Webで公開されているマーラー作品のMIDIデータを用いたデータ分析については、和音の出現頻度にフォーカスした分析を行った結果を、昨年末に記事「MIDIファイルを入力とした分析:データから見たマーラーの作品 和声出現頻度の分析のまとめ」にて要約したが、これまでの分析は、Webからダンロードして利用可能なマーラー作品のMIDIファイルのデータのうち、「大地の歌」と第10交響曲のクック版を含む全交響曲の各楽章のデータ1種類か、分析によってはそれに一部の歌曲のデータを加えたものに限定していた。
その理由は主として分析における技術的な問題で、元々DTMの一環として、MIDIシーケンサソフトを使って手入力されたか、MIDIキーボードを用いた演奏をMIDIファイル化したもので、ここで行われているような分析目的で作成されたわけではなく、再生して楽しむために作成されたものであるため、楽譜の情報に忠実に作成されているとは限らず(入力ミスやミスタッチもあるが、自然に聞こえることを重視した結果として、必ずしも譜面通りになっていない場合があることにも留意すべきだろう)、もっと言えば元にした楽譜のエディションも不明なので(あくまでも分析の目的に照らしてだが、)信頼できる楽譜に基づいているかどうかもわからない。結果として同一曲・同一楽章の異なるMIDIファイルから抽出した分析対象となる情報にはかなりのばらつきが生じることになり、特に各拍で鳴っている和音を抽出しようとすると、MIDIキーボードの演奏に基づくファイルのデータの場合、しばしば分析対象としての適切さについて疑念が生じるような事態に繰り返し遭遇した。そのため、分析を進める上での方針として、任意の抜き取り調査のようなものを行って、再生結果の音響としての出来は問わず、比較的楽譜に忠実に入力していると判断できる作成者を同定し、その作成者のデータで可能な限り被覆率を上げるようなMIDIファイルの選択を行った。
ところが歌曲の場合には、被覆率が最も高いサイトの楽譜への忠実さの観点での評価が低かったため、分析対象として採用の判断を下せたファイルが少なくなってしまい、結果としてこれまでは交響曲中心の分析となってしまっていた。だが分析対象から除外したファイルについても、上記の被覆率が最も高いサイトのファイルの場合、拍の始まりがごく僅かに拍頭からずれていて、かつそのずれ方が多くの場合に概ね規則的である(従って、再生された音を人間が聴く分には、明確にずれとして認識されるわけではない)ケースが多く見られることがわかった。そこで一通りの分析を終えたこのタイミングで、そうしたファイルについてはMIDIファイルから抽出した未加工の音符の情報に対して、ずれをなくす補正を行った上で分析の対象とすることとして、歌曲のみを対象とした分析を行うことにした。今回の分析の対象となったMIDIファイルは、マーラーの歌曲のもので、かつ2つの連作歌曲集(「さすらう若者の歌」と「子供の死の歌」)およびリュッケルト歌曲集(マーラー自身による管弦楽伴奏版のない「美しさゆえに愛するなら」も含めた5曲を含むものとする)については、曲集に含まれる全ての歌が揃ってMIDI化されているもののみを対象とすることにして、単独の曲のみが偶発的にMIDI化されているものは除外した。リュッケルト歌曲集を連作歌曲集と同列に置くのには異論があるかも知れない。演奏される順序が固定されているわけではなく、従って調的な設計が明瞭というわけでもなく、また一部のみを選択して演奏することもしばしば行われていることを考えれば連作歌曲集と同じ水準に置くには無理があるが、「子供の魔法の角笛」による歌曲やそれに先行する初期の歌曲に比べたとき、そのコヒーレンスの高さは歴然としていると考えられる。他方で「子供の魔法の角笛」による歌曲は、それを歌曲集として捉えようとすると、そもそも外延に揺れがあることを無視することができない。管弦楽伴奏の有無もそうだし、何よりも独立した歌曲でありながら交響曲の一楽章でもあるという、マーラーならではのユニークな状況があって、それらを含めるかどうかについての一致した認識があるようには思えない。そこでこちらについては基本的には個々の歌曲単位で扱うこととした。「大地の歌」もまた、交響曲でありながら連作歌曲集の性格も備えているという点でマーラーならではの両義性を帯びているが、よく知られているようにマーラー自身がある段階まではピアノ伴奏版を考えていたこともあり、管弦楽伴奏の連作歌曲集と同列に置いても不自然ではないことから、交響曲の分析の対象でもあったが、ここでは歌曲として分析対象に含めることにした。
以下に今回分析対象とする歌曲のMIDIファイルを示すとともに、取得元サイトとそのURL、更にデータの補正処理の対象となるファイルを示した。(同一のものが、ダウンロード可能なアーカイブ中にも含まれるので、そちらも参照されたい。)背景色が黄色ないし象牙色のものが今回分析の対象であり、象牙色のものはデータの補正処理を行った結果を分析の入力としたことを示している。
- gm2_lieder_A_seq.csv:ファイル(=曲)単位の出現頻度集計結果(和音パターン番号順)
- cfrq_lieder.pdf:作品毎・出現頻度順の平均累計出現頻度の集計結果(以下の2.A.1)
- cfrq_lieder_all.pdf:MIDIファイルの異稿単位・出現頻度順の平均出現頻度の集計結果(以下の2.B.1)
- lieder_cfrq.pdf:作品毎・和音パターン番号順の平均累計出現頻度の集計結果(以下の2.A.2)
- lieder_cfrq_all.pdf:MIDIファイルの異稿単位・和音パターン番号順の平均出現頻度の集計結果(以下の2.B.2)
- lieder_MidiFileName.pdf:分析対象のMIDIファイルの情報
[ご利用にあたっての注意] 公開するデータは自由に利用頂いて構いません。あくまでも実験的な試みを公開するものであり、作成者は結果の正しさは保証しません。このデータを用いることによって発生する如何なるトラブルに対しても、作成者は責任を負いません。入力として利用させて頂いたMIDIファイルに起因する間違い、分析プログラムの不具合に起因する間違いなど、各種の間違いが含まれる可能性があることをご了承の上、ご利用ください。
(2022.5.16公開)
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