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2026年5月21日木曜日

交響曲的思考における音楽的主体の存在様式——調性構造のPCA分析によるFEP的解釈(2026.5.21 更新)

 

1. 問題設定と方法

本稿は、19世紀後半から20世紀の交響曲作品において「音楽的主体」がいかなる存在様式として仮定されているかを、調性構造の計量分析を通じて検討するものである。ここでいう「主体」とは作曲家の心理や表現意図を指すものではなく、音楽的時間の組織、形式の成立条件、力学的進行の様態のうちに暗黙裡に前提される存在論的な位置づけとして理解される。本稿の理論的枠組みと問題設定は、別稿「交響曲的思考における音楽的主体の存在様式についての覚書」(以下、覚書)において詳細に展開されており、本稿はその計量的照合・検証・拡張として位置づけられる。理論的背景の詳細については覚書を参照されたい。

理論的参照枠として本稿が用いるのは自由エネルギー原理(FEP)であるが、それは説明理論としてではなく、主体モデルを抽象化した反照的装置として機能する。FEPが前提とするマルコフ・ブランケット(内部/外部境界)の有無、生成モデルの安定性、予測誤差最小化の様態は、音楽における主体の成立条件を照らし出す概念的枠組みとして用いられる。

FEP的主体は便宜上二型に区別できる。動物型主体(standard active inference)は明確な境界を持ち、中枢化された内部モデルによって世界を不確実性として表象し、行為によって予測誤差を低減する。植物型主体(non-strategic inference)は境界を持ちながらも環境操作を前提とせず、応答は行為ではなく形態の変化として現れ、誤差は解消されるのではなく成長様式に吸収される。この二型の区別は、後述するシベリウス的主体の位置づけにとって不可欠な補助概念として機能する。

分析対象は8名の作曲家(Haydn、Mozart、Brahms、Bruckner、Mahler、Sibelius、Shostakovich、Pettersson)の主要交響曲楽章計45点である。MIDIデータから抽出した9変数(Avg_r、Avg_Step、SD_r、Step_Rate_100、PC_Density、Tonal_Focus、Spatial_Dispersion、Harmonic_Coverage、Texture_Volatility)に対して主成分分析を行い、得られた2主成分スコアを分析の基盤とする。(各指標の定義については付録Aを参照。)

PC1(調性凝集度軸) は正方向に高いAvg_r・低いステップ量・低いPC密度(古典的調性中心性)を、負方向に低いAvg_r・高いステップ量・高いPC密度(調性的分散・複雑性)を対応させる。FEP的文脈ではPC1の高さは生成モデルの予測精度と対応し、その低下は予測誤差の増大と生成モデルの再構成圧力の上昇を意味する。

PC2(空間的分散軸) は主としてSpatial_Dispersion(ローディング+0.66)と音高跳躍の大きさ・頻度(Avg_Step、Step_Rate_100、いずれも+0.37)によって正方向が規定され、Tonal_Focus(−0.65)とHarmonic_Coverage(−0.53)によって負方向が規定される。この軸の解釈には後述するように注意が必要であり、PC2の正値は単一の原因によるものではなく、「空間的拡張」と「跳躍頻度の増大」という機制的に異なる二経路が存在する。 なお、主成分負荷(PCAローディング)については付録Bを、各作品の主成分得点については付録Cを、主成分分析の入力を含む全指標値については付録Dを参照。


図1:PCA散布図——作曲家別作品分布(PC1 vs. PC2)。楕円は固有値分解による主軸方向+75パーセンタイルスケーリング。★は重心。矢印は時系列順。


2. 参照点:古典的生成モデルとその安定形

2.1 規範的生成モデルの極:Haydn・Mozart

PC1平均値はHaydn +3.09、Mozart +3.59と全作曲家中最高値を示し、PC2はいずれも −2.73〜−2.77と突出して低い。PC2の強い負値はTonal_Focusの最大化とHarmonic_Coverageの高さを意味する。これはFEP的に「精度加重された予測誤差の最小化が最も効率的に達成された状態」として読める。古典的調性文法という階層的生成モデルが安定して機能し、予測誤差が構造化された形で処理される。両者はPCA空間において「規範的生成モデルの極点」として機能し、他の全作曲家の位置づけの参照軸を提供する。

2.2 主体が問題化されない安定形:Brahms

PC1平均 +0.60(範囲 −0.61〜+1.29)、PC2平均 +0.13。Brahmsにおいて主体は形式の内部に安定的に位置づけられており、その成立や崩壊自体が問題化されることはない。強固な形式意識、歴史的様式の内在化、動機労作の厳密な因果性は、FEP的「健全な動物型主体」として安定的に機能する状態に対応する。

4作品という標本の制約から軌跡の記述には留保が必要だが、全作品が −0.61〜+1.29 の比較的狭い範囲に収まり、生成モデルの基盤的安定性は数値的に支持される。本分析における役割は、FEP的脱構築が問題化される以前の位相の計量的参照点である——すなわち主体の「問題化されない形」の計量的指標として機能する。


3. 三項図式の計量的照合

3.1 前主体的力学系:Bruckner

PC1平均 +1.39(範囲 0.45〜2.24)、PC2平均 +0.83。後期作品(Sym5〜9)でPC2が平均+1.28 へ緩やかに上昇する。この上昇の機制を生データで確認すると、主としてTonal_Focusの低下によって駆動されており、Avg_Stepは40〜50程度(全体平均 48.7)に留まる。Spatial_Dispersionは一貫して高く、更に後期では緩やかに上昇傾向にある。 この数値的特徴は、クルト的ブルックナー解釈——「解決を志向するシステム」ではなく「緊張を保ち続ける場」——と整合する。PC1が正値域に安定して留まりながらも、PC2のSpatial_Dispersionの高さおよび更なる上昇が「空間的拡張」として展開するという構造は、予測誤差の「解消」ではなく「持続的な場の維持」として機能する力学系の計量的指標として読める。 テイラーの「多孔質的自己(porous self)」——内面と外界の境界が弱く、外部的な力が通過していく場——という記述と対応する数値的特徴は、まさにPC1が比較的高い(生成モデルの基盤は保たれている)にもかかわらず、マルコフ・ブランケット的な「閉じた境界」を示す変数(高いTonal_Focus)が後期に向けて低下していくという軌跡に見出すことができる。音楽は「語る」のではなく「鳴り続ける」——この記述はPC1正値の持続とPC2のSpatial_Dispersion的拡張という組み合わせとして計量的に対応している。

