2023年10月29日日曜日

[お知らせ]『配信芸術論』刊行について

 三輪眞弘:監修、岡田暁生:編『配信芸術論』がアルテスパブリッシングより、2023年10月25日に刊行されました。詳細は以下の出版社の公式ページをご覧ください。

https://artespublishing.com/shop/books/86559-282-5/

 


 本ブログ管理者も、2019年4月~2022年3月に実施された京都大学人文科学研究所の共同研究「「システム内存在としての世界」についてのアートを媒介とする文理融合的研究」に参加させて頂いた経緯より、論考「二分心崩壊以後・シンギュラリティ以前の展望から見たライブの可能性」を寄稿させて頂いており、その中でマーラーの音楽についても触れています。更に参考文献に本ブログを含めている他、注において個別に参照している本ブログの記事として、「デイヴィッド・コープのEMI(Experiments in Musical Intelligence)によるマーラー作品の模倣についての覚え書」 および「音楽を一人きりで聴くこと:マーラーの場合」の2つがあり、本ブログの内容とも多くの接点がある内容となっていますので、ご一読頂ければ幸いです。なお三輪眞弘さんの活動については、本ブログの姉妹ブログ、『山崎与次兵衛アーカイブ:三輪眞弘』をご覧ください。(2023.10.19, 20公開, 10.26更新)

MIDIファイルを入力とした分析:マルコフ過程としてのエントロピー計算結果(補遺)創作時期別集計

1.はじめに

 これまで数回に亘って、マーラーの交響曲の各作品毎の和音の状態遷移について、和音ないし和音の遷移パターンの異なり数、パターンの出現確率のエントロピー、マルコフ過程として見た場合のエントロピーの計算を行い、その結果を公開するとともに、計算結果に基づくクラスタ分析や主成分分析を行い、その結果を報告してきました。これまでの集計結果で明らかになったこととして、以下のように創作時期別に傾向に差がある点が挙げられます。

  • 全般的な多様性:後期になると多様性が増大する傾向がある。
  • 状態遷移の深さと多様性の関係:初期作品では深さが深くなるにつれて多様性が増大していくが、後期作品になると浅い状態遷移パターンが既に多様であり、深さに応じた多様性の増大は頭打ちになる傾向にある。
  •  マーラーの作品は決して均質ではなく、更に創作時期によって傾向が変化していくことが明らかになったと思います。そこで本稿では各作品毎ではなく、創作時期別に集計した結果、更にマーラーの交響曲全体での集計結果を報告します。今回の集計結果に対する関心として、複数の作品間でどれくらい和音の状態遷移パターンに重複があるかというのがあります。また交響曲全体での集計を行うことで、謂わばマーラーという作曲家を一つの状態遷移機械(「マーラー・オートマトン」)と見做した場合の振る舞いを把握することにもなると思います。複数の作品間での重複は、例えばパターン/系列長比について見れば、系列長は作品が3つあれば3曲分の単純合計に概ねなるのに対して、パターンが仮に全く同一であるとしたならば、パターン/系列長比は1/3に低下することになります。一方、エントロピーについて言えば、出現するパターンが同一でそれぞれの出現確率も同一であればエントロピーは変わらないので、それらを基準に結果を確認していくことになります。一方で、各作品毎に系列長が異なり、それがエントロピーの値に影響するように、創作時期別にグルーピングをした場合についても、各グループの系列長は同一ではないことがエントロピーの値に影響することを踏まえて結果を確認する必要があります。また各拍毎にパターンを抽出した場合(A)と各小節毎に先頭の拍のパターンを抽出した場合(B)については、(B)の系列長が小節数の累計になるのに対して(A)の系列長は総拍数の累計で、系列長は(A)の方が(B)よりも数倍長くなることが(A)(B)のエントロピーの値の違いに影響することについても同様です。なお、これまでの報告では、エントロピーの計算に際して、吸収的状態を含む等の理由から、そもそも状態遷移マトリクスが構成できない場合も含め、定常状態で収束が起きてエントロピーが0になってしまうケースがしばしば起きて問題になりましたが、今回のように個別の作品毎ではなく、複数の作品の重ね合わせに対して計算を行う場合には、吸収的状態が生じにくくなることが想定されます。(各作品毎の集計の場合には、基本的に各作品がウニカートな存在と見做されるのに対し、今回の場合には、各作品はグルーピングされた集団におけるサンプルに相当することになります。但し、エルゴード性が成立していると見做すことは相変わらずできません。そもそも創作時期によって傾向が変わるということ自体、マーラーの作品についてエルゴード性を仮定できないことを告げており、「マーラー・オートマトン」の挙動はエルゴード的ではありません。)実際に単純マルコフ過程としてのエントロピー計算では、吸収的状態は起きませんでした。一方、以下の報告には含めていませんが、各拍毎のパターンの系列を二重マルコフ過程として計算した場合には、交響曲全体についてエントロピーが0になることを確認しています。

     以下、計算結果に対するコメントはせずに、結果の報告のみを行い、これまでの一連の集計・分析の補遺とさせて頂きます。

    2.分析条件

     単音・重音は対象外(cdnz3)/移置・転回を区別しない(pcl)条件で各拍(A)/各小節頭拍(B)毎に抽出した和音パターンの系列を対象とし、集計は以下のように個別の交響曲ではなく、創作時期別のグループおよび交響曲全体について行いました。
    • 初期作品:第1~4交響曲
    • 中期作品:第5~8交響曲
    • 後期作品:「大地の歌」、第9,10交響曲
    • 交響曲全体:第1~10交響曲、「大地の歌」

     また集計は以下の項目について行いました。

    • 単純マルコフ・エントロピー
    • 深さ0~5の状態遷移パターン出現確率のエントロピー
    • 深さ0~5の状態遷移パターン数
    • 深さ0~5の系列長
    • 深さ0~5の状態遷移パターン数/系列長比

    3.分析結果

    (1)エントロピー

    (A)各拍

    (B)各小節頭拍

    (2)パターン/系列長比

    (A)各拍

    (B)各小節頭拍 


    [付録]アーカイブファイル和音状態遷移_マルコフ過程_エントロピー_マーラー交響曲_時期別.zipの中には以下のファイルが含まれます。

    (A)計算の入力データ

    交響曲全曲(第1~10交響曲、「大地の歌」)

    • all_A_pcl3_frq3.csv:各拍(A)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列に出現する和音パターンの出現頻度の集計結果
    • all_A_pcl3_transition.csv:各拍(A)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
    • all_B_pcl3_frq.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列に出現する和音パターンの出現頻度の集計結果
    • all_B_pcl3_transition.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
    初期交響曲(第1~4交響曲)
    • gm_symA_A_pcl3_frq3.csv:各拍(A)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列に出現する和音パターンの出現頻度の集計結果
    • gm_symA_A_transition.csv:各拍(A)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
    • gm_symA_B_frq.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列に出現する和音パターンの出現頻度の集計結果
    • gm_symA_B_transition.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
    中期交響曲(第5~8交響曲)
    • gm_symB_A_pcl3_frq3.csv:各拍(A)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列に出現する和音パターンの出現頻度の集計結果
    • gm_symB_A_transition.csv:各拍(A)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
    • gm_symB_B_frq.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列に出現する和音パターンの出現頻度の集計結果
    • gm_symB_B_transition.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
    後期交響曲(「大地の歌」、第9,10交響曲)
    • gm_symC_A_pcl3_frq3.csv:各拍(A)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列に出現する和音パターンの出現頻度の集計結果
    • gm_symC_A_transition.csv:各拍(A)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
    • gm_symC_B_frq.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列に出現する和音パターンの出現頻度の集計結果
    • gm_symC_B_transition.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
    (B)計算結果
    • gm_sym_entropy.xlsx:計算結果(初期/中期/後期/交響曲全曲)
      • シートA:各拍(A)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列に関する計算結果
        • 単純マルコフ・エントロピー
        • 深さ0~5の状態遷移パターン出現確率のエントロピー
        • 深さ0~5の状態遷移パターン数
        • 深さ0~5の系列長
        • 深さ0~5の状態遷移パターン数/系列長比
      • シートB:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列に関する計算結果
        • 単純マルコフ・エントロピー
        • 深さ0~5の状態遷移パターン出現確率のエントロピー
        • 深さ0~5の状態遷移パターン数
        • 深さ0~5の系列長
        • 深さ0~5の状態遷移パターン数/系列長比

