ウイスキーの利き酒にたとえると
ある和音を聴いたとき、私たちは「なんとなく複雑な響きだ」「ちょっと浮遊感がある」といった漠然とした印象は持てても、その響きの正体を言葉にするのは意外と難しいものです。
これは、ウイスキーの利き酒に似ています。素人が飲んでも「なんだかいい香りがする」としか言えませんが、熟練したソムリエなら「バニラとキャラメルの両方の風味があって、キャラメルの方が強い」と言い当てられます。
音楽の和音分析にも、これと同じような「風味の見立て」を助けてくれる道具があります。それが本稿で扱う「五度圏重心分析」の土台になっている考え方——音楽理論の世界で既に確立されている「フーリエ変換(DFT)」という手法です。この道具を使うと、ある和音が「どのタイプの響きにどれくらい近いか」を、複数の「風味」について同時に測ることができます。
12音を並べる6通りの方法
出発点になるアイデアは、シンプルです。12個の音(ド、ド♯、レ……)を、時計の文字盤のように円周上に並べます。
普通は半音ずつ隣り合わせに並べますが、実はこの並べ方は一つの選択肢にすぎません。並べ方を変えると——例えば「1つ飛ばしで並べる」「2つ飛ばしで並べる」「完全五度の間隔で並べる」など——全部で6通りの異なる円の並べ方を作ることができます。それぞれの並べ方は、ちょうど文字盤の目盛りの間隔が違う時計のようなもので、違う和音の性質に敏感に反応するように「調整」された観測装置だと考えてください。
半音ずつ並べた円($f_1$、普通の並べ方)は、「音がどれだけ半音的に固まっているか(クラスター的な響き)」に敏感
三全音(トライトーン、6半音差)どうしを同じ場所にまとめる並べ方($f_2$)は、「三全音がらみの密集した響き」に敏感
長3度(4半音差)ずつまとめる並べ方($f_3$)は、「増三和音らしさ」に敏感
短3度(3半音差)ずつまとめる並べ方($f_4$)は、「減七の和音らしさ」に敏感
完全五度ずつ並べた円($f_5$)——つまり本稿の「五度圏」——は、「調的な方向性(ある調に向かっている感じ)」に敏感
全音(2半音差)ずつまとめる並べ方($f_6$)は、実は12音がたった2グループに真っ二つに分かれてしまう特殊な並べ方で、「全音音階らしさ」に敏感
このように、6通りの並べ方はそれぞれ異なる「風味検出器」になっています。ある和音を分析するとき、これら6つの円すべてに同じ和音を当てはめてみて、どの円で一番はっきりした偏りが出るかを比べることで、「この和音は全音音階寄りなのか、それとも増三和音寄りなのか」といった、複数の可能性を同時に見比べることができるわけです。本稿の分析は、この6つの円のうち「五度圏」というひとつの円だけに焦点を絞って、交響曲全体を通した調的方向性の変化を追いかけている、と位置づけられます。
ここで面白いのは、これら6つの円の間にも、ある種の役割分担があることです。実は「半音ずつ並べた円」と「完全五度ずつ並べた円(五度圏)」の2つは、互いによく似た性質を持っています——どちらも、対称的にきれいに並んでしまう和音(増三和音や全音音階のような、先ほど触れた「特殊な和音」)に対しては、同じように「見えなくなって」しまうのです。つまり、五度圏が増三和音や全音音階を見分けられないのは五度圏だけの弱点ではなく、半音の円もまったく同じ弱点を持っています。その代わり、残り4つの円(短3度・長3度・全音・三全音の間隔で並べたもの)が、ちょうどこの「見えなくなる」対称和音たちをそれぞれ専門に検出する役割を担っています。言ってみれば、6つの円は互いに死角を補い合うチーム編成になっているわけです。
そしてこれは、私たちが独自に考案した特別な仕掛けではありません。音楽理論の研究者(イアン・クイン、ジェイソン・ユストらの一連の研究)が既に確立し、実際の楽曲分析にも使われている、標準的な分析の枠組みの一部です。つまり、五度圏という円を使う私たちの分析も、この確立された枠組みの中の「五度の並べ方」という一つの型を、交響曲の時間的な展開を追う目的のために応用したものだということになります。
円の上でバランスを取る
さて、ある瞬間にオーケストラが鳴らしている音(例えばドとミとソ、つまりハ長調の主和音)を、五度圏の上に置いてみましょう。
ここで役立つのが「天秤」あるいは「モビール」のイメージです。円盤の中心を支点にして、円周上のいくつかの場所に同じ重さのおもりを乗せたと想像してください。おもりが円周のある一角に偏って乗っていれば、円盤はその方向に傾きます。逆に、おもりが円周全体にまんべんなく散らばっていれば、円盤は水平のまま釣り合います。
ハ長調の主和音のような普通の和音では、3つの音(おもり)が五度圏の上のある一角に偏って並ぶので、円盤はその方向にはっきり傾きます。「どちらの方向に、どれくらい強く傾くか」——これが「重心」の指し示す情報です。この傾きを曲全体にわたって追いかけていくことで、「この曲が今どの調の方向を向いているか」「調はどれくらい安定しているか」を目に見える形にできる、というのがこれまでの分析全体の土台になっている発想です。
特殊な和音は「釣り合って」しまう
ところが、和音の中には少し変わった性質を持つものがあります。例えば「増三和音」(ド・ミ・ソ♯)を考えてみましょう。この3つの音は、五度圏の上で、ちょうど等間隔(3等分の位置)に並びます。