3.2 裂開する動物型FEP主体:Mahler

PC1平均 +0.50、範囲 −1.55〜+3.44(幅4.89)は全作曲家中最大。この極端な散布範囲自体が、覚書が記述する「主体は明確に成立しているが、声・引用・アイロニーによって絶えず分裂し、過剰化する」というMahler的主体の不安定性を最も直接的に反映する計量的事実である。 時系列的に追うと以下の軌跡が確認できる。初期群(Sym1〜4): PC1 +1.41〜+3.44、PC2 −0.82〜+0.86。高い調性凝集度を維持しながらPC2が作品ごとに揺れる。覚書が「境界が声に外在化」された段階として記述する初期様式の、器楽的テクスチャへの着地。中期(Sym5〜7): PC1 −0.69〜+0.04、PC2 +0.03〜+1.12 へと降下・上昇。純器楽による「緩衝された自己(buffered self)」確立の試みが、PC1の漸次低下として現れる。 Sym8の数値(PC1 +0.56、PC2 −0.69) は特に注目を要する。中期の低迷から一転してPC1が正値へ回復し、PC2は全Mahler作品中最低値を示す。これは声楽・合唱という外部的アンカーによる生成モデルの一時的安定化として読めるが、Tonal_Focusへの回帰という形で現れることは、覚書が指摘する「声の再導入(但し初期とは機能が異なる)」——初期において声は境界を外在化するものだったが、Sym8では生成モデル全体の較正装置として機能する——という区別と計量的に整合する。 後期(Sym9〜10): PC1 −0.52〜−1.55、PC2 +0.49〜+1.29。調性的凝集度の失墜と音高空間の拡散が併進し、Sym10-1(PC1 −1.55)で生成モデルの最終的崩壊に至る。覚書の「後期:過剰化・破綻」という記述は、この数値的軌跡の中で最も精確に計量的支持を得る。

3.3 環境内在的・植物型主体:Sibelius

PC1平均 +0.66、範囲 −2.16〜+2.89(幅5.05)はMahlerに並ぶ広さを示すが、その軌跡の「質」が根本的に異なる。Sym3-1(PC1 +2.89)→ Sym2-1b(−0.36)という逆行、Sym6-1(+3.32)という高PC1への回帰、そしてTapiola(−2.16)への最終降下は、一方向的崩壊ではなく非線形的・非目的論的な展開を示す。これは覚書が「動機が発展せず、形式があたかも環境圧で決まるかのような独特の論理」と記述する様態と対応する。 特に注目すべきはSym6-1のPC2(−2.75)であり、これは全45作品中の最低値に近い。生データを確認すると、Tonal_Focus 0.289、Harmonic_Coverage 0.831に加えて、Avg_Step 31.9という値が確認できる——これは全45作品中の最低水準である。すなわちSym6-1においては、音高の跳躍が最も少なく(Avg_Step最低)、音高集合の充実度は高く保ちながら(Harmonic_Coverage高)、それを一点に収斂させる(Tonal_Focus)という三重の構造が重なっている。「大きく跳び回らない」うえに「音高空間に広く分布する」うえにさらに「調性焦点に収斂する」——この逆説的な組み合わせは、PC2が極端に負方向にあることの質的内実を精確に示している。 この数値的特異性は、Sym6第1楽章がドリア旋法を基盤とし、パレストリーナ的対位法の研究成果を反映した様式であるという音楽史的事実と対応する。音高の集合的充実度(Harmonic_Coverage)を保ちながら、跳躍を最小化し(Avg_Step最低)、一点に収斂させる(Tonal_Focus)——これは「古典的調性に回帰した」のでも「調性崩壊に向かった」のでもなく、調性体系以前の対位法的音高組織への「純化」として理解される。古典派の規範点(Haydn・MozartのPC2 −2.73〜−2.77)に並ぶ純化が企図されていると見ることもできる。 この純化がTapiolaへの最終降下の前段階として位置づけられることは、覚書が記述する「主体が誤差を解消すべき問題としてではなく、音楽的形態の変化として吸収し、持続させる」という植物型主体の様態と整合する。 Sibeliusの主体はFEP的動物型主体の「量的縮小形」ではなく、戦略的行為や最適化を前提としない、構造的に異なる主体性の型である——この覚書の核心的主張は、Sym6-1の数値的特異性によって支持される。


4. 外部化された主体の計量的検討:Shostakovich

4.1 PC2正値の二経路:BrucknerとShostakovichの質的差異

Shostakovichの計量的位置づけはPC2平均 +2.87と全作曲家中突出して高い正値を示す点で際立っている。PC2の正値という表面的特徴ではBrucknerと類似するが、その機制は根本的に異なる。 PC2の正方向に寄与する変数はSpatial_Dispersionと音高跳躍の大きさ・頻度(Avg_Step、Step_Rate_100)の二系統である。以下の数値がその差を明示する。

変数

Bruckner平均

Shostakovich平均

Spatial_Dispersion

0.329

0.325

Avg_Step

48.66

68.8

Step_Rate_100

4,852

6,845

Harmonic_Coverage

0.731

0.432

Brucknerのpc2の高さはSpatial_Dispersionの漸進的拡張によって駆動され、Avg_Stepは中程度に留まる。これに対してShostakovichの高PC2は音高跳躍の大きさと頻度の際立った高さによって主として規定されており、さらに決定的なのはHarmonic_Coverageの著しい低さ(0.432 vs Bruckner 0.731)である。すなわちShostakovichは「大きく飛び回るが、使用する音高集合は狭い」という逆説的な構造を持つ。Brucknerの「空間的拡張」とは機制を異にする。

4.2 「外部化された主体」の計量的痕跡と覚書の拡張的解釈

覚書はShostakovichを「形式内部で生成・変容する主体」とは異なる次元に属するものとして位置づけ、本稿の枠組みの「適用限界を示す対照例」と規定した。しかし今回の計量的分析の結果は、この規定を単純に確認するのみならず、覚書の拡張的改訂の可能性を示唆している。

音楽の表面的動作(大きな跳躍)と内的構造(使用音高の限定)の乖離は、覚書が指摘する「古い形式を『空の器』として再利用する」姿勢と計量的に対応する。形式の外皮は保持されながら、その内部を満たすべき調和的・機能的論理が希薄化されている——PC2が高いにもかかわらずHarmonic_Coverageが低いという逆説がこれを示す。

