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アマチュア・オーケストラ演奏頻度を2025年の公演の集計を追加して更新しました。(2025.12.25)

2025年1月24日金曜日

マーラーの音楽におけるポリフォニーと「対話」について(2025.1.24 再公開)

マーラーの音楽の基本的な発想の一つの側面として、対位法的な発想があることについては概ね異論はなかろう。 いわゆる概説書の類でも、一例を挙げればマイケル・ケネディがそのような指摘をしているし、アドルノもまた、マーラーに 関するモノグラフの中で、かなりの重点を置いて取り上げている。

マーラー自身の証言における「対位法」についての言及についていえば、バウアー・レヒナーの「回想」にある有名な 件をまず挙げるべきなのだろう。ただしこの言及は、マーラーの音楽における(マーラーの生きた時代を考えた場合に) 前衛的な側面、一般にはシュルレアリスムと結び付けられることの多い、コラージュやモンタージュといった技法、 あるいは「サウンドスケープ」のようなコンセプトとの関連で言及されることが多い。この場合の音楽の領域での 参照先は、例えばチャールズ・アイヴズであり、ドナルド・ミッチェルがその浩瀚なマーラーの作品についての著作のうち 「角笛交響曲の時代」を扱った巻において、トピック的にマーラーとアイヴズにフォーカスした節を設けていたり、 日本においても渡辺裕さんのマーラー論をまとめた著作の中に、マーラーが生きた時代のウィーンの「サウンドスケープ」 との関連を論じた論文が含まれているのを読むことができる。

一方で保守的と言われるマーラーの読書傾向の嗜好を辿ると、バフチンが「小説の言葉」のとりわけ第5章「ヨーロッパの 小説における二つの文体の流れ」等で取り立てているポリフォニー性の強い作品の系譜との共通性が見られることに気づかざるを得ない。 叙事詩から小説への決定的な第一歩を踏み出したとされるヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハの「パルチヴァール」からはじまって、 スターンの「トリストラム・シャンディ」、セルバンテスの「ドン・キホーテ」、更にはスターンの流れのドイツにおける継承としてのジャン・パウルの作品(「巨人」 「生意気盛り」「ジーベンケース」など)、メタ小説的な趣向に事欠かないホフマン(「牡猫ムルの人生観」を思い浮かべて いただきたい)、マーラーの読書の中核であったらしいゲーテの作品、そして掉尾を飾るのは何といってもバフチンがポリフォニックな 小説の典型と見做し、「ドストエフスキーの詩学の諸問題」で主題的に扱っているドストエフスキー(特に「カラマーゾフの兄弟」)と いった具合に、ポリフォニー性の高い作品が一貫して好まれていることがわかる。

バフチンといえば芸術創造を本質的に対話的なものと考える初期の見解から出発して、様々な様式や言語、文化の 間の対話を実現するものとしての小説のポリフォニー的構造の指摘を行うに至るが、更に小説にカーニバル性を 見出す主張を行っている。そしてポリフォニー性のみならずカーニバル性も含め総じてバフチンが小説というジャンルに見出す 「対話」的な構造は、一見すると様々な文化に属するジャンルが無秩序に混淆しているようにさえ見え、それが批難や嫌悪の 原因ともなるマーラーの音楽との親和性が高いように思われる。もっと直接的に、一時は作曲者自身によって交響詩「牧神」と さえ呼ばれた巨大な第1楽章を持つ第3交響曲や、まさにカーニバル的と呼ぶに相応しい様相を呈するフィナーレを含み、 バロック的なフランス風序曲を下敷きにしながら、四度音程の積み重ねによって新ウィーン楽派にも通じる第1楽章、 谷間を隔てて呼び交わすホルンやカウベルが鳴り響く中、古風な夜の音楽の断片が交錯する第1夜曲、 バルトーク・ピチカートの先駆けさえ厭わないグロテスクで「影のような」中間のスケルツォ、ギターやマンドリンを コンサートホールに持ち込んでの第2夜曲でのセレナーデの追憶からなる遠心的な構成を備えた第7交響曲を 思い浮かべてみることも出来よう。

交響曲と歌曲、カンタータといったジャンルの並列と交差(連作歌曲から交響曲「大地の歌」にいたる流れと、「嘆きの歌」を 起点にし、ファウスト第2部の終幕を取り上げた第8交響曲第2部にいたる流れを見出すことができるだろう)、 民謡(借り物としてのドイツ民謡、基層としてのボヘミヤ的な旋律とユダヤ的な旋律)とコラール、調律されていない 音響と楽音、自然の音(鳥の声、小川のせせらぎ)と人間の音(カウベル、郵便馬車のポストホルン、ホルンの 呼び交わしからファンファーレへ)、更には都市の喧騒の並存は、まさに多言語の混在であり、パロディやイロニーの導入は それが意識の音楽であり、多層的なものであることを告げる。交響曲というジャンル自体の歴史を交響曲自体が振り返り、 その結果として最早即時的にそれ自身ではあり得ず、自身のイメージを演ずることしかできないかのようだ。 マーラーにおいては主観的形式であった筈の歌曲ですら、とりわけ「子供の魔法の角笛」に取材したそれはどこか客観的であり、 民謡そのものではなく、民謡を利用した別の何かになってしまっている。

マーラーが交響曲というジャンルを選択したことは、そうした嗜好と全く無関係であると考える必要もなかろう。 一見して雑種的で複合的な、今日で言えばマルチ・メディア的なジャンルであるオペラの上演に一方では携わりながら、 当時の概念では「総合芸術」であるそれが、本当の意味での多声性を保証するものではないことに気づいてか、 自己の作品創造においては、そうした経験を惜しみなく交響曲というジャンルに注ぎ込み、それをバフチン的な意味で 小説的であり、ポリフォニックなものとしたと見做すことができるのではなかろうか。

だが小説という文学におけるジャンルとマーラーの交響曲との類似の指摘、更には類似のいわば要石たるポリフォニー性の 指摘といえば、まずはアドルノの所論に言及すべきだろう。彼の「マーラー論」の1章はまさに「小説」と題されており、 マーラーの音楽に最も近いジャンルは小説であるという主張をしている。更には第9交響曲について絶対的な小説-交響曲と 規定しているくだりでは、対位法的な声部の間の対話構造に言及していて、ポリフォニーを「対話」の実現であり、 小説というジャンルがそれを可能にすると主張するバフチンの立場との突合せが可能な程度には並行性が見られるように思われる。

ところで、まさにその部分こそ、ツェランの「山中の対話」の贈呈の返礼としてツェランに宛てて書かれた書簡において、 アドルノが自作を引用した箇所に他ならない。話は単に文学作品の音楽性といったレヴェルに留まらないのだ。 勿論のこと、小説と詩というジャンル間の隔たりは小さくない。まさにバフチンが、小説の対話的構造の対立項として 詩のモノローグ的な性格を強調しているのであるから、このアドルノの引用に比較に超えがたい懸隔に架橋を試みる 牽強付会を見出す人がいても不思議はない。だが詩を芸術と対立させつつ、詩を対話的なものとして捉えていたのが 他ならぬツェラン自身であったとすれば、詩における対話の可能性について、寧ろここを出発点として考えていく姿勢こそが ツェランを読むために必要とさせることなのではなかろうか。ツェランの詩はバフチンが多分に戦略的な意図をもって 設定した詩の類型からの例外、逸脱と考えることはできないだろうか。

そうした展望の中で再びマーラーの本棚に目をやると、ツェラン自身も大きな共感を寄せていたらしい、ポリフォニックな 詩作の実践者の姿が目に留まる。ギリシアの讃歌に範をとり、キリストとギリシアの神々が共存する後期の自由律の 巨大な詩篇群に加え、ソフォクレスのドイツ語翻訳を試みた人、最晩年には病の中でスカルダネリという別の名で署名した 短い詩を他者に宛てて送り続けた人。その人の名はフリードリヒ・ヘルダーリン。マーラーが好んだとされる 巨大なライン讃歌とマーラーの巨大な交響曲楽章の間に「近さ」を見出すことがそんなに困難なこととは 私には思われないが、のみならず、荒唐無稽と断定されてしまうこともあるフラバヌス・マウルスの讃歌 (しかもここでは伝統的なグレゴリア聖歌のカントゥス・フィルムスが顧みられることもない)とゲーテのファウストの 第2部(これ自体はそれまでも何度となく作曲家達によって取り上げられてきた題材である)の間の架橋もまた、 ヘルダーリンが別の基盤に立って別の文脈で企図したそれと構造的に同型の、相異なる他者間の「対話」の試みとして 捉えることができるのではないだろうか。

否、翻ってツェランの詩を顧みても、ツェランの詩作がどんな「対話」の文脈を水源として織られて行ったか、 その作品の中に、作者の個人的経験の層、読書その他による「対話」の反響の層がどんなにぎっしりと埋め込まれているかを 思えば、そこに(例えばツェランが自身の対極として想定していたらしいマラルメの「書物」のような)モノローグ的なあり方とは 異なった様相を確認するのは別段困難なことには思えない。その詩は、ある時にはカバラを参照するかと思えば、 植物学、鉱物学、地質学、気象学や解剖学といった莫大な領域を参照し、晩年になるにつれますます顕著になる 改行による単語の綴りの分離、それと相関するかのようにこちらもまた増大し、解釈の困難すらもたらすことがしばしばである ネオロジスムもまた、ツェランの詩が決してモノローグなどではなく、それ自体が自律したポリフォニックな構造を備えていることを 示していはしないだろうか。その詩の言われるところの秘教性なるものは、実はその詩が私的で自閉的で他者を拒んでいるが故ではなく、 寧ろ全く逆にその詩が読み手の視界に収まりきらない程の複雑さと多重度をもって他者に対して開かれた、多声的な構造を 備えていることに由来する解釈の困難さを履き違えたゆえの誤解ではないのか。一体そこでは誰が語っているのか。 作者はもはや語りの主体ではないかのようだ。シェーンベルクがプラハ講演にてマーラーの第9交響曲を評して述べた 言葉、まるで他者が作曲主体をメガホン代わりに使っているかのようだとの言葉は、晩年のツェランの詩篇についても 言えるのではなかろうか。

そうしたことを思い合わせてみるに、一見すると対極にすら見えるかも知れない寡黙で訥弁なツェランの晩年の詩と、 まさに小説-交響曲の体現である巨大で饒舌なマーラーの後期交響曲との間にも、私はそうした表面的な違いを超えた、 ある「近さ」を感じずにはいられない。それはマーラーもツェランも、物言わぬものの代弁をすること、 「幽霊」たちに声を与えることを己の創作の使命とした点と恐らくは関係があり、つまるところ、もう一度、 その作品がその中で生み出され、そして生み出された作品そのものが再帰的に構築していく場の構造としての 「対話」が問題なのではないかという気がしてならない。

(2012.10.30/31, 11.5, 2025.1.24 改題の上、再公開)

2025年1月22日水曜日

マーラーをコンサートホールで聴くことの難しさ(2025.1.22 再公開)

マーラーの音楽がコンサートホールでの演奏・聴取を前提として書かれているのは言うまでもないことのように見える。けれどもその自明さは、 その音楽が作曲されてから100年が経過した極東の地においてもコンサートホールが存在し、オーケストラが存在し、演奏会が催され続けている という社会的、制度的な連続性に拠っているはずである。マーラーよりも100年前の音楽が受容された社会的・制度的な前提が最早存在せず、 だからこそ時代考証を経た「復元」が意味を持つことを考えれば、もう100年経過した未来でも自明であり続けるかどうかは予断を許さないと 考えるべきなのだろう。

