お詫びとお断り

2020年春以降、新型コロナウィルス感染症等の各種感染症の流行下での遠隔介護のため、公演への訪問を控えさせて頂いています。長期間に亘りご迷惑をおかけしていることにお詫びするとともに、何卒ご了承の程、宜しくお願い申し上げます。

2024年7月15日月曜日

MIDIファイルを入力とした分析:五度圏上での和音重心の原点からの距離の遷移のリターンマップ(改訂版:2024.7.15 )

1.はじめに

 これまで、マーラーの音楽の構造を把握するアプローチの一つとして、MIDIファイルを入力としたデータ分析を行ってきました。その振り返りは、

において行っています。大黒達也『音楽する脳』(朝日新書, 2022) でも例示されているように、MIDIファイルなど用いる音楽情報処理分野における分析では、単一の旋律線を時系列データと見做した分析結果が数多く報告されていますが、上記記事に記載の通り、ここでは和音(厳密に言うとピッチクラス・セットです。詳細は上記記事参照。)の出現頻度や状態遷移についての集計と集計結果に基づく作品間の比較、他の作曲家の作品との比較を中心に行ってきました。直近の一連の分析では、和音の状態遷移パターンの出現頻度からエントロピーを求めたり、マルコフ過程と見做した場合のエントロピーの計算を行ったり、カルバック・ライブラー・ダイバージェンスのような情報量で作品間の比較をしたりといったことも行って来ましたが、和音の状態遷移系列そのものを用いる分析は、ごく初期に和音の(ピッチクラスをビット列と見做した場合の数値に基づく)番号列を直接用いて、時系列データの比較手法(具体的にはDTW(Dynamic Time Warping))を用いたクラスタリングを行い、結果としてはうまく行かなかったその結果を公開しただけで、その後は長短三和音の交替にフォーカルしたものも含め、頻度や出現確率といった或る種の集約値に基づく分析を行って来ており、状態遷移系列そのものを扱うことになかなかアプローチできていませんでした。


2.本稿の主旨

 過去に行った内容を改めて振り返り、和音の状態遷移系列そのものを扱ったものはないかと探してみると、頻度や出現確率を用いた分析を行う前段階として、得られた和音の遷移系列の可視化を試みていることに思い当たりました。具体的には、ピッチクラスのセットとしての和音について、五度圏上でその構成音の重心を計算し、重心の移動の軌跡を五度圏上に重ね書きした結果や、時系列方向にもプロットした結果を3Dグラフィックツールで表示したものを公開しています(記事:MIDIファイルを入力としたマーラー作品の五度圏上での重心遷移計算についてを参照)。

 五度圏上の重心計算結果の系列は、ピッチクラスをビット列と見做した場合の数値に基づく番号の系列とは異なって、こちらは(結果を報告した上記の記事に書いた通り)、構成するピッチクラスの重心を計算することから、距離空間の定義に稍々直観に反する部分はあるものの、一応、距離が入った位相を持っています。但し、二次元のデータである上に、もともと調的な遷移の様子を確認する目的で作成したものであることもあり、調の違いに関する対称性を含んでいます。そこで、和音パターンの状態遷移系列の近似として、五度圏の空間における原点座標からの距離を求め、この距離の系列のリターンマップを書いてみることにしました。これは丁度、五度圏のサークルの原点から円周に向かって直線を引き、重心の計算結果について円周に沿って移動してその直線上の点に帰着させる操作を行っていることになります。同一の和音の原点からの距離は同じであり、直線上の一点に帰着できます。ピッチクラスセット上は区別される和音でも、重心計算した結果の原点からの距離が同じになってしまうと区別ができないという問題はありますが、直線の上で、五度圏の中心(原点)に近い方向にたくさんの構成音からなる複雑な和音がプロットされ、円周に近い方向に、構成音の少ない和音、重音がプロットされ、円周上の点に単音がプロットされることになり、かなり肌理は粗いものの、和音構成音の複雑さに概ね対応する距離空間上での和音の遷移の様子をリターンマップとして眺めることができることになります。

 計算に用いたデータですが、和音の遷移系列の各時点の五度圏上の重心計算の結果を、五度圏のサークル上に重ね書きした結果を踏まえて、各拍単位での系列(A系列)ではなく、各小節単位(各小節の頭拍)での系列(B系列)の重心計算結果を対象として、原点からの距離を計算することにしました。もともとB系列は、小節の頭拍の和音の系列は、系列全体の和音の遷移の粗視化として自然であり、勿論例外はあるものの、相対的に重要な和音がサンプルされることを期待して設定したものですので、今回の目的にも背馳しないものと考えます。

