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2025年5月14日水曜日

備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (18):ジンメルの「老齢藝術」を巡って

 (承前)

 勿論、こうした問いに対して一度にすべて答えを出すことはまだできないけれども、未だ漠然としたものでありながら、朧気に浮かび上がって来ている構造の輪郭を素描する事はできるだろう。それは3つの水準から構成されるものだろう。即ち、「老い」のシステム論的定義が対象とする生物学的・生理学的な水準、「老い」についての意識を対象とする現象学的な水準、更にその2つ目の構造が産出する「作品」の水準を区別することができるだろう。そしてこれまで本論で取り上げてきた様々な見解は、それぞれどの水準を対象にしているかにより分類することも可能だろう。就中、本稿で取り上げているアドルノやジンメルのそれは、「作品」の水準を対象としたものだが、それは当然作品を生み出す「意識」の在り様と無関係ではありえないから、自ずと両者の関係を問うものになる一方で、「老い」の意識が対象としている「老い」そのものを問い直すという視点は希薄のように思われる。ところがマーラー自身は老いにフォーカスしている訳ではないが、その替わりに、当時の科学的知見を背景にした有機体論的な発想から、3つの水準を横断するような把握をしていて、それ故に、マーラーの作品において「老い」を問うについても3つの水準を横断することを求められているということなのではなかろうか。

 だが、ここではそうした整理を踏まえ、性急にその3つの水準を一度に捉えるのではなく、今一度アドルノやジンメルの視点に立ち戻り、「老い」そのものへの問い直しが始まる地点を見極めておくことにしよう。その手がかりとして、ここではまず、アドルノが依拠しているとされるジンメルの「老齢藝術」(上で引用した木村訳の『ゲエテ』の訳語による)についてもう少し細かく見てみたい。

 ジンメルが「老齢様式」について集約的に述べているのは、『ゲエテ』第八章 発展のp.381の「予は今や、遂に色々の方面から暗示せられた点に到着した。」で始まる段落以降ということになろうが、その前後の記述を確認すれば、実はジンメルにおいても「老齢藝術」に主観と客観の破綻を見ていないわけではないことが確認できる。「形式とは常に客観の原理の謂」という点を踏まえるならば、「強い波動をなして高まる主観と綜合的統体形式の破裂」という表現は、まさに主観の客観の破綻について述べていることになるし、「形式原理の断絶克服」や形式に対する「一種の無頓着、否恐らく拒否と反撥」を指摘してもいる。

 またジンメルがゲーテ以外に「老齢藝術」の例として挙げる中には後期ベートーヴェン、具体的には弦楽四重奏曲とチェロソナタが含まれるが、ゲーテにおける「決定的徴候」として指摘されるのは、「ファウスト第二部に於て殊に現れる用語上の合成の無理」であったり、「これよりも一層決定的なのは、個々の表出が脈絡なく投出された様に見える句」であり、これもまたアドルノの後期ベートーヴェンについての先に引用した記述と共鳴するものであろう。(なおこの指摘はアドルノのヘルダーリン論におけるパラタクシスへ補助線を引くことが考えられるものだと思うが、この点を論じることは別に機会に譲らざるを得ない。)

 そうした分裂を議論の余地がない事実として確認しつつ、ジンメルは、「歴史的に鋳造された形式に対して形式原理の拒否をその主権内に蔵する老齢藝術が、何故に単純なる主観に堕する様に見えるかという理由」を問うているのである。そしてそれを「恰も一の統体を統一構成する力が老人に失われ、主観の域を脱しない個々の契機の頂点を示し得るに過ぎないかの如く考へ、その理由としては、老人は、個々の衝動、思想、見解が中断なく相互に働き合う連続としてのみ現るる独自の形式には到達し得ない」というような、或る種の衰頽によるとする見方を「皮相的」として退け、その上で既に引用した「現象からの漸次の退去」に関連付けた説明を行っているのである。そしてそこでは「絶対的内面化が存在し、それに依つて主観が純粋な客観的精神上の存在となり、従つて彼には外存相が謂はば全く存在せぬ結果になる。」かくして「全対立の克服」が実現されるというのである。(但しジンメルは「恐らく」という留保をつけて、それが完全に実現されているについては留保を行っているが。)

 そして「現象からの退去」は、作品のみならず老齢の人間の生そのものを「象徴的」なものにするという。高齢者の生そのものが物象に対する「記号」であり「代理比喩」であり、「象徴」であるというのである。

「併し、かかる高齢の人間から世界の個々相と外存相とが如何に遠ざかっても、やはり此の世界に生活し、芸術家として此の世界並に世界に存する物象に就いて述べねばならぬから、彼の陳述、否彼の全精神的存在は象徴的となる事、換言すれば彼の物象を最早その直接性、その独自存在のままに掴み述べる事はせずして、唯彼自身とのみ生き、彼自らの世界である内面の脈拍が物象に対する記号であり得る限り、乃至脈拍そのものが物象の代理比喩である限り、物象を掴みこれを表現し得る事は理解が出来る。」(ジムメル『ゲエテ』, 木村訳, p.385。引用に当たっては原訳書の旧字旧かなを適宜改めた。)

 この点についてジンメルは、高齢のゲーテが「凡ての自己の活動、成業を常に象徴的にのみ見ていた」という言葉を引いて傍証とする。そして更にジンメルはゲーテが、自分自身に関係づけて「静寂観」と「神秘」とが老齢の特質であると言ったことに触れ、ここでの「神秘」を上述の「象徴」と見做し、『ファウスト』第2部の末尾の神秘の合唱の「一切の無常相は一の比喩に過ぎない」に結びつけつつ、「ゲーテは、老齢期の要素が特に彼の早期の存在様式と異れる限りに於て、明確に、かの二性質を以て老齢期を説明した。」とするのである。かくしてジンメルの結論は以下のようなものとなる。

