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2026年1月24日土曜日

自由エネルギー原理による老化と後期様式の統合的理解に向けて:マーラー第9交響曲の解釈(上)

 

要旨

本論文は、カール・フリストンの自由エネルギー原理を理論的基盤として、生物学的老化現象と芸術における後期様式を統一的に理解する新たな枠組みを提示する。特に、生物システムにおける「ロバストネスの変移と崩壊」としての老化定義を、予測システムの変容として形式化し、さらに「老いの意識」を推論の様式の変容として記述する。この理論的枠組みを、ゲオルク・ジンメルの老齢芸術論(特に「現象からの退去」概念)、テオドール・アドルノの後期様式論、そしてアルノルト・シェーンベルクの同時代的証言と統合することで、グスタフ・マーラーの第9交響曲における形式の問題に新たな光を当てる。特に重要なのは、マーラーの一貫した唯名論的創作態度の中で、壮年期(第6交響曲)と後期(第9交響曲)における形式との向き合い方の質的変容を明らかにし、シェーンベルクが「プラハ講演」で指摘した「客観性」とジンメルの「主観の在り方が形式となる」という洞察が矛盾せず、むしろ後期様式における主観の脱中心化という同一の達成を異なる角度から証言していることを論証する点である。

キーワード:意識、老化、老いの意識、ホメオスタシス、グスタフ・マーラー、自由エネルギー原理、シェーンベルク、ロバストネス、アドルノ、交響曲第9番、時間意識、システム論、エドワード・サイード、ジンメル、予測符号化、時間性、交響曲第6番、後期様式、フリストン、意識の音楽、後期様式、現象からの退去、今井眞一郎、マルコフブランケット


1. 序論

1.1 問題の所在

芸術史において「後期様式」(Spätstil)は、創作者の生涯最晩年における作品に現れる独特の様式的特徴を指す概念として論じられてきた。ゲオルク・ジンメルは老齢における人生の形式と内容の関係変容を、特にゲーテにおける「現象からの退去」として、テオドール・アドルノはベートーヴェン晩年作品における「主観性と慣習の不調和」を、エドワード・サイードは「非和解性」と「時宜を得なさ」を、それぞれ後期様式の本質として提示した(ジンメル, 1918; アドルノ, 1937; サイード, 2006)。

グスタフ・マーラー(1860-1911)の後期作品、特に《大地の歌》(1908-09)、交響曲第9番(1909-10)、そして未完の第10番は、音楽史において独特の位置を占めている。これらの作品に見られる形式の扱いは、従来の交響曲の伝統からの逸脱として、あるいは作曲家の死を予感させる「白鳥の歌」として解釈されてきた。しかし、こうした解釈は往々にして印象批評の域を出ず、マーラーの後期様式における形式の問題を理論的に把握する試みは十分になされてこなかった。

特に重要なのは、アルノルト・シェーンベルクが「プラハ講演」(1915) において第9交響曲について指摘した「客観性」の問題である。シェーンベルクは、この作品において「もはや一人称的音調ではない」「客観的な、ほとんど情熱というものを欠いた証言」を認めた。一見すると、この客観性は「主観の在り方がそのまま形式となる」というジンメルの洞察と矛盾するように見える。

他方、老年学における老化研究は、分子レベルから個体レベルまで多層的に進展しているが、主観的経験としての「老いの意識」や、創造的活動における老いの現れという問題には十分に取り組んでこなかった。生物学的老化現象と芸術における後期様式との理論的接続は試みられてこなかった。

1.2 本論文の目的と方法

本論文は、カール・フリストンの自由エネルギー原理(Free Energy Principle)を理論的基盤として、以下の四層構造で議論を展開する:

  1. 生物学的老化の予測理論的記述:システム論的老化定義を自由エネルギー原理で形式化

  2. 老いの意識の現象学的-計算論的分析:主観的経験としての老いを階層的ベイズ推論の様式変容として記述

  3. 後期様式理論の統合:ジンメル、アドルノ、シェーンベルクの洞察を自由エネルギー原理の枠組みで統一的に理解

  4. 音楽作品への適用:マーラー第9交響曲の形式構造を、第6交響曲との比較を通じて、後期様式の具体例として分析

この統合的アプローチにより、生物学、認知科学、美学、音楽学を架橋する新たな理論的地平を開くことを目指す。

1.3 自由エネルギー原理の概要

自由エネルギー原理は、生物システムが環境との境界(マルコフブランケット)を維持しながら自己組織化を保つメカニズムを、ベイズ推論の枠組みで説明する統一理論である(Friston, 2010)。中核的主張は、生物が「自由エネルギー」---予測と感覚入力の乖離の上限---を最小化することで、驚き(サプライズ)を最小化し、存在を維持するというものである。