一方で、マーラーが生きた時代を知る人は最早おらず、マーラーの音楽がそこから生まれ、そこで鳴り響いた環境からは遠く隔たってしまっている こともまた否定し難いように思える。勿論、地理的な隔絶というのもある。マーラーに関して言えば、アメリカやロシアのようにマーラー自身が訪れて 自作を演奏することはなかったけれど、マーラーその人を知っており、1923年にはベルリンでマーラー・ツィクルスを企画した指揮者クラウス・ プリングスハイムが戦前にマーラーの交響曲の幾つかを日本初演していったという経緯は確かにあるものの、文化的な隔たりを無視することは できないだろう。マーラーのマージナリティ、あるいは些か皮相になるが例えば「大地の歌」が唐詩の翻案に基づいていたりといった側面は確かに マーラーの音楽を日本人が受容することを容易にしているかも知れないが、その代わりにマーラーの音楽が当時、彼の地において持った インパクトを測るのには際立って意識的な作業が必要になる。唐詩の場合は厄介で、日本人にとってそれは伝統的に身近なものであったとはいえ、 結局それは外国の風景だし、やはり翻訳して受容してきたには違いなく、結局は別の位置に立って眺めているに過ぎないのである。ボヘミア生まれの ユダヤ人マーラーと「子供の魔法の角笛」の距離感を実感するのも難しいけれど、彼と「中国の笛」との距離感を測るのはある意味では更に 厄介かも知れないのだ。

勿論そんなことはわかりきったことだし、それを言い出せば同時代の人間だってマーラーの位置に立つことは原理的には不可能だということになる。 今日の日本でゲーテやニーチェを引いてマーラーの世界観なるものを説明しようとするのは、マーラーの立ち位置と今日の間にある隔絶に対して あまりにナイーヴに思えてならないし、一方でマーラー時代のウィーンについての知識があるに越したことはないだろうけれど、その知識が今日、 日本でマーラーを受容することに対しては何の担保ともなりえないことに無頓着な解説は、そうした脈絡もなく、ある日突然、マーラーの音楽を聴いて 魅せられた子供が聴き取った筈のもの、時代の違い、地理的・文化的隔絶を乗り越えて届いた「声」を言い当てることに対しては無力である。 だが個別的なもの、具体的なもの、単に主観的で一回性の経験そのものを問題にしたいわけではない。もしそうなら、ある時空の座標の1点で 起きたイヴェント、例えば頼りない音質のラジカセから響いた音響が、ヒト科の個体の脳内の神経回路網をどう刺激し、変形したかが記述できれば 少なくとも原理的には事足りることになる筈である。

こう書けば極端に響くが、もう一方の普遍性の側の危うさは音楽の場合には明らかで、 幾ら背伸びをしたところでそれは「人間」を超えることはない。シュトックハウゼンはド・ラ・グランジュのマーラー伝の書評で、「もしある別の星に 住む高等生物が地球人の性質をごく短期日のうちに調査しようと思うなら、マーラーの音楽を素通りするわけにはいかないだろう。」(酒田健一訳、 以下同じ)と述べているが、この発言は幾つかの点で示唆的である。一つには生物の「高等」さの尺度が「地球人」におかれていていること。無いものねだりとは 言いながら、例えばスタニスワフ・レムが描き出したようにそもそも地球上の生物とは全く異なる物理化学的・生物学的基盤の上に「知性」(正確には 「知的」に見えるもの)が備わっていることだって大いにありうるわけだ。そうであってみれば、そもそも「音楽」というのが件の高等生物にとっては全く理解しがたい もの、何のために存在するものであるかすら分からない音響だということも考えられるし、人間と同じ周波数帯の聴覚を備えていることを期待すべきでは ないかも知れない。彼が考えていることがあまりに「人間」的なものを自明なものと前提した、随分とムシの良い人間中心主義なのは明らかなのだが、 彼の「音楽」が暗黙の裡に前提としているものはそれだけではない。シュトックハウゼンの発言の意図が別にあることは承知で言えば、もちろん「地球人」を ヨーロッパのある時期の、しかもかなり特殊な音楽、たった一人の人間が書いた音楽で代表させることの無謀さは明らかで、そこに西欧の文化帝国主義の 無邪気は顕れを見出して呆れる人がいても不思議はない。勿論シュトックハウゼンは、一方では「人間」が時代とともに変容するものであることに対する 認識はあって、「その音楽は、人類が人間を個々の部分に分解し、しかもそれらをおそろしく奇怪な変種へと再合成しはじめようとするまえの、 古い、全的な、《一個体》としての人間による最後の音楽である。」と述べてはいるが、寧ろジュリアン・ジェインズが構想したような時間軸での 意識の歴史のようなパースペクティブこそ相応しい文脈にも関わらず、こちらは今度はあまりに狭い文脈の議論に飛躍してしまっている。恐らくこの発言で 想定されているのは、彼の周辺の「現代音楽」から眺めた展望に過ぎない。結局、マーラーの音楽は、歴史的・文化的に極めて限定された「人間」 (その中には勿論、シュトックハウゼンも含まれるわけだ)のためのものに過ぎないということが露呈されているようだ。

かくして異文化理解のようなレベルで議論している分には成立するかに見える普遍性も、一歩外に踏み出せば色褪せてしまう。 別の星に住む高等生物を持ち出すまでもなく、人工知能研究以後におけるロボットを考えてもいいし、その認知能力が明らかになりつつある別の生物、 例えばオウムやインコ、あるいはイルカやクジラを考えても構わない。マーラーの音楽からは随分遠くに来てしまったように見えるかも知れないが、 それは一般にマーラーの音楽を語る文脈の側が自分の都合の良い視界狭窄に陥っているからであって、シュトックハウゼンの発言は勿論、詩的な比喩か修辞のように、 あるいは芸術家の誇大妄想として受け流すのではなく、逆にその不十分さを補って、もっと先に推し進めていくことによって限界を認識することに よってこそマーラーの音楽の今日的な射程は見えてくるのではないか。個別の経験を超えるものとは言っても、天空のどこかにあるイデアを想定する 必要はない(論理的な極限概念としてホワイトヘッド的な「永遠的客体」を考えるのは構わないが)。そもそも一体、マーラーの「音楽」なるものはどこにあるのか。 それはコンサートホールの中に響き渡る音響のうちにしかないのか。CD等の媒体に収めされた音響が「音楽」の痕跡に過ぎないのだとしたら、 あるコンサートホールにある日響いた音響もまた、「音楽」の不完全な写し絵に過ぎないのではないか。あるいはまた、聴く「私」抜きには「音楽」が 成立しえないのであれば、コンサートホールでの演奏は「音楽」そのものではなく、寧ろ、それが聴く私の中に起こす反応の過程を含めた全体を 「音楽」と呼ぶべきなのではないか。だがそうだとしたら、更にホールで聴く「私」の人数だけ起きる異なった反応の過程のすべてを音楽と呼ぶのが より適切なのだろうか。一方で、楽譜を手にして頭の中で鳴らすそれは音楽とはいえないのだろうか。マーラーは「大地の歌」や第9交響曲の 初演を聴かずに没したが、それではマーラーは自分の「音楽」を知っておらず、今日の日本でコンサートホールで演奏されるそれらを聴く人間の 方がマーラーよりも「音楽」により近いというべきなのだろうか。個別の経験のどのような断面に現れる構造を「マーラーの音楽」と呼ぶべきなのだろう。

何を大袈裟な、所詮は趣味や娯楽の話、音楽がある文化の中のものであることはわかりきったことだし、CDを聴いたり、コンサートに通ったり、あるいは 自分で演奏したりするのに、そんな話は関係がない、というのが一般的なマーラー受容における「良識ある」反応ということになるのだろう。 些か異なる文脈だが、フランツ・ヨーゼフ皇帝がマーラーのウィーン宮廷歌劇場での改革について「所詮は娯楽ではないか」といった発言をしている。 この発言で問題になったコンサートホールやオペラハウスでのマナーも流動的なもので、今日ではどちらかと言えば上記の発言にも関わらず 皇帝が支持したマーラーのやり方に近いものがスタンダードとなっているわけだが、いずれにしてもそうした諸々の決まり事の中でマーラーの音楽は、 だが基本的には趣味・娯楽として聴かれているのだろう。もともとがミュンヘンの博覧会の会場で初演された第8交響曲は、だからコンサートホールのこけら 落としや何かを記念したイヴェントにうってつけの曲目で、もともとコンサート・ピースでしかない第2交響曲は宗教音楽ではありえず、 だからそれがユーゲントシュティル的な装飾に過ぎないというハンス・マイヤーの嫌疑は、受け止め方によっては寧ろ相手を過大評価したないものねだりである という廉で不当な批判と見做されても不思議はないのかも知れない。では一体、コンサートホールで演奏される第2交響曲や第8交響曲に対して、 どのように向き合えばいいのだろう。第2交響曲や第8交響曲の扱いに困って、なかったことにする態度というのも、現実にそれをコンサートホールで聴く という状況を考えれば理解できなくはない。だが私見では、それはコンサートホールでの演奏会というフォーマット、今日の日本におけるそれが 第2交響曲や第8交響曲が備えている或る種の志向を容れる媒体としては不適切だということであって、第2交響曲や第8交響曲そのものが 賞味期限切れなのだとは考えたくないのである。それでは他の曲ならコンサートホールに相応しいかといえば、私には到底そうは思えない。私にとっては マーラーの音楽はどの作品も、それが紛れもなくコンサートホールで演奏されるように作曲されているにも関わらず、コンサートホールで聴くことが 非常に困難なものになってしまっているのだ。

一体どこにその困難さがあるのだろうと色々と条件を列挙したり、代替案を考えてみたりしてみれば、おおよそ以下のようになる。今日、マーラーの 音楽を聴くための代替手段としてもっともありふれているのは、(1)CDなどの媒体に録音されたものを聴くことだろう。それ以外にも(2)楽譜を読むこと、 (3)ピアノ連弾などに編曲された形態を演奏することも考えられるし、(4)記憶にたよって頭の中で鳴らすことや、(5)自分が奏者としてあるバートを担当する、 あるいは(6)指揮をするというやり方で、演奏者として聴くというのも可能性としてはあるだろうが。コンサートホールで聴くのも、例えば(7)聴き手が自分一人の 場合も可能性としてなら考えられるだろう。もう一つ、純粋な可能性としてなら考えられるのが、(8)マーラーが今日の日本に生きていて彼と一緒に聞く場合もある。 マーラーは指揮者だったから、(9)自作自演を聴くというのもありえるだろう。ここで重要なのは、自分が100年前のウィーンに住んでいるという可能性の 方は考えないことである。ただし、ヴァリアントとして(10)今日、かつてマーラーが生きていた、例えばウィーンでコンサートを聴くのはどうかというのは含めても 良いかも知れない。100年前に自分を置くのは原理的に不可能だが、空間の移動は可能性としてはありえる。マーラーが今日の日本に生きている というのは原理的に不可能に見えるが、これはマーラーが日本人で同時代の作曲家であるとすればいいのだ。要するに、そのような音楽が今日の日本で 書かれて、同時代の音楽として聴く可能性で、人間の方もマーラーみたいな誰かが、マーラーのような音楽を書いたと思えばよい。

(1)(2)(3)(4)は実際にそうしているか、それに近い受容を実際にしているから問題ないのははっきりしている。(5)(6)は経験がないので何ともいえないが、 恐らくこの場合には全く違った展望になるだろうと思われる。(7)(10)はいずれも恐らくだめだろうと思う。(10)は日本で聴くのとは全く異なる経験であろうとは 思うけれど、所詮は自分の檻からは逃れられない。最後の他者として自分が残ってしまって持て余すことになると思う。(7)の方は、指揮者・演奏者の 他者性・複数性が気になってしまってだめだろうと思う。(8)(9)はもともと突飛な想定なので想像に限度があるが、恐らくは困難だと思う。言い換えれば、 今日の日本でマーラーのような気質と問題意識を持った人間が作品を書けば、全く異なった素材を用いた、全く異なった音楽にならざるを得ないのではないかと 思えるということだ。マーラーの音楽は、結局のところ過去の異郷の音楽でしかない。今、ここでの作品としては最早不可能なものなのだと思う。

