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2026年9月5日土曜日

ピッチクラスセットの離散フーリエ変換に基づく調的組織の軌道力学分析 ——方法論編(レポートII)

 0. はじめに——方法論の再定位

0.1 レポートIとの関係

レポートI(五度圏ピッチクラスセット重心の方向性指標拡張)では、既存9指標体系を拡張する形で16の新指標を開発する過程で、幾何学的原点(0, 0)が単なる「調的に曖昧な状態」ではなく、数学的な特異点であるという発見に至った。増三和音・減七和音・全音音階・増六和音など、回転対称性を持つピッチクラスセットは、単位円上の座標の算術平均を取ると必然的に原点近傍へ「折りたたまれる」。この事実への対応として、レポートIではOrigin_PCSet_Ratio等の指標により、原点着地イベントをカーディナリティ別・ピッチクラスセット別に分解する枠組みを導入した。

本稿は、この発見を出発点として、方法論そのものの理論的な位置づけを再定位する。すなわち、五度圏重心分析が実質的に何を計算していたのかを検討した結果、五度圏配置そのものが、ピッチクラスセットに対する離散フーリエ変換(Discrete Fourier Transform; DFT)の特定の係数、すなわち第5係数 f5 に対応することが明確になった。したがって、レポートIの原点特異点という発見は、独立した経験的発見であるだけでなく、f5の絶対値 |f5| の消失(0に近づくこと)という、より一般的な数学的現象の音楽的な現れであったと理解できる。

この認識は、方法論の位置づけを変更する。五度圏重心分析は独立した特殊な方法ではなく、ピッチクラスセットのDFTによって与えられるFourier空間上の軌道力学分析の一つの、しかも西欧音楽の分析において特に重要な特殊ケースとして理解できる。

本稿では、この検討を通じて明らかになった方法論の基本構造、その理論的基盤、分析手順、およびレポートIで確立した指標体系との関係を整理する。

0.2 本稿の構成

第1章では、ピッチクラスセットとDFTの理論的基盤を述べる。第2章では、五度圏重心分析をf5空間における軌道分析として再解釈する。第3章では、本方法論の独自性が静的なピッチクラスセット分類ではなく時間軸上の軌道分析にある点を確認する。第4章では、異なるFourier空間に共通して適用できる幾何学と指標群を整理し、レポートIの指標体系との対応を明示する。第5章では分析の基本的手順を、第6章では別のFourier空間への移行の考え方を述べる。第7章では、この一般化の着想を与えた動機的事例を、詳細な検証を伴わない範囲で紹介する。第8章では方法論全体を四層構造として整理し、第9章で標準的な分析プロトコルを提示する。第10章では今後の適用対象を、第11・12章で本方法論の特徴と結論を述べる。

なお、本稿はあくまで方法論の記述にとどまり、個々の作曲家・作品への適用によって得られる音楽的知見の報告は別稿に譲る。

1. 理論的基盤——ピッチクラスセットと離散フーリエ変換

1.1 ピッチクラスセットのFourier表現

12音のピッチクラスから構成される集合 X に対して、離散フーリエ変換の各係数は、

Fk(X) = Σx∈X e−2πikx/12

として定義される。各 Fk は複素数であり、Fk = ℜ(Fk) + i ℑ(Fk) と表せる。したがって各Fourier係数は、(ℜFk, ℑFk) という二次元平面上の一点として扱うことができる。

重要なのは、係数kによって異なる周期性・音程構造が強調されることである。概念的には、

  • f5:五度圏的組織

  • f4:短3度周期性、減七和音的構造

  • f6:全音音階的・三全音的対称性

など、異なるFourier係数空間が異なる種類のピッチクラス組織を可視化する。すなわち、音楽を一つの固定された調性空間に配置するのではなく、異なる周期的組織に対応する複数の観察空間を持つことが可能になる。

2. 五度圏重心分析の再解釈

2.1 f5は西欧音楽の調的組織を見る第一の空間である

レポートIで用いてきた五度圏重心分析は、ピッチクラスセットに対する標準的なDFTの第5係数f5と数学的に直接対応する。五度圏上のピッチクラスxの位置を、生成元7を用いて

ei2π7x/12

と表すと、ピッチクラスセットXの五度圏重心は

G5(X) = (1/N) Σx∈X ei2π7x/12 = (1/N) F5(X)

となる。ここで7 ≡ −5 (mod 12) であることから、ei2π7x/12 = e−i2π5x/12 が整数xについて厳密に成り立ち(本稿1.1節で定義したFkの符号規約——負の指数——のもとでは)、五度圏重心は共役操作を経ることなくF5(X)そのものと一致する。したがって、五度圏重心の複素座標はF5係数を1/N倍したものと厳密に一致し、その半径・方位角は

|G5(X)| = |F5(X)| / N,    arg(G5(X)) = arg(F5(X))

で与えられる。ここで重要なのは、「f5に対応する」ということが単に半径|f5|だけを意味するのではないことである。五度圏重心のx・y座標そのものがf5の複素係数と対応しており、半径はその絶対値、方位角はその位相に対応する。したがって、これまで行ってきた五度圏上の位置・方向・距離の分析は、f5という複素Fourier係数の時間的変化を二次元軌道として記述していたことになる。

