0. 序論と問題設定
本稿は、マーラーの音楽的主体の存在様式を考えるうえで、これまでの分析が残してきた一つの問いを扱う。従来のマーラー論では、55楽章コーパスの一部としてマーラーを11の主要楽章(C系列)あるいは全11作品を連結したB系列で代表させてきた。その結果、マーラーはPCA空間上で比較的狭い範囲に、しかし異方性の大きな楕円として位置することが確認されている。一方、マーラー単独で全50楽章(A系列)を分析すると、全体の重心はB系列と大きく変わらないにもかかわらず、個々の楽章の広がりは小さくなく、作品間の重複も大きいことが分かっていた。(この点については、レポート「マーラー全交響曲楽章の五度圏重心軌道の分析」を参照されたい。)
この対比――作品全体・主要楽章の水準での一貫性と、楽章単位での多様性――を、他の作曲家との比較の場に置いたとき、どのように現れるのか。これが本稿の出発点となる問いである。これまでA系列(マーラー単独の全50楽章分析)と他の作曲家との比較は行われておらず、既存の55楽章コーパスではマーラーは11楽章だけで代表されていたため、そこで観察される分布が全50楽章を含めても維持されるのかは未確認であった。
本稿で明らかにしたいのは、単に「マーラーは一貫性と多様性を併せ持つ」という一般的な特徴づけではない。全50楽章が他の作曲家と重なる広い領域を占める一方で作品全体の重心が比較的狭い範囲にとどまるならば、マーラーの一貫性は各楽章が同じ状態を反復することによって成立しているのではなく、異なる状態を取り込みながらそれらを作品全体として統合することに、一貫性の源泉がある可能性が示唆される。ただし、この解釈を先に定めて分析結果を読むのではなく、まず分布構造を確認し、その結果がどこまでこの仮説を支持するかを判断するという手順を本稿では維持する。
1. 分析設計
1.1 二つの比較方法
マーラーの全50楽章を他の作曲家と同じ空間で評価する際には、方法上の選択が必要になる。全50楽章を含めてPCAを最初から計算し直すだけでは、既存の55楽章コーパスとの直接比較にはならない。PCAの軸そのものが変わりうるためである。そこで本稿では、次の二つを区別して用いる。
比較A:既存のPCA空間への投影。 55楽章コーパスで確定した標準化処理とPCAの軸を固定し、マーラーの全50楽章を同じ空間に投影する。他の作曲家との位置関係を保ったまま、マーラーの分布を拡張できる。
比較B:マーラー全50楽章を組み込んだ再分析。 マーラーの主要楽章11楽章を全50楽章に置き換え、他の作曲家のデータは維持してPCAを再計算する。コーパス構成の変更によって全体の配置がどの程度変わるかを調べる感度分析にあたる。
主たる比較には比較Aを用い、比較Bは補助的な感度分析として位置づける。比較Bではマーラーの標本数が他の作曲家より多くなるため、その影響は区別して解釈する必要がある。本稿は主に比較Aの結果を報告し、比較Bへの移行に向けた準備状況を末尾で述べる。
1.2 使用データと検証
分析には、既存55楽章コーパスの旧9指標(Avg_r、Avg_Step、SD_r、Step_Rate_100、PC_Density、Tonal_Focus、Spatial_Dispersion、Harmonic_Coverage、Texture_Volatility)と、マーラー全50楽章(交響曲第1〜10番および《大地の歌》)の同一9指標の集計値を用いた。
まず、既存の55楽章コーパスの元データから旧9指標のPCAを再計算し、既存のPCAスコアと照合した。再計算したPC1・PC2スコアは既存のスコアと最大絶対誤差約3.6×10⁻¹⁵で一致しており、これは浮動小数点演算上の差にすぎない。したがって、標準化とPCAの計算条件を正確に再現できたと判断したうえで、マーラー全50楽章を既存の55楽章PCA空間へ投影した。
2. 全50楽章と従来の11楽章の分布比較
PC1・PC2の座標は、いずれも既存の55楽章PCA空間における値である。
ここで「他作曲家44楽章」は、元の55楽章コーパスからマーラー11楽章を除いたものであり、他作曲家の全楽章を網羅したデータではなく、既存コーパス内の選定楽章にとどまる点に留意が必要である。
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| 図1a:主要楽章11楽章を含む全55楽章コーパスでの主成分プロット |
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| 図1b:全50楽章と他作曲家44楽章よりなるコーパスでの主成分プロット |
