(承前)
(B)検証2:Gemini Deep Research with 2.5 Proについて
続いて、Gemini のDeep Reseachの検証結果についてコメントします。GeminiのDeep Researchは、プロンプトを与えると、リサーチ計画を返してきて、必要に応じて変更を指示することができるようになっています。本検証について提示されたリサーチ計画は以下の通りでした。
マーラー後期様式、音楽的形式分析
(1) ジンメルによるゲーテの「老齢藝術」の特徴としての「現象からの退去」の概念について調査する。
(2) アドルノの「後期様式」の概念について、特にジンメルの考え方をどのように発展させたか、ベートーヴェンにおける「後期様式」の分析を含めて調査する。
(3) マーラーの作品において一般的に「後期様式」と見なされる作品群を特定する。
(4) マーラーの「後期様式」における音楽的特徴を、アドルノの「後期様式」の概念(特に「現象からの退去」)との関連で分析する。
(5) マーラーの「後期様式」が、彼の作品の音楽的形式(構成、楽章構成、旋律、和声、リズム、管弦楽法など)に具体的にどのような影響を与えているかを分析する。
(6) マーラーの「後期様式」における音楽的形式の特徴を、彼の初期および中期作品の形式と比較対照する。
(7) マーラーの「後期様式」が、同時代の他の作曲家や後世の作曲家に与えた影響について考察する。
(8) マーラーの「後期様式」に関する既存の音楽学的な研究や批評を調査し、本分析を補強する。
ここでは検証が第一義的な目的ですので、リサーチ計画はそのまま承認してリサーチを進めてもらいました。ChatGPTよりはやや早く、5分程度で「マーラーの後期様式:ジンメルとアドルノの視点からの音楽形式への影響」というタイトルを持つレポートが返ってきました。その内容は、
マーラー後期様式_Gemini_DeepResearch_20250519.pdfにてご確認頂けます。GeminiのDeep Researchの特徴として、レポート本体以外に、
- レポートで使用されているリソース
- 参照されたもののレポートには使用されていないリソース
- 思考プロセス
を確認することができます。思考プロセスでは、以下にその一部を示す通り、段階的な調査ステップ(本検証の場合には10ステップありました)の各ステップの方針および検索したWebサイトのリストの組が記録されています。以下では最初と2番目のステップおよび最後の9番目のステップの内容を示しますが、最初に提示されたリサーチ計画通りではない(そもそも「リサーチ計画」は8ステップからなるのに対して「思考ステップ」は10ステップありあます)ものの、概ね計画に従ってリサーチが展開されていることが確認できます。
ゲーテ晩年の芸術
ジンメルがゲーテの晩年の芸術の特徴として捉えた「現象からの退去」という概念について理解を深めました。これは、アドルノが提唱する「後期様式」を考察する上で重要な基盤となります。
アドルノの後期様式
次に、アドルノの「後期様式」の概念、特にそれがジンメルの考え方とどのように関連し、ベートーヴェンの晩年の作品にどのように適用されるのかを調査します。これにより、マーラーの作品における「後期様式」を分析するための理論的枠組みを構築します。
今後の調査
これらの概念を理解した上で、マーラーの作品群の中から一般的に「後期様式」と見なされる作品を特定し、それらの音楽的特徴を詳細に分析していく予定です。
Researching websites(略)
新たな視点の発見
以前の検索結果から、ジンメルがゲーテの作品全体を、個々の作品よりも重要視していたことが分かりました。また、ゲーテの人生そのものが、深遠でダイナミックな存在の純粋な表現として捉えられていたようです。これは、単なる伝記的な出来事の羅列ではなく、内面の活力が世界との関係性の中で精神化していく過程を示していると考えられます。
残された疑問点
しかし、「現象からの退去」という具体的な概念と、それがゲーテの晩年の芸術、特に「老齢藝術」とどのように結びついているのかについては、まだ明確な情報が得られていません。また、アドルノがこのジンメルの考え方をどのように捉え、「後期様式」の議論に発展させたのかについても、引き続き調査が必要です。
次なるステップ
これらの疑問点を解消するため、より具体的に「ジンメル、ゲーテ、老齢藝術、現象からの退去」といったキーワードで検索を試みます。また、アドルノの「後期様式」に関する文献も改めて確認し、ジンメルとの関連性を探る予定です。
