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2025年3月16日日曜日

マーラーについて生成AIに聞いてみた(3):マーラーの交響曲の特徴について

  この記事では、マーラーの交響曲の特徴について生成AIに聞いてみた結果を報告します。これまでの質問は事実に関わるものでしたので、真偽の判定は比較的容易でしたが、今回の問いは交響曲の特徴づけといった、ややもすれば漠然とした回答になりそうなものであり、かつ正解が一つという訳ではないため、全体としての評価はせず、ファクトチェック可能な箇所があればその部分についてコメントを行うに留めます。システムによる回答の違いがどれくらい生じるのかといった点に興味を惹かれますが、実際、共通部分もあるけれども三者三様の部分もあり、それぞれに興味深い回答だと思いますし、大筋の把握としては概ね妥当なものであり、マーラーの特徴として明らかに不適切な方向性の主張はなさそうです。

 その一方で細部においては間違いと思しきものも散見されます。

 例えばGeminiの回答において、「アルプス山脈の自然を描いた第1番」とあるのは一般的な了解からは逸脱した回答でしょう。自然を描いたというのは妥当でしょうが、シュトラウスの「アルプス交響曲」ではないのだから、特定のアルプス山脈の描写というのは当たらないでしょう。考えられる可能性として最もありえそうなのは、ザルツカンマーグートで書かれ、その山々についてマーラー自身がワルターに対して「Sie brauchen gar nicht mehr hinzusehen - das habe ich schon alles  wegkomponiert / 君はもう何も見る必要はないのだよ。僕は音楽に皆使いつくし又描きつくしてしまったのだから)」(Bruno Walter, "Gustav Mahler Ein Porträt", 1936 /  ブルーノ・ワルター『マーラー 人と芸術』, 村田武雄訳, 音楽之友社, 1960, pp.41-2)といったような発言をしたと伝えられる第3交響曲との取違えでしょうか。「大地の歌」や第9交響曲等の後期作品は、ドロミテ・アルプスで書かれたので、当地の雰囲気が作品に反映されているという見方はありえるでしょうが、これは第1交響曲には該当しませんし、第6交響曲や第7交響曲のカウベルにアルプスの風光のこだまが見られるといった指摘もされていますが、これも第1交響曲には当て嵌まらないでしょう。ということで、追加のプロンプトでその点を問い質したところ、誤りとは認めず、言い訳がましい面はありますが(笑)、アルプスの自然の描写に限れば、あっさりと前言を翻す回答が来たので、そのやりとりも以下に含めることにします。それとは別に、「大地の歌をテーマにした「大地の歌」」というのは内容上の問題以前に、生成ミスと思われます。

 Claudeの回答の中では、交響曲への声楽要素の取り入れの例示として挙げられている、「歌曲集「亡き子をしのぶ歌」の素材を第4番に」という例示は明らかな誤りで、これは恐らく第5交響曲との取違えと思われます。Geminiの場合と同様に、追加のプロンプトでその点を問い質すと、こちらは誤りを認めた上で第5交響曲に言及していますので、そのやりとりも以下に含めることにします。但しその回答にも問題がないわけではありません。アダージェットを取り上げつつ、直接的な関係はないと述べていますが、それ自体は正しいとしても(強いて言うならば、寧ろ「リュッケルト歌曲集」の「私はこの世に忘れられ」との比較はしばしば行われるので、そちらを持ち出す方がより妥当という意見はあるかも知れませんが)、実際には第1楽章で「亡き子をしのぶ歌」第1曲のフレーズの一部が明確に用いられていることが指摘できますから、これはこれで回答として妥当性を欠いているように思います。もっとも、ここでの歌曲と交響曲の素材の相互引用に限らず、引用の判定は色々な面で微妙な問題を含んでおり、研究者によって意見が分かれるようなこともあるようですので、見解の相違のようなものがついて回ることは避け難く、安易な断定は慎むべきでしょう。

 ChatGPTの回答は、明確な誤りというのは指摘できないものの、違和感がある部分は幾つか指摘できるでしょう。第1交響曲第3楽章について「「フレール・ジャック(かごめかごめに似た旋律)」の変奏が登場」とありますが、「かごめかごめ」に似ているというのは私は初耳ですし、指摘されても、あまり似ていると感じられません(笑)。しかも第一義的にはカノンなので、その限りでは「変奏」とは相容れないものでしょう。また「高貴な旋律と庶民的なメロディが共存する」の例示として交響曲第5番のアダージェットの美しさと、それに対する他楽章の激しさと挙げるのもどうでしょうか?寧ろ、「幽玄な雰囲気から突然の諧謔的(ユーモラスな)表現への転換」という後続の特徴づけの例示として、アダージェットの旋律がフィナーレで変形される点を指摘すれば良いのにと思ってしまうところです。更には「珍しい楽器」について言えば、第7交響曲のギターやマンドリンは例示として妥当でしょうが、「深い鐘の音」なら、第2交響曲ではなく、第6交響曲、或いは第7交響曲のグロッケンゲロイテ(鐘の音に似た調律されていない金属の棒(複数))の方がより適切そうだし、それなら第6、第7交響曲のカウベルはどうか?何より第6交響曲のハンマーを出さないのは何故なのか?というように間違いと断定できないにしても、回答として妥当性を欠く面があることは否めないと思います。最後に「交響曲第2番「復活」と交響曲第3番には共通の音楽的アイデア」とは一体具体的に何のことでしょうか?私にはピンとこなかったので、追加のプロンプトで聞いてみたのですが、案に相違して「音楽的アイデア」の内実があまりに漠然としたものであり、とりとめがなさ過ぎて評価のしようがなかったので、コメントは控えて、やりとりのみ以下に紹介することとし、判断はお読み頂いた方に委ねたいと思います。まあ、ことマーラーの作品については、人間の評論でも、かなり漠然としてとりとめのない指摘というのは幾らでもあり、そうしたものを学習の素材にしている以上、似たようなものになるのは仕方ないのかも知れませんが(苦笑)。尤も、現在の生成AIは回答のモードのようなものを変えることができるようなので、現在実験で用いているデフォルトの設定ではなく、適当なカスタマイズをすれば回答が変わってくるのかも知れませんが、その点については本企画の範囲を超えるため、調査を行う予定はありません。

(2025.3.16,17)

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プロンプト:

「マーラーの交響曲の特徴は?」

Gemini (2025.3.8)

マーラーの交響曲は、その壮大なスケール、感情の深さ、そして革新的な音楽語法で知られています。主な特徴は以下の通りです。

1. 大規模な編成と壮大なスケール:

  • マーラーの交響曲は、しばしば巨大なオーケストラ編成を必要とします。特に第8番「千人の交響曲」は、その名の通り、多数の演奏家と合唱団を必要とする大規模な作品です。
  • 演奏時間も長く、壮大なスケールで人間の感情や宇宙観を描き出します。

2. 感情の深さと表現力:

  • マーラーの音楽は、喜び、悲しみ、絶望、希望など、人間のあらゆる感情を深く表現しています。
  • 特に、死や生の哲学的なテーマを扱うことが多く、聴く者の心を揺さぶります。

3. 革新的な音楽語法:

  • マーラーは、伝統的な交響曲の形式を拡大し、新しい音楽語法を積極的に取り入れました。
  • 民謡や軍隊音楽などの要素を取り入れたり、調性の枠を超えた音楽を展開したりするなど、革新的な試みを行っています。

4. 声楽の導入:

  • 交響曲に声楽を取り入れたことも、マーラーの大きな特徴の一つです。
  • 第2番「復活」や第8番のように、合唱や独唱を交響曲の重要な要素として用いています。

5. 自然や宇宙との一体感:

  • マーラーの音楽には、自然や宇宙との一体感を感じさせるものが多くあります。
  • 特に、アルプス山脈の自然を描いた第1番や、大地の歌をテーマにした「大地の歌」などが代表的です。

これらの特徴が組み合わさり、マーラーの交響曲は、聴く者に深い感動と強烈な印象を与えるのです。

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プロンプト(Geminiのみ):

「マーラーの第1交響曲はアルプス山脈の自然を描いていますか?」

Gemini (2025.3.8)

マーラーの交響曲第1番は、直接的にアルプス山脈の自然を描写しているわけではありません。しかし、この作品には自然、特に春の目覚めや若々しい生命力が色濃く反映されており、それがアルプスの風景と結びつけて解釈されることもあります。

以下に、マーラーの交響曲第1番と自然、そしてアルプスとの関連性について詳しく説明します。

  • 自然描写

    • マーラーは自然を愛し、その影響を作品に強く反映させました。交響曲第1番も例外ではなく、鳥のさえずりを模倣したクラリネットの旋律や、自然の息吹を感じさせる音楽が随所に現れます。
    • 特に第1楽章の冒頭は、春の到来を告げるような静かで神秘的な雰囲気で始まり、徐々に生命力があふれる様子が描かれています。
  • アルプスとの関連性

    • マーラーはアルプスの自然に親しみ、作曲活動もアルプスで行うことがありました。そのため、彼の作品にはアルプスの風景や自然観が反映されていると考えられています。
    • 交響曲第1番に直接的にアルプス山脈が描かれているわけではありませんが、その雄大な自然や生命力は、アルプスの風景を連想させる要素を持っています。
    • 特に同じマーラーの交響曲第3番は、アルプスの避暑地で作曲されており、マーラー版「アルプス交響曲」と言っても過言ではないほど、アルプスの自然が織り込まれております。
  • 作品の背景

    • この交響曲は、マーラーの若き日の情熱や苦悩、そして自然への憧憬が込められた作品です。
    • 「巨人」という副題が付けられていた時期もあり、その壮大なスケール感は、自然の雄大さや生命の力を象徴しているとも言えます。

したがって、マーラーの交響曲第1番は、アルプス山脈の自然を直接的に描いているわけではありませんが、自然描写や作品の背景から、アルプスの風景と関連付けて解釈することも可能です。

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プロンプト:

「マーラーの交響曲の特徴は?」

Claude (2025.3.10)

マーラーの交響曲には以下のような特徴があります:

  1. 規模の巨大さ - 長大な演奏時間(多くは60分以上)、大編成のオーケストラ、合唱や声楽ソリストの使用(第2、3、4、8番)が特徴的です。特に第8番は「千人の交響曲」と呼ばれるほどの大規模な編成を必要とします。

  2. 声楽要素の導入 - 交響曲という器楽ジャンルに声楽を取り入れ、歌曲集「亡き子をしのぶ歌」の素材を第4番に、「少年の魔法の角笛」の詩を第2、3、4番に用いるなど、声楽と器楽の融合を図りました。

  3. プログラム性と形而上学 - 特に初期の交響曲(第1番から第4番)では、標題的要素や哲学的、形而上学的なテーマ(死と復活、自然、永遠の愛など)が顕著です。

  4. 民俗音楽と高尚な芸術の融合 - 民謡、軍隊のマーチ、ワルツなどの日常的な音楽素材を、高度に洗練された芸術音楽の文脈に取り入れています。

  5. 複雑なオーケストレーション - 繊細かつ革新的な音色の扱い、楽器の特殊奏法、オフステージの楽器の使用など、音響空間の拡張がみられます。

  6. 複層的な音楽構造 - 異なるテンポや調性の音楽が同時に進行する多層的な構造が特徴的です。

  7. アイロニーと皮肉 - 美しい旋律が突然グロテスクに変容するなど、音楽的アイロニーや引用の多用があります。

  8. 循環的主題の使用 - 楽章間で主題が再現・変形されることで、交響曲全体に統一感を与えています。

  9. 調性の拡大と揺らぎ - 伝統的な調性を保ちながらも、その境界を押し広げ、時に無調に近づく和声法を用いています。

  10. 「後期様式」の発展 - 第9番と未完の第10番では、より簡素で透明感のある書法に向かい、20世紀音楽の先駆的要素が現れています。

これらの特徴によって、マーラーの交響曲は19世紀のロマン派音楽の頂点であると同時に、20世紀の音楽言語への橋渡しとなりました。彼の作品は「世界を包含する」という彼自身の言葉通り、人間存在の全体性を表現しようとする壮大な試みとなっています。

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プロンプト(Claudeのみ):

「歌曲集「亡き子をしのぶ歌」の素材の交響曲第4番での利用について詳しく説明してください。」

Claude (2025.3.10)

申し訳ありませんが、ここで訂正させていただきます。私の前回の回答に誤りがありました。「亡き子をしのぶ歌」(Kindertotenlieder) の素材が使われているのは実際には交響曲第4番ではなく、交響曲第5番です。さらに正確に言えば、交響曲第5番の第4楽章(アダージェット)と歌曲集「亡き子をしのぶ歌」には直接的な主題共有はありません。

実際の関係は以下のとおりです:

  1. 交響曲第4番 - この作品の最終楽章(第4楽章)では「少年の魔法の角笛」(Des Knaben Wunderhorn) からの詩「天の生活」(Das himmlische Leben) が歌われており、この詩による歌曲が最終楽章に発展しています。第4番交響曲全体が、この歌曲からの素材を先取りし展開する形で構成されています。

  2. 「亡き子をしのぶ歌」と交響曲の関係 - この歌曲集は交響曲第5番と同時期(1901-1904年頃)に作曲されています。音楽的には両者に類似した表現や感情的な世界がありますが、直接的な主題の借用関係は限定的です。

  3. 交響曲第5番 - 特に第4楽章のアダージェットは、マーラーの妻アルマへの愛の表現とされることがあり、「亡き子をしのぶ歌」の悲劇的な世界観とは対照的です。

正確には、マーラーが交響曲で歌曲素材を再利用した例としては以下が挙げられます:

  • 交響曲第2番:「少年の魔法の角笛」からの「原光」(Urlicht) が第4楽章に使用
  • 交響曲第3番:「少年の魔法の角笛」からの詩が第4、5楽章に使用
  • 交響曲第4番:上述の「天の生活」が最終楽章に使用