2.1 全50楽章にすると分布は広がるが、他作曲家の選定楽章よりは狭い
マーラー全50楽章の重心からの平均距離は1.538で、従来の11楽章の1.284を上回る。一方、他作曲家44楽章の2.441よりは小さい。したがって、従来の11楽章だけを見るとマーラーの楽章間の多様性をいくらか過小評価するものの、全50楽章に範囲を広げても、既存コーパスの他作曲家の選定楽章をまとめた分布よりは集中している。(図1a,bを比較。)ただし、これはマーラーの全楽章が均質であることを意味しない。全体の広がりと、各交響曲の内部での広がりは区別して扱う必要がある(3節)。
なお図1a,bでは分布の広がりの違いが見えにくいので、対象をブルックナー、マーラー、シベリウスに限定したプロットを図2a,bとして示す。
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| 図2a:主要楽章11楽章とブルックナー、シベリウスのみを抽出した主成分プロット |
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| 図2b:全50楽章とブルックナー、シベリウスのみを抽出した主成分プロット |
2.2 異方性は全50楽章でも維持される
異方性比λ₂/λ₁は、全50楽章で0.200、従来の11楽章で0.169である。他作曲家44楽章では0.355であった。この比率は小さいほど第1主成分方向への偏りが強いことを示す。全50楽章に拡張しても、マーラーの分布は他作曲家の選定楽章全体より細長い形を保っている。すなわち、マーラーの特徴は単純な「狭さ」だけではなく、比較的限られた領域に集まりながら特定の方向へ伸びる分布構造にあると考えられる。
2.3 従来の11楽章は全50楽章の代表になっているか
従来の11楽章の重心(PC1≈0.000、PC2≈0.583)と、全50楽章の重心(PC1≈0.542、PC2≈0.357)は一致しない。従来の11楽章に含まれない39楽章の重心はPC1≈0.696、PC2≈0.292であり、PC1が正方向、PC2が低めの領域に位置する。したがって、全50楽章への拡張による重心移動は単に楽章数が増えたことによる広がりではなく、従来の11楽章が含んでいなかった領域にも39楽章の重心が分布していることによる。従来の11楽章はマーラーの調性力学を比較するための有用な標本であるが、マーラー全体の分布重心をそのまま代表する標本ではないと考えられる。
なお、PC1・PC2の正負そのものに、直ちに音楽的な価値判断や特定の調性機能を割り当てるべきではない。各軸の解釈は旧9指標のローディングを踏まえて行う必要がある。
3. 交響曲ごとの重心と内部の広がり
内部の広がりは、各楽章の座標とその作品の重心とのユークリッド距離を計算し、その平均で表す。値が大きいほど、作品内の楽章がPCA空間で広く分布していることを意味する。
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| 図3:全50楽章のみを抽出し、作品毎に重心と広がりを示した主成分プロット |
作品内の広がりは一様ではない。特に目立つのは、交響曲第7番の作品内平均距離が1.823と大きい一方、第9番は0.538、第6番は0.592と小さいことである。第1〜4番の初期交響曲にも、作品内の広がりには差がある。これは、マーラーの50楽章をひとまとめの分布として扱うだけでは作品ごとの構造を十分に捉えられないことを示している。全体としての分布の特徴と、個々の交響曲の内部でのまとまり方は別の分析対象である。なお、第8番は2楽章しかないため、作品内の広がりについて強い結論を出すのは避けるべきである。
3.1 重心の位置と内部の広がりを合わせて読む
第7番の重心はPC1=0.466、PC2=0.800で、マーラー全50楽章の重心からの距離は0.450と比較的小さい。それにもかかわらず、作品内部の広がりは全作品中で最大である。つまり第7番は、作品全体としてはマーラーの分布の中心近くに位置しながら、個々の楽章は広く分散している。作品の代表的な位置と内部の多様性が一致しないことを示す、本稿で特に重要な例である。
《大地の歌》の重心(PC1=0.899、PC2=0.057)もマーラー全体の重心に比較的近いが、作品内の広がりは第7番に次いで大きい。ただし、今回の指標だけでこの幅を歌詞、楽章形式、音色などの特定の要因に帰属させることはできない。