どうしてこういうことになるのか。一つ考えられるが、私がマーラーを受容してきたのがそもそもコンサートでの実演の聴取を通してではなく、レコードやCD、 あるいは放送といった媒体を介してであったということがあるだろう。ただしクルト・ブラウコップフのような音楽社会学者の主張とは些か異なって、 そうすることによって、マーラーの音楽が自分の「内側」で響くようになってしまった、というのが大きく寄与していると思う。楽譜を読んだり、キーボードで 弾いたりという享受の仕方は、クルト・ブラウコップフの議論では寧ろ、LPレコード以前のかつての受容の方法として対立するのだが、ここではそうではなくて、 寧ろレコードやCDでの聴取の側に属してコンサートホールでの聴取と対立し、公共性に対して私性を強化する機能をしているのである。私がレコードや CDの蒐集に熱心でなく、聴き比べのようなものに関心がないのも、それが第一義的には「内側」で響く音楽を確認する機能を担っているからなのだろう。 従って、どんな演奏でもいいわけではなく、嗜好のようなものは存在する一方で、音質や臨場感にはあまり頓着しないのだろう。一方でいわゆる決定盤主義に ならないのは、個別の演奏にある様々な制約が、「内側」の響きと一致しないためだろう。もしそうだとすると(5)や(6)、特に(6)については、その能力と機会が あったと仮定すれば恐らく取り組んだであろうが、それでも或る種の究極の演奏といった考え方には馴染めない。結局のところ「内側」の響き自体が動いていく ものだということと、実演では様々な現実的な条件への対応が必要で、だから演奏は毎回異なって当然だし、そうであるべきだと考えているからだ。

「内側」の響きといい、私性といい、取りようによっては非常に傲慢で独善的な聴き方をしているのではないかという批判は当然あるべきで、自分の聴き方の 価値について擁護しようとは思わない。あくまでも事実として、私はマーラーをそのように聴いてきたし、今でもそうだということに過ぎない。マーラーはこのように 聴かなくてはならないなどということはなくて、言いうるのは、マーラーはこのように聴かれる場合があり得るという例示に限られる。寧ろ、様々な制約で、 かくも不幸な聴き方しかできなくなった症例として掲げるべきなのかも知れない。何しろ、マーラーの音楽は、結局のところコンサートホールのための音楽なのだから、 非本来的といえば、非本来的な聴取であることは否定しようがないのだから。

あえて言えば、マーラーの音楽に内在するメタ音楽的な契機、既存の枠組みを 相対化し、いわば「括弧」入れして「上演する」やり方、更にはパロディーやイロニーを可能にする自分自身に対する距離の存在、自己参照性、複数の声の 共存、複数のレベルの併置、要するにマーラーの音楽を「意識の音楽」たらしめている特性を考えれば、今やそれをコンサートで単純に聴くのではなく、 コンサートホールでの演奏の記録を聴くこと、コンサートホールでの演奏という状況の「括弧入れ」を行うための媒体として「録楽」を考えること、いわば メタシアターとして「録楽」による聴取を考えることはマーラーの場合には、その音楽の実質に適っているという主張は可能ではなかろうか。マーラーにあっては 既存の様式は「幽霊」としてしか存在しえない。そこには意図されたアナクロニスムが存在するのだ。であってみれば、マーラーの音楽そのものを今度は 「幽霊」として受容すること、もはや不可能なものとして、過ぎ去ったものとして聴くことはあながち不当なこととは言えまい。

アドルノがカフカの「審判」の末尾を引用して述べるように、マーラーの音楽が誰も聞いてくれないのに大声で語られる末期の言葉なのだとしたら? ヨーゼフ・Kのような経験を自己のものとするような人間にとってまさに己を代弁するような音楽、「極めて反抗的に」と指示された音楽は真理が 幻としてしか経験されえないものであることを身をもって示すのだ。マンデリシュタムが、あるいはマンデリシュタムを引用したツェランが詩について 述べたのと同じように、マーラーの音楽もまた、必ずしも希望に満ちてはいなくても、いつかどこか、心の岸辺に打ち寄せると信じ、流される投壜通信ではなかろうか。 航海者が遭難の危機に臨み壜に封じて海原に投じた、己れ名と運命を記した手紙。誰も聞いてくれないのに大声で語られる末期の言葉は、 だが、彼が去ったのちに、どこかの砂浜に打ち上げられ、砂に埋もれた壜に偶然気づいた人に拾い上げられて読まれることはないのだろうか。 マンデリシュタムはやはり「対話者について」において、そうした手紙を読むことが自分の権利であると言っている。壜を見つけたものこそが手紙の名宛人なのだと。 だとしたら、楽譜がそうであるように、演奏を記録した銀色の円盤もまた、そうした投壜通信たるマーラーの音楽にこそ相応しい媒体ではなかろうか。

結局のところ、100年も前の異国の音楽を、それに相応しく聴くことが私にはとうとうできそうにない。それならいっそのこと聴くのをやめてしまえばよさそうなもので、 実際、一時期そのようにしようと試み、数年間マーラーを聴かないで過したこともあった。だが、今、ここで、限られた能力しかない自分に残された時間で何を するかを考えたとき、今、ここで創造される音楽を除いてしまえば、自分の「内側」で響いているマーラーの音楽以外に聴き続けるものはない。そう、自分の「内側」で 響いているそれは、寧ろ端的に自分の一部というべきで、外から聴こえてくる音楽、外で他者が鳴らす音楽とは異なるものなのである。もっとも、その境界は連続的で あって、もともとは外で響いていた筈だし、今でもそれは、いわば自分の中の他者、異物としての他性を喪ってはいないし、寧ろ、その他性ゆえに、「私」という システムの中で機能しているのだと考えているのだが。それは丁度、今、ここで創造される音楽が、私自身が作曲するのではない以上、問題意識の共有と、 世界の捉え方、感じ方、認識の様態に対する共感はあっても、はっきりとした他性を備えた、他者からの呼び掛けであるのと呼応しているのだろう。

もしそうだとしたら、もう一度私がコンサートホールでマーラーの音楽を聴く契機は、マーラー自身が最早「幽霊」でしかない以上、演奏者に対するコミットメントに しかないのかも知れない。娯楽として、趣味として、お客さんとして音楽を聴くのではなく、仮に自分は演奏しなくても、演奏者の隣で音楽に接することによって、 私の隣に、今、ここにいる他者である演奏者の奏でる響きと私の「内側」の響きとの間に相互作用が生じる以外に「内側」の響きを公共性の場にもたらすことは困難であるように 思われる。そしてそれもまた、今、ここで創造される音楽が、私の隣に、今、ここにいる他者である作曲者と私との間の相互作用(ただし、一般には能力の多寡に 応じて収支はバランスを大きく欠いている。常に与えられるものの方が、返すことができるものよりも遥かに大きいのだが)によって、場を形づくることができるのに 対応しているのだろう。そうでなければ「幽霊」たるマーラーには、解読を強いる謎が鏤められた暗号文字で綴られた投壜通信である「楽譜」や、その場にいない他者の 痕跡である「録楽」こそが相応しいように私には感じられてならない。そしてそこに読み出すのは痕跡そのものではなく、痕跡が指し示す何か、歴史的・地理的・文化的 隔たりを超えて、解読すべき何かなのだ。そしてそれこそがマーラーが作品を書かずにはいられなかった(伝達したかった、ではない)何かであるに違いない。 いつもこうした状況が成立するわけではないけれど、ことマーラーの場合にはそうなのだと思う。それがマーラーの音楽の持つ力の源泉なのだ。

(2010.1.11初稿, 1.14加筆, 2025.1.22 改題の上、再公開)

2025年1月20日月曜日

マーラーの音楽が喚起する「想像上の風景」(イマジナリー・ランドスケープ)(2025.1.20 再公開)

音楽を聴くとき、「想像上の風景」(イマジナリー・ランドスケープ)が頭の中に思い浮かぶことがある。それはその音楽が風景を描写した標題音楽であるか否かとは関係がないし、「想像上の」(イマジナリー)と書いたように、自分の知っている具体的な場所の記憶との連想でもない。もっと言えば、それは具体的な細部を欠いていて、実質を突き詰めていけば、音楽が惹き起こす幾つかのモーダルな質の複合に過ぎないのかも知れない場合もあるし、もう少し具体的な地形、季節、天候、時間帯といったものを備えていることもある。とりわけマーラーの交響曲のように叙事的な広がりを備えた音楽の場合、音楽の経過に応じて風景の上でも時間が流れ、変化が生じることになる。それは静的な絵画ではなく、風景の中を逍遥する経験の記録の如きものなのだ。

歌詞を備えた音楽であれば、その歌詞の内容がそうした風景の中に映り込むことはほとんど避け難く、だけれども歌詞自体が喚起する風景もまた、ほとんどの場合そうであるように、具体的な地名を欠いていれば、「想像上の」(イマジナリー)風景であるには違いない。

一方で音楽外的な知識によって、作品が特定の地名と結びつくようなこともある。私が現実には訪れたことのないザルツカンマーグートの山塊(もっとも今日なら写真や映像で仮想的に見ることは幾らでもできるのだが)は、マーラーが見たことのない極東の風景と鏡像的な関係にあって、だから私はマーラーがワルターに語った言葉を文字通りに受け止め、現実のザルツカンマーグートではなく、第3交響曲の作品が内包している世界のヴァーチャルな山をこそ見るべきだし、「大地の歌」に極東の風景(それが中国なら、訪れたことがないという点では私にとってはマーラーが作曲をした場所と変わるところはないのだが)を見るのではなく、まさに音楽が描き出す、現実の何処でもない仮想の風景を見るべきなのだろう。

とはいうものの、風景が具体的なものである場合、例えば川が流れている場合、自分が現実に見た川そのものではなくても、それが抽象され、変形されたものによって「想像上の」(イマジナリー)風景が形成されることもまた、避け難い。川面に映る月、空を仰ぐと銀色の小舟のように漂う月もまた、所詮は同じ月を見ているのではあっても、ある日ある刻にある場所で見た月の印象の重畳が、音楽と歌詞とか呼び起こす風景の素材となっているはずである。そしてその風景は、変形されてはいても、或る日現実に出会う可能性がないともいえない現実性を帯びたものである場合もあるだろうし、或る種の幻視に近い、現実との接点が希薄な、生々しくはあっても抽象的な心的空間における像であることもあるだろう。

では同じ音楽を繰り返し聴くことによって、いつも同じ風景に辿り着くものだろうか?同じ演奏の録音であれば、恐らくそれはYesだろう。最初は共感覚的な基盤によって生じたそれは、少しずつ連想に近いものになっていき、細部が明確になったり、別の視野がひらけたりはしても、その風景は矛盾なく一貫したものであるだろう。だが同じ作品の異なる演奏の場合はどうだろうか。この場合には、同じ風景の少し異なる時間、異なる年の、異なる日の表情の違いに似た場合もあるだろうし、異なる風景が浮かぶこともあるだろう。

音楽が呼び起こすこうした「想像上の」(イマジナリー)風景が明確であればあるほど、同じ音楽が或る具体的な映像との組合せで提示されるような場合に当惑を惹き起こすことになる。拒絶反応とまではいかなくても、何か居心地の悪い感覚に囚われることは避け難い。

こうした風景は、実演を通して作品に接する頻度が低く、録音媒体による反復聴取が聴体験のほとんどを形成しているが故のものかも知れない。音が産み出される現場に居合わせることなく、まるで異なる時空から届くかのように音を受け止める聴き方が、その音が響いている異なる時空の風景を浮かび上がらせているという側面は否定し難いだろう。コンサートホールで、奏者が音を産み出す現場を目の当たりにしつつ、それとは異なる時空を目前にあるかの如くに思い浮かべるのは決して容易ではない。勿論コンサートホールであっても、眼を閉じてしまえばそれは可能かも知れないし、録音を聴く場合でも(幾つかの記念碑的な実況録音ではしばしば起きることだが)、演奏が行われている場の雰囲気の濃密さに風景の方が後景に退くこともあるだろう。だが、ではそれが録音再生テクノロジーの産物であり、作品自体とは無縁のものであるかと言えば、決してそんなことはない。少なくとも或る種の音楽は、それ自体が確実に、そうした風景を呼び起こす力を、私に対しては備えているということができる。

久しぶりにある作品を聴く行為は、私的で内面的な「想像上の」(イマジナリー)風景の空間における「帰郷」に近いものになる。見慣れた風景、あるべきところあるべきものが存在する或る種の確からしさの感覚。それはだが、懐旧の故郷などではない。その風景は、もともと私がその中に埋め込まれていた風景ではなく、それはもともと私の風景ではなかったところのもの、自らが迎え入れ、そこに自らを埋め込むことを選択した風景、そこに己の希望を托した未来としての風景、北村透谷の意味での「幻境」なのだ。