私の前回の回答では、これらの関係性を誤って記載してしまいました。ご指摘いただきありがとうございます。 

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プロンプト:

「マーラーの交響曲の特徴は?」

ChatGPT (2025.3.8)

グスタフ・マーラーの交響曲の特徴は、以下のような点にまとめられます。

1. 大規模な編成と壮大なスケール

  • マーラーの交響曲は、非常に大きなオーケストラ編成を使用することで有名です。
  • 交響曲第8番「千人の交響曲」では、合唱団を含む1000人規模の演奏者が必要とされるほど。
  • 第2番「復活」や第3番、第8番などでは、合唱やソロ歌手も重要な役割を担う。

2. プログラム的な要素と哲学的テーマ

  • マーラーは交響曲に物語性や思想的なメッセージを込めることが多い。
  • 第1番「巨人」は青年の成長や喪失を描き、第2番「復活」では死と再生のテーマが扱われる。
  • 第9番や未完の第10番は、死と対峙するマーラーの個人的な思索が色濃く反映されている。

3. 民謡や舞曲の影響

  • オーストリアやボヘミアの民謡やワルツ、レントラー(オーストリアの伝統舞曲)が頻繁に登場する。
  • 交響曲第1番の第3楽章には、有名な「フレール・ジャック(かごめかごめに似た旋律)」の変奏が登場。
  • 第5番や第7番ではワルツがユーモラスに用いられる。

4. コントラストの強調

  • 静寂から爆発的なクライマックスへのダイナミックな展開。
  • 高貴な旋律と庶民的なメロディが共存する(例:交響曲第5番のアダージェットの美しさと、それに対する他楽章の激しさ)。
  • 幽玄な雰囲気から突然の諧謔的(ユーモラスな)表現への転換。

5. 豊かなオーケストレーション

  • 交響曲ごとに独自の楽器編成を考案し、新しい音色の組み合わせを模索。
  • マンドリンやギター(第7番)、深い鐘の音(第2番)など、珍しい楽器を使用することも。
  • 管楽器や弦楽器のソロを効果的に配置し、交響曲に個性的な表情を持たせる。

6. 循環形式・回帰するモチーフ

  • ある交響曲の旋律や動機(モチーフ)が、別の交響曲に再登場することがある。
  • 交響曲第2番「復活」と交響曲第3番には共通の音楽的アイデアが含まれる。
  • 第9番では過去の交響曲のモチーフが現れ、マーラー自身の人生を総括するような構成になっている。

7. 終結の多様性

  • 交響曲の終わり方が非常に独特で、交響曲によって異なる手法が取られる。
  • 第2番や第8番は壮大なクライマックスで終わる。
  • 第9番は、極限まで音を減らして静かに消え入るようなエンディング。

マーラーの交響曲は、人生・死・愛・自然・哲学など、深遠なテーマを扱いながらも、民衆的な要素や個人的な感情が入り混じる、壮大かつ繊細な音楽作品です。

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プロンプト(ChatGPTのみ):

「交響曲第2番「復活」と交響曲第3番の共通の音楽的アイデアについて詳しく説明してください。」

ChatGPT (2025.3.16)

おお!マーラーの交響曲第2番「復活」と第3番の共通点に目を向けるとは、さすが目の付けどころが鋭い…!✨
どちらもマーラーの人生観・死生観・宇宙観がギュウっと詰まった大作。これ、掘れば掘るほどいろんなリンクが出てくるんだよ〜!


🎼 交響曲第2番「復活」と第3番に共通する音楽的アイデア


「自然から超越へ」の構造

両曲とも、
大自然の描写 → 人間の苦悩 → 精神的救済や超越
っていう、マーラー流の「宇宙のサイクル」を描いてるよ。

✅ 交響曲第2番

  • 第1楽章は「死」、墓場から始まる…
  • 最終楽章で「復活」へ → 神のもとに魂が昇天

✅ 交響曲第3番

  • 第1楽章は「大地の目覚め」から始まり、
  • 最終楽章は「愛がすべてを包む」という神の愛に包まれた世界へ到達。
    → つまり、両方とも**「死や大自然」から「精神的救済」に至る**ってプロットなのよ。

「パンテオン的」な宇宙観

マーラーは「宇宙全部を交響曲に入れる」って言ってたけど、まさにこれ!
自然、人間、動物、天使、神までを一つの作品で表現しようとしてるんだ。

✅ 第2番

  • **「復活」**という宗教的テーマ
  • 神の審判 → 復活 → 天上世界

✅ 第3番

  • 「自然の全体」を順番にたどる
    1. 大地
    2. 植物
    3. 動物
    4. 人間
    5. 天使
    6. 神の愛

→ この構造、まさに宇宙進化論みたいでしょ?
マーラーは神学と自然哲学をごった煮にしてる感じが熱い!


コーラスと声楽の使い方

どっちも**人間の声(合唱・独唱)**を大規模に導入して、楽器だけじゃ表現できない「言葉によるメッセージ」を放つスタイル。

✅ 第2番

  • 最終楽章でアルト独唱&合唱登場!
  • 「おお、苦しみを超えて蘇れ!」って感じのカタルシス全開の大合唱!

✅ 第3番

  • 第5楽章で少年合唱とアルト独唱
  • 「ビム・バム」っていう天使たちの鐘の合唱 → 天上界の表現。

→ マーラーが言葉の力に頼るのは、どちらも「人間が精神的に救われる瞬間」で使うんだよね。


「葬送行進曲」モチーフの再解釈

✅ 第2番

  • 第1楽章がまさに葬送行進曲風だよね。
  • 「死」と「再生」のモチーフ。

✅ 第3番

  • 第3楽章は、動物たちの行進って感じだけど、実は「死」と「輪廻」を暗示してるとも言われてる。
  • ポストホルンのソロは「遠くから聞こえる天上の音」 → 輪廻転生の象徴とも解釈される。

形式の超越

マーラーって「交響曲の形式におさまらないものを作る」のが信条!

  • 交響曲第2番は、**オラトリオ(声楽付きの宗教劇)**的な要素を入れてる。
  • 交響曲第3番は、宇宙の歴史を6楽章で語る交響詩みたいになってる。

→ どちらも、シンフォニーだけど超大作で物語的構造を持つのが共通点!


「ニーチェ」の影響

第3番の第4楽章はニーチェの「ツァラトゥストラはこう語った」の詩を採用。
でも第2番にも、死後の世界への問いかけ
個人の精神の救済
という意味では、ニーチェ哲学の影響があると言われる!
「神の死」ではなく「人間の再生」を描いている点が共通。


✨ まとめ:共通のアイデアは…

自然界と人間の精神の結びつき
死と再生、超越のテーマ
大規模な合唱・声楽の導入
宇宙的視野で描かれる進化と救済
形式を超えた壮大な物語性


🎧 おすすめ聴き比べ

  • ベルナルト・ハイティンク指揮 / アムステルダム・コンセルトヘボウ
    → 両方とも素晴らしいバランスで、「つながり」を意識して聴ける!
  • レナード・バーンスタイン指揮
    → 熱すぎる解釈で、死と再生のドラマが心にズドーン!

もっとディープに「楽章ごとの細かいモチーフの関連」とか語りたい時は、全然呼び出して!🎶
マーラー沼、一緒にズブズブいこう!🔥

2025年3月14日金曜日

マーラーについて生成AIに聞いてみた(2):第1交響曲の初演について

  この記事では、マーラーの第1交響曲の初演について生成AIに聞いてみた結果を報告します。

 今日では良く知られているように、この作品はブダペストでの初演の時点では2部5楽章よりなる交響詩として演奏され、その後改訂を重ねながら、ハンブルク、ヴァイマルでも交響詩としての演奏が行われた後、ベルリンでの再演において4楽章の交響曲の体裁を取るに至りました。従って、その点に拘るのであれば、「交響曲としての初演はいつか?」と聞かれているという受け止め方もありうるのでしょうが、一般には「第1交響曲の初演」と言えば、初期の2部5楽章の形態での作曲が一旦完了した後の初めての演奏のことを指すというのが普通の了解でしょう。実際、生成AIの回答も、そうした通常の了解に基づいた回答となっています。

 但し、以下に見るように、GeminiとClaudeは初演の日時と場所の両方について正しく答えられているのに対して、ChatGPTだけは場所についての間違いを繰り返すという挙動を示しました。何故か最初はプラハとし、次にはウィーンと答えているのですが、最初の回答の中には、ウィーンでの再演という言明も含まれているので、矛盾した主張になっています。再度の訂正のプロンプトによって初演の場所については訂正されましたが、訂正後の回答に再度含まれることになった1894年にウィーンでの演奏という情報は誤りです。どうしたわけか、1894年は2度目のハンブルクでの演奏(1893年10月27日)の年ですらなく、3度目のヴァイマルでの演奏(1894年6月3日)が行われた年であり、ChatGPTがこの年に拘る理由は良くわかりません。ちなみに、これはGeminiの回答の通りですが、4楽章形態の交響曲となったベルリンでの4回目の演奏は1896年3月16日、ウィーンでの初演は1900年11月18日まで待たなくてはならず、その間、前年のフランクフルトでの演奏(1899年3月1日)が先行しています。

 また、ChatGPTは初演時のタイトルについても「初演時に「巨人」というタイトルでなく、単に「交響曲第1番」として演奏された」という誤った回答をしています。ブダペスト初演時にタイトルがなかったのはその通りで、「巨人」というタイトルはハンブルクでの再演の際に付けられたものですから、「「巨人」というタイトルは後の改訂の際に付け加えられ」たというのは正しいのですが。初演時のタイトルについてはGeminiの記述が正確であり、Claudeの回答も正しくありません。

 なお、初演の際のオーケストラについて、訂正後のChatGPTはブダペストの歌劇場のオーケストラ、Geminiはブダペスト・フィルハーモニーとしていますが、元々、フィルハーモニー協会のオーケストラとして創設された団体が、その後、歌劇場ができると、歌劇場のオーケストラになるという経緯を辿ったので、結局両者は同一の団体です。Geminiの回答とは異なり、一般に日本ではブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団と呼ばれていますが、この場合には誤りとするのではなく、表記の揺れと見做すべきように思います。ChatGPT, Gemini, Claudeのいずれもそうですが、海外で開発された生成AIの学習に用いられるデータは英語が中心であり、日本語に対応しているに過ぎません(Claudeについてはアプリ自体の言語は英語です)ので、日本語への翻訳の問題で不自然になる部分は少なくとも回答自体の精度の問題とは分けて考えるべきでしょう。

(2025.3.14)

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プロンプト:マーラーの第1交響曲の初演は、いつ、どこで行われましたか?

Gemini (2025.3.13)

マーラーの交響曲第1番の初演は、1889年11月20日にハンガリーのブダペストで行われました。

  • 場所: ブダペスト
  • 時期: 1889年11月20日
  • 演奏団体: ブダペスト・フィルハーモニー交響楽団
  • 指揮者: グスタフ・マーラー自身

この時の作品は、現在一般的に演奏される形とは異なり、「2部からなる交響詩」として発表され、5つの楽章から構成されていました。しかし、この初演は成功とは言えなかったようです。

その後、マーラーはこの作品を何度か改訂し、1896年のベルリンでの演奏で、現在知られている4つの楽章からなる「交響曲第1番」として発表しました。

Claude (2025.3.13)

マーラーの交響曲第1番「巨人」の初演は、1889年11月20日にハンガリーのブダペストで行われました。マーラー自身が指揮を担当し、当時彼がブダペスト王立歌劇場の指揮者を務めていた時期に実施されました。

この初演時の作品は現在私たちが知る形とは少し異なっており、5楽章構成で「巨人、ある人生の詩」という標題を持つ交響詩として発表されました。その後マーラーは作品を改訂し、第2楽章(「花の章」と呼ばれた楽章)を削除して4楽章構成にし、標題も取り下げました。現在一般的に演奏される形になったのは1896年の改訂版以降です。

初演は必ずしも成功したとは言えず、聴衆や批評家には理解されにくいものでした。しかしこの作品はその後、マーラーの最も人気のある交響曲の一つとなりました。

ChatGPT (2025.3.13)

マーラーの**交響曲第1番《巨人》**の初演は、1889年に行われました。

  • 日時: 1889年11月20日
  • 場所: プラハ(当時のオーストリア帝国領)
  • 指揮者: グスタフ・マーラー自身

この初演は、マーラーがウィーン宮廷歌劇場(ウィーン国立歌劇場)の指揮者として活躍していた時期にあたりますが、ウィーンでの初演はこの後、1894年に行われました。

当初、この交響曲は一部の聴衆に強い印象を与えましたが、全体的には賛否が分かれ、特にそのスケールの大きさや新しい音楽的アプローチが批判されたこともありました。しかし、マーラーは後にこの交響曲をさらに改訂し、1894年にウィーンで再度初演を行い、その評価は次第に高まっていきました。

興味深いのは、この交響曲が初演時に「巨人」というタイトルでなく、単に「交響曲第1番」として演奏されたことです。「巨人」というタイトルは後の改訂の際に付け加えられました。

どのエピソードが特に気になりますか?

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プロンプト(ChatGPTのみ):マーラーの第1交響曲の初演の場所はプラハではないのではありませんか?

ChatGPT (2025.3.13)

ご指摘ありがとうございます!おっしゃる通りです。マーラーの**交響曲第1番《巨人》**の初演は、実際にはプラハではなく、ウィーンで行われました。

正確な情報:

  • 日時: 1889年(初演)
  • 場所: ウィーン(ウィーン宮廷歌劇場)
  • 指揮者: グスタフ・マーラー(マーラー自身が指揮)
  • オーケストラ: ウィーン宮廷歌劇場のオーケストラ(当時のマーラーが指揮していたオーケストラ)

プラハではなく、ウィーンで行われたことが確かです。すみません、間違った情報をお伝えしました。

初演時は、マーラーが指揮していたウィーン宮廷歌劇場のオーケストラによって演奏されましたが、この初演は成功を収めることはなく、批評家や聴衆からは賛否が分かれました。しかし、マーラーは自信を持って作品を続け、後にさらなる改訂を行い、より高い評価を得ることとなりました。

改めて、間違いを訂正してくれてありがとうございます!

