2.分析結果の検討(承前)
2.4.他の作曲家との比較分析
2.4.1.非階層クラスタ分析(k-means法、クラスタ数=6)
1 2 3 4 5 6
all 0 0 0 0 0 1:マーラーの分析対象全体(全交響曲+一部の歌曲)
brahms 0 0 0 0 1 0:ブラームス
bruckner 0 1 0 0 0 0:ブルックナー
experimental 0 0 0 0 0 1:マーラーの全交響曲
franck 0 0 0 0 1 0:フランク
gluck 0 0 0 0 1 0:グルック
haydn 0 0 1 0 0 0:ハイドン
mahler 0 0 0 0 0 5:マーラーの交響曲5区分
mozart 0 0 1 0 0 0:モーツァルト
pergolesi 1 0 0 0 0 0:ペルゴレージ
ravel 0 0 0 1 0 0:ラヴェル
schumann 0 0 0 0 1 0:シューマン
scriabin 0 0 0 1 0 0:スクリャービン
shostakovich 0 0 0 1 0 0:ショスタコーヴィチ
sibelius 0 0 0 0 0 1:シベリウス
wam 0 0 1 0 0 0:モーツァルトの後期作品15曲※
※=レクイエムK.626、アヴェ・ヴェルム・コルプスK.618、 クラリネット協奏曲K.622、ピアノ協奏曲第27番K.595、交響曲第39番K.543、第38番K.504といった作品と、 その周辺に、ピアノ協奏曲第20番K.466、第21番K.467、第23番K.488、第24番K.491、 弦楽四重奏曲K.465「不協和音」、クラリネット五重奏曲K.581、 交響曲第41番K.551、第40番K.550、アダージョK.540
各クラスタに対する分類をまとめると以下のようになる。
クラスタ1:ペルゴレージ=baroque
クラスタ2:ブルックナー
クラスタ3:ハイドン、モーツァルト全体・後期15曲=概ねclassic
クラスタ4:スクリャービン、ラヴェル、ショスタコーヴィチ=modern
クラスタ5:ブラームス、フランク、シューマン、グルック=概ねromantic1
クラスタ6:マーラーの分析対象全体・交響曲全体・交響曲5区分、シベリウス=romantic2
グルックがロマン派のクラスタに分類された点を除けば、シベリウスがマーラーと同じクラスタに分類された点も含めて、概ね自然な結果となっているように思われる。
後掲のクラスタリング結果のプロットのレジェンドを以下に示す。
ab:ブルックナー
asc:スクリャービン
cf:フランク
chwg:グルック
dsch:ショスタコーヴィチ
fjh:ハイドン
jb:ブラームス
jbp:ペルゴレージ
js:シベリウス
gm:マーラーの分析対象全体(交響曲+一部の歌曲)
gm_sym:マーラーの交響曲全体
gm_sym1:マーラー第1交響曲
gm_sym2-4:マーラー第2~4交響曲
gm_sym5-7:マーラー第5~7交響曲
gm_sym8:マーラー第8交響曲
gm_LE_9_10:マーラー「大地の歌」・第9,10交響曲
mr:ラヴェル
rsch:シューマン
wam:モーツァルト
wam1:モーツァルトの後期作品15曲
上記のプロットでは、左下の青い楕円(6)がマーラーの作品群のクラスタである。2つの成分よりなる空間の中で、上側を占めるmodernなクラスタ(4)、右下に広がるロマン派のクラスタ(5)等、他の作曲家との分離は明瞭であろう。細かく見ても、同一クラスタの分類されたシベリウス(js)は同一クラスタ内で最も右寄りに位置しており、ブルックナー(ab)やフランク(fr)との距離が近い。ロマン派のクラスタ(5)でもグルック(chwg)の位置は右下隅に離れていて、古典派のクラスタ(3)との距離、或いはペルゴレージ(jbpとして点でプロットされている)が近い。こうした点から、上記の分類は概ね妥当なものと考えることができ、かつ、和音の出現頻度という特徴量によってマーラーの作品を他の作曲家から独立した一つのまとまりとして分類することに成功していることが確認できたと考える。
2.4.2.階層クラスタ分析