第1〜3番はいずれもPC1の正方向に重心を持ち(第1番2.121、第2番1.170、第3番1.633)、内部の広がりも第1番・第2番では大きく、第3番も中程度以上である。少なくともこのPCA空間では、初期の交響曲群は後期の第9番・第10番とは異なる位置に重心を持つが、これをそのまま「初期から後期への直線的な変化」とみなすことはできない。
第6番(平均距離0.592)・第9番(0.538)は内部のまとまりが大きい。特に第9番は重心がマーラー全体の重心から1.719離れている一方、作品内の楽章群は比較的まとまっている。作品全体の位置はマーラーの中心から離れているが、作品内の楽章群はまとまっているという特徴である。第6番にも似た傾向があるが、重心の位置は第9番ほど全体から離れていない。
3.2 この結果が示すこと
マーラー全体の分布の特徴は、各交響曲に一様に当てはまるわけではない。第7番や《大地の歌》では、重心の位置だけから想像する以上に楽章間の多様性が大きい。一方、第9番では、全体の分布から離れた位置に重心を持ちながら、作品内の楽章は比較的まとまっている。
この対照は、4節で扱う分布重複分析を一段深めるものである。マーラーは他作曲家と重なる比較的集中した領域を形成するが、その領域は単一の均質な様式からできているのではなく、異なる重心位置と異なる内部構造を持つ複数の作品群が集まって形成されていると考えられる。
これは、マーラーの音楽的主体を論じる際にも有用な区別である。作品全体の位置を「主体のあり方」と直結させるのではなく、作品の相対的位置と、その内部での楽章間の分化を別々に扱えるからである。ただし、PCAの距離だけから主体の存在様式そのものが証明されるわけではなく、主体論との接続には楽章の機能や時間構造についての音楽学的な解釈が別途必要である。
4. 他作曲家の分布との重なり
マーラー全50楽章と他作曲家44楽章の分布がPCA空間上でどの程度重なるかを、凸包(各分布の点群を外側から囲む最小の多角形)を用いて比較した。凸包は分布の大まかな広がりを比較できるが、点の密度や確率的な分布そのものを表すものではない点に注意が必要である。
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| 図4a:他作曲家44楽章の凸包を破線で示した主成分プロット |
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| 図4b:マーラー50楽章の凸包を破線で示した主成分プロット |
マーラーの分布は他作曲家の分布と大幅に重なっており、マーラーの楽章のほとんどは他作曲家の点群が形成する領域の内側に位置する。一方、他作曲家の楽章の約3分の2はマーラーの凸包内にある。マーラーの分布は他作曲家の分布にかなり包摂されるものの、他作曲家の分布全体を覆うほど広くはない。マーラーの特徴は、PCA空間で他作曲家と明確に分離していることではなく、他作曲家と重なる領域を持ちながら、相対的に限られた領域へ集中していることだといえる。ただし、凸包の面積比42.5%を、そのまま「分布が42.5%重なっている」という意味に解釈することはできない。実際の重なりは、点の密度も考慮して別途評価する必要がある。
4.1 マーラーの外側に位置する楽章
他作曲家44楽章の凸包から外れるマーラーの楽章は次の2つであった。
特に《大地の歌》第3楽章は、他作曲家の選定楽章からも比較的離れている。ただし、これはあくまで今回の旧9指標によるPCA空間での位置であり、この結果だけで楽章の音楽的な独自性や作品内での役割を断定することはできない。また、凸包の外側にあるかどうかは境界の形状にも左右される。第1番第1楽章のように、最近傍の楽章までの距離が極端に大きくなくても凸包の外に位置する場合がある。
4.2 他作曲家側から見た重なり
マーラーの凸包内に位置する他作曲家の楽章を作曲家別に集計すると、次のようになる。
今回の選定楽章に限れば、ブラームスやブルックナーなどの楽章がマーラーの分布領域と広く重なる一方、ペッテションの後期交響曲群やショスタコーヴィチの2楽章は、マーラーの凸包外に位置するものが多い。ただし、作曲家ごとの標本数が少なく、選定楽章の構成も異なるため、これを作曲家間の一般的な距離関係とみなすことはできない。とりわけショスタコーヴィチは2楽章のみであり、結論は保留すべきである。
4.3 小括
今回の分布比較から、マーラーの全50楽章は他作曲家の選定楽章と明確に分離した独立領域を形成しているわけではない。その一方で、マーラーの分布は他作曲家の分布全体よりも狭く、比較的集中した領域を占める。ただし、マーラーの内部にも他作曲家の分布から離れた楽章が存在し、全楽章が均質なわけではない。作曲家別の重なり方には差が見られるものの、選定楽章の構成や標本数を踏まえた慎重な解釈が必要である。
