お知らせ

アマチュア・オーケストラ演奏頻度を2025年の公演の集計を追加して更新しました。(2025.12.25)

2026年3月23日月曜日

[お知らせ] マーラー祝祭オーケストラ(音楽監督・井上喜惟)第26回定期演奏会(2026年4月11日)

  マーラー祝祭オーケストラ(音楽監督・井上喜惟)第26回定期演奏会が2026年4月11日にミューザ川崎 シンフォニーホールにて開催されます(12:45開場、13:30開演)。以下のマーラー祝祭オーケストラの公式ページもご覧ください。

Mahler Festival Orchestra Offcial Site (https://www.mahlerfestivalorchestra.com/)

プログラムは、リトアニアの作曲家・画家であるチュルリョーニスの交響詩「森の中で」、バルトークのヴァイオリン協奏曲第2番に加え、アントニー・ボーモンによる新校訂版を使用したツェムリンスキ―の大管弦楽のための幻想曲「人魚姫」より構成されるという極めて意欲的な企画です。




(2026.1.2公開)

他の作曲家との比較——マーラーを「座標系」の中に置く(データ分析概要紹介・速報版)

前の記事ではマーラーの交響曲12作品に絞って分析を行った。ここでは視野を広げ、ブルックナー、シベリウス、ブラームス、ショスタコーヴィチの後期作品群、および参照点としての古典派2作品(ハイドン第104番・モーツァルト第41番)を加えた全27作品で同じ主成分分析を行った結果を見ていく。

作曲家ごとに色分けした図を主に参照してほしい。各作品のラベルが付いた図は個々の作品の位置を確認する際に補助的に使うとよい。



分析の構成

対象としたのは以下の作品群である。ブルックナーは後期の第7・8・9番、シベリウスは第6番(第1,4楽章)・第7番・タピオラ、ブラームスは第1〜4番の全曲、マーラーは第1〜10番および大地の歌の全11作品(第5は第2楽章、第6のみ第1,4楽章で計12楽章)。これに古典派の代表として、ハイドン第104番とモーツァルト第41番(ジュピター)の第一楽章を加えた。古典派の2作品は、調性音楽の「典型」として分析空間の参照点となる。

横軸(PC1)と縦軸(PC2)の2軸で全体の情報量の約70%が保存されている。

古典派——空間の左端に位置する参照点

まず図の左端に目を向けると、ハイドンとモーツァルトの2点(青)が他のすべての作品群から大きく離れた位置に孤立している。五度圏上の重心移動が最も緩やかで、調性の求心力が際立って強い。この2点は「調性音楽の原点」として空間を基準付ける役割を果たしており、他の作曲家がそこからどれだけ離れているかを測る目盛りとして機能している。

各作曲家グループの配置

色分けされた図を全体として眺めると、作曲家ごとのグループが比較的まとまった領域を占めていることがわかる。これは、指標として抽出した和声の動き方の特徴が、個々の作品の差異を超えて作曲家ごとの様式的な一貫性を反映していることを示している。

ブルックナーの3作品(緑)は図の上方、縦軸の正方向に集まっている。五度圏上での重心の動きは中程度でありながら、音が広い空間に分散するという特徴がこの上方への配置を生んでいる。広大な音域を使いながら局所的には「漂う」ような動き方——ブルックナーの和声の独特の広がりが数値に現れている。

シベリウスの4作品(紫)は図の下方、縦軸の負方向に集まっている。音高の種類を広く・高密度に被覆しながら局所的な揺れにとどまる傾向が強く、ブルックナーとは縦軸上で対称的な位置関係をなしている。晩年のシベリウスの、音を凝縮させてゆく様式が指標に表れた結果と読める。

ブラームスの4作品(橙)は横軸・縦軸ともに中間域に散在し、原点付近にゆるくまとまっている。突出した極性を持たない「中間的な多様性」がブラームスの指標上の特徴であり、古典的な構造への志向と後期ロマン派的な語法の並存がこの位置を生んでいると考えられる。