階層クラスタ分析では、3種類のアルゴリズムでの計算結果を確認したが、階層の順序に若干の相違が見られるとは言え、結果には共通性も多く、概ね安定的であると言って良いように思われる。即ち、大きく3つの以下のグループに分かれる。
- マーラーのクラスタ(概ね非階層クラスタ分析のクラスタ6に相当:マーラー以外にはシベリウスが3分析共通で含まれ、average法、ward法では更にラヴェルが含まれる)
- modernなクラスタ(概ね非階層クラスタ分析のクラスタ4に相当:3分析共通でスクリャービン、ショスタコーヴィチが含まれ、complete法では非階層クラスタ分析と同様ラヴェルが含まれるのに対して、average法、ward法では時代的に最も遡るペルゴレージが含まれる)
- 上記以外の作曲家のクラスタ:古典派およびロマン派のクラスタで、寧ろこちらの方が規模が大きく、主要なクラスタである。complete法ではペルゴレージが含まれるが、このクラスタ内の最初の階層で他と分岐しており、やや他とは距離があることがわかる(実際、既述の通り、average法、ward法では別クラスタに移動する)。
分類上、境界にあって不安定なのは、ラヴェルとペルゴレージである。ペルゴレージについては古典派とロマン派を典型とする音楽に先行する時期のものとして異質的である可能性もあるが、単にサンプル数が少ないために偏りが生じている可能性もあるだろう。
いずれにしても階層クラスタ分析では、3種とも類似した構造が得られただけでなく、非階層クラスタ分析と概ね同様の分類が得られており、和音の出現頻度という特徴量によってマーラーの作品を他の作曲家から独立させて分類することが出来ることが更に裏付けられたと考える。
後掲のデンドログラム共通のレジェンドを以下に示す。
ab:ブルックナー
asc:スクリャービン
cf:フランク
chwg:グルック
dsch:ショスタコーヴィチ
fjh:ハイドン
jb:ブラームス
jbp:ペルゴレージ
js:シベリウス
gm:マーラーの分析対象全体(交響曲+一部の歌曲)
gm_sym:マーラーの交響曲全体
gm_sym1:マーラー第1交響曲
gm_sym2-4:マーラー第2~4交響曲
gm_sym5-7:マーラー第5~7交響曲
gm_sym8:マーラー第8交響曲
gm_LE_9_10:マーラー「大地の歌」・第9,10交響曲
mr:ラヴェル
rsch:シューマン
wam:モーツァルト
wam1:モーツァルトの後期作品15曲
(a)complete法
(b)average法
(c)ward法
2.4.3.主成分分析
scale=Fでのprcompの結果の寄与率・累積寄与率を確認すると以下の通りであった。
上記より累積寄与率が90%を超える第4主成分迄を対象にプロットを行い、得点と負荷を確認することとした。
第1主成分で約1/2、第2主成分で8割超を占めており、それに対して第3主成分以降はいずれも数%レベルの寄与率であるから、第1、第2主成分とそれ以降は区別して扱うべきであろう。大まかな傾向と言うことであれば、第1、第2主成分のプロットで確認することが可能であろう。
以下に第1主成分を横軸・第2主成分を縦軸にとったbiplotを示す。
ラベルの意味はこれまでのクラスタリングと同様で、以下の通り。
ab:ブルックナー
asc:スクリャービン
cf:フランク
chwg:グルック
dsch:ショスタコーヴィチ
fjh:ハイドン
jb:ブラームス
jbp:ペルゴレージ
js:シベリウス
gm:マーラーの分析対象全体(交響曲+一部の歌曲)
gm_sym:マーラーの交響曲全体
gm_sym1:マーラー第1交響曲
gm_sym2-4:マーラー第2~4交響曲
gm_sym5-7:マーラー第5~7交響曲
gm_sym8:マーラー第8交響曲
gm_LE_9_10:マーラー「大地の歌」・第9,10交響曲
mr:ラヴェル
rsch:シューマン
wam:モーツァルト
wam1:モーツァルトの後期作品15曲