3つのおもりが円周上にきれいに等間隔で並んでいるとき、円盤は——直感的にも分かる通り——傾かずに、ちょうど水平のまま釣り合います。3方向に均等に引っ張り合っているので、互いに打ち消し合ってしまうのです。同じことは、「減七の和音」(4つの音が均等に4等分の位置に並ぶ)や、「全音音階」(6つの音が均等に6等分の位置に並ぶ)、「三全音」(2つの音がちょうど円の正反対の位置にある)にも起こります。これらはすべて、円周上での並び方が「均等」であるがゆえに、円盤の傾き(重心)が中心の一点に潰れてしまう和音たちです。
一方、ハ長調の主和音のような普通の三和音は、円周上で均等には並んでいません。だから12種類のどの調に移調しても、それぞれ違う場所に円盤が傾き、「今どの調の方向を向いているか」をきちんと区別できるわけです。
同じ和音でも、並べ方を変えると結果が正反対になる
ここで面白い実験ができます。増三和音を、五度圏ではなく、先ほど触れた「長3度ごとにまとめる並べ方」($f_3$の円)に乗せてみるとどうなるでしょうか。
五度圏の上では、増三和音の3音は円周上の3か所に分かれて綱引きをし、互いに打ち消し合って中心で釣り合いました。ところが「長3度ごとにまとめる並べ方」では、増三和音の3音は——計算してみると——寸分違わず、まったく同じ1か所に重なってしまいます。3つのおもりが1か所に積み重なるわけですから、天秤はもう釣り合うどころではなく、その方向に力いっぱい傾きます。
つまり、同じ3つの音が、五度圏では「互いに打ち消し合って何も見えなくなる」のに、別の並べ方に乗せ替えると「一点に集中してくっきり見える」という、正反対の結果になるのです。これは、6つの円がそれぞれ「何を見つけやすく、何を見逃しやすいか」という役割分担を持っている、ということを最も分かりやすく示す例だと思います。五度圏だけを見て「増三和音は何の手がかりも残さない」と結論づけるのは早合点で、単にその円という一つの検出器が、たまたまこの和音に対して盲点を持っているだけなのです。
ただし、五度圏だけで「釣り合った」を見ても中身は分からない
一つ、注意しておきたいことがあります。ここまで見てきた「五度圏($f_5$)で円盤が釣り合う(重心が真ん中に来る)」という現象には、実は理由が一つではありません。増三和音でも、減七の和音でも、全音音階でも、あるいは単にたくさんの音が同時にぎっしり鳴っていて互いに打ち消し合っている場合でも、五度圏の上では「円盤が釣り合う」という見た目の結果は同じになってしまいます。五度圏という一つの円だけを眺めていても、この中のどれが起きているのかは区別がつきません。
しかし、ここで先ほどの「並べ方を変える」という手が生きてきます。五度圏で釣り合ってしまって手がかりが消えたときこそ、別の円(例えば長3度ごとにまとめる円や、短3度ごとにまとめる円)に同じ音を乗せ替えてみればよいのです。もしそこで大きく傾けば、五度圏で見えなくなっていた中身の正体(増三和音なのか、減七の和音なのか)が、その傾きの大きさと方向から分かります。つまり、一つの円で釣り合ってしまったことは終着点ではなく、次にどの円を試すべきかという手がかりでもあるわけです。
実際に作品を調べてみると、シベリウスの《タピオラ》で五度圏の重心が真ん中に集まる主な原因は、長3度の円で大きく傾く「全音音階」的な響きでしたが、後期のペッテションの交響曲で同じように五度圏の重心が真ん中に集まる主な原因は、多くの場合、短3度の円で大きく傾く「減七の和音」でした。表面上は五度圏における同じ「真ん中への集中」という現象でも、他の円に乗せ替えて確かめない限り、両者を同じ現象として片付けてしまうのは早計だということです。この「乗せ替えて中身を確認する」という作業を丁寧に行うことが、今回の分析拡張の中心的な課題でした。
本稿の考え方は、Ian Quinn, "General Equal-Tempered Harmony," Perspectives of New Music, 45/i (2007), pp. 4–63、および Jason Yust, "Special Collections: Renewing Set Theory," Journal of Music Theory, 60/ii (2016), pp. 213–262 による音楽理論的フーリエ解析の枠組みに基づいています。この枠組みを用いた具体的な楽曲分析の一例として、Oliver Chandler and Isabella Thorneycroft, "Phasic Dissonance, Timbral Contrast: Analysing 20th-Century Guitar Harmonies with Discrete Fourier Transform," Music Analysis, 43/i (2024), pp. 77–113 も参考になります(同論文はギター曲を題材にしていますが、「6通りの円」や「円盤のバランス」という考え方を分かりやすく紹介しており、本稿の説明もこれに着想を得ています。なお、本稿冒頭のウイスキーの利き酒のたとえも同論文からの借用で、同論文自体はこれをSteven Ringsによるものとして脚注で紹介しています)。
(2026.9.7 公開)
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