この理論において重要な概念は:

  • 生成モデル(generative model):システムが世界について持つ階層的予測構造

  • 予測誤差(prediction error):予測と実際の感覚入力との差異

  • 精度(precision):予測や予測誤差の信頼性の重み付け

  • マルコフブランケット:システムと環境を分ける機能的境界

  • 先行信念(prior beliefs):経験に先立つ予測の構造

2. 老化の自由エネルギー原理的記述

2.1 システム論的老化定義の再検討

本論文が出発点とするのは、今井眞一郎による以下のシステム論的老化定義である(今井, 2021, pp.229-30):

「(…)以上のように、老化という現象には、「階層構造」と「時間」のファクターが組み合わさり、時間軸方向には決定論的にふるまうが、ある時間の断面では確率論的である、という複雑な性質があります。このような複雑な現象を示すシステムとして生物をみた場合に、老化の本質はいったいどのようなものと考えられるのでしょうか。(…)システムの特徴の一つに、「ロバストネス」(頑健性)」という工学用語で表されるものがあります。生物学的な用語でいえば「ホメオスタシス(恒常性)」となるでしょう。(…)システム全体に負荷がかかった場合でも、それを元の状態に戻そうとする能力、それが「ロバストネス」なのです。(…)こうした議論をとおして北野所長とたどり着いた考えは、「老化」は、ロバストネスが変移して、最終的に崩壊する」過程であるというものでした。つまり老化の定義は、「生物がもつロバストネスの変移と崩壊」だと。単なる崩壊ではなく、「変移と崩壊」というところに注目してください。歳を取っても人の体はロバストなのです。(…)ロバストであることに変わりはありませんが、定常の位置が推移していきます。だんだんずれていって、最後に全体としてシステムのロバストネスを保つことができなくなるとついにシステムが崩壊する、つまり「死」に至る、ということになります。」(今井眞一郎『開かれれたパンドラの箱 老化・寿命研究の最前線』, 朝日新聞出版, 2021, pp.229-30)

この定義の鍵概念は:

  • ロバストネス/ホメオスタシス:外乱に対してシステムを元の状態に戻す能力

  • 変移(transition):定常状態の位置が徐々に推移すること

  • 崩壊(collapse):システム全体が維持不可能になること

今井は、システム生物学者の北野宏明との議論を通じて、この定義に到達したと述べている。この定義の重要性は、老化を単なる機能低下や損傷の蓄積としてではなく、動的なシステムの性質の変化として捉えている点にある。

2.2 自由エネルギー最小化とホメオスタシス

自由エネルギー原理において、ホメオスタシスは自由エネルギー最小化の特殊事例として理解される。生物システムは、予測と感覚入力の乖離を最小化することで、生理学的変数を一定範囲に保つ。

命題1:ロバストネスは、広範な摂動に対して自由エネルギーを低く保つ能力として定義できる。

なお、本論文において用いられる「命題」という形式は、 数理科学や自然科学における公理系や検証可能な仮説を意味するものではない。 これらの命題は、自由エネルギー原理を理論的基盤として、 生物学的老化、主観的意識経験、芸術的後期様式という異なる領域を 同一の概念枠組みのもとで連結するための、 形式的定義、理論的テーゼ、および解釈仮説を含む概念的定式化である。

したがって本論文の目的は、これらの命題を実証的に検証することではなく、 老化と後期様式をめぐる諸現象を、 自由エネルギー原理という統一的視座から整合的に理解可能にする理論的条件を明示することにある。

若い生物システムは:

  • 柔軟な生成モデルを持ち、多様な状況に適応できる

  • 予測誤差を効率的に最小化する機構を持つ

  • 精度推定が正確であり、適切な注意配分が可能

2.3 老化における三層の変容

老化は以下の三層で進行する:

2.3.1 先行信念の変移(事前分布のドリフト)

  • 若い頃の「定常状態」を規定する先行信念(prior beliefs)が、徐々に変化する

  • システムが「期待する」生理学的・認知的状態が推移する

  • これが「ロバストネスの変移」に対応する

  • 重要な点:これは単なる劣化ではなく、低自由エネルギーを保てる状態空間が別の領域へ移動するプロセスである

数理的に言えば、時刻 ttt における生物システムの先行信念は、 隠れ状態 x に対する条件付き分布  p(x∣mt)  として表現される。ここで mt は、単一の推論過程において固定された定数ではなく、 生物が長期にわたる経験を通じて獲得・更新してきた生成モデルのメタパラメータ、 すなわち事前分布の形状・分散構造・許容状態空間を規定する制約条件の集合を表す。