「此の「静寂観」はかの「現象よりの退去」に他ならず、主観が自己と対立する客観を有する場合とは全く異れる意味、即ち相対的の意味を持たない主観の自性的存在に他ならぬ。今やゲーテ自身世界の一切であり、世界に関して知り得る一切である。従って所謂世界に対しては、「象徴」の関係を有するに止まる。それで、此の主観と客観的「形式」との間には全対立が消滅する。蓋し、曾ては或る仕方で先在し、主観自らの所産内であるにしても、主観の彼方に存在した形式を主観に齎し来った客観化は、今や主観の自己開放と自性帰還との結果、主観の直接なる生活と自己表現裡に現るる事になった。」(同書,pp.385~6)

 このジンメルの結論については、幾つもの角度からコメントすることが可能だろうが、何よりもまず、『ファウスト』第2部末尾の「神秘の合唱」を、「老齢期」を特徴づけるものとしている点が挙げられるだろう。勿論、『ファウスト』を「晩年様式」の作品であるとすることに異論はなく、また、「一切の無常相は一の比喩に過ぎない」がゲーテがその晩年にようやく到達した認識であるということであれば、それもまた問題にはならないだろう。だがこの「一切の無常相は一の比喩に過ぎない」という余りに有名な章句は、通常はどちらかといえば普遍的、一般的な真理を捉えたものと考えられているのに対して、それが「老齢期」の特質であり、「老齢期」固有のものであるとするとなれば、これは些か別の話になる。寧ろ例えばトルンスタムの「老年的超越」のような、「老い」に固有のものとの突き合わせをすることが相応しいものであることになる。

 一方でここでジンメルが語るような事態、「ゲーテ自身世界の一切であり、世界に関して知り得る一切」であるといったことが現実に生じうるものなのかを疑問視する向きもあるだろう。この点について言えば、既に述べたようにジンメルは、「老齢に於ては、偉大な創造的人物は―予は茲で勿論純粋の原理、理想に就いて述べるが―自己内に、自己自らに形式を具へてゐる。即ち、今や<絶対に彼自らのものである形式>を所有する。」(p.383)というように或る種の原理的な極限形態である理想であると断っているし、ゲーテにおいてすら「無形式、結合の分裂は、彼の偉大なる生涯の努力、即ち主観の客観化が彼の最高齢に於て、新しい、神秘絶対的完成段階に達したとは云わぬ迄も、その直前に来ていた徴候であると言えよう。」(p.386)というように、完成については留保はつけている。だがそれが現実には完全な形では到達し難い理念的なものであったとしても、そうした傾向を現実に認めることについては可能だろうし、寧ろそうした認識を「悟り」の如き到達点、ゴールとして捉えるのではなく、寧ろ漸近的な絶えざる運動として捉えるという、本稿では特に道元を参照しつつ述べた「老年的超越」の捉え方と親和的なものとして考えることも可能であるから、現実の「老い」の説明として一定の有効性を認めることができるように思われる。

 またここでの主観と客観的「形式」との対立の消滅は、主観が絶対的内面化によって客観化することによって可能となるとされるのであるが、少なくともマーラーにおいてこれを可能にするものとして、アドルノが指摘している「唯名論的」な性格、ボトムアップにその都度素材から形式が作り出されるという点が思い浮かぶ。実際、マーラーの後期作品の形式は極めてユニークであり、伝統的な楽式論を単純に適用してその構造を説明することができないことは、例えばエルヴィン・ラッツが具体的に第9交響曲の第1楽章を取り上げて分析することによって明らかにしている。片や「老齢」によって実現されるものとされ、片やその作品全体を通じての傾向として述べられているという違いはあるけれど、実際にはアドルノの指摘する「唯名論的」性格は、とりわけ後期作品において著しいものであることは、例えばラッツが分析の対象としたもう一つの楽章である第6交響曲の第4楽章との比較において第9交響曲が既存の形式から隔たっている度合いを確認すれば明らかであろう。従ってマーラーの作品の「唯名論的」な性格については、「老年的超越」が必ずしも老年期のみに限定されるものではなく、「基本的に、青年期以降の老年的超越へと向かうプロセスは、一生涯連綿と続いていくものであると仮定することができる(トルンスタム,『老年的超越』,冨澤・タカハシ訳, 晃洋書房, p.41)という点に通じていると考えるべきなのかも知れない。更に言えば、マーラーの作品に「唯名論的」性格が備わっていることが、マーラーを発展的な作曲家たらしめ、ひいては「マーラーだけに、アルバン・ベルクの言葉によれば、作曲家の威厳の高さを決定するところのあの最高の品位の後期様式というものが与えられる」(アドルノ『マーラー 音楽観相学』, 龍村あや子訳, 法政大学出版局, 1999, p.112)ことを可能にしているのだという見方もまた、可能ではなかろうか。

 一方でこれを文字通りにとるならば、最早「作品」を創ることもまた相対化されてしまい兼ねず、トルンスタムの「老年的超越」のような「老年期」の生き方そのものとの突き合わせは出来たとしても、こと「芸術作品」の様式の説明として考えた場合には、それを逸脱してしまうことはないのかという疑念が湧いてくる。寧ろここで思い浮かべるのは中島敦の『名人伝』の弓の扱いを忘れた弓の名人であり、或はまた或る種の断筆こそが相応しいのではないか。