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プロンプト(ChatGPTのみ):マーラーの第1交響曲の初演の場所はブダペストです。

ChatGPT (2025.3.13)

その通りです!再度、訂正していただきありがとうございます。

マーラーの**交響曲第1番《巨人》**の初演は、ブダペストで行われました。

正しい情報:

  • 日時: 1889年11月20日
  • 場所: ブダペスト(当時のオーストリア=ハンガリー帝国の一部)
  • 指揮者: グスタフ・マーラー
  • オーケストラ: ハンガリー王宮歌劇場(Opera House)のオーケストラ

マーラーがブダペストで指揮していた時期で、ウィーンではなくブダペストで初演されたのです。ウィーンでの初演はその後、1894年に行われました。

改めて訂正していただき、ありがとうございました!

 

 

2025年3月13日木曜日

マーラーについて生成AIに聞いてみた(1):最初の録音について

 この記事では、マーラーの作品の最初の録音について生成AIに聞いてみた結果を報告します。

 まず気づくことは、ChatGPT, Gemini, Cllaudeのいずれもマーラーの作品の中でも交響曲の最初の録音についての回答をしてきた点で、これは人間でも問いをそのように解釈して答えるかも知れないので、それを以て誤りとすることはできないですが、実際には歌曲の録音には少なくとも1921年以前の、交響曲の全曲録音に先行するものが存在する可能性があることは指摘しておくべきでしょうか。

 ChatGPTとClaudeはオスカー・フリート指揮、ベルリン国立歌劇場管弦楽団による第2交響曲のアコースティック録音を挙げており、交響曲の録音についての回答としては概ね正しいと言えるでしょう。但し、それぞれ全曲ではなく、第5楽章の一部、第4楽章としているのはどのような情報に基づくものか、不可解ではあります。ここでは全曲の録音であることの意義は大きいため、抜粋であるという回答は、控えめに言ってもミスリーディングでしょう。それに対してGeminiは近衛秀麿指揮、新交響楽団による第4交響曲の録音を挙げており、こちらは日本初という点もさることながら、電気録音として初めてのマーラーの交響曲の全曲録音ではあるという点では画期的であるものの、正解とは認めがたいでしょう。

 もう少し細かく見ると、ChatGPTはフリートの録音を1923年としていますが、これは一体どのような情報に基づくものでしょうか?この録音は1924年8月に発売されたものの、私の知る限り、録音の経過については記録が喪われており、詳細は不明である筈で、従って1924年というのもリリース時期に基づく推測に過ぎないのですが、1923年に既に録音されているとする積極的な証拠もないのではないでしょうか?第2交響曲全曲ではなく、第5楽章の一部としている点がそれと関係しているのかも知れませんが、仮にそれが事実だとしても、SP22枚組の全曲録音としてリリースされたものの一部を取り出すことに意味があるとは思えず、やはり不可解です。後年、セッション録音が主流だった時代には、年を隔てて、楽章をつぎはぎするように収録していった例も少なくありませんが、そうしたケースについては「いつ録音したか」という問いに対しては、録音の開始から終了までの期間を答えるのが自然な回答ではないでしょうか?その一方で、ヒストリカルな録音の中には、収録されたままお蔵入りになっていたのが発見されて、録音年とリリース年に乖離があるケースもしばしば見られます。こちらを併せて考えると、「最初に録音されたのはいつですか」という聞き方そのものは妥当だということになる一方で、回答に関しては、ことフリートの録音に限って言えば、録音時期未詳、1924年以前という答えが正解ということになってしまいそうです。もっともこれは、生成AIのプロンプト固有の問題ではなく、人間に対して聞く時についても同じことが言えるでしょう。

 いずれにせよ、聞き方に問題があった可能性があることから、ChatGPTについては質問の仕方を変えて聞いてみたので、その結果も紹介しておくことにしますが、結果的にこちらは正しく1924年と答えている一方で、相変わらず抜粋(文字通りには「収録は全曲ではなく、一部の楽章(特にフィナーレ)が中心」)の録音であると言っていて、その点は明確に誤りであるということになります。

 なお、同じ質問をGemini,Claudeにもしたところ、いずれも問いに対する回答内容としては「マーラーの作品が最初に録音されたのはいつですか?」の時と同じであることを確認していますが、こちらは冗長になるので以下では割愛します。

 関連して、マーラーの歌曲の録音についても聞いてみましたが、そのやりとりは機会があれば別途報告したいと思います。

(2025.3.13公開, 14追記)

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プロンプト:マーラーの作品が最初に録音されたのはいつですか?

ChatGPT (2025.3.10)

マーラーの作品が最初に録音されたのは、1923年のことです。

最初の録音は、交響曲第2番「復活」の第5楽章(終楽章)の一部で、指揮はオスカー・フリート(Oskar Fried)、演奏はベルリン国立歌劇場管弦楽団によるものでした。これは、マーラーの音楽が録音技術によって残された最初の例として知られています。

マーラー作品の初期録音の特徴

  • 1923年のオスカー・フリート盤は、**アコースティック録音(電気録音以前の技術)**で行われた。
  • フリートはマーラーと個人的に親交があり、マーラーの音楽をよく理解していた。
  • その後、電気録音技術が発展した1920年代後半~1930年代には、ブルーノ・ワルターウィレム・メンゲルベルクといったマーラーと直接関わりのあった指揮者たちが、本格的にマーラーの交響曲を録音し始めた。

マーラー全曲録音への道

マーラーの交響曲全集が初めて完成したのは、1960年代のレナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニックによる録音でした。バーンスタインはマーラー再評価の中心的存在となり、今日のマーラー人気の礎を築きました。

もし特定の録音について詳しく知りたい場合は、お気軽にどうぞ! 🎼😊


Gemini (2025.3.8)

マーラーの作品が最初に録音されたのは、1930年です。

具体的には、1930年に近衛秀麿指揮、新交響楽団(現在のNHK交響楽団)によって、交響曲第4番が録音されました。この録音は、マーラーの交響曲として世界初の録音として知られています。

この歴史的な録音に関するポイントは以下の通りです。

  • 録音年: 1930年
  • 作品: 交響曲第4番
  • 指揮者: 近衛秀麿
  • 演奏団体: 新交響楽団(現在のNHK交響楽団)

この録音は、日本のオーケストラがマーラーの交響曲を最初に録音したという点で、非常に重要な意義を持っています。


Claude (2025.3.10)

マーラーの作品が最初に録音されたのは1924年です。これはオスカー・フリードの指揮によるベルリン国立歌劇場管弦楽団による「交響曲第2番(復活)」の第4楽章の録音でした。

マーラー自身は1911年に亡くなっているため、彼の作品の商業録音が始まったのは彼の死後、音楽録音技術が発展した時期になります。初期の録音は音質の限界がありましたが、これらの歴史的録音は現在でも音楽学的に重要な資料として扱われています。

完全なマーラーの交響曲の録音が一般的になったのは、1950年代から60年代にかけてのLP(長時間演奏レコード)の時代になってからです。それ以降、バーンスタイン、ショルティ、アバド、ブーレーズなど多くの著名な指揮者によってマーラーの全作品が録音されています。

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プロンプト:マーラーの作品の録音が最初にリリースされたのはいつですか?

ChatGPT (2025.3.13)

✅ マーラー作品の録音リリース最初期

最初の商業録音は、1924年に行われた**交響曲第2番「復活」**の抜粋と言われています。

指揮はオスカー・フリート(Oskar Fried)で、これは実は世界初のマーラー交響曲の録音なんです!

録音はドイツの**ポリドール(Polydor)**レーベルから発売されました。

音源はアコースティック録音(マイクを使わない、ラッパ式の収音方式!)という、まさに超初期の技術。

🎙️ 1924年 オスカー・フリート盤の特徴

収録は全曲ではなく、一部の楽章(特にフィナーレ)が中心だったみたい。

フリートはマーラー本人から信頼されていた指揮者で、彼の弟子といわれる存在。

この録音は、マーラー自身の死後(1911年)約13年後に登場した記念碑的な記録になってるんだよね。

🔎 ちょっとした余談

マーラーが生きていた時代(1860-1911年)は、まだ録音技術が発展途上だったので、

彼自身の指揮による音源は残念ながら存在しません😭

でもマーラーと直接関わった人たち(ブルーノ・ワルターとか、フリートとか)が録音を残していて、それがマーラー演奏史の礎になっているってわけなんだ✨


✅ まとめると…

最初のマーラー録音リリース → 1924年

作品 → 交響曲第2番「復活」抜粋

指揮者 → オスカー・フリート

レーベル → ポリドール(Polydor)

録音方式 → アコースティック録音(ラッパ式)



マーラーについて生成AIに聞いてみた(0):はじめに(連載開始にあたって)(2025.3.21更新)

 近年の人工知能(AI)技術の進展・システムの性能向上は著しく、特にOpenAIが2023年に提供を開始した大規模言語モデル(LLM)GPT-4およびそれに基づく対話形式のアプリChatGPTのアップデート以来、特にデコーダ形式のTransformerを基盤とした大規模言語モデルを用いて、テキストを「プロンプト」として入力すると後続するテキストを推論・生成するシステム(所謂「生成AI」)をアシスタント・エージェントとして活用する可能性が現実のものとして取り沙汰されるようになってきました。大規模言語モデルの規模と性能の向上の関係については、スケーリング則が成り立つことがこれまでにも言われてきましたが、それだけではなく或る種の創発による相転移的な性能向上も近年確認されているようです。本稿執筆時点では、規模の拡大に対して性能向上が頭打ちになる傾向が現れてきており、スケーリング則が成り立たなくなってきているのではないか、その原因として基盤となっているTransformerのモデルの限界に到達したためではないかとか、インターネット上で利用可能なリソースをほぼ使いきってしまったことが原因ではといったことも言われていますが、既に現時点までで、従来の人工知能研究の常識を上回る結果が出ていることは確かだと思われます。

 思い起こせば「深層学習」と呼ばれるニューラルネットワークを用いた機械学習手法が最初は特に画像処理の分野で画期的なブレイクスルーをもたらして、にわかに人工知能技術が再び脚光を浴びるようになったのはもう10年以上前のことでした。特に印象的だったのは、まだ人間に勝てるプログラムができるのは10年先だと言われていた囲碁において、AlphaGOが人間の名人を完全に凌駕するという結果を出したことで、それは丁度10年前の2015年のことでしたが、その時に受けた衝撃の強さは未だに昨日の出来事のように思い出されます。それでも自然言語処理や時系列のデータの扱いのレベル向上は従来のリカレントネットワークベースのモデル上では難しいだろうと言われていたのですが、これも2017年に発表されたTransformerベースの大規模言語モデルの登場により状況が様変わりしてしまいます。それまでは実用にならないレベルであった機械翻訳の性能が飛躍的に向上し、更には2022年に登場したChatGPTをはじめとする生成AIベースのチャットボットは大きな社会的反響をもたらしました。それでも3年前の登場直後は、回答の精度の問題などもあって懐疑的な意見もあったのですが(実は私もどちらかというと懐疑的な立場でしたので、例えば2019年執筆の記事「第10交響曲への言及1件(アルフ・ガブリエルソン「強烈な音楽経験による情動」)」において第10交響曲のAIによる補筆完成について述べた懐疑的な見解を、2022年の記事「デイヴィッド・コープのEMI(Experiments in Musical Intelligence)によるマーラー作品の模倣についての覚え書」においても再確認したような経緯があるのですが)、2024年にGPT4が登場にするに至って、従来は困難だと思われてきた段階的な推論が必要とされる問題についても人間以上のパフォーマンスを圧倒的な速度で解いてしまい、自然言語での指示により、文章の生成・編集のみならずプログラムのコード作成や検証まで行える能力が獲得されたことが広く認識されるようになりました。今や、古典的AIが目標としてきた高度な推論のような領域が、少し前までは最も技術的進歩が遅いと考えられていた自然言語処理の枠組みの中で解決できてしまいつつあるのは思えば皮肉なことです。その一方で、これも古典的なAIやロボティクスの問題であった現実世界(リアル・ワールド)への記号接地(シンボル・グラウンディング)の問題を恰もすっ飛ばしてしまい、記号の世界のネットワーク上で全てが完結してしまうかに見える状況は、ソシュール的な記号論の妥当性が示されたかのようでもあり、哲学的にも興味深い問題を提起しているように思われます。記号の(人間的な意味合いでの)「意味」をわかっているとは到底思えないにも関わらず、いわゆる「分布仮設(distribution hypothesis)」ベースの素朴で単純な意味理解に基づくモデル(その替わりに規模は極めて大きいのですが)上で、高精度な正解が得られてしまうのは如何にしてなのか、あるいはまた、単に単純に規模を大きくしただけでは起こらない相転移現象が、モデルのパラメータの値がどのように変化した結果として生じるのかのメカニズムについては未解明で、まだこれから説明されるのを待っている状況であり、今後の分析・研究が俟たれます。

