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「アマチュアオーケストラ演奏頻度」ページに2024年分を追加し、更新・公開しました。(2024.12.30)

2025年3月14日金曜日

マーラーについて生成AIに聞いてみた(2):第1交響曲の初演について

  この記事では、マーラーの第1交響曲の初演について生成AIに聞いてみた結果を報告します。

 今日では良く知られているように、この作品はブダペストでの初演の時点では2部5楽章よりなる交響詩として演奏され、その後改訂を重ねながら、ハンブルク、ヴァイマルでも交響詩としての演奏が行われた後、ベルリンでの再演において4楽章の交響曲の体裁を取るに至りました。従って、その点に拘るのであれば、「交響曲としての初演はいつか?」と聞かれているという受け止め方もありうるのでしょうが、一般には「第1交響曲の初演」と言えば、初期の2部5楽章の形態での作曲が一旦完了した後の初めての演奏のことを指すというのが普通の了解でしょう。実際、生成AIの回答も、そうした通常の了解に基づいた回答となっています。

 但し、以下に見るように、GeminiとClaudeは初演の日時と場所の両方について正しく答えられているのに対して、ChatGPTだけは場所についての間違いを繰り返すという挙動を示しました。何故か最初はプラハとし、次にはウィーンと答えているのですが、最初の回答の中には、ウィーンでの再演という言明も含まれているので、矛盾した主張になっています。再度の訂正のプロンプトによって初演の場所については訂正されましたが、訂正後の回答に再度含まれることになった1894年にウィーンでの演奏という情報は誤りです。どうしたわけか、1894年は2度目のハンブルクでの演奏(1893年10月27日)の年ですらなく、3度目のヴァイマルでの演奏(1894年6月3日)が行われた年であり、ChatGPTがこの年に拘る理由は良くわかりません。ちなみに、これはGeminiの回答の通りですが、4楽章形態の交響曲となったベルリンでの4回目の演奏は1896年3月16日、ウィーンでの初演は1900年11月18日まで待たなくてはならず、その間、前年のフランクフルトでの演奏(1899年3月1日)が先行しています。

 また、ChatGPTは初演時のタイトルについても「初演時に「巨人」というタイトルでなく、単に「交響曲第1番」として演奏された」という誤った回答をしています。ブダペスト初演時にタイトルがなかったのはその通りで、「巨人」というタイトルはハンブルクでの再演の際に付けられたものですから、「「巨人」というタイトルは後の改訂の際に付け加えられ」たというのは正しいのですが。初演時のタイトルについてはGeminiの記述が正確であり、Claudeの回答も正しくありません。

 なお、初演の際のオーケストラについて、訂正後のChatGPTはブダペストの歌劇場のオーケストラ、Geminiはブダペスト・フィルハーモニーとしていますが、元々、フィルハーモニー協会のオーケストラとして創設された団体が、その後、歌劇場ができると、歌劇場のオーケストラになるという経緯を辿ったので、結局両者は同一の団体です。Geminiの回答とは異なり、一般に日本ではブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団と呼ばれていますが、この場合には誤りとするのではなく、表記の揺れと見做すべきように思います。ChatGPT, Gemini, Claudeのいずれもそうですが、海外で開発された生成AIの学習に用いられるデータは英語が中心であり、日本語に対応しているに過ぎません(Claudeについてはアプリ自体の言語は英語です)ので、日本語への翻訳の問題で不自然になる部分は少なくとも回答自体の精度の問題とは分けて考えるべきでしょう。

(2025.3.14)

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プロンプト:マーラーの第1交響曲の初演は、いつ、どこで行われましたか?

