お詫びとお断り

2020年春以降、新型コロナウィルス感染症等の各種感染症の流行下での遠隔介護のため、公演への訪問を控えさせて頂いています。長期間に亘りご迷惑をおかけしていることにお詫びするとともに、何卒ご了承の程、宜しくお願い申し上げます。

2009年9月21日月曜日

作品覚書(10)第10交響曲(2021.5.9更新)

よく知られているように、第10交響曲は未完成のまま遺された。しかもそれは第9交響曲のように、 フル・スコアの形態にまで至らなかったため、遺された草稿からその構想を窺うことは可能でも、 最終的な音響的な実現は望むべくも無い。アドルノが倣岸に言い放ったように、それはそうした ファクシミリにアクセスでき、それを読み取って未完の部分を補完する機会と能力に恵まれた人間に のみ許される特権と化するところであった。
だが、この第10交響曲は幾多の未完成作品と比べても、際立って恵まれた状況にあると言えるだろう。 イギリスの音楽学者デリック・クックを中心とした演奏用バージョンの補筆作業によって、私のような 市井の愛好家、しかも年端も行かぬ子供ですらその全体像に近づくことが可能になっているのだ。
ところで、この作品を聴いた人は、シェーンベルクがプラハ講演において第9交響曲について述べた言葉を 反芻しつつ、この音楽が一体「どこ」で鳴っているのか、不思議な思いに捉われるではなかろうか。 あるいはそんなことはなく、他のマーラーの作品と何ら違いなく聴ける人もいるかも知れないが、私個人の場合には 初めて聴いて以来、今日までそういった聴き方はずっとできないでいる。別に敬して遠ざけたり、あるいは忌避 したりしているということはなく、実際には例えば第8交響曲は勿論、第5交響曲のように自分にとって比較的 距離感のある作品に比して、第10交響曲を聴く頻度は遙かに高いというのに、それでもなお、その音楽を聴くたびに、 一体音楽が鳴っているこの「場所」がどこなのかを言い当てる適当な言葉を見つかられないでいるのだ。
そうした私にとっての最大の近似値は以下に示す、ヘルダーリン晩年の断片が語られている場所である。
 
Wenn aus der Ferne, da wir geschieden sind,
 Ich dir noch kennbar bin, dir Vergangenheit,
  O du Theilhaber meiner Leiden!
   Einiges Gute bezeichnen dir kann,

So sage, wie erwartet die Freundin dich,
 In jenen Gärten, da nach entawlicher
  Und dunker Zeit wir uns gefunden?
   Hier an den Strömen der heiligen Urwelt.

Da muß ich sagen, einiges Gutes war
 In deinen Bliken, als in den Fernen du
  Dich einmal fröhlich umgesehen
   Immer verschlossener Mensch mit finstrem

Aussehn. Wie flossen die Stunden dahin, wie still
 War meine Seele über der Wahrheit ...

In meinen Armen lebte der Jüngling auf,
 Der, noch verlassen, aus den Gefilden kam,
  Die er mir wies, mit einer Schwermuth,
   Aber dir Nahmen der seltnen Orte

Und alles Schöne hatt' er behalten, das
 An seeligen Gestaden, auch mir sehr werth
  In heimatlichen Lande blühet,
   Oder verborgen, aus hoher Aussicht,

Allwo das Meer auch einer beschauen kann,
 Doch keiner seyn will. Nehme vorlieb, und denk
  An die, die noch vergnügt ist, darum,
   Weil der entzükende Tag uns anschien ...