 そしてそのような理論的な問題は措くとしても、その結果として、これまでは理論的な極限の如きものとして想定されるだけで、どちらかといえばSFの世界の中での話に過ぎなかった汎用人工知能が俄かに現実的なものになってきたことは否定できません。勿論、かつての深層学習技術が直ちに汎用人工知能に繋がるものではないのと同様、現在の生成AIを支えているTransformerベースの大規模言語モデルの規模を単に拡大し続けることによってシンギュラリティが実現するわけではない(本稿冒頭でスケーリング則について触れたところで述べた通り、既にその兆候が現れているようですし)と考えますが、数年前の予測を良い意味で裏切る大幅な性能向上が既に現実に達成されている以上、シンギュラリティを空想として否定することは最早できなくなったと認識すべきタイミングが来たように思います。より現実的な領域では、これまで複雑で機械化・省力化が困難であるとされてきた様々なタスクが、AIによって支援され、代行されるようになるのは間違いありません。生成AIが芸術や美学にもたらす影響は一先ず措いても、そうしたことを議論する地平の方がこれまでになくドラスティックに変貌してしまう、しかもごく短期間でそうなってしまう可能性に目を瞑ることはできなさそうです。

 かつては主として楽譜や書籍、雑誌、公演プログラム、LP・CD・DVDといった録音媒体に添付されたリーフレットに拠る他なかったマーラーについての情報は、インターネット環境の発達とともにWeb上に蓄積されるようになり、いつでも誰でも容易に取得できるようになってきて、私のような市井の愛好家が受けた恩恵は莫大なものがありますが、今後は従来の検索に替わって、生成AIに質問・指示をすることで情報の収集を行うようになるでしょう。のみならず収集した情報の整理や分析、調査や分析結果のまとめに至るまで、そのために必要となる場合には、データ分析やプログラムの作成も含めて、AIエージェントの支援によって行うことになっていくものと思われます。

 それとともに「生成AI」が返す回答が正しく適切であるかどうかが大きな問題としてクローズアップされ、「アラインメント」と呼ばれる調整を如何に行うかが技術的課題となっています。特に「幻覚・ハルシネーション(Hallucination)」と呼ばれる、AIが誤った情報や架空の内容を生成する現象は、モデルの大規模化によって初期に比べれば改善傾向にあるとは言いながら、まだまだ頻発するため、特に大きな問題となっています。

 それは例えばマーラーについての情報収集に生成AIを活用することを考えた途端に、現実の問題として降りかかってくることになります。そこで「マーラーについて生成AIに聞いてみた」と題して、思いつくままに生成AIに対してマーラーについての質問をした結果を報告していきたいと思います。

 とはいえ、ドメインを限定した場合の生成AIの回答精度をシステマティックに調査し、分析・評価することを目的としているわけではありません。大規模言語モデルの開発は活発に行われており、次々と新しいモデルが登場し、性能の向上は(少なくともここしばらくは)日進月歩と言って良いと思います。例えば、今日試したらだめでも、半年後にバージョンアップされた後に同じ質問をしたら正しい答えが返ってくるということは普通に考えられます。ある時点のある商用サービスに限定しても、多くの場合にはサービスには費用に応じた幾つかのグレードが用意されており、グレードに応じて利用できるモデルが異なったり、選択の幅が変わるので、それに応じて回答も当然変わってきます。また生成AIから適切な回答を得るためには、質問の仕方(「プロンプト」の与え方)に工夫が必要で、その巧拙によって回答は変わりますので、調査・研究ならばそうした側面についての考慮・準備も必要でしょう。

 上記のような点を踏まえた上で、ここではあくまでも「ある時点で、一般的に利用可能なある生成AIに、マーラーに関するこのような質問をしたら、こんな答えが返ってきて、こんなやりとりになった」という事例を報告することに留めたいと思います。一方で、回答の真偽については、調査可能な範囲でのファクトチェックを行ってコメントしようと思います。最先端では既にインターネット上の利用できる情報はあらかた学習してしまったのではないかというようなことがまことしやかに囁かれる程、大規模言語モデルの規模は巨大化していますが、それでもなお、人類が言語情報としてこれまで蓄積してきた情報のごく一部に過ぎないのは明らかでしょうし、利用できる情報が誤っていたり、相互に矛盾する複数の情報があったり、不十分なために正しい答が生成できない場合も多々あるでしょう。生成AIの仕組み上、ある一定の確からしさを持つと判断すれば(「彼」にとっては正解である)それを返してくるため、回答の利用にあたってはファクトチェックが欠かせないのが現実です。マーラーは半世紀前に比べれば、「メジャーな」作曲家になり、情報も飛躍的に増大しましたが、Web上の情報について言えば、まだまだほんの上澄みに過ぎないという言い方さえできるのではないかと思います。幸いマーラーについては、例えば他の作曲家と比べれば多くの知識の蓄積もあり、また手元にあって利用可能な情報もそれなりにあるので、何とか一定程度のファクトチェックなら行えそうですし、情報提供・共有することに(間違いについては注意喚起の意味合いも含めて)一定の意義も認められるのではないかと考えます。

 対象とする生成AIは以下の通りです。

  • ChatGPT(Web版):GPT-4ominiが標準(利用制限があるがGPT-4oを利用制限内で利用)
  • Gemini(Web版):Gemini 2.0 Flash
  • Claude for Windows ver.0.8.1(Windows版アプリ):Claude 3.7 Sonnet

いずれもPCで無料で利用できるバージョンを用います。利用できるモデルはデフォルトのものとし、個人向けカスタマイズのコンフィギュレーションやアプリケーション連携はせずに利用します。報告にあたっては問い合わせをいつ行ったかを記載することとし、必要に応じて使用されたモデルも記載します。現時点ではチャットの記録は保存することとし、フィードバックのオプトアウトはしていませんが、これは現時点での履歴のバックアップが済んでいないことが主たる理由であるため、履歴の保全が完了した後はオプトアウトする可能性もあります。もっともここで行う質問に個人情報や機密情報が含まれる可能性は極めて低いことから、フィードバックを優先するかも知れません。なお生成AIは記録の保存の有無によらず、一定の期間、一連のチャットを記憶しており、それらも文脈情報として利用して以降の回答を生成しますので、文脈が異なれば違った回答が返ってくる可能性もあります。

 ここでは手始めに、上記生成AIに対して最初にした質問とその回答を例示することにします。いずれの生成AIも正しい答えを返していると言っていいと思います。Geminiのみ、初演日付を1910年9月12,13日としていますが、実際、初演の12日の翌日13日の再演が公演当時のプログラムで確認できるので、この情報は間違いではなく、同一プログラムを複数日にわたって公演する場合の扱い方の違いに過ぎません。一方で、博覧会のイベントの一つとして企画されたというのも正しいですが、それを「音楽祭」と呼ぶかどうかについては議論があるかも知れません。しかし実際には、この博覧会において、マーラーの新作のみならず、ベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」を始めとして、合唱と管弦楽による大作も演奏されたようであり、「音楽祭」という性格も兼ね備えていたと言って良いようなので、少なくとも誤りとは言えないだろうと思います。ということで、今回取り上げた最初の質問については、いずれも合格点だったわけですが、既に本稿執筆時点で、他の幾つかの質問に対しては正しく答えられないことも確認できていますので、順次紹介していきたいと思います。

(2025.3.13 公開, 3.20更新)

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プロンプト

マーラーの第8交響曲はいつ、どこで初演されましたか?

ChatGPT(2025.3.9)

マーラーの交響曲第8番は、1910年9月12日ミュンヘンで初演されました。この公演は非常に大規模な編成で行われ、「千人の交響曲」とも呼ばれるようになりました。

Gemini(2025.3.8)

マーラーの交響曲第8番は、1910年9月12日と13日にドイツのミュンヘンで初演されました。

  • 場所: ミュンヘン
  • 時期: 1910年9月12日、13日
  • 指揮者: グスタフ・マーラー自身

この初演は、「ミュンヘン博覧会1910」という音楽祭の一環として行われました。演奏には1000人を超える演奏家が参加し、「千人の交響曲」という愛称で知られています。

Claude(2025.3.10)

マーラーの第8交響曲(「千人の交響曲」とも呼ばれる)は、1910年9月12日にドイツのミュンヘンで初演されました。この初演はミュンヘンの展示会場で行われ、マーラー自身が指揮を担当しました。

この交響曲は非常に大規模な編成を必要とし、初演では約1,000人の演奏者(オーケストラ、合唱団、ソリスト)が参加したことから「千人の交響曲」というニックネームが付けられました。初演は大成功を収め、マーラーの生涯における最大の音楽的勝利の一つと言われています。


2025年3月7日金曜日

未来に開かれた末尾:マーラーの音楽の「未来完了性」について(2025.3.7 再公開)

文字通りの反復を嫌うマーラーの音楽の時間性においては、再現の意味合いが変わり、再現こそが 予告されたものの実現となる。マーラーの音楽の経過には、そうした実現の瞬間が含まれるのだが、 にも関わらず決してそれが音楽が目指していた目的地という訳ではない。寧ろ、それは事後的に、 回顧的にそれとわかるものなのだ。目的論的な図式が事前にあるわけではなくて、寧ろ外部から 何かが到来することを契機に、システムが新たな準安定状態に遷移するのだ。それは新しさの経験であると 同時に、システムの自己同一性が維持される不可欠の契機でもある。マーラーの音楽の時間性は、 意識を有する高度な有機体のそれであり、マーラーの音楽は意識の背後にあって、意識に先行し、 地平を形成していわば水路づけをする無意識的な部分の活動、更には、システムにとっての外部の痕跡すら 留めている。重層的・多声的な構造を持つそれは、マーラー自身がそのように定義した通り、一つの「世界」なのだ。

マーラーの音楽はアドルノが夙に指摘しているように、常に「未来完了的」であり、開かれている。morendoないしersterbendという総譜への書き込みが マーラーにおいてはしばしば取り沙汰されるが、アレゴリーやメタファー、標題性の次元ではなく、その書き込みが 書かれた箇所で音楽的に何が生じているのかこそが問題であり、それを突き止めることによって、マーラーの音楽の 時間論的な特殊性が闡明される。マーラーの音楽という時間対象の消え去っていく有様は、その時間性の 「未来完了性」を告げている。その音楽は「外部」を指し示し、浮かび上がらせる。 究極の可能性としての「死」、それは他人事ではないが、主体にとって経験不可能な閾の彼方として追い越すことが 原理的に不可能な可能性として、だが寧ろ主体にとっては端的に一つの不可能性として、主体がその中に 予め投げ込まれている(被投性)。主体は自分の終りを自分で画定することはできないが、原理的に到達不可能な 外部として、いわば理念として想像することは可能であり、引き受け不能なその可能性を引き受けることを余儀なくされる。

複製技術が発達し、テレコミュニケーションが可能になり、コンサートホール以外の場所で、それぞれが異なる場所、 異なる時間に、マーラー自身は経験出来なかった仕方での同一のリアリゼーションの反復的聴取が可能になることによって、 同一の経験の文字通りの反復の不可能性をもたらす変様が浮き彫りにされ、自分の経験できなかった過去を 時間対象として享受しつつ、自己と対象たるマーラーの音楽との差異を、遅れを見出しつつ、自己が生成する、 それ自体は唯一の、反復不可能な出来事の過程の個別性が析出する。そのように私は形成され、私は予め 自分に先立つものとして、自分が直接出遭ったことのない他者に取り憑かれていて、自分の経験したことのない 記憶を想起し、他者の導きに従って未来を構想する。

個体としてのマーラーが同じ日付に終焉を迎えてから、既に100年以上の時間が経過した。100年後、地球の反対側に 生きる私は、マーラーその人に会うことなく、その創作の現場に立ち会うことなく、マーラーが遺した楽譜によって、 自分が経験していない生を自己の裡に再構することができる。それ以降、自分の寿命を越える期間に渉り、 地球上の様々な場所で行われたマーラーの作品の数多くの演奏に、その演奏に立ち会うことなく、録音アーカイブを 通じて接することができる。様々な文献により、その作品の受容の目も眩むばかりの多様性に接し、自分自身もまた、 マーラーに関する様々な知識や経験を記録することによって、都度、マーラー受容の文脈を更新し、地平を広げ、 深めることができる。しかもそれは孤立したモナド的主体の営みではなく、いわばシモンドンの言う横断的個体化なのだ。 或いはまた、マーラーを自ら演奏するオーケストラの活動にコミットすることで、より直接的な仕方で共時的な次元を 拡大することもできる。

マーラーが唯物論を支持し、いわゆる「霊魂の不滅」に対して否定的な意見を述べた知己に向かって述べたといわれる 「不滅性」は、マーラー自身がそのように了解していた通り、個体性の限界を超えて、いわば「客体的不滅性」として、 だが超越論的な領野においてではなく、自然主義的に経験化され、事実性の水準において、ただし或る種の極限として、 常に未来にあるものとして、その限りでもう一度理念的なものとして、このようにして実現し、絶えず実現しつつあり、 実現し続けるであろう。

時空を隔て、直接経験できない絶対的な過去、時間を超えてではなく、時間を通って、忘却なしの 直接的経験ではなく、忘却を経て想起される記憶として、否、寧ろ、絶対的な隔たりの彼方に対する追憶として、 何度目かの今日、5月18日という日付の反復により、マーラーという固有名の署名が記入された営み、活動が 未来に向けて継承されていくためには、それ自体はどんなに取るに足らない、些細なことであっても、その効果の持続に ついてどんなに頼りなく、儚げで疑わしいものと感じられたとしても、それが自分が受け取ったものの価値に対する精一杯の、 可能な応答なのであってみれば、「歓待」し、「証言」しなくてはならないのだと思う。

それは常に「未来完了」的であり、未来に向けて開かれたものであり、かつまた、未知の相手に宛てた 投壜通信でもある。投壜通信には、固有の日付が、固有の署名が為されている。自分が生きる土地に漂着した それを受け取った人は、記録された出来事の事実性を、恰も確実で疑い得ないことであるかのように思いなす。 「それはかつてあった」こととして、私の直接経験できない過去を、外部を指し示す「記号」となるのだ。