ショスタコーヴィチの2作品(グレー)は図の上方右寄りに位置し、縦軸の正方向への突出が際立つ。和声の移動幅が全作品中最大値域にあり、かつ音高の被覆範囲が最も狭いという組み合わせがこの配置を生んでいる。大きな跳躍と局所的な密度の低さ——調的な「根」を持たぬまま激烈に動き回る語法が数値に反映されている。

全体の中のマーラー

マーラーの12作品(赤)は、他の作曲家グループのちょうど中央に位置するかたちで分布している。マーラー単独で分析したときには明確に見えていたℓ字型の軌跡は、全体の中に置かれると他の作曲家の領域に「埋め込まれた」状態になる。

特に縦方向(PC2)の変動が圧縮されている点が目につく。マーラー単独ではPC2の変動が比較的大きく見えていたが、全体の尺度ではブルックナー(上方)とシベリウス(下方)に挟まれる形で、縦方向の幅がかなり狭まって見える。一方、横方向(PC1)はスケールがほぼ保存されており、古典派(左端)からショスタコーヴィチ(右寄り)への横軸方向の広がりの中で、マーラーの時系列的な推移は依然として読み取れる。

この「埋め込まれた」配置は、マーラーの音楽が複数の方向への可能性を内包していることと整合する。縦軸についていえば、ブルックナーのように音空間を広く漂うわけでも、シベリウスのように音を凝縮させるわけでもなく、その中間でさまざまな様態を取り続ける。マーラーの交響曲が「折衷的」と評されることがあるとすれば、その印象の一端がこの配置に現れているとも言えるだろう。

2つの軸が示すもの

この分析から取り出された2つの軸は、和声的な運動の2つの独立した側面を切り出していると考えられる。

横軸(PC1)は「調性中心への凝集——拡散」の軸である。左端の古典派から右端のショスタコーヴィチへと、調性の求心力が段階的に薄れてゆく方向が、この軸に沿って並んでいる。縦軸(PC2)は「調性運動の慣性——攪乱」の軸である。下方のシベリウス的な持続的・高密度の運動から、上方のブルックナー・ショスタコーヴィチ的な広域分散・断続的な動きへの対比がこの軸に対応する。

この2軸の読み方は、音楽の様式論的な問いと接続してゆく余地がある。横軸を「主体の自己同一性——離心化」、縦軸を「主体の持続的推進——断続的変容」と言い換えることもできるかもしれない。数値分析の射程がどこまで及ぶかは今後の検討に委ねるとして、少なくとも聴感上の印象と大きく乖離しない形で、複数作曲家の和声的な様式を一枚の地図に収めることができたといえるだろう。


(2026.3.23 公開)

マーラー交響曲の「調性の軌跡」——数値分析が示すもの(データ分析の概要紹介・速報版)

マーラーの音楽について語るとき、「晩年に向かうにつれて調性が崩れていく」「初期と後期では音の世界がまるで違う」といった印象はよく共有される。こうした聴感上の直観を、楽譜の数値データから検証することはできるだろうか。ここで紹介するのは、そのような問いに取り組んだ分析の結果である。

音楽を「座標」として記録する

分析に用いたのはMIDIデータである。MIDIとは楽譜の情報をデジタル化したもので、「どの音が、いつ、どれだけの長さで鳴っているか」を数値として記録している。ここから各瞬間にどの音が鳴っているかを取り出し、「五度圏」という座標系の上に投影する。

五度圏とは、12の音(ドレミファソラシと、その間の半音を含む全12音)を円周上に配置したものだ。ハ長調のド、ト長調のソ、ニ長調のレ……と、五度(鍵盤で数えて7鍵分)の関係にある音が隣り合うよう並んでいる。調性音楽においては同じ調に属する音が集まって鳴ることが多いため、ある瞬間に鳴っている音の「重心」がこの円のどこにあるかを計算することで、その音楽が調性的にどこに「根を張っているか」を追跡できる。