Researching websites(略)
(途中6ステップ分省略)
マーラー晩年の音楽的特徴
今回の検索結果から、マーラーの晩年の作品、特に交響曲第9番と第10番において、断片化や不連続性が顕著であることが分かりました。これは、アドルノが後期様式を特徴づけるとした、受け継がれてきた形式の解体という考え方と一致する可能性があります。曲想やテクスチュアの急な変化、対照的な音楽的アイデアの並置、そして形式的な実験の感覚は、この断片化の表れと見ることができるでしょう。
主観性と感情の強度
また、晩年の作品は、マーラーが死や個人的な喪失に直面した経験を反映して、深く個人的で感情的な強さを持っていると広く記述されています。これは、アドルノが後期様式において強調した、高められた主観性という特徴と合致します。《大地の歌》や交響曲第9番の緩徐楽章のアダージョのような作品の、生々しい感情と内省的な性格がその例です。
形式と慣習の利用
マーラーの晩年の作品は、伝統的な形式や慣習(ソナタ形式、レントラーなど)を用いていることが多いですが、その使い方は非常に非伝統的です。これは、ベートーヴェンの後期様式における慣習と主観性の特異な融合というアドルノの観察と共鳴します。マーラーの形式的な境界の拡張、慣れ親しんだ音楽的要素を歪んだり予期しない文脈で使用したりすること、そして自己言及的な暗示は、伝統との複雑な関わりとして解釈できます。
現象からの退去の可能性
これらの晩年の作品の特徴は、直接的でロマンティックな個人的感情の表現から、音楽素材とのより媒介的で自己意識的な関わりへと移行していることを示唆していると考えられます。断片化、非伝統的な形式の使用、そして感情的な両義性は、感情のシームレスな表現を目指すのではなく、より抽象的で断片的な方法で人間の経験の複雑さと矛盾を探求するという意味で、「現象からの退去」と見なせるかもしれません。
今後の分析の焦点
今後は、これらの分析をさらに深めるために、マーラーの晩年の作品とアドルノの後期様式理論を明確に結びつける音楽学的な分析を探します。また、もしアドルノ自身がマーラーについて書いていれば、その著作において晩年の作品を「現象からの退去」や彼の後期様式理論の文脈でどのように論じているかを確認する予定です。
Researching websites(略)
(以下、疲労と老化の関係、生物学的要因の探求、心理的・社会的要因の検討、今後の調査からなる思考プロセスが示されるが、略)
但し上では引用を割愛しましたが、最後の10番目のステップは、「リサーチ計画」には含まれていない「疲労と老化の関係、生物学的要因の探求、心理的・社会的要因の検討、今後の調査」からなる内容で、これは前後で「疲労と老化」についてのリサーチを行った結果が混入している可能性があるものの、詳細な状況は不明です。最初は「思考ステップ」の表示上の不具合ではないかと思ったのですが、後述の通り、アウトプットのレポート本体においても言及されているので、ことによったらDeep Research機能本体での不具合によるものかも知れません。勿論、「疲労と老化」というテーマは「後期様式」と無関係な話題ではないので、不具合が原因なのではなく、意図的にGeminiがそのように「思考」したものである可能性もあります。しかしながら前後の文脈から考えても些か唐突な感じは否めず、本稿が検証結果をありのままに報告する主旨のものでなければ恐らくは削除の指示を与えてレポートを修正させたところですが、ここでは主旨に鑑みて、レポート本体、「思考プロセス」のログのいずれについてもGeminiが返してきたそのままを報告することにします。 「思考ステップ」については最後の10場目のステップも含めた全体をファイルに保存したものをpdf化し、以下に公開していますので、ご興味のある方はご覧頂ければと思います。
* * *
レポート本体について確認すると、ChatGPTの結果と比較した時のGeminiのアウトプットの特徴は、まず分量が多いことでしょう。本文5ページ強で残りは文献リストよりなる全体で10ページを超える分量のレポートとなっていて、参照文献の数も100件を超えておりChatGPTの10倍にもなります。参照文献の数が多ければ良いというものでもないでしょうが、生成AIの作成するレポートは、つまるところWeb検索した結果の取捨選択を行い、残された情報を組み合わせて体裁を整えることに尽きる訳ですから、参照文献数が多いことは、結果を活用する人間の立場からしても、そのメリットは小さくないと考えられます。但しその反面、Geminiのレポートは内容に比して冗長であり、参照文献にしても絞り込みが行われておらず、利用しづらいという捉え方も出来るわけで、この辺りは一長一短あり、その評価はケースバイケースとなることは避け難いでしょうし、最終的には利用者の嗜好の問題かも知れません。なお、「思考プロセス」のところで指摘した、隣接した問い合わせ結果の混入の可能性のある参照文献は37番と38番に該当します。前後はジンメルやゲーテに関する文献で占められており、明らかに異質であることが確認できます。