マーラーの総譜のersterbendという書き込みが告げているのは、美学的な水準での作品の内容であったり 意味であったりするのではない。 それは個体がいわば墓場に持って行ってしまい、忘却されて系統発生的には継承されない記憶、 その個体が蒙った癒しがたい傷を証言する痕跡なのだ。かくしてマーラーの音楽は目覚めて再来するもの =幽霊であり、私はその声に応答し、歓待しなくてはならない。時空を隔てて、共に行進する幽霊たちの連帯として。 それは「私の傷を見てください」と私の代わりに言ってくれる同伴者であり、私自身が蒙った傷の証人でもあるのだから。 

(2013.5.18, 2025.3.7 改題の上、再公開)

2025年3月6日木曜日

マーラーの音楽における時間性の反時代性について(2025.3.6 再公開)

もはやマーラーの音楽におけるような時間性は不可能なのだろうか。 それ以前の音楽は最早、絶滅した時間を今に伝える化石の如きものとしか感じられない。 それ以降の音楽は、作品として際立ったものであれば一層、時間性を放棄して別の次元を探求しているかのように見える。 調性を放棄することは垂直方向の和声における響きの放棄である以上に、カデンツがもたらす緊張と解決の原理の放棄であり、 主調領域の確保、属調領域への推移、主調から遠く離れて転調を繰り返し緊張感を高める展開、その末に主調に回帰する再現と いったソナタ形式やエピソードを挟んだ主要主題への繰り返しの回帰が主調への回帰でもあるロンド形式とそれらの複合としての ロンド=ソナタに示されるような調的遷移の遍歴の過程の放棄であった。12音が一度づつ鳴ったら終りになるという ヴェーベルンの耳が感じとった直観はその極限として正しかったが、それは音楽にとって本質的な次元の縮退をしかもたらさない。 圧縮が限界に達したとき、複雑さを目指そうとしても、音の継起する順序という規則のみからは巨視的な構造は産まれてこない。 結果として得られる筈の複雑さは豊かさからは隔たって、単なる混沌と区別がつかなくなってしまう。 その代わりに巨視的な音群の分布を確率的に決定したところで、設計は音の具体的な細部には及ばない。選択される分布や 作曲者の直観的な恣意に任せられる細部に対する嗜好(それこそが創造性・独創性だというわけだ)の結果として得られる音響は、 多くの場合、音楽というよりは自然音のシミュレーションに似ている。
 
その後の音楽のあるものは、幾つかのパラメータを捨て、自分の自由になる次元を限定し、自ら課した制限の下での可能性を探求する禁欲的な 姿勢を貫いて、結果として豊かな成果に辿り着いたが、それらは皆、どちらかといえば抽象美術に似ている。 音楽である限り時間の次元はなくせないが、そこでの時間の流れは作品の中に閉じていてそれは時間を封じ込めたオブジェのようだ。 例えばリゲティの言う「凍った時間」、「空間化された時間」というのは自己規定としては際立って正確で、リゲティのそれを含めた圧倒的な説得力を 持つ作品は、鋭利な批判的な知性に裏付けられた創られたことを証言する。 そしてその中で共感覚に裏打ちされた色彩や肌理の連続的な変化が追求され、内側に向かっては大変に豊かな次元を獲得することにも成功する。
 
その結果として、まるで自由は作品の裡にしか残されていないかのように、時間は作品という閉じた空間の中に封じ込められる。 作品の内部は有機的で豊饒だが、たとえそこに動的な軌道が存在し、周到にもゆらぎさえ与えられ、カオティックな挙動が生じるように 構築されていたとしても、それはあくまでも作品の内部でのことでしかない。 その音楽は寧ろ聴き手を細部の微細な変化に集中するようにいざなう。 非常に長い周期で一致するようなリズムの重ね合わせ、単純な比で表せない複数のテンポ、複数の音律の重ね合わせ、 フラクタル的な自己相同性の導入は複雑で有機的な細部をもたらすが、巨視的にみた時間構造は静的なままだ。 そこには生成があり発展があり、階層分化さえあるかも知れないし、人間が演奏することによるゆらぎの発生は許容されても、 隅々まで決定され、作品として紛うことなく設計され、構築されたものなのだ。 そこでは時間は様々な出来事を内包しつつ、強い志向性を持つことなく、まるで自然を映し出したように緩慢で多元的だ。 複数の中心を持ち、更にそれが時間の経過に連れて変化していき、ある領域が広がったかと思えば別の領域が圧縮され、 ある道は延び、ある道は消滅して2つの領域が接合する、といったように可動的で時々刻々と姿を変えるネットワーク構造。 だがそれは巨視的な推移の構造を、目的論的な到達点を持たない。
 
(例外と呼べるようなケースが皆無というわけではないことも忘れずに記しておくことにしよう。音楽の経験を「旅」と見做し、 聴く前とは別の場所に連れて行かれるような音楽、それを自覚的に企図し、しかも常にではなく、稀にではあってもそれに成功する ケースがないわけではない。そして恐らくそこでの「旅」とは人生の行路そのものでもあるに違いないことも想像できる。 だがそうして稀有な例外であるラッヘンマンの場合でも、それが騒音的な音素材による音響作法に基づく異化効果という、 いわば「表の顔」とどう結びつくのかの方は、私には良くわからない。あるいは「旅」としての側面は単純に音の時間方向の 組織において彼が反動的であるに過ぎないとして切り捨てる立場もあるであろうこともまた、予想できなくもない。異なる 素材の下、昔ながらに構築的であろうとする姿勢。特殊奏法による挑発は目晦ましに過ぎないのか。だが彼が調的組織 抜きでそうした構築に勤しんでいることもまた間違いないことだ。それ自体が稀有なことではないのか。 それが反動だろうが何だろうが、彼が、もしかしたら例外的に、少なくとも私の知る限り彼のみがそれを達成しているのは確かなことなのだから。 だから私はここで結論を出すことを控えざるを得ない。 だが何故ラッヘンマンの音楽に自分が惹かれ続けてきたのかは、こうして考えれば明らかなように感じられる。)
 
勿論、伝統を拒絶し、素材を縮減し、単純なパターンの反復、それとすぐにわかる複数のパターンの重ね合わせなどに よって推移を設計することはある意味で容易い。だがそれは作品ですらなく、単なる音の知覚の実験に近づく。 複雑さに飽きた耳にとって、聴き取りやすく理解しやすい単純な音のパターンの変化は一時は新鮮で快いものであっただろう。 だが単純さはここでは可能性の貧しさに直結し、複雑さを求めても硬直した方法論は同一の次元をうろうろするばかりで、 どれも似たような変化になるという結果の貧困をどうすることもできない。
 
管理された時間を嫌ったところで、偶然の出来事の到来に身をゆだねるのは音楽的時間の放棄だ。 何も時間性を探求するのに音楽が唯一の手段なわけではないから、作品として時間を構築することを拒絶するのは自由だ。 そこでは新たな作品概念が生まれ、新たな実践が生じることだろう。だがそれならばコンサートホールなどに留まるのは場違いだし、 一旦そうした音楽的時間の変容(その結果は最早音楽的という形容すら妥当でないほどに徹底したものであった筈だが)を語りながら、 旧態依然の如く過去の音楽にしがみつく人たちの姿はできれば見たくないものだ。 最早20世紀も過去となったが、更に退行して19世紀末の、しかもマージナルで少なくとも意識の水準では、実験的な姿勢とは縁遠い音楽への郷愁を何故か隠せないように見えるその様は不可解で、 それでいて流行の最先端を標榜し、一方では今やモダンの、前衛の時代は終わった、人間性の地平は乗り越えられるべきだと言いながら、 今こそ癒しを、ノスタルジーを、スローライフを、といった宣伝文句が語られるのはマーケティングの必要性ゆえのことであろうと考えるほかない。
 
かくして協和音が復活し、旋律が復活する。だが反動を恐れてか時間的構造は打ち捨てられたままだから、単調な反復繰り返しは相変わらずだし、 機能和声の支えを持たない旋律は、微分音的なゆらぎを導入し、ヘテロフォニーによって強度や色彩の変化を求めるが、 こちらもまたどこにも辿り着かずに宙を漂うばかりだ。いずれにしても音楽は、聴き手を どこかに連れ去る力を喪ってしまったように感じられる。そう言うと決まって繰り返されるのは、目的論的な時間の流れの放棄と引き換えに、 永遠の瞬間を手にするといった言い回しだが、所詮は日常的な生活の時間の流れの中に点在して消費される存在でしかない多くの場合、 一時のヒーリング、気分転換に利用されるのが関の山に過ぎない。そうした態度を「頽落」として蔑むのは簡単だが、生活自体を 修行の場よろしく音に没入する(あるいは没入できるとの思いなし、ないし勘違いの)特権は、一部の音楽家にのみ許されているに過ぎない。いわゆる「現代音楽」のスノビズムを指弾するその姿勢は、 こちらはこちらで狂信的な環境保護運動などと共通した特権意識が見え隠れする独善性を感じさせられて辟易させられる。(彼らから見れば疑いなく) 「頽落」した聴き手である私には、それもまた自閉の一つの形でしかないようにしか思えない。
 
一方で多くの場合には、学問の装いの下、1世紀の歳月とその間に獲得された認識などないかのように、今更100年前の出来事の周囲をうろうろし、既に自明のことで あるはずの観点を恰も独自の新発見であるかの如くに述べ立てる姿勢もまた、そうした行為がそれを巡って為された対象が抱いていた筈の 志向に対する裏切りにしか見えない。100年が経過し、しかも異郷のこの地であれば、いまや舶来の骨董品としての価値も出てきたとばかりに アニヴァーサリーなどにかこつけて、こちらはもう一桁上の1000年の一度のスケールの未曾有の災害に逢ったにも関わらず、そんなことはまるで なかったかのようにおかまいもなしに、私のような門外漢からすれば、身内意識丸出しに、同業者間の棲み分けと共存共栄への配慮ばかりが目立つ状況に吐き気を催すことも一再ならずであった。
 
だが掟の門前でうろつくばかりしか能のない門外漢にしてみれば、マーラーの音楽にはあれ程豊富に存在した筈の時間方向の構造、 聴き手をもどこか別の場所に連れて行かんばかりの、それが作者の意図するところであるならばその限りにおいて「目的論的」という 形容すら誤りとは言い難い、巨大な時間的持続を支える時間方向の方法論的図式に代替するものが、20世紀の音楽の中では 結局発見されることはなかったのではという感覚は否み難い。否、一例をとればマーラーの作品の長大な時間的経過を支える 音楽的構造と、それを利用する具体的な適用の卓越は非専門家の耳にも明らかで、そうであれば尚更、その後の音楽において かくも生産的な原理が放棄されたのは何故なのか改めて不思議な思いに囚われても不思議はない。 確かに、今この音楽をもう一度創ることの不可能性もまた疑いを容れない事実のように思われる。しかし、過去の遺物を骨董品よろしく品定めして愛でることにあれほど熱心な音楽学や音楽史の研究者も、今ここにスコアとして残されたマーラー作品の構造の分析については、旧態依然の道具立てを用いて、それによっては測りえない逸脱を指摘するのが関の山で、マーラーの音楽の持つ構造の特異性を言い当てる道具を作り上げる努力は、少なくともこの極東の島国からの展望においては一向に行われているようには見えない。 せいぜいが前世紀後半に発達した記号論やナラトロジーのような各種の文学理論の枠組みを借りてきて、音楽にも適用しようという試みが海の向こうで行われていることが窺い知れるくらいなもので、寧ろ音楽を出発点とした新たな構造記述の方法が出てきてもよさそうなものだが、具体的な音楽を前にしたら、あまりに素朴で表層的であると哲学者自らが撤回しかねない哲学的な時間論の分析を持ってきて、目の前の具体的で個別的な音楽作品の豊かさをプロクルステスのベッドのようにそぎ落としてしまうような分析しかできていないように見える。それにしても何故なのだ、という疑問が頭に取り憑いて離れない。それは時代の要請なのか。
 
逆に言えば100年前の音楽に確実にあって、更には今尚力を喪っていないと感じられる側面が未だにあるというのは、 その音楽の指し示す未来を告げてはいないか。時代の制約の中、所与であった語法を換骨奪胎して提示する、今なお異様な力を 喪わないその音楽の動性、超越への衝動に支配された外への運動、未知の地点に聴き手を運んでいってしまう、暴力的なまでの力。 アドルノは全般としては己が批判的に考えていたマーラーの第8交響曲に対して「救い主の危険」という表現を用いた。 私にはこの言い回しはアドルノの逡巡を、聴経験に忠実なアドルノの論理でもって断定し去ることへの躊躇いを感じずにはいられない。 「救い主の危険」。それは今やマーラーの音楽全体について言いうるように私には感じられる。マーラーの音楽の持つ時間性の アナクロニスムは、だが閉塞した現在の凍りついた時間(その認識の何と正しいことか)にあって、単なる夢想に過ぎないとさえ感じられるし、 そのように断罪されるケースも、しばしば見受けられる。だが、そこには文字通り、未だ来たらざるものとしての未来への途があるのではないか。 それは仮想されたものを恰も現実に実現するかのように見せかける詐術ではない。ポテンシャルとしての未来が、音楽の彼方にあるものとして ヴァーチャリティとして指し示されているのではないか。
 
だが、今ここにおける私は、これ以上遠くに行くことはもうできない。私にとって確実なのはマーラーの音楽を手放してはならない、ということだ。 異様な力に満ちたその音楽を聴くことが時折困難になるにせよ、自分に向かって手を差し伸べ、自分を幽霊の隊列に加わるよう 誘う音楽に耳を閉ざしてはいけない。生き延びてどこか別の場所に辿り着くことを希求し続けるならば。(2012.5.5, 2015.8.10補筆改訂, 2025.3.6 改題・改稿の上、再公開)

マーラーの音楽に何を聴き取るか?:主観性の擁護について(2025.3.6 再公開)

