2023年8月27日日曜日

MIDIファイルを入力とした分析の準備(6):状態遷移の集計結果の公開(補遺その2)(2023.9.4更新)

    1.本稿の主旨

 MIDIファイルを入力とした状態遷移プロセスの分析に着手すべく実施した状態遷移の集計手法の検討の内容および、それに基づいたマーラーの交響曲のMIDIファイルを対象とした集計結果について、MIDIファイルを入力とした分析の準備(3):状態遷移の集計手法の検討と集計結果の公開およびMIDIファイルを入力とした分析の準備(4):集計結果の公開(続き)にて報告し、集計結果の公開を行ってきました。また補遺として、交響曲毎ではなく、全交響曲についての状態遷移の集計結果を記事 MIDIファイルを入力とした分析の準備(5):集計結果の公開(補遺) にて報告・公開しました。

 本稿では、状態や状態間の遷移の定義を改めて見直して、より基本的な情報として、五度圏上の位置や転回を区別しない音の組み合わせパターンとしての和音の遷移と、五度圏上の位置や転回を区別した(ただし密集・乖離の区別しない)和音のパターンの遷移の集計結果を公開します。以下、簡単にその背景を説明します。


   2.集計結果追加の背景

 上記の最初の記事でも述べたことですが、これまで公開してきた集計データでは、普通の状態遷移と異なって、例えばハ長調の主和音→ト長調の主和音という状態遷移と、ヘ長調の主和音→ハ長調の主和音という状態遷移が転調としては「同じ」遷移であるという捉え方をするために、単純に状態(ここでは和音)の系列として表現するのではなく、或る主和音から5度上の主和音に遷移、という「変分」を表現できるようなコーディングを採用してみました。従って、そこでの状態遷移パターンというのは、単純な状態(和音)の系列ではなく、寧ろ遷移の系列を表したものになっています。厳密な言い方をすれば、そこでのコーディングにおいては、どういう組み合わせで音が(ある時点で同時に)鳴っているかについての状態の系列となっており、その音の組み合わせが五度圏上のどの位置で鳴っているかについては、後の和音について前の和音との相対的な関係(変分)の系列となっています。例えば、状態の系列としては

(長三和音形・ハ調)→(長三和音形・ト調)

(長三和音形・へ調)→(長三和音形・ハ調)

であるものについて

(長三和音形)→五度上→(長三和音形)

という同一のパターンとして

(長三和音形・基準位置)→(長三和音形・五度上)

というように表現していることになり、状態の系列と変化(遷移)の系列が混在した表現になっています。遷移パターンの計算にあたり、転回を考慮する程度に応じて、以下の3種類の集計を行いましたが、そのいずれも上で述べた位置の移動(変分)は考慮しており、所謂「移置」を意識している点では共通しています。

  • 全ての和音について転回形を区別せず(=移置のみ)。(default)
  • 移置+長短三和音のみ転回形を区別。(tonic)
  • 移置+全ての和音について転回形を区別。(inv)
  •  その結果として、公開した集計結果のフォーマットは通常の状態遷移パターンと異なり、状態遷移パターンに含まれる状態は、計算の元となった系列に含まれる状態(ここでは和音) そのものではないという特徴を持ちます。つまり通常の状態遷移パターンに含まれる要素は、元となった系列の要素である状態そのものであり、(和音パターン・位置・転回)の並びとなるところ、上記のような変分を考慮したパターンでは、遷移パターンに含まれる各状態は、元の系列の各状態そのものではなくて、(最初の和音パターン・基本位置→次の和音パターン・前からの変分→次の和音パターン・前からの変分→…)というパターンになります。

     この記法で問題になるのは、遷移パターン中に出現する状態は、あくまでのそのパターンの内部での相対的な状態であり、元の系列の状態そのものではないため、普通状態遷移パターンの分析で用いられている色々なやり方がそのままでは使えないことだと思います。勿論、遷移パターン系列同士の比較はできるし、遷移パターン系列群の内部で共通する遷移を取り出して、確率を求めるといったことは可能です。とはいえ、公開したデータで通常、状態遷移パターンの分析で用いられる色々な方法を試みることができないのは集計結果の活用の仕方を制限してしまうことになります。問題は和音のパターンは状態の系列として表現されているのに、位置については変化の系列として表現され、それらが混在している点にあるので、論理的には全てを変化の系列として表現してしまうというアプローチもありうることになりますが、ある和音から別の和音への変化の「変分」を測るための「距離」をどのように定義するかは自明とは言い難く(和音の類似性のよう測度を考えることになり、これはこれで理論的には興味深い問題かも知れませんが、そのような定義がうまく定義できたとして、その「定義」が「意味」として自然なものになりうるかどうかを考えると容易なことではなさそうに感じられます)、こちらは現実的ではなさそうです。

     そこで一先ず、「変分」の共通性に拘った遷移パターンの集計結果のみを公開するのではなく、それらと比較対照ができるように、通常の状態の系列で表現可能な状態遷移パターンの集計結果を計算して公開することを思い当たったというのが背景になります。

     実は、通常状態遷移パターンを分析する際の処理を想定した時に、位置の移動(変分)の同型性を意識して状態の系列と変化(遷移)の系列が混在した表現と言う点はそのままの別の表記方法が思い浮かびました。

    (長三和音形)→五度上→(長三和音形)

    というパターンを

    (長三和音形(基準位置))→(長三和音形・五度上)

    と、前の状態を基準に、そこからの変分を次の出力値に埋め込んで表現するのではなく、

    (長三和音形・五度下)→(長三和音形(基準位置))

    というように、次の出力の側から見た時の変分を前の状態の一部として表現する方法が考えられます。こうすることで変分の情報は全て前の状態側に集められ、次の出力は単なる和音のパターンとなっており、取り扱いが容易になりそうです。またこうすることのメリットは、状態遷移をマルコフ過程として見た場合の単純マルコフ過程(大黒さんの著書を参照しつつ、ここで採用した言い方では、深さ=1に相当)よりも、多重マルコフ過程(深さ=2以上の相当)の場合により明らかに見えます。例えば二重マルコフ過程(深さ=2)の時、従来のパターンの表現では、

    (2つ前の和音(基準位置)→1つ前の和音・2つ前との変分)→(次の和音・1つ前との変分)

    となり、前の状態の側にも、次の和音の側にも変分が出現するだけでなく、前の状態の中で単なる和音と変分が埋め込まれた表現が混在することになります。実際には、系列の最初の2つ前の和音も更にもう一つ前の和音からの変分を持っている筈なのですが、その情報は含まれないことになります。これに対してここでの別案では、

    (2つ前の和音・1つ前との変分→1つ前の和音・次との変分)→(次の和音)

    となり、前の状態は変分つきの表現のみなのに対して次の状態は和音となるので形式的にもすっきりしているし、状態遷移確率として見た場合に「次に来る和音は何か?」についての不確実性の表現になっているように見えます。

     しかしながら上記の代替案に問題がない訳ではありません。なぜならば、単なる和音のパターンの継起としてではなく、位置の移動も考慮し、変分の共通性を意識した状態遷移パターンというデザインの主旨から考えた時、代替案には意味的な不自然さが生じてしまうからです。単純な例で示すために、再び単純マルコフ過程(深さ=1)を例にとります。

    (長三和音形・五度下)→(長三和音形)

    という表現が何を意味しているかと言えば、前の状態の和音のパターンは長三和音形であり、かつ位置に関して「次の和音の五度下」であると言っていて、これはつまり次の和音との関係の一部が先取りされてしまっていることになります。強いて言えば「前の和音が長三和音形で次が五度上に移動するとしたら、次の和音は何か?」ということになり、次の和音の相対位置が条件の側に含まれてしまっていることになります。この場合、「前の和音が長三和音形で次が三度上に移動するとしたら」というのは前の状態として別の状態として区別されることになります。勿論、そのような定義の状態遷移パターンとして、それに基づいた計算をすることは可能ですが、それは元の案とは異なった意味になり、意味に影響しない単なる形式的な変形ではありません。

     もう一度、元の案を確認してみましょう。

    (2つ前の和音→1つ前の和音・2つ前との変分)→(次の和音・1つ前との変分)

    もともと和音のパターンだけではなく、位置の移動の変分を考慮した状態遷移パターンであったので、寧ろ前の状態も次の値も、ともに和音のパターンと前との変分の組み合わせであるべきであり、従ってこちらの方が目的に適っていると見ることもできそうです。前の状態の最初の和音パターンからは、更に前との位置の変分は落ちてしまっていますが、基本的には「和音パターンと変分の組」によって状態が定義されていると考えるべきだということになります。