これは西欧音楽の伝統において特に重要である。西欧の調性音楽では、五度関係・主音と属音・主調と近親調・転調・調的距離・緊張と解決・出発と回帰といった関係が、音楽の大域的組織に大きな役割を果たしてきた。

したがって、歴史的・音楽的な意味において、f5は単にDFTの六つの係数の一つではない。西欧音楽の伝統に連なる作品を分析する場合、それはまず最初に観察すべき、いわば第一の分析空間である。この意味で、方法論を一般化したからといって、五度圏分析の重要性が相対化されるわけではない。むしろ、五度圏重心軌道分析を第一段階として保持した上で、必要に応じて他のFourier空間へ分析を拡張するという階層的な方法論が成立する。この意味において、五度圏重心分析は、ピッチクラスセットのDFTに基づくFourier空間上の軌道力学分析の特殊ケースとして厳密に位置づけることができる。

3. 静的分類から軌道力学へ

3.1 本研究の独自性はFourier係数そのものではなく、時間軸上の軌道分析にある

ピッチクラスセットにDFTを適用する研究そのものには既に理論的な蓄積がある。しかし本方法論の中心的な特徴は、ピッチクラスセットを静的に分類することだけにあるのではない。各時点tにおいて、

Fk(t) = xk(t) + i yk(t)

を求めることで、{(xk(t), yk(t))}Tt=1 という二次元空間上の点列——ピッチクラスセットの時間的軌道——を構成する。したがって分析対象は、「この瞬間にどのようなピッチクラスセットが存在するか」だけではなく、「その作品が特定のFourier空間の中で、どのような運動を行うか」へと移行する。この点に、本方法論の独自性がある。

4. 共通の幾何学と指標群

4.1 異なるFourier空間でも同じ分析装置を使用できる

レポートIで開発してきた指標群の多くが、f5固有のものではなく、より一般的な二次元軌道の力学的・統計的性質を測定していることが、本方法論の重要な発見の一つである。各Fourier空間では(xk(t), yk(t))という共通の二次元座標が得られる。したがって、空間の音楽的意味は変わっても、その基本的幾何学は共通しており、レポートIで確立した指標群は原理的にそのまま移植できる。対応関係は以下の通りである。

指標カテゴリ

レポートIでの対応指標(全16)

一般化された定式

位置・半径

Avg_r, SD_r, Origin_PCSet_Ratio, Exact_Triadic_Ratio, Origin_Collapse_Index

平均半径、半径の標準偏差、原点滞留率、高半径領域到達率

移動

Avg_Step, Step_Rate_100

平均ステップ、総移動量、jump頻度、最大移動量

空間的分布

Spatial_Dispersion, Anisotropy_Ratio, Axis_Angle, Rbar_full, Peripheral_Circular_Concentration

異方性/等方性、方向集中度、主軸方向、軌道の広がり

時間的組織

Residence_Entropy, Attractor_Number, Dominant_Residence_Ratio, Second_Tonal_Region, Peak_Ratio_1st_2nd, Terminal_Center, Return_Probability_Dominant

滞留時間、residence entropy、attractorの数・集積度、終端状態


さらに、速度・加速度・方向転換・位相の遷移なども、同じ枠組みの中で扱うことができる。つまり、座標空間は変わるが、軌道の力学を記述する言語は共通である。これは本方法論の大きな強みである。

4.2 同じ指標でも音楽的意味は異なる

ただし、ここには重要な注意が必要である。たとえば、

= (1/T) Σt √(x2t + y2t)

というAvg_rの定義は、f5でもf4でも数式としては同一である。しかし、f5における高いrと、f4における高いrが意味する音楽的内容は異なる——前者は五度圏的な調的収束を、後者は短3度周期性・減七和音的構造への収束を意味する。したがって、本方法論は、共通の幾何学+係数空間ごとの音楽的解釈という二層構造を持つ。

これは単なる技術的な注意ではない。むしろ、同じ「収束」「拡散」「滞留」「移動」という力学的現象を、異なる音程的・周期的組織との関係で比較できるという点に、この方法の一般性がある。

5. 分析の基本的手順

5.1 第一段階:f5による基礎分析

西欧音楽の伝統に連なる作品については、まずf5を基本的な分析空間とする。ここでは、五度圏上の重心・軌道の移動・半径方向の変化・特定領域への集積・attractor・方向性/等方性・時系列的変化を分析する(レポートIで確立した指標体系)。この段階で重要なのは、単純に作品を「調性的/非調性的」と分類することではなく、五度圏的組織がどのような力学を示しているかを記述することである。

5.2 第二段階:特徴的領域の検出

f5の軌道分析によって、原点への異常な集積・特定領域への長時間の滞留・特異なattractor・他作品と異なる軌道構造・急激な相転移・説明困難な圧縮/拡散などが検出された場合、その領域をさらに分析する。ここでは「なぜその領域に集積しているのか」という問題が生じる。