ここで重要なのは、分布の重なりはマーラーが他作曲家と同じ音楽的性格を持つことを意味しないという点である。今回のPCAは旧9指標の組み合わせを要約したものであり、異なる作品が近い位置にあることは指標上の類似性を示すにとどまる。したがって現時点で最も妥当な結論は、マーラーの特徴を「他作曲家からの分離」ではなく、他作曲家と共有する広い領域の内部における比較的集中した分布と、その内部に残る楽章間の多様性として捉えることである。
5. 交響曲の重心と他作曲家楽章との近接
55楽章PCA空間を用いる利点は、マーラーの分布が広いか狭いかを測るだけでなく、マーラーの各交響曲が他の作曲家のどの作品群と近い位置を占めるのかを調べられることにある。ただし「近接」には二つの意味を区別する必要がある。第一に、ある交響曲の楽章群の重心が他作曲家のどの楽章に近いかという重心どうしの近接。第二に、その交響曲の複数の楽章が他作曲家のどの作品群の点群と近いかという分布どうしの近接である。この二つは同じ結果になるとは限らない。たとえば、交響曲の重心がある作曲家の楽章に非常に近くても、交響曲の楽章群全体は別の作曲家の楽章群に近い、ということもありうる。
5.1 各作品の重心に最も近い他作曲家の楽章
マーラー各作品の重心から他作曲家44楽章の各点までのユークリッド距離を計算し、最も近い楽章を特定した。
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| 図5.1:各交響曲の重心に最も近い他作曲家の楽章 |
第1番と《大地の歌》の重心は、それぞれモーツァルトとシベリウスの特定の楽章に非常に近い。第5番はハイドン、第7番はブラームス、第9・10番はペッテションの楽章に近い位置を占める。ただし、これは「第1番はモーツァルト的」「第9番はペッテション的」といった様式上の同一性を意味しない。あくまで、旧9指標を圧縮したPC1・PC2平面で作品の重心が近接しているという結果である。
5.2 作品の楽章群全体では、どの作曲家に近いか
次に、各作品の重心だけでなく、その作品に属するすべての楽章から、ある作曲家の選定楽章群までの最近傍距離を計算し、作品内で平均した。値が小さいほど、その作曲家の点群に近い傾向があることを意味する。
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| 図5.2:各交響曲の重心と他作曲家の重心の主成分プロット上での位置関係 |
重心だけを見た場合とは異なる関係が現れる。第1番は重心だけならモーツァルトの楽章に最も近いが、楽章群全体で見るとシベリウスが最も近くなる。第2番はハイドン、第3番はシベリウス、第4番はハイドンがそれぞれ最も近い。したがって、初期交響曲を一つの他作曲家に対応させることはできず、作品ごとに比較対象となる点群との関係が異なる。
第5番はブルックナー、第6番はブラームスの点群に最も近い。特に第6番では、重心に最も近い楽章もブラームスの第3交響曲第1楽章であり、作品全体の近接先と重心の近接先が一致する、比較的明瞭な対応関係である。
第7番では、ブルックナーまでの平均最近傍距離が1.203、シベリウスが1.212、ハイドンが1.230であり、上位の差が小さく特定の作曲家との近接を強く主張できない。これは第7番の内部の広がりが大きいこととも関係している可能性があるが、今回の距離だけでは断定できない。
第9番はブラームス、第10番はペッテションの点群に最も近い。重心比較では第9・10番ともペッテションの楽章が最も近かったので、特に第10番では重心と楽章群全体の双方でペッテションとの近接が確認される。一方、第9番では重心はペッテションに近いが楽章群全体ではブラームスの方が近く、これは重心だけでは見えない差である。
5.3 「最も近い」は「強く近い」とは限らない
今回の比較では各作品について最も近い作曲家を一つ選んだが、これは必ずしも明瞭な対応関係が存在することを意味しない。第7番のように上位の距離がほぼ同じ場合、近接先を一つに絞る意味は弱くなる。また、各作曲家の楽章数は2〜11と異なるため、点数の多い作曲家は点群が広くなり、近い点を持つ可能性が高くなる。さらに、ここで用いているのはPC1・PC2の二次元平面であり、旧9指標の情報すべてを保持した距離ではないため、二次元で近い作品が元の9指標空間でも必ず近いとは限らない(7節で改めて検証する)。したがって現時点では、「作曲家間の様式的な親近性」ではなく、固定PCA空間における位置の近接関係として解釈するのが適切である。
