2008年9月13日土曜日

作品覚書(1)第1交響曲

現在交響曲第1番と呼ばれているこの作品は、作曲当時の文脈ではそうではなかった。一つには最初の番号を持つ作品固有の トリヴィアルな理由によるもので、仮に1曲しか書かれなければ、それは単に交響曲と呼ばれていて番号付けはされなかったに違いない。 最初の作品なのだから作曲当時の文脈では(次の作品を双子のように書いていたり、あるいは次の交響曲の明確なプランを持って いれば事情は異なるが)、この曲は番号を持っていなかっただろう、というわけだ。(もっとも、それ以前にマーラーが「交響曲」を既に 作曲していたという証言は複数存在する。例えばバウアー=レヒナーの回想録の1896年夏の章の「若い頃の作品」と題された 6月21日の項(邦訳p.111)を参照。疑わしいものも含めて、現在残っていないが作曲されたかも知れない若い日の作品の リストはミッチェルの3巻本の第1巻に詳しい。)

ところがマーラーの場合には、些か事情が異なるのである。上記のような事情は、しいて言えば今日第2交響曲と呼ばれる ハ短調の交響曲に当て嵌まるのだ。では第1交響曲はどうだったのか。何人かの作曲家の場合には出版順と作曲順の違いから 番号に混乱が生じたが、マーラーの場合にはそうしたことは起きなかった。そうではなく、今日の第1交響曲は、作曲当時は作曲者 自身により交響詩と見做されていたのである。 マーラーの音楽にはいわゆる「標題音楽」的傾向が強いことがしばしば言われるが、実際、作曲当時は標題交響曲ですらなくて、 多楽章形式の交響詩であったのだ。

標題ではないが、交響曲に「愛称」が着くことはしばしばあって、マーラーの場合には、とりわけその傾向が強い。 中には由来の怪しいものもあるようだが、この第1交響曲のそれ「巨人」というのは、そういう意味ではオーセンティシティのある 名称である。一時期ではあるが、作曲者自らによって、交響詩「巨人」と呼ばれていた時期があったからである。ただし、 「巨人」というのはあくまでも交響詩のタイトルで、その後マーラーがこの曲を第1交響曲と見做すようになったときには、そうした 名称はなかった。だから、オーセンティシティは認められても、交響曲の名称として用いるのは、少なくとも作曲者の本意ではない ことになる。

つまりこの曲は、当初交響詩として構想され、後になって交響曲になったのだが、それではそれは単なる呼び方の変更に 過ぎなかったのかというと、決してそういうことはない。交響詩から交響曲に変わるに伴い、標題のみならず、作品の構成自体にも 変更があったのである。その変更は多岐に亘るが、外見上最も顕著なのは当初5楽章であったものが、4楽章になった点であろう。 オリジナルの形態では第2楽章に相当していた楽章をマーラーは削除してしまったのである。削除された楽章は、交響詩の時代に その楽章に与えられていたタイトルである"Blumine"「花の章」と呼ばれ、マーラーの死後に「再発見」されてのち、今日でも 稀ではあるが演奏されることがあるし、録音も幾つか存在するようだ。ただししばしば見られる、「花の章」を交響曲第1番の 第1楽章と第2楽章の間に挟んで演奏するやり方は、上記のような経緯を踏まえれば、これまた作曲者の意図に添ったやり方とは 言えないだろう。というのも繰り返しになるが、変更は「花の章」削除に限定されるわけではないからで、「花の章」を復活させるならば、 結局は程度の問題とは言いながら、可能な限り他の楽章についても、オリジナルに近い形態を使用することが望ましいには違いない。