     そしてそう考えるのであれば本稿冒頭で提起した論点はそもそも問題ではなくなるわけですが、それでも単純マルコフ過程(深さ=1)での前の状態と次の間の非対称性は依然として残ってしまいます。それならばいっそのこと

    (1つ前の和音・2つ前との変分)→(次の和音・1つ前との変分)

    と、2つ前の和音との差分の情報を前の状態にも入れる方法も考えられます。それに対しては、例えばマルコフ情報源のエントロピーの計算にあたっては前の状態になりうる確率がわかれば良いのであって、それがわかれば(そして実際、集計結果に頻度は含まれるので)計算はできるので、非対称性は気にしなくても良いという考え方もあるかも知れません。一方で更にそれに対して、対称性が損なわれていることが問題になるケースが起こりうるかも知れないとして、従来の集計結果だけではなく、対称性があるような定義に基づいた集計結果をそれに加えて提示しておけばいいのではないかという意見もありそうです。

     それでは対称性があることを前提とした場合、どのような「状態」定義が考えられるでしょうか?これもまた様々な「状態」の定義の仕方が考えられるでしょうが、ここでは従来の定義からの延長として自然に思いつく以下の2つの定義を採用して、状態の系列の生成と遷移パターンの集計を行うことにしました。

    • 和音のパターン(例えば「長三和音形」)のみを状態とする(pcls)。
    • 和音のパターン・五度圏上での位置・転回の組み合わせ(例えばハ調の長三和音の第2転回形)を状態とする(trans_inv)。

    前者だと、機能和声上での同じ調領域での主和音・属和音の区別も転調も区別せず、密集・乖離のみならず、転回形の区別もない、単なるパターンの並びになります。それに対して後者では密集・乖離の区別はないものの、五度圏上の位置と転回については区別された状態の系列となりますが、その替わりにこれまで公開してきた集計結果で用いたコーディングでは可能であった、(長三和音形・ハ調)→(長三和音形・ト調)と(長三和音形・へ調)→(長三和音形・ハ調)の遷移としての同一性は扱えず、異なる状態遷移として扱われることになります。

     さらに上記2つの状態の定義を、これまで公開してきた集計結果で用いたられたものと比較してみます。従来の集計では、まず入力系列において、和音のパターン、五度圏上での位置の違いと転回形の区別を持った入力系列を生成し、状態遷移パターンの抽出において下記の3パターンのそれぞれの条件に従って集計を行ったのでした。

    • 全ての和音について転回形を区別せず(=移置のみ)。(default)
    • 移置+長短三和音のみ転回形を区別。(tonic)
    • 移置+全ての和音について転回形を区別。(inv)

     まず「和音のパターンのみを状態とする(pcls)」場合というのは、状態遷移パターン抽出にあたっての状態の定義上は上記の「全ての和音について転回形を区別しない(default)」場合比べたと同一ですが、遷移パターンの計算にあたって五度圏上の位置を区別するかどうか、つまり遷移上は「変分」を考慮するかどうかについて異なります。同様に違いは入力の系列の生成の方にもあって、従来は上記3つの集計方法を、和音のパターン、五度圏上での位置の違いと転回形の区別を持った入力系列に対して適用したのでした。そして入力の系列の生成にあたり、音がない(休符)場合や前の状態から変化がない場合は新たな状態とは看做さないという条件が適用される結果として、従来の「全ての和音について転回形を区別しない(default)」集計では、入力系列としては、位置の違い・転回形の区別によって前とは異なる状態として生成された状態が、遷移パターンの集計にあたっては同じパターンへの遷移、つまり変化なしとして扱われていたのですが、今回追加した「和音のパターンのみを状態とする(pcls)」条件での状態の系列の生成・遷移パターンの集計では、状態の系列の生成の際に同一パターンの連続と看做されれば、新たな状態とは看做されないことになるため、生成される系列の長さに違いが出ることになります。結果として出現する状態単独でのパターン(深さ0の遷移パターンに相当)の種類としては同一になりますが、生成された系列が異なり、かつ状態遷移パターンの計算にあたって、五度圏上の位置の移動(変分)を考慮するめ、状態遷移パターンは異なったものになります。

     一方で和音のパターン・五度圏上での位置・転回の組み合わせを状態とする(trans_inv)定義の方は、全ての和音について転回形を区別(inv)するのと、系列の生成についても、状態遷移パターンの集計についても見方は同じです。違いは状態遷移パターン上での区別の仕方にあって、従来のものは、位置の変化について変分が同じものは同一の遷移と見なしていたのに対して、今回追加の定義では、変分をパターンとするのではなく、あくまで前の状態と後の状態で位置が異なるものは、異なったパターンと看做されることになります。

     従って、系列の生成と遷移パターンの計算上の区別について、以下のような比較が成り立ちます。

    • 系列生成:pcls < default = tonic = inv = trans_inv
    • 遷移パターン計算:pcls < default < tonic < inv < trans_inv

    これは生成した状態の異なり数、和音毎・状態遷移パターンの異なり数の集計結果によって確認できます。公開ファイルのうち、(2)和音・状態遷移パターン種別がそれに該当します。

     (なお、こうして見るとpclsとdefaultの間にはギャップが存在するように見え、系列生成上はdefault以降と同じく位置・転回を区別しておいて、遷移パターン計算の際に位置・転回を無視して和音パターンのみで状態遷移パターンを作成するというやり方が考えられそうですが、これは状態遷移パターン上同一の和音パターンが連続しているパターンが生成されるが、実際にはそれは移置や転回を考慮すれば異なるパターンであるものが単に区別されていないためであるに過ぎず、そのような粗視化によって同一和音の連続がパターンに含まれることの意義が定かでないことから興味を惹くようなものではなく、トリヴィアルなものに感じられたため、(実際、計算は行って結果も得られているのですが)公開対象には含めないことにします。これについても今後、見方が変わって公開する意義があると判断したら追加で公開したいと思います。)

     上記の定義により、状態のコーディングに関しては以下のようにしました。

    • 和音のパターンのみを状態とする(pcls):和音のパターンを表す4桁の数値(定義は従来の集計では5桁目~8桁目と同じ)。従って10000倍すれば従来のコーディング体系と互換になります。当然、状態遷移パターンに含まれる各状態は、生成された系列の各状態そのものであり、普通の状態遷移系列としての取り扱いが可能です。
    • 和音のパターン・五度圏上での位置・転回の組み合わせを状態とする(trans_inv):こちらは従来のコーディングと同じです。8桁の数値で表現され、1,2桁目が転回を、3,4桁目が五度圏上の位置を、5~8桁目が和音のパターンを表します。詳細はMIDIファイルを入力とした分析の準備(3):状態遷移の集計手法の検討と集計結果の公開を参照頂けますようお願いします。ただし、遷移パターンに含まれる各状態は、これまでの集計結果では生成された系列の各状態そのものではなくて、(最初の和音パターン・基本位置(下4桁0000固定)→次の和音パターン・前からの変分→…)であったのに対し、ここでは常に生成された系列の各状態そのものであり、(和音パターン・位置・転回)の系列になります。このことによって、変化の同一性が捉えられないという犠牲の見返りに、普通の状態遷移系列としての取り扱いを可能にしています。

       3.公開ファイルの内容

     以下、公開するファイルの説明を行います。従来とは異なり、今回は、以下の2パターンの和音(ピッチクラスの集合)の系列を入力として行いました。

    • 各拍頭(A)/単音・重音の拍は対象外(cdnz3)
    • 各小節頭拍(B)/頭拍が単音・重音の小節は対象外(cdnz3)

    つまりこれまでと異なって、単音・重音の拍を含めた集計は行っていません。これは理論的・技術的な理由によるものではなく、単に、今後の分析にあたり、まずは単音・重音の拍は対象外としたデータの分析を行う予定だからです。従来、出現頻度のみの集計・分析であれば、機能よりもテクスチュア、聴感を重視して、単音・重音も含めた集計を行ってきましたが、状態遷移のパターンについては、まずは機能和声で言うところのカデンツに相当する構造を抽出する方が、作品の特徴を捉える上で一層興味深く思われるため、まずは単音・重音の拍は対象外とした集計を行った次第です。(今後分析を進めていった結果、ここでの想定とは異なり、単音・重音の拍を含めた系列の分析がより興味深いということになるかも知れず、その場合には単音・重音の拍を含めた集計を行うことになるでしょう。)