 対象する作品・MIDIデータについては、従来よりマーラーの作品間の比較やマーラーの作品と他の作曲家の作品との比較をするに当たって、所謂「実験群」として用いてきたものを用います。これは記事:MIDIファイルを入力としたマーラー作品の五度圏上での重心遷移計算についてで説明・公開している和音の重心遷移計算の対象となった作品・MIIDデータと同一で、具体的に作品とラベルの対応を示すと以下の通りとなります。
  • 第1交響曲~第9交響曲:mX_Y(X:交響曲通番、Y:楽章)
  • 大地の歌:erde_1~erde_6
  • 第10交響曲(クックによる5楽章版):m101~m105
  • さすらう若者の歌全曲(4曲):ges1~ges4
  • リュッケルト歌曲集(5曲):blicke, duft, liebst, gekommen, mitternacht
  • 子供の死の歌第1曲:nunwill
  • 子供の魔法の角笛による歌曲
  •     夏の交替:mahler-jugent11
  •     ラインの小伝説:rheinlegendchen
  •     魚に説教するパドヴァの聖アントニウス:antonius
  •     美しいトランペットの鳴るところ:trompeten
なお、多楽章形式の作品、連作歌曲については、楽章毎、曲毎に計算・描画を行いました。


3.公開するデータの見方の説明

公開しているアーカイブファイル:returnmap_experimental_B_out.zip を解凍すると
Excel ブック形式のファイル returnmap_experimental_B _out.xlsx が出てきます。このファイルは、シート毎に、上記の分析対象となった作品(交響曲は楽章毎、歌曲は曲毎)についての結果が収めされています。(2024.7.15追記:散布図のリターンマップを更新したため、アーカイブファイルを差し替えました。理由は以下の説明の末尾に記載してあります。)

以下に各シートの内容を記載します。ここでは、これまでの分析でも基準サンプルとして用いてきた、リュッケルト歌曲集の1曲、「私はやわらかな香りをかいだ」(Excelファイルでのシート名=ラベル:duft)を例として示します。


MIDIファイルから抽出した各小節頭拍の音の分布(音高の違いは無視して1行目の音が鳴っているパートの数を数えたもの)が中央にあり、五度圏上での音の座標の定義が左側3列(上半分は1列目の単音のx,y座標が2,3列目に、1列目の音を基音とする主三和音の重心のx,y座標が2,3列目に定義されています)、中央の数値を入力とし、左側の座標定義に基いた重心計算の結果が右側Q,Rの2列(x,y座標)となります。


S列からZ列にかけて、計算結果を時間方向を潰して軌道を平面に重ねたグラフで、ここまでは、記事:MIDIファイルを入力としたマーラー作品の五度圏上での重心遷移計算についてで公開した内容と同一です。

その右側のAB列からAM列にかけてが、今回のリターンマップ作製で追加された部分になります。


AC列が、Q列R列の座標と原点との距離の計算結果です。上記の例の場合であれば、Q,R列と同様に39行目の0.667が曲の末尾であり、それ以降の0は意味を持ちません。従って次のAC列・AD・AE列の作成・計算についてもAC列の39行目までが対象となります。

AB列はAF列からAM列の上のグラフのうち、下の散布図のリターンマップを書くために、(AB列,AC列)が時系列の現時点と次の時点(t, t+1)の関係になるように生成した列で、1行ずれている以外はAC列と同一です。

AD列・AE列はAC列に基づき、AF列からAM列の上のグラフのうち、上の遷移軌道を線で示したリターンマップを描画するために計算した座標値の一部のみを表示しています。描画用の系列長は、元の系列(ここではAB列)の倍になります。

その右AF列からAM列の上のグラフがAD列・AE列に基づき、遷移軌道を線で表示したリターンマップ、下のグラフはAB列,AC列に基づいた座標値の散布図です。なお、一般的にリターンマップの多くがそうであるように、上記のグラフはいずれも、X軸(横軸)が現時点(今見ている小節)、Y軸が直後の時点(次の小節)の状態を表しています。X軸、Y軸とも主三和音は0.644、末尾の0.677は付加六の和音となります。

なお、公開当初はAF列からAM列の下のグラフ、すなわち散布図のリターンマップも、遷移起動描画用に用意したAD列・AE列に基づいてプロットしていましたが、それだと遷移軌道を書くためにAD列・AE列で追加した座標がプロットしたグラフに含まれてしまいます。追加した座標は全て左下から右上のy(=x+1)=xの対角線上に乗り、かつまたこれは隣接した時点で同じ和音パターンに留まる場合と同じなので、分析対象となっている系によっては時系列のサンプルを細かくした場合に相当すると考えることもできますが、もともとここでの時系列は音楽作品の各小節の頭拍をサンプリングしたもので、小節の途中の和音の現実の音楽作品での遷移は、各小節の頭拍の和音が持続するわけではないため、今回の場合には適切でなく、オリジナルのAB列,AC列をプロットした散布図を示すのが適当と考え、差し替えさせて頂くことにしました。

[ご利用にあたっての注意] 公開するデータは自由に利用頂いて構いません。あくまでも実験的な試みを公開するものであり、作成者は結果の正しさは保証しません。このデータを用いることによって発生する如何なるトラブルに対しても、作成者は責任を負いません。入力として利用させて頂いたMIDIファイルに起因する間違い、分析プログラムの不具合に起因する間違いなど、各種の間違いが含まれる可能性があることをご了承の上、ご利用ください。

(2024.7.14 公開, 7.15 改訂版公開)

0 件のコメント:

コメントを投稿