非階層クラスタ分析(k-means法)の結果をclusplotを使用して主成分平面上でプロットしたものと比べると、水平・垂直軸とも成分の正負の方向が逆転しており、丁度180度回転させたものと概ね一致していることがわかる。階層クラスタ分析で、手法により分類に揺れのあったラヴェル(mr)とペルゴレージ(jbp)は、ここではいずれも下三分の一くらの高さにプロットされており、ラヴェルがマーラーと同じく左側、ペルゴレージは古典派と同様右側にプロットされて、下にあるショスタコーヴィチ、スクリャービンとの間にあることから、主成分分析の結果が階層クラスタ分析における揺れの発生と矛盾ないものであることが確認できる。
以下では分析対象の各グループを時代区分に基づくラベルによってクラス分けしたものについて、ggbiplotで第1,2主成分、第2,3主成分、第3,4主成分でプロットした結果、および第1~第4主成分の主成分得点・負荷を示す。以下のグラフ共通でクラスと色、およびクラスに帰属するグループの対応を示すと以下の通りである。
- baroque(赤):ペルゴレージ
- classic(黄土色):グルック、ハイドン、モーツァルト
- gm_all(黄緑):マーラーの分析対象全体(交響曲+一部の歌曲)
- gm_sym(緑):マーラーの交響曲全体
- mahler(青緑):マーラーの交響曲5区分
- romantic1(水色):シューマン、ブラームス、ブルックナー、フランク
- romantic2(青):シベリウス
- modern(紫):スクリャービン、ラヴェル、ショスタコーヴィチ
- wam(赤紫):モーツァルトの後期作品15曲
負荷は転回や解離を除いて和音をビット列化したものの十進数表現である。
1:単音(mon)、3 :五度(dy:5)、5 :長二度(dy:+2)、9 :短三度(dy:-3)、17 :長三度(dy:+3)、33 :短二度(dy:-2)、65 :増四度(dy:aug4)、25 :短三和音(min3)、19 :長三和音(maj3)、77 :属七和音(dom7)、93 :属九和音(dom9)、27 :付加六(add6)、69 :イタリアの増六(aug6it)、73 :減三和音、273(dim3) :増三和音(aug3)、51 :長七和音(maj7)、153 :トリスタン和音(tristan)、325 :フランスの増六(aug6fr)
(a)第1主成分(横軸)・第2主成分(縦軸)
横軸の第1主成分方向では、上半側でマーラー(青緑, mahler)は左側、ロマン派(青, romantic)が中央、古典派(黄土色, classic)が右と明確に分離されていることがわかる。縦軸の第2主成分方向では、下に近々現代(水色, modern)、上にそれ以外のグループがプロットされており、その中でもラヴェルのみほぼ中央の左寄りに位置し、同じ高さの右隅にペルゴレージ(赤, baroque)がプロットされているのは、biplotの結果で確認した通りである。マーラーの全交響曲の平均(緑, gm_sym)がマーラー(青緑)の楕円の中央にプロットされているのに対して、それに一部の歌曲を加えた平均(黄緑, gm_all)はわずかに右にプロットされていることが確認できる。階層クラスタ分析で3種類の分析のいずれもがマーラーと同じ分類に含めたシベリウス(紫, romantic2)は、マーラーの青緑の楕円の中にプロットされており、非階層クラスタ分析および階層クラスタ分析の結果と一致していることがわかる。
上記により、第1主成分と第2主成分の組み合わせによって、マーラーの他の作曲家の作品と比較した時の特徴が説明できることが確認できた。
(b)第2主成分(横軸)・第3主成分(縦軸)
(c)第3主成分(横軸)・第4主成分(縦軸)
(d)第1主成分得点・負荷
第1主成分・第2主成分のプロットにおいては横軸方向の成分であった第1主成分の得点について見ると、マーラーは全てマイナスで、マーラー同様にマイナスなのは同じく左側にプロットされていたシベリウスとラヴェルであること、逆にプラス方向なのは右側にあったペルゴレージ(赤)と古典派(橙色)であり、ロマン派(青)は中央にあって、総じてプラス寄りではあるが中立的、近現代(水色)でもスクリャービンとショスタコーヴィチもロマン派同様中立的であることがわかる。またマーラーの中では特に第8交響曲が最も大きな偏りを持っていることも確認できる。
