お詫びとお断り

2020年春以降、2024年3月現在、新型コロナウィルス感染症等の各種感染症の流行下での遠隔介護のため、マーラー祝祭オーケストラ第22回定期演奏会への訪問を例外として、公演への訪問を控えさせて頂いています。長期間に亘りご迷惑をおかけしていることにお詫びするとともに、何卒ご了承の程、宜しくお願い申し上げます。

2009年3月14日土曜日

アドルノのマーラー論(1960)でのカフカ「審判」の引用

アドルノのマーラー論(1960)でのカフカ「審判」の引用(Taschenbuch版全集第13巻p.306,邦訳(龍村訳) p.210)
(...)- Die Episode des Durchbruch ist in der Burleske so vergeblich geworden, wie die Hoffnung des sich öffnenden Fensters beim Tod Joseph K.'s im Prozeß, nur noch ein Flattern des richtigen Lebens, das möglich wäre und nicht ist: » Wie ein Licht aufzuckt, so fuhren die Fensterflügel dort auseinander, ein Mensch, schwach und dünn in der Ferne und Höhe, beugte sich mit einem Ruck weit vor und streckte die Arme noch weiter aus. « (...)
カフカの「審判」は、理由もわからず逮捕され、己の罪名もわからぬまま訴訟を起こされて裁判の被告となり、恥辱だけを残して犬のように「処刑」されていく ヨーゼフ・Kの物語だが、アドルノはそれをマーラーの第9交響曲のロンド・ブルレスケのエピソードについて述べるところで引用している。 それは丁度、更に後の、このマーラー論全体の末尾近くで、» Straßburg auf der Schanz' «に言及するのと呼応し、 最後に「子供の魔法の角笛」に登場するヴァリアント達、見捨てられた歩哨、美しいトランペットの響くところに埋葬された男、哀れな少年鼓手といった面々に繋がっていく。

全てのものが、誰も聞いてくれないのに大声で語られる末期の言葉なのだ。ヨーゼフ・Kはその光景を目にして、友達が、自分を助けてくれる人間が居るのでは、自分を 弁護する異議がまだあるのではと自問する。だが彼は、抵抗することが無価値なことを既に覚っているのだし、実際、その通りにしかならない。「極めて反抗的に」と 指示された音楽もまた、真理が幻としてしか経験されえないものであることを身をもって示すのだ。この音楽は、ヨーゼフ・Kのような経験を自己のものとするような 人間にとってまさに己を代弁するものとなる。

かつてパウル・ツェランはブレーメン講演において、マンデリシュタムが「対話者について」で述べた「投壜通信」を引用して、 詩を、必ずしも希望に満ちてはいなくても、いつかどこか、心の岸辺に打ち寄せると信じ、流される投壜通信であるとした。航海者が遭難の危機に臨み壜に封じて 海原に投じた、己れ名と運命を記した手紙。誰も聞いてくれないのに大声で語られる末期の言葉は、だが、彼が去ったのちに、どこかの砂浜に打ち上げられ、 砂に埋もれた壜に偶然気づいた人に拾い上げられて読まれることはないのだろうか。マンデリシュタムはやはり「対話者について」において、そうした手紙を読むことが 自分の権利であると言っている。壜を見つけたものこそが手紙の名宛人なのだと。

マーラーもまた、死を前にして、» Die mich suchen, wissen, wer ich war, und die andern brauchen es nicht zu wissen. « と述べたという。私はその音楽が (自分がどんなにつまらない、価値のない人間であったとしてもなお、あるいは、マーラーの音楽が対象であれば寧ろ、それだけになお一層)私に宛てられたものであると 感じる。終わるのをためらって漂う第9交響曲の終曲に、マーラーの長いまなざしを感じ取ることができるように思える。音楽は、これもまたツェランが詩について 言ったのと同様、永遠を望みはしても、時を超越したものではありえず、時間の流れをかいくぐり、通り抜けて他人のもとに届くものなのだろう。その価値は 天空のどこかで定まったものではない。壜を見つけ、手紙を読み、それが自らへの呼びかけであることに気づいた者は、己が行使した「権利」に見合った 「義務」を果たすべきなのではなかろうか。どんなに頼りなく、不完全な、取るに足らない試みであったとしても、己の受け取ったものに比べれば無にも 等しいものであったとしても、それを為すのが私のつとめなのではなかろうか。 こうしてこのような言葉を連ねることにより、願わくばそのつとめの幾ばくかが果たされんことを。(2009.3.14)