その風景は儚いものであり、それ自体遺しておかなければ喪われてしまう性格を帯びたもの、しかもそれは音楽が鳴り響く瞬間の、しかも音響が響く空間にではなく、それを聴取する私の裡にしかないものではあるけれど、人が生きるための糧を得る場所、そこに希望を見出しうる場所というのは、常にそういう性質のもの、「想像的」(イマジナリー)でしかありえないものではなかっただろうか?「私」の住処という点において、リアリティとヴァーチャリティの位相は逆転する。もっとも「私」というのがそもそもヴァーチャルな存在であり、それは構造的にはごく当たり前のことなのだろうが。

その風景は向こう岸を垣間見たものであったろうか。確実なことはその風景が、ある署名を備えた音楽作品によって喚び起こされるものであって、決して孤立した主観の中での幻想などではないということだ。勿論、現実の風景であってもそうであるように、各人の展望に応じて、そこに見出すものには差異があるだろう。けれどもそれは一旦作品としていわばデジタル化、量子化され、アーカイブされることによって、一つの世界を閉じ込めたものになる。どこか別の時と場所においても、私のような子供が或る日、流れ着いた壜を拾い、それを開けて、同じ風景に眺め入ることだろう。その時、風景は同時的ではなく、通常の意味合いでのコミュニケーションは成立せず、幽霊的なものでしかなくとも、なお共同主観的なものであり、受け取り手はそのことを(私がそうであるように)知っている。

表面的には絶望と厭世に彩られ、この世からの告別である音楽は、だが、トラウマを抱えているが故に、それ自体を語ることができず、己の苦しみを他の界面に投影することでようやく自己を維持しえている人間、そのようなかたちで語る以外の言葉を奪われ、それでもなお己の住まう岸から、誰かに届くことを願って壜に言葉を詰めて投じる他に、生き延びる術もなき人間にとっては、それ自体が「希望」に他ならない。「私はこの世で幸運に恵まれなかった」という呟きを我がものとする人間は、どこにもない、音楽が鳴り響く瞬間にしか存続しないかも知れない「永遠の大地」(何たる矛盾か!)を己れの「希望」の故郷とするのだ。

それは現実には最早ない「希望」ではあるけれど、丁度、作品の提示する風景の中に自らを置く瞬間だけ、想像の上でであれ、己を其処に託すことができる「希望」なのであり、それは貧しい心の持ち主が、己の一生を全うすべく、己にとっては何らの「希望」なき現実を歩むための糧なのである。聴き始めてから35年以上の歳月を経て、再び聴く「大地の歌」という作品は、少なくとも私にとっては、かつての子供であった私にとってそうであったように、だが、その後の世の成り行きに抗いようもなく翻弄され、今なおしばらくの間はその中で生き続けなくてはならない私にとってはより一層切実に、そうした「希望」に他ならないのだ。その風景の中に立つことが、ささやかなものであっても 或る価値へのコミットメントであり、そうすることを通じて私もまた、世の成り行きの勝者達にとっては存在しない風景の住人、幽霊(レヴェルゲ)達の行進に加わるのである。そして私は小声で証言する。「確かに私はその音楽を聴き、その風景を見た」、と。仮令客観的にはデブリの如きものであったとしても、証言することによって私は辛うじて、私自身をも超えて生き延びる。現実の私は沈黙を保ったとしても、「想像上の」(イマジナリー)風景に住む私が語り、私を離れた言葉が、私をではなく、私が見たもの、体験した出来事を、「想像上の」(イマジナリー)風景の中を通って漂流を続ける。私にはそれを見届けることができないことが、ここでは最大の慰めとなる。

(2014.11.02,  2025.1.20 改題の上、再公開)

2025年1月19日日曜日

20世紀のマーラー、21世紀のマーラー:再び空間性から時間性へ(2025.1.19 再公開)

マーラーの音楽が新ウィーン楽派以降、20世紀の音楽において、どのように受容されてきたかを俯瞰した文章を 改めて読み返し、20世紀の音楽そのものを思い起こし、その上でマーラーの音楽における最も重要と自分が考えてきた 側面を改めて振り返ってみると、何故、マーラーの音楽を過去のものとして用済みにできないのか、それ以前の音楽にも、 その後の音楽にも私が見出せない、そればかりか、音楽以外のものに見出せず、それゆえ繰り返しマーラーの音楽に 立ち戻らずにはいられない理由に思い当たる。そしてマーラーを聴き始めた35年前の中学生になったばかりの自分には ただちに自覚できたわけではないにせよ、程なくして関心の領域として自ら設定した枠組みが、結局のところその理由と 正確に対応することに改めて気付くことになる。約10ヶ月近い中断を経て、改めてマーラーの音楽に立ち戻った途端に、 突然、自分がしてきたことを基底で支えているものが何であるかについて気付かされることになる。あるいはそれは、 かつてはあまりに当然のことであり、そのこと自体を自覚的に確認するまでもなかっただけかも知れないという気はする。 けれども、今までかならずしも明確に意識していなかった自分の行動の理由が突然、自分自身にとって明らかになったには 違いない。あるいはまた、時間が経つにつれ、驚愕の感覚は薄れ、一体全体当たり前のことに何を驚いていたものかと 呆れることになるのかも知れないが、今はその驚きに忠実に、浮かび上がった構図を記録しておくことにしよう。

マーラーの音楽を特徴づけるものは何かについては、勿論のこと、立場によって色々な見方が可能であろう。 しかし、20世紀の音楽は、マーラーの音楽の中に、とりわけても空間的な側面での創意を認めてきたと言えるのでは なかろうか。マーラーの楽譜の指示の中に、空間的なパラメータに関するものが見られることは、しばしば指摘されてきた。 改めて指摘するまでもないだろうが、例えば遠くから聞こえるようにオフ・ステージ(多くの場合舞台裏)で演奏が指示される 第2交響曲の第5楽章におけるバンダ、やはりオーケストラ本体とは離れたオフ・ステージ(こちらは客席の高い位置が 多いようだ)で演奏する指定がある第8交響曲の金管の別働隊、これも舞台裏での演奏指示がある第3交響曲第1楽章の 主題展開部末尾の小太鼓、同じく第3交響曲第3楽章中間部のポストホルン、更には高いところに配置するよう指定される 第3交響曲の独唱、女声合唱、児童合唱と鐘、ステージでの演奏と舞台裏での演奏の使い分けが為される第6交響曲や 第7交響曲のカウベルなどが直ちに思い浮かぶ。当時は対抗配置であった第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンのパートの 掛け合いもまたコンサートホールでの空間的な効果を狙ったもので、第1交響曲の突破の直前のクレシェンドにおいて第2ヴァイオリンの パートのみクレシェンドをしない指示をしたり、第6交響曲のアンダンテ楽章でもパート間での強弱のコントラストの効果を狙ったりと、 例示を試みれば枚挙に暇がない。

舞台裏のオーケストラは「嘆きの歌」の初期形態に既に構想されていたし、第1交響曲の 序奏のトランペットのファンファーレも「遠くから」響くように指示される。ミュートを使わないホルンとミュートを使ったホルンの 呼び交わしよって、恰もこだまが返ってくるような効果を意図した第7交響曲の第1夜曲(第2楽章)や第5交響曲第3楽章の 中間部分、ミュートされたトランペットのファンファーレをフルートが引き継ぐことで、恰も霧の彼方に音源が去っていくかの効果を企図した 第5交響曲第1楽章の葬送行進曲の末尾のように、音色の変化による空間的な奥行きの表現を狙った例を 挙げることもできるだろう。あるいは演奏指示として「遠くから」という指定が為される場合もある。何よりも、第1交響曲の 第1楽章の冒頭の序奏は「自然の音のように」という指示がなされ、弦楽器群のフラジオレットのA音が数オクターブに 渡って広げられ、アドルノの言うところの「カーテン」を形成する。ファンファーレはカーテンの向こう側から聞こえてくるという仕掛に なっていて、そのファンファーレは再現部の冒頭の「突破/発現(Druchbruch)」の箇所では、文字通り前面に突破して 発現することになる。

こうした空間性の導入は、例えばリゲティが注目して指摘を行っているが、そのリゲティは自作において、直接的な 影響を示す「ロンターノ」のみならず、空間性についての関心をずっと持ち続けたことは良く知られている。 だが、空間性というのはそうした直接的なケースに留まらない。例えば、これまたマーラーの音楽の特徴とされる 通俗的な素材の引用やコラージュ的な素材の重ね合わせも空間的な多層性を惹き起こすし、マーラーの作曲法の 基本にある対位法的・線的な発想は、やはり多層性や空間的な広がりをもたらすことになる。

舞台裏での演奏指示の例として掲げた第3交響曲第1楽章の展開部末尾の舞台裏の小太鼓は、 舞台の低弦のピチカートとは無関係の、独立のテンポで叩くことが求められており、複数のテンポが並行する部分としても 著名であろう。更に第6交響曲フィナーレのハンマーや低音の鐘、第7交響曲フィナーレの金属の棒、あるいは両者で 用いられるカウベルなど、調律されていない打楽器の利用、非楽音的・雑音的な音響の導入もまた空間的な質の多様性、 重層性をもたらしていると考えることができるだろう。雑音的な音響ということで言えば、コル・レーニョ(例えば第7交響曲の 第2楽章)や絃を指板に当てる、所謂バルトーク・ピチカート(第7交響曲の第3楽章)、ハープにおけるMediatorの指定 (第6交響曲のフィナーレ)といった特殊奏法や、管弦楽法の通則に逆らうような、鳴りにくい音域を敢えて用いる楽器法 (思いつくままに幾つか例を挙げれば、ファゴットの高音域での使用、フルートの低音域での使用、コントラバスのソロが 主旋律を弾く第1交響曲の第3楽章など、これも幾らでも続けることが出来よう)は調律されない楽器の導入とともに、 ラッヘンマンの「楽器によるミュージック・コンクレート」や通常の奏法をパラメータの一部にしてしまうような特殊奏法による 音色のパレットの大幅な拡張に通じていくと同時に、そのような奏法によって、これまた西欧音楽における規範であった ムラのない均質で大きな音に対して、非西欧的な音楽が重視するような、所謂「サワリ」のある音を引き出し、 奏者の息遣いを含めた身体性を浮かび上がらせる方向性に通じていく。

考えようによっては第4交響曲第2楽章の独奏ヴァイオリンのスコルダトゥーラもまた、音色の多様化とともに、 微妙な音律のずれの効果によるヘテロフォニー的な空間的な滲みを狙っていると考えることもできるだろう。 第4交響曲第1楽章のフルート4本によるアドルノ言うところの「夢のオカリナ」もまた、4本のフルートの重ね合わせによる 音色の変化は当然のこととして、同様にヘテロフォニーに通じる着想を見出すことができるのかも知れない。 ヴァイオリンの高音域とコントラバス、コントラファゴットのみによる第9交響曲のフィナーレに見られる対位法、 更には第10交響曲のアダージョ楽章でも聴かれる音が漂う虚空を浮かび上がらせるような対位法もまた、 空間的な処理の一例と考えることができるだろう。

実際、再びリゲティを引き合いに出せば、雑音と楽音のあいだの音の探求は既に初期において 明確だし、異なる音律の並存、異なるテンポの並存といった試みは晩年の作品において顕著であり、 しかもそれらはリゲティ独自の音楽的空間についての考え方の作品上でのリアライズなのである。 「擬似空間」、「時間流の空間化」といった用語から窺えるように、リゲティの作品では音楽作品を「想像上の空間」を 産み出すものと見做す傾向が強く、また「網状組織」や「複数の中心」といった用語から窺えるように、 多層的で複数のパーステクティブを備え、奥行きを持った空間を音響的に実現しようとする志向が見られる。 のみならず、リゲティは作品を静的なオブジェとして見做す傾向が強く、音楽の時間軸上の展開は、プロセスが 非常に緩慢にしか推移しない初期のミクロポリフォニー的な作品だけでなく、後期の作品においても目的をもった 発展というよりは、予め静的に定められた規則を時間軸上に広げて提示するという側面が強いようだ。