この観点から見ると、Shostakovichの主体は覚書の三項図式における「外部条件によって規定された主体」として、枠組みの内部に——傍証的にではあるが——位置づけることができる可能性がある。「形式内部の主体生成」ではなく「外部条件によって強制された形式借用」という様態が、PC2機制の質的差異として計量的な裏付けを得ているからである。ただしMIDIデータがSym9とSym10の2作品に限られる現状では、この解釈はあくまでも示唆に留まらざるをえない。標本の増加が見込める場合には、覚書の三項図式をShostakovichを含む形で拡張的に改訂することの可能性が、本分析によって開かれたと考える。


5. 損傷した主体の持続:Pettersson

PC1平均 −2.83(範囲 −5.29〜−0.01)、全作曲家中唯一、平均値が明確な負値域に位置する。Sym10(PC1 −5.15)・Sym11(−5.29)は全45作品中の最極値を占め、生成モデルの分解が最も進行した状態を示す。 時系列的軌跡——中期群(Sym6〜8): PC1 −0.01〜−0.96、PC2 -0.27〜+0.78。転換期(Sym9): PC1 −1.84、PC2 +1.22。崩壊極(Sym10〜11): PC1 −5.15〜−5.29、PC2 −1.77〜−1.80。後期群(Sym12〜16): PC1 −2.44〜−4.45、PC2 +0.11〜−1.05——は、覚書が記述する「損傷したまま持続する主体」の様態と精密に対応する。

後期群のPC2が −1〜0 近辺で安定している点は特に示唆的である。正方向(Spatial_Dispersion、跳躍頻度)でも負方向(Tonal_Focus)でもない「中性化」——空間的方向性の喪失——は、覚書が記述する「予測誤差の最小化が創発的展開の原理というより生存のための最低限の自己保存へと縮減されている」状態と対応する。崩壊極(Sym10〜11)のPC2が −1.8 前後という深い負値を示すことも、崩壊過程において空間的収縮が同時に進行したことを示しており、「崩壊を遅らせるための最後の防壁」としての境界機能が計量的に確認できる。 さらに後期作品群が崩壊極の数値(PC1 −5前後)には戻らず、−2〜−4台に留まるという事実は、覚書が「弁証法的運動や形式的再統合へと回収されず、慢性的な損傷と持続のうちに固定化された事例」と記述したことを計量的に支持する。Petterssonはマーラー的な弁証法的崩壊の「次」に来る位相——崩壊後の慢性的持続——を示す事例として、PCA空間上で孤立した位置を占める。


6. 総括:PCA空間における主体の存在様式の地図

以上の分析を総括すると、8名の作曲家はPCA空間上に「調性崩壊の一方向的進行」ではない複数次元からなる布置を形成する。その全体像は以下の表として示される。

作曲家

PC1平均

PC2平均

主体の存在様式

計量的特徴

Haydn・Mozart

+3.09〜+3.59

−2.73〜−2.77

規範的生成モデルの極点

調性凝集・Tonal_Focus最大化

Brahms

+0.60

+0.13

主体が問題化されない安定形

狭い散布域・中間域の安定

Bruckner

+1.39

+0.83

多孔質的・前主体的力学系

Spatial_Dispersion漸増・調性基盤の維持

Mahler

+0.50

+0.26

裂開する動物型FEP主体

最大散布範囲・一方向的PC1降下

Sibelius

+0.66

−1.09

環境内在的・植物型主体

非線形軌跡・PC2負値・Avg_Step最低域

Shostakovich

+0.37

+2.87

外部化された主体(拡張的解釈)

高跳躍頻度・低Harmonic_Coverage・PC2機制の異質性

Pettersson

−2.83

−0.25

損傷したまま持続する主体

全域最低PC1・後期のPC2中性化

本稿の中心的論点は三点に集約される。

第一に、覚書が提示した三項図式(Bruckner:多孔質的前主体、Mahler:裂開する動物型主体、Sibelius:植物型環境内在的主体)は、計量分析によって高い精度で支持される。各作曲家の数値的特徴は、それぞれの主体様態の記述と体系的に対応しており、この対応は単なる偶然の一致ではなく理論的に予測可能な構造を持つ。

第二に、BrucknerとShostakovichがいずれもPC2の正値を示しながら、その機制が根本的に異なるという計量的発見は、覚書の理論的区別の妥当性を補強する。前者はSpatial_Dispersionの緩進的拡張、後者は音高跳躍頻度の突出とHarmonic_Coverageの希薄化という異なる経路によって同様の数値を生ずる——この差異こそが「多孔質的力学系」と「外部化された主体」という存在様式の質的差異の計量的痕跡として読み得る。

第三に、Sibelius Sym6-1の三重の数値的特異性——Avg_Step最低・Harmonic_Coverage高・Tonal_Focus収斂——は、パレストリーナ的対位法への遡行という音楽史的文脈と接続することで、「弱い主体」でも「低エージェンシーの主体」でもない植物型主体の「純化戦略」として読むことができ、戦略的行為原理とは構造的に異なる主体性の型という覚書の核心的記述に数値的根拠を与える。この計量的発見は、Shostakovichに関する拡張的解釈の示唆とともに、覚書の理論的枠組みを計量的分析との往還によってさらに精緻化できる可能性を示している。


付録A:使用指標の定義

各指標は小節頭の和音をサンプリングし、鳴っているピッチクラス数3以上の和音について、12のピッチクラスを単位円上に等間隔(五度圏順に30度ずつ)に配置した五度圏へのピッチクラスセット重心として算出している。

指標

定義

Avg_r(平均重心半径)

重心半径 r = √(x²+y²) の楽章内平均値。調性的安定度(重力)。鳴っているピッチクラスが五度圏上で特定の領域に集中しているほど(例:長三和音)大きく、分散しているほど(例:増三和音・減七和音)小さくなる。

Avg_Step(平均ステップ幅)

隣接データ点間の位相角の変化量(角速度)の平均。転調の歩幅。

SD_r(重心半径の標準偏差)

r の標準偏差。重力の揺らぎ。

Step_Rate_100(100小節あたりステップ量)

100小節あたりの累積移動距離(弧長)。和声的活動量。

PC_Density(ピッチクラス密度)

各小節で使用されるPitch Class数の平均(三和音以上)。和声の複雑さ。

Tonal_Focus(調的集中度)

全軌跡の平均座標の原点からの距離。調性的焦点。

Spatial_Dispersion(空間分散度)