この重心の動き方を記述するために9種類の指標を算出した。重心の平均的な移動幅はどれくらいか、単位時間あたりどれだけ速く動くか、どのくらいの揺らぎがあるか、五度圏上のどれだけ広い範囲を使うか——といった数値である。対象はマーラーの交響曲12作品(第1番から第10番、大地の歌)の第一楽章ないし相当する楽章とした(第5番は第2楽章、第6番のみ第1楽章と第4楽章の2つで合計12楽章)。

9次元を2次元の地図に圧縮する

9つの指標を同時に見渡しても全体像はつかみにくい。そこで「主成分分析(PCA)」という統計手法を用い、9次元の情報をできる限り損なわないまま2次元の地図として描き直した。今回の分析では、横軸(PC1)と縦軸(PC2)の2軸で全体の情報量の約73%が保存されている。

添付の図(バイプロット)において、各点は1つの楽章を表す。点が近いほど指標上の特徴が似ており、遠いほど異なる。図中の灰色の矢印は各指標を表しており、矢印の向きがその指標の高い方向を示している。


横軸——「調性の求心力」の軸

まず横軸(左右方向)に注目してほしい。

左側にある作品ほど、五度圏上の重心の移動が緩やかで、特定の調性の「場」に引き留められている。一方、右に行くほど重心の移動幅が大きく、動きが速く、調性の求心力が薄れる。特定の調的な「根」を持たず、高速・高密度で変動し続ける状態に対応している。

この左右の位置が作曲年代とほぼ対応していることは、図を見ればひとめでわかる。最も左寄りにある第1番(1888年)から、中央付近に集まる第5番・第6番・第7番(1902〜08年頃)を経て、右端の第9番・第10番(1910年頃)へと、作品が概ね時代順に並んでいる。マーラーの音楽が年を追うにつれて調性の「重力」を手放してゆく過程が、数値の上にも明確に現れている。

縦軸——「音の空間の使い方」の軸

次に縦軸(上下方向)を見てほしい。こちらは横軸のような一方向の時系列的傾向を示さない。

上方向は、五度圏の広い範囲に音が分散しながら動く状態に対応する。下方向は逆に、音高の種類を広く・高密度に使いながらも、局所的な揺れにとどまる状態を意味する。

縦軸に沿ったマーラー作品の推移をたどると、山型を描く。初期作品群(第1〜4番あたり)は図の下寄りに位置し、純器楽の中期交響曲(第5〜7番)が上方へ移動し、後期(第8番・大地の歌・第9番・第10番)で再び下へ戻る。

ℓ字型の軌道——全体像

この2つの動きを重ね合わせると、マーラー12作品のPCA空間上の軌跡は、全体として「ℓ字型」を描くことがわかる。

初期から中期にかけては、横軸の右方向への移動と縦軸の上方向への移動が同時に進み、図の左下から右上へと向かう。ところが後期に差しかかると、縦方向の上昇は止まりむしろ反転して下降し、横方向だけが引き続き右へと伸びる。これがℓ字の「折れ曲がり」に相当する部分である。

この軌跡のなかで、第8番と大地の歌は特徴的な位置に現れる。純器楽の中期作品群が右上に集まるのに対し、この2作品は左下方向へと引き戻され、初期の作品群に近い領域に位置している。第8番は大規模な合唱交響曲、大地の歌はテノールとアルトの独唱を擁する連作歌曲的な交響曲であり、声楽という様式の存在が和声の動き方の統計的な特徴にまで影響を与えているのは注目に値する。その後、第9番・第10番では横軸方向への推進が再開する。ただし今度は縦軸が下寄りのままであり、中期のような「音空間への広がり」を伴わない。運動強度が増大しながら、展開様式は高密度・高被覆率という性格を帯びている。図の右端に孤立するように突き出た第10番は、マーラーが未完のまま残したこの作品の、既存の交響曲的語法からの急進的な逸脱を端的に示している。

こうした数値分析の結果は、私たちがマーラーの音楽について聴感的に抱いてきた印象——初期の民謡的・歌謡的な親しみやすさ、中期の純器楽的な緊張、晩年の解体感——と大きく乖離するものではない。むしろその直観を、五度圏上の重心の運動という具体的な指標に接続することで、より精密な言語で語る足がかりを提供するものといえる。


(2026.3.23 公開)