「花の章」については別のところにまとめたものがあるので、それに譲るとして、交響詩全体の構想はどうだったのか、また 「巨人」というのは一体何に由来するのかに言及すると、「巨人」というとギリシア神話に出てくる巨人族を思い浮かべる向きがあるかも 知れないが、ここでの「巨人」の直接の典拠は、ジャン・パウルの小説である。かつてシューマンがそうであったように、 若き日のマーラーのジャン・パウルへの傾倒は相当のもので、第1交響曲のオリジナル形態であった交響詩にマーラー自身が つけた標題には他にもジャン・パウルへの言及が見られる。もっとも留意すべきは19世紀になったばかりの時期に成立した ジャン・パウルの小説の持つ位置づけは、そのほとんどを19世紀前半に生きたシューマンの場合と、そのほぼ半世紀後の マーラーの時代とでは些か異なったかも知れないという点である。標題での言及にも関わらず、そして交響詩であるにも 関わらず、この作品はジャン・パウルの作品とは直接には関係ない。小説のどこかを描写したとか、登場人物の誰かの性格描写で あるとか、そういった関連は全くないのである。そもそも、この曲が当時マーラーが歌劇場監督の地位にあったブダペストで 1889年11月20日に初演された折には、2部からなる「交響詩」と題され、第4楽章に「葬送行進曲」というタイトルが与えられている 以外には標題らしいものはなかったのだ。標題が出現するのは、1893年10月29日にハンブルクで行われた2回目の演奏のことであり、 若干の変更が加えられて、翌1894年6月3日ヴァイマルでの3回目の演奏にも標題は引き継がれる。ところが1896年3月16日ベルリンで 行われた4回目の演奏に至って、この作品は単なる「交響曲ニ長調」と題され、同時に"Blumine"「花の章」は削除され、大筋で今日の 形態に変更されるのである。

要するに、「巨人」というタイトルは、同じくジャン・パウルの小説である「ジーベンケース」への言及を含む、より詳細なプログラムと ともに理解されるべきで、なおかつ、順序からいけば「後知恵」であって、結局不要なものとして撤回されてしまったのである。 ただし、標題が追加された経緯と、それが撤回される時の状況の非対称性には留意すべきであろう。ハンブルク稿への改訂の 方法のせいもあって、ブダペスト稿がどのようなものであったかを正確に知ることはできないようなのだが、特に楽器法において 大幅な改訂が行われた傍証はあるものの、作品の基本的なコンセプトの変更が伴うようなものではなかったと考えられるのに対し、 ベルリン稿への改訂にあたっては、明らかに作品構想の上での変化があり、それとともに標題が削除されているからである。 更に言えば、ブダペスト初演時には確かにプログラムは印刷され、聴衆に対して公表されこそしなかったものの、プログラム自体が 存在しなかったとは言えないのだ。

それでは、ベルリン稿作成時における構想の変化とはどのようなものであったかといえば、一言で言えば、「交響詩」から「交響曲」への 切り替えということになるのだろう。つまり「嘆きの歌」から数年の沈黙を経て、今日の第1交響曲に相当する作品が構想されたとき、 それは交響曲としては考えられておらず、その後数回の演奏とその結果に基づく改訂の結果、ようやくそれは交響曲と見做されるように なったのだ。そしてその時期は、番号上は後続する第2交響曲よりも後であることには留意しておくべきだろう。

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形式の概略(Philharmonia版ミニアチュア・スコア所収のもの)
第1楽章 序奏(ペダル音A上の)161
主題群16284
主題群2:主題1から形成された付加部分と主題群2の変奏された反復を伴う84135
付加:終結へと拡大される135162
展開(序奏の変奏された反復で開始される)163357
主題群1および2の再現357416
終結群:コーダへと拡大される416450
第2楽章 スケルツォ 主部143
展開部(Eから順次下降していく)44116
主部の反復と移行117174
トリオと復帰175284
スケルツォ(短縮された反復)285358
第3楽章 主題1138
主題2(主題1の回想で閉じる)3983
中間部(おおむねトリオに相当)83112
変形された再現(主題1は主調で現われず、主題2の短縮された反復の間にようやく主調に到達する。一方主題2は主題1の回想と結び付けられる)113144
コーダ145168
第4楽章 導入154
主題群155174
主題群2175252
展開(この楽章と第1楽章の幾つかの主題による)と再現(更に第1楽章の回想による)253458
主題群2の再現458532
主題群1の再現533622
コーダ623731

