2005年7月31日日曜日

歌詞についての概観

マーラーの作品は歌曲と交響曲がそのほとんどを占めている。 一般にはマーラーは第一義的には交響曲作家であり、また勿論そうした見方は間違って いないが、だからといって歌曲の重要性が看過されるべきではないだろう。

常にあってはかけ離れた、相容れないとすらいえるような二つのジャンルの間の 融合は、歌曲の旋律の交響曲での引用、交響曲楽章への歌曲への嵌め込みを経て 最後には大地の歌という交響曲的な構想をもった連作歌曲集へと至る。 しかし歌曲の側でも、さすらう若者の歌、子供の死の歌といった連作歌曲の流れが あってこそ、大地の歌のようなユニークな形式が生み出されたのだと思われる。

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そこで本ページでは、マーラーが素材とした歌詞をまとめたい。幸い、マーラーに 関しては著作権の問題で原詩の掲載を控えないといけないようなケースというのは ないようなので、その全貌を提示することが可能である。 上述の理由から対象を歌曲に限定するのもマーラーの場合には意味がないので、 交響曲楽章で合唱により歌われるものも含めることにする。外延を嘆きの歌、 3つの歌から大地の歌までの作品とすると、曲数にして60曲程度になる。

なお、本ページの方針として、原詩の背景には(マーラーの自作のケースを除けば、 作者が誰であるかということも含めて)重点をおかない。そうした研究は 数多くあるし、勿論有益だろうが、私見では結局のところ詩というのは素材、 出発点に過ぎない、特にマーラーの場合に限って言えば、優れてそうである言いうる というのがその理由である。

ただしマーラーが施した改変に一定の留意をすべきなのは当然だろう。作曲者の 意図は達成されたものとは別だとはいえ、それは原詩の背景を調べることとは 自ずと次元が異なると思われるし、詩を(かなり気侭に)改変するという スタンス自体が、マーラーの特徴の一つといってよいからだ。

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自作の詩に音楽をつけるのは、ジャンルを問わねば別段驚くべきことでも無いはずだが、 実際にはクラシック音楽の文脈ではマーラーの特徴の一つに数えるべきで、 破棄されたオペラのリブレットも含め、影響関係を論じるならばまずはワグナーの 影響が問題になるのかも知れない。 しかし自作の詩への作曲はある時期を境に途絶えてしまう。それに対し、 歌詞の改変はほとんど改作といってよいクロップシュトックの復活の賛歌の敷衍から、 カトリックの著名な賛歌である「来たれ創造主なる聖霊よ」のパラフレーズを経て、 「大地の歌」の「告別」まで続く。「復活」がそうであるように「告別」もまた、 その改変の程度たるや、実質はベトゥゲの詩を下敷きにした自作の詩と呼んでも いいくらいの徹底ぶりで、そうした詩への介入の程度から見ると後期作品は 初期作品に通じるものがあると言ってもよいくらいに思える。もっともそれ以外では 原詩に忠実であったかといえば決してそんなことはなく、子供の魔法の角笛に 対しては削除、追加といった改変をかなり自由に施して作曲している。

歌詞を素材と見なすこうした態度について裏付けとなるマーラー自身の言葉が あるのはよく知られているが、それを踏まえて言えば第8交響曲の第2部のみが 「言行不一致」の例であるかも知れない。要するにゲーテのファウストへの 作曲というのは、シューマンやリストの先例があるかどうかに関わらず、何より マーラー自身にとっての「例外的な」ケースだった。そして、どう取り繕った ところで第8交響曲の第2部が、マーラーが介入を最小限に控えたゲーテのテキストに 強く拘束されているのは否定しがたいように思える。(とはいえ、例えばシューマンと比べれば、 マーラーはここでも自由に振舞っていると言える。「音楽に詩をあわせる」ための 語句の変更、移動、繰り返しは多く、それらはしばしばゲーテの元の詩の韻律を 壊してしまう。それだけではなく、「熾天使の教父」の語りを全く省略してしまうことで、 後続する「昇天した少年たち」の歌の意味合いを変えてしまうことまでしている。 だがそれでも巨視的に見てゲーテの詩句が音楽の構造を決定していることは 明らかだと思う。) その音楽のそこここに底知れぬ力を放つ瞬間があるのを否定するつもりはないが、 それが瞬間の積み重ねに過ぎず、例えば第1部のあの(些か退行的なのかもしれないが、 それでもなお)緊密な構造に比べても、内容から形式を鍛造する、 あのいつもの動性がその音楽に感じられないのもまた、否定できないように 私は感じている。