    [ご利用にあたっての注意] 公開するデータは自由に利用頂いて構いません。あくまでも実験的な試みを公開するものであり、作成者は結果の正しさは保証しません。このデータを用いることによって発生する如何なるトラブルに対しても、作成者は責任を負いません。入力として利用させて頂いたMIDIファイルに起因する間違い、分析プログラムの不具合に起因する間違いなど、各種の間違いが含まれる可能性があることをご了承の上、ご利用ください。

    (2023.10.29公開)

    2023年10月26日木曜日

    MIDIファイルを入力とした分析:状態遷移のエントロピーに基づく分析

    1.はじめに

     これまで幾つかの記事で状態遷移の集計方法の検討、検討内容に基づいた集計結果を公開を行い、次いでまず状態遷移パターンの出現確率に基づくエントロピーを計算した後、マルコフ過程と見做した場合のエントロピーの計算を行い、結果を報告してきました。

     一方、集計結果に基づく分析としては、まず状態遷移パターンの多様性に基づき、従来和音の出現頻度に基づいて実施してきた各種の分析(クラスタ分析・主成分分析)を適用してマーラーの交響曲間・マーラーと他の作曲家の作品間の比較・分類を行った結果を記事:後期マーラーの「挑戦」?:MIDIファイルを入力とした分析:状態遷移パターンの多様性に注目した予備分析において報告しています。

     そこで本記事では、和音の状態遷移の系列をマルコフ過程と見做した場合のエントロピーの計算結果を用いて、マーラーの交響曲間の比較・分類を行った結果を報告します。その際、比較対照のために、パターン数/系列長の比率の計算結果を用いた分析も並行して実施しました。パターン数/系列長の比率の計算結果を用いた分析は上記の通り既に実施・報告済ですが、ここではエントロピーの計算結果に基づく分析との比較対照を目的として、エントロピーの計算に用いたのと同一の抽出条件を用いて作成した和音パターンの遷移系列についてパターン数/系列長の比率の計算を行い、その結果に基づいて、エントロピーの計算結果に対してと同じ分析を実施したので、その結果も併せて報告します。(後述のパターン数/系列長の比率に基づく分析結果と、記事:後期マーラーの「挑戦」?:MIDIファイルを入力とした分析:状態遷移パターンの多様性に注目した予備分析の分析結果を比較して頂ければわかる通り、結果的には両者に大きな違いはなく、特に後期作品(「大地の歌」、第9、第10交響曲)が1グループを形成するという点は共通であることが確認できたことから、予備分析でも確認できた傾向は和音パターンの系列の抽出条件の細かい違いには依らず、比較的安定した特徴であると言えると思います。)

    2.分析条件

    • 入力データ:記事:MIDIファイルを入力とした分析:マルコフ過程としてのエントロピー計算結果で報告した、以下の条件で抽出した和音の系列をマルコフ過程と見做した場合のエントロピーの計算結果およびパターン数/系列長の比率の計算結果を用いました。
      • エントロピー
        • 各拍(A)/単音・重音は対象外(cdnz3)/移置を区別・転回は長短三和音のみ区別(tonic)。二重マルコフ・エントロピーは計算結果には含めてありますが、ほとんどの場合で0だったため、分析の入力には含めていません。
          • 単純マルコフ・エントロピー(markov3_tonic1)
          • 深さ0~4の状態遷移パターン・エントロピー(frq3_tonic0~4)
        • 各拍(A)/単音・重音を含む(cdnz)/移置を区別・転回は長短三和音のみ区別(tonic).。二重マルコフ・エントロピーは計算結果には含めてありますが、ほとんどの場合で0だったため、分析の入力には含めていません。
          • 単純マルコフ・エントロピー(markov_tonic1)
          • 深さ0~4の状態遷移パターン・エントロピー(frq_tonic0~4)
        • 各拍(A)/単音・重音は対象外(cdnz3)/移置・転回を区別せず(pcl)
          • 単純マルコフ・エントロピー(markov3_pcl1)
          • 二重マルコフ・エントロピー(markov3_pcl2)
          • 深さ0~4の状態遷移パターン・エントロピー(frq_pcl0~5)
      • パターン数/系列長比
        • 各拍(A)/単音・重音は対象外(cdnz3)/移置を区別・転回は長短三和音のみ区別(tonic)。
          • 深さ0~4のパターン数/系列長比(3_tonic0~4)
        • 各拍(A)/単音・重音を含む(cdnz)/移置を区別・転回は長短三和音のみ区別(tonic).。
          • 深さ0~4のパターン数/系列長比(tonic0~4)
        • 各拍(A)/単音・重音は対象外(cdnz3)/移置・転回を区別せず(pcl)
          • 深さ0~5のパターン数/系列長比(pcl_d0~5)
    • 分析手法:前回の状態遷移パターンの出現頻度を用いた分析と同様に、階層的クラスタ分析、非階層的クラスタ分析、主成分分析を行いました。階層的クラスタ分析としては、今回はcomplete法とward法の2種類、非階層クラスタ分析はk-means法を用い、Gap統計量に基づいてクラスタ数を指定しました。主成分分析に際しては、今回対象とする特徴量は全て同じ種類ですが、状態遷移の深さが増すと増大する性質を持つため、標準化を行わないと深さの大きいパターンの寄与が大きくなってしまうことが予め予想されたため、標準化を行うモードで分析を行いました。分析はR言語のバージョン 4.3.1をR Studio上で利用して実施しました。
    • 分析対象のデータ:今回はマーラーの交響曲のみ(第1~10交響曲、大地の歌(m1~10, erde):括弧内は以下に示す分析結果におけるラベルを表します。)を対象としました。集計・分析は基本的には曲単位で行いました。

    3.分析結果

    3.1.エントロピーに基づく分析の結果

    (A)クラスタ―分析

    以下に示す通り、complete法、ward法とも同じ分類結果を返しており、更にk-means法での3クラスタへの分割も階層クラスタ―分析の枝の分岐(上位の2つ)に対応しており、分類は安定しているものと考えられます。

    階層クラスタ―分析:complete法


    階層クラスタ―分析:ward法


    非階層クラスタ―分析:k-means法

    クラスタ数はGap統計のシミュレーション結果に基づき決定

    • 第1グループ:第1,第4交響曲
    • 第2グループ:第2,3,5,6,7,8交響曲
    • 第3グループ:大地の歌、第9,10交響曲

              1 2 3

     symA 2 0 2:初期(第1~4交響曲)
     symB 0 0 3:中期(第5~7交響曲)
     symC 0 0 1:第8交響曲
     symD 0 3 0:後期(大地の歌、第9,10交響曲)


     m1   m2   m3   m4   m5   m6   m7   m8 erde   m9  m10 
      1      3      3      1      3      3      3      3      2      2      2 

    (B)主成分分析

    主成分分析のサマリーを確認すると、第3主成分までで累積がほぼ97%であり、それ以下の成分の寄与は実質的にほとんどないことから、第1~3主成分までの結果を取得していますが、全体の2/3が第1主成分、3割弱が第2主成分で残りは数%に過ぎないので、以下では第1、第2主成分のみに絞って見ていくことにします。

                                    PC1    PC2     PC3     PC4     PC5
    Standard deviation     3.6140 2.3668 0.85460 0.55164 0.47722
    Proportion of Variance 0.6531 0.2801 0.03652 0.01522 0.01139
    Cumulative Proportion  0.6531 0.9331 0.96965 0.98487 0.99626

     2種のプロットを見ると、クラスター分析で分割された、第1,4交響曲、後期作品(「大地の歌」、第9,10交響曲)とそれ以外という3つのグループを確認することができます。そこで第1主成分・第2主成分それぞれについて、各グループの特徴を確認していくことにします。

    ggbiplotによる第1・2主成分軸でのプロット

     第1主成分については、第1、第4交響曲がマイナス(-)、後期(「大地の歌」、第9、第10交響曲)が中立(0)、それ以外がプラス(+)という傾向にあると言って良いでしょう。負荷を確認すると、全ての成分がプラスのときにプラスであることから、相対的にエントロピーが大きいかどうかによる分類と考えることができそうです。更に負荷を細かくみると、状態遷移パターンのエントロピーについては、深さが浅い場合の得点に寄与が小さく、深さが深くなった時に得点が高くなる場合に特に第1主成分得点が大きくなることがわかります。そしてこの特徴が該当するのは特に中期の作品であるということが言えそうです。