     また、各拍頭(A)/各小節頭拍(B)の両方を集計しましたが、機能和声で言うところのカデンツに相当する構造を抽出するという観点から言えば、各拍頭(A)だと細かすぎて、楽曲分析上重要とは看做されない経過音のようなものを拾う可能性がある一方で、小節の途中でコード進行が起きるのはごく普通に起きることなので、各小節頭拍(B)だと今度は肌理が粗すぎるように思われます。(厳密に言えば、例えば緩徐楽章等ではしばしば拍と拍の間でコード進行が起こることを考えると各拍頭(A)でも粗すぎる場合があることになります。)要するにMIDIファイルを入力として単純に同時に鳴る音の並びを拾うだけでは、大黒達也さんが『音楽する脳』(朝日新書, 2022)で述べるところの音楽の「意味」としての「コード進行」(同書p.114参照)は取り出せず、その中から「意味」のあるパターンを抽出する操作によって「意味」としてのコード進行が抽出できるのであって、コード進行はデータに客観的な仕方で埋め込まれているのを読み出す仕方で取り出されるのではなく、能動的にモデルを持って推論しつつ、探して読み出していくものなのだと言うことだと思います。(突飛な連想かも知れませんが、物理的な音声データと「音素」の関係と構造的には共通しているように感じます。)

     いずれにしても、ここで行っているのは機能和声理論に基づく楽曲分析でも、「意味」としてのコード進行の読み取りでもなく、単に入力データに含まれるパターンを抽出したものに過ぎない点は確認しておきたく思います。


    (1)状態遷移パターン集計結果

    アーカイブファイル和音状態遷移パターン出現頻度(3)_全交響曲.zipには和声の状態遷移パターンの頻度を集計した以下の4ファイルが含まれます。

    各拍頭(A)/単音・重音の拍は対象外

    • sym_A_pcls3.xlsx:五度圏上の位置・転回形を区別せず
    • sym_A_trans_inv3.xlsx:五度圏上の位置・転回形を区別)

    各小節頭拍(B)/頭拍が単音・重音の小節は対象外

    • sym_B_pcls3.xlsx:五度圏上の位置・転回形を区別せず
    • sym_B_trasn_inv3.xlsx:五度圏上の位置・転回形を区別

    各ファイル共通で以下の12シートからなり、シート毎に各集計対象ごとのデータが含まれます。このフォーマットはB列1行目に集計対象の和音の系列の長さ(=和音の総数)が追加された以外は、これまで公開してきた集計結果と同じです。

    • all:全交響曲
    • m1:第1交響曲
    • m2:第2交響曲
    • m3:第3交響曲
    • m4:第4交響曲
    • m5:第5交響曲
    • m6:第6交響曲
    • m7:第7交響曲
    • m8:第8交響曲
    • erde:「大地の歌」
    • m9:第9交響曲
    • m10:第10交響曲

    各シートのフォーマットも共通で、以下の通りです。

    • A,B列:深さ=0に相当する和音(A)と頻度(B)。A列1行目は和音の種別数。B列1行目は集計対象の和音の系列の長さ(=和音の総数)。
    • C~E列:深さ=1の状態遷移パターン(C~D)と頻度(E)。C列1行目はパターン数。
    • F~I列:深さ=2の状態遷移パターン(F~H)と頻度(I)。F列1行目はパターン数。
    • J~N列:深さ=3の状態遷移パターン(J~M)と頻度(N)。J列1行目はパターン数。
    • O~T列:深さ=4の状態遷移パターン(O~S)と頻度(T)。O列1行目はパターン数。
    • U~AA列:深さ=5の状態遷移パターン(U~Z)と頻度(E)。U列1行目はパターン数。




    (2)和音・状態遷移パターン種別

    アーカイブファイル 和音状態遷移パターン種別(2)_全交響曲.zip には和音毎・状態遷移パターンの異なり數(種別)を集計した以下のファイルが収められています。これは前の記事MIDIファイルを入力とした分析の準備(4):集計結果の公開(続き)での集計結果の更新版です。

    • sym_cdnz_summary2.xlsx

    以下、変更のあったシートについてのみフォーマットの説明をします。変更のないシートについては、前の公開時の記事MIDIファイルを入力とした分析の準備(4):集計結果の公開(続き)をご覧ください。

    ファイルは以下の4シートからなり、シート毎に以下の条件で集計した和音・状態遷移パターンの種別の集計結果が含まれますが、既述の通り、今回変更があったのは、★をつけた単音・重音の拍は対象外のシートです。

    • B_cdnz3:各小節頭拍(B)/頭拍が単音・重音の小節は対象外(★)
    • B_cdnz:各小節頭拍(B)/頭拍が単音・重音の小節を含む
    • A_cdnzs3:各拍頭(A)/単音・重音の拍は対象外(★)
    • A_cdnz:各拍頭(A)/単音・重音の拍を含む

    変更のあったシートのフォーマットは共通で、以下の通りです。追加された情報を★で示します。

    列方向:

    A列:集計対象の和音・状態遷移の種別

    • seq:対象拍数(Aなら拍数、Bなら小節数に概ね等しい)
    • pcls_cseq(★):対象状態数(単音・重音を含まない)・全ての和音について五度圏上の位置・転回形を区別せず
    • pcls(★):和音種別/状態遷移パターン・全ての和音について五度圏上の位置・転回形を区別せず
    • default_cseq::対象状態数(単音・重音を含まない)・全ての和音について転回形を区別せず(移置のみ)
    • default:和音種別/状態遷移パターン・全ての和音について転回形を区別せず(移置のみ)
    • tonic_cseq:対象状態数(単音・重音を含まない)・長短三和音のみ転回形を区別
    • tonic:和音種別/状態遷移パターン・長短三和音のみ転回形を区別
    • inv_cseq:対象状態数(単音・重音を含まない)・全ての和音について転回形を区別
    • inv:和音種別/状態遷移パターン・全ての和音について転回形を区別
    • trans_inv_cseq(★):対象状態数(単音・重音を含まない)・全ての和音について転回形を区別
    • trans_inv(★):和音種別/状態遷移パターン・全ての和音について五度圏上の位置・転回形を区別

    B列:深さ(0~5)の区分

    • 0:和音種別
    • 1:状態遷移パターン・前→後
    • 2:状態遷移パターン・2つ前、1つ前→後
    • 3:状態遷移パターン・3つ前、2つ前、1つ前→後
    • 4:状態遷移パターン・4つ前、3つ前、2つ前、1つ前→後
    • 5:状態遷移パターン・5つ前、4つ前、3つ前、2つ前、1つ前→後

    C~M列:各交響曲の集計結果

    • C列(m1):第1交響曲
    • D列(m2):第2交響曲
    • E列(m3):第3交響曲
    • F列(m4):第4交響曲
    • G列(m5):第5交響曲
    • H列(m6):第6交響曲
    • I列(m7):第7交響曲
    • J列(m8):第8交響曲
    • K列(erde):「大地の歌」
    • L列(m9):第9交響曲
    • M列(m10):第10交響曲
    • N列(sum)(★):C~M列の単純合計
    • O列(all)(★):全交響曲での集計結果

    行方向:

    • 1行目:ヘッダー行
    • 2行目~23行目:和音・状態遷移の種別(A列)/深さ(B列)の条件毎・曲毎の集計結果
    • 2行目:seq/0:対象拍数(Aなら拍数、Bなら小節数に概ね等しい)
    • 4行目:pcls_cseq/0(★):対象状態数(cdnzなら単音・重音を含む、cdnz3なら単音・重音を含まない)・全ての和音について五度圏上の位置・転回形を区別せず
    • 5~10行目:pcls/0~5(★):和音種別/状態遷移パターン(深さ0 ~5)・全ての和音について五度圏上の位置・転回形を区別せず
    • 12行目:default_cseq/0:対象状態数(cdnzなら単音・重音を含む、cdnz3なら単音・重音を含まない)・全ての和音について転回形を区別せず(移置のみ)
    • 13~18行目:default/0~5:和音種別/状態遷移パターン(深さ0 ~5)・全ての和音について転回形を区別せず(移置のみ)
    • 20行目:tonic_cseq/0:対象状態数(cdnzなら単音・重音を含む、cdnz3なら単音・重音を含まない)・長短三和音のみ転回形を区別
    • 21~26行目:tonic/0~5:和音種別/状態遷移パターン(深さ0~5)・長短三和音のみ転回形を区別
    • 28行目:inv_cseq/0:対象状態数(cdnzなら単音・重音を含む、cdnz3なら単音・重音を含まない)・全ての和音について転回形を区別
    • 29~34行目:inv/0~5:和音種別/状態遷移パターン(深さ0~5)・全ての和音について転回形を区別
    • 36行目:trans_inv_cseq/0(★):対象状態数(cdnzなら単音・重音を含む、cdnz3なら単音・重音を含まない)・全ての和音について五度圏上の位置・転回形を区別
    • 37~42行目:trans_inv/0~5(★):和音種別/状態遷移パターン(深さ0~5)・全ての和音について五度圏上の位置・転回形を区別