5.3 第三段階:ピッチクラスセットの局所分析

特徴的な領域を構成するピッチクラスセットを直接調べる。特定の和音型・特定の対称集合・周期的構造・カーディナリティ・ピッチクラスセットの頻度・近傍集合などを確認する(レポートIの原点分解手法に対応)。ただしこの局所分析は最終目的ではなく、その局所的集合構造がより高いレベルの組織原理を示唆しているかを判断することが重要である。

6. 別Fourier空間への移行

6.1 「逸脱」を別の組織化として検証する

従来の調性分析は、特定の調的組織の内部では非常に高い解像度を持つ。しかし、その組織から大きく離れた作品については、調性の弱化・調的曖昧化・機能和声の崩壊・無調化といった、既存の秩序からの「逸脱」として記述されやすい。しかし、逸脱=単なる崩壊とは限らない。ある空間において組織性が低下して見える現象が、別のFourier空間では、収束・高い振幅・安定した滞留・特徴的な軌道・明瞭なattractorとして現れる可能性がある。したがって、ある組織原理からの逸脱→別の組織原理への移行の可能性を検証することが必要になる。このとき初めて、f4, f6, f3などの別Fourier空間へ移る。

6.2 係数空間は事前に固定しない

本方法論の重要な特徴は、最初からf1, f2, ..., f6をすべて同等に分析することではない。それは情報量を増やす一方で、分析の焦点を失わせる可能性がある。むしろ、

f5 → 特徴の検出 → ピッチクラスセットの確認 → 候補Fourier空間の選択

という探索的手順を採る。分析対象が次の分析空間を要求する、という考え方である。

7. 一般化の着想を与えた動機的事例

本方法論の一般化は、後期ペッテションの分析過程での観察を契機としている。ここでは詳細な検証結果には立ち入らず、方法論の着想源としての位置づけのみを述べる。

後期ペッテションの分析では、従来の五度圏重心軌道分析(f5)において、原点への強い集積が観察された。この中心は単一の和音や単一のピッチクラスセットを意味せず、そこで原点内部を直接ピッチクラスセットとして分析すると、減七和音およびそれに関連する集合が重要な位置を占めることが示唆された。ここから、f4という別のFourier空間から同じ現象を再観察するという着想が生まれ、f5の原点において圧縮されていた構造が、単純な「減七和音の頻度」という問題ではなく、短3度周期性を基礎とするより広い組織原理として捉え直せる可能性が浮かび上がった。

この観察が示唆するのは、「調性の崩壊→無秩序」という一方向的なモデルではなく、「従来の五度圏的組織の崩壊→移行・カタストロフィー→別の周期的組織への再編」というモデルの可能性である。この着想が、本方法論を単一のFourier空間の分析から多層的な分析へと一般化する直接の動機となった。この事例についての定量的な検証(該当交響曲・和音の同定を含む)は、実質的知見を扱う別稿に譲る。

(2026.9.5 公開)

8. 方法論の一般的構造

以上を踏まえると、本方法論は次の四層として整理できる。

第1層:Fourier投影——ピッチクラスセット → Fk。異なる周期的組織に対応するFourier空間を設定する。

第2層:時間軸上の軌道化——各時点のピッチクラスセットを点として扱い、作品全体を時間的軌道として構成する。Fk(t) → (xk(t), yk(t))。

第3層:共通の軌道力学分析——Trajectoryの収束/拡散、滞留/移動、安定/不安定、方向性/等方性、attractor、entropy、速度・加速度を、係数空間を変えても基本的に同じ指標群(レポートIで確立した体系)を用いて分析する。

第4層:音楽的解釈——各Fourier空間における幾何学的・力学的現象を、対応する音程的・和声的組織との関係で解釈する。f5, f4, f6, ...それぞれが異なる音楽的意味を持つ。

8.1 Fourier mode profile——複数空間の相対的重要性を測る

複数のFourier空間を導入する場合、個々の係数空間を直ちに軌道分析するだけでなく、作品全体として各Fourier modeがどの程度の強度を持つかを比較することができる。

各作品について、時系列上の各時点におけるFourier係数の平均振幅

Ak = (1/T) Σt=1T |Fk(t)|

を求め、これを全modeの振幅和で正規化することで、

Pk = Ak / ΣjAj

を定義する。この相対Fourier spectrumによって、作品がどの周期的組織に相対的に強く依存しているかを記述できる。

このとき、最大のmodeとその占有率を Dominant_Mode・Dominant_Mode_Share として記述し、さらにmode間の分散・集中の程度を Fourier_Spectrum_Entropy・Fourier_Concentration によって要約する。

この分析は、個々のFourier空間における軌道力学分析とは区別される。Fourier mode profileが問うのは「どのFourier空間が作品全体として強く現れるか」であり、mode-specific trajectory analysisが問うのは「そのFourier空間の内部で重心がどのように運動するか」である。したがって、現在の方法論では、次の二段階の分析が可能になる。