    第1主成分得点

    第1主成分負荷

    続けて第2主成分ですが、これは後期作品がプラス(+)でそれ以外が第6交響曲がややプラスであることを除くと、概ねマイナス(ー)であることがわかります。負荷を確認すると、これは興味深い特徴を持っています。つまり状態遷移パターンのエントロピー、マルコフ過程としてのエントロピーのいずれについても、深さが浅いものがプラスで深くなるにつれてマイナスになっていく傾向があるものが、この成分の得点が高いことになります。これは予備分析において、遷移パターン数と系列長の比について見た時に、後期作品は浅いところから割合が高くなってしまって、深くなっても頭打ちになるのに対して、特に初期作品では浅いところでの割合は低いのに対して、深くなるにつれて系列数が増えていく傾向にあるという点が確認できましたが、それと類似した傾向であると考えられます。であるとすれば、本分析において、この後結果を報告するパターン数/系列長比に基づく分析でも同様の結果がでることが予想されます。更に第2主成分について興味深いのは、マルコフ・エントロピーが小さい程得点が高くなる傾向に対して、後期作品の得点が高くなっていることで、特に移置・転回を考慮しない系列での二重マルコフ・エントロピーと、特に移置・転回を考慮した系列でのマルコフ・エントロピーについて大きなマイナスの負荷を持っている点が注目されます。この点については、最後の考察で取り上げたいと思います。

    第2主成分得点



    第2主成分負荷


    3.2.パターン数/系列長比に基づく分析の結果

    エントロピーに基づく分析の結果を踏まえて、パターン数/系列長比に基づく分析の結果について見ていきます。

    (A)クラスター分析

    まずクラスタ―分析ですが、2つの階層クラスタ―分析の結果について、後期作品がグループ化される点はエントロピーに基づく分析と共通ですが、それ以外の作品のグルーピングについては入れ替わりが見られること、またcomplete法とward法では第1交響曲の枝分かれの位置が異なることから、やや分類が不安定であることが窺えます。それは非階層クラスタ分析の結果についても言えて、後期作品とそれ以外の2つに分割するのが比較的安定しているようです。とはいえ、後期作品以外のグループでは第1交響曲が稍々孤立気味でありつつ、その他の作品についての枝分かれは共通していて、一定の傾向によって並んでいることが想定されますので、その点を主成分分析によって確認してみることにします。

    階層クラスタ―分析:complete法


    階層クラスタ―分析:ward法




    非階層クラスタ―分析:k-means法

    クラスタ数はGap統計のシミュレーション結果に基づき決定

  • 第1グループ:第1~8交響曲
  • 第2グループ:大地の歌,第9,10交響曲
  •           2 3

     symA 0 4:初期(第1~4交響曲)
     symB 0 3:中期(第5~7交響曲)
     symC 0 1:第8交響曲
     symD 3 0:後期(大地の歌、第9,10交響曲)


     m1   m2   m3   m4   m5   m6   m7   m8 erde   m9  m10 
      2      2      2      2      2      2      2      2      1      1      1 

    (B)主成分分析

    主成分分析のサマリーを確認すると、第1主成分で3/4、第2主成分が2割を占めて、上位2つだけで累積で約95%に達しています。第3主成分まででほぼ99%となり、残りの寄与は1%を切ることから、第3主成分まで得点や負荷のデータを取りましたが、以下では第1主成分・第2主成分のみについて見ていきます。

                                    PC1    PC2     PC3     PC4     PC5

    Standard deviation     3.441 1.8254 0.76159 0.36048 0.25050
    Proportion of Variance 0.740 0.2083 0.03625 0.00812 0.00392
    Cumulative Proportion  0.740 0.9483 0.98455 0.99267 0.99660

    まず2種のプロットを確認すると、左上の象限に後期作品が固まり、原点を挟んで概ね反対側のにその他の作品が広がっている傾向が読み取れます。最も左上には第1交響曲が位置し、次いで第6交響曲が来て、最も右には第4が位置し、その間に第2,第3のグループ、第5,第7,第8のグループが位置しています。主成分毎の軸方向でみた場合には、特に第2主成分については、第1交響曲と第6交響曲が上半分に入っているため、後期作品以外のグループの中でも第2主成分でもって区別することができそうです。

    ggbiplotによる第1・2主成分軸でのプロット

    第1主成分は、第6交響曲が若干外れているものの、巨視的には時代区分に沿って、後期になればなるほど得点が小さくなるという傾向を持っていると言えそうです。負荷を確認すると全ての成分がマイナスですから、第1主成分については、パターン数/系列長比について見た場合、初期から後期にかけて、その比が増大していく傾向にあることが読み取れます。そしてこれは、予備分析においても確認できた点でした。それでは本分析のエントロピーに基づく分析でも確認でき、予備分析でも確認できたもう一つの傾向、状態遷移パターンの深さ方向に沿った変化はどうなっているのでしょうか?以下に見るように、それは第2主成分に明確に現れていることが確認できます。

    第1主成分得点

    第1主成分負荷

    第2主成分得点は、既に二次元プロットで確認した通り、後期3作品以外では、第1、第6交響曲がプラスで、残りの作品はマイナスの得点となっているが、負荷を確認すると、本分析で入力とした3種類の系列抽出条件のそれぞれについて、深さが浅いものの得点が大きく、深さが深いものの得点が小さい程、第二主成分の得点が大きくなるという傾向が鮮明に現れていることが確認できます。従って、予備分析で確認できた傾向および本分析のエントロピーに基づく分析で確認できた傾向は、パターン数/系列長比に基づく分析の結果でも明らかであり、かつそれが、状態遷移パターンの深さに沿ったものであることが明瞭になったように思われます。

    第2主成分得点

    第2主成分負荷


    4.まとめにかえてー予備分析結果との比較ー

     本稿では、状態遷移エントロピーに基づいてマーラーの交響曲の分類や特徴の分析を試みましたが、比較対象のために行ったパターン数/系列長比に基づく分析も含めて、記事:後期マーラーの「挑戦」?:MIDIファイルを入力とした分析:状態遷移パターンの多様性に注目した予備分析の分析において確認できた点が再確認できたように思えます。(尚、具体的な主成分分析結果においては、正負の符号は逆転することがありますが、ここではそのいち一方に固定して記述します。)即ち、
    • 第1主成分:全般的な多様性(+:多様/-:多様でない)
    • 第2主成分:状態遷移の深さと多様性の関係(+:深さに応じて多様性拡大/-:浅いところで既に極限近くまで多様なため、深くなっても多様性が大きくする余地がない)
    この傾向は全ての分析において共通していることが今回の分析の結果によって裏付けられています。そしてこの点をマーラーの交響曲について見た時に、以下の点についても、本分析の結果はそれを裏付けるものであると考えられます。その意味では、多様性を手掛かりにした「後期マーラーの挑戦」は本分析でも確認できたように思います。
    • 全般的な多様性:後期になると多様性が増大する傾向がある。
    • 状態遷移の深さと多様性の関係:後期作品は和音のパターンや浅い状態遷移パターンが多様であり、状態遷移パターンが深くなっても多様性が更に拡大することはないのに対して、その他の交響曲では深くなるのに応じて多様性が拡大する傾向にある。
     それでは本分析固有の結果というのは無く、予備分析の結果の確認に留まるのでしょうか?或る意味ではそうであって、予備分析では分析対象とならなかったエントロピーに基づく分析でも、確認できた傾向は同じものであるには違いありません。その一方で、エントロピーに基づく分析結果の中で指摘したこととして、第2主成分においてマルコフ・エントロピーが小さい程得点が高くなる傾向に対して、後期作品の得点が高くなっていることがあります。特に移置・転回を考慮しない系列での二重マルコフ・エントロピーと、特に移置・転回を考慮した系列でのマルコフ・エントロピーについて大きなマイナスの負荷を持っている点が注目されます。これは状態遷移パターンのエントロピーの傾向とは向きが逆であり、パターン数/系列長比の傾向とも逆になっています。この点について実際にエントロピーの計算結果がどうであったかを確認してみると、実際、後期作品のマルコフ・エントロピーは小さいことがわかります。このことはどのように考えればいいでしょうか?
     予備分析で確認できたことは、特に後期作品ではパターン数/系列長比が深さが浅いところでも非常に高く、9割を超えていること、そのために深さが深くなっても、それに応じて比が更に高くなることが出来ず、寧ろ頭打ちになる傾向が見られるということでした。そこで極端な場合として、出現する全ての状態遷移パターンが1回しか発生しない場合を考えてみます。このとき状態遷移の系列は、いわば一筆書きとなり、最後に出現するパターンが吸収的状態となるだけでなく、途中の系列も実は確定的であり、状態遷移マトリクスの各行を見た場合に、最後に出現する状態が全ての列において0になる以外、他の全ての行について、ある列の確率が1で他の列は0になっている筈です。更にもう一つ、全ての状態を1回ずつ通って最初に戻り無限に循環するパターンを考えてみると、この状態遷移マトリクスは全ての行である列の確率が1、それ以外の列の確率は0となり、エントロピーの計算結果は0になります(経路が一意に決まっているので、これは当然です)。一方、この場合の状態遷移パターンのエントロピーはある系列長で取りうる最大の値になります。
     このようにして出現するパターンは出現しうる極限まで多様になる一方で、状態遷移プロセスは寧ろ確定的になり、ある状態から他の複数の状態に分岐することがなくなっていくことがわかります。またマルコフ過程として見た場合のエントロピーと状態遷移パターンの出現頻度のエントロピーのギャップも明らかになります。そしてこれは人為的な想定ではなく、実際の集計結果を見ても、マーラーの作品の場合、特にその後期作品の場合には、深さが浅い部分でも寧ろこの極限状態に近い状況であることを既に確認しているわけですから、マーラーの後期作品において状態遷移パターンの出現頻度のエントロピーが大きいにも関わらず、マルコフ過程としてのエントロピーが寧ろ小さくなることも説明がつくように思われます。(2023.10.26)