だがこうした空間性の重視は、寧ろそうした側面を引き出す20世紀の音楽の側の事情を物語っているとも 考えられる。調性が崩壊した挙句、機能和声を放棄することによって楽曲を構成する原理のうち、時間方向の 展開の最も基本的な手段が喪われることによって、20世紀の音楽は音楽を別の原理で支える必要性に 迫られる。音色の次元の拡張や空間性はそうした要求に応えるものであったと見做すことができるだろう。 だが、音楽が時間的な延長を持たざるを得ない以上、時間的な経過を扱う方法が必要とされることには 変わりがない。合成和音のシステムやスペクトル楽派は時間軸については何の解決も与えないし、クセナキス的な 篩のシステムによる音階の構成の一般化や集合論や群論による構造の規定もまた、いみじくもクセナキスが そう語るように、時間外構造をしか規定しない。12音技法は順序を原理として持つ点でいわゆる時間内構造を 規定しうるが、それは貧弱な順序構造以上の複雑な構造を組み立てることはできないゆえ、巨視的な 形式構造として、バロックや古典の形式を使い続けることによって支えるしかない。12音が一巡り鳴ったら それで終りというミニアチュア形式を導くヴェーベルンの直観の方が寧ろ理に適っているのだ。クセナキスは 確率によって音の継起の頻度や密度を確率的に制御しようとするが、微視的な構造については何も規定しない がゆえに具体的な細部は作曲者の直観によって選択・決定されるしかない。ミニマリスムの反復の手法や フラクタル幾何学の援用、無限列の利用やオートマトンの導入は力学系的な発想であるから時間方向の発展の 原理ではあるけれど、ゆらぎを与えたところで単一の法則での音の制御は単純な時間構造しかもたらさないし、 幾つかの法則を単に重ねたところで、先行する西欧音楽の歴史が築き上げた複雑で豊かな構造に比べたとき、 貧弱な結果しか齎さないように見える。制御するパラメータを演奏や聴取の限界まで、あるいは限界を超えて増やし、 細部をもはや聞き取れないほど複雑にしてみても、生物学的な進化の速度に従うほかない保守的な人間の 知覚様式は、そこに混沌と無秩序をしか見出さないという結果を招きかねない。

一方で工芸的な組立て・構築を放棄し、サウンド・スケープのように伝統的な意味合いでは非音楽的な音環境に おける音響イベントの継起をそのまま受け入れて聞き入ることや、メシアンのように神学的な意図も手伝って それ自体は永遠に反復可能なある持続によって楽曲を形作り、そうしたブロックをパネルを並べるように複数併置することで 楽曲を構成する試みもあるが、それらの聴取の経験はプロセスの動性よりも、寧ろ静的な印象が強い。 フェルドマンのある時期以降の音楽の数時間にわたる長大な持続は、寧ろ時間の観念を変容させ、廃棄に 追い込んで、不動の塊と化した時間のオブジェの出現をもたらすし、ミクロポリフォニーの知覚の限界に挑むようなゆっくりとした 推移もまた、想像上の空間に時間を変換したインスタレーションの趣きがある。クセナキスがある時期から 用いた樹形曲線、リゲティにおけるフラクタル幾何学の時間構造への適用も、その着想は空間的であり、 時間方向の持続は、空間を描くために一巡りするために必要とされる時間に過ぎず、結局のところ、そこでは何も 新奇な出来事は起こらない。神学的な永遠性であれ、ガジェット的なオブジェであれ、静的で閉じた作品であるか、 プロセスを重視するかはあるが、いずれにしても音楽はどこかに向かうことを止めてしまい、聴き手をどこかに誘う 目的論的なベクトル性を喪ってしまっているように見える。音楽社会学のような領域では、そうした傾向を 20世紀の社会が持つ構造が定着されたものであると見做されるのであろうし、そこには目的論的な強制に対する プロテスト、管理された時間を逃れ、アナーキーで自由な時間を取り戻そうとするイデオロギー的な選択が 働いているのかも知れない。

約半世紀程前にマーラーの生誕100年が祝われてからこちら、マーラーの音楽はダールハウスも指摘しているように、 かつての世界観音楽としてではなく、ようやく絶対音楽として聴かれるようになった。そうした文脈においてはヴィスコンティの映画の BGMとして第5交響曲の第4楽章が用いられることは、マーラーの流行にとって少なからぬ効果を持ったとはいえ、 そうした絶対音楽としての受容の流れに対する伝記主義的逆行、「悪しき19世紀の残滓」であると見做されたものだ。 しかしその後、絶対音楽としてのマーラーの受容は、 今度は単なるサウンドの消費、音響体としての音色の多彩さや詳細を極める演奏指示を如何に忠実にリアライズするかといった ディティールのみで評価が決まるような兆候を帯びるようになる。もっともこうした傾向は高橋悠治さんが1970年代前半に 既に指摘しているように、別にマーラーに限ったものではなく、LPやCDのように何度も好きなところで止めて繰り返し 再生できるメディアの発達と、テレビ番組の放映においては時間枠に区切られ、 更にはコマーシャルで断ち切られるといったように細切れに分解されて提示され、最早そうした事態に驚きさえしなくなるといった 状況とがドラマを成立させる時間の構造を解体させていく過程の一サンプルに過ぎないのだろう。

音楽的時間をテンポの変化の大きさという尺度に還元して演奏様式を 比較するといった試みがマーラーの第4交響曲の録音に対して行われたのは、そうした潮流を考えれば自然な成り行き であったと言えるのかも知れない。勿論、そうした切り口での分析自体に価値がないわけではないのだが、それで音楽に おける時間の次元が汲み尽くされたかのような様相を呈するとしたら、それはやはりマーラーの音楽的時間、 アドルノが性格的要素として「発現/突破」「停滞/一時止揚」「充足」、あるいは「崩壊」といったカテゴリーを 用いて言い当てようとした実質は大きく損なわれてしまったという印象は拭い難いし、その隣でマーラーの音楽の サウンドスケープといったテーマが論じられるのだとしたら、そうした光景はマーラーの音楽の空間的な側面の重視が、 時間的な側面の縮退・単純化と引き換えであることを示しており、それは20世紀後半という時代の特質を反映した ものだということなのだろう。

それに対する評価はおくとして、バブルの時代のおぞましいまでのマーラーの流行は、自らを正当化する「マーラーの時代が来た」という 極めて都合の良い御誂え向きのキャッチコピーのもと、録音メディアや放送メディアの媒介などなかったかの如く、バブルの恩恵で 次々と建設されるコンサートホールの杮落としに因んでマーラーの交響曲の連続演奏会が同時にあちらこちらで行われるという異様な熱狂 (もっともこれもまた、マーラーの音楽に限定された現象ではなく、ベートーヴェンの交響曲を順番に全て演奏していく マラソンコンサートなどのような近年の現象と通じているだろう)と、到底きちんとは聴ききれないのではないかと思われるような 膨大なコレクションを個人のものにすることを可能にした際限のない交響曲全集のCDのリリース(こちらも同様に、マーラーだけの 現象でも交響曲というジャンルに固有の現象でもなく、ネットワークからのダウンロード配信への過渡期にあたる今日では、 様々な切り口でのCDのボックスセット化による過去の音源の叩き売りの企画は当たり前の風景になったかのようだ)との氾濫の中、 既に古びたメディアである映画のBGMでは最早不足とばかりにマーラーを切り刻んで数十秒のCMの中に押し込み、 果ては「着メロ」としてパーソナライズするまでに至る時間の平板化と断片化による時間構造の解体のプロセスであったと言えるかも知れない。 少なくとも私個人に限って言えば、そうした傾向に耐え難いものを感じ、一時期マーラーの音楽を聴くことを全く止めることを 余儀なくされたほどであったが、今こうして振り返ってみれば、自分が一体何に耐え難さを感じていて、その時は明確な認識には至らないまでも、 何を予感してそうした行動をとったのか、わかるような気がする。それは単にマーラーの音楽という対象の本質の破壊ではない。 マーラーの音楽によって自己を形成した私にとって、それは自分自身の破壊に繋がる側面を持っていたのだ。

そうしたマーラー後の音楽やらマーラーの音楽の受容やらが地層のように累積した厚みを通してマーラーの音楽を改めて 眺めたときに、それが反動的なものであるかどうかはおくとして、その後喪われてしまい、そして今日の世界では取り戻すことのできない、 かつての時間的な構造への渇きのようなものを癒す対象としてマーラーの音楽に向かっている自分を発見することになる。

上述のようにマーラーの音楽は20世紀の、色々な意味で空間的な音楽に対する前駆、先蹤として様々なヒントを 与えるような側面があったのは確かだが、マーラーの音楽は本来、優れた意味で時間的な側面の強いものであった筈である。 基本的にロマン派の音楽であるマーラーの音楽こそは、優れて意識の音楽であり、意識の時間的な変容のプロセスを 作品として提示するものであるはずだ。巨視的な形式において機械的な反復、再現を嫌うマーラーの音楽の経過は 不可逆的であり、アドルノによって長編小説に譬えられたその構造は、聴き手を全く別の風景へと導く。 主題の再現とて、単なる繰り返しではなく、再現までに経過した時間の厚みを感じさせ、まさにそれが「再現」であって、 元のものとは異なるものであることを告げる。部分的に無調的な旋律が含まれ、伝統的なカデンツからは逸脱しながらも、 全音階的な発想を捨てなかったマーラーは、その代わりにかつての調性格論にも比せられる調性毎の固有で置換不可能な 質を保持し、楽章間の調的な配置の関係によって複数の層の関係を示し、発展的調性によって音楽がどこに向かうのかを 曖昧さなく示すことができる。それは主観的・心理的な時間であるとともに、意識的な活動に限定されず、意識の奥底で 働く無意識の活動の反映でもあるし、ヘーゲル的な「世の成り行き」の容赦なさでもある。調的な音楽の軌道が描く 力学系的な遍歴は、まさに世界と関わる意識の時間性の遍歴に他ならない。そしてこうした事態は、 それ以前のロマン派音楽でも兆候としては見られたものの、マーラーにおけるほどクリティカルな問題として前景に 出ることはなかったし、マーラー以後の音楽がそうした事態に背を向けてしまったことは既に見たとおりである。

万物は流転するという認識を 人間的な尺度の限界の内部での認識であると嘲笑し、今こそ世界の人間的な意味づけからの訣別が必要だと 言い立てることは容易だが、己の認識の檻の外部に端的に出ることが出来るというのは、それ自体が意識の浅薄な 思いなしによる独断論のまどろみの中での寝言に過ぎないかも知れないことに対して、そうした姿勢はあまりに 無頓着ではないか。そうした思いなしがあまりに観念的で抽象的なものであり、現実に対して力を持ちえずに結局 ノスタルジーへの退却し、自閉せざるを得なかった歴史に対し、それはあまりに盲目であるか、さもなくば開き直っているのだと しか思えない。そうした態度は、空を飛ぶことができると頑なに主張し、だが実際にやってみろと促されれば一歩も 踏み出すことのできない観念ばかりが肥大した100年前のアヴァンギャルドと変わるところがない。

よくあることではあるし、とりわけマーラーの周囲でも 頻繁に起きていることではあるけれど、歴史を語り、過去の音楽のおかれた文脈に関する知識を披瀝しつつ、だが そうして語っている自分が拘束されている現実との距離感の感覚は欠如していて、まるで骨董品の来歴を語る 好事家のごとき趣味的な態度は、過去の異郷の音楽を今日引き受けることの必要性と切実さを些かも明らかにしない ばかりか、蒙昧化にしかなっていない。勿論、今日の状況でマーラーのような音楽を書くことは端的に不可能に違いない。 そしてそうした不可能性に直面し、そうした事態から目を逸らすことなく誠実に状況に向き合っている作曲家の例を私は 具体的に身近に知っているし、そうした試みが自分の同時代に、すぐ近くで行われていることに勇気付けられもしている。 そうした活動を目の当たりにして感じることは、おかれている状況に応じ、選択される手段は違い、実現される作品の相貌も 全く異なるが、そうした活動の方が自分の置かれている位置の方は等閑視したままマーラーについて新規さを装った 主張をするような態度やマーラーの音楽を引用する姿勢により己の立場の限界を露呈するような態度よりも、 かつてマーラーが己の状況の中で取り組んだ企図と姿勢をよりよく継承しているということだ。結局のところ、時代を隔てた 作曲家の営みの距離を、表面的な様式上の影響関係やら引用によって単純に測ることはできない。今ここで確認できる そうした関係は結局のところマーラーを利用する側の思惑をしか示さないし、マーラーをどのようなものとして扱いたいかを 語ることによって、そうやって扱う側の志向が炙り出されるばかりであって、マーラーが為そうとしたこと、その志向の方はといえば、 今日では100年間の間に起きた状況の変化に応じ、全く別の仕方で為されていると考えるべきなのだ。