それではレポート本文の内容はどうでしょうか?Geminiの作成したレポートは以下のような構成を持ちます。
I. 序論
II. ジンメルの「老齢芸術」とゲーテの「現象からの退去」
III. アドルノの「後期様式」とベートーヴェンへの適用
IV. マーラーの「後期」と伝記的背景
V. ジンメルとアドルノの視点から見たマーラーの「後期様式」の分析
A. 形式の断片化と崩壊
B. 増大した主観性と感情の激しさ
C. 不協和音と和声言語
D. 死との対峙と「失われた全体性」
E. 慣習の役割
VI. 音楽形式への影響
VII. 結論
リサーチ計画に沿った構成もしっかりしたものですが、内容も自然なものであり、読んでいて大きな違和感はありません。問題の「思考プロセス」の10番目に関連すると思われる箇所は、序論の最後のパラグラフで、レポートの目的を記述する部分の途中に現われます。
本報告書の目的は、ジンメルとアドルノの理論的枠組みを通じて、グスタフ・マーラーの晩年の作品における「後期様式」を考察し、特にそれが音楽形式にどのように影響しているかを分析することです。本報告書では、ジンメルの「老齢芸術」の概念、アドルノの「後期様式」の理論、マーラーの晩年の作品の伝記的背景、そして特定の音楽例の詳細な分析を考察します。提供された研究資料は、主に高齢者の疲労と老化に焦点を当てていますが37、これらのテーマと「後期様式」のテーマとの間には、隠遁、断片化、死との対峙といった点で、比喩的または象徴的なつながりがある可能性を示唆します。高齢期における疲労と衰退の蔓延は、芸術における確立された表現様式からの「現象からの退去」や、晩年の芸術様式にしばしば関連付けられる断片化の感覚と並行するかもしれません。死の意識は、両方の文脈において重要なつながりとなる可能性があります。
上記のように文献37が参照されるわけですが、「提供された研究資料は」という書きぶりからすると、不具合というよりは、Geminiへのそれまでの問い合わせ内容を踏まえ、先行する「疲労と老化」についてのレポート作成を依頼するプロンプトを、本稿で報告の対象としている「マーラーの後期様式論」のレポートの、謂わば予備作業の如きものとして、一続きのものとして捉えている可能性があるようにも思えます。ただし、それなればそれで、アウトプットとなるレポート中で「疲労と老化」についての資料を要約し、IVの伝記的背景との関連付けなどを補うべきで、このままだとレポート単独で見た場合には唐突感が否めません。実は結論において、
疲労と老化に関する予期せぬ研究資料と、探求された比喩的または象徴的なつながりによる分析の限界を認めます。主要な研究資料は疲労と老化に焦点を当てていましたが、本報告書は、特に衰退、断片化、そして死との対峙という点で、後期様式の理論的概念との潜在的なつながりを引き出すことを試みました。しかし、より直接的な分析には、マーラーの晩年の作品とそれに関する批判的な解釈に特に焦点を当てた研究資料が必要となるでしょう。
というような記述がなされており、「疲労と老化」という主題系を「マーラーの後期様式」について論じるという本来の課題とを有機的に関連付けることができていないことを認めるような内容になっています。しかしながら、もともとのプロンプトそれ自体には「疲労と老化」についての研究資料の利用という指示は含まれていませんので、不具合ではないとすれば、先行する問いを考慮した結果、偶々直前に関連づけができそうな問い合わせがあったことが却って仇になったということなのかも知れません。
その一方で上記引用の末尾の一節は、とりようによってはDeep Researchの機能は本来的には関連する研究資料を探索してその内容を編集・要約することでしかなく、人間のレポートであれば求められるであろう、視点の新規性とか考察の独自性といったものを目指しているのではないということを図らずも示しているようにも感じられ、興味深く思いました。人間であれば、「あなたの必要としている研究資料こそが、あなたに作成して欲しいレポートそのものなのですが(笑)」ということになるのではないでしょうか?