 だがここまで辿り着いた時に直ちに思い浮かぶのは、まさにマーラーが「作品」は「抜け殻」に過ぎず、作品を生み出す人間の生以上のものではないと述べていたことである。一見したところ謎めいたマーラーのこの言葉は、寧ろゲーテ=ジンメルの「老齢様式」を念頭におくことで了解可能なものになるではなかろうか。しかもマーラーの発言の文脈を捉えるならば、まさにゲーテの『ファウスト』を、就中その第2部末尾の「神秘の合唱」の「うつろいゆくものは比喩に過ぎない」を恐らくは念頭において語っていることとも対応するようにさえ見える。つまりくだんのマーラーの「作品」(および「作品」を生み出す人間の生)についての認識は、マーラー自身はそれを「老い」や「後期様式」と結びつけているわけではないにせよ、上記のようなジンメル的に解釈されたゲーテの「老齢期」についての考え方、「老齢藝術」の考え方に極めて親和的であり、こちらもまた一般的な「作品」観としてではなく(勿論、『ファウスト』第2部末尾の章句がそうであるように、その次元で論じることも可能なのだが、とりわけここでは)、マーラー自身の「後期作品」についての認識として捉え直すことも可能なのではなかろうか。要するにマーラーの作品観は彼のゲーテ理解と、更にはマーラーがベートーヴェンの作品の中でも後期作品を評価していたという点と緊密に関わり合った、一貫したものであるということが言えるように思われるのである。

 勿論ジンメルのこの著作はあくまでも第一義的にはゲーテ論であり、従ってここでの「老齢様式」もまた、第一義的にはゲーテのそれについてであるし、ジンメルが傍証として持ち出すのもゲーテ自身の「老い」についての認識であり、作品である。ジンメル自身はそれをベートーヴェン、レンブラント、更にはワグナーの「パルジファル」といった対象に拡張しているが、それを安易に一般化して良いかについては少なくとも検証を要する事柄であって、無条件に首肯できるものではないとする向きもあるだろう。またこれをもう一度アドルノの「晩年様式」と突き合わせた時に、やはりそこに依然として存在する懸隔について、その距離を測る作業は別途必要であろう。マーラーに関して言えば、マーラーの作品観については上記のように、ゲーテ=ジンメルのそれと親和的であったとして、その作品そのものにについてどうかは、独立ではないにしても、また別の事柄であろう。

 それにしても、それではジンメルの言うところの「絶対的内面化」による「全対立の克服」はどのような機序により可能になるのだろうか?更に、ここでの問に即して言えば、それが他ならぬ「老齢」において可能になるのは、「老い」のどのような点に基づいているのだろうか?既に述べたように、ここまで具体的に検討はしてこなかったが、ジンメルやアドルノの議論の枠組みにおいては「老い」の意識と「作品」との関わりについては論じられても、「老い」そのものについて主題的に論じられることはない。そのためこちらの問いについては、未だその答えが得られた訳ではなく、依然として問は開かれたままということになる。既に見たように、ジンメルは「破綻」を説明するについて老人の力の衰頽を以てすることを退けたのであったが、「破綻」の理由としてではなく、例えば「現象からの退去」を或る種の力の衰頽によるバランスの変化と捉え、その原因を生物学的・生理学的な「老い」とそれを意識することに求めることは果たして不当なのだろうか?

 そしてマーラーに関してもまたアドルノにより、「すでにベッカーは、五十歳を過ぎたばかりのこの作曲家の最後の諸作品がすぐれた意味での後期作品である、ということを見逃さなかった。そこでは非官能的な内面のものが外へと表出されているというのだ。」(アドルノ『マーラー 音楽観相学』, 龍村あや子訳, 法政大学出版局, 1999, p.112)と言われているのであれば、「非官能的な内面のものが外へと表出され」うるための条件への「老い」の関与は、マーラーの作品における「老い」について考える上で極めて重要な位置を占めているに違いない。

 従って、ゲーテ=ジンメルの「老齢期」観、「老齢藝術」観は、恐らくは暗黙裡に含意されているように、結果としてそれが「老い」によって得られたものであり、かつ「老い」なくして得られないものであるとして、具体的に「老い」がどのように関わっているのかについて考えようとすれば、いよいよ「老い」と「老いの意識」と「後期作品」の3つの水準からなる構造を素描することを試みることになるだろう。即ち、生物学的・生理学的な「老い」のシステム論的定義とこの水準の構造がもたらす時間性、現象学的な「老い」の意識とそれがもたらす時間性、更にその2つが「作品」にどのように影響するのかといった3つのレベルを区別しつつ、そのレベル間の関わり合いを明らかにすることによって、未だ漠然としたものでありながら朧気に浮かび上がって来ている構造の輪郭を辿ることがマーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業としての本論に残された課題となるだろう。そしてその構造は、シェーンベルクがプラハ講演において第9交響曲に関して語った以下の指摘を説明しうるものでなくてはならないであろう。

「そこ(=第9交響曲)では作曲者はほとんどもはや発言の主体ではありません。まるでこの作品にはもうひとりの隠れた作曲者がいて、マーラーをたんにメガフォンとして使っているとしか思えないほどです。この作品を支えているのは、もはや一人称的音調ではありません。この作品がもたらすものは、動物的なぬくもりを断念することができ、精神的な冷気のなかで快感をおぼえるような人間のもとにしかみられない美についての、いわば客観的な、ほとんど情熱というものを欠いた証言です。」(シェーンベルク「プラハ講演」, 酒田健一編,『マーラー頌』, 白水社, 1980 所収, p.124)

(2025.5.14)


2024年12月18日水曜日

備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (5)(2024.12.18 更新)

  トルンスタムの「老年的超越」の概念は、西欧的な自我観と密接な関係のある所謂「活動理論」を前提とした「アンチ・エイジング」の議論に対して、それに対立する「離脱理論」寄りの考え方として、だが単なる「離脱理論」に留まらない射程を持ち、ジンメル=アドルノがゲーテに依拠して述べる「現象から身を退く」こととしての「老年」への接続可能性を持つもののように思われるので、ここでの検討に値すると考える。例えば既述の能楽における「老い」の形姿と重ね合わせることができるのではないか、