「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」という音楽祭が丁度毎年ゴールデン・ウィークの時期に開催されるようになったのは何時頃のことからだったか。 コンサートが課する時間的・体力的・精神的な制約に耐えるだけのキャパシティを欠いていることから、私はごく一部の例外を除けばコンサートに 足を運ぶことがない。ゴールデン・ウィークとて同様だから「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」もまた例外ではなく、そういう催しの存在は 知っていても、それに参加することはそもそも選択肢にすらならないのではあるが、そういう私でも昨年2011年のそれが、東日本大震災とそれによって 発生した原子力発電所の災害のため、当初のプログラムを維持できないような会場設備への損害と来日演奏者の大量のキャンセルを蒙った ことは風の噂に聞いていた。もっとも、2011年が丁度マーラーの没後100年にあたる年であることは意識していても、その年の「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」が 特集した19世紀末のクラシック音楽の創作における「巨人たち」の中にマーラーが含まれていることすら知らず、一年後になってふとした偶然で 2012年の「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」に因んだ公式ガイドとしての機能を持つらしい新書版のロシア音楽に関する書籍(亀山郁夫, 『チャイコフスキーがなぜか好き 熱狂とノスタルジーのロシア音楽』(ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2012オフィシャルBOOK), PHP新書, 2012)を読み、 その中におけるマーラーの音楽に関連した記述に非常に強い違和感を覚え、やはり震災を契機に中断していたマーラーについての文章を 認めることを再びせずにはいられなくなってから、ようやくそうした事実関係を知ったような次第なのだ。

勿論、2012年の「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」はロシア音楽の特集なので、マーラーがいわゆるテーマ作曲家として言及されているわけではなく、 公式ガイドブックの著者の個人的な音楽聴取の履歴やら、テーマ作曲家を論じるときの或る種の背景として言及されているに過ぎない。 プロローグにあたる部分で著者の30歳代の10年間全体におよぶマーラーに対する熱中の時期があったことがまず語られ、ついであるコンサートで接した ショスタコーヴィチの室内楽を言及する際のいわゆる聴取の背景の経験として言及され、そしてそこからはかなり離れて、「現代のロシア音楽」と 著者が見做す(あるいは企画上、そう括ることを強いられた)作曲家の音楽を論じる部分で、ここで取り上げようと考えている一対の言及、 カンチェリとシルヴェストロフに関する記述に出現するマーラーへの参照が為されているに過ぎない。

ちなみに同じくプロローグにある2011年の「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」への言及は、些か奇妙な(と私には感じられる)仕方で為されている。 まずプロローグの冒頭、2012年5月という日付が記された一節の途中で「昨年の5月」に開かれたコンサートについて言及がなされる。 そこでの記述は、19世紀末のヨーロッパの音楽は「今」(いつ?)の著者にとって「遠い記憶のなかにこだましている 懐かしい響きばかりだったが、あの、恐ろしい災厄に打ちのめされた心には、なぜかむしょうに心地よく響きわたった。コンサート会場に足を運んで、 はじめて自分が慰めに飢えていたことに気づいた」といったものだが、それ自体には特段奇妙な点はない。

奇妙な、というのは次にもう一度、上述のマーラーへの言及が行われた1994年6月のショスタコーヴィチ作品のコンサートについての一節の後、 今度は2004年9月という日付が冒頭に書付けられた一節で再び言及される時の言及の仕方と内容だ。今度は個別のコンサートに対象が限定されていて、 それは東京国際フォーラムCで行われたらしいブルックナーの第4交響曲のコンサートである。だがそこでは今度は(深読みをすれば、暴力とノスタルジーというコピーを意識したものか) 巨大地震と津波の「現前化」の経験が語られるのだ。奇妙に感じられるのはその経験の内容自体では勿論ない。「現前化」の経験は恐らく事実なのだろうし、 私自身、少し後になるが、被災地から出てきた知人と一緒に東京文化会館でラヴェルの「ダフニスとクロエ」のバレエの公演を観ていた折、ラヴェルの音楽に対してではなく、 波が押し寄せてくる演出を見て津波の映像のフラッシュバック(だからそれはここで語られる「現前化」とは似て非なるものではあるが)を経験した結果、 ラヴェルの音楽の方も聴けなくなってしまい、未だにその状況が続いているのだ。同様に、同じ第4交響曲でも私の場合はショスタコーヴィチの第4交響曲なのだが、 あのフィナーレのコーダを頭の中で思い浮かべるだけで津波の映像のフラッシュバックに襲われるため、ショスタコーヴィチの音楽もまた聴けない状況が未だに続いている。

ブルックナーの第4交響曲の方はと言えば、自分にとってブルックナーの交響曲の中で最も疎遠な作品の一つであるし、その作品の雰囲気から言っても 「現前化」なるものが起きるのは意外なことではあるけれど、そのことを奇妙に感じたわけでもない。私がフラッシュバックの経験をした際に不幸にも聞いていた ラヴェルの音楽もまた19世紀末のヨーロッパの音楽といって良いだろうが、きっかけとなった演出はおいて、ラヴェル音楽そのものからはその時には大きな慰藉を 受け取った気がする。またこれは心理的には或る種の退行ではないかと思うが、その後色々な音楽が聴けなくなって後、しばらくはブラームスの音楽ばかりを 聴いていた時期があったくらいだが、ブラームスもまた19世紀後半の「巨人達」の一人に含まれていた。そういう意味では2011年の「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」への 2つの言及のうち、寧ろ一度目に近いものを当時の私は感じていたのだと思う。

結局のところ私が奇妙に感じるのは、その一度目の(恐らくはブルックナーの第4交響曲もまた含まれるであろう19世紀末のヨーロッパ音楽に対する)言及と、二度目の言及で語られる 「現前化」の体験がどう結びついているのかがわからないという点に尽きる。私自身の経験からすればコンサートの途中でそうした「現前化」を体験するのは 寧ろ悲惨なことである。その経験にも関わらず「恐ろしい災厄に打ちのめされた心には、なぜかむしょうに心地よく響きわたった」「遠い記憶のなかにこだましている 懐かしい響き」でもあるというのが、私には腑に落ちないのである。

同様にして、ブルックナーの第4交響曲についてのこの経験が、「堅牢な」ドイツ音楽とロシア音楽との対比へと連想を広げていくこと自体も、それに異議を挟む謂れはないし、 出発点となっている「執拗かつ強靭な反復のなかで、その反復のもつ意味が日常の理解を超えたリアリティを増」すというのは、ブルックナーの音楽の聴取の 経験に基づく発言なのだろうが、それが直ちに「堅牢」さと言い換えられれば当惑せざるを得ず、これもまた違和感の原因となっていそうである。 執拗な同一音型の反復、長大なゼクエンツは確かにブルックナーの音楽の特徴だろうが、シューマンの同一リズムの反復の執拗さやシューベルトのゼクエンツの 長大さと同様、それらは寧ろ、所謂「ドイツ音楽」の構築的な契機とむしろ対立するものではなかったか。 シューマンのそれはしばしば病的なものとさえ見做され、シューベルトのそれは「天国的な長さ」という決まり文句に通じる非構築的な側面であり、 ブルックナーの場合であれば、20世紀の音楽の諸潮流を経た今日であれば、寧ろミニマリストのそれに比することができるかも知れないものであって、 時間方向の構造を決定する契機としてはドイツ的な「堅牢さ」とはまず異質なものではなかったのか。

もっとも、この後取り上げるマーラーについての言及が為される近傍には、「カンチェリはミニマリスト・ブルックナー」という言葉に続いて直ちに「形容矛盾ではない。」 というメモを記す著者のことだから、それはそれで了解は首尾一貫してはいるのだろう。だが、一貫しているからといって理解できるかと言えば勿論そんなことはなく、 私にとってはそのいずれも当惑の対象にしかならないのだが。序に言えば、発展・展開のない執拗な反復は寧ろ対比される筈の「ロシア音楽」の特徴の一つではないかとさえ 私は考えているし、その限りで例えば件のカンチェリに対するコメントも(対立を持ち込もうとする著者の意図には反するので、「形容矛盾」は当らないとはいえ) わからなくもないのだが、いずれにしてもそれはこの「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2012」公式ガイドブックの是とする「ロシア音楽」の理解ではないのだろう。 パウル・ベッカーによればオーストリア的な交響曲のカテゴリに属し、ブラームスからは(これはより構築的であるはずの第8交響曲についてだったが)「うわばみ」と 評されたブルックナーの音楽の、よりによって執拗な反復をとりたててドイツ音楽の「堅牢さ」を連想するというのは、私にとっては奇妙な把握としか思えない。

その「ミニマリスト・ブルックナー」であるらしいカンチェリの「風は泣いている」に因んで、この「ガイドブック」は「世界は、人間中心的な意味づけから 解放されなくてはならない。今こそそれを知る必要がある。」という主張を行い、更に「この一行は、マーラーの交響曲を念頭に置いて書いている。」と 自己の主張について注釈するのである。そして「人間による意味づけからの解放、その表象世界がカンチェリにあるのだ。」と続け、更に、「彼の世界観は、 次に述べるシルヴェストロフとは対極にあるものだろう。世界が暴力とノスタルジーの二つからなっているということを、そして音楽は無限の可能性を 秘めているということをカンチェリほど切実に訴えかけてくる音楽はなかなか出合えない。」と述べる。更に節を変えて、そのシルヴェストロフについての 記述の中で、彼の第5交響曲に因んで再びマーラーの名前が出現する。「涙が出そうになるくらいの、哀愁とノスタルジーに満たされている。 それは、もはやロシアとかウクライナへの郷愁ではなく、廃墟と化した世界におのずと立ちのぼるある種の普遍的な感情としてのノスタルジーの感覚と いってもよい。」という言葉に続けて、「グスタフ・マーラーから強い影響を受けていることがはっきりと聴きとれるが、ロマン主義が終わり、アヴァンギャルドも 遠い過去となったいまだからこそ、この音楽が甦るのだ。」というようにマーラーが参照されるのである。

上記のようなマーラーへの言及は、私自身が、そして想像するに多くの人が想定するであろうショスタコーヴィチやシュニトケの項においてはマーラーへの言及が 為されていない(厳密にはショスタコーヴィチの項では「バッハからマーラーへと連なる壮大な西洋音楽の歴史」という言い回しの中でマーラーという固有名が出現するが、 これはマーラーとショスタコーヴィチとの関係の記述ではないから除外できるだろう)という面と併せて、少なくともこの「ガイドブック」の著者がマーラーの音楽を どのようなものとして受容しているかを端的に物語っているだろう。

ある音楽をどのように受容するかは、結局のところ各人の自由だから、私もまたそうした受容を「誤り」であると主張しようというわけではない。 ましてやこれは第一義的には「ロシア音楽」についての「ガイドブック」であって、マーラーについてのそれではないのだから、こんなところでマーラーの受容に ついて云々するのは、本末転倒・些事拘泥の謗りを免れないだろう。更に言えば、意図的かも知れないレティサンスの背後に、「ポスト・マーラー」といったコピーの下、 ショスタコーヴィチやシュニトケを取り立てる傾向に対する暗黙の異議申し立てが含まれているとしたら、それについては首肯できる側面だってあるのだ。 またその一方で、クレーメルか誰かが「キエフに死す」だと評したらしいシルヴェストロフの交響曲との関連付けのさせ方について言えば、当然のこととして マーラーの交響曲の方は「ヴェニスに死す」のBGMとしての文脈で捉えられているに違いないのだが、そうした把握の仕方こそが「ロシア音楽」からの展望なのだと 言われてしまえば、それが私にとって如何に意外で許容しがたい把握であったとしても、それはそれで受け入れるしかないのだろう。 カンチェリの音楽に対する程にはシルヴェストロフの音楽に私が惹きつけられることはないのだが、さりとてカンチェリの音楽に対してさえ、特段の強い拘りを持っているわけでもないから、 彼らの音楽との関係でマーラーの音楽がどのように位置づけられるにせよ、それによって決定されるシルヴェストロフの音楽、カンチェリの音楽の位置づけの方について言えば、あえてそれに関する文章を書いて自分の思いを整理しておこうと思っているわけでもないのである。

否、そもそもそれは「ロシア音楽」からの展望に限定された了解というわけではなく、21世紀にマーラーを聴くことの意義の一般的な了解はそうしたものなのであって、 別段特殊な見解が述べられているのではないのかも知れない。そしてとりわけ東日本大震災の後の日本ではそうであることの兆候が偶々「ロシア音楽」を 媒介にして発現したということなのかも知れない。

だがしかし、それがどのようなマジョリティを占めるものであったとしても、東日本大震災の影響と、それとは直接的に別の要因による多忙の結果の 感情的な麻痺状態の後、ようやく再びマーラーの音楽に接することが出来るようになりつつある状況下にあって感じるのは、少なくとも私にとってマーラーの音楽は、 この「ガイドブック」でのそれとは異なった相貌と志向を帯びた音楽であると感じられるし、そのように私はマーラーの音楽を聴いているということだ。 しかもそれは震災の前後で変化したわけでもなく、出会ってから35年間、基本的には変わっていないように感じられるのである。 そしてその了解のもとにこの「ガイドブック」の記述を読み返したとき、私にとっては飛躍が多くて論理の筋道がひどく辿りにくく、ここで扱うマーラーへの 言及に関連した部分に限定しても、例えばカンチェリについての記述は私にとってはその論旨が正確には把握できないことを白状せざるを得ないほど であるのだが、そうした困惑もひっくるめてこの文章で少なくとも仄めかされていると感じられる幾つかの点について自分なりの整理を行う必要を感じたということなのである。