重心位置の時系列的な分散。五度圏上での活動領域の広さ。

Harmonic_Coverage(和音被覆率)

(三和音以上の有効小節数)/(楽譜上の全小節数)。テクスチャの厚み。

Texture_Volatility(テクスチャ揺らぎ)

各小節で使用されるPitch Class数の標準偏差。テクスチャの流動性。

補助指標(PCA非採用):Winding_Rate_100(五度圏上の正味回転速度)およびTerz_Ratio(三度進行比率)は算出したが、PCA入力には含めず補助的指標として扱う。


付録B:主成分負荷(PCAローディング)

PC1・PC2それぞれの正方向の意味は以下の通りである。PC1正方向:高いAvg_r・低いステップ量・低いPC_Density(古典的調性中心性)。PC2正方向:高いSpatial_Dispersion・高いAvg_Step・Step_Rate_100(広域的音高空間利用と高跳躍頻度)。PC2負方向:高いTonal_Focus・低いHarmonic_Coverage(局所的調性焦点化)。

指標

PC1

PC2

Avg_r

+0.977

+0.152

Avg_Step

−0.864

+0.373

SD_r

−0.499

+0.295

Step_Rate_100

−0.866

+0.370

PC_Density

−0.917

−0.306

Tonal_Focus

+0.531

−0.652

Spatial_Dispersion

+0.625

+0.658

Harmonic_Coverage

−0.424

−0.527

Texture_Volatility

−0.785

−0.092


付録C:作品別主成分得点一覧


作曲家

作品

PC1

PC2

Haydn

Sym104-1

+3.094

−2.729

Mozart

Sym41-1

+3.590

−2.766

Brahms

Sym1-1

−0.613

+1.284

Brahms

Sym2-1

+1.293

−1.099

Brahms

Sym3-1

+0.664

−1.102

Brahms

Sym4-1

+1.056

+0.221

Bruckner

Sym0-1

+2.239

+0.724

Bruckner

Sym2-1

+1.340

+0.537

Bruckner

Sym3-1

+2.014

+0.150

Bruckner

Sym4-1

+1.559

+0.128

Bruckner

Sym5-1

+0.658

+1.639

Bruckner

Sym7-1

+1.881

+0.502

Bruckner

Sym8-1

+0.451

+1.321

Bruckner

Sym9-1

+1.002

+1.457

Mahler

Sym1-1

+3.436

−0.820

Mahler

Sym2-1

+1.406

+0.864

Mahler

Sym3-1

+1.650

−0.116

Mahler

Sym4-1

+1.489

−0.419

Mahler

Sym5-2

+0.044

+1.115

Mahler

Sym6-1

−0.101

−0.028

Mahler

Sym6-4

−0.233

+0.397

Mahler

Sym7-1

−0.688

+0.739

Mahler

Sym8-1

+0.558

−0.689

Mahler

Sym9-1

−0.515

+1.286

Mahler

Sym10-1

−1.545

+0.489

Sibelius

Sym2-1

−0.362

−0.814

Sibelius

Sym3-1

+2.893

−0.097

Sibelius

Sym5-3

+1.395

−0.610

Sibelius

Sym6-1

+3.319

−2.752

Sibelius

Sym6-4

−0.034

−0.914

Sibelius

Sym7

−0.397

−0.812

Sibelius

Tapiola

−2.162

−1.589

Shostakovich

Sym9-1

+1.716

+2.914

Shostakovich

Sym10-1

−0.983

+2.834

Pettersson

Sym6

−0.983

+0.286

Pettersson

Sym7

−0.235

+0.780

Pettersson

Sym8

−0.009

+0.444

Pettersson

Sym9

−1.836

+1.218

Pettersson

Sym10

−5.147

−1.805

Pettersson

Sym11

−5.286

−1.767

Pettersson

Sym12

−4.446

−1.051

Pettersson

Sym13

−3.468

−0.240

Pettersson

Sym14

−2.443

−0.049

Pettersson

Sym15

−4.042

−0.110

Pettersson

Sym16

−3.246

−0.168


付録D:作品別全指標計算結果


(2026.5.5 公開, 5.21 再計算結果で差し替え)

2026年5月20日水曜日

続・他の作曲家との比較——ポスト・マーラーへの延長線(データ分析概要紹介・速報版(3))(2026.5.20 更新)

 

マーラーが指し示した方向

前稿では、後期ロマン派から20世紀初頭にかけての交響曲を対象に、五度圏上の重心の動き方をMIDIデータから数値化し、主成分分析(PCA)によって「調性の地図」を描いた。そこではマーラーの作品が時代順に横軸(PC1)を右から左へと辿っていくこと——つまり調性の求心力が年を追うごとに薄れてゆく傾向が見られた。

では、その方向の先には何があるのか。マーラーが到達した地点からさらに前へ進んだ作曲家たちは、この「地図」のどこに位置するのか。本稿はその問いを主題とする。

分析対象の再設定

前稿ではブルックナー、シベリウス、ブラームス、ショスタコーヴィチを比較対象として取り上げ、古典派(ハイドン、モーツァルト)を参照点とした。ブルックナー・シベリウス・ブラームスは「マーラーを取り巻く同時代的座標」として機能していたが、本稿の問い——「マーラーの先」——にとっては直接の対象ではない。今回はこれらを除き、代わりにアラン・ペッテション(第6~16交響曲の全11作品)とアルフレート・シュニトケ(交響曲第5番=合奏協奏曲第4番の第1楽章)の交響曲を加えた。ショスタコーヴィチ(第9,10交響曲の第1楽章)は前稿では参考として位置づけていたが、本稿ではより正面から取り上げる。

参照点についても変更した。前稿では「調性音楽の典型」として古典派2作品を置いたが、本稿ではマーラーとほぼ同時代の作品——フランク(交響曲ニ短調、1889)とスクリャービン(交響曲第3番「神聖な詩」、1904)——の第1楽章を参照点とした。これにより、マーラーを古典派との距離で測るのではなく、同時代の後期ロマン派の語法の中に置き直すことができる。

全28作品(楽章)が今回の分析対象である。

作品選定について——MIDIデータという制約

ペッテションとシュニトケを選んだ理由は、マーラーの後継者という観点からの音楽史的な必然だけではない。正直に言えば、近現代の交響曲的作品のMIDIデータはいまだ非常に限られており、今回取り上げた作品は「分析に使えるMIDIデータが存在した」という条件によって強く絞り込まれている。フランクやスクリャービンについても同様の事情がある。