    [ご利用にあたっての注意] 公開するデータは自由に利用頂いて構いません。あくまでも実験的な試みを公開するものであり、作成者は結果の正しさは保証しません。このデータを用いることによって発生する如何なるトラブルに対しても、作成者は責任を負いません。入力として利用させて頂いたMIDIファイルに起因する間違い、分析プログラムの不具合に起因する間違いなど、各種の間違いが含まれる可能性があることをご了承の上、ご利用ください。(2023.8.27公開, 9.4追記)

    2023年8月21日月曜日

    リヒャルト・バトカ宛書簡にあるゲーテ『ファウスト』を引用した作品創作に関するマーラーの言葉(2023.8.21更新)

    リヒャルト・バトカ宛書簡にある作品創作に関するマーラーの言葉(1924年版書簡集(私が参照しているのは、Mahler, Alma Maria (hrsg.), Gustav Mahler : Briefe 1879--1911, Paul Zsolnay, 7-11 Tausend, 1925)原書198番, pp.216-7。1996年版書簡集(Gustav Mahler Briefe, Neuausgabe Zweite, nochmals revidierte Auflage 1996, Paul Zsolnay)では163番, pp.167-8。邦訳はヘルタ・ブラウコップフ編,『マーラー書簡集』, 須永恒雄訳, 法政大学出版局, pp.152。1979年刊行のマルトナーによる英語版("Selected Letters of Gustav Mahler", The original edition selected by Alma Mahler enlarged and edited with new Introduction, Illustrations and Notes by Knud Martner, Faber and Faber, 1979(ただし私が参照しているのは、同年にアメリカでFarrar Straus & Girouxより出版された版 では154番, pp.175-6。)
    (...) Aber ich könnte ebensogut darüber Aufschluß geben, "woran" ich lebe, als "woran" ich schaffe. - "Der Gottheit lebendiges Kleid" - das wäre noch etwas! Aber da würden Sie wohl weiter fragen? Nicht?
     Wenn ich ein Werk geboren habe, so liebe ich es, zu erfahren, welche Saiten es im "Andern" zum Tönen bringt; aber einen Aufschluß darüber habe ich bisher weder mir selbst gegeben, noch viel weniger von anderen erhalten können. Das klingt mystisch! Aber vielleicht ist die Zeit wieder gekommen, wo wir und unsere Werke uns wieder ein wenig un-"verständlich" geworden sein werden. Nur, wenn dem so ist, glaube ich daran, daß wir "Woran" schaffen. (...)

    (…)そこでお答えし得るのは、「何によって」創作するか、であると同時に「何によって」生きるか、ということです。――「神の生きた衣」――今なおそうではないでしょうか! しかしこう申したら貴殿はさらにお尋ねになりたいでしょう? そうではありませんか?

     作品を生み出せば、それを愛し、それが「他者」のいかなる琴線に触れるか知りたいと思います。しかしこれに対する答えを、いまだかつて自分でも与えられず、また他者からも得られたためしがありません。こう申し上げると不思議に思われるかもしれません! しかし、我々と我々の作品がいま少し「わかる」ものでなくなってしまった、そんな時代がまたしてもやってきたのではないでしょうか? ただ、もしそうであるなら、「何によって」我々が創作をするのか、その何かに小生は信を置いているのです。(…)

    (...)  But I could no more tell you what I work 'at' than what I live 'in'. -- 'The living cloak of godhead' --  that might serve as an answer! But it would only make you go on asking questions, would it not?

     When I have given birth to a work, I enjoy discovering what chords it sets vibrating in 'the Other'. But I have not yet been able to give an explanation of that myself -- far less obtain one from others. That sounds mystical! But perhaps the time has again come when we and our works are on the point of once again becoming a little in-'comprehensible' to ourselves. Only if that is so do I believe that we work 'at' something.(...) 

    この「語録」の別のところに記したとおり、フランソワーズ・ジルーのアルマ・マーラーに関する小説に出てくる作品創作に関するマーラーの 「神の衣を織る」という言葉の由来がずっとわからないままでいたのだが、書簡集を読み返していて、上掲のリヒャルト・バトカ宛の書簡に出てくる "Der Gottheit lebendiges Kleid"がそれらしいことに気付いたので記録しておくことにする。

    この書簡は日付も発信地ないようだが、アルマの編集した1924年版の書簡集では1896年11月18日にハンブルクからバトカに宛てた書簡(この書簡も既に別のところで 紹介している)とともに分類されており、マルトナーも1896年ハンブルクにて書かれたものと推測していて、邦訳のある1996年版書簡集(ヘルタ・ブラウコプフ編)でも(少なくとも排列上は)それが踏襲されている。 ただしヘルタ・ブラウコプフはもっと後の時期のものであるかも知れないとの推測を注で述べている。11月18日付け書簡の背景については当該書簡の項に記載したとおりだが、上掲の書簡は アルマのつけた注によれば、アンケートに対する回答として書かれたものとのことで、確かなことがわからない時期の問題をおけばジルーの記述とも背景は一致しており、この書簡が典拠であることは 間違いないだろう。この言葉に関連してこれまた既にここで紹介したアルマの「回想と手紙」の1910年の章に出てくる人間の「義務」についてのマーラーの言葉との 関係は依然として不明だが、バトカ宛書簡はこの2通だけである一方で、書簡集付属の人名録によればバトカは1922年まで生きていて、プラハの後、ウィーンでも活動したとのことだから、 件のアンケートがずっと後に行われ、それがきっかけでアルマの回想に書き留められたエピソードに繋がった可能性も全くないとは言えないだろう。いずれにせよ、インタビューがアメリカで行われた という私の推測は正しくなかったようである。ひところラ・グランジュの伝記に記載されたアメリカ時代のインタビュー(かなりの分量がある)にあたったのだが、探し当てられなかったのも道理である。

    ヘルタ・ブラウコプフの注記の根拠はわからないものの、普通に考えれば1910年のエピソードとの関係はないものと考えるべきなのだろうが、その可能性を捨てきれないのには実は理由がある。 マルトナーが注記していることだが、"Der Gottheit lebendiges Kleid"という言葉はゲーテの『ファウスト』からの引用なのだ。良く知られている通り、ゲーテの『ファウスト』の終幕を歌詞として 用いている第8交響曲の初演は1910年9月にミュンヘンで行われたから、件のアルマの回想はタイミングとしては丁度一致しているとも考えられるのだ。件のアンケートが雑誌のための ものであれば、掲載されている雑誌があれば確認できるかも知れないが、第8交響曲初演にちなんでそうしたアンケートが為され、マーラーが『ファウスト』の引用をもって回答したというのは そんなに突飛な推測とは言えまい。勿論手紙の原本が残っていれば用紙とかインクなどから時期を推定するなどの作業が行うことではっきりするかも知れないが、 私にはそれが出来ないから、今のところはまたしても推測のままにしておくほかはない。

    だがせめて、それでは"Der Gottheit lebendiges Kleid"が『ファウスト』のどこに出てくるのかはここで確認しておくことにしよう。第1部が始まって間もなくの、ファウストの独白が繰り広げられる「夜」の 場面で地霊が語る言葉として以下のように出てくるのだ(第1部509行目)。

    Ein wechselnd Weben,
    Ein glühend Leben,
    So schaff ich am saufenden Webstuhl der Zeit
    Und wirke der Gottheit lebendiges Kleid.
    (Goethe Werke, Hamburger Ausgabe in 14 Bänden, Bd. 3, 11.Auflage, 1981による)

    「経緯(たてよこ)に織り交う糸、
    燃える命、
    こうしておれは「時」のざわめく機(はた)をうごかす。
    神の生きた衣を織る。」
    (手塚富雄訳『ファウスト』中央公論社版〈1971〉,p.21による)

