管弦楽編成への編曲としては、写真資料の集成であるMahler Albumや、上でも触れたマーラーの残したピアノロールを再生した記録のCD、或いは第2交響曲の自筆譜ファクシミリの出版等を行ってきたことで知られるキャプラン財団のオーナーで、かつての1980~90年代のマーラーブームの折にはロンドン交響楽団を指揮したアルバムをリリースし、その後2002年にはウィーンフィルを指揮した第2交響曲の演奏がドイツ・グラモフォンレーベルからCDとしてリリースされるなどしてマーラーの世界では恐らく知らない人はいないであろう、かのギルバート・キャプランがロブ・マテスと共同で編曲したものがあり、それまた同様に自ら指揮したアルバムが2014年にリリースされている。最後のキャプランの編曲は小管弦楽とはいいながら、所謂2管編成への編曲であり、やはり4管編成で書かれたヴェーベルンの大管弦楽のための6つの小品op.6に対して後年、こちらは作曲者自らの手によって2管編成版が作成されたのに近いだろう。(オリジナルのマーラーの編成が4/4/5/4-10(バンダ含む)/10(同左)/4/1-2(Harp)/2(Pauke)/3(Perkussion)/1(Orgel)に対して、キャプランの編曲の編成は2/2/2/2-3/3/2/1-1/1/2/1。)

    だが現下の状況でマーラーの作品のオリジナルの編成での上演が事実上不可能なのであれば、せめて編曲版でもというのはマーラー・ファンとして思わずにはいられない。ピアノ編曲、室内楽編曲はまた別だろうが、管弦楽でということであれば、キャプランの編曲であれば、弦楽器のプルト数も合唱団も大幅に編成を絞ることができ、最近はすっかり普通になったピリオドスタイルの古典派交響曲の演奏と同程度の規模での演奏が可能であろう。既にベートーヴェンの第9交響曲では緊急事態宣言後にそうしたスタイルで国内での演奏が試みられているわけだから、編曲の上演権などの権利関係は詳らかにしないけれども、少なくとも物理的には演奏可能な規模に何とか収められそうである。

    実際にキャプランさんが、コロナ禍のような状況を予測して編曲を行ったというわけではないだろうが、マーラー作品の受容の在り方を振り返ってみたとき、そうした方向でのアプローチがあっても良さそうな気がするのである。知る限り、交響曲の小管弦楽・室内楽向けの編曲は既に第1,2,4,5,6,7,9,10番と「大地の歌」の存在を確認しており、権利上の問題等がクリアできれば、室内楽編成でのツィクルスという企画さえ可能だろう。リュッケルト歌曲集を筆頭に、「子供の死の歌」など、管弦楽伴奏歌曲の管弦楽編成はもともと小さいから、それらを組み合わせるプログラム・ビルディングも可能ではなかろうか。

    もっとも、この文章を記している直近について言えば、再び感染者の顕著な増加が見られ、その傾向から判断するに、一旦再開しかけた公演も再び中止になる可能性が高まっており、今後については予断を許さない状況に再び陥りつつあるが、いずれ再度、再開の可能性を探る時の選択肢として考慮されてもいいように思われる。幸いにして我々は、過去の記憶ということについては、既に十分すぎる程のものを持つに至っていて、その中には、その時々の状況に対してどのように対峙したかについての記録もまた膨大に含まれている。ことマーラーの場合には、全く異なる理由での不幸な中断の記憶さえ含まれており、我々がそこから学ぶべきことは、数限りなくあるように感じられる。

    (ちなみにこちらはコロナ禍と直接関係なく、近年の動向から将来への方向性として注目されるのは、最近は下火になってしまっているが一時期流行したDTMの流れでのMIDIファイルの作成と、こちらは最近ますます盛んになっているかに見えるヴァーチャル歌手によるマーラーの歌曲作品の歌唱であろう。こちらは人間の手による実演という「音楽」が備えているべき必須の要件からの逸脱となるが、それでもなお、特に今回のコロナ禍における状況を踏まえれば、ありうべき「上演」の形態の可能性の一つとして捉えなおすべきなのではないだろうか。)

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    さて随分とフリートの録音から遠ざかって回り道をしたように見えるが、ここまで来て突然、フリートがアコースティック録音にまつわる様々な技術的制約の中で、「その時に利用可能なありとあらゆる手段を総動員して、一つの世界を作り上げる」ことを試みた記録として、新型コロナウィルス感染症が蔓延する現在の状況において可能性を探る作業のすぐ隣に、だが自分が生まれるより遥か以前から永らく存在していることに気づくのである。

    繰り返しになるが、技術的な詳細は措いて、基本的には舞台の上での上演をマイクで拾い、それを後で調整すれば良いという、近年の完成された録音技術と同じ前提に立ってフリートの試みを評価するのは不当なことでさえあろう。寧ろそれはキャプランが試みた、編成の縮小以上の大胆で困難な編曲の試み、アコースティック録音用の機械という奇妙な別種の「生物」に向けてマーラーの作品を演奏するための、前代未聞の編曲だったというように捉えるのが妥当に感じられる。

    これは伝聞だが、緊急事態宣言の最中においては、ネットワーク上でビデオチャットのようなツールにより接続した奏者達が、その場で「合奏」を試みるといったことも試みられたらしい。だがそれは概ね「合奏」というものが持つ本質にそぐわないものとならざるを得なかったと聞く。恐らくそこで本来的に求められていたのは、常には当然のように成り立っている「合奏」のための基本的な条件を充足させることの妨げとなる、ネットワークでの接続に伴う様々な技術的な問題を一つ一つクリアしていくような緻密で綿密な作業を通して、在るべき「合奏」の姿から「逆算」した上で演奏を作り上げていくといった作業である筈で、だから即興的にその場に集まったからといってどうなるものでもなかったのではなかろうか。つまりそこで求められていたのは、アコースティック録音という条件の下で、「リハーサルのとき私がいったすべてのことをどうぞお忘れなく!」というマーラーの言葉に応答しようとしたフリートの試みに寧ろ近しいものなのではなかろうか。

    そしてそれは専ら演奏する側の問題であるというわけではない。聴き手は単に提供される音響を消費し、複数の演奏記録を演奏時間の長さやら、ある細部の再現の正確さを比較して点数付けをしたりするような立場にいるのではない筈である。目下のような状況で、どのような演奏が可能で、どのような聴取が可能なのかは、聴き手である私にも課された問題である。それを思えば、例えばフリートの試みに接した時、それに対して開かれた耳を持ち、マーラーの「リハーサルのとき私がいったすべてのことをどうぞお忘れなく!」という言葉へのフリートの応答をそこに聴き取り、それを通してマーラーが我々に語ることを聴き取り、我々もまた応答することこそ、今、ここで求められていることに本質的に関りのあることなのではないかということに思い至った次第なのである。
    (2020.7.17 初稿公開, 8加筆, 8.27室内管弦楽編曲について加筆)