老化とは、この mt が短期的推論(秒〜分)の時間スケールではなく、 学習・発達・身体変容といった長期的時間スケール(年〜数十年)において、 緩やかに、しかし一貫した方向性をもって推移する過程として理解される。 この推移は、単なるノイズ増大や精度低下ではなく、 自由エネルギーを低く保つことが可能な状態分布の支持集合そのものが、 別の領域へと移動していくことを意味する。

したがって老化とは、 p(x∣mt)​ によって規定される「定常状態」の崩壊ではなく、 定常状態の位置そのものが時間とともに変位していく過程、 すなわちロバストネスの変移として定式化される。

2.3.2 精度配分の再構造化

老化における精度の変化は、単なる「低下」ではなく、二重の構造変化として理解すべきである:

  • ①感覚誤差の精度低下:感覚器官の劣化、神経伝達の遅延により、下位レベルの予測誤差検出能力が減退

  • ②高次事前分布の精度上昇:自己に関する信念が硬化し、「自分はもう若くない」「これはできない」という高次の予測が強固になる

ここで言う高次事前分布の精度上昇とは、常に意識的・言語的信念の硬化を意味するのではなく、行為選択や注意配分において暗黙的に作用する高次生成モデルの拘束力の増大を指す。

命題2:老化における精度配分の矛盾的構造---感覚精度の低下と信念精度の上昇---が、**持続的な自由エネルギー(緊張)**を生み出し、これが老いの意識の情動的コアとなる。

この緊張は「まだできるはずだ」という身体記憶に基づく予測と、「できない」という現在の感覚入力との乖離として経験される。

2.3.3 マルコフブランケットの脆弱化

  • 自己と環境を分ける機能的境界の維持能力が減退する

  • 免疫系の衰え、細胞膜の機能低下など、物理的境界の脆弱化

  • エントロピー増大への抵抗力の減少

自由エネルギー原理において、マルコフブランケットとは、 単なる物理的境界ではなく、自己と環境を因果的に分離する推論構造を意味する。 生物システムは、感覚状態と行為状態を介して外界と相互作用することで、 内部状態を外部状態から条件付き独立に保ち、 自己を「世界の原因としての主体」としてモデル化する。

老化においてマルコフブランケットが脆弱化するということは、 この因果的分離を維持する能力が低下することを意味する。 免疫機能の衰えや細胞境界の不安定化はその生理学的表現にすぎず、 より本質的には、自己が環境に対して能動的に作用し、 結果を制御しているという高次の事前仮説の精度が低下することを意味する。

このとき自己モデルには重要な変容が生じる。 すなわち、自己はもはや「出来事の原因」として一貫的に仮定されるのではなく、 環境的・身体的条件の一つとして、 他の要因と並列的に推論される対象へと変化する。

この変化は、自己の消失や意識の喪失を意味するのではない。 むしろそれは、一人称的能動性の脱中心化、 すなわち自己が世界を構成する中心的原点であるという仮定の緩みとして理解される。

言い換えれば、老化におけるマルコフブランケットの脆弱化とは、自己と世界を明確に分離する推論様式から、 自己を世界の中の一要素として含み込む推論様式への移行である。 この移行において、主観と客観の鋭い対立は次第に解消され、 自己は自らを**「客観的な存在として把握する」**能力を獲得する。

この意味で、マルコフブランケットの脆弱化は、 後期様式において観察される「客観性」や「主観の後退」を、 単なる表現上の変化としてではなく、 予測システムの構造変容の必然的帰結として理解するための、 決定的な理論的媒介を提供する。

2.4 階層構造と精度加重の変化

老化における「階層構造と時間の組み合わせ」は、階層的ベイズ推論における階層間の結合様式(precision weighting)の変化として理解できる:

  • 上位階層:長期的予測(月・年単位の生理学的変化)、自己モデルの時間的拡張

  • 下位階層:短期的予測(秒・分単位の感覚運動制御)

老化の本質は、これら階層間の調整能力の劣化だけでなく、むしろ:

  • 上位モデルが保守化し(事前分布が硬くなる)

  • 下位の予測誤差を柔軟に吸収できなくなる

  • しかしその間も一貫性は保たれる(これが「変移としてのロバストネス」)