これは単なる技術的な制限にとどまらない。前回取り上げた古典派・ロマン派の作品の場合は、一部を除いて複数のMIDIファイルの中から信頼性の高いものを選択・検証するという工程が可能だったが、今回の多くの作品では比較対象となる別のファイルがそもそも存在しない。MIDIファイルの作成の仕方に由来する誤差や偏りが、より直接的に分析結果に影響している可能性がある。本稿の結果はそうした制限のもとで読まれる必要がある。

今回の「地図」

以下の散布図が今回の分析結果である。

図1:28楽章の主成分分析結果、横:PC1/縦:PC2、作曲家別重心つき

前稿と同様、2つの軸の基本的な意味合いは保存されている。横軸(PC1)は「調性の求心力」の軸——一方の端に調性の凝集した状態、もう一方の端に調性空間の希薄化した状態が対応する。縦軸(PC2)は調性焦点の安定性に関わる補助的な軸である。分析対象を大きく入れ替えたにもかかわらず、2つの軸が捉える構造の意味合いが変わらなかったことは、この指標体系の安定性を示すものといえる。

ただし、今回の図では前稿と比べて軸の正負が入れ替わっていることに注意してほしい。前稿では古典派が横軸の左端(調性的凝集の強い側)に位置していたが、今回の図では右端の正方向が凝集の強い側に対応し、左端の負方向が調性的希薄化の進んだ側となっている。これはPCAが軸の向きを任意に決めるという統計的な性質によるもので、分析の内容や解釈に本質的な変化はない。

図全体の幾何学的な構造についても、個別の作品を読む前に確認しておきたい。マーラー群(図1の橙)とペッテション群(図1の緑)はそれぞれ楕円状にほぼ直交して分布している。マーラーの楕円はおよそ右上から左下の方向(PC1とPC2が同方向に変動する軸)に長く伸び、ペッテションの楕円は左上から右下の方向(PC1とPC2が逆方向に変動する軸)に長く伸びる。形状的には良く似た2つの楕円が、向きを直交させて配置されているという対称的な構造が浮かび上がる。

この直交という事実は、マーラーとペッテションにおいてPC1とPC2の変動が互いに異なる連動関係を示すことを意味する。マーラーでは調性の凝集度(PC1)と焦点の安定性(PC2)がある程度同じ方向に動く——調性的凝集の強い時期はPC2も正方向(焦点が安定)にあり、凝集が薄れるにつれてPC2も負方向に移行する傾向がある。ペッテションではこの連動が反転しており、PC1が最も負(調性的希薄化の極値)に達するSym10・11はPC2が正方向(上方)に位置し、PC1が相対的に正方向にあるSym6〜8はPC2が負方向にある。すなわちペッテションにおいては、調性的凝集の崩壊がむしろPC2の安定化——ある種の焦点の固定——を伴う様態として現れているという、マーラーとは逆の構造を示している。

さらに注目すべきは、ペッテションの楕円の長軸を両方向に延長したとき、その先端付近にシュニトケ(左上方向)とショスタコーヴィチ(右下方向)が位置するという事実である。これについては後述する。

マーラーとペッテション——継承と拡張

図を見てまず目を引くのは、マーラーの12点(図1の橙)とペッテションの11点(図1の緑)の分布の「つながり」である。

両楕円は中央域で重なり合っている。マーラーの中後期の純器楽交響曲に近い位置にあるのはペッテション第6~9交響曲であり、両者のあいだに明確な境界線はなく、マーラーの最後の地点からそのままペッテションが続いているように地図は見える。

しかし連続と同時に、断絶もある。ペッテション第6〜8交響曲はPC1がほぼゼロ付近(マーラー中期〜後期の水準)にあるが、第9交響曲を経て、第10・11交響曲でPC1は急激に負方向へ落ち込む(−3.32、−3.60)。これはマーラーの最低水準(第10交響曲の−0.97)をはるかに超えており、調性的凝集の実質的な崩壊に対応する数値的転換点である。第12交響曲以降はやや右方向に回帰し、極限的な水準を保ちながらも第10・11の最低値からは離れる。単純な「さらなる先鋭化」ではなく、一種の安定した極限状態への落ち着きとでも呼ぶべき推移がある。

フランクとスクリャービン——収束する節点

図の中央域に、フランクとスクリャービンの2点が、マーラー第6交響曲に近接して位置している。スクリャービンとフランクはほどんど重なり、図では区別が困難なほどである。

様式的にはまったく異なる出自を持つ作曲家たちが、「調性の動き方」という観点からは同一の小領域に収束する。後期ロマン派の語法が到達した一種の「共通の場所」がPCA空間上に存在しており、そこに複数の系譜が交わる節点として現れている。この節点はちょうど両楕円が重なり合う領域の中心付近にあたり、参照点として置いたフランクとスクリャービンがその位置を可視化する役割を果たした。

ショスタコーヴィチ——別方向への辺縁

ショスタコーヴィチの2作品は、主系列(マーラー→ペッテション)とは異なる方向への辺縁として現れる。

PC1ではマーラー群の重心とほぼ同水準にありながら、PC2は全グループ中の最低値を示す。第9交響曲と第10交響曲のあいだには大きな開きがあるが、両曲ともPC2が負方向にあるという点は共通している。第10のPC2は全サンプル中の最低値であるが、方向性としては第9もすでにPC2の負方向に位置しており、第10はその延長線上の極端な現れとして読むことができる。

この傾向は前稿の分析でも確認されていた。ブルックナー・シベリウス・ブラームスという異なる比較軸の中においても、ショスタコーヴィチは「PC1の正方向かつPC2の負方向」という同じ象限に位置していた。分析対象の構成が大きく変わっても、この方向性は保たれている。これは偶然ではなく、ショスタコーヴィチの語法に内在する選択の方向性——調性的凝集度を一定程度保ちながら、調性焦点の安定性を損なう方向——の現れと捉えることができる。

先に述べた幾何学的構造と照らし合わせると、この位置はより鮮明に意味を帯びる。ペッテションの楕円の長軸を右下方向に延長した先端付近に、ショスタコーヴィチの2作品は位置している。ペッテション長軸への投影値でいえば、ペッテション群の同方向の端を超えている。ペッテションとショスタコーヴィチは重心間で大きく離れており(それぞれPC2の正方向・負方向に分布する)、様式的には対照的な作曲家と見なされることが多いが、ペッテションの楕円が向かう方向の延長線上にショスタコーヴィチが位置するという事実は、両者の間に予想外の幾何学的な対応関係があることを示している。