Fourier mode profile → 特徴的modeの検出 → mode-specific trajectory analysis

前者はf1〜f6の相対強度プロファイル(Dominant_Mode, Dominant_Mode_Share, Fourier_Spectrum_Entropy, Fourier_Concentrationの4指標)としてすでに実装され、パイロットコーパスに適用可能な段階にある。後者は、f5で確立した軌道力学指標群(レポートIの体系)を他のmodeへ適用する、今後の拡張として位置づけられる。

この区別により、「どのFourier空間が支配的か」という空間選択の問題と、「選択された空間でどのような運動が生じるか」という軌道力学の問題を明確に分離することができる。なお、このFourier mode profileのパイロット的な適用結果(作品ごとのDominant_Modeの分布等)は、実質的知見を扱う別稿で報告する。

9. 標準的な分析プロトコル

西欧音楽の伝統に連なる作品については、現時点では次の手順が最も合理的であると考えられる。

  • Step 1:f5軌道分析——伝統的な五度圏的組織との関係を把握する。

  • Step 2:特異点・集積領域の検出——原点、attractor、異常な滞留、急激な相転移などを特定する。

  • Step 3:局所ピッチクラスセット分析——その領域を構成するピッチクラスセットを確認する。

  • Step 4:別Fourier空間の候補を選択——ピッチクラスセットの特徴からf4, f6, f3, ...の候補を立てる。

  • Step 5:候補空間で軌道分析——既存の指標群をそのまま適用し、別の組織原理が存在するかを検証する。

  • Step 6:複数空間の比較——ある空間での崩壊↔別の空間での組織化という補完関係を検討する。

10. 今後の応用可能性

この枠組みは、ペッテション以外の作品にも段階的に適用できる構想を持つ。

マーラー:特に第7交響曲などについて、まずf5の分析を基礎とし、アドルノの「超長調」概念に対応するピッチクラスセットを調べ、それが長調的語彙への単純な付加・色彩化ではなく、長調的語彙の内部に生じる別の周期的組織であるかを検証する。

ブルックナー:第7・8交響曲と第9交響曲の比較により、「超長調」が伝統的長調の延長なのか、それとも別の組織化なのかを分析可能な仮説に変える。まずf5で何が変化するかを確認し、その特徴的ピッチクラスセットに応じてf3, f4, f6などを探索する。

シベリウス:第6・7交響曲と《タピオラ》の比較では、全音音階性・対称性が既に重要な特徴として示唆されており、f5とf6を比較的早い段階で併用することが合理的である。

ショスタコーヴィチ:まず既存のf5分析によって伝統的調性との関係・時代的変化・特異な作品を抽出し、その後にピッチクラスセットの構造から別Fourier空間の必要性を判断する。

三輪作品など、西欧伝統から距離を持つ作品:この方法論の探索的性格が最も重要になる作品群である。西欧の伝統的調性との関係が弱い場合、最初からf5を唯一の基準とすることはできないが、それでもf5は西欧的な調的組織との比較基準として有用である。複数のFourier空間を検討しても明瞭な組織化が現れない場合、それもまた重要な結果であり、「DFTによって与えられる周期的組織のいずれにも強く還元できない音楽的組織」という可能性を検討することができる。

11. 本方法論の特徴と強み

  • 歴史的に重要なf5を中心に据えながら、単一の調性概念に閉じない——五度圏から外れる=無秩序、とは判断せず、必要に応じて別のFourier空間を探索する。

  • 静的ピッチクラスセット分析を時間的・力学的分析へ拡張する——ピッチクラスセットの種類や頻度だけでなく、それらが時間の中でどのような軌道を形成するかを分析する。

  • 異なるFourier空間で共通の分析装置を使用できる——座標系が変わっても、収束・拡散・滞留・移動・安定性・異方性・attractorなどを共通の力学的言語で比較できる。

  • 「崩壊」の内部に別の組織を探すことができる——ある分析体系から逸脱する音楽を、「何が失われたか」だけではなく「何が新たに組織されているか」という問いとして扱うことができる。

  • 分析空間そのものを探索対象にできる——どのFourier空間で作品の組織が最も明瞭になるか自体を研究対象にできる。

12. 結論——「調性からの距離」を測る方法から、「組織原理の探索」へ

今回の検討を通じて、五度圏重心軌道分析はより一般的な方法論の内部に位置づけ直すことができるようになった。その関係は、

五度圏重心軌道分析 ⊂ ピッチクラスセットFourier空間上の軌道力学分析

と表すことができる。ただし、この一般化は五度圏分析を相対化したり放棄したりするものではない。むしろ、f5を第一の歴史的・分析的基準として維持しながら、必要に応じて別のFourier空間へ視点を移すという階層的・探索的な方法論を可能にする。

この方法論の最も重要な意義は、分析を単なる「既知の秩序からの距離の測定」に終わらせないことにある。従来の調的分析では、既存の調性組織から離れた音楽はしばしば、調性の弱化→崩壊→無調化という否定的系列の中で理解される。しかし実際には、その「逸脱」には方向があり、そこに別の組織化が存在する可能性がある。