2.5 「変移と崩壊」の動態:生存可能領域からの逸脱

命題3:老化は、システムが維持できる状態が**生存可能領域(viability basin)**内で推移し、最終的にその境界を超える過程である。

  • 変移期:システムは新しい(より高い)自由エネルギー水準で安定化を図る

  • 代償期:一部の機能を犠牲にして全体の安定を保つ

  • 崩壊期:もはや安定化が不可能となり、熱力学的平衡(最大エントロピー)へ向かう

この過程における重要な特徴:

  • 短期的には確率論的:ある時点での状態は確率分布として記述される

  • 長期的には準決定論的:全体の軌道は生存可能領域への拘束と、そこからの不可避な逸脱という方向性を持つ

生存可能領域からの逸脱は、原理的に不可逆な過程として記述される。

3. 老いの意識の現象学的-計算論的分析

3.1 意識の定義:推論の様式としての意識

本論文における意識の定義は、フリストン派の最近の解釈に基づく:

定義:意識とは、自己が時間的に持続する原因であるという高次の事前仮説を含む生成モデルが、自由エネルギー最小化の過程でオンラインにある状態である。

ここで重要なのは、意識を「状態」ではなく**「推論の様式(mode of inference)」**として捉える点である。

したがって**「老いの意識」**とは:

老いという事態を自己モデルの内部で推論し続けている様式

と定義できる。

3.2 時間モデルの再帰化:老いの意識の構造的転換

単なる生理的老化と「老いているという意識」の決定的な差異は:

命題4:老いの意識が成立するのは、生成モデルの中に「自己の時間的変化」が原因として仮定される項が導入されるとき、すなわち**時間モデルの再帰化(self-model becomes temporally explicit)**が生じるときである。

若年期の自己モデル(比較のため)

  • 変化は主に外的原因に帰属される

  • 自己は比較的安定した推定主体として機能

  • 未来は拡張可能な可能性空間として表象される

老いの意識における構造転換

  • 自己そのものが変化の原因・結果としてモデル化される

  • 未来は縮減する可能性空間として表象される

  • 過去が予測に強く介入する(過去の事前分布の精度上昇)

  • これは、システムが自己を「時間的に変移する存在」として明示的に扱い始めることを意味する

3.3 老いの意識の階層的構造

身体感覚レベル:内受容感覚の持続的予測誤差

  • 若い頃の身体モデルと現在の身体状態の乖離

  • 疲労、痛み、運動能力の低下は、持続的な予測誤差として経験される

  • この誤差が慢性化し、生成モデルが「新しい正常」として更新される過程

時間的自己モデル:軌道の認識

生物は時間的に拡張された自己モデルを持つ(過去-現在-未来の自己)。老いの意識における時間性は:

  • 過去の自己との比較における差異の認識

  • 現在の自己の一時性の認識

  • 未来の自己への予測における軌道の認識---そしてその軌道が不可逆的であることの認識

メタ認知レベル:精度についての精度

命題5:老いの自覚は、自己の予測精度についての高次推論である。

「記憶力が落ちた」「判断が鈍くなった」という経験は:

  • 一次的な予測誤差ではなく、予測する能力についての予測誤差

  • メタレベルでの精度推定の変化

  • システムが自己の推論能力を推論するという再帰的構造

社会的・文化的階層

  • 他者の自分に対する生成モデルの推論(「老人として扱われる」経験)

  • 社会的役割の変化に伴う自己モデルの更新

  • 文化的な「老い」の意味づけが先行信念として作用

3.4 精度配分の二重構造と情動的コア

前述の精度配分の矛盾的構造は、老いの意識において中心的役割を果たす:

命題6:「まだできるはずだ」(過去に基づく高精度の事前予測)と「できない」(現在の低精度の感覚入力)との間の持続的な自由エネルギーが、老いの意識の情動的コアを形成する。

この緊張から、二つの様態が生じうる:

A. 失調的老いの意識(病理的様態)

  • 過去中心的な高精度事前分布に固執

  • 新規予測誤差を拒否し続ける

  • 行動の探索性が極端に低下

  • 自由エネルギーが慢性的に高い状態

  • 結果:抑うつ・硬直・絶望

B. 再調整された老いの意識(適応的様態)

  • 事前分布の精度が適切に緩む

  • 未来の予測幅は狭いが、その範囲内で安定

  • 探索は限定的だが確実性が高い

  • 自由エネルギーは低い状態を維持

  • 結果:諦念・静けさ・知恵

ここで強調しておくべきなのは、 上記の二つの様態(A:失調的老いの意識、B:再調整された老いの意識)が、 倫理的・価値的な意味での「良い/悪い老い」を直接的に区別するものではない、 という点である。