21世紀になって、1000年に一度と言われる未曾有の地震と津波の災害に襲われ、更にはその結果として 原子力発電所の災害が発生し、その影響が人間の尺度で言えば単一の個体の寿命を超えかねないような 事態に遭遇した今、尚マーラーの音楽を聴き続けることの意義、マーラーの楽譜を調べ、その作品の構造を自分の聴経験と突合せる作業を 続けることの意義は、だから私の場合には明らかである。要するに、端的に言ってマーラーの音楽にしか見出せないような 時間的な構造があり、マーラーの音楽にしかないような世界への態度、世界に対する姿勢があるのだ。それは主観性の 擁護の音楽であり、これまた価値判断は様々だろうが、或る種の主体の構造、意識と無意識と身体性との複合的な 様相がそこでは示されていて、しかもそれは他では代替が利かないもののようなのだ。

単にお前はその音楽によって自己の 回路を形成してしまったから、その音楽から逃れられないのだ、それは全く一般性を欠いていて、お前の個別的な問題に 過ぎないのだという批判に対しては私は抗弁すまいと思う。実際それはその通りだからだ。ジュリアン・ジェインズが素描したように、 もともと可塑的な脳の回路の構築の仕方の一つに過ぎない意識のあり方は時代と場所により、そしてそこでの社会的・文化的な 環境によって変化していくものに違いない。

私が生きている間には実現しないかも知れないが、ポスト・ヒューマン思想の 論者が語るように、近い将来に特異点に到達し、意識のあり方のみならず、「精神」「魂」の定義自体が変わってしまい、 例えば「魂の不死性」のような考え方が、空想的な観念の裡の霞のかかった妄想としてではなく、徹底的に唯物論的な 技術的な手段のブレイクスルー(遺伝子工学やナノ・テクノロジー、人工知能的なロボット研究などの今後の進展が それを可能にするのだが)を通じて、全く別の意味合いを帯びて、紛れもない現実になる可能性だってあるかも知れないのだ。 「人間」概念自体が拡張され、現在とは似ても似つかないものに変容しうるのだとしたら、世界の人間的な意味づけの 実質もまた変わるだろう。

だが結局のところどこまでいっても、「人間」という概念をまるごと廃棄するのであればともかく、そうでなければ 「人間的な意味づけ」を逃れることなど出来はすまい。一見、非人間的に感じられ、そう見做されるかもしれない暴力的な 現実もまた、それ自体「人間的な意味づけ」が為されたものでしかないのだ。

例えば一方で三輪眞弘さんの言う「コンピュータ語族」としての、機械とのシステムの中に埋め込まれた人間が居て、 他方では他の生物、とりわけ動物と人間の境界が問題にされ、永らく倫理学における暗黙の前提であった人格概念の 見直しが行われつつある中でマーラーの音楽で語られていることを振り返ってみれば、控えめに言ってもマーラーがナイーブな 人間中心主義、人間を絶対的な基準とおくような発想からは遠かったことは明らかなことに思われる。そして例えば第8交響曲を まるでピタゴラス派の天球の音楽の復興であるかの如く、惑星や恒星の運動に譬えたマーラーの企図を、作品そのものの実質もまた 決して裏切らない。全体が「突破/発現」の瞬間であるかの如きこの作品の持つ独特の時間性は、移ろいゆくものとしての 人間を超出する仮想的な視点からの展望であるかのようではないか。

無論のことマーラーの音楽を聴き続けることが、上述のような未来の展望を無条件に保証するわけではない。更に言えば、 自分が生きている間に実現しそうもない変革など結局のところ切実な問題たりえないし、よしんばそうした側面に対して、 個人的な事情から技術的、哲学的に多少の関心や利害があったところで、実際のところ、卑小なばかりか、消耗しつくして 病んでいる現在の私にとって、上述のような問題意識は手に余る。私は単に「世の成り行き」の中で落伍しそうになっている自分を、 手を広げて迎えてくれる音楽を求めているだけなのだろう。音楽をムーディーに消費するばかりの私のような存在にとって、 20世紀の様々な音楽のほとんどは、とりわけそれが産み出されたプロセスや文脈を離れ、オブジェとして対峙したとき、 それ自体が閉塞の反映であり、己を取り囲む状況の閉塞を確認させられて抱えているストレスを昂進させるばかりだし、 マーラー以前の音楽の方は、現実がこうなる以前の状況を記憶する媒体としてノスタルジーの対象となり、 一時の休息と慰藉を与えてくれるものではあっても、そしてそれは身体的にもメンタルにも危機的な状況にある人間にとって ある時期には必要なものであっても、再び現実に戻り、「世の成り行き」の中に自分を投じる勇気を与えてくれるものではないのだ。

マーラーの音楽はかくして三輪眞弘さんの活動とともに今の私にとってかけがえのないものであるのだが、 その理由を問われれば、マーラーの場合には、その音楽が持つ時間的な構造、そこでの主体の遍歴の不可逆性によるのだと答えることになるだろう。 その音楽は、自由を奪われた幽霊達の隊列に私もまた加わるように誘うのだ。自分が幽霊ではないと感じる人にとってはこの音楽は全く不要なものだろうから、 こうした状況を一般化するつもりは全くない。これが極めて個別的な状況であることを認めた上で、それだけに自分にとっては 切実なものなのであることは繰り返し強調しておきたい。そういう人間にも居場所があってもいいではないか。 そういう人間にも声が与えられもいいではないか。マーラーの音楽はそういう人間の代弁者なのだ。

そしてこうした側面こそ、その音楽が作曲されてこの方、途絶えることなく(私もその一人である)マーラーの音楽を求める者にとってかけがえのない特質であったし、それは21世紀になった現在でも些かも変わらない、否、それどころか人間の解体がますます進むにつれて、その度合いはますます深くなっているのではないかと感じられてならない。

(2012.5.2, 2025.1.19, 改題の上、再公開)

2025年1月16日木曜日

なぜマーラーの音楽を聴くのか?(2025.1.16 再公開)

なぜ私はマーラーの音楽を聴くのか? なぜ(辛うじて生きる時代の一部を共有しはしていても)過去の、しかも文化的な環境も社会体制も全く異なる場所の作曲家の音楽を聴くのか? 何に惹かれ、何をそこから引き出そうとしてその音楽を繰り返し聴くのか? マーラーを聴くのは、知的な関心からではないし、娯楽としてでもない。 CDを買って聴く、(滅多にないことだが)コンサートに行く、というのは経済的な観点からいけば消費には違いない。 だが、それは暇つぶしではない。それを楽しみといってよいかどうかもわからない。

確立された権威、文化財としての音楽?作品が作られた状況や環境とは切り離して 残された作品と向き合う姿勢?だが、必ずしもそうでもない。なぜなら、マーラーの音楽に 関して言えば、その音楽に刻印された状況とそれに対する主体の反応の刻印が、 その音楽に惹きつけられる原因となっているからだ。勿論、こうした見方は、 音楽家なら持ちえたであろう制作の現場の視点を取りえない。だが、マーラーの 音楽を聴くのは、それと結びついた自分の経験を反芻するためではない。 きしみ、奇妙に歪んではいるけれど、時折はくつろいだ表情も見せるその音楽は、 私にとっては他者であり、そこからある種の姿勢であるとか、態度であるとかを 感じ取り、それに自分を同調させたりずらしたりしながら、何かを受け取っているのは 確かなのだ。

幾つかの演奏を聴くというのは大切なことだ。 どんなに優れた演奏であったとしても、ある演奏は切断面の一つに過ぎない。 勿論可能であれば自分で楽譜を読み、演奏するのが望ましいのだろうが、 それをしないまでも、別の演奏を聴くことで作品の持つ別の側面に気付く ことができる。だが、究極の演奏に辿り着くことはまさに同じ理由によって不可能だ。 結局は、あなたが指揮者でなくても、楽譜を読み、音を想像して自分なりの像を掴むしかないのだ。 結局、アドルノのいうところの星座の見え方は、各人固有のものであり、 他の誰も、その人の代わりにそこに立つことはできないのだ。

勿論、作品は作者ではない。作曲家の伝記を紐解いたところで、音楽自体は 変わることがない。だが、その音楽はいわゆる「個性」の刻印を紛れもなく帯びている。 技術的に言い当てることができなくても、その「個性」を認めることは難しくない。 そして、その「個性」に惹かれて、ある作曲家の作品を聴くのであれば、作者なしの 作品自体というものを考えるのは、少なくともマーラーの場合にはナンセンスだ。 作品自体が、作者を指し示している、その限りでの作者はここには確実に存在するのだ。

音楽の表現するものは、言葉の側から見れば本質的に曖昧だ。 一方で、音楽の表現するものを言葉が正確に言い当てることはできない。 音楽は容易にある体験、ある情態、ある雰囲気を探り当てる。 だから、人はしばしば音楽よりも音楽を聴いた時に我が身に起きた事を書いてしまう。 それが本当にその音楽でなくては不可能であったのかどうかを検証することは難しい。

或る種のスタンス、呼吸やリズム、反応様式に同調すること。それを思想と呼ぶのは適切ではない。もっと身体的で具体的なもの。 記号としての感情ではなく、情態や気分の反映を聴き取ること。 あるいは、これもひねくれた快楽なのかも知れない。だが、それは無くてもいいものではない。 社会的な機能という観点ではなく、個人が、ちっぽけな意識が生き延びるために必要な糧。 もしかしたら、そうした切実さが、創作の極においてもあったのではないか、だからこそ、それを欲する聴き手にとって、 他に代え難い価値を持つのではないか?

芸術を求めているのか、モラルを求めているのか? これを二者択一にすることは難しい。 ちなみに芸術の方は、学問なり知識なりに置き換えても良い。 もっともこれは、キリスト教文化圏と仏教的な文化の圏とではことなるだろう。 一方が他方に比べて優位ということはない、というのは多分、半分は間違いだ。 文化も進化論的な視点から見れば生存競争をしている。

だが、個人的には多分、モラルのない芸術や知識は受け入れることができない。 ならば逆は?美的な観点から、あるいは知的な観点からは全く凡庸だが、 モラルの観点から見たら非の打ち所の無いもの。 それを受け入れることはできるだろうが、我が物とすることには多分抵抗がある。 だが、それが実際には両立しえないとしたらどうなのか?