 その点で留意するに値するのは、世阿弥が『風姿花伝』において能役者の生涯における三回の「初心」について述べる中で「老年の初心」について述べていることだろう。そもそも能楽には「老体」の能と称される演目があり、「老女物」の能を演じるのは能役者にとっての生涯の目標であり、かつては奥伝として特に許された者以外は生涯演ずることが叶わなかった程である。そしてそうした最終目標の演目において能役者が演じるのは、小野小町の老残の姿と心持ちを扱った作品(『卒塔婆小町』を始めとする所謂「小町物」)であったり、棄老伝説を踏まえた、今日的には残酷ともとれる状況を扱った作品(『伯母捨』)なのであって、役者として「老年の初心」を経て初めて到達できる境地と、そうした「老い」を主題とした演目との間に深い関りが存在することは、そうした作品の最高の上演に幾度か接すれば自ずと得心されるものであろう。

 私はこのことを単なる一般論として述べているのではなく、香川靖嗣師が演じた『伯母捨』(2013年4月6日)、『檜垣』(2019年9月14日)の老女物二曲に加え、老人の物狂いの能である『木賊』(2015年4月4日)、或いは老体の修羅能『実盛』(2010年4月3日)、更には「卑賎物」と呼ばれる罪業により地獄に落ちた老人の苦患を扱った「阿漕」(2000年6月10日)、「綾鼓」(2008年11月23日)、そして、それらとは全く異質であり、能にして能にあらずと言われるように、実際には「舞台芸術」ではなく「祭祀」そのものである『翁』(2003年1月5日)といった圧倒的な名演の数々を幸運にも拝見できたという具体的な経験に基づいて記していることを特に強調しておきたい。そうした観能の経験もまた、私がそうとは気づかずに断続的に行ってきた「老い」についての思考の枢要な導き手であったことを今、改めて認識し、そうした上演に立ち会うことができた僥倖に感謝せずにはいられない。ここでは「死」とは異なる「老い」の固有性が、そのマイナス面も含めて決して否定的に扱われることなく、だがそこから目を背けることもなく、真っ向から取り上げられているのである。

 上記のような点を踏まえた時私は、特に『伯母捨』のシテの存在の在り様を「老年的超越」に重ね合わせてみてはどうか、ということを考えたりもするのである。勿論、第一義的には「老年的超越」は社会学的に定義された概念であり、多数の高齢者に対してインタビューシートに沿った質問をして得られた回答を統計的に処理して高齢者に有意に特徴的であるという結果が得られたものではあるけれども、それを説明するのに「物質主義的で合理的な世界観から、宇宙的、超越的、非合理的な世界観への変化のこと」(増井幸恵『話が長くなるお年寄りには理由がある』, p.96)とされたり、「自己概念の変容」「社会と個人との関係の変容」「宇宙的意識の獲得」が三つの柱であるとされる(同書, p.98)ことから明らかなように、それはボーヴォワール(/サルトル)風には「世界・内・存在」としての個人の存在様態に関わるものであるが故に、寧ろ個別の具体的な作品に提示された人物像であったり、特定の個人の作品に映り込む意識の在り方を検討する際の手がかりになりうるのではなかろうか。一方で「世界観の変化」と言われ、「変容」、或いは「獲得」と言われるのは、一つにはそれが西欧的な自己観を基準にとっているからでもあり、それ故そのことはまた、マーラーの場合について言えば「晩年様式」が「異国趣味」という「仮晶」を必要としたという点にも関わっているに違いない。そもそも「異国趣味」がマーラーその人にとってどこまで借り物であったものか?マーラーの中には、インド哲学の影響が著しく、意志の否定を説くショーペンハウアーを皮切りに、ゲーテ(『西東詩集』West-östlicher Divan)、東洋学者でもあったリュッケルト、フェヒナー(『ツェント・アヴェスター』Zend-Avesta)、そしてハンス・ベトゲによる漢詩の追創作と、東方的なものに対する関わりが一貫して流れているのである。トルンスタムの「老年的超越」自体、東洋思想の影響の下で編み出されたものであるようだが、マーラーの側にも東洋的な諦観を、俄か仕込みの借り物としてではなく受容する素地があったのであれば、マーラーについてもまた「老年的超越」とその「晩年様式」とを突き合わせることは、表面的にそう見えるほど突飛なことではないのではなかろうか。

 西洋と東洋、ということであるならば、ボーヴォワールが『老い』の一番最初、「序」の冒頭で仏陀のエピソードを提示していることをどう受け止めたらいいのだろうか?本来これは、いわゆる「四門出遊」のエピソードの一部であり、それは後に「初転法輪」において四諦の一つである「苦諦」としてまとめられる「四苦」、即ち「生老病死」に若きシッダールタが直面した機会の中の出来事の筈である。私は仏陀の様々なエピソードに子供の頃から親しんできたので何事もなく通り過ぎてしまったが、改めて考えると「死」についてはあれだけ饒舌な西洋における「老い」に対する或る種の無視、特にそのマイナス面から目を背け、「老い」に対峙しようとしない姿勢に対して告発調なところも感じられなくもないボーヴォワールの口調を思えば、東洋においては「老い」について、その否定的な側面も含めて、少なくともそれを正面から取り上げようとしているのだということが告げられているようにも受け取れる。にも拘わらず本論になるとボーヴォワールは非西洋的な「老い」についての認識については「外部からの視点」と題された第1部の中でも「未開社会」の章の中に押し込めてしまっている。第2部のボーヴォワールの「世界ー内ー存在」としての、内側からの視点についての分析には興味深い点も多々認められるが、それに「序」の出だしにあえて仏陀を持ち出したことがどう影響しているかという点になると必ずしも判然とはしない。実際にはサルトルの「自我」の捉え方(特に『自我の超越』のような初期におけるそれ)には非西洋的な見方に通じる面もあるのだが、それが西洋的な視点に対する批判の拠点となり得ているかどうかについては限界があるように感じられる。