本論文が区別しているのは、 老いという不可避の条件のもとで、 自由エネルギーの増大をどのような推論様式によって引き受けるか、 という生成モデルの動作様式の差異である。

とりわけ注意すべきは、 緊張や非和解性それ自体が、直ちに病理を意味するわけではない、 という点である。 自由エネルギーを低減させることのみが適応であるとするならば、
後期様式に見られる多くの表現は、 むしろ「不適応」と誤認されてしまうだろう。

むしろ問題となるのは、 予測誤差や緊張が、生成モデルの更新や再配分を通じて なおも意味づけられ得るか、 それとも完全に閉塞し、反復されるのみとなるか、という点にある。

重要な洞察:老いの意識とは、自由エネルギーをどう引き受けるかの様式である。

3.5 不可逆性と有限性の認識

老いの意識が他の身体状態と決定的に異なるのは、回復不可能性の認識である:

  • システムは予測誤差が一時的か構造的かを区別する

  • 老いにおける予測誤差は「もとに戻らない」

  • 生成モデル自体が不可逆的に変容していることへの高次の気づき

さらに深いレベルでは:

  • 死の予期:システムがいずれ自由エネルギーを最小化できなくなるという予測

  • 生成モデルが自己の消滅をモデル化しようとする特異な認知プロセス

  • これは予測不可能性の究極形態であり、同時に最も確実な予測でもある

3.6 時間意識の収縮:フッサール現象学との接続

老いの意識における時間性は、エドムント・フッサールの時間意識論と接続可能である:

  • 保持(Retention):過去把持、既に過ぎ去った内容の意識的維持

  • 予期(Protention):未来予持、来たるべき内容の意識的先取り

命題7:老いの意識は、時間意識の構造変容として記述できる:

  • 保持の精度上昇:過去の経験がより強く、より長く保持され、現在の予測を支配する

  • 予期の帯域縮小:未来予測のエントロピーが減少し、予測される未来の幅が狭まる

これは**時間意識の「収縮」**であり、自由エネルギー原理では:

  • 過去の事前分布の精度上昇

  • 未来予測の不確実性の意識的制限

  • 予測可能な時間的範囲への注意の集中

として形式化される。

3.7 老いの意識の適応的機能

命題8:老いを意識すること自体が、残存するロバストネスを最適化する適応戦略である。

  • 限られた資源(認知的・身体的)の再配分

  • リスク回避行動の調整

  • 社会的支援の要請

  • 予測可能な環境(親密圏)への選好

老いの意識は単なる劣化の副産物ではなく、システムが変容した条件下で生存を最大化する機能を持つ。

3.8 老いの意識の定式化

以上を統合すると、老いの意識は以下のように定式化できる:

老いの意識とは、自由エネルギー最小化を行う生成モデルにおいて、自己が時間的に変移する存在であるという事前仮説が高精度化し、保持が予測を支配する一方で、未来の可能性空間が意識的に制限されることによって生じる、特有の時間化された推論様式である。

本章で検討してきたように、老いの意識とは、 認知機能の単なる低下や主観的活力の減退を指すものではない。 それは、自由エネルギー原理の枠組みにおいて言えば、増大する予測誤差と不確実性を、いかなる生成モデルと精度配分によって引き受けるか、という推論様式そのものの変容として理解されるべきものである。

老化に伴うマルコフブランケットの脆弱化は、自己と環境を明確に分離し、自己を出来事の因果的中心として仮定する推論構造を不安定化させる。この不安定化は、自己の消失や意識の崩壊を意味するのではなく、自己モデルが世界の中の一要素として再配置されること、すなわち一人称的能動性の脱中心化として現れる。

このとき意識は、世界を自己の意図に従って構成する視点から離れ、自己を含む世界の過程を観察し、受容する視点へと移行する。ここに見られる「客観性」や「距離」は、情動の枯渇や表現力の衰退ではなく、生成モデルの更新に伴って生じる、意識の構造的転位に他ならない。

このように理解される老いの意識は、表現や形式の領域においても必然的な帰結をもつ。自己を因果的中心とする推論様式が後退するならば、表現はもはや主観の統一的表出として組織されることをやめ、断片性、非目的性、非和解性といった特徴を帯びることになる。次章では、この理論的見通しを踏まえ、芸術における後期様式が、老いの意識といかなる構造的同型性をもつのかを検討する。