この詩断片の語りの場というのもまた異様で、まるで世の成り行きから超絶した、 異世界のほとりで、かつて自分がその只中を彷徨った世の成り行きを遙かに望みながら 語っているかのようだ。そして、ほとんど同じ印象を、私はマーラーの第10交響曲についても 抱かずにはいられないのである。単に過去を振り返っているのではない。その過去の出来事の 生起したのとは別の場所にいるような感じがしてならない。要するに、シェーンベルクの言っていた あの一線を、やはりこの曲は越えてしまっているのでは、という感覚を否定し難いのだ。 (2008.10.5 この項続く。)
*   *   *
形式の概略(長木「グスタフ・マーラー全作品解説事典」所収のもの。第1楽章全集版、第2~第5楽章クック版)
第1楽章(ソナタ形式)呈示部導入部「アンダンテ」115?
主部「アダージョ」1627Fis
副次部2839fis
呈示部変奏反復導入部「アンダンテ・コメ・プリマ」4048?
主部「テンポ・アダージョ」4980Fis
副次部「ア・テンポ(流れるように)」81104fis
展開部導入部105111?
副次部(導入部)展開112121a
主部・副次部展開122140Es-fis-A-fis-dis-F
展開再現部主部展開再現141152Fis(-G-H)
副次部展開再現153177fis
(展開部118~125)(172)(175)
主部反復展開再現178183Fis
導入部「いくらか躊躇うように」184193?
カタストロフ的絶頂発現194198as
主部・副次部挿入199202
コーダ213275Fis
第2楽章(スケルツォ)スケルツォ主部「速い4分音符で」122fis
主部展開2359
移行句6075
副次部「より荘重に」76130F
主部展開(「テンポI」)131164fis
トリオI第1部分「すぐに非常により遅く ゆったりとしたレントラーのテンポで」165185Es
第2部分186201g
第3部分(第1部分展開)202234Es-H-Es
第4部分(第2部分展開)「ひきずることなく」235245es
スケルツォ主部展開「テンポIスビト」246255fis
副次部展開256269Es
主部展開270278fis
副次部展開「再び留めるように」279299D
トリオIIトリオI第1部分展開「センプレ・アレグロ しかしいくらかより幅広く」300319D
同第2部分展開「いくらか落ち着いて」320330C
同第1部分展開331347D
同第2部分展開「ひきずることなく」348365
スケルツォ主部・副次部展開「ひきずることなく」366415F-C-F
スケルツォ・トリオ展開「すぐに控え目に、非常に表出的に」416477Fis-B-Fis-D
コーダ「いくらか荘重に~いくらか切迫して」478522
第3楽章(3部形式)A導入「アレグレット・モデラート」16b
第1部分「速すぎず」724
第2部分「少し流れるように」2534B
第3部分3541
第4部分4252b
第5部分5363
B第1部分「切迫して」6483d
第2部分(溜め息1)「いくらか控え目に」8491
第3部分(溜め息2)「再び控え目に」9295
第4部分「あわてずに」96106
第5部分(溜め息3,4)「控え目に」107114
第6部分「落ち着いて」115121
A(ダ・カーポ)導入「テンポI」122125b
第1部分「速すぎず」126142
第2部分144153
第3部分154160b/B
コーダ161170b
第4楽章(スケルツォ)スケルツォ導入「アレグロ・ペザンテ、速すぎず」14e
主部564
副次部65106E/e
主部展開107122e
トリオI「ゆったりと」123165C
スケルツォ主部展開「ペザンテ、冒頭のように」166247e
(トリオ挿入‐ダンス)(196)(225)c
(溜め息)(210)(217)
トリオII「ゆったりと」248379A
スケルツォ主部展開「アレグロ・ペザンテ」380409e
トリオIII「ゆったりと」410443H
(クライマックス(溜め息)「モルト・ペザンテ」)(432)(443)
スケルツォ副次部展開「ソステヌート」444520h
(トリオ挿入「急ぐことなく」)(478)(504)c
(溜め息)(486)(493)
コーダ「明らかにより遅くして、影のように」521578
第5楽章(3部形式)導入部葬送音楽「遅く、重く」129d
第1部分「いくらか流れるように、しかし常に遅く」3044d/D
第2部分4557h
第1部分展開5877D/d
葬送音楽「テンポI」7883d
主部第1部分(プルガトリオ・モティーフ)「アレグロ・モデラート」84144
第2部分(溜め息)「燃えるように」145190D/d
(クライマックス)(179)(190)
第3部分(導入部第1部分展開)「ソステヌート」191224F
第4部分(導入部第1部分展開)「非常に落ち着いて」225244H
第5部分(主部第1,2部分展開)「すぐにいきいきと~アレグロ」245266d
第1楽章回想I/188~193「すぐに非常に幅広く」267274fis
I/203~208「第1楽章の同じ箇所のように」275283
I/1~15「アンダンテ(交響曲の冒頭のテンポで)」284298
導入部回想第1部分展開「非常に落ち着いて」299314B
第2部分展開「アダージョ」315322Fis
第1,2部分展開323346-G
第2,1部分展開347372Fis
コーダ373400