5.4 小括
マーラーの各作品は他作曲家の点群と同じ仕方で近接しているわけではない。第1〜4番は、ハイドン、シベリウス、モーツァルト、ブルックナーなど、異なる点群との近接を示す。第5・6番はブルックナー、ブラームスとの近接が比較的明瞭である。第7番は内部の広がりが大きく、近接先を一つに定めにくい。第9・10番ではブラームスとペッテションとの関係が目立ち、特に第10番は重心と楽章群全体の双方でペッテションに近い。《大地の歌》はシベリウスの楽章と重心が非常に近い一方、作品内部の広がりも大きく、重心の近接だけでは作品全体を説明できない。この結果は、マーラーの交響曲を単一の様式的なまとまりとしてではなく、それぞれ異なる他作曲家の分布との関係を持つ作品群として捉える方向を支持する。
6. 楽章単位の最近傍分析
5節の分析をさらに一段細かくし、マーラー全50楽章のそれぞれについて、55楽章PCA空間における最も近い他作曲家の楽章を特定した。重要なのは、単に作品の重心が他作曲家の点群に近いかどうかではなく、作品内のどの楽章が他作曲家のどの楽章と近接し、どの楽章は他作曲家の点群から相対的に離れているのかという点である。
6.1 第1〜5番
6.2 第6〜10番、《大地の歌》
距離は同じPCA平面内のユークリッド距離であり、小さいほど座標上で近いことを示すが、統計的な有意差の基準を設けたものではない。
6.3 作品内の「近接の仕方」を比較する
第1番(平均最近傍距離0.459)は、第1・第2楽章がシベリウスの楽章に近い一方、第3楽章はモーツァルト、第4楽章はペッテションに近接する。第1・第2楽章は最近傍までの距離も比較的大きく、他作曲家の点群からやや離れている。作品全体の重心だけでなく、楽章ごとに比較対象が異なることが重要である。
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| 図6-1:第1交響曲各楽章と最近傍の他作曲家の作品 |
第2番(0.402)は、第1・第3・第5楽章の最近傍がブルックナーの楽章であり、特に第3・第5楽章は距離0.199、0.225と近い。ただし第4楽章はモーツァルトに最も近いが距離は0.687であり、第2番全体をブルックナーとの近接だけで説明するのは適切ではない。
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| 図6-2:第2交響曲各楽章と最近傍の他作曲家の作品 |
第3番(0.307)は平均距離が比較的小さく、6楽章のうち5楽章は最近傍までの距離が0.4未満である。ハイドン、シベリウス、ブラームス、ブルックナーと近接先は複数の作曲家に分かれる。第5楽章だけはハイドン第96番第1楽章まで0.708離れており、作品内で相対的に孤立した位置にある。全体として他作曲家の点群に近い作品であっても、すべての楽章が同じように近接しているわけではない。
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| 図6-3:第3交響曲各楽章と最近傍の他作曲家の作品 |
第4番(0.344)は、第3・第4楽章がともにモーツァルト第40番第1楽章を最近傍とする。前半ではシベリウスとブルックナーが最近傍となるため、作品内で比較対象が切り替わる構造が見られる。
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| 図6-4:第4交響曲各楽章と最近傍の他作曲家の作品 |
第5・6番(それぞれ0.326、0.324)では、第5番はブラームスとブルックナーがそれぞれ2楽章ずつの最近傍となり、第4楽章はブラームス第1番第1楽章に0.173で近接する。
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| 図6-5:第5交響曲各楽章と最近傍の他作曲家の作品 |
第6番では前半の第2・第3楽章がブラームス、外側の第1・第4楽章がペッテションに近接する。この配置は興味深いが、楽章の機能や時間構造との対応を確認するまでは音楽的な意味を断定できない。
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| 図6-6:第6交響曲各楽章と最近傍の他作曲家の作品 |
第7番(0.522)は11作品のうち平均最近傍距離が最大である。各楽章の最近傍はペッテション、モーツァルト、ブルックナー、シベリウスに分かれる。第3楽章はブルックナー第5番第1楽章まで0.621離れており、5楽章の中では最も大きな距離である。第7番の特徴は、単に内部の広がりが大きいだけでなく、各楽章が他作曲家の点群に対しても一様には近接していないことにある。