4. 後期様式理論の統合的再構築

4.1 ジンメルの老齢芸術論:形式と主観性の関係変容

4.1.1 「現象からの退去」と形式への無頓着

ゲオルク・ジンメルは、ゲーテの晩年の作品に「現象からの退去」という特徴を見出した。これは、老齢の芸術家が表面的な現実描写から離れ、より抽象的で本質的な表現へと向かう傾向を指している。しかしジンメルの洞察において決定的に重要なのは、この変化を単なる表現内容の問題としてではなく、創作主体と形式の関係の変容として捉えた点にある。

ジンメルによれば、若年期において芸術家は、歴史的に蓄積された客観的形式を所与のものとして受け取る。ソナタ形式、交響曲形式、あるいは詩の韻律といった形式は、個人の外部に既に存在する規範として立ち現れる。創作とは、自らの主観的内容をこの客観的形式に「嵌め込む」ことであり、形式への習熟と技術の獲得が重要な課題となる。ここでは形式と内容の二元性が前提とされ、主観は形式に服従することで自己を表現する。

しかし老齢において、この関係が根本的に変化する。芸術家は客観的形式に対して「無頓着」になる。これは技術的未熟や規範への反抗ではなく、形式に対する主観の根本的な態度変容を意味する。老いた芸術家にとって、外的に与えられた形式の規範性は、もはや自明ではない。長年の創作経験を通じて形式を内面化した結果、形式は外的拘束としてではなく、主観の表現の可能性として経験されるようになる。同時に、老いという生の位相において、主観自身が変容し、もはや既存の形式では捉えきれない固有性を獲得する。

その結果、主観の在り方がそのまま形式となるという事態が生じる。これは形式の放棄ではなく、形式生成の論理の転換である。

4.1.2 象徴的表現と主観の絶対的内面化

ジンメルはこの変容をさらに深く考察し、老齢における主観の在り方を「象徴的」なものとして捉える。老齢の芸術家にとって、世界の事物はもはやその直接性において把握されるのではない。

かかる高齢の人間から世界の個々相と外存相とが如何に遠ざかっても、やはり此の世界に生活し、芸術家として此の世界並に世界に存する物象に就いて述べねばならぬから、彼の陳述、否彼の全精神的存在は象徴的となる事、換言すれば彼の物象を最早その直接性、その独自存在のままに掴み述べる事はせずして、唯彼自身とのみ生き、彼自らの世界である内面の脈拍が物象に対する記号であり得る限り、乃至脈拍そのものが物象の代理比喩である限り、物象を掴みこれを表現し得る事は理解が出来る。(ジムメル『ゲエテ』, 木村謹治訳, 1949, 桜井書店, p.385。引用に当たっては原訳書の旧字旧かなを適宜改めた。)

この「象徴」概念は、老齢芸術における表現の在り方を理解する上で決定的に重要である。老いた芸術家は、外的現象を描写するのではなく、自らの「内面の脈拍」を通じて世界を表現する。この時、内面と外界、主観と客観の区別は消失する。

そしてジンメルは、老齢においてこの「象徴」的表現を可能にする根本的な変容を、次のように捉える。

青年期にあつては主観的無形式は、歴史的乃至理念的に豫存する形式内に収容さるゝ必要がある。主観的無形式は此の形式に依って一客観相たるべく発展されるのである。けれども、老齢に於ては、偉大な創造的人物は―予は茲で勿論純粋の原理、理想に就いて述べるが―自己内に、自己自らに形式を具へてゐる。即ち、今や<絶対に彼自らのものである形式>を所有する。彼の主観は、時間空間に於ける規定が内外共に我々に添加する一切を無視すると共に、謂はゞ彼の主観性を離脱し了つたのである。-即ち、已に述べたゲーテの老齢の定義にいふ「現象からの漸次の退去」である。(同書,  第8章 発展 p.383~384)

この引用において、ジンメルは老齢芸術の核心を捉えている。老齢において芸術家は「自己内に、自己自らに形式を具へてゐる」。これは、外的形式規範からの解放であると同時に、主観自身の変容を意味する。主観は「主観性を離脱し了つた」------この逆説的な表現こそが、老齢芸術の本質を示している。

ジンメルは、「歴史的に鋳造された形式に対して形式原理の拒否をその主権内に蔵する老齢藝術が、何故に単純なる主観に堕する様に見えるかという理由」を問うのだが、それを「恰も一の統体を統一構成する力が老人に失われ、主観の域を脱しない個々の契機の頂点を示し得るに過ぎないかの如く考へ、その理由としては、老人は、個々の衝動、思想、見解が中断なく相互に働き合う連続としてのみ現るる独自の形式には到達し得ない」というような、或る種の衰頽によるとする見方を「皮相的」として退け、その上で既に引用した「現象からの漸次の退去」に関連付けた説明を行っているのである。