    更に少し先、「書斎」の場面のメフィストの言葉には、この言葉と呼応するかのように "Zwar ist's mit der Gedankenfabrik / Wie mit einem Weber-Meisterstück" という言い回しも出てくる。 こうした言葉を念頭において改めてマーラーの書簡を読むと、一見したところ掴みどころの無さそうなマーラーの文章の修辞が、明らかにファウストの詞章を踏まえたものであることが窺える。 例えば"woran" ich lebe, als "woran" ich schaffe.という言い回しは、それに由来するかどうかはおくとしても、上記詞章に含まれるLebenと響きあう。なお、ゲーテの『ファウスト』には様々な版が あり、本文にかなりの差異が見られるが、それに呼応するように、上記の引用箇所についての訳もまたかなり幅があるようだ。例えば岩波文庫に収められている相良守峯訳では 「転変する生動、/灼熱する生命、/こうしておれは時のざわめく機織にいそしみ、/神の生きた衣を織っているのだ。」(岩波文庫版、上巻、p.42)となっているし、確認した他の幾つかの版では 更に違いが甚だしいが、ここでは「神の生きた衣を織る」という言い回しに拘っているのだから、その言い回しを訳文に反映している2種類の訳を掲げるに留める。

    なおジルーの文章は、もし典拠がこの書簡であるとすれば、忠実な翻訳ではなく、些か自由なパラフレーズであろう。ジルーがどの版を下敷きにしているかは定かではないが、寧ろゲーテの詞章に 近いものになっているのに対し、ジルーの小説の独訳版は、この書簡を照会することもなく(もっとも問いが Warum glauben Sie ?に変わっているのは、後段のマーラーの Nur, wenn dem so ist, glaube ich daran, daß wie "Woran" schaffen. にひきずられてのことかも知れないが)、ゲーテを参照したとも思えず、ジルーの文章の更なるパラフレーズを 試みたもののようだ。一方、この書簡自体の翻訳について言えば、マルトナーの英語版の方は注釈より明らかだが、1996年版の邦訳がゲーテの詞章を踏まえているかどうかは定かではない。 それが影響しているかどうか、マルトナーの英語版の英訳(ただし翻訳自体は、Eithne Willeins と Ernst Kaiser によると記されている)と邦訳との間には解釈の少なからぬ違いが見受けられるのが些か気になることを付記しておくことにする。(2009.12.06, 12.13加筆修正、 2010.5.4加筆、2023.8.21タイトルを更新するとともに、引用中の誤記を修正するとともに比較対照ができるように邦訳および英訳を参照し、かつ出典記載を詳細化。)

    2023年8月20日日曜日

    「私の一生は紙切れだった!」:アルマの『回想と手紙』にある病床でのマーラーの言葉

    アルマの『回想と手紙』にある病床でのマーラーの言葉(アルマ・マーラー『グスタフ・マーラー 回想と手紙』、1949年版原書pp.246-7, 1971年版原書(回想のみ)p.226, 白水社版邦訳(酒田健一訳)p.228)
    (...) "Wie Spinnen haben sie mich umstrickt! Sie haben mein Leben gestohlen! Man hat mich isoliert! Aus Eifersucht und Neid! Aber auch ich bin schuld. Warum habe ich es geschehen lassen? Ach, ich habe Papier gelebt!" und das sagte er immer wieder vor sich hin : "Ich habe Papier gelebt!"

    (…)「やつらは蜘蛛みたいに私をがんじがらめにした!やつらは私の人生を盗んだ!私を孤立させた!嫉妬と羨望からだ!だが私にも責任がある。なぜ私はそうなるまで放っといたのか?ああ、私の一生は紙切れだった!」彼はだれに聞かせるでもなく、何度もこの言葉をくり返した。「私の一生は紙切れだった!」

     これを病人の繰言と片付けるのは容易いことだし、一方でマーラーほどの立身出世をした人間の言葉とは思えないとして顔を顰めてみせることもできよう。 ごく控え目に言っても、これはあくまでマーラーの視点からの展望に過ぎず、他人から見ればまた異なった判断が為されるのだろう。 だが、仮にそれを認めてもマーラーの心の傷がなくなるわけではないし、恐らくは上記のマーラーの言葉には少なからぬ真実が含まれているのだろうと思う。

     こうした事柄はマーラーの遺した音楽を受け止めるにあたって取るに足らないことだろうか。他の作曲家への一般化はできないだろうし、安易な伝記主義も また問題だろうが、こうしたマーラーの反応は、その音楽の持つ表情と決して無縁ではないように思えてならない。例えばとりわけ第9交響曲に読み取れる 様々な情態の変転の中には、上記の言葉と響きあう調子が含まれているのではなかろうか。
     
     何と卑小な、芸術に相応しからぬ素材であることよ、と批判する向きもまた、あるだろう。そんな低次元の感情を音楽に持ち込むはしたなさを詰る人も いるに違いない。例えば「きわめて反抗的に」という指示を持つ音楽などに価値はない、というわけだ。 だがそういう人にとってはマーラーの音楽は無縁で価値のないものである、ということに過ぎない。そのような価値の体系が、マーラーの 音楽に意義を認める価値に比べて優れていると言い募る根拠となる尺度など、一体どこにあるのだろう。
     
     否、そんなことはどうでもいいのだ。私には「自分の人生は紙切れだった」と病床で語るマーラーの気持ちが、(私なりの矮小化されたかたちではあっても) とてもよく分かる気がする。若き楽長マーラーが直面した無理解と冷笑から始まって、こうした感じ方を抱く契機には事欠かなかった筈なのだ。 マーラーは決して狂信的な人間ではなく、自分がやったことを客観的に眺めることができたようだから、彼が時折或る種のシニシズムに陥ったとて、 それを責めることは私には到底できない。そして何よりも私にとってかけがえのないものに感じられるのは、それでいてマーラーが決して自分の価値観を 完全に相対化して解体してしまいはしなかったこと、自分の核にある「何か」を信じつづけたように思えることである。
     
     マーラーの場合、それは無意識的な原信憑ではなく、苦い批判と懐疑にさらされつつ守り続けたものなのだ。 私はそうした意識の働きに感動を覚え、共感する。遠い異郷の、過去の人だけれども、マーラーは出会って以来40年以上経ってなお、 自分にとってそれなしでは耐えて生きていくことのできない価値を共有する同伴者なのだし、その音楽はそうした価値の存在を身をもって 示しているように感じられる。恐らくその作品はマーラー自身にとっても、そうした価値を確認するための媒体であったのではないか。 そこに或る種の自家中毒の危険を嗅ぎ付けて批判する人の慧眼には敬服するけれど、私はそこまで怜悧であり続けることができない。 所詮はそうした循環の中を生きていくしかない。価値は天空のどこかから降ってくるわけではないのだから。
     
     クロップシュトックの賛歌に自ら詞を書き加えて以来、マーラーはある意味ではひたすら同じことを反復して確認し続けていたのだ という見方も成り立つだろう。そうした営為を愚かだと嘲笑したければすればいいのだ。私はそんなに聡明でもないし達観もできないから、 そうした強迫的な反復による確認の衝動の方がずっと自然に感じられる。「お前は無駄に苦しんだわけではないのだ。」という言葉は「私はこの世では幸せに恵まれなかった。」と言う言葉によって、打ち消されてしまうものなのか?マーラーは矛盾した態度を取り、かつての自分の答を否定してしまったのか?マイケル・ケネディの言う通り、「マーラーに演技者の要素があること、つまり確信からではなく、精神的な実験として態度を構えたことは確か」(マイケル・ケネディ『グスタフ・マーラー』, 中河原理訳, 芸術現代社, 1978, p.235)なのだろう。だが繰り返しになるが、それはマーラーが批判的な知性を有し、狂信的な人間ではなく、自分がやったことを客観的に眺めることができたこと、「一つの世界を構築すること」という自分の試みに対して意識的であったことの結果に過ぎない。一見してそう見えるような矛盾、対立などなく、その都度の絶え間ない懐疑と徹底した問い直しがあるばかりだ。「私の一生は紙切れだった!」も真実ならば、若きマーラーがゲーテの『ファウスト』第1部の地霊の科白に仮託して述べた「神の衣を織る」という信念、確認も真実なのだということは、1世紀後に極東の地方都市で生を享けた出会った平凡な子供にも、その後馬齢を重ねてマーラーその人の生きた年数を、年数だけは超えた後に自らも(彼我の間に横たわる余りに大きな差異にも関わらず同様に)「私の一生は紙切れだった」のではないかという後悔の念に囚われつつある初老の凡人にさえ、明らかなことに感じられる。何よりも彼が遺した「神の衣」に触れる都度、そうすること自体によってそれが事実であることを確認しているのだと感じられる。例えそのことをこのように証言することによってしか、その価値に与れないとしても。自らは「神の衣」を織ること能わずとも。

