1.はじめに
これまで数回に亘って、マーラーの交響曲の各作品毎の和音の状態遷移について、和音ないし和音の遷移パターンの異なり数、パターンの出現確率のエントロピー、マルコフ過程として見た場合のエントロピーの計算を行い、その結果を公開するとともに、計算結果に基づくクラスタ分析や主成分分析を行い、その結果を報告してきました。これまでの集計結果で明らかになったこととして、以下のように創作時期別に傾向に差がある点が挙げられます。
全般的な多様性:後期になると多様性が増大する傾向がある。 状態遷移の深さと多様性の関係:初期作品では深さが深くなるにつれて多様性が増大していくが、後期作品になると浅い状態遷移パターンが既に多様であり、深さに応じた多様性の増大は頭打ちになる傾向にある。
マーラーの作品は決して均質ではなく、更に創作時期によって傾向が変化していくことが明らかになったと思います。そこで本稿では各作品毎ではなく、創作時期別に集計した結果、更にマーラーの交響曲全体での集計結果を報告します。今回の集計結果に対する関心として、複数の作品間でどれくらい和音の状態遷移パターンに重複があるかというのがあります。また交響曲全体での集計を行うことで、謂わばマーラーという作曲家を一つの状態遷移機械(「マーラー・オートマトン」)と見做した場合の振る舞いを把握することにもなると思います。複数の作品間での重複は、例えばパターン/系列長比について見れば、系列長は作品が3つあれば3曲分の単純合計に概ねなるのに対して、パターンが仮に全く同一であるとしたならば、パターン/系列長比は1/3に低下することになります。一方、エントロピーについて言えば、出現するパターンが同一でそれぞれの出現確率も同一であればエントロピーは変わらないので、それらを基準に結果を確認していくことになります。一方で、各作品毎に系列長が異なり、それがエントロピーの値に影響するように、創作時期別にグルーピングをした場合についても、各グループの系列長は同一ではないことがエントロピーの値に影響することを踏まえて結果を確認する必要があります。また各拍毎にパターンを抽出した場合(A)と各小節毎に先頭の拍のパターンを抽出した場合(B)については、(B)の系列長が小節数の累計になるのに対して(A)の系列長は総拍数の累計で、系列長は(A)の方が(B)よりも数倍長くなることが(A)(B)のエントロピーの値の違いに影響することについても同様です。なお、これまでの報告では、エントロピーの計算に際して、吸収的状態を含む等の理由から、そもそも状態遷移マトリクスが構成できない場合も含め、定常状態で収束が起きてエントロピーが0になってしまうケースがしばしば起きて問題になりましたが、今回のように個別の作品毎ではなく、複数の作品の重ね合わせに対して計算を行う場合には、吸収的状態が生じにくくなることが想定されます。(各作品毎の集計の場合には、基本的に各作品がウニカートな存在と見做されるのに対し、今回の場合には、各作品はグルーピングされた集団におけるサンプルに相当することになります。但し、エルゴード性が成立していると見做すことは相変わらずできません。そもそも創作時期によって傾向が変わるということ自体、マーラーの作品についてエルゴード性を仮定できないことを告げており、「マーラー・オートマトン」の挙動はエルゴード的ではありません。)実際に単純マルコフ過程としてのエントロピー計算では、吸収的状態は起きませんでした。一方、以下の報告には含めていませんが、各拍毎のパターンの系列を二重マルコフ過程として計算した場合には、交響曲全体についてエントロピーが0になることを確認しています。
以下、計算結果に対するコメントはせずに、結果の報告のみを行い、これまでの一連の集計・分析の補遺とさせて頂きます。
2.分析条件
- 初期作品:第1~4交響曲
- 中期作品:第5~8交響曲
- 後期作品:「大地の歌」、第9,10交響曲
- 交響曲全体:第1~10交響曲、「大地の歌」
また集計は以下の項目について行いました。
- 単純マルコフ・エントロピー
- 深さ0~5の状態遷移パターン出現確率のエントロピー
- 深さ0~5の状態遷移パターン数
- 深さ0~5の系列長
- 深さ0~5の状態遷移パターン数/系列長比
3.分析結果
(1)エントロピー
(B)各小節頭拍
[付録]アーカイブファイル和音状態遷移_マルコフ過程_エントロピー_マーラー交響曲_時期別.zipの中には以下のファイルが含まれます。
(A)計算の入力データ
交響曲全曲(第1~10交響曲、「大地の歌」)
- all_A_pcl3_frq3.csv:各拍(A)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列に出現する和音パターンの出現頻度の集計結果
- all_A_pcl3_transition.csv:各拍(A)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
- all_B_pcl3_frq.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列に出現する和音パターンの出現頻度の集計結果
- all_B_pcl3_transition.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
- gm_symA_A_pcl3_frq3.csv:各拍(A)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列に出現する和音パターンの出現頻度の集計結果
- gm_symA_A_transition.csv:各拍(A)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
- gm_symA_B_frq.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列に出現する和音パターンの出現頻度の集計結果
- gm_symA_B_transition.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
- gm_symB_A_pcl3_frq3.csv:各拍(A)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列に出現する和音パターンの出現頻度の集計結果
- gm_symB_A_transition.csv:各拍(A)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
- gm_symB_B_frq.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列に出現する和音パターンの出現頻度の集計結果
- gm_symB_B_transition.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
- gm_symC_A_pcl3_frq3.csv:各拍(A)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列に出現する和音パターンの出現頻度の集計結果
- gm_symC_A_transition.csv:各拍(A)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
- gm_symC_B_frq.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列に出現する和音パターンの出現頻度の集計結果
- gm_symC_B_transition.csv:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列を単純マルコフ過程として見た場合の状態遷移マトリクス
- gm_sym_entropy.xlsx:計算結果(初期/中期/後期/交響曲全曲)
- シートA:各拍(A)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列に関する計算結果
- 単純マルコフ・エントロピー
- 深さ0~5の状態遷移パターン出現確率のエントロピー
- 深さ0~5の状態遷移パターン数
- 深さ0~5の系列長
- 深さ0~5の状態遷移パターン数/系列長比
- シートB:各小節頭拍(B)/単音・重音を含まず/移置・転回を区別しない条件の和音パターン系列に関する計算結果
- 単純マルコフ・エントロピー
- 深さ0~5の状態遷移パターン出現確率のエントロピー
- 深さ0~5の状態遷移パターン数
- 深さ0~5の系列長
- 深さ0~5の状態遷移パターン数/系列長比
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(2023.10.29公開)
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