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| 図6-7:第7交響曲各楽章と最近傍の他作曲家の作品 |
第8番は第1部がシベリウス第6番・第4楽章、第2部はブラームス第4番・第1楽章が最近傍である。
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| 図6-8:第8交響曲各部と最近傍の他作曲家の作品 |
《大地の歌》(0.469)は、第5楽章がペッテション第7番に0.100、第6楽章がペッテション第8番に0.172と非常に近い一方、第3楽章はモーツァルト第40番第1楽章まで1.297離れており、今回の全50楽章の中で最も大きな最近傍距離を示す。これは重心だけを見た場合にはわからない作品内の大きな差であり、重心はシベリウスの点群に近いが、楽章単位ではペッテションに近い楽章と他作曲家の点群から遠い楽章が共存している。
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| 図6-8図6-8:大地の歌各楽章と最近傍の他作曲家の作品 |
第9番(0.230)は、第1・第3楽章がブラームス、第2・第4楽章がペッテションを最近傍とする。特に第1楽章はブラームス第1番第1楽章まで0.108、第4楽章はペッテション第8番まで0.146と近く、作品内部に二つの異なる近接関係が現れる。第9番は平均最近傍距離が最も小さい作品だが、これは4楽章すべてが同じ作曲家に近いという意味ではなく、各楽章に比較的近い他作曲家の楽章が見つかることを意味する。
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| 図6-10:第8交響曲各楽章と最近傍の他作曲家の作品 |
第10番(0.409)は、第1・第4・第5楽章がペッテション、第2楽章がブルックナー、第3楽章がブラームスを最近傍とする。特に第2楽章はブルックナー第9番第1楽章に0.155で近接する。ペッテションが5楽章中3楽章の最近傍となるが、第4楽章はペッテション第6番まで0.568離れており、ペッテションとの近接は比較的目立つものの作品全体を一様に特徴づけるものではない。
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| 図6-11:第10交響曲各楽章と最近傍の他作曲家の作品 |
6.4 距離から見た作品間の比較
平均最近傍距離を比較すると、次の順になる。値が小さいほど、その作品の各楽章に近い他作曲家の楽章が見つかりやすいことを意味する。
ただし、この順位は「他作曲家との様式的な類似度ランキング」ではない。各作品の楽章数や、他作曲家44楽章の点の配置に依存する最近傍距離の比較である。
6.5 小括
今回の結果で最も重要なのは、マーラーの作品ごとに他作曲家の点群との近接関係が異なることである。第2番ではブルックナーとの近接が複数の楽章に現れる。第5・6番ではブラームス/ブルックナーとペッテションとの近接が楽章ごとに分かれる。第7番は最近傍距離が全体に大きく、特定の作曲家との近接にまとめにくい。《大地の歌》は第5・第6楽章がペッテションに非常に近い一方、第3楽章は他作曲家の点群から大きく離れている。第9番は全体として最近傍距離が小さいが、近接先はブラームスとペッテションに分かれる。第10番ではペッテションとの近接が優勢だが、ブルックナーやブラームスとの近接も見られる。このことは、マーラーの交響曲を他作曲家から一律に隔たった単一の様式として理解するのではなく、作品ごと、さらに楽章ごとに異なる位置関係を持つ分布として理解することの重要性を示している。
一方、今回の最近傍分析はPC1・PC2の二次元空間に限られている。次に進む際には、これらの近接関係が旧9指標のどの組み合わせによって生じているのかを調べることが重要である。たとえば、第9番第1楽章とブラームス第1番第1楽章の近接が、主調への集中、重心の変動、音響的な密度などのどの指標に支えられているのかを確認できれば、単なる座標上の近さから調性力学上の比較へ進むことができる。
7. PC1・PC2の寄与率と高次元での頑健性
5〜6節の近接関係はいずれもPC1・PC2の二次元平面に基づいている。この二次元がどれだけの情報を保持しているか、そして二次元で見出された近接関係がより高次元の情報を考慮しても維持されるかを、本節で確認する。