本方法論を最も簡潔に表現するならば、次のようになる。本研究は、ピッチクラスセットを離散フーリエ変換によって複数の周期的組織空間へ投影し、それぞれの空間における時間的軌道を共通の力学的・統計的指標によって分析する。まず五度圏的組織を表すf5を基準として作品の調的力学を記述し、その分析から生じる特異点や説明困難な集積を手掛かりとして、必要に応じて別のFourier空間を探索する。これにより、既存の調的組織からの逸脱を単なる崩壊としてではなく、異なる周期的組織への移行または新たな組織化の可能性として捉えることを目指す。

今後は、マーラー、ショスタコーヴィチ、シベリウス、ブルックナー、さらに異なる原理で構成された三輪作品などにこの探索的枠組みを適用し、作品ごとに何から逸脱したかだけでなく、その逸脱がどのような新しい組織原理へ向かうのかを比較可能な形で記述することが今後の課題となる。


五度圏ピッチクラスセット重心の方向性指標拡張 ——方法論編(レポートI)

 0. 序論

0.1 本稿の位置づけ

本稿は、五度圏上のピッチクラスセット重心軌道分析における既存9指標体系(Avg_r, Avg_Step, SD_r, Step_Rate_100, PC_Density, Tonal_Focus, Spatial_Dispersion, Harmonic_Coverage, Texture_Volatility)を前提とし、そこに含まれない方向性・滞留性の情報を捕捉するために新たに開発された16指標の方法論を記述する。

既存9指標の定義・算出手順(五度圏重心の考え方、拍頭サンプリングの設計、PC≥3フィルタの理論的根拠、MIDIデータの信頼性検証、FEP三層構造との対応、9指標の冗長性検証)については、「マーラー全交響曲楽章の五度圏重心軌道の分析」序論・研究手法章にすでに詳述されているため、本稿ではこれを前提として参照し、重複する記述は最小限にとどめる。本稿が対象とするのは、その9指標体系を拡張する形で新たに導入された指標群の開発の経緯・数学的背景・検証手続きである。

0.2 出発点の問い

新指標開発の直接の契機は、マーラー交響曲群の調的重心軌道分析において生じた、次のような具体的な観察であった。すなわち、重心が原点から離れる際に、特定の方向への偏り(例:ドミナント方向への一方向的な集中)があるか、それとも複数方向へ均等に広がっているか、という区別は、それ自体が一つの類型論として成り立つはずである。既存の9指標のうちSpatial_Dispersionはこれに近い概念を扱うが、これは分散共分散行列のトレース(λ1+λ2)に相当する回転不変な「量」の指標であり、構造的に方向情報を持たない。

したがって、この観察は「重心からの距離という軸」と、「特に距離が大きい領域における分布の形(等方的か、特定方向に偏っているか)」を、単一の統計量ではなく分離して捉える指標をどう定式化するか、という課題として定式化された。

以下で見るように、この問いへの応答は単線的な指標追加では終わらず、3段階の探索を経て、当初は予期していなかった「幾何学的原点の数学的特殊性」という副産物的発見へと至った。本稿は、この探索の経緯そのものを含めて記述する。

0.3 コーパス概要

分析対象は8作曲家・55楽章(単一楽章形式の作品を含む)である。

作曲家

楽章数

信頼性

マーラー

11(交響曲第1〜10番+《大地の歌》)

最高信頼性(加藤龍太郎氏コレクション)

ペッテション

11(交響曲第6〜16番)

信頼できる単一ソース

ブルックナー

8

ソースによって信頼性に差あり

シベリウス

9

部分的クロスバリデーション済み

ハイドン

8

比較参照群

ブラームス

4

比較参照群

モーツァルト

4

比較参照群

ショスタコーヴィチ

2

比較参照群(n=2、解釈に注意)


各作品の重心データは、既存9指標体系と共通の基盤データ(MIDIデータから抽出した各小節拍頭のピッチクラスセットを、PC≥3フィルタを適用のうえ単位円上の座標として表現し算術平均を取ったもの)から導出されており、新指標体系はこの共通の一次データに対する異なる要約統計量として位置づけられる。この共通基盤ゆえに、新旧指標体系の整合性は第3章で個別に検証される。

0.4 本稿の構成

第1章では前提となる9指標体系を要約する。第2章では、新指標体系が3段階の探索を経て開発された経緯を、各段階の動機・提案指標・数学的背景とともに記述する。第3章では、新指標体系の妥当性・新規性・限界を検証するための方法論を述べる。付録に指標定義一覧および使用上の制約をまとめる。なお、これらの指標を実際のコーパスに適用して得られた作曲家別・作品別の音楽的知見については、別稿(実質的知見編)に譲る。