    [付録]アーカイブファイル和音状態遷移_マルコフ過程_エントロピー_マーラー交響曲_拍毎.zip の中には以下のファイルが含まれます。

    (A)計算の入力データ

    サブフォルダ cdnz_tonic_transition

    • *_A_cdnz_tonic.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含む(cdnz)/移置・転回(長短三和音のみ)を区別する(tonic)条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス

    サブフォルダ cdnz_tonic_transition2

    • *_A_cdnz_tonic.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含む(cdnz)/移置・転回(長短三和音のみ)を区別する(tonic)条件の和音パターン系列を二重マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス

    サブフォルダ cdnz_tonic_frq

    • *_A_frq_tonic.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含む(cdnz)/移置・転回(長短三和音のみ)を区別する(tonic)条件の和音パターン系列に出現する和音パターンの出現頻度の集計結果

    サブフォルダ cdnz3_tonic_transition 

    • *_A_cdnz3_tonic.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず(cdnz3)/移置・転回(長短三和音のみ)を区別する(tonic)条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス

    サブフォルダ cdnz3_tonic_transition2 

    • *_A_cdnz3_tonic.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず(cdnz3)/移置・転回(長短三和音のみ)を区別する(tonic)条件の和音パターン系列を二重マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス

    サブフォルダ cdnz3_tonic_frq

    • *_A_frq3_tonic.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず(cdnz3)/移置・転回(長短三和音のみ)を区別する(tonic)条件の和音パターン系列に出現する和音パターンの出現頻度の集計結果

    サブフォルダ cdnz3_pcls_transition

    • *_A_cdnz_tonic.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず(cdnz3/移置・転回を区別しない(pcl)条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス

    サブフォルダ cdnz3_pcls_transition2

    • *_A_cdnz3_pcl2.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず(cdnz3/移置・転回を区別しない(pcl)条件の和音パターン系列を二重マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス

    サブフォルダ cdnz3_pcl_frq

    • *_A_frq_tonic.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず(cdnz3/移置・転回を区別しない(pcl)条件の和音パターン系列をに出現する和音パターンの出現頻度の集計結果

    (B)計算結果・分析の入力データ

    サブフォルダ entropy

    • entropy_A_tonic.xlsx:マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクスに基づくエントロピー計算結果(本分析の入力)
      • 各拍(A)/単音・重音は対象外(cdnz3)/移置を区別・転回は長短三和音のみ区別(tonic)。
        • 単純マルコフ・エントロピー(markov3_tonic1)
        • 二重マルコフ・エントロピー(markov3_tonic2)
        • 深さ0~4の状態遷移パターン・エントロピー(frq3_tonic0~4)
      • 各拍(A)/単音・重音を含む(cdnz)/移置を区別・転回は長短三和音のみ区別(tonic).。
        • 単純マルコフ・エントロピー(markov_tonic1)
        • 二重マルコフ・エントロピー(markov_tonic2)
        • 深さ0~4の状態遷移パターン・エントロピー(frq_tonic0~4)
      • 各拍(A)/単音・重音は対象外(cdnz3)/移置・転回を区別せず(pcl)
        • 単純マルコフ・エントロピー(markov3_pcl1)
        • 二重マルコフ・エントロピー(markov3_pcl2)
        • 深さ0~4の状態遷移パターン・エントロピー(frq_pcl0~5)

    サブフォルダ ratio

    • ratio_tonic_A.xlsx:和音パターンの出現頻度の集計結果に基づくパターンと系列長の比率の集計結果(本分析の入力)
      • 各拍(A)/単音・重音は対象外(cdnz3)/移置を区別・転回は長短三和音のみ区別(tonic)。
        • 深さ0~4のパターン数/系列長比(3_tonic0~4)
      • 各拍(A)/単音・重音を含む(cdnz)/移置を区別・転回は長短三和音のみ区別(tonic).。
        • 深さ0~4のパターン数/系列長比(tonic0~4)
      • 各拍(A)/単音・重音は対象外(cdnz3)/移置・転回を区別せず(pcl)
        • 深さ0~5のパターン数/系列長比(pcl_d0~5)
    (C)分析結果

    サブフォルダ ratio_A:エントロピーに基づく分析結果

    • 入力データ
      •  entropy_tonic_A.csv:分析対象の作品毎の和音パターンのエントロピー
      •  gm_sym_col.csv:対象作品の創作時期に対応した色(主成分得点グラフで使用)
      •  gm_sym_label.csv:対象作品の作品名ラベル
    • 主成分分析結果
      •  eigen.jpeg:固有値のグラフ
      •  prcomp_T.jpeg:主成分分析(scale=T)結果のbiplotグラフ
      •  ggbiplot12.jpeg:主成分分析結果(第1,第2成分)のggbiplotグラフ
      •  ggbiplot23.jpeg:主成分分析結果(第2,第3成分)のggbiplotグラフ
      •  pr_score-[1-3]T.jpeg:主成分得点のbarplotグラフ
      •  prcomp_PC[1-3].jpeg:主成分負荷量のbarplotグラフ
    • 階層クラスタ分析結果
      •  hclust_complete.jpeg:complete法での分類結果
      •  hclust_wardD2.jpeg:ward法での分類結果
    • 非階層クラスタ分析結果
      •  clusGap.jpeg:ギャップ統計量のシミュレーション結果サンプル
      •  kmeans3.csv:kmeans法(クラスタ数=3)での分類結果
      •  kmeans3.jpeg:kmeans法(クラスタ数=3)での分類結果のclusplotグラフ
    • 分析履歴
      •  hist.txt:R言語を用いた分析履歴(Windows版R言語 ver.4.3.1をR studio上で実行)。
      •  主成分分析結果サマリを含む。

    サブフォルダ ratio_A:パターン/系列長比に基づく分析結果
    • 入力データ
      •  ratio_tonic_A.csv:分析対象の和音パターンの作品毎の出現頻度(深さ0~5)
      •  gm_sym_col.csv:対象作品の創作時期に対応した色(主成分得点グラフで使用)
      •  gm_sym_label.csv:対象作品の作品名ラベル
    • 主成分分析結果
      •  eigen.jpeg:固有値のグラフ
      •  prcomp_T.jpeg:主成分分析(scale=T)結果のbiplotグラフ
      •  ggbiplot12.jpeg:主成分分析結果(第1,第2成分)のggbiplotグラフ
      •  ggbiplot23.jpeg:主成分分析結果(第2,第3成分)のggbiplotグラフ
      •  pr_score-[1-3]T.jpeg:主成分得点のbarplotグラフ
      •  prcomp_PC[1-3]T.jpeg:主成分負荷量のbarplotグラフ
    • 階層クラスタ分析結果
      •  hclust_complete.jpeg:complete法での分類結果
      •  hclust_wardD2.jpeg:ward法での分類結果
    • 非階層クラスタ分析結果
      •  clusGap.jpeg:ギャップ統計量のシミュレーション結果サンプル
      •  kmeans2.csv:kmeans法(クラスタ数=6)での分類結果
      •  kmeans2.jpeg:kmeans法(クラスタ数=6)での分類結果のclusplotグラフ
    • 分析履歴
      •  hist.txt:R言語を用いた分析履歴(Windows版R言語 ver.4.3.1をR studio上で実行)。 主成分分析結果サマリを含む。
    • 共通補助データ
      •  gm_sym_col.csv:対象作品の創作時期に対応した色(主成分得点グラフで使用)
      •  gm_sym_label.csv:対象作品の作品名ラベル

