2017年2月12日日曜日

「大きな内的危機の兆候」としての第5交響曲 (2017.2.12 マーラー祝祭オーケストラ第14回定期演奏会によせて)

今回のマーラー祝祭オーケストラによる第5交響曲の演奏は、前身であるジャパン・グスタフ・マーラー・オーケストラによる2004年7月24日の演奏に続く再演になる。前回の演奏を記録したCDのリーフレットには、当日のコンサートプログラムから転載された解説があり、この曲を「…純粋な器楽交響曲としての要素(…)も手伝い、交響曲第1番「巨人」と並んで演奏頻度の非常に高い、マーラー中期の代表作」と紹介し、更に「初めて聴くという方でも、第4楽章「アダージェット」をお聴きになれば、ああこの曲かと思わず納得されるはず」と記している。その指摘は第5交響曲の受容の様相を捉える上で要を得たものと思われるし、13年後の今日も概ね当て嵌まるだろう。嘗てアダージェットが人口に膾炙するにあたってはトーマス・マンの小説「ヴェニスに死す」に基づくルキノ・ヴィスコンティの映画の影響が大きかったが、近年では、例えばバンクーバー・オリンピックのアイスダンスで金メダルを勝ち取った演技で用いられていたことが想起されよう。

第4楽章だけが取り出されるという状況は、実は第5交響曲が主要なコンサート・ピースとして定着する遥か以前まで遡り、レコード録音においても、収録時間の制約もあってか、そのごく初期からしばしば単独での収録が為されてきた。だがそれも今や既に受容史上の過去の出来事になり、マーラーが或る種の流行となってこの方、曲頭の印象的なファンファーレに続く葬送行進曲で始まり、「あの有名な」アダージェットを経て、輝かしいコラールによるアポテオーズを持つこの曲は、「苦悩をつきぬけて歓喜にいたる」というベートーヴェン的な図式を実現した作品として定着した感がある。素材や作曲技法の面からも、声楽を導入し、歌曲をそのまま交響曲の楽章としてきたそれ迄とは異なり、「子供の死の歌」や「私はこの世に忘れられ」等、創作時期が並行する歌曲との関連はあっても、純音楽的な発想で緊密に構成された中期の作風を確立したという評価も定まり、マーラー自身が初演の折りにこの曲を「呪われた音楽」で「誰にも理解されないだろう」と述べたのも最早過去の事、今やマーラー・ルネサンスの最有力証人というのが一般的な理解であろう。

それでは、この作品を虚心に聴いて世評が作品の一面を捉えたものに過ぎないのではないかという疑問を抱く人は、その印象を自らの聴取の至らなさに帰すべきなのか。寧ろそれは、ナターリエ・バウアー=レヒナーが証言する作品創作時の苦労、更には初演前に既に開始され、没する間際まで絶え間なく執拗に続けられた改訂作業が傍証する、この作品の過渡的な臨界点としての性格に由来するのではなかろうか。

例えばこの曲に関してしばしば言及される「発展的調性」にしても、導音から主音への解決によるベートーヴェン的な図式の実現と捉える見方に対し、古典的な調性構造からの逸脱と見る立場があり、終楽章についても楽想指示通りに快活で肯定的な「歓喜の賛歌」と捉える見方に対し、楽章冒頭で引用される「高い知性への賛歌」の歌詞内容を踏まえ、アドルノの言うアダージェットの「クイックモーション」的変形にアイロニーを見出し、第1部末尾のコラールの出現を「失敗する神」と捉えることと併せ、出発点とした伝統的な図式の不可能性をメタ音楽的に批判するパロディーと見做す主張がある。

しかし件の疑問は必ずしもそうした主張に帰結する訳ではない。結局のところ音楽を完結したものと見做し、何らかの機能に還元する点でそれは「苦悩から歓喜へ」という内容の純器楽的な実現を主張する立場と変わるところがない。後付けの「説明」としては妥当なものであろう、初期の「角笛」交響曲群、中期の「絶対」交響曲群という区分に異を唱えるつもりもなく、この曲が技法的な側面で新たな出発を告げる作品であることは明らかだと認めた上で、そこで達成されたものを個別に具体的に見極めようとなると、いずれの立場にも聴取の実質からの逸脱の感覚を伴った判然としない感じが付き纏うのである。

予断を避け、そうした感覚に忠実たろうとしたとき、第5交響曲の中でもひときわ謎めいたものとして浮かび上がるのは、第2部として全曲のシンメトリーの要に置かれたスケルツォであろう。そしてマーラー自身が「絶えず新しい世界が生れては次の瞬間には滅んでいくカオス」と形容したこの楽章の謎の裡にこそ、作品全体を理解する鍵が潜んでいるのではなかろうか。展開部を備え、その破格の規模を徹底した変形の技法が蓋い尽くし、コーダではブルックナーばりの対位法的離れ業が演じられさえするこの楽章は、作品の中央で主調たるニ長調を確立してしまう。結果として、続く第3部が回顧的な性格が帯びるのは、規模的なバランスからも調的設計からも当然だし、フィナーレの末尾のコラールは第2楽章の末尾でブロッケンのように出現する同じコラールを別の文脈で、反対側から捉え返したものに他ならず、等しく淵源をスケルツォの「永遠の現在」に持ち、そこから発展したかに見える。後年リゲティがその空間性に着目することになる第1楽章のコーダ、柴田南雄がヴェーベルンの先駆を見出す第2楽章のコーダの音響もまた、スケルツォの生成の瞬間を遡行的に垣間見る働きが構造的に映り込んだものと捉えることができよう。

もし第5交響曲が、少なくとも第4交響曲程度には得体の知れない、捉えどころのない音楽と感じられるとしたら、それは寧ろ端的に過渡期の作品として、第4交響曲による句読点を引き取っての再度書き出しの音楽だからではないか。第4交響曲第1楽章展開部の頂点で音楽を崩壊させる、あの「召集」のトランペットを第5交響曲の予告と見做すのは実際には後知恵に過ぎないが、第4交響曲で探索した領域を今度は裏側から眺めようと試み、結果としてこの作品で或る種の臨界に達し、相転移が生じたと捉えるのが、作品の相貌とマーラーその人の経験に忠実な受けとめ方ではないか。この作品の受容の困難を予見したマーラーの言葉は、創作者としての、そして初演者としての困難の経験に基づくもので、時間経過に伴って作品に馴染み、演奏精度が向上し、聴取の経験が蓄積されれば解消される類のものではなく、寧ろそこに、クシェネクが見出した「大きな内的危機の兆候」を見るべきなのだ。1941年に為されたその発言を最早同時代性という歴史的価値しかない過去の受容態度と見做すのは、自らの展望の倒錯による視界狭窄を暴露するものでしかなかろう。自らも創作者であったクシェネクの発言は、伝記的・標題内容的ではない、創作そのもの、楽曲自体の水準のものであることに留意すべきだし、この曲が優れて実験的な探求の成果なのであれば、演奏も聴取もそれに応じて探求的なものであるべきなのだ。そして今回の再演はそうした探求の試みであり、聴き手に対する同行への誘いに他ならない。