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形式の概略(ハンブルク稿・長木「グスタフ・マーラー全作品解説事典」所収のもの)
第1楽章「終わりなき春」(ソナタ形式) 導入部4度下降動機提示「遅く、ひきずるように、自然音のように」各種動機挿入「ピウ・モッソ」147d/D
半音階的動機「テンポI」4762-D
呈示部主題呈示部63135
歌曲第3節(75)(108)
歌曲第1節(109)(135)
小結尾「次第に高揚して、新鮮でいきいきとしたテンポで」135162
展開部導入部展開I(「自然音」)163206
導入部展開II「非常にゆったりと」207220
主題展開「急がずに」220304F-A-Des-As-C-F
第4楽章予示305351f
再現部導入部展開再現(突破/発現)「切迫して」(「自然音」)352363
主部展開再現364416
小結尾416442
コーダ443450
第2楽章《花の章》(3部形式) 主部「アンダンテ・アレグレット」136C
主部変奏I「リテヌート」3778a-F-d-a
主部変奏II「少し速くして」79100B-Ges
主部再現「テンポI」101125C
コーダ126140
第3楽章「帆をいっぱいに張って」(スケルツォ) スケルツォ第1部分「力強い動きをもって、しかし速すぎず」143A-E
第2部分4467-Cis
第3部分「野性的に」68107
第4部分108132-A
結尾133170
トリオ第1部分「まさにゆったりと」171218F
第2部分219246D-Fis-D
第3部分247284C
スケルツォ「テンポI」285321
コーダ322358
第4楽章「座礁して」(葬送行進曲) 行進曲カノン第1部分138d
カノン第1部分3962g-A-g-B
カノン第1部分6381
トリオ「民謡のように、非常に平易に簡素に(!)」82112
行進曲第1部分113131es
第2部分132137B
第1部分138157d
コーダ158168
第5楽章「地獄より」(ソナタ形式) 呈示部導入部「嵐のように激動して」154f
主部主題提示「力強く」55142
小結尾「非常に野性的に」143174
副主題呈示「きわめて歌うように」175238Des
経過部第1楽章引用「ゆっくりと」239253
展開部主部主題展開I254290g
コラール予示(楽園)291317C
主部主題展開II318370c
コラール「ペザンテ」371428C-D
第1楽章導入部回想「非常に遅く(!)」(「自然音」)429444d-c
副次主題展開挿入「非常に遅く、また控え目に」444448F
第1楽章回想(半音階動機)449458
副次主題展開459520-f
移行句521533
再現部主部主題展開再現534623
ファンファーレ、コラール「最高の力で」624696D
コーダ697736

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形式の概略:第4楽章のみ(de La Grange 英語版伝記第1巻Appendix/フランス語版伝記第1巻Appendice No.1)
4. 嵐のような動きで導入154重要な音型の提示、そのうち2つは主要主題に属するf
呈示55174A(第1主題と導入からの様々なモチーフ)f/Des
175237B(第2主題)Des
238253第1楽章導入(以下「導入1」)からの引用、フィナーレ導入(以下「導入F」)からのモチーフを伴う移行主題Des/g
展開2542891.最初のテンポ(「導入F」からのモチーフと主題A)g/a/Des/des
2903162.(主題Aとその転回)C
3173743.(主題Aと「導入F」からのモチーフ)、「導入1」からのファンファーレC/c
3754274.ハ長調からニ長調への突然の転調、転回された主題Aと「導入1」の主題D
4284575.非常に遅く(様々なモチーフを伴った「導入1」とその移行主題、Bと第1楽章のAの開始)d
再現458532B:非常に遅く、長い属音ペダル上のヘ長調F
533622A:Tempo primo. 「導入F」からのモチーフ、ファンファーレと第1楽章展開部からの引用f/B
コーダ623741突然のニ長調への転調、導入からのファンファーレ、Aの転回など。すべての既出モチーフの総括D

(2008.9.13~10.25, 11.30, 2009.8.12, 2010.5.5 この項続く)

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