    (2023.10.26公開)

    [ご利用にあたっての注意] 公開するデータは自由に利用頂いて構いません。あくまでも実験的な試みを公開するものであり、作成者は結果の正しさは保証しません。このデータを用いることによって発生する如何なるトラブルに対しても、作成者は責任を負いません。入力として利用させて頂いたMIDIファイルに起因する間違い、分析プログラムの不具合に起因する間違いなど、各種の間違いが含まれる可能性があることをご了承の上、ご利用ください。

    MIDIファイルを入力とした分析:マルコフ過程としてのエントロピー計算結果(続)各小節頭拍の場合

      1.はじめに

     前の記事MIDIファイルを入力とした分析:マルコフ過程としてのエントロピー計算結果では、以下の条件で抽出した和音の系列に対し、マルコフ過程と見做した場合のエントロピーの計算結果を報告しました。

    • 各拍(A)/単音・重音は対象外(cdnz3)/移置を区別・転回は長短三和音のみ区別(tonic)
    • 各拍(A)/単音・重音を含む(cdnz)/移置を区別・転回は長短三和音のみ区別(tonic)
    • (比較対照用)各拍(A)/単音・重音は対象外(cdnz3)/移置・転回を区別せず(pcl)

     ここでは、前回の結果との比較対照を目的として、各小節頭拍(B)について同じ条件でデータを抽出してエントロピーの計算を行った結果を報告します。

     なお、本稿についても前回同様、分析結果を報告・公開することを優先させ、結果についての考察は今後の課題とさせて頂きますが、結果について一言だけ言えば、(B)各小節頭拍の場合と(A)各拍の場合とで、全体的な傾向として違いがないことが確認できた一方で、マルコフ過程として見た場合のエントロピ―の計算結果については、個別には平均的な傾向から乖離した場合が確認されました(第10交響曲で各小節頭拍(B)/単音・重音を含む(cdnz)/移置を区別・転回は長短三和音のみ区別(tonic)の場合)が、これが偶然なのか、何らかの意味のある特徴を表すものであるかについては調査・検討が必要と考えます。また、二重マルコフ過程としてみた場合の計算結果が「移置を区別・転回は長短三和音のみ区別(tonic)」の条件では、一部を除いて全て0になるなど、特定の個別の音楽作品(ここではマーラーの交響曲)のようなウニカートな対象をマルコフ過程であると見做すことの妥当性が問題になっているように思われます。(直感的にはエルゴード性が成り立っているとは考えられないので、定常分布を前提とするマルコフ過程のエントロピーを適用するのことにそもそも無理があるように思えます。)とはいえそうした考察は措いて、まずは計算結果を示すことで検討の材料を提供することに意味があると考え、分析結果を報告・公開することにしました。

    2.分析条件

     1.はじめに に記載の通り以下の条件でデータの抽出・エントロピーの計算を行いました。吸収的状態を含み状態遷移マトリクスが作れないケースについてはエントロピー0とはせず、吸収的状態を除去して計算しなおしました(後述する公開データではどの作品が計算しなおしの対象となったかがわかるようにしてあります)。一方で吸収的状態を含まないにも関わらず、定常状態で幾つかの状態に収束する結果となったものについてはそのまま、エントロピー0としています。それぞれについて、単純マルコフ過程とした場合と二重マルコフ過程とした場合について計算しましたが、移置を区別・転回は長短三和音のみ区別(tonic)した条件では、ほとんどの場合にエントロピーが0となったため、公開したデータ中には含めましたが、以下の記事中でのグラフ表示では割愛しています。
    • 各小節頭拍(B)/単音・重音は対象外(cdnz3)/移置を区別・転回は長短三和音のみ区別(tonic)
    • 各小節頭拍(B)/単音・重音を含む(cdnz)/移置を区別・転回は長短三和音のみ区別(tonic)
    • 各小節頭拍(B)/単音・重音は対象外(cdnz3)/移置・転回を区別せず(pcl)

     また分析対象の作品については、今回はマーラーの交響曲11曲に限定しました。

    3.分析結果

     以下、それぞれについて今回計算した各小節頭拍(B)の結果と、前回計算した各拍(A)の結果を対比して示します。

    (1)マルコフ過程として見た場合のエントロピー

    • 単音・重音を除き移置・転回を区別せず・単純マルコフ過程(markov3_pcl1)
    • 単音・重音を除き移置・転回を区別せず・二重マルコフ過程(markov3_pcl2)
    • 単音・重音を除き移置・転回(長短三和音のみ)を区別・単純マルコフ過程(markov3_tonic1)
    • 単音・重音を含み移置・転回(長短三和音のみ)を区別・単純マルコフ過程(markov_tonic1)
    (B)各小節頭拍


    (A)各拍


     なお、(B)各小節頭拍の第4交響曲(m4)の単音・重音を除き移置・転回を区別せず・二重マルコフ過程(markov3_pcl2)での計算結果は、吸収的状態を含むわけではないのですが、定常状態の計算結果が、2つの状態にそれぞれ確率0.5で収束するためエントロピーは0となっています。

    (2)パターン出現頻度のエントロピー
    • 単音・重音を除き移置・転回(長短三和音のみ)を区別(markov3_tonic)
    (B)各小節頭拍(深さ0~4)

    (A)各拍(深さ0~4)


    • 単音・重音を含み移置・転回(長短三和音のみ)を区別(markov_tonic)
    (B)各小節頭拍(深さ0~4)

    (A)各拍(深さ0~4)

    • 各小節頭拍(B)/単音・重音は対象外(cdnz3)/移置・転回を区別せず(pcl)

    (B)各小節頭拍(深さ0~5)

    (A)各拍(深さ0~5)



    (参考1)各系列のパターンと系列長の比率の抽出条件別比較
    • 単音・重音を除き移置・転回(長短三和音のみ)を区別(markov3_tonic)
    (B)各小節頭拍(深さ0~4)

    (A)各拍(深さ0~4)

    • 単音・重音を含み移置・転回(長短三和音のみ)を区別(markov_tonic)
    (B)各小節頭拍(深さ0~4)

    (A)各拍(深さ0~4)

    • 各小節頭拍(B)/単音・重音は対象外(cdnz3)/移置・転回を区別せず(pcl)
    (B)各小節頭拍(深さ0~5)

    (A)各拍(深さ0~5)


    (参考2)各系列のパターンと系列長の比率の深さ別比較(深さ0~4)
    • 深さ0
    (B)各小節頭拍
    (A)各拍

    • 深さ1
    (B)各小節頭拍
    (A)各拍
    • 深さ2
    (B)各小節頭拍

    (A)各拍
    • 深さ3
    (B)各小節頭拍

    (A)各拍
    • 深さ4
    (B)各小節頭拍
    (A)各拍



    [付録] 公開データの内容

    (A)入力データ

    サブフォルダ cdnz_tonic_transition
    • *_B_cdnz_tonic.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含む(cdnz)/移置・転回(長短三和音のみ)を区別する(tonic)条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
    サブフォルダ cdnz_tonic_transition2
    • *_B_cdnz_tonic.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含む(cdnz)/移置・転回(長短三和音のみ)を区別する(tonic)条件の和音パターン系列を二重マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
    サブフォルダ cdnz_tonic_frq
    • *_B_frq_tonic.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含む(cdnz)/移置・転回(長短三和音のみ)を区別する(tonic)条件の和音パターン系列に出現する和音パターンの出現頻度の集計結果
    サブフォルダ cdnz3_tonic_transition 
    • *_B_cdnz3_tonic.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず(cdnz3)/移置・転回(長短三和音のみ)を区別する(tonic)条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
    サブフォルダ cdnz3_tonic_transition2 
    • *_B_cdnz3_tonic.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず(cdnz3)/移置・転回(長短三和音のみ)を区別する(tonic)条件の和音パターン系列を二重マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
    サブフォルダ cdnz3_tonic_frq
    • *_B_frq3_tonic.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず(cdnz3)/移置・転回(長短三和音のみ)を区別する(tonic)条件の和音パターン系列に出現する和音パターンの出現頻度の集計結果
    サブフォルダ cdnz3_pcls_transition
    • *_B_cdnz_tonic.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず(cdnz3/移置・転回を区別しない(pcl)条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
    サブフォルダ cdnz3_pcls_transition2
    • *_B_cdnz3_pcl2.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず(cdnz3/移置・転回を区別しない(pcl)条件の和音パターン系列を二重マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
    サブフォルダ cdnz3_pcl_frq
    • *_B_frq_tonic.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず(cdnz3/移置・転回を区別しない(pcl)条件の和音パターン系列をに出現する和音パターンの出現頻度の集計結果
    (B)出力データ

