1.はじめに
記事「MIDIファイルを入力とした分析:五度圏上での和音重心の軌道の相関積分の計算結果」において、五度圏上での和音重心の軌道に基づく作品分析の一つのアプローチとして、時系列データの非線形解析の手法の一つとして知られているGrassberger-Procaccia法(GP法)を用いた相関積分の計算結果を報告しました。そこでは、マーラーの交響曲11曲について、曲毎に小節頭拍における和音(ピッチクラスセット)の五度圏上での重心の軌道について相関積分を行いました。本稿ではその補遺として、楽章毎、拍毎の和音(ピッチクラスセット)の五度圏上での重心の軌道について相関積分を計算した結果を報告します。GP法および相関積分そのものの説明や実験条件の設定にあたっての検討事項等は前回記事と変わりませんので、その詳細については上記記事を参照頂くこととして、ここでは結果の報告だけを行います。
2.実験の条件
対象とする時系列データ:マーラーの交響曲全11曲の五度圏上で和音の重心の軌道データを対象とします。重心計算にあたり五度圏上の各音の座標は、Des=(1,0), E=(0,1), G=(-1,0), B=(0,-1)とし、和音の構成音のピッチクラスの集合につき重心を計算した結果を用いています。和音のサンプリング間隔は、各拍毎のものと、各小節の頭拍毎のものがありますが、今回対象としたのは各拍毎のものです。
また今回は楽章単位に計算を行うこととし、「大地の歌」、第10交響曲のクック版(5楽章)を含む全11曲の計50楽章のデータを対象としました。マーラーの交響曲楽章は30分を超える長大な楽章もあれば、数分のものもあり規模のばらつきが大きいことが特徴ですが、ここでは長短によらず楽章毎に1系列として計算を行いました。各データの系列長は短いもので数百ステップ、長いものでは数千ステップとなります。
相関次元というのが極限で定義されていることからうかがえるように、本来このような分析は、実数値をもつ変数の時系列データが膨大に存在することが前提とされているのに対し、ここで対象となっている音楽作品について言えば、限られた数のデータしかないこと、しかもそれは実世界での測定値であるが故の限界ではなく、作品として固定された有限の長さを持つ音の系列が対象であるが故の制限であり、それを踏まえればそもそもが目安程度の意味合いしか持ちえないことに留意する必要があります。
特に数百ステップのものはGP法を適用する対象としては系列長が短すぎるとされていますが、ここでは相関次元の計算は行わず、単に相関積分を計算しただけということもあり、また計算結果を見る限り、相関積分の傾きのグラフに平坦部分が見られるのは、寧ろ相対的には短く、単純な繰り返し音形が多く、楽式的には3部形式のような繰り返しを持つものが多かったことから、全ての計算結果を公開することにしました。
対象データは五度圏平面の座標であり、x,yの2次元のデータですが、相関積分の計算にあたっては、元の2次元データを対象とするのではなく、x, yそれぞれについて別々に時間遅れ座標系を用いて再構成した相空間における相関積分値を求めることにしました。
遅れ幅の設定:上記のように使用する五度圏上で和音の重心の軌道データは拍毎でサンプリングしたものですので、遅れ幅は1ステップ=1拍として計算を行いました。
埋め込み次元:曲単位での計算実験と同様、m=1~10とします。
半径の設定:曲単位での計算実験と同様、r=0.1~2.0の範囲で0.1刻みとします。
距離の定義:曲単位での計算実験結果を踏まえ、より安定していると思われるユークリッド距離を用いました。
実際の計算にあたっては、対象とする座標データ(<-1=x,y<=1)を更に0~1の区間に規格化したものを用いて相関積分値の計算を行いました。
相関積分の値と半径rとで両対数プロットをして、傾きが直線的に安定している部分の傾きが相関次元になります。傾きの変化の確認のために、相関積分の値と半径rとの両対数プロットに加え、傾きの大きさと半径rの両対数プロットも行うことにしました。
- in:入力データ。各交響曲楽章の重心の遷移軌道(x軸、y軸別)
- result:各交響曲楽章の相関積分値(x軸, y軸別、埋め込み次元m=1~10および相関積分を行った半径(いずれも対数表示。csv形式)。
- plot:各交響曲楽章毎の半径(x軸)毎の相関積分値(y軸)を埋め込み次元m=1~10についてプロットした画像(jpeg形式)。
- slope:各交響曲楽章毎の相関積分値(y軸)の傾きを埋め込み次元m=1~10についてプロットした画像(jpeg形式)。
- gm_sym_grvA.xls:(参考)五度圏上での和音重心の遷移の座標値データとグラフ表示(楽章毎)
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