ペッテションが主系列の延長線上でマーラーを引き継いだとすれば、ショスタコーヴィチはその系列とは別の方向への辺縁として現れており、20世紀交響曲が一本道ではなかったことをこの地図は示している。

シュニトケ——地図の果て

図の左端、他のすべての作品から大きく孤立してシュニトケ第5交響曲が位置する。次点のペッテション第11交響曲との距離はマーラー第1〜4交響曲の散らばりよりも大きい。

この孤立を生む原指標を確認すると、1ステップあたりの平均移動角度・使用音高クラスの密度・和声テクスチャの揮発性がいずれも全サンプル中の最大値を示し、調性凝集度は最小値水準にある。異なる時代・様式の断片が高速で衝突・融解するシュニトケの語法が、調性的語法の高速かつ高密度な変動として数値に現れている。ペッテションの極端な半音的稠密性とは量的に連続しているが、そこからさらに質的な跳躍を経た地点にある。

ここで再び幾何学的な構造に立ち返ると、シュニトケはペッテションの楕円の長軸を左上方向に延長した先端付近に位置する。ペッテション長軸への投影値はペッテション群の同方向の端(Sym10・11)を大きく超えている。ショスタコーヴィチが右下端に位置していたのと対称的に、シュニトケは左上端に位置する——すなわちペッテションの楕円の長軸の、ちょうど反対側の両端にこの2者が配置されているという構造が見て取れる。

マーラーからペッテションへと続く方向性の先に、この地図はシュニトケという特異点を置く。ただし前述の通り、この作品のMIDIデータについては信頼性の検証が限られており、この極端な孤立がどこまで実質的な様式の特性を反映しているかは留保が必要である。

まとめ——地図が語ること、語らないこと

今回の分析が示したことをまとめると、以下の諸点に集約される。第一に、マーラーからペッテションへの移行はPCA空間上で連続的であり、後者が前者の到達地点から出発したことを数値が支持する。第二に、フランクやスクリャービンという後期ロマン派の参照作品がペッテション初期・マーラー中期と同一の小領域に収束することは、この空間的区間が様式的に多様な出自を持つ作品の「共通点」として機能していることを示す。第三に、マーラーとペッテションの分布楕円はほぼ直交しており、時系列の変化を捨象して両群の広がり方を見ると対照的な構造が現れる。第四に、ペッテションの楕円の長軸を両方向に延長した先端付近に、シュニトケ(左上方向)とショスタコーヴィチ(右下方向)が対称的に位置するという幾何学的な事実は、この空間における20世紀交響曲の多方向性を示す興味深い構造として読み取ることができる。

前稿の末尾で、2つの軸を「交響曲的主体の自己同一性——離心化」「主体の持続的推進——断続的変容」と言い換える可能性に触れた。今回の地図はその問いをより先鋭な形で突き付ける。マーラーの交響曲において、主体はその同一性を少しずつ手放しながらも、なおひとつの軌跡として辿ることができた。ペッテションの第10・11交響曲が示す極値は、その軌跡がある閾値を越えた先に達したときに何が起きるかを示唆する——主体はもはや解体の途上にあるのではなく、解体を恒常的な状態として生きるものとして現れる。シュニトケにおいてはさらに別の事態が生じており、主体はあらゆる様式的記憶を断片として引き受けながら、それらのどれとも同一化できないという位置に置かれる。ショスタコーヴィチの2作品が一貫してPC2の負方向の辺縁に位置するという事実は、この問いへのまた別の回答の可能性を示唆している——主体の選択が、調性的凝集をある程度保ちながらも焦点の安定を手放す方向、すなわち中心を持ちながら絶えず揺動するという様態として現れるという可能性である。そしてペッテションの楕円の長軸が指し示す両端にシュニトケとショスタコーヴィチが対称的に位置するという幾何学的な事実は、20世紀交響曲における主体の行方が単一の方向性に収束するのではなく、ペッテションという軸の両端に向けて分岐していったという見方を、数値の上から静かに示唆している。

これらはあくまで地図を前にしての読みであり、音楽そのものへの解釈を要請するものではない。しかし数値が描いた配置を見つめていると、20世紀の交響曲という営みが「交響曲的主体はどこへ向かうか」という問いに対してそれぞれ異なる仕方で応答しようとした試みの痕跡として、静かに浮かび上がってくる。


[謝辞]本分析にあたり、マーラー作品のMIDIデータのほとんど(第10交響曲以外の全て)は加藤隆太郎さんが作成したMIDI版マーラー交響曲全集(第1~第9交響曲+「大地の歌」)を利用させて頂きました。(第10交響曲クック版については海外サイトで公開されているデータを用いています。)また、ペッテション作品のMIDIデータは全て7e (youtube) / 6d (twitter、現X) さんが作成したMIIDIデータを利用させて頂きました。お二人のデータは本分析のようなデータ分析の観点からは信頼性が高く、大きな価値を有するもので、信頼できる同一作者によるデータを一人の作曲家のほとんどの作品で利用できることの意義は測り知れません。残念ながらいずれのMIDIデータも現在は公開されていませんが、このような貴重なデータを制作・公開されたことに対して、この場で御礼を申し上げるとともに、その意義を顕彰させて頂きます。

(2026.4.2 公開, 4.6 改題の上、掲載ブログ変更, 4.12 謝辞を追記, 5.20 再計算結果で図・文章を差し替え)




2026年5月19日火曜日

他の作曲家との比較——マーラーを「座標系」の中に置く(データ分析概要紹介・速報版(2))(2026.5.19 更新)

前の記事ではマーラーの交響曲11作品に絞って分析を行った。ここでは視野を広げ、ブルックナー、シベリウス、ブラームス、ショスタコーヴィチの後期作品群、および参照点としての古典派2作品(ハイドン第104番・モーツァルト第41番)を加えた全27作品で同じ主成分分析を行った結果を見ていく。なお、以下では分析の理論的・技術的詳細は割愛し、得られた結果を直感的な仕方で紹介することとする。詳細に関心を持たれた場合には、別に詳報を公開しているのでそちらをご覧頂ければ幸いである。