     第9交響曲の第4楽章の末尾には「何か」が残っている。 音楽は消え去るけれど、全くの無に帰するわけではない。何かが残っている。「紙くず」同然の生に勝り、それを耐え忍ばせ、剰えそうした生そのものに勝る何かが。 (2009.2.24公開, 2023.8.20タイトルを変更し、邦訳を追加して加筆。)

    2023年8月7日月曜日

    MIDIファイルを入力とした分析の準備(5):状態遷移の集計結果の公開(補遺)

       1.本稿の主旨

     MIDIファイルを入力とした状態遷移プロセスの分析に着手すべく実施した状態遷移の集計手法の検討の内容および、それに基づいたマーラーの交響曲のMIDIファイルを対象とした集計結果について、MIDIファイルを入力とした分析の準備(3):状態遷移の集計手法の検討と集計結果の公開およびMIDIファイルを入力とした分析の準備(4):集計結果の公開(続き)にて報告し、集計結果の公開を行ってきました。

     本稿では、前2回の内容をうけて、交響曲毎ではなく、全交響曲についての状態遷移の集計結果を報告します。単に交響曲単位であった前2回の集計結果をマージしただけではありますが、状態遷移のパターン数にして数万にもなり、それなりの規模のデータであること、交響曲全体での状態遷移パターンとその頻度(出現確率)があれば、個別の交響曲の特徴や、これまで和音の出現頻度を用いて行ってきたような、創作の時代区分に対応した傾向などといった分析を行うことができるなど、今後行っていく分析の基本データとして意義があるものと考えて、補遺として公開することとしました。

     (ここで本稿まで3回の記事で公開したデータを集計してみての素朴な感想を述べさせて頂くならば、和音の出現頻度の時と異なって、そもそもどれくらいの数の状態遷移パターンが出現しているのか、深さによってパターン数がどう変わっていくかなど、実際に集計してみるまで、定量的な側面について殆ど勘が働かない領域のデータ集計であり、分析以前に、集計結果に関するごく基礎的な特徴の把握自体、少なくとも私個人にとっては意味があるように感じられました。更に本稿で公開するデータは、マーラーの交響曲全体に関する、その音楽における和音の状態遷移パターンの出現頻度であり、大幅に単純化した上でとはいえ、まさしく「マーラー・オートマトン」の出力に他ならず、例えばこのデータに基づいた機械学習によって「マーラー・オートマトン」の主要な次元における軌道についてのシミュレータを作成できる可能性に繋がるといった具合に、様々な可能性を内蔵したデータであると思います。)

     分析の方針であるとか、条件であるとかについては、前2回の分析で述べたものと同一ですので、ここでは繰り返さず、上掲の前の記事を参照頂けるようお願いします。


       2.公開ファイルの内容

     以下、公開するファイルの説明を行います。従来通り、集計は以下の4パターンの和音(ピッチクラスの集合)の系列を入力として行いました。

    • 各拍頭(A)/単音・重音の拍は対象外(cdnz3)
    • 各小節頭拍(B)/頭拍が単音・重音の小節は対象外(cdnz3)
    • 各拍頭(A)/単音・重音の拍を含む(cdnz)
    • 各小節頭拍(B)/頭拍が単音・重音の小節を含む(cdnz)

     更に上記のそれぞれについて、まず入力系列においては、和音のパターン、五度圏上での位置の違いと転回形の区別を持った入力系列を生成し、状態遷移パターンの抽出において下記の3パターンのそれぞれについて集計を行ったものの集計を行いました(MIDIファイルを入力とした分析の準備(3):状態遷移の集計手法の検討と集計結果の公開で公開した集計結果に対応)…(1)
    • 全ての和音について転回形を区別せず。(default)
    • 長短三和音のみ転回形を区別。(tonic)
    • 全ての和音について転回形を区別。(inv)

     次いで上記の3つのパターンを入力系列を生成する際に生成する際の条件として、3種類の和音の系列を生成し、それぞれについて状態遷移パターンの集計を行いました(MIDIファイルを入力とした分析の準備(4):集計結果の公開(続き)で公開した結果に対応)…(2)

     本稿で公開するアーカイブファイルは以下の2つで、それぞれ4ファイルよりなります。

    (1)交響曲全体での和音遷移パターン出現頻度(1).zip

     和音のパターン、五度圏上での位置の違いと転回形の区別を持った入力系列に対する状態遷移パターン集計で転回形の区別に応じた3パターンでの集計を行った結果。

    • synall_A_inv_cdnz.xlsx:各拍頭/単音・重音の拍を含む。以下の4シートからなります。
      • sym_A_cdnz_inv_default:深さ1~5の状態遷移パターン出現頻度。全ての和音について転回形を区別せず。
      • sym_A_cdnz_inv_inv:深さ1~5の状態遷移パターン出現頻度。全ての和音について転回形を区別。
      • sym_A_cdnz_inv_tonic:深さ1~5の状態遷移パターン出現頻度。長短三和音のみ転回形を区別。
      • sym_A_frq_inv:深さ0に相当する和音出現頻度
    • synall_A_inv_cdnz3.xlsx:単音・重音の拍は対象外。以下の4シートからなります。
      • sym_A_cdnz3_inv_default:深さ1~5の状態遷移パターン出現頻度。全ての和音について転回形を区別せず。
      • sym_A_cdnz3_inv_inv:深さ1~5の状態遷移パターン出現頻度。全ての和音について転回形を区別。
      • sym_A_cdnz3_inv_tonic:深さ1~5の状態遷移パターン出現頻度。長短三和音のみ転回形を区別。
      • sym_A_frq3_inv:深さ0に相当する和音出現頻度
    • synall_B_inv_cdnz.xlsx:頭拍が単音・重音の小節を含む。以下の4シートからなります。
      • sym_B_cdnz_inv_default:深さ1~5の状態遷移パターン出現頻度。全ての和音について転回形を区別せず。
      • sym_B_cdnz_inv_inv:深さ1~5の状態遷移パターン出現頻度。全ての和音について転回形を区別。
      • sym_B_cdnz_inv_tonic:深さ1~5の状態遷移パターン出現頻度。長短三和音のみ転回形を区別。
      • sym_B_frq_inv:深さ0に相当する和音出現頻度
    • synall_B_inv_cdnz3.xlsx:頭拍が単音・重音の小節は対象外。以下の4シートからなります。
      • sym_B_cdnz3_inv_default:深さ1~5の状態遷移パターン出現頻度。全ての和音について転回形を区別せず。
      • sym_B_cdnz3_inv_inv:深さ1~5の状態遷移パターン出現頻度。全ての和音について転回形を区別。
      • sym_B_cdnz3_inv_tonic:深さ1~5の状態遷移パターン出現頻度。長短三和音のみ転回形を区別。
      • sym_B_frq3_inv:深さ0に相当する和音出現頻度
    深さ1~5の状態遷移パターン出現頻度のシートのフォーマットは共通で、以下の通りです。
    • A,B列:未使用
    • C~E列:深さ=1の状態遷移パターン(C~D)と頻度(E)。C列1行目はパターン数。
    • F~I列:深さ=2の状態遷移パターン(F~H)と頻度(I)。F列1行目はパターン数。
    • J~N列:深さ=3の状態遷移パターン(J~M)と頻度(N)。J列1行目はパターン数。
    • O~T列:深さ=4の状態遷移パターン(O~S)と頻度(T)。O列1行目はパターン数。
    • U~AA列:深さ=5の状態遷移パターン(U~Z)と頻度(E)。U列1行目はパターン数。



    深さ0に相当する和音出現頻度のシートのフォーマットは共通で、以下の通りです。
    • A,B列:構成音(ピッチクラスの集合)、五度圏上の位置、バスの位置を区別した和音出現頻度。A列1行目はパターン数。
    • C.D列:構成音(ピッチクラスの集合)、バスの位置を区別した和音出現頻度。C列1行目はパターン数(invに対応)。
    • E,F列:構成音(ピッチクラスの集合)を区別し、長短三和音のみバスの位置を区別した和音出現頻度(tonicに対応)。E列1行目はパターン数。
    • G,H列:構成音(ピッチクラスの集合)のみを区別した和音出現頻度(defaultに対応)。G列1行目はパターン数。