1. 前提:9指標体系の要約

既存の9指標は、自由エネルギー原理(FEP)三層構造との対応において以下のように整理される。

指標

意味

第1層:生成モデル安定性

Avg_r, SD_r, Tonal_Focus

小節重心が原点からどれだけ離れ、どれだけ安定しているか

第2層:状態空間の行動パターン

Spatial_Dispersion, Avg_Step, Step_Rate_100

重心がどう動き回るか

第3層:感覚入力の複雑性

PC_Density, Texture_Volatility, Harmonic_Coverage

各小節の和声的複雑さ


Winding_Rate_100(回転方向を考慮した累積移動量)は、サンプリング単位の変更(拍頭→全拍)に対する脆弱性(相関の符号反転を含む)が確認されたため、既に体系から除外されている。9指標体系自体の冗長性については、PCAレベルでの相関構造とクラスタリング安定性への寄与が乖離する事例(SD_r)が確認されており、この知見が第3章で新指標の検証方法を設計する際の重要な先例となる。詳細な検証過程はマーラー報告書研究手法章を参照されたい。

新指標体系が対象とする55楽章フルコーパスについても、9指標のみによる標準化PCAを再計算し、既存パイプラインとの整合性を確認している(第3.1節)。

2. 新指標体系の開発経緯

新指標の開発は時系列に沿って3段階を経ている。各段階は前段階の結果に対する具体的な違和感から生まれており、単純な指標の積み増しではなく、仮説駆動的な反復のプロセスであった。

2.1 第1段階:異方性・方向集中(4指標)

動機:0.2節の問い。Spatial_Dispersionは回転不変量であり、構造的に方向情報を持たない。

提案指標

  • Anisotropy_Ratio(固有値分解による「形」:λ2/λ1)——Spatial_Dispersionを「量」と「形」に分解する。分布の主軸方向における広がりと、それに直交する方向における広がりの比を取ることで、等方的な拡散(円形の分布)と異方的な拡散(楕円形・一方向への偏った分布)を区別する。

  • Axis_Angle——分布の主軸(第一固有ベクトル)の方位角。Anisotropy_Ratioが「どれだけ偏っているか」を表すのに対し、Axis_Angleは「どの方向に偏っているか」を表す。

  • Rbar_full(方向集中度)——各点を単位ベクトル化したうえでの円周統計上の合成ベクトル長(原点に位置する点は除外して計算する)。円形データに対する標準的な集中度指標であり、値が1に近いほど特定方向への強い集中を、0に近いほど全方位への均等な分散を意味する。

  • Peripheral_Circular_Concentration——上記Rbar_fullを、重心から一定距離以上離れた周辺部の点のみに限定して計算したもの。中心付近の点を除外することで、「調的に離れた領域を訪れる際に、その離れ方に方向的な一貫性があるか」をより純粋に捉える。

これらの指標により、後の検証段階(第3章参照)で、従来のAvg_r・Anisotropy単独では分離しきれなかった複数の「調性希薄化」の様式を区別できることが示唆されている。

2.2 第2段階:アトラクター的発想(9指標)

動機:方向の集中度という連続的な量だけでなく、重心が「どこに滞留するか」という、より離散的・カテゴリカルな問いへの展開。五度圏を離散的な調的領域(12音それぞれを中心とする領域)に区分し、各領域への滞留時間の分布として軌道を再記述する。

提案指標

  • Dominant_Tonal_Region——最頻出滞留域。

  • Dominant_Residence_Ratio——最頻出滞留域の占有率。

  • Second_Tonal_Region——第2の滞留域。

  • Second_Residence_Ratio——第2の滞留域の占有率。

  • Peak_Ratio_1st_2nd——第1・第2滞留域の強度比。値が1に近いほど二極間の拮抗(例:I–V往復のようなウルザッツ的構造)を、大きいほど一極への圧倒的集中を意味する。

  • Residence_Entropy——滞留域分布全体のシャノンエントロピー。特定の少数領域への集中度を、二極間の比較にとどまらず分布全体として定量化する。

  • Attractor_Number——有意な滞留域(アトラクター)とみなせる領域の数。

  • Return_Probability_Dominant——最頻出滞留域への回帰確率。

  • Terminal_Center——楽章末尾における重心の位置。楽章がどの調的領域に「着地」して終わるかを、途中経過とは独立に捉える。

これらの指標は、真の多峰性(複数の調的重心が拮抗する構造)と、単に半径方向の分散が大きいだけの状態とを区別することを可能にする。

2.3 第3段階:原点の数学的特殊性の発見と分解能(3指標)

動機:分析を進める過程で、幾何学的原点(0, 0)が単なる「調的に曖昧な状態」ではなく、数学的な特異点であることが判明した。増三和音・減七和音・全音音階・増六和音など、回転対称性を持つピッチクラスセットは、単位円上の座標の算術平均を取ると必然的に原点近傍へ「折りたたまれる」。これは経験則ではなく、数学的に導かれる必然である。

この事実は、後に方法論全体の再定位(レポートII参照)につながる重要な理論的発見でもある。すなわち、五度圏上の重心計算は、ピッチクラスセットに対する離散フーリエ変換(DFT)の第5係数 f5 の絶対値 |f5| の正規化と数学的に等価であり、原点への収束は、ルウィン=クイン転置対称定理(12と5が互いに素であることに由来する)から必然的に導かれる、非自明な回転対称性の数学的不変量である。つまり原点収束は測定上の欠陥ではなく、「属レベル」の対称性情報として、それ自体が意味を持つ。