負荷については、マーラーがマイナス側なので第1主成分に対する寄与がマイナスになっている(つまりマーラーを特徴づけていると考えられる)和音の種類を確認すると、最も大きいのが付加六(add6)で、長七和音(maj7)、空虚五度(dy:5)が続くことがわかる。一方でペルゴレージ(赤)と古典派(橙色)を特徴づけるのは、単音(mon)は措くとして、長三和音(maj3)と長三度(dy:+3)が多く、それに続くのが短三度(dy:-3)、属七(dom7)であることがわかる。
またラヴェルやシベリウスといった各種クラスタ分析が同一カテゴリに分類した作曲家がここでもマーラーと特徴を共有する一方で、ロマン派の作曲家は勿論、近現代の作曲家(ここではスクリャービン、ショスタコーヴィチ)よりも古典派からの隔たりが大きいことがわかる。従って、第1主成分に対してマイナス方向がマーラーを特徴づける要素であることが確認できる一方で、それだけだとシベリウスやラヴェルといった概ね世代を同じくする作曲家との区別はつかないということも言える。
(e)第2主成分得点・負荷
第2主成分については、第1、第2主成分によるプロットでは縦軸で、マーラーは主として上半側だから、プラスの方向に偏っていることが窺えたが、以下でも特に中期を中心にして、全体としてプラス寄りであることが確認できる。またマーラー同様に第2主成分についてプラスの傾向を持つのは、今度は第1主成分とは逆に主として古典派(黄色)であり、ロマン派(青)は傾向が内部で分裂し、マーラーと同じ傾向なのはブルックナーであることがわかる。逆にマーラーとは対立するマイナス方向の傾向を持つのは、今度はラヴェルも含めた近代のグループ(水色:ショスタコーヴィチ、スクリャービンとラヴェル)とペルゴレージ(赤)であり、シベリウス、シューマンはグルックとともに中立的であると見ることができそうである。すると第1主成分と第2主成分を組み合わせることでマーラーの主な特徴を規定することができることがわかる。
そこで負荷の側を見てみると、第2主成分にプラスの寄与が大きいのは長和音(maj3)・属七(dom7)であり、これは第一主成分のプラス要素でもあった古典的ドミナントシステムを示唆するが、その一方で第1主成分では大きくマイナスに触れていた付加六(add6)は、ここではややプラスで、その点が第1主成分との差であるとともに、全般に見た時、寧ろ単音・重音が優位か、三和音、和音が優位かという点にこの成分の大きな特徴があるように窺える。
従って負荷についても同様に第1主成分と第2主成分の組み合わせでマーラーの特徴づけを試みるならば、古典派と比較した場合には古典派的な機能和声によるドミナントシステムとはやや異なった調的システムの機能がより優位であり、それが付加六の優越ということに繋がっていそうである。その一方で、第1主成分においては区別がつかなった概ね世代を同じくする作曲家との区別については第2主成分において行え、ここでは3和音・4和音が優位なマーラーに対して、そうではない近現代の他の作曲家との区別ができそうである。なおここで近現代において単音・重音の優位であると見られるような傾向があるのには、本分析で分析対象としている和音が、機能和声にて頻繁に用いられる和音に限定されていて、近現代で用いられるようなより複雑な和音が分析の対象となっていないことが影響している可能性があることに注意すべきだろう。
以上より、マーラーの特徴づけとしては、典型的に古典派的なドミナントシステムに対して付加六の使用を中心とした別のシステムが存在することを窺わせる一方で、古典的なシステムが機能しなくなったわけではなく、機能和声で用いられる三和音・四和音が依然として用いられている点では古典派と共通しており、近現代におけるような複雑な和音の割合が高くなっているわけではないということが言えるのではないか、という点が本分析の結果から言いうるのではなかろうか。
最後に、これまでの検討結果を整理した表を掲げる。本分析においては優越した2つの成分によってマーラーの特徴が取り出せることが確認できたものの、それぞれの成分が持つ意味について、仮説として提示しうるレベルには到達できなかったため、その点を今後の課題としたい。
(f)第3主成分得点・負荷
(g)第4主成分得点・負荷
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