Gemini (2025.3.13)

マーラーの交響曲第1番の初演は、1889年11月20日にハンガリーのブダペストで行われました。

  • 場所: ブダペスト
  • 時期: 1889年11月20日
  • 演奏団体: ブダペスト・フィルハーモニー交響楽団
  • 指揮者: グスタフ・マーラー自身

この時の作品は、現在一般的に演奏される形とは異なり、「2部からなる交響詩」として発表され、5つの楽章から構成されていました。しかし、この初演は成功とは言えなかったようです。

その後、マーラーはこの作品を何度か改訂し、1896年のベルリンでの演奏で、現在知られている4つの楽章からなる「交響曲第1番」として発表しました。

Claude (2025.3.13)

マーラーの交響曲第1番「巨人」の初演は、1889年11月20日にハンガリーのブダペストで行われました。マーラー自身が指揮を担当し、当時彼がブダペスト王立歌劇場の指揮者を務めていた時期に実施されました。

この初演時の作品は現在私たちが知る形とは少し異なっており、5楽章構成で「巨人、ある人生の詩」という標題を持つ交響詩として発表されました。その後マーラーは作品を改訂し、第2楽章(「花の章」と呼ばれた楽章)を削除して4楽章構成にし、標題も取り下げました。現在一般的に演奏される形になったのは1896年の改訂版以降です。

初演は必ずしも成功したとは言えず、聴衆や批評家には理解されにくいものでした。しかしこの作品はその後、マーラーの最も人気のある交響曲の一つとなりました。

ChatGPT (2025.3.13)

マーラーの**交響曲第1番《巨人》**の初演は、1889年に行われました。

  • 日時: 1889年11月20日
  • 場所: プラハ(当時のオーストリア帝国領)
  • 指揮者: グスタフ・マーラー自身

この初演は、マーラーがウィーン宮廷歌劇場(ウィーン国立歌劇場)の指揮者として活躍していた時期にあたりますが、ウィーンでの初演はこの後、1894年に行われました。

当初、この交響曲は一部の聴衆に強い印象を与えましたが、全体的には賛否が分かれ、特にそのスケールの大きさや新しい音楽的アプローチが批判されたこともありました。しかし、マーラーは後にこの交響曲をさらに改訂し、1894年にウィーンで再度初演を行い、その評価は次第に高まっていきました。

興味深いのは、この交響曲が初演時に「巨人」というタイトルでなく、単に「交響曲第1番」として演奏されたことです。「巨人」というタイトルは後の改訂の際に付け加えられました。

どのエピソードが特に気になりますか?

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プロンプト(ChatGPTのみ):マーラーの第1交響曲の初演の場所はプラハではないのではありませんか?

ChatGPT (2025.3.13)

ご指摘ありがとうございます!おっしゃる通りです。マーラーの**交響曲第1番《巨人》**の初演は、実際にはプラハではなく、ウィーンで行われました。

正確な情報:

  • 日時: 1889年(初演)
  • 場所: ウィーン(ウィーン宮廷歌劇場)
  • 指揮者: グスタフ・マーラー(マーラー自身が指揮)
  • オーケストラ: ウィーン宮廷歌劇場のオーケストラ(当時のマーラーが指揮していたオーケストラ)

プラハではなく、ウィーンで行われたことが確かです。すみません、間違った情報をお伝えしました。

初演時は、マーラーが指揮していたウィーン宮廷歌劇場のオーケストラによって演奏されましたが、この初演は成功を収めることはなく、批評家や聴衆からは賛否が分かれました。しかし、マーラーは自信を持って作品を続け、後にさらなる改訂を行い、より高い評価を得ることとなりました。

改めて、間違いを訂正してくれてありがとうございます!

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プロンプト(ChatGPTのみ):マーラーの第1交響曲の初演の場所はブダペストです。

ChatGPT (2025.3.13)

その通りです!再度、訂正していただきありがとうございます。

マーラーの**交響曲第1番《巨人》**の初演は、ブダペストで行われました。

正しい情報:

  • 日時: 1889年11月20日
  • 場所: ブダペスト(当時のオーストリア=ハンガリー帝国の一部)
  • 指揮者: グスタフ・マーラー
  • オーケストラ: ハンガリー王宮歌劇場(Opera House)のオーケストラ

マーラーがブダペストで指揮していた時期で、ウィーンではなくブダペストで初演されたのです。ウィーンでの初演はその後、1894年に行われました。

改めて訂正していただき、ありがとうございました!

 

 

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