    サブフォルダ entropy
    • entropy_B_tonic.xlsx:マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクスに基づくエントロピー計算結果
    サブフォルダ ratio
    • ratio_tonic_B.xlsx:和音パターンの出現頻度の集計結果に基づくパターンと系列長の比率の集計結果
    (2023.10.26公開)

    [ご利用にあたっての注意] 公開するデータは自由に利用頂いて構いません。あくまでも実験的な試みを公開するものであり、作成者は結果の正しさは保証しません。このデータを用いることによって発生する如何なるトラブルに対しても、作成者は責任を負いません。入力として利用させて頂いたMIDIファイルに起因する間違い、分析プログラムの不具合に起因する間違いなど、各種の間違いが含まれる可能性があることをご了承の上、ご利用ください。

    2023年10月16日月曜日

    吉田秀和「マーラー」(1973-74)より(2023.10.16更新)

    吉田秀和「マーラー」(1973-74)より(「吉田秀和作曲家論集1」p.151)
    「(...)
     そういうこととならんで、というより、それよりもまず、私は寿命が数えられたと知ったときの人間が、生活を一変するとともに、新しく、 以前よりもっと烈しく、鋭く、高く、深く、透明であってしかも色彩に富み、多様であって、しかも一元性の高い作品を生みだすために、自分のすべてを 創造の一点に集中しえたという、その事実に感銘を受ける。
     こういう人間が、かつて生きていたと知るのは、少なくとも私には、人類という生物の種族への、一つの尊敬を取り戻すきっかけになる。死を前にして、 こういう勇気をもつ人がいたとは、すばらしいことではないかしら?(...)」
    このマーラー論は、私にとっては、日本語で書かれたものとしては最も感銘の深いものである。どういう点に感銘を受けたかについては、 参考文献の紹介のページに既に記したのでここでは繰り返さないが、 「自分がまだやれる間に、私の今の力が許される限りでのマーラーとの決着をつけておく」(p.126)という 決意のもとに書かれた50ページ近いマーラー論は、その決意に見合っただけの充実したものであると感じられる。

    上の文章は、その中でマーラーの後期作品―「大地の歌」、第9交響曲、第10交響曲―を巡って書かれたものであるが、特に最後の一文、これには 付け加えるべき言葉が思いつかない。それでも一言だけ、これはこの文章を出発点として自分が行うべき宿題という意味で、敢えてこの上に何を付け加えることができるのかについて、自分なりに答えるとしたならば、それは「死」だけではなく、「老い」について語ることが、まだ残されているし、それが自分が果たすべき課題であるということだろうか。死を前にして、 こういう勇気をもつ」というのは「老い」の一つの在り方であり、「死」に対してというよりは、(アンチ・エイジングや「不老不死」の追求とは異なって)「老い」に抵抗するのではなく、「老い」を受容し、更にそうすることによって、その向こう側に控えている「死」を受容することによって、生物として人間に課された宿命に対して「反逆」する勇気を持つことに他ならないのだ私は考えている。だからこの文章に対して異を唱えるというのではなしに、寧ろここから出発して、ゲーテ=ジンメルを参照しつつアドルノがマーラーに適用した「後期様式」の概念を導きの糸としつつ、私はマーラーの後期作品を「老い」の相において捉えてみたいと思っている。例えば、トルンスタムの「老年的超越」は、それ自体をそのままマーラーの「後期様式」に適用してしまえるかどうかについて議論の余地があるにしても、マーラーが後期作品において到達した地点を正確に同定する上で重要な参照点になるだろう。加えて言えば、例えば柴田南雄さんが「大地の歌」の演奏に具現されるべきと考えた「東洋的無常感」への架橋すら可能な射程をも「老年的超越」が含んでいる点も指摘しておきたい。(そのための準備作業を、本ブログの別の記事で継続的に行っている(その最初の記事は備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (0)であり、これまでの検討のまとめは、備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (16):ここまでのまとめと補足である)ので、その具体的な内容についてはそちらを参照頂きたい。)

    引用した部分のみを読まれた方は、あるいはこのような「主観的な」発言が評論のかたちで為されたことに、留保をつけたくなるかも知れない。 そういう方は、どうかこの「マーラー」論の全体をお読みいただきたいと思う。決して、ひとりよがりに思いつきで情緒的な発言をしているのではないことが おわかりいただけることだろう。私としては、1973年の時点―私は、まだマーラーに出会ってすらいない―で、 既に日本でこうした発言が為されたことを、それをごく最近まで知らなかった不明を恥じる気持ちとともに、銘記しておこうと思う。

    勿論、この「マーラー論」で展開される各論について個別に異論を唱えることは可能だろうし、すでに30年以上の歳月を経た今日では、 また別の視点が可能だろうとは思う。だが、作者は自分の立ち位置を明確に意識し、マーラーとの距離感を正確に測りながら、 それでも自分をひきつけてやまない対象について、自分の経験に忠実に語っている。 そして恐らくはそれもあって、その内容は今日でも意義を喪っていないし、その説得力もまた些かも損なわれていないように思われる。 否、マーラーが「当たり前」になった近年の方が、かえってマーラーをこのように語ることについては困難になっているようにすら感じられる。

    私は私なりに、マーラーとの決着をつけたいと思っていることもあって、この文章に非常に大きく勇気づけられた。たとえ拙いものになってしまっても、それでもなお上述のように「老い」という視点を加えて上で自分なりの結論を出し、それを自分の言葉でまとめることこそ意義あることのように思えるし、それがこの「マーラー」論に対して、 そして何よりマーラーの人と音楽に対して自分が為しうることなのだと思う。そしてまた、そうするにあたってこの「マーラー」論は、ふらふらと彷徨いがちな 自分にとっての貴重な参照点になると感じている。(2007.7.2, 2023.10.12,16加筆)

    2023年10月12日木曜日

    戦前のニュース映画における第2交響曲の利用について(2023.10.15更新)

      以前、記事「戦前の日本におけるマーラー受容との断絶」において、以下のように記載したことがある。

    (…)これはまだマーラーを聴き始めたばかりの頃であったろうか、戦争中のニュース映画のBGMにマーラーの第1交響曲の第4楽章の冒頭が用いられているのを耳にして驚いた記憶がある。 マーラーがユダヤ人であり、第2次世界大戦中に特にドイツにおいてその音楽が蒙った受難を知らないではなかったから、1941年時点ではまだユダヤ人であるローゼンシュトックがマーラーの「大地の歌」を 初演することができたといった、もう少し微妙な状況についてその時点では知らなかった私には、ドイツの同盟国であったはずの日本で戦争中のニュース映画のBGMにマーラーの 音楽が使われていたというのが腑に落ちなかったのである。(…)

     最近になって、NHKがWebで公開している映像アーカイブ中に、第二次世界大戦中、所謂国策会社としてニュース映画を製作した日本映画社のニュース映画「日本ニュース」(1940年~1945年)が含まれることを知って、上記の記憶を確かめようと思い立ち、6年間、合計264号(ただしアーカイブに保存されているものには若干の欠落があるようだが)のニュースの各記事の冒頭を確認するというやり方で、一通りの確認作業を行ったので、その結果を報告する。

     結論から言えば、第1交響曲第4楽章冒頭が用いられているケースは確認できなかった(とはいえ、各記事の冒頭の音楽を確認するという今回の確認方法に由来する見落としが原因で確認できなかった可能性もあり、飽くまでも今回の調査では見つけられなかったに過ぎない)。確認できたのは第2交響曲のみだが、そのかわりに第2交響曲については、確認できた限りで少なくとも延べ21号、26回(1号の中に複数記事が含まれており、同一号の複数記事で利用されているケースがあったことによる)に亘ってBGMとして利用されていることが確認できた。全体のうちの約1割弱で用いられており、これは偶に使用するといったレベルを超えて、常連・定番のBGMの一つとして頻繁に利用されたと言って良いように思われる。