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なお詩の掲載にあたっては、手元にある資料、CDのリーフレット類や、Webの 以下のサイトに依拠した。マーラーによる改変についても、私は直接原典に あたって確認できる環境にはないので、同様に二次資料に依拠せざるを得なかった。 特に「大地の歌」については、ベトゥゲの原詩とマーラーの改変のみならず、 ベトゥゲの「種本」であるハイルマンの詩集、その元のエルヴェ・サン=ドニの詩集と ユディト・ゴーチェの詩集、更におおもとの漢詩まで辿る研究が存在するが、 ここではマーラーが参照した原詩とそれに対してマーラーが行った改変に限定して 編集を行っている。詳細を知りたい方は以下の参考サイトをご覧になっていだだくのが 良いと思う。

従って、知見の多くはそうした先行研究やサイトに拠るものだが、異同も 少なくないため、少なからず自分の判断で取捨選択を行わざるを得なかった。
本ページに意義があるとすれば、マーラーが音楽をつけた詩が一覧できるということに 過ぎないかも知れないが、現実にそうしたWebページが他にはない以上、何かの役に 立つこともあるのではないかと考えている。

また、こうしたページの場合には、誤字の類はないように万全を期するべきだが、 つきものであるのが現実であろうと思う。もしお気づきの点があればご教示いただき たく、お願いする次第である。

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一方で、歌詞の翻訳はこのWebページの作成者の力量に余るということで断念しており、 今後も検討対象として扱うときに必要に応じて試訳をすることはあるかも知れないが、 網羅的、包括的な訳詩を行う予定はない。

そもそもWebには、以下でも紹介している梅丘歌曲会館「詩と音楽」の ような素晴らしい訳詩と的確な解説が為されているサイトが既に存在しており、私も参考にさせていただいている。従って、訳詩を必要とされる方には、 そちらを参照されることをお薦めすることにして、ここでは原詩などの資料を掲載するに留める方針とする。

なお、当Webページの歌曲の訳題についても順次、従来の訳詩よりも適切と思われる 梅丘歌曲会館「詩と音楽」のものに準拠するよう変更する予定でいる。梅丘歌曲会館「詩と音楽」で扱われているのは49曲(「大地の歌」を含む)。 詳細はグスタフ・マーラーのページを ご覧になっていただければわかるが、マーラーのほぼ全ての歌曲の歌詞とその対訳を参照することができるようになっている。 参考までに、梅丘歌曲会館「詩と音楽」での訳題を以下に掲げておく。 (2010.7.18/19, 8.16, 9.2, 11.6追記)