作曲家ごとに色分けした図を主に参照してほしい。各作品のラベルが付いた図は個々の作品の位置を確認する際に補助的に使うとよい。




分析の構成

対象としたのは以下の作品群である。ブルックナーは後期の第7・8・9番、シベリウスは第6番(第1,4楽章)・第7番・タピオラ、ブラームスは第1〜4番の全曲、ショスタコーヴィチは第9・10番。マーラーは第1〜10番および大地の歌の全11作品(第5は第2楽章)。これに古典派の代表として、ハイドン第104番とモーツァルト第41番(ジュピター)の第一楽章を加えた。古典派の2作品は、調性音楽の「典型」として分析空間の参照点となる。

横軸(PC1)と縦軸(PC2)の2軸で全体の情報量の約70%が保存されている。

古典派——空間の左端に位置する参照点

まず図の左端に目を向けると、ハイドンとモーツァルトの2点(青)が他のすべての作品群から大きく離れた位置に孤立している。五度圏上の重心移動が最も緩やかで、調性の求心力が際立って強い。この2点は「調性音楽の原点」として空間を基準付ける役割を果たしており、他の作曲家がそこからどれだけ離れているかを測る目盛りとして機能している。

各作曲家グループの配置

色分けされた図を全体として眺めると、作曲家ごとのグループが比較的まとまった領域を占めていることがわかる。これは、指標として抽出した和声の動き方の特徴が、個々の作品の差異を超えて作曲家ごとの様式的な一貫性を反映していることを示している。

ブルックナーの3作品(黄)は図の上方、縦軸の正方向に集まっている。五度圏上での重心の動きは中程度でありながら、音が広い空間に分散するという特徴がこの上方への配置を生んでいる。広大な音域を使いながら局所的には「漂う」ような動き方——ブルックナーの和声の独特の広がりが数値に現れている。

シベリウスの4作品(紫)は図の下方、縦軸の負方向に集まっている。音高の種類を広く・高密度に被覆しながら局所的な揺れにとどまる傾向が強く、ブルックナーとは縦軸上で対称的な位置関係をなしている。晩年のシベリウスの、音を凝縮させてゆく様式が指標に表れた結果と読める。

ブラームスの4作品(赤)は横軸・縦軸ともに中間域に散在し、原点付近にゆるくまとまっている。突出した極性を持たない「中間的な多様性」がブラームスの指標上の特徴であり、古典的な構造への志向と後期ロマン派的な語法の並存がこの位置を生んでいると考えられる。

ショスタコーヴィチの2作品(青)は図の上方右寄りに位置し、縦軸の正方向への突出が際立つ。和声の移動幅が全作品中最大値域にあり、かつ音高の被覆範囲が最も狭いという組み合わせがこの配置を生んでいる。大きな跳躍と局所的な密度の低さ——調的な「根」を持たぬまま激烈に動き回る語法が数値に反映されている。

全体の中のマーラー

マーラーの11作品(緑)は、他の作曲家グループのちょうど中央に位置するかたちで分布している。マーラー単独で分析したときには明確に見えていたℓ字型の軌跡は、全体の中に置かれると他の作曲家の領域に「埋め込まれた」状態になる。縦軸が捉える変動の内容自体も両分析間で異なっており、全体版の縦軸はマーラー内部の変化よりもブルックナー・シベリウスという対照的な様式間の弁別を主に担っている。

特に縦方向(PC2)の変動が圧縮されている点が目につく。マーラー単独ではPC2の変動が比較的大きく見えていたが、全体の尺度ではブルックナー(上方)とシベリウス(下方)に挟まれる形で、縦方向の幅がかなり狭まって見える。一方、横方向(PC1)はスケールがほぼ保存されており、古典派(左端)からショスタコーヴィチ(右寄り)への横軸方向の広がりの中で、マーラーの時系列的な推移は依然として読み取れる。

この「埋め込まれた」配置は、マーラーの音楽が複数の方向への可能性を内包していることと整合する。縦軸についていえば、ブルックナーのように音空間を広く漂うわけでも、シベリウスのように音を凝縮させるわけでもなく、その中間でさまざまな様態を取り続ける。マーラーの交響曲が「折衷的」と評されることがあるとすれば、その印象の一端がこの配置に現れているとも言えるだろう。

2つの軸が示すもの

この分析から取り出された2つの軸は、和声的な運動の2つの独立した側面を切り出していると考えられる。

横軸(PC1)は「調性中心への凝集——拡散」の軸である。左端の古典派から右端のショスタコーヴィチへと、調性の求心力が段階的に薄れてゆく方向が、この軸に沿って並んでいる。縦軸(PC2)は「調性運動の慣性——攪乱」の軸である。下方のシベリウス的な持続的・高密度の運動から、上方のブルックナー・ショスタコーヴィチ的な広域分散・断続的な動きへの対比がこの軸に対応する。

この2軸の読み方は、音楽の様式論的な問いと接続してゆく余地がある。横軸を「主体の自己同一性——離心化」、縦軸を「主体の持続的推進——断続的変容」と言い換えることもできるかもしれない。数値分析の射程がどこまで及ぶかは今後の検討に委ねるとして、少なくとも聴感上の印象と大きく乖離しない形で、複数作曲家の和声的な様式を一枚の地図に収めることができたといえるだろう。


[謝辞]本分析は、加藤隆太郎さんが作成したMIDI版マーラー交響曲全集(第1~第9交響曲+「大地の歌」)に基づき実施しました。(第10交響曲クック版については海外サイトで公開されているデータを用いています。)加藤さんのデータは本分析のようなデータ分析の観点からは信頼性が高く、大きな価値を有するもので、信頼できる同一作者によるデータをほとんどの作品で利用できることの意義は測り知れません。残念ながらMIDIデータを公開していたサイトは既に閉鎖されておりますが、この場で御礼を申し上げるとともに、海外でも先例のない、MIDI版マーラー交響曲全集が日本人の手によって完成されていることをこの場を借りて顕彰させて頂くものです。


(2026.3.23 公開, 4.6 詳報の情報を追記, 4.12 謝辞を追記, 5.19 誤記修正・再計算結果により図を差し替え)



マーラー交響曲の「調性の軌跡」——数値分析が示すもの(データ分析の概要紹介・速報版(1))(2026.5.19 更新)