はっきりしていること。
同時代性やリアルタイムな問題意識、環境という点では、やはり日本のものに どうしても関心がいくことになる。勿論音楽家の問題意識は音楽家でない人間にとっては 疎遠には違いない。だから程度の問題なのだが、それでもやはり、環境の違いというのは 存在する。勿論、それを音として聴くのであれば、同じように聴くことができるだろう。 だから近藤譲のようなタイプの音楽であれば、別にそうした地域性のようなものは 問題にならない。だが、音楽をするということはどういうことか、とか媒体との関係などと いった実践の側面が入るとそうはいかなくなる。

一方で、音楽を聴くということについていえば、私の心を打つのはいわゆるクラシック音楽 なのだ。いわゆる現代音楽ではない。例えばマーラーの音楽を聴きたいと思う。 関心という点では、何人かの現代作曲家の動向には注目はしているし、 また能や義太夫節だって心を打つには違いない。だが、自分が親しみを覚え、 心を開くことができる音楽は、結局クラシック、例えば今ならマーラーの音楽なのだ。 これはどうしようもないことだ。それは歌があるかどうかとか、美しいかどうか、といった 問題ではない。一部は「刷り込み」に近い、自己形成の問題だろうし、 (結局同じことだが)自己を表現する、生のあり方、或る種の生きる姿勢や態度を 反映した音楽というものが、自分にとっての基準になっているのは間違いない。 音楽は心の安らぎのためにある。だがそれは娯楽と言い切ることはできない。 もう少し切実なものだ。
そうした聴き方はせいぜいヴェーベルンまでで、クセナキスは例外的にそれに近い感じ方が できる音楽だが、やはり、同じように聴くことはできないし、もともとそういう種類の音楽ではない。 心の「表現」としての音楽、ヴェーベルンで恐らく終わりを告げる主観的な音楽こそ、 私が一番聴きたい音楽なのだ。
結局、他の音楽はなくなっても、そうした主観的な音楽との対話なしで生きていくのは困難だろう。

記憶のし易さ、というのがあるかも知れない。 勿論、記憶のし易さは、作品の価値を測る尺度にはなりえない。 あえて記憶できないように構成された音楽というのも存在するし、それはそれで意義がある。

だが、類別の尺度としては存在するし、文化依存、より個別的にはその個体の学習の蓄積により、 何が記憶しやすいかは異なりうるだろう。記憶のし易さ、どのような作品が記憶しやすいかは、 記憶するシステムの側の特性だろう。
どれも同じに聞こえるというのは、類別のために必要なだけのパラメータの次元数を獲得していないだけ という事に由来する。記憶が可能であるのも、そのパラメータ空間の形成のし易さの程度の問題 だから、記憶が精密になるのは、異なりをより多く検出することのできる空間の豊かさが増している という事に他ならない。

音の構造への抽象的な関心も、それを音の認知の、記憶の、時間意識の問題と考えれば、 大変に興味深い。
だが、方法論的な自覚がなくても、音楽は、そういった知覚の、時間意識の変容をシステムに 引き起こす力がある。少なくともマーラーの場合にはそうした変容それ自体が目的であるわけではない。 そしてどちらがより優れているかはいちがいには言えない。 それ自体が目的でない場合には、そうした変容は文化的な沈殿物を引きずっている、というより そうした文化的な沈殿物(それは「思想」なり「世界観」なりということばで語られるかも知れない)の 姿をして現れる。
そしてその姿自体もまた、決して瑣末な飾りではない。

結局、個人的な問題を言えば、なぜ私は音楽を聴くのか、音楽を聴くことで何を得ているのか、 ということになるだろう。そしてそれが何故音楽でなくてはならないのか。 端的に言えば、私は生きる姿勢のようなものをそこに求めている。 出来上がった作品も、その姿勢の中に含まれるから、作品はどうでもいい、というようには 考えない。作品は抜け殻に過ぎない、という考え方もあるだろうし、作品と演奏の間の問題が 「向こう側の事情として」あるのも理解しているが、私は、作品を作り上げること、をその生き方の 姿勢の不可欠の要素として考えている。
もし、倫理的な振る舞いだけを考えれば、偉大と呼ばれる音楽家ですら、極めて不徹底な 存在になるだろう。欠点のない聖者を求めているのではない。だが、それでも作品だけで 作者はどうでもいい、とは考えない。
作品は作者の主観の表現であるといったたぐいのロマン主義的な発想に作品が基づくか (少なくとも作者の主観的意図として)どうかによらず、やはり作品と作者を切り離して考えたくはない。 それはやはり生き物の行動とその結果に違いなく、そういう視点を放棄することは考えたくない。 行為だけで結果はどうでもいいわけでもなく、結果がよければ意図はどうでもいいわけでもない。

そして最後に、できればその音楽は音楽自体が、私の感じ方や考え方、生きる姿勢にアフェクトを もって欲しいのだ。そういう意味では、ロマン主義的な音楽は、私の場合という個別のケースでは 少なくとも結果的に、優位にある。そのように感受が組織されてしまっているという結果論で あっても、仕方ない。少なくとも、実験的な音楽は、マーラーの音楽が与えてくれるものと 等価なものを与えてくれない(し、それはないものねだりなのである。そのかわり別のものを 与えてくれる。)そして、私にはマーラーの音楽のようなタイプの音楽が必要なのだ。

意識という存在の宿命なのだ。意識とは目覚めであり、見張ることなのだ。 不思議なことに、意識は眠りの安らぎを我が事のように思い、望みもする。 だが、夢ならぬ眠りは意識には属していない。意識は己からはみ出すものを、知っているだけではなく、 それに対する情態をも備えるようになっている。 だが意識は、定義上それ自身は眠らない。夢見る意識に覚醒時の意識との連続性が あるとしたら、眠りの幕を抜けて、こちら側に移動するだけ。意識は夢の中で、 目覚めている。眠っている自分を見ている意識は眠っていない。そして例えばショスタコーヴィチと異なって、マーラーの音楽はしばしば眠りに近づく。それはとことん覚醒の音楽というわけではないのだ。そのことは恐らくマーラー自身が、意識にとっての外側にある、意識にとっては不可視の超越的なものに対する憧れを喪うことがなかったことと関係しているのだろう。

人によってはそこに「弱さ」を見出し、不健康なものとさえ見做して拒絶することもあるだろうが、だがその替りにその音楽は、「世の成り行き」から落伍し、よろめき、立ち尽くし、或いは時として歩みを止めて路傍に蹲ってしまうような弱者に対して手を差し伸べ、勇気づけてくれる。時として、暗く、厭世的と形容されることさえあるその音楽を聴くことは、私のような挫折した者、落伍者にとっては、それでも再び歩みを取り戻し、生き続けていくための糧となる。それゆえその音楽はかけがえのない、決して手放してはならないものなのだ。

(2006.9, 2025.1.16. 改題、補筆の上、再公開)

マーラーの行進曲が喚起するもの(2025.1.16 再公開)

いろいろな音楽の間を彷徨った後、別に意識して避けてきたわけではない筈だが、無意識的にどこかで敢えてそうして いたかも知れないなと思いつつもマーラーの音楽を聴いてみると、ただちに幾つかの顕著な質に気づいて酷く驚くことになる。 例えば行進曲。マーラーが行進曲を偏愛したのは明らかだろう。 マーラーの幼児期の記憶の中にその起源を求める見方は繰り返しなされてきた。 「芸術音楽」の擁護者からはマーラーの音楽の中のいわゆる「バナルな」要素として誹謗される恰好の材料を提供した。 集団操作の道具、ある意味ではオーケストラを統率する楽長の音楽に相応しいと皮肉られるだろうか。 画一的を強制し、意識に自発性を許さずに寧ろ心理的な適応を強いる音楽。 容赦ない「世の成り行き」への屈服、攻撃者への同一化をあらわしているのだという精神分析的な解釈もある。

確かにマーラーの行進曲は、音楽の主体を急きたて、どこかに追いやる働きをする。 停滞を中断し、活動を強制するかのようだ。 マーラーの音楽を聴く私も、行進曲に促され、前に進もうとする。 しかもマーラーの行進曲は、それが主体にとっての強制であるという主体の側の反応そのものを刻印していることもあるから、 疲れていても、動かなくてはならないのだ、という認識に聴いている私を誘う。 その認識には両面があって、強制的に歩かされているという悲壮感と、蹲っているよりは少しでも歩いた方がましだという気持ちが綯交ぜになっている。 実はそうやって急き立てられでもしなければ、怠け者の私は残された時間を浪費して、何事も成し遂げられないかも知れない。 怠惰な人間が何かを為すには、外からの暴力が、強制が必要なのだ、というわけだ。

その外部とは、「世の成り行き」かも知れないが、自分の奥底に穿たれたいわば内部の外部から響く呼びかけかも知れないのだ。 マーラーの音楽が自分の中にすっかり埋め込まれ、意識としての私よりもより下の層を構成しているとしたら、 それはフロイトのモデルのうち、超自我の指令ではなくて、寧ろエスの呼びかけであるということだってありうる。 マーラーの行進曲はそのどちらでもありうるのではないか。

もっと単純に、私の中に埋め込まれたマーラーがゲーテの思想に共感して、「活動を止めてはならない」と呼びかけているとしたら? 人間は密室の中で、外部とのコミュニケーションを絶ったままでは生きていけないのだ。 連帯への誘いであれ、強制であれ、外部からの呼びかけに応えて、外部に出て行く必要があるのだ。 行進に加わっても、あっという間に脱落し、落伍するかも知れないとしても、また立ち上がり、どこかに向かって歩かなくてはならない。 寧ろそれは生物としての、動物としてのヒトの性質に由来するのかも知れない。

不吉な連想。

1.ハールメンの笛吹きに率いられた生物の集団自殺。 閾域下に働きかける信号によって、集団催眠にかけられ、操られた集団の行進はどこに向かうのか。 だがそれも、遺伝子のどこかに仕組まれた、進化の詭計によるものだとしたら?

2.強制収容所でマーラーの姪が演奏した行進曲。 収容所の入り口には、ナチスの欺瞞に満ちたモットーである「労働は自由にする」が掲げられている。 そこでの自由とはなんだったか。生き延びるためには行進から落伍してはならない。 だがそれは強制収容所の中だけのことなのだろうか。

一旦乗りかかった船からは、途中で降りるわけにはいかないのだ。 おまけに乗った船が実は泥舟であった、ということもある。 最初は立派な船であっても、何かのはずみで泥舟に変貌することだってある。 行進に加わったときにそれを見極めることが常にできるというのは後知恵に過ぎないのではないか。 しかも行進に加わらないことはできないのだ。 せいぜいが、運がよければどの隊列に加わるのかについての選択肢があるかも知れないというのが現実ではないのか。

マーラーの音楽が持つ異様な活力は、ぎっしりと詰った情報ともども、聴くものを疲れさせ、消耗させる。 だから疲れて病んでいるときには、しばしばマーラーを聴くのに耐えられなくなるのだろう。 だがじきに、自分の中に埋め込まれたマーラーの音楽が、再び立ち上がって歩き始めるように促し始める。 目を覚ませ、とそれは私に呼びかける。

もしお前が一緒に行進している同伴者が幽霊であったらどうか? それでもお前は一緒に行進するのか? だがしかし、私もまた幽霊の如き存在ではないのか? マーラーの行進曲は、そうした幽霊たちに手を差し伸べ、隊列に加わるように誘う。 かくして「レヴェルゲ」達の隊列が組まれる。

行進がどこに行くのか、誰も知らない。 いや、ある意味では皆が知っていて、知らないふりをしているということもできる。 実はそれがどこにも辿り着かない、目的のない、行進のための行進であることを、マーラーの音楽は誠実にも隠し立てすることがない。 ただ、マーラーは自分がかつて見聞きし、体験したと思った何かに再び出遭えることをどこかで待ち望んでいる。 どこに行けばいいのかもわからないし、それが実現することのないことを予感しているにも関わらず、何か自分に勝りたるものに与ることを夢見ることを断念することはできずに、盲目の意志に導かれて行進は続くのだろう。

私は弱った体の恢復を待ちながら、過去の異郷から響いてくる行進曲の響きに耳を澄ませ、性懲りもなく再び隊列に加わることを夢見て、その意志を壜に封じて情報の海原に投げ込む。 遠い昔、子供の頃にふとしたきっかけで、誰に教えてもらうでもなく、自ら探し当てた壜の中に閉じ込められた音楽の響きに導かれて、このようにして。

(2012.5.1, 2025.1.16 改題の上、再公開)


マーラーの音楽は未来を予言しているのか?(2025.1.16 再公開)

人はとかく音楽を未来を予言する書物に比し、作曲家を未来の預言者に仕立て上げたがるかのようだ。 さながらマーラーの音楽の場合なら、西欧の近代的な文化の没落を予見していた、みたいな ことがまことしやかに主張されることになる。 更には、例えばことばに比べて音というのはそれが何かは定かではないながらもある種の空気を察知する面が あるということを根拠に音楽が他の媒体に比べたとき、優れて予言に適した媒体ではないのかという 問いが為されることがある。

だがいわゆる表現媒体の違い、意味作用や享受者への働きかけ、創作のプロセスの違いによって 「時代を予見する」という点について音楽が特権的な地位を占めているというようには思えない。 個別の作品を創作する行為はあらゆる人間の活動を包含するような 意味合いでの「世界」において時間的・空間的な特定の座標において行われる ものだから、そうした文脈の側からの影響に対して無縁ではありえない。 それは創作者の立場(時代に意識的にコミットしようとするのか、超然とした 或る種の普遍性を希求するのが、そもそもそうした立場の決定自体に無頓着 なのか)とは独立に言えることだろう。文脈というのは、同じジャンルの 先行作、同時代の作品から始まって、社会的・経済的・政治的なものも含まれうる。