    (2)交響曲全体での和音遷移パターン出現頻度(2).zip
      入力系列の生成で転回形の区別に応じた3パターンでの構成を行い、それぞれについて状態遷移パターンを集計した結果。
    • synall_A_cdnz.xlsx:各拍頭/単音・重音の拍を含む。以下の3シートを含みます。
      • sym_A_default_cdnz:深さ0~5の和音・状態遷移パターン出現頻度。全ての和音について転回形を区別せず。
      • sym_A_inv_cdnz:深さ0~5の和音・状態遷移パターン出現頻度。全ての和音について転回形を区別。synall_A_inv_cdnz.xlsxのsym_A_cdnz_inv_invシートと同一条件の集計結果です。
      • sym_A_tonic_cdnz:深さ0~5の和音・状態遷移パターン出現頻度。長短三和音のみ転回形を区別。
    • synall_A_cdnz3.xlsx:単音・重音の拍は対象外。以下の3シートからなります。
      • sym_A_default_cdnz:深さ0~5の和音・状態遷移パターン出現頻度。全ての和音について転回形を区別せず。
      • sym_A_inv_cdnz:深さ0~5の和音・状態遷移パターン出現頻度。全ての和音について転回形を区別。synall_A_inv_cdnz3.xlsxのsym_A_cdnz3_inv_invシートと同一条件の集計結果です。
      • sym_A_tonic_cdnz:深さ0~5の和音・状態遷移パターン出現頻度。長短三和音のみ転回形を区別。
    • synall_B_cdnz.xlsx:頭拍が単音・重音の小節を含む。以下の3シートからなります。
      • sym_A_default_cdnz:深さ0~5の和音・状態遷移パターン出現頻度。全ての和音について転回形を区別せず。
      • sym_A_inv_cdnz:深さ0~5の和音・状態遷移パターン出現頻度。全ての和音について転回形を区別。synall_B_inv_cdnz.xlsxのsym_B_cdnz_inv_invシートと同一条件の集計結果です。
      • sym_A_tonic_cdnz:深さ0~5の和音・状態遷移パターン出現頻度。長短三和音のみ転回形を区別。
    • synall_B_cdnz3.xlsx:頭拍が単音・重音の小節は対象外。以下の3シートからなります。
      • sym_A_default_cdnz:深さ0~5の和音・状態遷移パターン出現頻度。全ての和音について転回形を区別せず。
      • sym_A_inv_cdnz:深さ0~5の和音・状態遷移パターン出現頻度。全ての和音について転回形を区別。synall_B_inv_cdnz3.xlsxのsym_B_cdnz3_inv_invシートと同一条件の集計結果です。
      • sym_A_tonic_cdnz:深さ0~5の和音・状態遷移パターン出現頻度。長短三和音のみ転回形を区別。
    各シートのフォーマットは共通で、以下の通りです。
    • A,B列:深さ=0に相当する和音(A)と頻度(B)。A列1行目は和音の種別数。
    • C~E列:深さ=1の状態遷移パターン(C~D)と頻度(E)。C列1行目はパターン数。
    • F~I列:深さ=2の状態遷移パターン(F~H)と頻度(I)。F列1行目はパターン数。
    • J~N列:深さ=3の状態遷移パターン(J~M)と頻度(N)。J列1行目はパターン数。
    • O~T列:深さ=4の状態遷移パターン(O~S)と頻度(T)。O列1行目はパターン数。
    • U~AA列:深さ=5の状態遷移パターン(U~Z)と頻度(E)。U列1行目はパターン数。





    [ご利用にあたっての注意] 公開するデータは自由に利用頂いて構いません。あくまでも実験的な試みを公開するものであり、作成者は結果の正しさは保証しません。このデータを用いることによって発生する如何なるトラブルに対しても、作成者は責任を負いません。入力として利用させて頂いたMIDIファイルに起因する間違い、分析プログラムの不具合に起因する間違いなど、各種の間違いが含まれる可能性があることをご了承の上、ご利用ください。(2023.8.7公開)


    2023年8月6日日曜日

    MIDIファイルを入力とした分析の準備(4):状態遷移の集計結果の公開(続き)

      1.本稿の主旨

     MIDIファイルを入力とした状態遷移プロセスの分析に着手すべく実施した状態遷移の集計手法の検討の内容および、それに基づいた集計結果について、前の記事「MIDIファイルを入力とした分析の準備(3):状態遷移の集計手法の検討と集計結果の公開」にて報告しました。

     そこでは分析の条件として、同一和音の連続および無音の拍(小節)は対象外とした上で、各小節の頭拍を対象とした場合、各拍を対象とした場合のそれぞれについて、単音・重音の拍(小節)を対象に含めた系列を入力とするかどうかに加え、状態遷移パターンの集計における転回形の区別の扱い関して以下の3パターンについて集計を行ったことを述べました。

    • 全ての和音について転回形を区別せず。(default)
    • 長短三和音のみ転回形を区別。(tonic)
    • 全ての和音について転回形を区別。(inv)

     従って、前回の報告では、マーラーの交響曲の各曲について、以下の4パターンを入力とし、

    • 各拍頭(A)/単音・重音の拍は対象外
    • 各小節頭拍(B)/頭拍が単音・重音の小節は対象外
    • 各拍頭(A)/単音・重音の拍を含む
    • 各小節頭拍(B)/頭拍が単音・重音の小節を含む

    それぞれについて、転回形の区別に関する上記3パターンの都合12パターンの集計を行い、その結果を公開しました。

     ところで、前の記事をお読みになってお気づきになったと思いますが、転回形の区別に関する条件を、状態遷移パターンの集計のタイミングで適用するのでなく、入力となる系列を構成する際に適用することが考えられます。前回の考え方では入力の系列上は構成音(ピッチクラスの集合)、五度圏上の位置、バスの位置が区別されているものに対して、遷移パターンの計算にあたって、五度圏上の位置とバスの位置の相対関係で求めることができる転回の違いを区別して集計するかどうかを変えていたのに対し、入力系列を構成する際に、初めから構成音(ピッチクラスの集合)と五度圏上の位置の区別のみしかしないか、転回の違いを区別するかを変えて集計することも可能です。

     結果として、前回の集計においては、遷移パターンにおいて転回の違いを区別しない場合に、遷移パターンとして、同一パターンの連続が出現しうるのに対し、入力系列を構成する際に転回を区別しないのであれば、位置の異なる同一の構成音(ピッチクラスの集合)の連続は同一和音の連続を対象外とするルールに従って除外されるため、入力の系列そのものが異なった長さを持つ、異なった系列となる一方で、同一パターンの連続は入力系列構成の段階で除外されてしまうため、遷移パターンとしては出現しないことになります。

     なお入力系列を構成する際に転回の区別の条件を考慮した結果を前回公開した集計結果と比較した時、

    • 全ての和音について転回形を区別せず。(default)
    • 長短三和音のみ転回形を区別。(tonic)
    については、前回とは異なる入力系列に基づく遷移パターンの抽出となるため、異なる結果となりますが、
    • 全ての和音について転回形を区別。(inv)
    については前回と同じ入力系列となるため、遷移パターンも前回と同一の結果になります。

     以下、上記の考え方に基づく集計結果を公開します。


    2.公開した集計結果の説明

     以下、公開しているアーカイブファイルの内容について説明します。

    本記事に関連するアーカイブファイルは以下の3種類です。

    (1)対象データ

    アーカイブファイル和音状態遷移元データ_全交響曲(2).zipには状態遷移パターンの出現頻度集計の対象データを含む、以下の12ファイルが収められています。既述の通り、全ての和音について転回形を区別(inv)して構成した対象データ(以下で"*"でマーキングしています)は前回公開したものと同一の入力データですが、割愛せずに含めました。

    各拍頭(A)/単音・重音の拍は対象外

    • sym_A_default_seq3.xlsx:集計結果(全ての和音について転回形を区別せず)
    • sym_A_tonic_seq3.xlsx:集計結果(長短三和音のみ転回形を区別)
    • *sym_A_inv_seq3.xlsx:集計結果(全ての和音について転回形を区別)

    各小節頭拍(B)/頭拍が単音・重音の小節は対象外

    • sym_B_default_seq3.xlsx:集計結果(全ての和音について転回形を区別せず)
    • sym_B_tonic_seq3.xlsx:集計結果(長短三和音のみ転回形を区別)
    • *sym_B_inv_seq3.xlsx:集計結果(全ての和音について転回形を区別)

    各拍頭(A)/単音・重音の拍を含む

    • sym_A_default_seq.xlsx:集計結果(全ての和音について転回形を区別せず)
    • sym_A_tonic_seq.xlsx:集計結果(長短三和音のみ転回形を区別)
    • *sym_A_inv_seq.xlsx:集計結果(全ての和音について転回形を区別)

    各小節頭拍(B)/頭拍が単音・重音の小節を含む

    • sym_B_default_seq.xlsx:集計結果(全ての和音について転回形を区別せず)
    • sym_B_tonic_seq.xlsx:集計結果(長短三和音のみ転回形を区別)
    • *sym_B_inv_seq.xlsx:集計結果(全ての和音について転回形を区別)