さらにジンメルは、この変容の帰結として、主観と客観の対立の消滅という事態に到達する。そしてそこでは「絶対的内面化が存在し、それに依つて主観が純粋な客観的精神上の存在となり、従つて彼には外存相が謂はば全く存在せぬ結果になる。」かくして「全対立の克服」が実現されるというのである。

曰く、「絶対的内面化が存在し、それに依つて主観が純粋な客観的精神上の存在となり、従つて彼には外存相が謂はば全く存在せぬ結果になる。」更には、

此の主観と客観的「形式」との間には全対立が消滅する。蓋し、曾ては或る仕方で先在し、主観自らの所産内であるにしても、主観の彼方に存在した形式を主観に齎し来った客観化は、今や主観の自己開放と自性帰還との結果、主観の直接なる生活と自己表現裡に現るる事になった。(同書,pp.385~6)

「絶対的内面化が存在し、それに依つて主観が純粋な客観的精神上の存在となる」------この一見矛盾した表現は、老齢芸術における主観の在り方の本質を捉えている。主観の極限的内面化が、逆説的に客観性として現れる。そして「主観と客観的『形式』との間には全対立が消滅する」。形式はもはや主観の外部に立つ規範ではなく、主観の「直接なる生活と自己表現」そのものとなる。

4.1.3 自由エネルギー原理による再解釈

ジンメルの洞察は、自由エネルギー原理の枠組みで以下のように形式化できる:

若年期の創作様態

  • 客観的形式=文化的に共有された高精度の事前分布

  • 主観的内容=個別的な感覚データと予測誤差

  • 創作=予測誤差を既存の生成モデル(形式)に統合する過程

  • 形式は外的規範として、高い精度で主観に拘束を課す

老齢期の創作様態

  • 形式への「無頓着」=文化的事前分布の精度低下

  • 「自己内に形式を具える」=個別的生成モデルの自律化

  • 「主観性の離脱」=一人称的能動性からの脱中心化

  • 「主観と客観の対立の消滅」=外的形式規範と内的予測の区別の消失

「現象からの退去」と「象徴」

  • 現象の直接的描写=下位レベルの感覚データへの高精度配分

  • 老齢における退去=下位感覚精度の低下、高次抽象レベルへの精度移行

  • 「内面の脈拍」=変容した生成モデルの固有の構造

  • 象徴=高次予測が下位現象を組織化する様式

「絶対的内面化」と「客観性」

  • 内面化=外的規範からの独立、自己参照的生成モデルの完成

  • 客観性の獲得=一人称的主観性の脱中心化により、システムが自己を「客観的」対象として扱う

  • これは主観の消失ではなく、主観の在り方の変容

4.2 アドルノの後期様式論:非和解性と唯名論

4.2.1 後期様式の本質:形式と主観性の不調和

テオドール・アドルノは、ジンメルの洞察を批判的に継承しつつ、「後期様式」を単なる老年の産物としてではなく、形式と主観性の緊張関係において理解した。特にベートーヴェンの後期作品についての分析において、アドルノは後期様式を、調和や統一性を拒絶し、作品内部に亀裂や断絶を露呈させる様式として特徴づけた。

アドルノにとって後期様式とは、円熟や完成ではなく、むしろ「破局的なもの」(das Katastrophische)の刻印を帯びている。重要なのは、主観性が作品から撤退するのではなく、かえって形式との和解を拒否し、両者の不和を顕在化させることである。後期様式において、形式は主観的内容を円滑に表現する媒体ではなく、むしろ主観と形式の非和解性が露呈する場となる。

アドルノは、ウィーン講演(『幻想曲風に』所収、邦訳は「『アドルノ音楽論集 幻想曲風に』, 岡田暁生・藤井俊之訳, 法政大学出版局, 2018)において、マーラーの《大地の歌》について、この後期様式の観点から次のように述べている。

時として≪大地の歌≫では、極端に簡潔なイディオムや定式が充実した内容で満たされきっているが、それまるで、経験を積んで年を重ねた人物の日常の言葉が、字義通りの意味の向こうに、その人の全生涯を隠しているかのようである。まだ五十に手の届かない人物によって書かれたこの作品は、内的形式という点で断片的であり、(ベートーヴェンの)最後の弦楽四重奏以来の音楽の後期様式の最も偉大な証言の一つである。ひょっとするとこれをさらに上回っているかもしれないのは、第9交響曲の第1楽章である。(『アドルノ音楽論集 幻想曲風に』 p,123)