7.1 PC1・PC2はどの程度、情報を保持しているか
既存55楽章の元データから旧9指標の標準化とPCAを再現し、寄与率を確認した。
PC1・PC2だけで、旧9指標の全分散の約74.75%を説明している。したがって、これまでの二次元チャートは作品間の大まかな位置関係や分布構造を検討するうえで、十分に意味のある要約である。一方、PC3まで含めると説明率は84.81%に上がる。二次元での近接関係が、残りの約25%の情報を考慮しても維持されるかを確認する意義がある。
なお、PC9の寄与率は約0.00007%と極めて小さく、旧9指標の一部に強い線形従属性があることも示唆される。全9次元での距離は標準化した元の9指標空間での距離と実質的に同じであるが、相関した指標が距離に重複して寄与する可能性には注意が必要である。
7.2 近接関係は次元を増やしても維持されるか
マーラー全50楽章を、同じ標準化とPCAでPC1〜PC9まで投影し、各楽章について他作曲家44楽章の最近傍を探した。PC1・PC2、PC1〜PC3、PC1〜PC9の3通りで結果を比較した。
二次元で見つかった特定の楽章どうしの近接は、次元を増やすと相当程度変わる。ただし、作曲家単位で見ると、二次元での最近傍作曲家が全9次元でも一致する楽章は42%あり、すべてが無意味になるわけではない。ここでは、「マーラー第9番第1楽章はブラームス第1番第1楽章に近い」という個別の組み合わせと、「第9番の楽章群はブラームスの点群と比較的近い」という作品単位の傾向を区別すべきである。前者は座標の次元数に敏感である。後者も必ず維持されるわけではないが、作曲家単位で距離分布を比較すれば、より安定した傾向を見いだせる可能性がある。
7.3 重要な近接関係の個別再検証
特にこれまで議論してきた第9番、第10番、《大地の歌》、第7番について、最近傍の作曲家・楽章が次元数によってどう変わるかを確認した。
比較的頑健な例として、第10番第1楽章は3通りすべてでペッテション第9番が最近傍であり、《大地の歌》第6楽章も3通りすべてでペッテション第8番が最近傍である。この2例は、少なくとも最近傍の楽章という観点では二次元に限られない関係といえる。
二次元に依存する例として、第9番第1楽章はPC1・PC2ではブラームス、PC1〜PC3ではブルックナー、全9次元ではペッテションが最近傍になる。《大地の歌》第5楽章は二次元ではペッテションに非常に近いが、次元を増やすと最近傍が変わる。第7番第3楽章の二次元でのブルックナーとの近接も、PC3以降を考慮すると維持されない。したがって、これらの楽章については、二次元チャート上の近さを作曲家間の一般的な親近性を示す証拠として使うべきではない。
7.4 作品単位の傾向はどこまで維持されるか
個別の最近傍楽章が変わっても、作品全体の近接傾向が維持される可能性があるため、各作品について楽章ごとの最近傍作曲家を集計した。第6番はPC1〜PC3では4楽章すべての最近傍がブラームスとなる。二次元ではブラームスとペッテションに分かれていたため、PC3を含めることでブラームスへの近接が明瞭になるが、全9次元では再び分かれ、完全に頑健な結果とはいえない。第2番は二次元と全9次元ではブルックナーが5楽章中3楽章の最近傍だが、PC1〜PC3ではハイドンが3楽章を占め、近接先は次元数に依存する。第10番は二次元ではペッテションが5楽章中3楽章の最近傍だが、PC1〜PC3では1楽章、全9次元では2楽章であり、ペッテションとの関係は残るものの作品全体を一様に特徴づけるほどではない。第7番は近接先が複数の作曲家に分散し、次元数を変えても一つの作曲家にまとまらない。
ここで得られたのは、作品単位の近接関係も一部は維持される一方、単純な最近傍集計だけでは安定した結論に至らないということである。
7.5 小括
今回の検証から次の3点が確認できた。第一に、PC1・PC2は約74.75%の分散を説明しており、全体の分布を把握するための要約としては有用である。第二に、個々の楽章の最近傍関係は次元数に敏感であり、特定の組み合わせを強い音楽学的結論に直結させるのは危険である。第三に、作品単位の傾向にも次元数による変化があるため、全50楽章を含めたPCAの感度分析で分布そのものがどう変化するかを確認する価値がある。
8. 総合考察
本稿の分析から、マーラーの音楽的主体を論じるうえで重要な複数の知見が得られた。
第一に、マーラーの全50楽章は、従来の11楽章だけで見た場合より明らかに広い分布を示すが、それでも既存コーパスの他作曲家選定楽章全体よりは集中している(2節)。この集中は単純な狭さではなく、特定の方向へ伸びる異方性の強い分布として現れ、全50楽章に拡張してもこの異方性は維持される。