勿論それは他人事ではなく、まさに私自身のテーマであるわけですが、そういう立場からすれば、今後自分で考察を進めるにあたって示唆となるような内容は含まれていなかったことになるでしょう。しかしながらそれを期待するのはそもそも筋違いなのだということなのかも知れません。しばしば生成AIを、オリジナルのアイデアを練り上げるための壁打ちの相手として利用するといったことが、特にビジネスにおける企画などのシーンで近年盛んに言われますが、こと本件に関して言えば、そもそも壁打ちの相手として期待してはならないということのようです。勿論これは与える課題の内容依存の問題であり、また利用者が何を期待するか次第の面もありますから、一般化するつもりはなく、偶々今回の検証についてはそうだったということに過ぎません。
しかしながら上に指摘した点を措けば、総じてGemini Deep Researchの作成したレポートはきちんとしたものであり、その出来はChatGPTを遥かに上回るもので、正直なところ、ブラインドテストで、これが生成AIの出力なのか、それとも人間が書いたものなのかを問われた時に、確信をもって判断できる自信は私にはありません。ここでもChatGPTと同様、「交響曲第10番の未完の状態と、その断片的な状態を、後期様式の未完への傾向の現れとして考察」するといったアプローチには首肯し難いものを感じますが、その点を除けば概ね妥当ではないかと思います。なお、問題の箇所で参照されている文献81は、Death and Transfiguration?: Late Style in Gustav Mahler's Last Worksと題された学位請求論文であり、、まさに「マーラーの後期様式」を「サイードの批判に従い」、伝記的事実に基づくのではなく、音楽的要素に焦点を当てて考察するというアプローチそのものずばりのもののようです。要約でも「大地の歌」と第9交響曲にフォーカスしたものであることは確認できますが、実際に取り寄せてみても、サイードの「後期様式」論の要約、「大地の歌」における後期様式、第9交響曲における後期様式にそれぞれ一章が充てられる構成の論文であり、これを「交響曲第10番の未完の状態と、その断片的な状態を、後期様式の未完への傾向の現れとして考察」という箇所の注で参照するのは、控えめに言っても不適切、率直に言えば誤りであり、内容を確認せず、表面的な類似のみから単語を並べていく生成AIらしいミスではないかと思います。とはいえこうした「いい加減さ」が生成AI固有のものなのかはこれまた程度の問題であり、わかってしまえば如何にも生成AIがやりそうなことだとは思っても、この一事をもって全体を否定するのは行き過ぎであり、検索結果の継ぎ接ぎに過ぎず、新しい知見、オリジナルな発想は含まれないにしても、サーベイとしては一定の価値をもつレベルであると思います。そもそも人間がこれだけの量の文献に当たるために必要なコストを考えれば、Webの空間内に散在している言説をほんの数分で集約して報告する点において、人間を遥かに凌駕しており、文献リストだけでも価値があるといった評価すら可能でしょう。
* * *
そのように考えると、「疲労と老化」の問題系の混線はプロンプトの文脈固有のものであり、意図せずして私が自分の問題意識に基づいて与えてしまった、あらずもがなのバイアスと考えることもできます。そこで、意図せずして抱え込んでしまった「疲労と老化」という主題系との擦り合わせの困難を避けるべく、以下のようなプロンプトを与えて、再度レポート作成を試みました。
Gemini Deep Research 第2稿のプロンプト:
「マーラーの後期様式、音楽的形式分析のレポートですが、疲労と老化に関する研究資料は用いずに、レポートを作成し直してください。参照文献からも疲労と老化に関する資料は取り除いてください。」
しかしその結果は、途中でリサーチが行き詰ってしまって、「大規模言語モデルとして私はまだ学習中であり、そちらについてはお手伝いできません。」というメッセージとともにリサーチが打ち切られてしまうというものでした。従ってGemini Deep Researchの2つ目のレポートは存在しないわけですが、リサーチの行き詰まりの理由を検討する手がかりとするために、第1稿の時と同様、「リサーチ計画」、「思考プロセス」を示すことにします。まず与えたプロンプトに対するGeminiの「リサーチ計画」は以下の通りです。