 これも既に『大地の歌』に関して何度か指摘していることだが、謂われるところの「異国趣味」について、自分が西洋から眺めた時に中国の更に向こう側から、逆向きに中国を眺めていることについて意識的であれ無意識にであれ無頓着である議論は大きな欠落を抱えずにはいないだろう。日本人が聴いてさえ耳につく『大地の歌』中間楽章の中国趣味にしてからが、日本人が聴くそれと西洋人のそれが同じであると思い込みことはできまい。だがここでは更に「老い」に関する認識の洋の東西の違いというのが加わることになる。一方でそれは「現象から身を退く」という両者共通の事実に対する両者の認識態度の違い(図式化すれば「活動理論」の西洋と「離脱理論」の東洋)なのだが、「現象から身を退く」際に依拠する「仮晶」として「東洋」、その中の「中国」がどのように機能するか、そもそも同じように「仮晶」たりうるのかという問題を引き起こさずにはいないだろう。そしてアドルノがその認識を記した半世紀前(それはマーラーが没してから半世紀後でもあったのだが)ではなく、更に半世紀後(ということはマーラーが没して1世紀後)の今日の、シンギュラリティを現実的なものとして議論することを可能にするような技術的状況下にあっては、そうした状況における宇宙と技術の多元性への可能性を検討した『再帰性と偶然性』のユク・ホイが、その思索の出発点において「技術への問い」に関して行ったような逆向きからの展望(『中国における技術への問い』)を、この文脈においても適用する必要があるだろう。(但し、この文脈においては、「東洋思想」という括りではなく、更に中国を挟んで反対側の極東の島国からの展望を剔抉すべきかも知れない。位相は異なるが、こちら側からも「仮晶」の論理が存在しており、しかもその位相は中国との関係の変化に応じて変容していると考えるべきであろうからである。とりわけてもここで、まさに「老い」についての認識が問題になっているからには一層この点は強調されるべきことに思われる。そう、私個人の記憶を辿っても『大地の歌』に出遭った時期、私は、李白、杜甫、王維など盛唐期の詩人のそれを中心とした漢詩にのめり込んでいたのだが、とりわけそれらに詠み込まれた「老い」の形姿が(気づいてか、気づかずか)逆向きに映り込むことは当然のこととして避け難く、特にそれは第1,2,6楽章の聴取に影響したし、現在もその影響は続いている筈である。そして更に今日、同じ(ジェインズの言う)二分心崩壊以後のエポックの中にあって、だがいよいよシンギュラリティが近づいている現時点で、改めてそれらの総体を今日の展望の下に位置づけなおす必要があるのを、我が事として感じている。)

(2022.12.7-8 公開, 2023.3.16改稿, 2024.12.18 改稿)

2023年10月16日月曜日

吉田秀和「マーラー」(1973-74)より(2023.10.16更新)

吉田秀和「マーラー」(1973-74)より(「吉田秀和作曲家論集1」p.151)
「(...)
 そういうこととならんで、というより、それよりもまず、私は寿命が数えられたと知ったときの人間が、生活を一変するとともに、新しく、 以前よりもっと烈しく、鋭く、高く、深く、透明であってしかも色彩に富み、多様であって、しかも一元性の高い作品を生みだすために、自分のすべてを 創造の一点に集中しえたという、その事実に感銘を受ける。
 こういう人間が、かつて生きていたと知るのは、少なくとも私には、人類という生物の種族への、一つの尊敬を取り戻すきっかけになる。死を前にして、 こういう勇気をもつ人がいたとは、すばらしいことではないかしら?(...)」
このマーラー論は、私にとっては、日本語で書かれたものとしては最も感銘の深いものである。どういう点に感銘を受けたかについては、 参考文献の紹介のページに既に記したのでここでは繰り返さないが、 「自分がまだやれる間に、私の今の力が許される限りでのマーラーとの決着をつけておく」(p.126)という 決意のもとに書かれた50ページ近いマーラー論は、その決意に見合っただけの充実したものであると感じられる。

上の文章は、その中でマーラーの後期作品―「大地の歌」、第9交響曲、第10交響曲―を巡って書かれたものであるが、特に最後の一文、これには 付け加えるべき言葉が思いつかない。それでも一言だけ、これはこの文章を出発点として自分が行うべき宿題という意味で、敢えてこの上に何を付け加えることができるのかについて、自分なりに答えるとしたならば、それは「死」だけではなく、「老い」について語ることが、まだ残されているし、それが自分が果たすべき課題であるということだろうか。「死を前にして、 こういう勇気をもつ」というのは「老い」の一つの在り方であり、「死」に対してというよりは、(アンチ・エイジングや「不老不死」の追求とは異なって)「老い」に抵抗するのではなく、「老い」を受容し、更にそうすることによって、その向こう側に控えている「死」を受容することによって、生物として人間に課された宿命に対して「反逆」する勇気を持つことに他ならないのだと私は考えている。だからこの文章に対して異を唱えるというのではなしに、寧ろここから出発して、ゲーテ=ジンメルを参照しつつアドルノがマーラーに適用した「後期様式」の概念を導きの糸としつつ、私はマーラーの後期作品を「老い」の相において捉えてみたいと思っている。例えば、トルンスタムの「老年的超越」は、それ自体をそのままマーラーの「後期様式」に適用してしまえるかどうかについて議論の余地があるにしても、マーラーが後期作品において到達した地点を正確に同定する上で重要な参照点になるだろう。加えて言えば、例えば柴田南雄さんが「大地の歌」の演奏に具現されるべきと考えた「東洋的無常感」への架橋すら可能な射程をも「老年的超越」が含んでいる点も指摘しておきたい。(そのための準備作業を、本ブログの別の記事で継続的に行っている(その最初の記事は備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (0)であり、これまでの検討のまとめは、備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (16):ここまでのまとめと補足である)ので、その具体的な内容についてはそちらを参照頂きたい。)