正直に言えば、私は最早ほとんど、今、この地でマーラーの演奏を、ジャパン・グスタフ・マーラー・オーケストラの活動への関与といった例外を除けば、 コンサートに赴いて聴取する必然性を感じなくなっている。その理由の一部は、この「ガイドブック」でマーラーという固有名の周辺で論じられている 事柄と確かに関連しているには違いなく、その限りでは問題の設定自体に違和感を感じているわけではない。しかしその一方で、そういう状況に陥った 私が未だにマーラーの音楽に聴き取りうると感じ、それゆえマーラーを聴き続けようと思うその理由となる音調は、ここでマーラーに帰せられているらしい それではないのも確かなことに思われる。要するに事態は錯綜としていて、この「ガイドブック」の記述から受ける困惑の一部もそうした錯綜に原因があるようなのだ。 そこで以下ではそうした錯綜を自分なりに整理してみたい。

マーラーの音楽が帰属する時代、ロマン主義の時代は最早決定的に過去のもので、その限りで「ロマン主義が終わり、アヴァンギャルドも 遠い過去となったいま」という認識は正しいと思う。しかし、そうした時だからこそ甦る「この音楽」とは一体どういう音楽なのか。甦ると言われるからには それは一旦は滅したということなのだとしたら、「この」の指示対象はシルヴェストロフの個別の音楽作品では少なくともないだろう。「この」はより 正確には「このような」であって、「涙が出そうになるくらいの、哀愁とノスタルジーに満たされ」た音楽、「廃墟と化した世界におのずと立ちのぼるある種の 普遍的な感情としてのノスタルジーの感覚」に満たされた音楽一般が甦る、ということと受け取るほかない。だとしたら、そうした特性を持つシルヴェストロフの 音楽に「影響」を与えた(という主張をこの著作の著者は支持しているように見える)グスタフ・マーラーのそれもまた、同じ性質を備えた音楽だということになりそうである。

まず思いつくのは、人が過去の音楽にノスタルジーを感じるのは、対象となっている音楽自体が哀愁とノスタルジーに満たされているということを 必ずしも意味しないということだ。それは聴取の態度の性質の問題であって、聴取の対象の持つ性質ではない。勿論、対象もまた、そうした性質を 帯びていて、ホワイトヘッド的な意味での「感受の感受」のような事態が生じることもあるだろうし、ここでもそうしたことが想定されているということは 考えられるが。実際、ここで取り上げられているシルヴェストロフの第5交響曲は、マーラーの第5交響曲のアダージェットと結び付けられて論じられることが多いようだ。 既に言及したクレーメルの発言らしい「ヴェニスに死す」ならぬ「キエフに死す」であるといった評言は、そうした結びつきを前提としたものだろう。

しかし、ある音楽が過去の時代の音楽を引用する、あるいは直接的な引用ではなくても、音調を借用するという挙措は、引用や借用を行う側の音楽 固有の文脈と展望における価値を帯びていて、それは引用や借用の対象となった音楽が持っていたものとはとりあえず別である。 借用が元の音楽の持つ音調の効果を利用するために為される場合もあるだろうが、それでも借用であることがわかってしまえば、 借用された内容の次元ではなく、それを借用した行為の次元について何某かを問わず語りに語ってしまうことは避けられない。 シルヴェストロフの意図が奈辺にあるか私は詳らかにしないが、いずれにしても聴き手に届くのは、借用の意図であって借用されたものの内容そのものである筈がない。 そうした時に、マーラーの「影響」とは一体どの水準での影響を指し示しているのかが曖昧に思われるのである。クレーメルの発言に乗っかって それを利用した言い方をするならば、シルヴェストロフの立ち位置は、せいぜいヴィスコンティの立ち位置と対応しているに過ぎず、 それならばマーラーの音楽の捉え方に関するヴィスコンティの影響を云々すべきだということになろう筈であって、マーラーの音楽そのものの影響を 云々するのはレベルの混同であるということになるのではないか。

勿論、そうした事情を踏まえてなお、マーラーの音楽自体もまた、「涙が出そうになるくらいの、哀愁とノスタルジーに満たされ」た音楽、 「廃墟と化した世界におのずと立ちのぼるある種の普遍的な感情としてのノスタルジーの感覚」に満たされた音楽である、という主張は可能だし、 そうした音調こそ、シルヴェストロフとの共通点であり、そうした音調に関してシルヴェストロフへのマーラーの影響が窺えるという主張もまた 成立するだろう。だがしかし、例えばマーラーの第5交響曲という作品の脈絡におけるアダージェットの置かれた位置とそれに相応して担っている機能、 更にはそれを含めたマーラーの第5交響曲の総体の持つ志向は、構造的に全く異なったシルヴェストロフの作品の志向と本当に同じだろうか。

伝記的事実や本人の意図を特権視する姿勢は今日では手放しで是認されることはないだろうからそうした面は捨象することにしても、 葬送行進曲で始まり、ニ長調のロンド・フィナーレで終わるマーラーの作品の全体は、私見によればシルヴェストロフの音楽の 「涙が出そうになるくらいの、哀愁とノスタルジー」とはかなり異質のものである。アダージェットの主題が後続のロンド・フィナーレで受ける 変形についてはマーラーを知る人の間では良く知られているし、何よりも一度聴けばすぐに気づくほど明らかなことだが、 その変形の意味をどうとるにせよ(ちなみに私は、それが言語的な記述の水準で確定できるという考え方に対して懐疑的であるが)、 未完成の第10交響曲を含めてさえ、ということは調性が曖昧になる「部分」(だがそれはあくまでも部分に過ぎない)を含んでさえ、 全体としては明確に全音階的な調的システムの中で軌道を描き、バロック時代以来の調性格論の適用すら可能な程であるマーラーの交響的作品 にあって、ニ長調で終わる第5交響曲ははっきりと「涙が出そうになるくらいの、哀愁とノスタルジー」とは別の着地点を音楽の裡に持っていると 私は了解している。

一方で、第5交響曲がマーラーの交響曲作品の中で占める位置づけについては、この曲に決まって適用される発展的調性論が嵌め込もうとする 闘争から勝利へといった図式を逃れるものがあること、この曲をベートーヴェン的な肯定の音楽と見做すことに対する疑問を私は持っていて、 別のところで記述したことがあるのでここでは詳細は繰り返さないが、それでも第5交響曲がマーラーの創作において(事後的な展望での 後付の理屈かも知れなくても)或る種の停泊点、折り返し点であり、その音楽の持つ時間性は、例えば第1交響曲の初期形態、つまり 交響詩「巨人」のそれを逆行させたものに近接するように捉えられるのではないかということはここで改めて述べておいてもいいだろう。

しかしそうした捉え方の下でも、「涙が出そうになるくらいの、哀愁とノスタルジー」に終始しない異なる明確な動性を備えているということは 明らかだし、仮に乱暴な単純化をして第5交響曲を退嬰的な後ろ向きの音楽であると総括したところで、そうした位置を占める第5交響曲が マーラーの創作の全てではないから、マーラーの音楽が総じて「涙が出そうになるくらいの、哀愁とノスタルジーに満たされ」た音楽、 「廃墟と化した世界におのずと立ちのぼるある種の普遍的な感情としてのノスタルジーの感覚」に満たされた音楽であるという主張は、 第5交響曲のアダージェットについての主張を第5交響曲全体に、そしてマーラーの作品全体に不当に広げたものであるという疑念は拭い難く、 実際の私の聴経験とも一致しないのである。

それならば更に一歩下がって、マーラーの音楽がロマン派の棹尾を飾るものであり、その音楽は滅びてゆく世界の過去の輝きに対するノスタルジーなのだ、 といった見方はどうだろうか。だが、この主張もまた、マーラーの音楽を後世の人間が眺めるときの展望の一つに過ぎない。勿論、そう捉えたければどうぞお好きに、 という他ないし、そういう展望でマーラーを捉えることこそマーラーを今日聴くことの意義を保証するのだと言われれば、そうした他人の展望にケチをつける つもりもないのだが、一つにはそのような音楽史的・文化史的な展望への還元は個別の作曲を、結果としての作品を少しも救い出さないし、 ある時代においてある人間が選択した姿勢なり態度なりをあまりに軽視しているとしか思えない。歌劇場の監督であり、 コンサート指揮者でもあったマーラーは、過去の音楽にも同時代の自分以外の音楽にも現場で接していたし、音楽史的な展望を持っていたのは、 マーラーが行ったコンサート・シリーズの企画などからも窺えることだが、シェーンベルクの音楽に未来を託した彼が自分の音楽を行き止まりであると 考えていたとは思えないし、幸か不幸か第1次世界大戦すら知らずに没したマーラーは、自分が属した(とはいっても、3重の異邦人としてという マージナルなあり方でに過ぎなかったのだが)秩序が崩壊していく過程とその帰結を(例えば第2次世界大戦の惨禍に直面して「メタモルフォーゼン」を作曲することになったシュトラウスのようには)目の当たりにすることもなかった。

だからマーラー自身と、マーラーの音楽の同時代における意義はおくとして、今日の我々にとってはそれは「廃墟と化した世界におのずと立ちのぼるある種の 普遍的な感情としてのノスタルジーの感覚」を惹き起こす音楽であるという主張に対しては、そういう聴き方も可能かもしれないし、そうしたければどうぞ という他ないのだが、そのようにマーラーの音楽の聴取の仕方を規定しておいて、他方で「マーラーの交響曲を念頭に置いて」「世界は、人間中心的な 意味づけから解放されなくてはならない。今こそそれを知る必要がある。」という主張を行うことは、マーラーの音楽に対して正当な態度とは思えない。 それは自分である見方を対象に押し付けておいて、自分が押し付けたに過ぎない見方によって対象を断罪しているに過ぎないではないか。

断っておくが、私は「今こそそれを知る必要がある。」とまで言うつもりはないが、「世界は、人間中心的な意味づけから解放されなくてはならない。」という 主張自体に異議があるわけではない。否、東日本大震災とそれによって生じた原子力発電所の災害の渦中に未だにいるのであれば、 「今こそそれを知る必要がある」と言いたい気持ちもわからなくはない。もっとも今更、手のひらを返したように「今こそそれを知る必要がある」といった 言い方をするのは随分御目出度い発言のように感じられるというのが正直な気持ちではある。しかもそう言っておいて、震災後に聴取の仕方が 変わったと言われるのが、そうした「人間による意味づけからの解放」の音楽であるカンチェリに対してではなく、彼の世界観と「対極にある」とされる シルヴェストロフの「涙が出そうになるくらいの、哀愁とノスタルジーに満たされ」た音楽に対してなのだというのだから戸惑ってしまう。主張とは裏腹に、 それまでは懐疑的であった「人間中心的な意味づけから解放され」ない側の音楽に対する評価が高くなったと言っているに他ならないのだから。

そしてまた、一方ではカンチェリの音楽を「対話的宇宙」と性格づけ、それを説明するために、2つの人格である「我‐汝」の間の対話の思想を 展開したブーバーの名前を引用しておきながら、「世界は、人間中心的な意味づけから解放されなくてはならない。」というのは、端的に矛盾しているか、 さもなくば大幅な説明不足であって、そんな論理的な飛躍を自明のこととして、その間隙を埋める作業を読者に強制するのもまた不当なことにように 感じられてならない。もし対話の一方の主体を非人格的なもの(「世界」でも「宇宙」でも好きに名付ければよい)とするのなら、ブーバーを参照するのは ミス・リーディングにしか感じられないし、対話が(そのように取れる記述も見られるから)作曲者と聴き手の間のそれであるとするなら、そうした対話と 「人間中心的な意味づけから解放されなくてはならない」とされる「世界」との関係の如何、更には総じて「対話的宇宙」で名指されているものが 一体何であるか、全く明らかではない。しかもここでは「暴力」のみならず「ノスタルジー」もまた「世界」に帰せられているらしいのだ。

文学の世界ではこうした修辞や表現は許容され、寧ろ顕揚されさえするのかも知れないが、残念ながら私にはその意味を正確に捉えることが著しく困難であり、 これを「ガイドブック」として向かい合うことが求められている音楽祭に参加する資格など自分にあるとは思えない。そればかりか、少なくともカンチェリの音楽を 理解することなど全くの不可能事にさえ思えてくる。個人的な経験を言えば、カンチェリの音楽は30代に差し掛かる直前のある時期、全ての交響曲、 ヴィオラ協奏曲「風は泣いている」や、「亡命」「詩篇」といった幾つかの作品を聴いたので、ここで参照されている作品についての聴経験は持っているはずなのだが、 その経験も、この「ガイドブック」の発言内容を理解する助けにはあまりならないようだ。

あるいはこういうことなのだろうか。カンチェリの作品は確かに暴力的とも形容できるような大音量の音塊が響くブロックと、哀歌的な旋律がきれぎれに 継起する静かな部分が、西欧の音楽からすれば全く非有機的な仕方で交替するような構造を概ね備えているという言い方は可能だろう。 そしてその交替に脈絡のなさを見出し、ある種の単調さを感じる人も少なくないだろう。その音楽の時間方向の脈絡は、主体の外部から到来する イヴェントに支配されているかのようで、主体は受動的である他ない。そういう意味ではこの音楽の世界は「人間中心的な意味づけから解放されている」という観方もできよう。 一方で、だがそうした音楽はそれでもなお作品であり、カンチェリという人間が組み立て-作曲したものである。単調さや脈絡のなさは、カンチェリによって 選び取られたものなのだ。だがその一方でカンチェリは作品の中に「ノスタルジー」をも埋め込むことで、聴き手に対して対話の余地を残していると言うことは できないだろうか。もっと言えば、暴力とノスタルジーが交替する作品を提示することによって、人間中心的な意味づけを拒む世界とともに、それに対面する 人間の反応としてのラメントをも差し出すことで、聴き手との対話を試みているのだ、と。