  • 若き日の歌 第一集 Lieder und Gesänge aus der Jugendzeit
    • 春の朝 Frühlingsmorgen 詩:リヒャルト・レアンダー
    • 思い出 Erinnerung 詩:リヒャルト・レアンダー
    • ハンスとグレーテ Hans und Grete 詩:作曲者
    • セレナーデ Serenade  詩:ティルソ・デ・モリーナ
    • ファンタジー Phantasie 詩:ティルソ・デ・モリーナ
  • 若き日の歌 第二集 Lieder und Gesänge aus der Jugendzeit
    • 悪い子を良い子にするには Um schlimme Kinder artig zu machen 詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
    • 私は喜びに満ちて緑の森を歩いた Ich ging mit Lust durch einen grünen Wald 詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
    • それ行け! Aus! Aus!  詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
    • 強烈な想像力 Starke Einbildungskraft 詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
  • 若き日の歌 第三集 Lieder und Gesänge aus der Jugendzeit
    • シュトラスブルクの砦の上 Zu Straßburg auf der Schanz' 詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
    • 夏に交代 Ablösung im Sommer 詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
    • 別れて会えない Scheiden und Meiden 詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
    • 二度と会えない Nicht wiedersehen 詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
    • 自意識過剰 Selbstgefühl  詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
  • さすらう若人の歌 Lieder eines fahrenden Gesellen
    • ぼくの好きだった人が結婚式をあげるとき Wenn mein Schatz Hochzeit macht 詩:作曲者
    • 今日の朝、野原をゆくと Ging heut morgen übers Feld 詩:作曲者
    • ぼくは赤く焼けたナイフを持っている Ich hab' ein glühend Messer 詩:作曲者
    • ぼくの好きだった人の二つの青い瞳 Die zwei blauen Augen von meinem Schatz 詩:作曲者
  • 子供の不思議な角笛 Des Knaben Wunderhorn
    • 歩哨の夜の歌 Der Schildwache Nachtlied 詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
    • 無駄な努力 Verlorne müh' 詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
    • 不幸中の慰め Trost im Unglück  詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
    • 誰がこの小唄を思いついたの? Wer hat dies Liedlein erdacht?  詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
    • この世の暮らし Das irdische Leben 詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
    • パドヴァのアントニウス 魚へお説教 Des Antonius von Padua Fischpredigt 詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
    • ラインの伝説 Rheinlegendchen 詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
    • 塔に囚われて迫害を受けし者の歌 Lied des Verfolgten im Turm 詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
    • 美しきトランペットが鳴り響くところ Wo die schönen Trompeten blasen 詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
    • 高度な知性を讃えて Lob des hohen Verstands 詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
    • 三人の天使がやさしい歌を歌ってた Es sungen drei Engel einen süßen Gesang 詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
    • はじめての灯り Urlicht 詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
    • あの世の暮らし Das himmlische Leben 詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
    • 起床合図 Revelge 詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
    • 少年鼓手 Der Tambourgesell 詩:子供の不思議な角笛(Des Knaben Wunderhorn)
  • 5つのリュッケルトの詩による歌曲
    • 私の歌の中まで覗きこまないで Blicke mir nicht in die Lieder 詩:リュッケルト(Friedrich Rückert)
    • 私はほのかな香りをかいだ Ich atmet' einen linden Duft 詩:リュッケルト(Friedrich Rückert)
    • 私はこの世に忘れられて Ich bin der Welt abhanden gekommen 詩:リュッケルト(Friedrich Rückert)
    • 真夜中に Um Mitternacht 詩:リュッケルト(Friedrich Rückert)
    • あなたが美しさゆえに愛するのなら Liebst du um Schönheit 詩:リュッケルト(Friedrich Rückert)
  • 交響曲「大地の歌」 Das Lied von der Erde
    • 『地上の苦悩をうたう酒宴の歌』 Das Trinklied vom Jammer der Erde 詩:ベートゲ(Hans Bethge)
    • 『秋に寂しい人』 Der Einsame im Herbst 詩:ベートゲ(Hans Bethge)
    • 『若さについて』(ピアノ版:「磁器の四阿」) Von der Jugend (Der Pavillon aus Porzellan) 詩:ベートゲ(Hans Bethge)
    • 『美しさについて』(ピアノ版:「岸辺にて」) Von der Schönheit (Am Ufer) 詩:ベートゲ(Hans Bethge)
    • 『春に酔う人』(ピアノ版「春に飲む人」) Der Trunkene im Frühling (Der Trinker im Frühling) 詩:ベートゲ(Hans Bethge)
    • 『別れ』 Der Abschied 詩:ベートゲ(Hans Bethge)
  • 子供たちの死の歌集 Kindertotenlieder 詩:リュッケルト(Friedrich Rückert)
    • 1.いまや太陽は明るく昇る Nun will die Sonn' so hell aufgehn
    • 2.今になってみればよく分かる Nun seh' ich wohl
    • 3.おまえのママが Wenn dein Mütterlein
    • 4.私はよく考える、あの子たちは出かけただけなのだと Oft denk' ich,sie sind nur ausgegangen
    • 5. こんな天気のとき、こんなに風が鳴るときは In diesem Wetter,in diesem Braus

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<参考サイト>
  • 梅丘歌曲会館「詩と音楽」: 従来「大地の歌」、「子供の死の歌」の解説が、素晴らしい訳とともに読むことができたが、現在では、初期歌曲から「子供の魔法の角笛」についての網羅的な訳詩と解説を読むことができる。 詳細はグスタフ・マーラーのページを参照。
  • フィヒテとリンデ:オーパス蔵のCD、 マーラー:交響曲「大地の歌」/ブルーノ・ワルター指揮ウィーン・フィル  カスリーン・フェリアー(a)/ ユリウス・パツァーク(t)添付の訳詩を担当された甲斐さんのページ。訳詩の改訂稿を読むことができる他、マーラーの『大地の歌』の第3楽章「青春について」のテキストに関する、浜尾房子氏の誤訳説を検証、批判した論文「ジュディット・ゴーチェ「磁器の亭」~誤訳説批判」を読むことができる。 なお上記の梅丘歌曲会館「詩と音楽」の「大地の歌」「子供の死の歌」も甲斐さんが担当されている。
  • 香川大の最上英明先生のページでは、 先生の書かれた「マーラーの《大地の歌》─ 唐詩からの変遷 ─」を読むことができる。 即ち、 マーラーの《大地の歌》─ 唐詩からの変遷 ─(第1~3楽章) (「香川大学経済論叢」第76巻第3号(2003年12月発行)掲載) および、 マーラーの《大地の歌》─ 唐詩からの変遷 ─(第4~6楽章) (「香川大学経済論叢」第76巻第4号(2004年3月発行)掲載 ) である。 大地の歌の原詩の変遷を辿るということでは、内容的にも網羅的なこの研究を参照するのが 良いと思う。
  • ドイツのグーテンベルク・プロジェクト (ドイツ語)では、「子供の魔法の角笛」やリュッケルトの詩、そしてニーチェやゲーテのテキストの オリジナルを読むことができる。クロップシュトックの「復活」は残念ながらないようなので、 私はフライブルク大のアンソロジーの ページ(ドイツ語)を参照した。また聖歌(「復活」と「来たれ創造主なる聖霊よ」)については、教会関係のWebで本来の (つまり信仰の場での)姿に接することができる。

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