引用した部分のみを読まれた方は、あるいはこのような「主観的な」発言が評論のかたちで為されたことに、留保をつけたくなるかも知れない。 そういう方は、どうかこの「マーラー」論の全体をお読みいただきたいと思う。決して、ひとりよがりに思いつきで情緒的な発言をしているのではないことが おわかりいただけることだろう。私としては、1973年の時点―私は、まだマーラーに出会ってすらいない―で、 既に日本でこうした発言が為されたことを、それをごく最近まで知らなかった不明を恥じる気持ちとともに、銘記しておこうと思う。

勿論、この「マーラー論」で展開される各論について個別に異論を唱えることは可能だろうし、すでに30年以上の歳月を経た今日では、 また別の視点が可能だろうとは思う。だが、作者は自分の立ち位置を明確に意識し、マーラーとの距離感を正確に測りながら、 それでも自分をひきつけてやまない対象について、自分の経験に忠実に語っている。 そして恐らくはそれもあって、その内容は今日でも意義を喪っていないし、その説得力もまた些かも損なわれていないように思われる。 否、マーラーが「当たり前」になった近年の方が、かえってマーラーをこのように語ることについては困難になっているようにすら感じられる。

私は私なりに、マーラーとの決着をつけたいと思っていることもあって、この文章に非常に大きく勇気づけられた。たとえ拙いものになってしまっても、それでもなお上述のように「老い」という視点を加えて上で自分なりの結論を出し、それを自分の言葉でまとめることこそ意義あることのように思えるし、それがこの「マーラー」論に対して、 そして何よりマーラーの人と音楽に対して自分が為しうることなのだと思う。そしてまた、そうするにあたってこの「マーラー」論は、ふらふらと彷徨いがちな 自分にとっての貴重な参照点になると感じている。(2007.7.2, 2023.10.12,16加筆)

2023年3月16日木曜日

備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (13)

 「リズム」と「老化」。「リズム」で「老化」を定義できるか?「リズム」がジンメル的なゲーテ把握において果たしている役割から老化を測ることができるか?そこから、逆にゲーテの「現象から身を退く」を定義できるか?チェズーア(一時停止。ここではヘルダーリンとツェランを念頭におきつつ)と「老い」。尤もヘルダーリンの「老い」とは「寂静」とホイサーマンの名付けた精神的薄明への移行であったし、ツェランは世間的には老いることなくセーヌ川に身を投じたということになるのだろうが、前者にはスカルダネリという別の固有名による署名と脱臼したクロノロジーを持つ、絶頂期の自由律の長大な讃歌とはあまりに異なって、韻律を持ち、繰り返しさえ厭わない定型的な題名を持つ短い一連の詩編があるし、後者における、まさにチェズーアを題名そのものとして戴いた Atemwende(『息のめぐらし』)を転回点として以降、『絲の太陽たち』『光の強迫』と、ますます圧縮されて短くなってゆき、暗号のように謎めいていく詩篇こそは、あまりに早く訪れた「老い」を、まさに強迫されるようにして駆け抜けたのだと考えることはできないだろうか…

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 山崎正和『リズムの哲学ノート』。世阿弥『風姿花伝』における「老年の初心」。初心とはつまり、やり直さなくてはならない、ということではなかろうか?そしてやり直さなくてはならないという言葉の連想は、マーラーの、これもまた早すぎる「晩年」に書かれた、余りに有名な書簡を呼び起しはしないだろうか?勿論、これが世阿弥の「老年の初心」なのだということが言いたいのではない。その点の当否については、いっそ「否」と答えることさえ躊躇わない。そうではなくて、「老い」ということには、或る種のチェズーアが、「息のめぐらし(Atemwende)」が必要とされるということ、そこから先は、最早今までのようではなく、新たな条件の下で「やり直さなくてはならない」のだということを、世阿弥は能役者の芸のステージとして述べ、マーラーは『大地の歌』を書くことを、そのように(自覚に、明示的に認識したということではないにしても)了解したということをワルターに向けて問わず語りに語ってみせたということではないかということが言いたいだけである。

ブルノ・ヴァルター宛1908年7月18日トーブラッハ発の書簡にあるマーラーの言葉(1924年版書簡集原書378番, p.410。1979年版のマルトナーによる英語版では375番, p.324, 1996年版書簡集邦訳:ヘルタ・ブラウコップフ編『マーラー書簡集』, 須永恒雄訳, 法政大学出版局, 2008 では396番, p.360)

(...) Aber zu mir selbst zu kommen und meiner mir bewußt zu werden, könnte ich nur hier in der Einsamkeit. -- Denn seit jenem panischen Schrecken, dem ich damals verfiel, habe ich nichts anderes gesucht, als wegzusehen und wegzuhören. -- Sollte ich wieder zu meinem Selbst den Weg finden, so muß ich mich den Schrecknissen der Einsamkeit überliefern. Aber in Grunde genommen spreche ich doch nur in Rätseln, denn was in mir vorging und vorgeht, wissen Sie nicht; keinesfalls aber ist es jene hypochondrische Furcht von dem Tode, wie Sie vermuten. Daß ich sterben muß, habe ich schon vorher auch gewußt. -- Aber ohne daß ich Ihnen hier etwas zu erklären oder zu schildern versuche, wofür es vielleicht überhaupt keine Worte gibt, will ich Ihnen nur sagen, daß ich einfach mit einem Schlage alles an Klarheit und Beruhigung verloren habe, was ich mir je errungen; und daß ich vis-à-vis de rien stand und nun am Ende eines Lebens als Anfänger wieder gehen und stehen lernen muß. (...)