    各ファイル共通で以下の12シートからなり、シート毎に各交響曲のデータが含まれます。

    • m1:第1交響曲
    • m2:第2交響曲
    • m3:第3交響曲
    • m4:第4交響曲
    • m5:第5交響曲
    • m6:第6交響曲
    • m7:第7交響曲
    • m8:第8交響曲
    • erde:「大地の歌」
    • m9:第9交響曲
    • m10:第10交響曲

    各シートのフォーマットも共通で、以下の通りです。

    • 各列:各楽章・部・曲毎の対象データ
    • 1行目:和音数(状態遷移の状態の数)
    • 2~9行目:未使用
    • 10行目以降:各状態における和音を上述の定義に基づき符号化したもの



    (2)状態遷移パターン集計結果

    アーカイブファイル和音状態遷移パターン出現頻度(2)_全交響曲.zipには和声の状態遷移パターンの頻度を集計した以下の12のファイルが含まれます。既述の通り、全ての和音について転回形を区別(inv)した結果(以下で"*"でマーキングしています)は、前回の集計結果と同一のものですが、割愛せずに含めました。

    各拍頭(A)/単音・重音の拍は対象外

    • sym_A_default_cdnz3.xlsx:集計結果(全ての和音について転回形を区別せず)
    • sym_A_tonic_cdnz3.xlsx:集計結果(長短三和音のみ転回形を区別)
    • *sym_A_inv_cdnz3.xlsx:集計結果(全ての和音について転回形を区別)

    各小節頭拍(B)/頭拍が単音・重音の小節は対象外

    • sym_B_default_cdnz3.xlsx:集計結果(全ての和音について転回形を区別せず)
    • sym_B_tonic_cdnz3.xlsx:集計結果(長短三和音のみ転回形を区別)
    • *sym_B_inv_cdnz3.xlsx:集計結果(全ての和音について転回形を区別)

    各拍頭(A)/単音・重音の拍を含む

    • sym_A_default_cdnz.xlsx:集計結果(全ての和音について転回形を区別せず)
    • sym_A_tonic_cdnz.xlsx:集計結果(長短三和音のみ転回形を区別)
    • *sym_A_inv_cdnz.xlsx:集計結果(全ての和音について転回形を区別)

    各小節頭拍(B)/頭拍が単音・重音の小節を含む

    • sym_B_default_cdnz.xlsx:集計結果(全ての和音について転回形を区別せず)
    • sym_B_tonic_cdnz.xlsx:集計結果(長短三和音のみ転回形を区別)
    • *sym_B_inv_cdnz.xlsx:集計結果(全ての和音について転回形を区別)
    各ファイル共通で以下の12シートからなり、シート毎に各交響曲のデータが含まれます。
    • m1:第1交響曲
    • m2:第2交響曲
    • m3:第3交響曲
    • m4:第4交響曲
    • m5:第5交響曲
    • m6:第6交響曲
    • m7:第7交響曲
    • m8:第8交響曲
    • erde:「大地の歌」
    • m9:第9交響曲
    • m10:第10交響曲
    各シートのフォーマットも共通で、以下の通りです。今回A,B列に含めた和声(ピッチクラスの集合)の頻度は、前回は別ファイル((3)和声出現頻度集計結果)として公開していたものに相当します。今回の集計では、入力の系列の生成時点で転回の区別の条件を適用してしまうため、和音(ピッチクラスの集合)の頻度の集計にあたって転回の条件を変えて集計することはそもそもできないので、状態遷移パターンとセットにしました。
    • A,B列:深さ=0に相当する和音(A)と頻度(B)。A列1行目は和音の種別数。
    • C~E列:深さ=1の状態遷移パターン(C~D)と頻度(E)。C列1行目はパターン数。
    • F~I列:深さ=2の状態遷移パターン(F~H)と頻度(I)。F列1行目はパターン数。
    • J~N列:深さ=3の状態遷移パターン(J~M)と頻度(N)。J列1行目はパターン数。
    • O~T列:深さ=4の状態遷移パターン(O~S)と頻度(T)。O列1行目はパターン数。
    • U~AA列:深さ=5の状態遷移パターン(U~Z)と頻度(E)。U列1行目はパターン数。




    (3)和音・状態遷移パターン種別

    アーカイブファイル和音状態遷移パターン種別(2)_全交響曲.zipには和音毎・状態遷移パターンの異なり數(種別)を集計した以下のファイルが収められています。
    • sym_cdnz_summary2.xlsx
    ファイルは以下の4シートからなり、シート毎に以下の条件で集計した和音・状態遷移パターンの種別の集計結果が含まれます。
    • B_cdnz3:各小節頭拍(B)/頭拍が単音・重音の小節は対象外
    • B_cdnz:各小節頭拍(B)/頭拍が単音・重音の小節を含む
    • A_cdnzs3:各拍頭(A)/単音・重音の拍は対象外
    • A_cdnz:各拍頭(A)/単音・重音の拍を含む
    各シートのフォーマットは共通で、以下の通りです。

    列方向:
    • A列:集計対象の和音・状態遷移の種別
      • seq:対象拍数(Aなら拍数、Bなら小節数に概ね等しい)
      • inv_cseq:対象状態数(cdnzなら単音・重音を含む、cdnz3なら単音・重音を含まない)・全ての和音について転回形を区別
      • inv:和音種別/状態遷移パターン・全ての和音について転回形を区別
      • tonic_cseq:対象状態数(cdnzなら単音・重音を含む、cdnz3なら単音・重音を含まない)・長短三和音のみ転回形を区別
      • tonic:和音種別/状態遷移パターン・長短三和音のみ転回形を区別
      • default_cseq::対象状態数(cdnzなら単音・重音を含む、cdnz3なら単音・重音を含まない)・全ての和音について転回形を区別せず
      • default:和音種別/状態遷移パターン・全ての和音について転回形を区別せず
    • B列:深さ(0~5)の区分
      • 0:和音種別
      • 1:状態遷移パターン・前→後
      • 2:状態遷移パターン・2つ前、1つ前→後
      • 3:状態遷移パターン・3つ前、2つ前、1つ前→後
      • 4:状態遷移パターン・4つ前、3つ前、2つ前、1つ前→後
      • 5:状態遷移パターン・5つ前、4つ前、3つ前、2つ前、1つ前→後
    • C~M列:各交響曲の集計結果
      • C列(m1):第1交響曲
      • D列(m2):第2交響曲
      • E列(m3):第3交響曲
      • F列(m4):第4交響曲
      • G列(m5):第5交響曲
      • H列(m6):第6交響曲
      • I列(m7):第7交響曲
      • J列(m8):第8交響曲
      • K列(erde):「大地の歌」
      • L列(m9):第9交響曲
      • M列(m10):第10交響曲
    行方向:
    • 1行目:ヘッダー行
    • 2行目~23行目:和音・状態遷移の種別(A列)/深さ(B列)の条件毎・曲毎の集計結果
      • 2行目:seq/0:対象拍数(Aなら拍数、Bなら小節数に概ね等しい)
      • 3行目:default_cseq/0:対象状態数(cdnzなら単音・重音を含む、cdnz3なら単音・重音を含まない)・全ての和音について転回形を区別せず
      • 4~9行目:default/0~5:和音種別/状態遷移パターン(深さ0 ~5)・全ての和音について転回形を区別せず
      • 10行目:inv_cseq/0:対象状態数(cdnzなら単音・重音を含む、cdnz3なら単音・重音を含まない)・全ての和音について転回形を区別
      • 11~16行目:inv/0~5:和音種別/状態遷移パターン(深さ0~5)・全ての和音について転回形を区別
      • 17行目:tonic_cseq/0:対象状態数(cdnzなら単音・重音を含む、cdnz3なら単音・重音を含まない)・長短三和音のみ転回形を区別
      • 18~23行目:tonic/0~5:和音種別/状態遷移パターン(深さ0~5)・長短三和音のみ転回形を区別


    [ご利用にあたっての注意] 公開するデータは自由に利用頂いて構いません。あくまでも実験的な試みを公開するものであり、作成者は結果の正しさは保証しません。このデータを用いることによって発生する如何なるトラブルに対しても、作成者は責任を負いません。入力として利用させて頂いたMIDIファイルに起因する間違い、分析プログラムの不具合に起因する間違いなど、各種の間違いが含まれる可能性があることをご了承の上、ご利用ください。(2023.8.6公開)