*   *   *

形式の概略:Henry Louis de la Grange, Mahler vol.3 (フランス語版) pp.1242,1248,1251,1253,1256所収。(譜例は略。なお第10交響曲についてはフランス語版と英語版で異なる分析が示されている。)
第1楽章はTyll Rohland, Zum Adagio aus der X. Symphonie von Gustav Mahler, in Musik und Bildung, 1973/11に基づく。
第2楽章~第5楽章はDeryck Coockeによる。テンポ指定のうち括弧内のものはCoockeによる。
1. Adagio第1部分115導入(ヴィオラのレシタティーヴォ)AndanteGis? Eis?
1627A(Aの転回:第24小節)AdagioFis
2831I''(I'の予告)引きずらずに
3238I'/B流れるようにfis
3948I(第1の変形)Andante come primaGis? Eis?
4980A2(Aの第1の変形)Tempo AdagioFis
第2部分81104I'/B(変形)A Tempo(流れるように)fis, b
105111I(第2の変形、ここに挿入される)(Andante come prima)b?
112121I''(Iの要素とともに)(少し早めて)a, d/D, e?
122140A, I'', A, I'/B, I''(少し抑えて)H, fis, cis, fis, dis, F
141152A3(Aの変形)(Tempo Adagio. 冒頭ほど幅広くなく)Fis, G, H
153177I'/B(変奏された)(A Tempo. 流れるように)fis, b
第3部分178183A4(展開)(Tempo Adagio. 以前のように流れるように)Fis
184193I(2声での回想)少しためらってA/Eis
194199コラール(全奏)aes
199202A(断片)とI'/B(断片)(引きずらずに)
203212《カタストロフ》(再び幅広く)aes, C, H
コーダあるいはエピローグ213227I'A Tempo, etc.Fis/fis, D
227267A(I:247-252; I'/B:258/9)Fis, Eis?, Cis
267275終止和音Fis
2. Scherzo(no.1)スケルツォ14導入早い四分音符(3/4拍を保って-4/4 Alla breve)cis
522Afis
2342A(再現)
4360展開とクライマックス(急がずに)B, E, G
6075移行(気付かれないようにより中庸に)B
トリオ17696B(さらにより中庸に)F
97110B(変奏された再現)
111116A(短縮された再現)
117130移行
スケルツォ131141A(再現)(Tempo I subito)Aes, D
142151A(展開)D
152162A(再現とクライマックス)fis
トリオ2165186C1(突然ずっとゆっくりと)中庸のレントラーのテンポでEs
187202C2g
203234C1(変奏と展開)Es, H
235245C2(変奏された再現)Es/es
スケルツォ246254A3(Tempo I subito)fis
255269B(展開)(気付かれないように遅くして)Es, C
270278A(Tempo I 速く)fis
279295D
296299C(再現とクライマックス)
トリオ2300346C1(Sempre Allegro 拍を保って、しかしやや幅広く)D,C
347358C2(少し静かに)(引きずらずに)
359365移行Es, H
トリオ1(と2)366375BとC(展開)(A tempo:引きずらずに)F, C
376385C(より速く)C
386407CとAF
408415A(移行とクライマックス)
スケルツォとトリオ2416422A(突然抑えて)(非常に感情を込めて)Fis
423443C(拡大された)とクライマックス(全く静かに、4拍子で振る)
スケルツォとトリオ1,2444457AとC(Tempo I subito、速く)B
458468CFis
469477C(少し抑えて)D
478491AA tempo しかし幾らか急いで
コーダ(トリオ1と2)492502C(拡大された)(Tempo I)Fis
503510B(Pesante)-(急いで)
511522BとC(速く)
3. Purgatorio提示16導入Allegro Moderatob
614A急ぎ過ぎずに
1422A(再現)
2224Aの冒頭(リフレイン)
2532B1幾らか流れるようにB
3334リフレイン
3440B2+リフレイン
4152B3(バス)+リフレイン
展開6481A+B1(前進)d/D
8183リフレイン
8491新しい主題:C1(少し抑えて/a tempo)(F)
9195C2(Cの再現)(再び抑えて)d