対応:原点着地イベントを構成音数(カーディナリティ)別に分解する枠組みを実装し、以下の指標を導入した。

  • Origin_PCSet_Ratio——原点(および原点近傍)に着地する小節の比率。

  • Exact_Triadic_Ratio——厳密に三和音に一致する小節の比率。三和音は五度圏上で対称性を持たないため原点には着地しないが、「原点に着地しない=三和音的」ではないため、両者を独立に測定する必要がある。

  • Origin_Collapse_Index = Origin_PCSet_Ratio × (1 − Exact_Triadic_Ratio)——原点着地のうち、非三和音的な対称集合に由来する比率を強調する複合指標。

加えて、原点内部で最頻出する具体的なピッチクラスセット(例:特定の減七和音、全音音階六音集合)を同定する、原点着地イベントの内部分解を行う(これは独立した指標というよりも、上記指標を解釈するための補助的な分解手続きである)。

方法論的限界:カーディナリティ4(減七和音等)・6(全音音階等)・8では、複数の異なる集合類が同一の原点座標に収束しうるため、原点着地という事実だけでは対称性の種類を一意に特定できず、内部のピッチクラスセット分解による追加検証が必須となる(カーディナリティ2, 3, 5, 7, 9, 10, 12では、カーディナリティ層別化のみで判別可能)。また6声部以上の組み合わせでは、丸め誤差により原点以外の座標でも異なる集合が偶然衝突しうることが確認されており、この点は方法論的限界として明記する。

3. 新指標体系の検証方法論

3段階を経て提案された16指標を、55楽章フルコーパスに一括して適用する前に、その妥当性・新規性・限界を確認するため、以下の検証手続きを設計した。

3.1 整合性確認の手続き

新指標体系の算出パイプラインが、既存9指標体系と同一の一次データ(小節ごとの重心座標)から正しく分岐していることを確認する。具体的には、両パイプラインに共通する基底指標(Avg_r, SD_rなど)が完全に一致すること(浮動小数点誤差レベルの差のみであること)、および独自に再計算したPC1/PC2が既存のPCAスコアとスコア相関1.0で一致することを、コーパス全体について確認する。

3.2 段階別新規性の測定手続き

各新指標が、既存のPC1・PC2(9指標体系のPCA平面)に対してどの程度独立な情報を持つかを評価するため、各新指標を旧PC1・PC2平面に線形回帰し、その残差(説明されない分散、1−R²)を新規性の指標として定量化する。この残差が大きいほど、当該指標が旧2軸では捕捉できない情報を持つことを意味する。この手続きは段階(第1〜第3段階)を横断して適用し、時系列的な提案順序と実際の新規性の大小が一致するとは限らないという可能性をあらかじめ考慮に入れる。

3.3 概念的独立性と経験的相関の区別という視座

上記の残差分析で、ある新指標が旧軸と強い相関を示した場合であっても、それは「その指標が測定する概念そのものが旧指標と同一である」ことを意味しない、という区別を方法論上の前提として採用する。たとえば方向集中度(Rbar_full)と調的集中度(Tonal_Focus)は、数学的には独立に振る舞いうる量である(半径方向に凝集しつつ全方位に均等に散らばる、あるいはその逆の組み合わせも原理上ありうる)。したがって、経験的に強い相関が観察されたこと自体が、両者が概念上偶然一致しているのではなく実質的な音楽的規則性を反映している可能性がある、という解釈上の余地を残す形で報告する。

3.4 統合PCAの手続き

第1〜3段階を通じて開発された新指標群は、合計16指標に及ぶ。ただし、これら16指標のすべてを最終的な統合指標として無条件に採用するという意味ではなく、方向性・滞留構造・原点内部のピッチクラスセット構造という異なる観点から、五度圏重心軌道に含まれる情報を探索的に記述するために開発された指標群である点に留意する必要がある。

したがって、本研究では「開発された指標」と「統合的な多変量分析に用いる代表指標」を区別する。前者については、第1〜3段階の探索過程および個別検証において、その定義と音楽的意味を検討する。一方、統合PCAでは、相互に強く冗長な指標を整理し、各情報層を代表すると考えられる指標を選択して分析する。

この区別は、指標数を増やすこと自体を研究上の目的としないためにも重要である。本研究における指標開発の目的は、単純に変数の数を増やすことではなく、既存の9指標では十分に記述できなかった軌道の幾何学的・時間的・集合論的構造を、必要な解像度で記述することにある。

以上を踏まえ、9指標+新16指標を統合した空間で改めてPCAを実行し、新指標群が旧2軸(PC1・PC2)とは独立な新たな主成分(PC3以降)を形成するかどうかを確認する。この統合PCAの構造(各指標の負荷量、寄与率)は、3.2節の個別残差分析を主成分空間全体の観点から裏付ける、独立した検証として位置づける。