(…)でも自分自身に立ち戻り、自分自身を意識すること、それは当地の孤独の中でしかかなわないことなのです。――というのも、当時陥ったあのパニック状態以来、私はひたすら目をそむけ、耳を塞ぐしかなかったのです。――ふたたび自分自身へ戻る道を見つけなければならないとすれば、孤独の恐ろしさに身を委ねるほかはないのです。しかし一体全体、私はまったくのところ謎めいた話し方ばかりしていますね。だって君は私の身に何が起こったのか、ご存じないのですから。想像しておられるような死に対するヒポコンデリー的な畏怖などでは、よもやありませんでした。自分が死ななければならないことなど、最初からわかっていることでしたから。――ともあれ、君にここで何か説明したり、語って聞かせたりするよりは、だってそんなことはいかなる言葉をもってしてもできっこないことだから、ただ一言こう申し上げておきたい、つまり私はただの一瞬にしてこれまでに戦い獲ってきたあらゆる明察と平静とを失ってしまったのです。そして私は無に直面して(ヴィ・ア・ヴィ・ド・リアン(訳文ルビママ))立ち、人生の終わりになっていまからふたたび初心者として歩行や起立を学ばねばならなくなったのです。(…)

  丁度マーラーが「大地の歌」に取り組んでいる時期に、ヴァルターに宛てて書いた手紙の一部だが、これもまた、ヴァルターの「マーラー」伝を始めとして色々な ところで引用されてきた有名な部分であろう。この文章には、まさに「大地の歌」に結晶する「受容」の過程が、その傷の深さとともにはっきりと刻印されている。 「そんなことはとっくの前にわかっていたことだ」という言葉は、若き日のマーラーを思えばいつわりは微塵も含まれていないが、にも関わらず、その言い方には 逆説的にマーラーの蒙った傷の深さを窺い知ることができるように感じられて痛ましい。ウィーンの宮廷歌劇場に40歳にならずして君臨し、すでに第8交響曲までの 作品を書き上げた天才が、一からやり直さなければならない、と書いているのを見るのは信じ難くさえ思える。

 と同時に、この手紙を読めば「大地の歌」が何を語っているのかについての手がかりを得ることができるのではないか。それは「受容」の過程の結晶なのだ。 「とっくの前にわかっていたこと」のために一からやり直さなければならないという状況を受容して、再び仕事を続けられるようになる過程の反映なのだと思う。

 ところでこの件に関連しては、既に記事「大地の歌」における"Erde"を巡る検討のための覚書 ―甲斐貴也訳「大地の歌」によせて―において、『大地の歌』を「死の受容」のプロセスの反映であるという大谷さんの説を紹介して検討したことがある (大谷正人, 『音楽のパトグラフィー, 危機的状況における大音楽家』, 大学教育出版, 2002 の 第6章「マーラーの晩年の作品における死の受容をめぐって」, 初出は病跡誌No.49, 1995, pp.39-49)。大谷さんによれば「大地の歌」の曲の配列が、絶望(悲しみと怒り)、虚脱、受容、見直し(再起)という死や障害の 受容過程に関する死生学におけるモデル(平山正実「悲嘆の構造とその病理」現代のエスプリ248, 1988, pp.39-51)に類似しているという。

 ただし改めてそのプロセスと楽章排列を対照してみると、その類似は、大まかなアウトラインレベルのものであって、正確にプロセスの各段階が各楽章に対応づいているといったレベルのものではないのでここでは再掲しない(詳細は上記の元記事を参照。)一方で、「受容」の対象が「死」であるということよりも、それが「受容」のプロセスの反映であるという点に重点を置いた以下のコメントについては、基本的には現時点でも大きな修正の必要は感じていない。

ここで重要なのは、その音楽が「死」そのものの「描写」であるのではなくて、その「受容」の過程の、凡人には為しえない天才的な仕方での昇華で あるということで、それゆえに聴き手もまた、音楽を聴くことでそのプロセスを自分なりに反復することができる可能性があるのだ。 (大谷さんも述べているように、「受容」そのものについてマーラーの能力が際立っていたということではなくて、偉大なのはその過程の作品化の方なのだが、 そこにある経験の深み、作品と経験との他には見られないほどに密接な関係がマーラーの特徴なのだと思う。)

とりわけ「大地の歌」について言えば、その構成が死の受容過程に類似しているという指摘は大変に興味深いもので、この「大地の歌」を 含めた様々な優れた芸術作品が持っている「力」、多くの人が感じ取ることができる力の正体を考える上で示唆的だと思うし、病跡学とはいっても、 いわゆるマーラーその人の気質類型論の類にはあまり関心はないとはいえ、この説については、私の自分の経験に照らして、深い共感を覚える。 

さらにまたこの大谷さんの見方は、マイケル・ケネディの「マーラーは死ではなく、生に対する熱烈な憧れを表現」したのだという意見、その作品が聴き手の 「新陳代謝の一部になる」という表現と強く響きあうものがあるように思われる。 そして何より、私がマーラーに関して強く感じていること、マーラーの音楽が有限の主体の、儚い意識の擁護であること、取るに足らないものであっても、 それが還元不可能なものであり、様々な価値の源泉であるという感じ方とも一致しているように思われるのである。私にはヴェーベルンが気質の違いを 超えてマーラーに見出したかけがえのないものとは、こうした認識ではなかったかと思えてならないのだ。

 そして、ここでいう「受容」が必ずしも「死」のそれでなくても上記の了解は成立することは明らかなことに思われる。そもそも大谷さんが参照している平山論文のそれは「死や障害の受容過程」であって「死」に限定されているものではない。だからそれを「死」に限定してしまったのは、それをマーラーに適用するにあたり、大谷さんがマーラーの晩年についての通説のドクサに影響されたという見方さえ成り立ちうるのだ。飽くまでも重点は何らかの「苦」の「受容」の側にあるのであり、そうした「受容」のプロセスは、寧ろ「老い」中でより普通に見出すことができる或る種の「超越」と言うべきなのではなかろうか?