     利用されている箇所は決まっており、第1楽章の冒頭と第5楽章の冒頭が頻繁に用いられる他、第1楽章展開部冒頭(練習番号4以降)、展開部後半(練習番号15以降、練習番号17あたり、練習番号18以降)、再現部冒頭、第3楽章中間部(練習番号39あたり)、第5楽章練習番号11以降、練習番号14以降、練習番号25あたりの利用を確認している。

     音源については、当時聴くことができた録音が限定されている中で、第2交響曲は、その作品の規模にも関わらず2種類の録音があった筈だが、そのうちの一方(フリート指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団他の演奏のもの)は所謂アコースティック録音であり音質の制約が大きいためだろうか、より新しい、電気録音によるオーマンディ指揮ミネアポリス交響楽団他の演奏が用いられているようだ。もともとマーラーの音楽自体がドイツではナチスによって禁止されていたことを思えば、そもそもマーラーの音楽がプロパガンダの素材として用いられていること自体もさることながら、加えて交戦中の「敵国」での演奏が用いられている点も指摘しておくべきだろうか。但し厳密を期すれば、「日本ニュース」の製作期間の全期間においてアメリカが「敵国」であったわけではなく、太平洋戦争前の米国の動向に関する報道も少なからず含まれているし、ドイツとの関係にしても、日独伊三国同盟の締結は「日本ニュース」開始後である1940年9月で、当然ニュースの報道内容にも含まれているのであるが、その点を踏まえたとしても尚、オーマンディ・ミネアポリス交響楽団のマーラーの交響曲の演奏が、特に太平洋戦争開始後の報道で頻繁に使用されているという点は事実であることを指摘しておきたい。(なお序でに言えば、1940年頃にはミトロプーロスとミネアポリス交響楽団が第1交響曲の録音をしており、レコードとしてリリースされていた筈なので、私の記憶に残っている第1交響曲(の第4楽章)についても、今回の調査で見落とされた箇所で用いられているか、或いは戦前の別のニュース映画で使用されていた可能性(更には、戦後の早い時期に、戦争中を回顧する映像の中で用いられていた可能性)は残るが、この点については後日を期することにしたい。)

     「日本ニュース」は1940年から始まり、敗戦後も1945年中は製作されてその年末の264号で終了したが、マーラーの音楽の使用はいきなり1940年6月の第1号で行われた後はしばらく間が空いて、太平洋戦争開始後の1942年になると年に数回の頻度で使用され、最後の1945年4月封切の第249号まで続くが、その間1943年12月7日の第183号では、幾つかある記事の全てで利用されているのが目につくだろうか。

     どのような内容の記事で用いられているかについても一定の傾向があるように思われたが、それは具体的に以下に掲げる記事一覧を確認すれば自ずと浮かび上がってくるものであろうから、コメントは控え、一先ずは確認できた事実の記載に留めたい。

     以下、確認できた箇所をリンク付きで示す。(リンクを踏むとNHKのアーカイブに移動する。)日付はクレジッドされたものに依拠している(まだテレビは無いから映画館で公開されたものであり、従ってニュースではあるが放送日のようなものが定義できるわけではない点に留意されたい)。また使用箇所は厳密なものではなく、大まかな目安として捉えて頂きたい。


    (2023.10.12公開, 13更新, 15集計ミス訂正)


    2023年10月2日月曜日

    MIDIファイルを入力とした分析:マルコフ過程としてのエントロピー計算結果

     1.はじめに

     これまで記事:MIDIファイルを入力とした分析の準備(3):状態遷移の集計手法の検討と集計結果の公開MIDIファイルを入力とした分析の準備(4):状態遷移の集計結果の公開(続き)およびMIDIファイルを入力とした分析の準備(6):状態遷移の集計結果の公開(補遺その2)にて、状態遷移の集計方法の検討、検討内容に基づいた集計結果を公開を行い、更に本格的な分析の予備作業として、状態遷移パターンの多様性についての確認と簡単な分析を行った結果を記事:後期マーラーの「挑戦」?:MIDIファイルを入力とした分析:状態遷移パターンの多様性に注目した予備分析において報告したあと、集計した状態遷移パターンの出現確率についての分析結果をMIDIファイルを入力とした分析:状態遷移パターンの出現確率に注目した予備分析で報告しました。

     そこではまず、マルコフ過程としてのエントロピーの計算の前に、和音の出現確率(状態遷移パターンとしてみた場合には深さ=0に相当)、状態遷移パターンの出現確率のエントロピーを計算した後、マルコフ過程としてみた場合のエントロピーの計算を行ったのでしたが、その過程で気づいたこととして、以下の2点が挙げられます。

    • 分析対象の系列の抽出条件の問題。計算対象として、移置・転回を区別しない3和音以上の和音(ピッチクラスの集合)のパターン(例えば「長三和音形」)のみを状態とし、休止・単音・重音の拍はスキップし、同じ和音パターンの連続もスキップした系列を用いており、機能的には異なる和声として区別されるべきものを区別しておらず、通常、楽曲分析において楽典の知識を有する分析者が抽出する和声進行とはかなり異なったものを対象としていることになります。
    • 吸収的状態の問題。マルコフ過程のエントロピーは状態遷移マトリクスの各行の状態の確率分布のエントロピーをその状態の定常状態における発生確率で乗じたものの総和として定義されますが、吸収的状態を含む場合、定常状態を計算すると吸収的状態に確率1で収束し、他の全ての状態の確率は0になるため、結果としてエントロピーは0になってしまうため、作品の特徴を分析するための手段としては意味がなくなってしまいます。なお吸収的状態以外でも、例えば最後に最初の状態に戻り、その間に各状態が一度だけ生じるような系列も、状態遷移の仕方は一通りに固定されることになるので、やはりエントロピーは0になってしまいます。

    後者については、無限の系列の一部が観測されたものとしてサンプルを扱うマルコフ過程の前提が、決定した有限の長さの系列を持ち、特にその最後の系列に特徴を持ったパターン(「カデンツ」)が出現することも珍しくない過去の或る特定の文化的伝統に属する音楽作品にそぐわないという見方も可能で、その限りでは寧ろ本質的な問題ですが、技術的には吸収的状態を取り除いてエントロピーを計算することが可能です。一方前者に対しては、既に状態遷移の集計結果を報告している、移置や転回を区別したパターンの系列を対象とすることが考えられます。

     そこで本稿では分析対象の系列として、MIDIファイルを入力とした分析の準備(4):状態遷移の集計結果の公開(続き)で報告したもののうち、以下の条件で抽出したものを用いて単純マルコフ過程として見た場合のエントロピーの計算結果を報告します。

    • 各拍頭(A)/単音・重音は対象外(cdnz3)/移置を区別・転回は長短三和音のみ区別(tonic)
    • 各拍頭(A)/単音・重音を含む(cdnz)/移置を区別・転回は長短三和音のみ区別(tonic)
     なお、本稿についての分析結果を報告・公開することを優先させ、結果についての考察は今後の課題とさせて頂きます。

    2.分析条件

    上記を踏まえ、以下のようにレイアウトした分析を行うことにしました。

    対象とするデータ:上記の通り、各拍頭(A)/移置を区別・転回は長短三和音のみ区別(tonic)で、単音・重音を対象とするか否かについては両方の系列を集計対象としました。ところでパターンのコーディングの検討の際に述べたように、移置は相対的なものであり、例えば基準の位置が異なっても同じように五度上に移る場合には同じパターンとして判定されすべきですが、そうなると状態遷移の前のパターンは移置の情報を含まず、後のパターンが相対的な移動量を表現することになり、正方行列でなくてはならない状態遷移マトリクスが構成できません。今回、マルコフ過程としてのエントロピーを計算する対象とするにあたり、この問題については以下のように対処しました。 
     例として深さ1のケースを取り上げると、状態遷移パターンは既報の集計では以下のようになります。

    (現在のパターン)→(次のパターン+現在基準の移置の情報)

    状態遷移マトリクスは

    (現在のパターン+前基準の移置の情報)×(次のパターン+現在基準の移置の情報)

    のように構成されるべきですが、既述の通り、現在の和音パターンは移置の情報を含まないため、このままでは状態遷移マトリクスが構成できません。そこで一つ深い、深さ=2の集計結果を用いて、以下のようにパターンを集計し直します。

    (前のパターン1)→(現在のパターン+前基準の移置の情報)→(次のパターン+現在基準の移置の情報)
    (前のパターン2)→(現在のパターン+前基準の移置の情報)→ (次のパターン+現在基準の移置の情報)
    (前のパターンn)→(現在のパターン+前基準の移置の情報)→ (次のパターン+現在基準の移置の情報)