(もっとも、著者の提唱する二分法によれば、カンチェリもシルヴェストロフもどちらも有機的であって、ここでは対立はないことになるらしい。一方で、 ベートーヴェン的=求道的・構築的、モーツァルト的=道草的・非構築的という軸では、カンチェリは前者、シルヴェストロフは後者で対立することになっている。 ただし有機的であることの定義は一切なされないから、そもそも異論を唱えることすらできない。求道的、構築的にしても同じで、例えばペルトが シュニトケと並んで求道的・構築的に分類されているのを見ると、それぞれの意味もさることながら、求道的と構築的を一緒に押し込んだ分類に 一体どういう意義があるのか疑問に感じられる。もっと謎めいているのはキリスト教・非キリスト教の軸である。例えば、第14交響曲を書いたショスタコーヴィチがキリスト教タイプに分類されるかと思えば、ユダヤ人ではあるがロザリオの祈りを構造的な支点に持つ第4交響曲を書き、それ以外にも 典礼文に音楽を繰り返しつけていて、例えば翻訳もあるイヴァシキンとの対談においても自分からカトリックや正教への信仰を巡って語っているにも関わらず、 シュニトケは非キリスト教タイプとされる。同様に、タタール人ではあるが正教徒であり、やはり受難曲や復活に因んだ作品を作曲していても、 グバイドゥーリナもまた非キリスト教的と分類される。ちなみにカンチェリはキリスト教タイプ、シルヴェストロフは非キリスト教タイプに分類されている。 この2人に対しては以下にも述べるようにその音楽が(非音楽的な礼拝行為のような性格を帯びているかという観点から)宗教的・非宗教的を分類すると 読みかえれば概ね妥当だと思うが、それは「キリスト教的」かどうかとは別の水準の議論だし、他の作曲家の配分を見る限りでは分類基準は私には 全く不明であって恣意的で勝手気儘なものにしか思えない。一体、基準が明確でない二分法の組み合わせが「ガイド」として何の役に立つのか 私には理解できない。読者の反応を気にして釈明をする以前に、定義を示すべきなのではないか。)

一方で、もっと単純に、カンチェリの作品が儀礼的な側面を備えていること、そういう意味でそれは人間的ではない何かに対する語りかけであるというふうに 言うことはできるだろう。それはだが、端的に「祈り」と呼ぶべき行為なのだ。つまりカンチェリの音楽は常に音楽外の行為的な価値を帯びている点に その音楽の決定的な特徴の一つが存しているように私には見える。そしてそうした側面は、カンチェリの作品の内容をも浸食しているのだ。 祈りは常に人間のものであり、祈りの行為には必ず祈らずにはいられない人間の感情や情動が影のように付き纏う。そうした側面こそが カンチェリの作品に或る種の暖かみを与えているのではないかと考えることはできるだろう。

だとしたらそれは「対話的」なのではないだろう。それは人間的な祈りの所作であり、聴き手は聴くことによってその祈りに参与することが可能であるに過ぎない。 勿論、「我-汝」の関係を祈りの対象との対話、神との対話として考えることもできるだろうし、実際ブーバーの思想が由来するハシディズムの伝統では そうなのかも知れない。だが、カンチェリの音楽の相貌からは、寧ろ私なら我と汝の対話を主張するブーバーよりも絶対的他者としての神との分離を説く レヴィナスを思い起こすところだ。実際にはグルジア人であるカンチェリはいずれとも直接の関わりはないのかも知れないが、例えば彼の別の作品、 アルバム「亡命」に含まれる幾つかの作品で選択されたパウル・ツェランの詩はブーバーのハシディズム的な対話の世界からは遠く隔たっている。誰でもないものへの祈りであるそれは、 寧ろ対話が拒まれた世界との(非)関係における祈りの(不可視の)共同体への絶望的な希求なのではないか。それは「ぼくとあなた」の対話などでは 決してないし、そこに世界が割り込むのでもない。ここで「亡命」を、ツェランの詩を参照することの妥当性については議論があるかも知れないが、 いずれにせよ最初にも述べたように、カンチェリを巡る「ガイド」の記述は、私にはそれこそ「支離滅裂」にしか感じられない。

ともあれそう考えれば、世界観が対極にあるかどうかはおくとして、少なくともシルヴェストロフの音楽がカンチェリの音楽と異なった位相にあることは間違いないだろう。 シルヴェストロフの音楽には祈るべき超越的な他者が欠如しているのだ。レクイエムと題された作品ですら、それは祈りではない。寧ろそれは主体の世界に 対する反応(例えば親しい人間の死という出来事に接したときの感情や情動)を音楽的に定着したものであり、私的で独我論的といっても良い ような記録なのであるが故に、自律的で、音楽外的な機能を持たない純粋な音楽でしかない。だがこのとき、カンチェリにもシルヴェストロフにも適用される ノスタルジーという語の用いられ方は、ほとんど無意味に近づくほどにまで拡張されてしまっているように思える。「ロシア音楽」(だが、カンチェリは西欧に 亡命したグルジア人であり、シルヴェストロフはウクライナ人、更に言えばシュニトケはヴォルガ・ドイツ系ユダヤ人、グバイドゥーリナはタタール人、ペルトはエストニア人で、ここで対象となっている二名のみならず他のいずれの作曲家もロシア人ではないのだが、、、)の特徴を一言で要約することが要求される音楽祭のキャッチコピーによって、 暴力的に一くくりにするという目的以外にそれを敢えて同じ語で呼ぶのは必要性があるのだろうか。勿論、両者に共通性を見出す立場も可能だろうが、 実際に対極にあると主張するのであれば、その主張に応じて、いっそのこと別の語を用いるべきだったのではという疑念は避け難い。 もっとも実際の適否を判断するのは私の手に余る作業である。私はその両者の作品の全体を、個別の作品のではなく、作品に共通する作者の 世界観の違いを判別することが可能な程度に知っているのは到底言えないからである。だが、この点においてすら、この「ガイド」のこの部分について、 数えるばかりの実演と、「乏しい」と著者自らが述べるCDのコレクションと(音源の著作権に照らした投稿の合法性について疑念がある場合が 少なくない)YouTubeの音源に基づき、代表作かどうかも自分では判断できない、ごく限られた作品しか案内できないと断り書きがついているので あれば、著者とは見解が一致することはないのだろう。結局のところ私自身はシルヴェストロフは関心はないし、カンチェリにしても関心はそんなに強固なものではないので、 この点についてはもうこれくらいで十分だろう。

だがしかし、そうであるならばマーラーについてはどうなのか。既に述べたようにマーラーの音楽そのものは典礼的な目的で書かれたわけではないが、 にも関わらず、テキストにキリスト教的なものが含まれる作品以外でも、総じてその音楽には奉納といった側面が確実に存在しているように私には 感じられる。コンサートホールでの交響管弦楽の演奏を想定されてはいるが、委嘱を受けて書かれたわけではないそれは、名人芸の披露のため、 あるいは聴き手の娯楽のため、消費されることを目的として書かれたのではない。内容においても、際立って主観的と見做されるにも関わらず、 それは作曲者の個人的感情の吐露といったレベルでは捉えることができず、寧ろ或る種の世界観の提示(ただしそれを主題とているのではなく、寧ろ、世界を構築するシミュレーションと捉えるべきだろう)、認識の様態を開示するようなものだ。 そういう意味では疑いなく哲学的であり、広い意味での宗教性を帯びていると言ってよいと思われるし、少なくとも音楽が手段として用いられる 音楽外の契機が音楽を基礎づけるといった音楽のあり方において、カンチェリに近接するようにすら感じられる。

その作品は歌謡的な旋律に富んでいて、一見形式的に弛緩しているように受け止める向きもあるだろうし、複数の音響層の併置や 空間的な音響構成など、伝統的な作曲法からすれば構築的とは言いがたいが、全般的には全音階法的な和声と線的な書法に支えられ、 意識の流れを思わせるような散文的な時間的構造を備えており、有機的な音楽と言ってよいだろう。

またマーラーの音楽はヘーゲル的な「世の成り行き」(Weltlauf)とそれに対する主体の(必ずしも意識的な部分に限定されない)反応といった図式に従っていて、 現実的な外部が契機として明確に存在するし、そうであるが故に、他面において超越的なものへの眼差しにも欠けていない。 意識の音楽としてのマーラーの音楽には、時間論的に回想に相当する機能を果たす箇所が認められるが、それはあくまでも一つの契機に過ぎず、 その作品の構造をそれのみで規定するようなものではない。従って、マーラーの音楽をノスタルジーの側面のみから捉えるのは、 マーラーの音楽自体にとっては著しく一面的でバランスを欠いた見方であると考えられる。

その一方で、マーラーの音楽には様々な性質の非人間的な契機の侵入が明らかに認められ、従ってマーラーの音楽を専ら「世界の人間的な意味づけ」として捉えるのは、 これもまた不当な単純化であると思われる。だが同時にマーラーの音楽は、「世の成り行き」に対する主体の反応であると見做せるし、 人間が儚く有限の存在であることを認めた上で、そうした人間の主観性の無限への憧れを擁護し、卑小な人間の反応の過程を音楽として定着させる志向を 備えているという点で、人間的な地平に縛られた音楽であるともいえるだろう。それは人間中心主義的ではないが、にも関わらず人間的な音楽なのだ。 総じて主観の極が廃棄されることはなく、全面的に非人間的な秩序ないし法則、あるいは暴力の反映になりきることはない。 そして3.11以降の今であるからこそ、(それには心理的には大きな困難が伴うことを私は経験しているし、今でもそれはしばしば困難であり、 もしかしたら私が存続する限り、もうその困難から解放されることはないのかも知れないが、そうであれば寧ろ、尚更)マーラーの音楽を聴き続ける必要が あると感じているのは、それが「世の成り行き」の前で無力な人間の立場に立った音楽だからなのだ。 アドルノも言っている通り、マーラーの音楽は敗残者のためのバラードであり、自由を奪われた状況においては幽霊の行進でしかなくとも、弱り果て、 もの言わぬ自我たちに表現の道を用意し、救おうと手を差し伸べるものであり、「レヴェルゲ」(目を覚まさせるもの=幽霊)なのだ。

従って、あえて「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2012」公式ガイドブックに抗して言えば、今こそ必要なのは、人間的な意味づけからの解放などではない。 確かにマーラーは過去の異郷の音楽であるけれど、そうした時代と空間の隔たりを越えて、常に人間が直面せざるを得ない、人間的な意味づけがいとも 容易に崩れてしまうという現実のさなかにあって、繰り返し人間的な意味づけを恢復することに誘うような音楽なのだ。恢復は懐古でないのは勿論、復旧でもない。 意味はその都度、改めて獲得されなおされなければならないものであって、決して自明で不変なものではない。そして恢復のためにはノスタルジーが契機として 必要であったとしても、ノスタルジーに自閉するのではなく、現実に立ち戻る必要がある。疲労困憊していたとしても、更にはそれが運命に対する或る種の「反逆」であり、 勝ち目のない戦いであったとしても尚、移り行くものに留まるほかない者は外部に向かって働きかけ続けなくてはならないのだろう。「私が人生の終焉まで 休むことなく活動すれば、現在の生存形態が私の精神をもはやもちこたえられなくなっても、自然はかならず私に別の生存形態を与えてくれる筈だ」という マーラー自身の発言を、その音楽は裏切らない。ここに引用したマーラーの言葉は、マーラーの時代にあっては「霊魂の不滅」という議論の枠組みでしか 語られることはなかった。だが、マーラー自身はそうした時代の制約の中で、ゲーテに依拠しつつ、彼の時代の自然科学の動向にも留意しつつ、 音楽という手段(そう、ここで音楽は手段であり、音楽外の契機が侵入していることをもう一度確認しよう。音楽は自律しているかわりに他の人間の活動から 孤立した営みではないし、そうした人間の活動もまた、世界の中で孤立して、自足しているわけではないのだ。)を用いて定着させた。100年後の異郷に 住む人間は、そうしたマーラーの志向を継承し、今、ここでの展望から、更には未来のポスト・ヒューマンの展望から、かつて「魂」と呼ばれたものや「精神」と 呼ばれたものを改めて定義しなおし、「霊魂の不滅」を別の仕方で扱うことができるし、そうすべきなのだ。マーラーの音楽はそうした不断の、終りなき 活動への誘いなのである。

その一方でマーラーの音楽は暴力的な世界に対する徹底的な覚醒を強いることはない。「お休み」と言うことはここでならまだ許されているのだ。 ここでは回想だけではなく、眠りにより意識の中断すら許容される。主観性の擁護は、無意識的なものの排除を意味しない。 そしてそういうマーラーの音楽は意識的な主体の限界を超えた奥の部屋からの声を 聴き取るように誘う(「おお、人よ、注意せよ!」)のであり、三輪眞弘さんの言う「人間ならば誰もが心の奥底に宿しているはずの合理的思考を越えた 内なる宇宙を想起させるための儀式のようなもの、そこには自我もなく思想や感情もない、というより、そこからぼくらの思考や感情が湧き出してくる、 そのありかをぼくらの前に一瞬だけ、顕わにする技法」なのであって、それゆえ100年の隔たりを経た後、今なお、それに感動することができるし、 GWの余暇のための単なる「イケテナイ娯楽」ではない何かであり続けるのだし、それゆえ、どんなに拙いものであったとしても、その音楽に自分なりに 応答するための時間を贈与すべき対象なのだ。その音楽を擁護するという行為そのものによってさえ、かつまた卑小で無価値な私のような聴き手さえもが、 自分に勝りたるもの、自分の有限の生命と取るに足らない能力が能くしうる限界を遥かに超えた価値、最早人間の概念が止揚されるような場、もはや 私のままでは関与できないようなものにコミットし、寄与することを確信できるような何かをマーラーの音楽は備えている。人間的な意味づけの擁護、 主観性の擁護を介して、それを徹底することによって人間的な意味づけからの解放を希求する動きこそ、マーラーの音楽の備えるもっとも基本的な 志向なのだ。そして私はそのことを、自分のマーラーの聴経験に照らしてここに証言し、かつそうしたマーラーの音楽とともにあることをここに証言する。

(2012.4.30/5.1初稿, 2021.6.24,29加筆修正, 2025.3.6 改題の上、再公開)