マーラー後期様式、形式分析再考
(1) マーラーの後期様式を定義し、その特徴的な音楽的要素、作曲技法、およびこの時期に属するとされる具体的な作品を特定する。
(2) マーラーの後期作品における伝統的な音楽形式(例:交響曲の構造、歌曲集の形式)の進化と適用について調査する。
(3) マーラーが後期作品で既存の形式構造をどのように革新または拡張したかを分析し、交響曲第9番や『大地の歌』などの具体的な例に焦点を当てる。
(4) マーラーの後期様式の形式的側面に関する学術的な解釈や分析を調査し、彼の音楽的成果を疲労や老化の概念と結びつける資料を厳密に除外する。
(5) マーラーの後期と形式的特徴について重要な著作を発表している著名な音楽学者や理論家を特定し、純粋に音楽構造に焦点を当てた分析を探す。
(6) マーラーの後期作品における標題的または哲学的基盤を探求し、これらのテーマが彼の個人的な健康や身体的状態に言及することなく、音楽形式とオーケストレーションを通じてどのように表現されているかを検討する。
(7) マーラーの後期作品から、独自の形式的アプローチや様式的特徴を示す主要な音楽的例をまとめる。
(8) 収集したすべての情報と潜在的な参考文献を再確認し、疲労と老化に関する研究や議論が一切含まれていないことを厳守する。
結果を分析
レポートを作成
数分で完了予定
上記のリサーチ計画を確認する限りでは、 「疲労と老化に関する研究資料は用いずに」というプロンプトの指示がかなり強めに解釈され、「彼の音楽的成果を疲労や老化の概念と結びつける資料を厳密に除外する」「収集したすべての情報と潜在的な参考文献を再確認し、疲労と老化に関する研究や議論が一切含まれていないことを厳守する」となっていることがわかります。しかしながら例えば、「(6)マーラーの後期作品における標題的または哲学的基盤を探求し、これらのテーマが彼の個人的な健康や身体的状態に言及することなく、音楽形式とオーケストレーションを通じてどのように表現されているかを検討する。」は一見したところかなり強い制約に見えて、実は第1稿の「サイードの批判に従い」、伝記的事実に基づくのではなく、音楽的要素に焦点を当てて考察するアプローチを採用するという方針の確認であるとも取れ、だとしたらこちらの「リサーチ計画」こそが本来のものなのかも知れません。そこでこの「リサーチ計画」をそのまま承認して、リサーチに入ったのですが、既述の通り、リサーチは完結することなく、16ステップ目の途中で打ち切りになってしまいました。原因を推測すべく「思考プロセス」の確認のため、打ち切りのタイミングで表示されていたリサーチ対象となったWebサイトの一覧と「思考プロセス」のログを保全しました。その内容は以下のファイルに保存、公開しています。
なお、途中で行き詰ってしまった場合のログは、一旦ウィンドウを閉じてしまうと再び確認することができなくなってしまうようですので注意が必要です。上記はリサーチ打ち切り直後の段階で保全したものです。
思考プロセスを確認すると、7ステップ以降、最後の1ステップ前までのステップは同一で、以下の内容が繰り返されており、指摘されている「残された情報ギャップ」が何度検索しなおしても埋まらない様子が窺えます。
後期様式分析の進捗
これまでの調査で、マーラーの後期様式に関する多くの情報が集まり、レポートの主要な構成要素が確立されました。特に、ドナルド・ミッチェルによる『大地の歌』の詳細な形式分析、交響曲第9番アダージョ楽章のシェンカー分析、そして歌曲が交響曲のテーマ性や形式に与える影響に関する具体的な記述は、レポート作成の強力な基盤となります。ポール・ベッカーの分析の方向性も確認できました。
残された情報ギャップ
エドワード・サイードの「後期様式」理論がマーラーの特定の作品の音楽形式に具体的にどのように現れているかを示す詳細な分析例がまだ不足しています。また、交響曲第9番の第1楽章における形式論争(ソナタ形式 vs. 二重変奏)について、具体的な学術的根拠や両者の主張を比較分析できるような情報が不足していると感じています。
今後の調査方針