    ⇒(現在のパターン+前基準の移置の情報)→(次のパターン+現在基準の移置の情報)

    つまり前の和音パターンの如何に依らず、現在のパターンの前基準の移置の情報のみに注目し、同じ移置により同じ和音パターンに遷移する遷移パターンを同一のパターンとして集計することにより、

    (現在の和音パターン+前基準の移置の情報)×(次の和音パターン+現在基準の移置の情報)

    という状態遷移マトリクスを構成できる状態遷移パターンを集計し直し、これを入力としてエントロピーの計算を行いました。

    分析手法:エントロピー計算は、前回同様R言語でライブラリ(entropy)とマルコフ過程用のライブラリ(markovchain)を用いて対数の底は2(log2)の場合について計算しました。マルコフ過程のエントロピーの計算で必要となる定常分布の計算にはmarokovchainライブラリのsteadyStates関数を用いました。steadyStatesには状態遷移マトリクスを渡す必要がありますが、これは上記の対象とするデータの項に記載した集計結果から事前に計算したものを用いました。(本稿末で公開しているデータに含めてあります。)状態遷移マトリクスが吸収的状態を含む場合、定常状態は吸収的状態に収束してしまい、確率は吸収的状態のみ1で他の状態は0となって、結果としてエントロピーは1となり、意味のある計算ができなくなりますが、この場合には、吸収的状態を取り除いてエントロピーの計算を行いました。また既述の通り、今回入力として用いた状態遷移パターンはこれまでに報告したものとは異なりますので、参考までに状態遷移パターンの出現頻度のエントロピー及びパターン数の系列長に対する比率についても改めて計算し直しています。出現頻度のエントロピーの計算方法は前回と同様で、状態遷移パターンの出現頻度の配列をentropy関数に渡すだけです。

    分析対象のデータ:これまでの分析で大まかな傾向が掴めてきたことから、マーラーの作品との対比にフォーカスし、分析対象を以下の30曲に絞り込みました。(括弧内は以下に示す分析結果におけるラベルを表します。)集計・分析は基本的には曲単位で行いました。

      • マーラー:第1~10交響曲、大地の歌(m1~10, erde)
      • ブラームス:第1,2,3,4交響曲(jb1,2,3,4)
      • ブルックナー:第5,7,8,9交響曲,第9交響曲フィナーレ断片つき(ab5,7,8,9,9f)
      • フランク:交響的変奏曲、交響曲 (cfsymvar,  cfsym)
      • ラヴェル:左手のための協奏曲、ピアノ協奏曲ト調、優雅で感傷的な円舞曲、ダフニスとクロエ第2組曲 (mr_lpc, mr_pc, mr_vns, mr_dcl)
      • シベリウス:第2,7交響曲、タピオラ (js2,7, jsTapiola)
      • タクタキシヴィリ:ピアノ協奏曲第1番 (ot)  


    3.分析結果

    (1)マルコフ過程として見た場合のエントロピー

    比較対照のために、単音・重音を除き移置・転回を区別しない和音パターン(pcl)の系列を単純マルコフ過程と看做した場合のエントロピー(markov3_pcl0)、二重マルコフ過程と看做した場合のエントロピーを(markov3_pcl1)を今回用いた以下の系列2種とともにグラフ化したものを以下に示します。

    • 単音・重音を除き移置・転回(長短三和音のみ)を区別(markov3_tonic)
    • 単音・重音を含も移置・転回(長短三和音のみ)を区別(markov_tonic)


    (2)マルコフ過程としてのエントロピーとパターンの出現頻度のエントロピーの対比
    • 単音・重音を除き移置・転回(長短三和音のみ)を区別(markov3_tonic)

    • 単音・重音を含み移置・転回(長短三和音のみ)を区別(markov_tonic)

    (参考1)パターンと系列長の比率
    • 単音・重音を除き移置・転回(長短三和音のみ)の区別なし(深さ0~5)

    • 単音・重音を除き移置・転回(長短三和音のみ)を区別(深さ0~4)

    • 単音・重音を含み移置・転回(長短三和音のみ)を区別(深さ0~4)


    (参考2)各系列のパターンと系列長の比率の深さ別比較(深さ0~4)





    [付録] 公開データの内容
    和音状態遷移_マルコフ過程_エントロピー.zip には以下のファイルが含まれます。

    (A)入力データ

    サブフォルダ cdnz_tonic_transition
    • *_A_cdnz_tonic.csv:各拍頭(A)/単音・重音を含む(cdnz)/移置・転回(長短三和音のみ)を区別する(tonic)条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
    サブフォルダ cdnz3_tonic_transition 
    • *_A_cdnz3_tonic.csv:各拍頭(A)/単音・重音を含まず(cdnz3)/移置・転回(長短三和音のみ)を区別する(tonic)条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
    サブフォルダ cdnz_tonic_frq
    • *_A_frq_tonic.csv:各拍頭(A)/単音・重音を含む(cdnz)/移置・転回(長短三和音のみ)を区別する(tonic)条件の和音パターン系列に出現する和音パターンの出現頻度の集計結果
    サブフォルダ cdnz3_tonic_frq
    • *_A_frq3_tonic.csv:各拍頭(A)/単音・重音を含まず(cdnz3)/移置・転回(長短三和音のみ)を区別する(tonic)条件の和音パターン系列に出現する和音パターンの出現頻度の集計結果
    サブフォルダ pcls_transition2
    • *_A_cdnz3_pcl2.csv:各拍頭(A)/単音・重音を含まず(cdnz3/移置・転回を区別しない(pcl)条件の和音パターン系列を二重マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
    (B)出力データ

    サブフォルダ entropy
    • entropy_tonic.xlsx:マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクスに基づくエントロピー計算結果
    • markov_entropy.jpg:マルコフ過程として見た場合のエントロピーの比較グラフ
      • 各拍頭(A)//単音・重音を含まず(cdnz3/移置・転回を区別しない(pcl)条件の単純マルコフ過程としてのエントロピーと二重マルコフ過程としてのエントロピー
      • 各拍頭(A)/単音・重音を含む(cdnz)/移置・転回(長短三和音のみ)を区別する(tonic)条件の和音パターン系列について単純マルコフ過程としてのエントロピー
      • 各拍頭(A)/単音・重音を含まず(cdnz)/移置・転回(長短三和音のみ)を区別する(tonic)条件の和音パターン系列について単純マルコフ過程としてのエントロピー
    • pattern_entropy.jpg:各拍頭(A)/単音・重音を含む(cdnz)/移置・転回(長短三和音のみ)を区別する(tonic)条件の和音パターン系列について単純マルコフ過程として見た場合と状態遷移パターン(深さ0~4)を比較したグラフ
    • pattern_entropy3.jpg:各拍頭(A)/単音・重音を含まず(cdnz3)/移置・転回(長短三和音のみ)を区別する(tonic)条件の和音パターン系列について単純マルコフ過程として見た場合と状態遷移パターン(深さ0~4)を比較したグラフ

    サブフォルダ ratio
    • ratio_tonic.xlsx:和音パターンの出現頻度の集計結果に基づくパターンと系列長の比率の集計結果
    • pattern_ratio_pcl.jpg:各拍頭(A)/単音・重音を含まず(cdnz3/移置・転回を区別しない(pcl)条件の和音パターンと系列長の比率(深さ0~5)
    • pattern_ratio_tonic.jpg:各拍頭(A)/単音・重音を含む(cdnz)/移置・転回(長短三和音のみ)を区別する(tonic)条件の和音パターンと系列長の比率(深さ0~4)
    • pattern_ratio_tonic3.jpg:各拍頭(A)/単音・重音を含まず(cdnz3)/移置・転回(長短三和音のみ)を区別する(tonic)条件の和音パターンと系列長の比率(深さ0~4)
    • pattern_ratio[0-5].jpg:各条件の和音パターンと系列長の比率を深さ別に比較したグラフ
    (2023.10.2公開)

    [ご利用にあたっての注意] 公開するデータは自由に利用頂いて構いません。あくまでも実験的な試みを公開するものであり、作成者は結果の正しさは保証しません。このデータを用いることによって発生する如何なるトラブルに対しても、作成者は責任を負いません。入力として利用させて頂いたMIDIファイルに起因する間違い、分析プログラムの不具合に起因する間違いなど、各種の間違いが含まれる可能性があることをご了承の上、ご利用ください。