3.4.1 第1・2段階と第3段階の方法論的位置づけ

以上の検証手続きから得られる結果を踏まえると、新指標の「新規性」については、単純に旧指標との相関の強さ・弱さだけで判断すべきではないことがあらかじめ想定される。

第1段階の異方性・方向集中指標は、旧指標と経験的に強く相関する可能性がある。しかし、これは方向集中という概念が旧指標と同一であることを意味しない。むしろ、既存の凝集性・分散性の記述を、方向および空間形状という別の幾何学的解像度から記述し直したものと理解すべきである。

第2段階の滞留・アトラクター指標についても同様である。Residence_EntropyやAttractor_Numberは旧指標と完全に独立した新軸を形成するとは限らないが、半径方向の変動だけでは区別できない複数の滞留域や多峰的構造を直接記述することができる。この意味で、第2段階は旧体系が圧縮していた時間的・離散的構造の解像度を高める役割を持つ。

これに対して第3段階のOrigin_PCSet_Ratioは、旧PC1・PC2から説明される割合が小さく、統合PCAにおいても独立した情報軸を形成する可能性が、2.3節で述べた数学的背景(原点収束の非自明性)からも予想される。したがって、第1・2段階と第3段階には、方法論的な性質の違いがあらかじめ想定される。

要約すれば、次のような関係が見込まれる。

  • 第1段階:既存の空間分布を「形・方向」の次元から高解像度化する

  • 第2段階:既存の軌道分布を「滞留・多峰性」の次元から高解像度化する

  • 第3段階:重心への写像によって圧縮されたピッチクラスセットレベルの情報を再導入する

したがって、本研究における「新規性」は、第1〜2段階では主として分析解像度の向上として、第3段階では情報層そのものの追加として現れることが方法論上の作業仮説となる。この作業仮説の当否は、3.1〜3.4節の検証手続きをコーパス全体に適用した結果によって判断されるべきものであり、その具体的な数値結果は実質的知見編で扱う。

3.5 離散フーリエ変換係数との理論的接続

2.3節で見た通り、第3段階(Origin_PCSet_Ratio)は、標準的なピッチクラスセットDFTの第5係数の絶対値 |f5| の消失(≈0)を事後的・閾値的に検出し、原点近傍に着地したピッチクラスセットを個別に集計するという方式を取っている。この方式は、原点への着地を「する/しない」という離散的な事象として扱うため、閾値の設定に依存するという限界を持つ。

この限界を克服する方向性として、各小節について |f2|, |f3|, |f4|, |f6| を直接連続値として計算し、体系に組み込む拡張が考えられる。この拡張により、「原点近傍」という閾値依存的な判定を経由せず、対称性の種類とその強さを最初から連続量として測定できるようになる。この理論的な一般化——五度圏重心分析をピッチクラスセットDFTの特殊ケース(f5空間)として位置づけ直し、他の係数空間(f1, f2, f3, f4, f6)へ分析を拡張する方法論——については、レポートII(ピッチクラスセットのDFTに基づく調的組織の軌道力学分析)で改めて詳述する。

3.5.1 レポートIIへの接続——五度圏分析からFourier空間分析へ

以上の検討によって、本章で扱ってきた原点収束の問題は、単なる五度圏重心法固有の例外処理ではなく、ピッチクラスセットの周期的構造を記述するFourier空間の一般的性質として位置づけられることが明らかになった。

同時に、この結果は第3段階の方法論的意味を変える。Origin_PCSet_Ratioによる原点内部の分解は、五度圏重心法の「歪み」を補正するための後処理ではなく、五度圏重心が捉えている情報と、それによって失われるピッチクラスセットレベルの情報を区別するための解像度向上であった。そして、原点への収束が標準DFTにおける|f5|の消失として理解できるならば、同じ考え方をf5以外のFourier係数にも適用できる可能性が生じる。

ここで分析の問題は、「五度圏上でどのように重心が運動するか」から、「ピッチクラスセットが異なるFourier空間においてどのような軌道を形成するか」へと一般化される。すなわち、五度圏重心分析は、より一般的なピッチクラスセットFourier空間上の軌道力学分析の一つの特殊ケースとして再定位することができる。この一般化の理論的構造については、次のレポートIIで扱う。

3.6 使用上の制約・注意事項

  • 各作品の名目主調(作品標題等から得られる調性)と、実測される重心の方位角(Home_Angle)との乖離を検証する際は、乖離の大きさをそのまま解釈するのではなく、その作品のRbar_full値(方向集中度)が十分に高く、方位角の推定自体が安定しているかを併せて確認する必要がある(Rbar_fullが低い場合、Home_Angleの推定は不安定であり、乖離の大きさに音楽的意味を読み込むことができない)。

  • n=2(ショスタコーヴィチ)、n=4(ブラームス、モーツァルト)の作曲家群については、他の作曲家(n=8〜11)と並列した統計的解釈には注意を要する。

  • 名目主調の理論的期待角度は、長調=根音角度−45°、短調=根音角度+15°として、主和音3音の単位ベクトル和から幾何学的に導出している。

(2026.9.5 公開)