2024年11月21日木曜日

MIDIファイルを入力とした分析補遺:五度圏上での和音重心の軌道の相関積分の計算結果(拍毎・楽章毎)

  1.はじめに

 記事「MIDIファイルを入力とした分析:五度圏上での和音重心の軌道の相関積分の計算結果」において、五度圏上での和音重心の軌道に基づく作品分析の一つのアプローチとして、時系列データの非線形解析の手法の一つとして知られているGrassberger-Procaccia法(GP法)を用いた相関積分の計算結果を報告しました。そこでは、マーラーの交響曲11曲について、曲毎に小節頭拍における和音(ピッチクラスセット)の五度圏上での重心の軌道について相関積分を行いました。本稿ではその補遺として、楽章毎、拍毎の和音(ピッチクラスセット)の五度圏上での重心の軌道について相関積分を計算した結果を報告します。GP法および相関積分そのものの説明や実験条件の設定にあたっての検討事項等は前回記事と変わりませんので、その詳細については上記記事を参照頂くこととして、ここでは結果の報告だけを行います。

2.実験の条件

対象とする時系列データ:マーラーの交響曲全11曲の五度圏上で和音の重心の軌道データを対象とします。重心計算にあたり五度圏上の各音の座標は、Des=(1,0), E=(0,1), G=(-1,0), B=(0,-1)とし、和音の構成音のピッチクラスの集合につき重心を計算した結果を用いています。和音のサンプリング間隔は、各拍毎のものと、各小節の頭拍毎のものがありますが、今回対象としたのは各拍毎のものです。

また今回は楽章単位に計算を行うこととし、「大地の歌」、第10交響曲のクック版(5楽章)を含む全11曲の計50楽章のデータを対象としました。マーラーの交響曲楽章は30分を超える長大な楽章もあれば、数分のものもあり規模のばらつきが大きいことが特徴ですが、ここでは長短によらず楽章毎に1系列として計算を行いました。各データの系列長は短いもので数百ステップ、長いものでは数千ステップとなります。

相関次元というのが極限で定義されていることからうかがえるように、本来このような分析は、実数値をもつ変数の時系列データが膨大に存在することが前提とされているのに対し、ここで対象となっている音楽作品について言えば、限られた数のデータしかないこと、しかもそれは実世界での測定値であるが故の限界ではなく、作品として固定された有限の長さを持つ音の系列が対象であるが故の制限であり、それを踏まえればそもそもが目安程度の意味合いしか持ちえないことに留意する必要があります。

特に数百ステップのものはGP法を適用する対象としては系列長が短すぎるとされていますが、ここでは相関次元の計算は行わず、単に相関積分を計算しただけということもあり、また計算結果を見る限り、相関積分の傾きのグラフに平坦部分が見られるのは、寧ろ相対的には短く、単純な繰り返し音形が多く、楽式的には3部形式のような繰り返しを持つものが多かったことから、全ての計算結果を公開することにしました。

対象データは五度圏平面の座標であり、x,yの2次元のデータですが、相関積分の計算にあたっては、元の2次元データを対象とするのではなく、x, yそれぞれについて別々に時間遅れ座標系を用いて再構成した相空間における相関積分値を求めることにしました。

遅れ幅の設定:上記のように使用する五度圏上で和音の重心の軌道データは拍毎でサンプリングしたものですので、遅れ幅は1ステップ=1拍として計算を行いました。

埋め込み次元:曲単位での計算実験と同様、m=1~10とします。

半径の設定:曲単位での計算実験と同様、r=0.1~2.0の範囲で0.1刻みとします。

距離の定義:曲単位での計算実験結果を踏まえ、より安定していると思われるユークリッド距離を用いました。

実際の計算にあたっては、対象とする座標データ(<-1=x,y<=1)を更に0~1の区間に規格化したものを用いて相関積分値の計算を行いました。

相関積分の値と半径rとで両対数プロットをして、傾きが直線的に安定している部分の傾きが相関次元になります。傾きの変化の確認のために、相関積分の値と半径rとの両対数プロットに加え、傾きの大きさと半径rの両対数プロットも行うことにしました。


3.計算結果

相関指数を求めるための傾きが一定になる平坦な領域(Scaling Region)は多くの楽章で見出せませんでした。また埋め込み次元の増大に従い、傾きが一定に収束する傾向も明確には確認できない楽章が多いようです。以下に一例として第6交響曲第1楽章と第9交響曲第1楽章の重心軌道のx座標の相関積分値の傾きの曲線を示しますが、特に後期作品の楽章は概ね似たような傾向にあります。


その一方で、初期作品を中心に、幾つかの楽章では、明確ではないものの、傾きが一定になる平坦な領域(Scaling Region)が短いながらも見られたり、埋め込み次元の増大に従い、傾きが一定に収束する傾向が窺えたりするケースもありました。以下は第1交響曲第1楽章のy座標の軌道の相関積分値の傾きです。


後期作品の中では「大地の歌」の中間楽章、中期では第5交響曲第4楽章や第6交響曲第3楽章などに同様の傾向が見られます。それらの共通点としては、繰り返し音形が多く、楽式的には3部形式のような単純なものが多いように思われますので、それらの共通点を調べることによって説明ができるかも知れませんが、この報告では後日の課題に留めたく思います。



但し、それではこのような傾向が見られるのは短く形式的に単純な楽章に限られるかと言えば、必ずしもそうではなく、上掲の第1交響曲第1楽章もそうですし、例えば以下に示す第3交響曲第1楽章のような長大で錯綜とした形式を持つ楽章でも、明確ではないながら、傾きが一定になる平坦な領域(Scaling Region)が短いながらも見られたり、埋め込み次元の増大に従い、傾きが一定に収束する傾向が窺える場合もあります。全般としては、特に第1~第3交響曲までの初期作品により多く見られる傾向のように思われます。しかしながら、こうした傾向が共通の原因に基づくものなのかも含めて、詳細な分析・考察は後日の課題として、ここでは結果の報告のみに留めさせて頂きます。


4.公開データの内容

本報告で報告した実験に関連するデータは、公開したアーカイブファイルgm_euclid_correlation_integral_grvA.zip に含まれています。

解凍すると以下のフォルダ・ファイル構成になっています。
  • in:入力データ。各交響曲楽章の重心の遷移軌道(x軸、y軸別)
  • result:各交響曲楽章の相関積分値(x軸, y軸別、埋め込み次元m=1~10および相関積分を行った半径(いずれも対数表示。csv形式)。
  • plot:各交響曲楽章毎の半径(x軸)毎の相関積分値(y軸)を埋め込み次元m=1~10についてプロットした画像(jpeg形式)。
  • slope:各交響曲楽章毎の相関積分値(y軸)の傾きを埋め込み次元m=1~10についてプロットした画像(jpeg形式)。
  • gm_sym_grvA.xls:(参考)五度圏上での和音重心の遷移の座標値データとグラフ表示(楽章毎)
(2024.11.21 公開)
[ご利用にあたっての注意] 公開するデータは自由に利用頂いて構いません。あくまでも実験的な試みを公開するものであり、作成者は結果の正しさは保証しません。このデータを用いることによって発生する如何なるトラブルに対しても、作成者は責任を負いません。入力として利用させて頂いたMIDIファイルに起因する間違い、分析プログラムの不具合に起因する間違いなど、各種の間違いが含まれる可能性があることをご了承の上、ご利用ください。

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