リートと歌と題された3集よりなるマーラーのピアノ伴奏歌曲集は、内容上は、第1集と 第2,3集の2つに分かれる。第2,3集は出版の便宜上分けられてはいるものの、 いずれも「子供の魔法の角笛」に付曲した作品のみからなっており、しかも、それぞれが 独立の作品であるから、順序にしても第2,3集のいずれに帰属するかについても、 別段の意図はないことになる。第2,3集については出版も1892年に同時に行われており、 ひとまとめとして扱うのであれば、ピアノ伴奏版のみが存在する「魔法の子供の角笛」 歌曲群として9曲をひとまとめにするのが適当だろう。
マーラーは管弦楽法の大家ということになっていて、歌曲においても管弦楽伴奏であることが 特色として挙げられることが多い。そうした中で、このピアノ伴奏の9曲は、同じ「角笛」歌曲でも 管弦楽伴奏を持つ他の作品に比べて、注目される機会は決して高くはないというのが実情かも知れない。
そこで問題になるのは、マーラーの創作の中でこのピアノ伴奏歌曲が占める位置である。 なぜマーラーはこれらの曲に管弦楽伴奏をつけなかったのか。時期の問題というのはありえない。 先行する「さすらう若者の歌」の管弦楽伴奏版の成立過程ははっきりとしない部分があるようだが、 それでも1891年から1893年くらいのことと考えられていて、1888年から1890年くらいに作曲された と考えられているこの「角笛」の9曲だって、その気になれば「後から」管弦楽伴奏版を作ることは 可能だったはずなのだ。マーラーはこれらの9曲については管弦楽伴奏版を作る価値を認めなかったの だろうか。この後、マーラーはアルマへの「私信」の性格があると考えられる「美しさゆえに愛するなら」を 除いて、全ての歌曲について管弦楽伴奏版を作っていて、そういう意味ではこの9曲は寧ろ「例外」の 側に属するといっても良いのである。この点で興味深いのは「夏の交替」で、第3交響曲第3楽章に 素材を提供したにも関わらず、この歌曲自体は管弦楽伴奏版が作られることはなかったようだ。 (2008.10.7 この項続く)
形式の概略(長木「グスタフ・マーラー全作品解説事典」所収のもの)悪い子たちをおとなしくさせるには | 前奏「快活に」 | 1 | 3 | E | ||
前半(第1,2節) | 4 | 19 | ||||
間奏 | 20 | 22 | ||||
後半(第3,4節) | 23 | 38 | ||||
後奏 | 39 | 41 | ||||
緑の森を愉快な気分で歩いていったら | 第1節「夢見るように、総じて優しく」 | 1 | 28 | D | ||
第2節 | 29 | 57 | ||||
第3節「少しより遅くして」 | 58 | 80 | G | |||
第4節「テンポI」 | 81 | 108 | D | |||
終わっては!終わっては! | 第1節「大胆な行進曲のテンポで」 | 1 | 10 | Des | ||
第2節 | 11 | 18 | B | |||
第3節 | 19 | 28 | Des | |||
第4節 | 29 | 40 | A | |||
第5節 | 41 | 48 | Des | |||
第6節「嘆くように(パロディを伴って)」 | 49 | 66 | B | |||
第7節 | 67 | 79 | Des | |||
たくましい想像力 | 前奏「非常にゆったりと、ユーモラスな表現で」 | 1 | 2 | B | ||
第1節 | 3 | 11 | ||||
第2節 | 12 | 20 | ||||
シュトラスブルクの城塁に立つと | 前奏「民謡の調子で(感傷なしに、非常にリズミカルに)」 | 1 | 4 | fis | ||
第1節 | 5 | 16 | ||||
第2節 | 17 | 26 | ||||
第3節 | 27 | 38 | ||||
第4節 | 39 | 61 | H-h | |||
夏の歌い手交代 | 前半「ユーモアを伴って」 | 1 | 31 | b | ||
後半 | 32 | 58 | B | |||
後奏 | 59 | 67 | b | |||
別れさせられ遠ざけられるのは | 第1節「快活に」 | 1 | 45 | F-F/f | ||
第2節 | 46 | 81 | f-F | |||
もう会えない! | 第1節「憂鬱に」 | 1 | 16 | c | ||
第2節 | 17 | 26 | ||||
第3節 | 27 | 40 | ||||
第4節 | 41 | 51 | ||||
第5節 | 52 | 68 | C-c | |||
自惚れごころ | 前半「不機嫌な調子で」 | 1 | 26 | F | ||
後半 | 27 | 57 |
0 件のコメント:
コメントを投稿