マーラーの音楽について語るとき、「晩年に向かうにつれて調性が崩れていく」「初期と後期では音の世界がまるで違う」といった印象はよく共有される。こうした聴感上の直観を、楽譜の数値データから検証することはできるだろうか。ここで紹介するのは、そのような問いに取り組んだ分析の結果である。なお、以下では分析の理論的・技術的詳細は割愛し、得られた結果を直感的な仕方で紹介することとする。詳細に関心を持たれた場合には、別に詳報を公開しているのでそちらをご覧頂ければ幸いである。

音楽を「座標」として記録する

分析に用いたのはMIDIデータである。MIDIとは楽譜の情報をデジタル化したもので、「どの音が、いつ、どれだけの長さで鳴っているか」を数値として記録している。ここから各瞬間にどの音が鳴っているかを取り出し、「五度圏」という座標系の上に投影する。

五度圏とは、12の音(ドレミファソラシと、その間の半音を含む全12音)を円周上に配置したものだ。ハ長調のド、ト長調のソ、ニ長調のレ……と、五度(鍵盤で数えて7鍵分)の関係にある音が隣り合うよう並んでいる。調性音楽においては同じ調に属する音が集まって鳴ることが多いため、ある瞬間に鳴っている音の「重心」がこの円のどこにあるかを計算することで、その音楽が調性的にどこに「根を張っているか」を追跡できる。

この重心の動き方を記述するために9種類の指標を算出した。重心の平均的な移動幅はどれくらいか、単位時間あたりどれだけ速く動くか、どのくらいの揺らぎがあるか、五度圏上のどれだけ広い範囲を使うか——といった数値である。対象はマーラーの交響曲12作品(第1番から第10番、大地の歌)の第一楽章ないし相当する楽章とした(第5番のみ第2楽章)。MIDIデータのうち第10交響曲クック版以外は、加藤隆太郎さんが作成したMIDI版マーラー交響曲全集(「大地の歌」を含む)を利用している。

9次元を2次元の地図に圧縮する

9つの指標を同時に見渡しても全体像はつかみにくい。そこで「主成分分析(PCA)」という統計手法を用い、9次元の情報をできる限り損なわないまま2次元の地図として描き直した。今回の分析では、横軸(PC1)と縦軸(PC2)の2軸で全体の情報量の約73%が保存されている。

添付の図(バイプロット)において、各点は1つの楽章を表す。点が近いほど指標上の特徴が似ており、遠いほど異なる。図中の灰色の矢印は作品の作曲年代の時系列を表しており、矢印の向きが順序(前→後)を示している。


横軸——「調性の求心力」の軸

まず横軸(左右方向)に注目してほしい。

左側にある作品ほど、五度圏上の重心の移動が緩やかで、特定の調性の「場」に引き留められている。一方、右に行くほど重心の移動幅が大きく、動きが速く、調性の求心力が薄れる。特定の調的な「根」を持たず、高速・高密度で変動し続ける状態に対応している。

この左右の位置が作曲年代とほぼ対応していることは、図を見ればひとめでわかる。最も左寄りにある第1番(1888年)から、中央付近に集まる第5番・第6番・第7番(1902〜08年頃)を経て、右端の第9番・第10番(1910年頃)へと、作品が概ね時代順に並んでいる。マーラーの音楽が年を追うにつれて調性の「重力」を手放してゆく過程が、数値の上にも明確に現れている。

縦軸——「音の空間の使い方」の軸

次に縦軸(上下方向)を見てほしい。こちらは横軸のような一方向の時系列的傾向を示さない。

上方向は、五度圏の広い範囲に音が分散しながら動く状態に対応する。下方向は逆に、音高の種類を広く・高密度に使いながらも、局所的な揺れにとどまる状態を意味する。

縦軸に沿ったマーラー作品の推移をたどると、山型を描く。初期作品群(第1〜4番あたり)は図の下寄りに位置し、純器楽の中期交響曲(第5〜7番)が上方へ移動し、後期(第8番・大地の歌・第9番・第10番)で再び下へ戻る。

ℓ字型の軌道——全体像

この2つの動きを重ね合わせると、マーラー12作品のPCA空間上の軌跡は、全体として「ℓ字型」を描くことがわかる。

初期から中期にかけては、横軸の右方向への移動と縦軸の上方向への移動が同時に進み、図の左下から右上へと向かう。ところが後期に差しかかると、縦方向の上昇は止まりむしろ反転して下降し、横方向だけが引き続き右へと伸びる。これがℓ字の「折れ曲がり」に相当する部分である。

この軌跡のなかで、第8番と大地の歌は特徴的な位置に現れる。純器楽の中期作品群が右上に集まるのに対し、この2作品は左下方向へと引き戻され、初期の作品群に近い領域に位置している。第8番は大規模な合唱交響曲、大地の歌はテノールとアルトの独唱を擁する連作歌曲的な交響曲であり、声楽という様式の存在が和声の動き方の統計的な特徴にまで影響を与えているのは注目に値する。その後、第9番・第10番では横軸方向への推進が再開する。ただし今度は縦軸が下寄りのままであり、中期のような「音空間への広がり」を伴わない。運動強度が増大しながら、展開様式は高密度・高被覆率という性格を帯びている。図の右端に孤立するように突き出た第10番は、マーラーが未完のまま残したこの作品の、既存の交響曲的語法からの急進的な逸脱を端的に示している。

こうした数値分析の結果は、私たちがマーラーの音楽について聴感的に抱いてきた印象——初期の民謡的・歌謡的な親しみやすさ、中期の純器楽的な緊張、晩年の解体感——と大きく乖離するものではない。むしろその直観を、五度圏上の重心の運動という具体的な指標に接続することで、より精密な言語で語る足がかりを提供するものといえる。


[謝辞]本分析は、加藤隆太郎さんが作成したMIDI版マーラー交響曲全集(第1~第9交響曲+「大地の歌」)に基づき実施しました。(第10交響曲クック版については海外サイトで公開されているデータを用いています。)加藤さんのデータは本分析のようなデータ分析の観点からは信頼性が高く、大きな価値を有するもので、信頼できる同一作者によるデータをほとんどの作品で利用できることの意義は測り知れません。残念ながらMIDIデータを公開していたサイトは既に閉鎖されておりますが、この場で御礼を申し上げるとともに、海外でも先例のない、MIDI版マーラー交響曲全集が日本人の手によって完成されていることをこの場を借りて顕彰させて頂くものです。


(2026.3.23 公開, 4.6 詳報の情報を追記し、図の説明の誤記を修正し更新, 4.12 利用したMIDIデータにつき追記し、謝辞を追加。5.19 再計算結果により図を差し替え)