第二に、作品全体としての一貫性は、各交響曲が同じ状態を反復することによって成立しているのではない。交響曲ごとに重心の位置と内部の広がりの組み合わせが異なり(3節)、第7番や《大地の歌》のように重心は典型的な位置にありながら内部の多様性が大きい作品と、第9番のように重心は特異な位置にありながら内部がまとまっている作品とが共存する。
第三に、他作曲家との重なりは全体として大きいが(4節)、どの作曲家と重なるかは交響曲によって、さらに楽章によって異なる(5〜6節)。初期交響曲は複数の古典派・ロマン派的な点群と関係し、後期の第9・10番は複数の楽章でペッテションの後期作品と近接する。ただし、この近接は二次元への圧縮によって生じている部分が小さくなく(7節)、特にPC1・PC2のみに基づく個別の楽章対応を強い様式的類似性の証拠として扱うことはできない。
これらを総合すると、当初の仮説――作品全体・主要楽章の水準では一定の一貫性が見られる一方、個々の楽章の水準では多様性が現れる――とは整合的な結果が得られたといえる。ただし、今回の比較だけでこの仮説全体が確証されたわけではない。マーラーの一貫性が、異なる状態を取り込みながらそれらを作品全体として統合することに由来するという解釈は、今回の分布構造とは矛盾しないが、これを音楽的主体の存在様式の記述として確定させるには、楽章の機能や時間構造についての音楽学的な解釈をさらに重ねる必要がある。
9. 方法論的注記と再現性
本稿の分析は、既存55楽章コーパスで学習した標準化とPCAの変換を固定し、その変換のもとへマーラー全50楽章を投影するという設計を一貫して採用している。この比較Aの結果は、次に実施される比較B(マーラー全50楽章を組み込んだ94楽章でのPCA再計算)とは明確に区別されるべきものである。比較Bでは主成分の寄与率・ローディングが変わりうるため、両者の結果を直接比較する際には、主成分の符号・順序・ローディングを照合し、必要に応じて軸を対応づける作業が別途必要になる。
再現性の観点からは、既存55楽章の元データからPCAを再計算した結果が既存のPCAスコアと最大絶対誤差約3.6×10⁻¹⁵で一致しており、標準化とPCAの計算条件は正確に再現されている。この検証により、本稿の全ての投影・距離・凸包計算は、既存の55楽章コーパス分析と同一の基盤の上に成り立っていると判断できる。
10. 結論と今後の課題
本稿は、マーラーの全50楽章を既存の55楽章固定PCA空間へ投影することで、作品全体・主要楽章の水準での一貫性と、楽章単位での多様性がどのように両立しているかを検討した。結果は、マーラーの分布が他作曲家と広く重なりながらも相対的に集中した領域を占めること、しかしその領域が単一の均質な様式からではなく異なる重心位置と内部構造を持つ複数の作品群から形成されていること、そして楽章単位の近接関係は次元数に応じて変化するため解釈には慎重さが求められることを示した。
今後の課題は三つに整理できる。第一に、マーラー全50楽章と他作曲家44楽章を合わせた94楽章で旧9指標の標準化とPCAを再計算する感度分析(比較B)に進み、主成分の寄与率とローディングの変化、マーラー全体の重心と分布の異方性、交響曲ごとの重心と内部の広がり、他作曲家の点群との近接関係、そして本稿で見てきた第7番・第9番・第10番・《大地の歌》の位置関係がどの程度維持されるかを比較することである。この比較によって、現在の55楽章PCAで得られた知見のうち、標本構成を変えても維持されるものと、従来の11楽章という選定に依存するものを、より明確に区別できる。
第二に、作品内の広がりを生み出している具体的な楽章と、その楽章配置を旧9指標のローディングと照合し、単なる距離の違いにとどまらず、どの指標の組み合わせが作品内の差を生んでいるのかを検討することである。これにより、座標上の近さから調性力学上の比較へと議論を進められる。
第三に、今回得られた近接関係・分布構造の知見を、楽章の機能や時間構造についての音楽学的な解釈と接続し、マーラーの音楽的主体の存在様式という、より大きな問いへと位置づけ直すことである。本稿で確認された「重心の一貫性と楽章の多様性の共存」という構造は、これまでのマーラー論で検討してきた自己反省的・世界共有型の主体という仮説と矛盾しないが、その解釈を分析結果に先立って決定することは避け、今後の検証に委ねるべきである。




















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