ところで「予見性」についての評価は事後的なものにならざるを得ないが、だとしたら幾らでも 後付の理屈がつけられてしまうのは避け難い。 けれども、そもそも時間的にいって後に起きることを字義通りに予見する というのは恐らくどのジャンルでもありえないだろうから、まずは同時代の 空気をどの程度反映しているか、更にはその空気が後続する時代との ある種の連続性を帯びたものであるのか、といった点が議論になるというのが 実態なのではないか。

実際には人間の活動は、どんなものでもある種の目的論的な図式が後から 適用できるような、いわば過去に基づき、未来に向けて現在のあり方を (受動的な場合も含め)選択していくという側面を持つ。 そしてそれは作品としての文化的な「遺産」の蓄積、書籍他の記録媒体、 文字や楽譜のような記録のための手段といったものがいわば「前提」と なって、その上で可能になっていると考えられる。(両者は独立ではない。) 従って、文化的な活動が優れた意味で何らかの「未来」をめがけたもので あるということは、程度の差はあれ(仮に創作者本人はひたすら過去を向き、 時流に反したアナクロニズムを実践していると自己了解している場合も含めて) 言いうるのではと思われるが、その一方で、こうした機制は非常に一般的な ものだと思われるので、個別のジャンルには依らないだろう。

勿論だからといって ジャンルによる違いがないことにはならないが、個別と一般のどこに区切りを入れるのが 適当かについての基準を仮にであれ設定するのは如何にして可能だろうか。 それ自体が歴史的・文化的な事後的な或る種の解釈を前提とした、いわば先行的 解釈を孕んでしまうのは避け難い。そもそも「音楽」にしても決してその内実は一義的ではなく、 マーラーの音楽をもって音楽一般を語ることが出来ないことは当然だが、では「音楽」一般を 語らなければマーラーの場合について語ることができないかといえば、そういうわけでもなかろう。 だからここではジャンルへの依存といった水準の議論はひとまずおいて、マーラーの場合 という個別のケースについて見ていくことにしたい。それによって明らかになるのは、 音楽が未来を予言するといった発想自体がある種の錯視の上に成立している有様ということになるだろう。

ある人が音楽を未来を予言する書物に比し、作曲家を未来の預言者に仕立て上げようと企図するとき、 実はその人は彼自身がその未来に住まっていて、いわば事後的に同時代者を過去に 見つけようとしているに過ぎない。勿論、作曲者自身が預言者を気取り、自己の音楽の進歩性を、前衛性を 自ら唱導することもあろうし、作曲者の同時代人が彼の音楽にいわば「新しい道」を見出し、その先に未来を 思い描くことの方もまた、ありふれた光景には違いない。そして未来に居る人の審判を待つこともなく、確かなものに 思われた多くの道が実は作曲者とともに瞬く間に消滅することもまた、ありふれた事態であり、未来に居る人間は、 そんな道があったことすら忘れてしまって、少なくとも出発点においては、偶々自分の時代にまで延びている 道のみを頼りに過去への遡行を始めることになるのであってみれば、残った音楽の裡に、自分の時代に繋がる 何かを事後的に発見するのは、寧ろ約束されたことなのかも知れない。だが、それが進化を支配する淘汰の原理を 目的論的に解釈してしまう錯誤と異なるものであることの方もまた、ほぼ確実なことだろう。けれども注意しなくては ならないのは、もしかしたら文化的な領域というのは、そもそもがそうした過誤と不可分で、そうした過誤を惹き起こす 構造にいわば基礎付けられているかも知れないという点であろう。それが優れて「人間」の営みである由縁こそ、 そうした「目的論的図式」を支える時間性に存するからである。

それにしてもマーラーの場合は極端であったということはできるのではないか?クルト・ブラウコップフのあまりに 有名なマーラーの評伝は「未来の同時代者」という副題を持っていた。それ以外にもマーラーを未来の預言者に 見立てるキャッチフレーズは枚挙に暇がないだろう。バーンスタインは「彼の時代はやってきた」と題する文章を書き、 その冒頭を「マーラーの時代はやってきたのだろうか?」という問いで始めている。クーベリックはより端的に、 「マーラーの時代は来た。」と冒頭で宣言する。ブーレーズは「マーラーは今日的か?」という問いをタイトルに 掲げる文章を書き、その末尾で「音楽の未来についての今日的な反省にとって欠くことのできない存在」として マーラーを位置づけて文章を結んでいる。いわゆる流行現象を事後的に確認するというよりは、そうした身ぶりを 装って、実は対象としている流行現象の一部を為しているに過ぎない類の広告紛いのコピーや、そうした流行に 対して一見距離を装って、既に四半世紀も前から判りきった認識を今更のように唱導してみせることで、実際には そうした流行の後追いをしているに過ぎないような論説の類はおくとしても、マーラーの音楽が未来を予言する ような類のものであるというのは、広く共有された認識であるかのようだ。

予言という言葉の持つ或る種のいかがわしさには、予言の「内容」というのが、とりわけてもそれが現時点において 未来の事象を扱うものである場合、はなはだ曖昧で、事後的にその内容を評価しようとした時に、どのようにでも とれるようなレトリックが潜ませてあることが多いことに由来する側面があるだろう。だが、事後的な後追いの理屈の 場合ですら、多くの場合には流行現象を説明するべく、或る種の時代の雰囲気の如き、甚だ曖昧なものが 予めその音楽に表現されているといった類のものが多い。より具体的なものでは、恐らくはアルマの第6交響曲に纏わる 回想がいわば連想の起点となって、その音楽が象徴するものというより寧ろ解釈者がその音楽に象徴させたがっている ものをかわるがわるにあてがうことが繰り返し行われている。内容は家族やマーラー自身に起きた不幸といった私的な ものから、広島・長崎への原爆投下に至るまで様々で、不毛な「標題音楽」についての議論はおいて、それ自体は 紛れもないマーラーの音楽の音楽外のものへと関わろうとする志向がそうした解釈を呼び寄せていることは確かなことに見える。

何よりも生誕100年以降今日までのマーラー受容に決定的な役割を果たしたことについては議論の余地のない、 アドルノのマーラー論は音楽社会学的な視点を備えた内容であったし、既に触れたマーラー評伝の著者である クルト・ブラウコプフもまた音楽社会学者であり、下ってマーラー事典を編んだアルフォンス・ジルバーマンもまた然りで、 アドルノの視点が一般的な了解における音楽社会学の枠組みを逸脱するものであるとはいえ、単純な反映理論では ないにせよ、音楽作品が窓のないモナドのように時代を反映させるという発想に基づいてその音楽の観相学を 試みるという志向自体、音楽作品がそれを生み出した時代と無関係でありえないという了解に基づいたもので あるのを考えれば、マーラーの音楽自体にそうした解釈を誘う傾向があるのではと考えるのはごく自然な発想であろう。 勿論、そうした事態は別にマーラーの場合にのみ生じている訳ではなく、それは他の音楽についても言えることである という反論が一方では想定され、他方では、そこで問題になっているのは専ら音楽作品の(アドルノ的な意味での) 「素材」の音楽作品への影響であり、成立した音楽作品の持つ影響であったり社会的な機能ではないという 反論もまた可能だろうが、そうした反論を一旦認めてなお、マーラーの音楽に顕著な何らかの傾向が、 マーラーの音楽を「予言的」たらしめているということは言いうるであろう。

その一方で、狭義での音楽の歴史の展望の下においてもまた、マーラーと新ウィーン楽派とのある種特権的な 関係をもって、マーラーの音楽に次の世代の音楽の予兆を読み取ろうとする傾向が存在する。音楽そのものにとっては外的な 人的な交流の水準のみならず、マーラー自身の音楽の発展史を俯瞰してみれば、その中期以降の作品に新ウィーン楽派を 準備する要素を見出すことはそんなに難しいことではないだろう。そしてその影響の範囲は新ウィーン楽派に留まる わけではなく、新ウィーン楽派に由来するセリエルな発想に対する代替として出てきたコラージュ的な作曲法、 層的な作曲法、空間性の重視、音色の多様性や調律されていない雑音的な音響の組合せなど、マーラーとの影響 関係が議論される手法は少なくない。これまた後付けの理屈ではあるけれど、そうした作曲法のいわば先駆として マーラーを発見することは、そのままマーラーの音楽の「未来性」の証言であるという認識に繋がっていく。

マーラーの音楽そのものの時間性の方はと言えば、それは目的論的な構造を持っているが、外から与えられた(ということは 既に使い古された、ということでもあるが)図式が無批判に利用されることはなく、唯名論的にその都度形式が吟味され、 時には破綻が生じたようにも見え、時にはそれが或る種の別の構造へと作り変えられるといったことが生じる。 だが、目的論的な構図がなければそれらはそもそも機能しない。そして目的論的な構図というのは、少なくともマーラーの時代以降、 21世紀の現在に至るまで、マーラーが聴かれるような文化的・社会的な空間における存在論的な基本構造である。 ジュリアン・ジェインズが構想したような意識の考古学のような射程においては、それは必ずしもある時代の反映ではなく、 もっと長期的な(ただしそれが地球上の人間の在り方として多数派であるというのは、単なる思い込みである可能性が 高いことは念頭においておいた方がいいだろう)存在論的な「時代」を通じて見られる一般的な構造であるだろうが。 だが、ある時期以降、マーラーははっきりとアナクロニスムになった可能性もまた考えてみるべきだろう。確かにある文化に属する あるジャンルの中の展望としては、それはこの半世紀、流行現象と言って良いほどの受容がなされたのは確かだろう。 だが、その外部の広がりの大きさを考え、更にそれがマーラーの時代以降、だんだんと大きくなり、ますます大きくなっていくで あろうことを思えば、マーラーの音楽を聴くこと自体が最早時代にそぐわない、アナクロニックな行為と見做されるのではないか。 確かにいわゆるコンサートのレパートリーとしてはある時期以降、あくまでも相対的に順位を上げ、演奏頻度が上がってきている のは確かだが、それが今日演奏されるの意義が、マーラーの生前、例えば1910年の第8交響曲の初演の持つ意義と 比べて、あるいはまた、第二次世界大戦後のウィーンで再びマーラーの作品が鳴り響いた折の意義と比べて、その頻度と アクセスのし易さに応じて大きくなったとはいえないのではなかろうか。そもそも自分は何故マーラーの音楽を聴くのか? もしかしたらそれは、今や絶滅に危機に瀕しているかも知れない存在の様態を擁護し、その意義を信じて投壜通信を 行うためではないのか?

勿論、マーラーの音楽が聴かれなくなる未来というのを想定することはできるだろう。否、同じ時代に生きていながら、 マーラーの音楽とは無関係に生きている人間の方が圧倒的に多いことを考えれば、マーラーの音楽が聴かれる場というのは、 常に既に極めて限定されたものであったし、今でもそうだし、恐らく将来もそうであるに違いない。ジュリアン・ジェインズの二院制の心に おける意識の考古学が告げるように、マーラーの音楽は、過去のある時期より遡っては存在しえなかっただろうし、未来のある時点、 ポスト・ヒューマンの時代には、マーラーの音楽は既に絶えて久しい、かつて「人間」と自己規定した存在の在り方を証言する 考古学的な遺物となる可能性だってあるだろう。だがその時には、そもそも音楽自体が今のままではありえないのではなかろうか。 例えば三輪眞弘さんが「感情礼賛」で仮構したような事態を思い浮かべてみれば良い。そこでは「音楽を一人きりで聴く」という こと自体が最早不可能であるに違いないのだ。そしてその時は、同時にマーラーの音楽は最早如何なる意味においても 「未来」とは関わりのない、化石のような記録に過ぎないものとなるだろう。だが、その時にはこの私は、マーラーの音楽よりも更に 儚く堆積の下に埋もれ、かつてあった痕跡すら喪われ、端的に無に帰しているに違いない。マーラーの音楽なき未来は、だから 私にとっては端的に存在しない。私よりもマーラーの音楽の方が永続的なのだ。してみれば、マーラーの音楽は、こと私に限って言えば、 常に未来に在るといってもいいのかも知れない。ただしそれは、マーラーの音楽が、かつて未来であった今日を予言していたという意味合いでは 全くない。寧ろマーラーの音楽は、その個別の作品の時間性の裡においてそれ自身の未来を(仮にある時には幻滅の下、断念されたものとして であったとしても)志向するのだ。

(2013.4.23,27, 2025.1.16 改題の再公開)