アドルノのマーラー論(1960)の末尾より

アドルノのマーラー論(1960)の末尾より(Taschenbuch版全集第13巻p.309,邦訳(龍村訳) p.214)
(...)Vom Unwiederbringlichen vermag das Subjekt die auschauend Liebe nicht abzuziehen. Ans Verurteilte heftet sich der lange Blick. Seit der unbeholfenen, vom Klavier begleiteten Jugendkomposition des Volkslieds » Straßburg auf der Schanz' « sympathisiert Mahlers Musik mit den Azocialen, die umsonst nach dem Kollektiv die Hände ausstrecken. » Ich soll dich bitten um Pardon, und ich bekomm' doch meinen Lohn! Das weiß ich schon.« Subjektiv ist Mahlers Musik nicht als sein Ausdruck, sondern indem er sie dem Deserteur in den Mund legt. Alles sind letzte Worte. Der gehenkt werden soll, schmettert heraus, war er noch zu sagen hätte, ohne daß einer es hört. Nur daß es gesagt wird. Musik gesteht ein, daß das Shicksal der Welt nicht länger vom Individuum adhängt, aber sie weiß auch, daß dies Individuum keines Inhaltes mächtig ist, der nicht sein eigener, wie immer auch abgesplatener und ohnmächtiger wäre. Darum sind seine Brüche die Schrift von Wahrheit. (...)
アドルノのマーラー論の終わり間際の上記の一節は、別のところで既に紹介した1960年のマーラー生誕100周年記念の講演の末尾の部分ともども、 マーラーの音楽が何であるかを正確に言い当てているように私には感じられる。否、より正しくは、「マーラーの 音楽が私に語ること」が何であると私が感じているかを正確に言い当てていると感じている、と言うべきなのかも知れない。マーラーの音楽を聴き始めたばかりの 子供は、自分ではそれをここまで正確に言い表すことができなくても、やはりそのように感じていたと思うし、それから30年後の今、かつては既に縮図としてではあれ、 自分が置かれた環境においては実感してはいたものの、寧ろより多くは予感であったものが、今や紛れもない実感として迫っていると感じられる。
ここでもまた「子供の魔法の角笛」が引き合いに出され、マーラーの音楽が流布しているロマン主義的な意味合いでの自己表現ではないことが説得的に 述べられている点には留意すべきだろう。寧ろそれは、そのような自己表現を禁じられた者に対する共感であり、擁護なのだ。マーラーの音楽がすっかり 「当たり前」になり、一時期は「マーラーの時代が来た」などど持て囃されて後もなお、マーラーの音楽の毀誉褒貶が著しいのは、マーラーの音楽が はっきりと聴き手を選ぶからなのだと思う。この音楽を不要なもの、不快なものと感じる人、この音楽を聴いて見たくないものを突きつけられているような 居心地の悪さを覚える人間がいるのは仕方ないことなのだ。けれども、その一方で、時間の隔たりと空間の隔たりを超えて、この音楽を欲している人、 この音楽の眼差しを必要としている人もまた確かにいる。マーラーの直面した敗北、感じた孤立、自分がそこで生きるしかない世界から、にも関わらず どうしようもなく疎外され、断罪されているという感じ方に共感を覚える人達のために、この音楽は存続し続けているし、存続し続ける。 マーラーの音楽がコンサートホールでの熱狂にどこか似つかわしくないというのも、その音楽が実は、誰も聞く耳を持たない最後の言葉を語らずには いられない疎外された人間のためのものだからなのだ。
一点だけ、些細なことだが、この著作に専ら新しい邦訳で接している方に対するフォローを。上記引用文の2つ目の文にder lange Blickという言い回しが 出てくる。これは引用文を含むこの著作の最後の章全体のタイトルでもある。内容に配慮してのこととは思うが、新訳では、タイトルは「長きまなざし」、 上記引用文では「じっと見つめるまなざし」と訳し分けられていて、それが同じ言い回しであることに気づかない。(ちなみに竹内・橋本による旧訳およびJephcottによる 英訳では、どちらもそれぞれ「長いまなざし」、the long gazeという同じ訳語が充てられている。)仕方ないことかも知れないが、このマーラー論のまさに最終章が 何故そのようなタイトルを持つか、アドルノが読み手に示唆したかった事がどのようなものであったかを窺い知る鍵の一つであると私には思われるので、 あえてここで注意を促しておきたい。
そのまなざしが聴き手にもまた届いていることを、マーラーの音楽の聴き手のうちのある種の人達は、私とともに感じ取っている ことと思う。破綻を破綻として、だが断罪するのではなく、愛をもって見つめつつ記録すること、内容の破綻とそのまなざしの二重性こそ、意識の音楽たる マーラーの作品の固有性であると私には思われる。アドルノはここでdie Schrift von Wahrheitという表現をしている。だが、私にはそう言ってしまっていいものか、 躊躇いがある。私自身は寧ろ、それが真理であればと願っているけれど、この世界ではそのようには認められないこと、常にその真理は「ここ」にはないのだ、 マーラーの音楽という仮象としてしか存在しえないのだ、ということを思わずにはいられない。否、だからこそ、勿論アドルノは正しいのだ。彼は破綻こそが そうであると言っているのだから。ここにあるのは断罪だけ、判決は覆らないし、声は届かない。甘え、感傷、自己憐憫、ナルシシズムといった批判はきっと この世界では正しいのだ。私もまた「私が間違っているのはわかっている」と言わざるを得ないのだ。私がいなくなっても、マーラーの音楽が遺ってくれればそれでいい。 私は彼のようには語れないし、彼が充分に語ってくれているのだから。(2009.3.14)