これらの情報ギャップを埋めるため、エドワード・サイードの理論をマーラーの音楽に適用した具体的な音楽分析例を含む学術論文を再検索します。さらに、交響曲第9番第1楽章の形式論争に特化した学術論文を検索し、両形式の主張と具体的な音楽的根拠を明確にしていきます。これらの情報が得られれば、レポートのすべての項目について十分な情報が揃うと判断し、リサーチを完了する予定です。
この結果を見ると、第1稿の結論である「分析の限界」が起こらないように「疲労と老化」の問題系を取り除いた結果、「潜在的なつながり」ではなく「より直接的な分析」を試みようとしても、Gemini自身が必要であるとした「マーラーの晩年の作品とそれに関する批判的な解釈に特に焦点を当てた研究資料」が見つからず、その結果リサーチが頓挫してしまったというように考えることができそうです。そして「思考プロセス」が中断するタイミングでは、以下のステップを実行している最中であったことが確認できます。
初期調査の進捗
マーラーの後期様式に関する初期のウェブ検索を実施し、いくつかの関連情報源を特定しました。特に、交響曲第9番の形式構造や変奏技法に関する詳細な分析を含むブログ記事や、マーラーの対位法、不協和音、断片的なモチーフの使用に言及する記事が見つかりました。また、マーラーが新しい作曲手法を取り入れ、前衛的な姿勢を保っていたという学術的な見解も確認できました。
情報源の評価と課題
検索結果の中には、マーラーの後期様式に直接関連しない情報や、新譜速報、一般的な音楽史の記述など、今回の調査目的には合致しないものも含まれていました。また、個人のブログ記事は詳細な分析を提供しているものの、その学術的信頼性を他の情報源で補完する必要があると考えています。特に、「疲労と老化」に関する記述を厳密に除外するという制約を遵守するため、情報源の選定には細心の注意を払っています。
今後の研究方針
今後は、マーラーの後期様式に分類される具体的な作品(交響曲第9番、『大地の歌』など)を明確にし、その形式的特徴を深く掘り下げていきます。ソナタ形式、ロンド形式、変奏技法、調性の扱いといった具体的な音楽構造の革新と拡張に焦点を当て、より詳細な情報を収集する予定です。また、後期様式の形式的側面に関する学術的な解釈や分析を行っている音楽学者や理論家を特定し、彼らの著作や論文から純粋に音楽構造に焦点を当てた分析を探求します。これらの情報源を精査し、個人的な健康状態に言及することなく、標題的・哲学的基盤が音楽形式やオーケストレーションにどのように反映されているかを分析していきます。
公開したファイルを確認頂ければわかることですが、実はこの内容は、7ステップ以降、堂々巡りとなってしまったステップに遥かに先行する、2つ目のステップのものと全く同一です。木構造の探索が行き詰るとバックトラックが起きて出発点のノードに戻りますが、丁度それと同じように、それまで企図したリサーチ計画が行き詰ってしまった結果、かなり手前の状態に後戻りしているように見えます。当然のことながら、同じパスをもう一度辿ることは無意味であり、何らかの仕方で別の選択肢を試みる必要があるわけですが、Geminiのリサーチはその別の選択肢を試みる間もなく中断してしまいました。
結果だけ見れば、「疲労と老化」の主題系を取り除いたことは、リサーチを容易にするのではなく、寧ろ困難にしてしまったように見えます。だとしたら寧ろ、始めから「疲労と老化」という主題系での調査を行うことを陽に指定して、その結果をレポートに記載するアプローチを採るべきだったのでしょうか?そもそもこの打ち切りは無料版のリソースの制限によるものであり、リソースが豊富にあれば、後戻りしての別の選択肢の試行が継続されたのでしょうか?一つの可能性として考えられるのは、残された情報ギャップを見る限り、第1稿で問題になった文献81 Death and Transfiguration?: Late Style in Gustav Mahler's Last Works こそがGeminiが必要としていたミッシング・リンクそのものであり、Abstractだけではなく本文もアクセス可能であったとしたら、その内容を以てギャップを埋めてレポートが作成できたのではないかということです。確認した限りでは文献81の本文は、氏名とメールアドレスとともにリクエストを出すと、そのメールアドレス宛に送付されるという仕組みのようですが、そうではなくてこれが最初からアクセス可能であれば、Geminiはその内容に基づいてレポートを完成させることが出来たのかも知れません。であるとするならば、Abstractのみしかアクセスできない文献に基づいた「リサーチ計画」を立てたことがGeminiの敗因であり、リサーチにあたっての資料の活用戦略というテクニカルな側面を解決することが、今回のような行き詰まりの対策として有効なのかも知れません。