 ここでトルンスタムが「老年的超越」の実証的な調査の結果の検討の過程で見出したような、「危機」の経験が「超越」を促す働きをすることがありうる一方で、「超越」は「危機」の経験のみによって引き起こされるわけではなく、寧ろ「老い」の中で、加齢に伴って「危機」が「超越」に与える影響は小さくなっていくという解釈を思い浮かべるべきだろうか? (ラーシュ・トーンスタム, 『老年的超越 ―歳を重ねる幸福感の世界―』, 冨澤公子・タカハシマサミ訳, 晃洋書房, 2017, 特にその「第4章 量的な実証研究」の中の「人生の危機と老年的超越」の節 pp.126-138 を参照。)勿論、トルンスタムの解釈は、老年社会学における量的調査を統計的に分析した結果に対するものであり、或る特定の個人の経験についてのものではない。だからそれに基づいてマーラーの場合という特殊なケースについて述べることは論理的誤謬に過ぎない。そしてマーラーの場合における長女の死の経験(ジャンケレヴィッチ風には、「第二人称の死」ということになるだろうか)を軽視することは勿論できないだろう。だがそれとて、自分の病の宣告、宮廷=王室歌劇場監督辞任とニューヨークでの新たな仕事といった立て続けに起きた一連の出来事の一つであって、それのみが「危機」と呼ぶに値する問題で他はそうではない等ということはできまい。自分の病の宣告にしても(それが後年、客観的には誤診であったということを言い立てる近年の主張は、マーラー自身の主観的経験の水準とは無関係である点は措くとしても)それが「第一人称の死」に関わる経験であるという解釈を否定するような事実が明らかになったわけではなく、それは依然として有効な解釈であろう。但しその重点は、アドルノが揶揄したような「死が私に語ること」ではなく、寧ろ「老年的超越」における「宇宙的なつながりの次元」の獲得のプロセスにあると捉えるべきだということが言いたいのである。

 ちなみに、アルマの回想の影響で第6交響曲フィナーレのハンマーに関連付けられた「三つの運命の打撃」として人口に膾炙してしまったが故に、「脱神話化」の傾向の中で批判の対象になった上記の三つの経験が、いずれも老年学における「危機」に含まれることは興味深い(それぞれ一般化して、親しい他人の死、自己の死への恐怖、失職や定年の危機に概ね相当するものと思われる)。勿論トルンスタムの言うように「危機」とは第一義的には主観的な認識の問題であって、客観的な事象の外側からの把握が即、「危機」の客観的存在を確証するのではなかろう。そして個別の被験者の体験については、老年学では質的研究と呼ばれる手法の対象となるのだろうが、ここでマーラーのケースを(既に物故しているが故に、インタビューのような調査手法が取れないので、その代替として)病跡学に対応するようなアプローチで検討するだけの準備はまだないので示唆に留めざるを得ないが、それでも様々な資料から窺えるマーラーの主観的認識を推測するならば、くだんの三つの体験についての反応は、「親しい他人の死」は危機として受容、「自己の死への恐怖」はマーラーが病気に対してそれまでそうであった延長線上で捉えることも可能かも知れない生活習慣の変更による受容、「失職や定年の危機」もまた、それまで常にマーラーがこの点については抜かりない駆け引きを行ってきたのと同様の仕方での対応でウィーンでの辞任に先立って事前にニューヨークとの交渉を済ませており、最後のものはそもそも「超越」の契機となるようなレベルの「危機」として捉えられていたかを問いに付す向きがあっても不思議はないと思える。

 上記のワルター宛書簡で「一からやり直さなければならない」と書いているからには、そこに「危機」が存在していたことは主観的には疑いのない事実であろう。だがアルマのしばしば恣意的な描写のバイアスを除いてなお、それぞれの要因を分離して独立にその影響を測ることは既に事実を離れた抽象に陥ることを避け難い。否、アルマの回想にしても、それが後年の合理化による歪曲を含んでいたとして、どこまでがそうで、どこまでがアルマにとっての主観的真実であったかは測り難い。そしてアルマの証言を疑う客観的妥当性を認めてなお、彼女がマーラーにとって最も身近な存在であったことは疑いなく、彼女の認識とマーラーの認識をどこまで分離できるかについて懐疑的な姿勢もまた必要ではなかろうか。かてて加えて、マーラーその人の主観について仮に真実に到達できたとして、そのことと作品が私たちに語ることとは更に別であろう。勿論、作品を取り巻く過去の言説は作品の解釈にとって外的なものではなく、寧ろそうした言説の空間の中でしか解釈はあり得ないだろうが、mathesis univsersalisとしてそうであったとしても、それはマーラーの音楽が私に語ることの固有性に拘るmathesis singularisの立場からは、可能な限りそれらを一旦括弧入れして、作品から何か聴き取りうるかを見つめ直す必要があるのではなかろうか。そしてそうしたやり方を採ろうと試みた時に、こと『大地の歌』に聴き取りうるものは、「老年的超越」に近い存在様式に到達するプロセスである、というのがここでの仮説になるのだろう。

(2022.12.7-8 公開, 2023.3.16改稿)