この評価において注目すべきは、アドルノが「内的形式という点で断片的」であることを、後期様式の欠陥としてではなく、むしろその本質的特徴として捉えている点である。「極端に簡潔なイディオムや定式が充実した内容で満たされきっている」という逆説は、後期様式における表現の在り方を示している。

4.2.2 唯名論的立場:形式の個別性

アドルノの音楽美学において中心的な位置を占めるのが、「唯名論的」立場である。アドルノによれば、普遍的で先験的な音楽形式など存在せず、形式は常に歴史的・個別的な内容から構成されねばならない。形式が内容に先立って与えられ、内容がそこに「填め込まれる」のではなく、内容の固有性が形式を要請する。この唯名論的立場は、マーラーの音楽を理解する上で決定的に重要である。

4.2.3 自由エネルギー原理による再解釈

アドルノの後期様式論は、自由エネルギー原理では以下のように理解できる:

「主観性と慣習の不調和」

  • 慣習=文化的に共有された生成モデル(形式)

  • 主観性=個別的な予測誤差と固有の経験

  • 不調和=両者の統合(自由エネルギー最小化)の意図的放棄

  • 後期様式=予測誤差が解消されないまま提示される状態

「断片化」

  • 統一的生成モデルによる予測誤差の統合の失敗

  • 階層間調整の不全により、各レベルが独立して機能

  • しかしこれは欠陥ではなく、老いの時間性(記憶の散逸、非連続性)の音楽的形式化

「唯名論性」

  • 普遍的形式(高精度の文化的事前分布)の拒否

  • 各作品が固有の生成モデルを構築

  • 内容の固有性が形式を決定=予測誤差の性質が生成モデルの構造を要請

4.3 サイードの晩年性:非和解性と時宜を得なさ

エドワード・サイード(2006)は後期様式の特徴として:

  • 非和解性(intransigence):調和への拒絶

  • 時宜を得なさ(untimeliness):時代との不適合

  • 亡命者的疎外:文化的文脈からの逸脱

を強調した。

自由エネルギー原理では以下のように理解できる:

「非和解性」

  • システムが環境(文化的文脈)との同期を失った状態

  • 文化的事前分布との予測誤差を最小化しようとしない

  • これは失敗ではなく、過学習からの解放

「時宜を得なさ」

  • 過度に最適化された予測モデル(過学習)からの逸脱

  • 若年期の生成モデルは社会的期待に過適合

  • 老齢期の精度低下が、強固な先行信念からの解放をもたらす

  • 慣習の制約を超えた新しい表現可能性の開示

4.4 統一的視座:予測システムの変容としての後期様式

命題9:後期様式は、老化による予測システムの変容が、芸術的創造という領域で現れたものである。

後期様式の諸特徴は、以下のように統一的に理解できる:

後期様式の特徴

ジンメル

アドルノ

サイード

自由エネルギー原理的解釈

形式の変容/崩壊

形式への無頓着

主観と慣習の不調和

非和解性

文化的事前分布の精度低下、生成モデルの構造変化

主観の在り方の直接的形式化

主観の在り方が形式となる

内容が形式を要請

-

個別的生成モデルの自律化

断片化

-

内的形式の断片性

-

階層間調整の不全

単純化/本質化

現象からの退去

簡潔なイディオム

-

予測の低次元化、高次抽象レベルへの精度移行

象徴性

内面の脈拍が物象の記号

全生涯を隠す

-

高次予測が下位現象を組織化

客観性

絶対的内面化→客観性

-

-

主観の脱中心化

時間性の変容

-

-

時宜を得なさ

時間モデルの再帰化、予期の帯域縮小

新しい表現性

-

-

亡命者的疎外

過学習からの解放、新しい開示

重要な洞察:後期様式は劣化の表現ではなく、変容した予測システムが可能にする新しい世界の開示様式である。


[後記] 本稿は著者が基本的な着想や理論構成を与え、研究パートナーとしてClaude Sonnet 4.5 やChatGPT 5.2、Gemini 3 Thinkingとの対話を繰り返すことを通じて作成されました。上記のテキスト中には、Claude Sonnet 4.5やChatGPT 5.2が生成した文章およびそれを編集したものが含まれます。 (2026.1.23 公開, 1.24 改稿)

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