それはともあれ、自ら設定した「リサーチ計画」が失敗するというのは人間のリサーチにおいてもしばしば起きることであり、それ自体は仕方ないことです。寧ろそうした事態が生じることを前提とし、リサーチの行き詰まりを検知したら方針を変更するといったフィードバック機構こそ自律的なエージェントを目指すのであれば必須と思われますが、急激に発達したとは言え、現時点での生成AIの推論機能に、そのようなメタレベルのフィードバックを要求するのは時期尚早なのかも知れません。そうした失敗からのリカバリが可能になるためには、与えられた課題をブレイクダウンして一連の推論のステップに分解するのとは別の能力が必要となります。そしてそれは恐らく、検索結果に存在する情報ギャップを埋めるにあたり、今回のGeminiのように単純に検索を繰り返すことに終止せず、ギャップを埋める仮説を自ら生み出すことと表裏一体なのではないかと思います。例えば通常の推論だけではなく、アブダクションのメカニズムが備わっていたら、思考プロセスはどのようなものになったかを考えることは興味深い問題に思われます。(なお最新の生成AIがアブダクションを行えるかどうか自体、興味深い問題であり、検証も行われており、その結果は必ずしも否定的ではないものの安定はしていないようです。これは生成AIの動作は基本的に事前学習に基づく確率的なものであることを考えれば不思議ではありません。つまり、明示的にそのような機構を組み込むようなチューニングを行わなくても、事前学習データに偶々類似の問題を扱ったものが存在すれば、それを利用することで推論に成功することも十分に考えられるということです。もっともここでの問題は、「思考プロセス」においてアブダクションを行うことで行き詰まりを打破できるかというものなので、対象となっているフェーズが異なることに留意すべきかも知れません。)
要するにそれは、生成AIが創造的に振る舞うことに他なりません。このように考えれば、今回の検証で明らかになった課題は、極めて本質的なものであることになります。第1稿のレポートの末尾を取り上げた際に、Deep Researchの機能は本来的には関連する研究資料を探索してその内容を編集・要約することでしかなく、人間のレポートであれば求められるであろう、視点の新規性とか考察の独自性といったものを目指しているのではないということを図らずも示しているという指摘をしましたが、そこで述べたように、Geminiが他力本願で誰かの先行文献が検索によって見つかることを期待している当の研究を自らが行えるようになることと、行き詰ったリサーチを補正することの間には密接な関係があるのではないでしょうか?
他方、現時点においても、恐らくはプロンプトの調整ないし「リサーチ計画」への介入によってレポートが得られるように軌道修正することは勿論可能でしょう。しかしながらそれは最早今回の検証の範囲を超えていますし、そもそも当初のプロンプトは私の問題意識から出たものであったにしても、ここでGemini Deep Researchが採用しようとして行き詰ったアプローチは私自身のそれと同じではなく、Geminiは私の研究を代行してくれている訳ではありません。従ってGeminiの「リサーチ計画」の補正は別途の課題とし、その検証については後日を期することとして、ここでは一旦、第2稿のリサーチの失敗という結果の確認を以て一区切りとしたいと思います。
この後は比較検証という位置づけで行った、各システムの無料版の標準モデルの回答を確認することにします。
(続く)
(2025.6.9 公開, 6.18 加筆)
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