96106A(展開)緩めて/(急いで)
106114C(展開とクライマックス)抑えて
115121A(デクレシェンド)(A tempo)(だんだん静かになる)d
再現122125導入(短縮された)(Tempo primo)b
125143A(とリフレイン)(急ぎ過ぎずに)
143151B(とリフレイン)(幾らか流れるように)
153167C(縮小された)とB2(Senza rit. al fine)B/b
167170バスにリフレインを伴った結尾(カタストロフ)
4. Scherzo(no.2)スケルツォ14導入(和音とRa)(Allegro Pesante 速くなく)e
525A1(クライマックスまで展開)
2441A1
4156A1(クライマックスまで)
5664移行e/E
6472A2E
7382A2'g
8398A(新たな終結)e
99114A3 リフレインとクライマックス+導入(A tempo, しかし急かずに)
115122移行(導入とR)
トリオ123137B1(シンコペーションを伴うワルツ)(A tempo. 中庸に)C
137144B1(変奏された再現)
145152B2
152166B3
スケルツォ166184A1(Pesante. 冒頭のように)e
184201B1(Rとともに)(非常に嘆いて)d
202210A3(リフレインとR)
210218クライマックス(A tempo)a
219225B1
226243A1(展開)C
243247移行(およびR)(抑えて)e
248260B1(A tempo. 中庸に)A
261268B2(Rとともに)
268277クライマックス(Pesante)
278286B2(A tempo. 抑えて)
287290移行1A,C
291311移行2(A tempo, しかしとても静かに)A
トリオ311380C(B3の展開)(A tempo. 躍動するように)
スケルツォ380387A1(A tempo. Allegro pesante)e
388409移行
トリオ410423B1(A tempo. 中庸に)H
424431B2
432443クライマックス(Molto pesante)
444451移行(Rとともに)(A tempo sostenuto)h
スケルツォ452461A2
462477A(新たな終結)
478485リフレイン
トリオ486494B1:クライマックス(A tempo)D
495504B2
コーダ505516クライマックス(Rとともに)(Pesante)d
517520B2(変奏された)とR
521548B2(ディミヌエンド)とR(はっきりとゆっくりとして。幽霊のように)
5. Finale導入第1セクション1293(Purgatorio)のモチーフ:3g, Rbと3C(ゆっくりと、重々しく)d
第2セクション3045フルートのソロ:I1(と3C)、和音のモチーフ s/Rc少し流れるように、しかし常にゆっくりとd/D
4458Raを伴ったI2(ヴァイオリン)とI3(和音のモチーフ)H,Es
5866フルートのソロ(ヴァイオリンでの再現)急ぎ過ぎずにD/H
6672クライマックス(Raとともに)
第3セクション7284省略された再提示(Rb, 3g-3b)(Tempo I)h/d
アレグロ第1セクション84/td>98A(Rb, 3gと3C)Allergo moderato(ひきずらずに)d
98104B(3C)の転調(引きずらずに)
104120A
120127B(Purgatorioの引用:第107~111小節)
127145Aの展開とクライマックス
145161変形されたB(火のように)D/d
161176AとBの展開およびクライマックス(急いで)
176186クライマックス:4のリフレイン。Ra(A tempo)d/F
第2セクション186190Rb, 2C, I2(フルート)
190225Rbで中断されるI2など(Sostenuto)F/H
226236I2(中断なし)(全く静かに)
236243I2(拡大、Rcとともに)H/Aes
243245移行(3C)g
245260A(再提示:Rb, 3g, etc.)(突然活気付いて)d
261267B(とRb)、クライマックスまで
267274I1の終わり、クライマックス(Rbとともに)(突然非常に幅広く)(ゆっくりとした2拍子)fis
275283不協和音(Rbとともに)Fis
284298I1(冒頭)の二声での回帰(Andante)(交響曲の最初のテンポで)
299315I2(3Cとともに)(とても静かに)B
315322I2AdagioFis
323340I1
340352I2Fis/G
353372I1(導入の再現)とI2まだAdagioで(急かずに)Fis
コーダ373/td>393I2とI3
394400I1の最初と3
(2009.9.21)

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